I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
MENU

サムナンくんと象に乗る!

*シェムリアップ到着後、最初に向かったのがアンコールトム。
その入り口である南大門に至るまで、幅130mの橋の両脇には蛇神ナーガを引き合う阿修羅と神デーヴァの像が54体ずつ配されています。
モチーフはヒンドゥー教の天地創造"乳海撹拌"。

その神々の前で、「はいっ! ポーズ!」【'00.03.01】

* * *

出会った瞬間から心が通い合う、、
そういうことって、一生のうちで何度経験できることなのでしょうか、、。

サムナンくんとの出会いは正にそうでした。('07.12.14日記)
"なんだぁ~、あなたはここにいたのねぇ。"
まるで、遠い昔に離れ離れになった弟と巡り合った感じ。

二人は笑い転げながら遺跡の中を駆け回りました。


午前中に「アンコールトム」、午後に「アンコールワット」というお馴染みのコースで巡ります。
日中はかなり日差しが強く、暑さで身体が参るほど。
あまりに広い遺跡を観て回るだけでも体力が消耗してしまうのに、アンコールワットでは第3回廊へ続く45度の急傾斜の階段を、足を震わせながら上っていきます。

上りも恐いけれど、下りは泣きそうに恐かった。。。(私、とても恐がりなんです。)
サムナンくんに助けてもらいながら、ようやく下界?に戻ることが許されました。(>_<)

疲れと緊張でクタクタの私。
横にいるサムナンくんの笑顔とは大違いです。

その日の夕方は、観光客なら必ず訪れるでしょう「プノン・バケン」の丘からアンコールワットの夕日を拝みました。

プノン・バケンとは、ヤショバルマン1世によって900年頃に建立された寺院。
高さ65mの自然の山を生かして、世界の中心となる須弥山としました。
山頂には基壇と祠堂が残っています。
そういえば、かなり怪しいけれど"ブッタの足跡"も祀ってありました。

山頂からの視界は360度。
密林の中に浮かび上がるアンコールワットを見た時、時空間というもの全てが一瞬 封じ込められたような錯覚を覚えます。
息を呑む瞬間です。

振り向くと、サムナンくんも嬉しそう。
何といってもクメール人の誇りですものね。

* * *

このプノン・バケンを上り降りする時、象に乗ることができます。
上りがUS$15、下りがUS$10と記憶しています。

旅の想い出に、せっかくですので帰りに乗ってみることにしました。
「僕がお願いしてきますね。」
確か、そこで記名をした覚えもあります。

「私一人だと寂しいから、一緒に乗りましょう。」
私はサムナンくんを誘いました。

「心配しないで。あなたの$10は私が支払うから。」

彼は戸惑いながらも、でも嬉しさを隠しきれない表情で自分の名前を書きましたっけ。

恐がりの私は、ここでも彼に手を引かれながら象に乗ります。
思いの外の高さにドキドキです。

象はゆっくりと歩き出しました。

草木が垂れ下がる中、右手には今!まさに夕日が落ちていこうとしているアンコールワットが、最後の輝きを見せています。

象のお尻が揺れる度に、私達も身体が上下左右します。

「うぉっ! うおっ! うお~!」
サムナンくんは自分がガイドだということを忘れ去っているようです。

「初めて乗ったの?」
興奮に興奮している彼は、象の背中で飛び跳ねるように頷きます。

「はぁ~、スゴいですねぇ~~~!!」
半ば下り終えた時、彼は少し我に返ったようでした。。o(^^)o


これほどの無邪気な笑顔に、カンボジアは私にとって特別な国になりました。

あぁ、ソウル行きを目前に、又も違う国に気持ちが飛んでしまったようです。。
5/3早朝発、そろそろ荷造りしなくては、、。(^_^;)

スポンサーサイト

『恥ずかしい』には負けません!!

*アンコールワットの朝日を見に行きました。
写真の青年はサムナンくんです。【'00.03.02 カンボジア】

('07.09.14日記)で紹介したサムナンくんは、私のガイドをしてくれた時、彼は日本語を習い始めて まだ3ヶ月でした。

予定では、彼のお兄さんが案内してくれることになっていたそうです。
でも、急遽入った大人数のツアーを担当することになったお兄さんは、
まだ見習いのサムナンくんを荒修行に出したのです。

彼は覚えたばかりのアンコール遺跡の説明を、しかも日本語でしなければならないという試練を前にしていました。

一生懸命さが伝わってきます。
自分が知っていることは、全て私に伝えようと必死な眼差し。

でも、あまりに難しい歴史やヒンドゥー教の内容に、適当に返事をする私。
そんな私に彼はいきなり、
「スーリヤヴァルマン2世は何をした人ですか?」

(・_・)...?
知らないよぉ~、と思いつつ、私はその真剣な瞳から目を背けることもできず、
恐る恐る答えました。
「アンコールワットを造った人?」

「正解です!!」

ドキドキです。

問題を出してくるのなら、油断ができません。
私も必死で彼の話に耳を傾けました。
でも、分かりにくい日本語です。

『インセキが、このインセキが、、』
ふ~ん、昔 アンコールワットに『インセキ』が落ちてきたのかぁ~と想像していると、
何やら話のつじつまが合わない。。

それは、もしかして『イセキ』ではないの?
サムナンくん、さすがに『アンコール隕石』はないんでない?(^人^;)

彼は言います。
「僕の『サシヒト指』の指す方を見て下さい。」
サムナンくん、それは『人差し指』。。


そして、それは「乳海撹拌」という アンコールワット第一廻廊東面南側にある
ヒンドゥー教創世神話のレリーフの前で。

慣れない日本語に彼はとうとう行き詰まったのでしょう。
そこには創世記のカンボジアが描かれていました。

ヴィシュヌ神の化身である 大亀の背中に乗せた 大きな山を、正神と悪神が両サイドから大蛇の胴体を綱にして引き回すシーン。

どう説明すればいいのか忘れてしまった彼は、
『ぶるん、ぶるんするんです。 とにかく、ぶるん、ぶるんです。』
と小さな棒を手に、かき回す動作を続けます。

はじめは全く分からない私でしたが、何だか楽しくなってしまって、、
私も一緒に『ぶるん、ぶるん。』

他の観光客さん達は不思議そうに私達を見ていました。


その彼が最後に歌ってくれた日本の歌。

「ヒントは『し・ゆ・や』です。 有名な日本の歌です。分かりますか?」
彼は問題を出すのが得意なようです。

きょとんとしている私を前に堂々と歌います。
『しらかばぁ~ あおぞ~ら~~』

そう、「北国の春」。
出だしが一番「白樺」、二番が「雪解け」、三番が「山吹」、というわけ。
言われるまで分かりませんよねぇ~。

しかも南の国で「北国の春」を聴くなんて、誰が想像するでしょう。
でも、こうやって日本語を覚えているのですね。o(^-^)o


とにかく彼は必死でした。
伝わろうが伝わるまいが、日本語をひたすら喋るだけです。

この姿勢!!
だから、たった3ヶ月しか勉強していなくても、不自由ながらも私と会話ができたのですね!!

私も躓きそうな時、彼の「北国の春」とともに乗り越えたいと思います。

30年経って...

*カンボジア 「東洋のモナリザ」【'00.03.02バンテアイ・スレイ遺跡】


日頃 テレビを見ない私は、やはりニュースを知るのも人より遅いです。
でも 昨日のニュースは接骨院のおかげでいち早く知ることができました。

それは、カンボジアの「ポト派No.2」ヌオン・チアの逮捕について。


内戦当時、あの有名なアンコール・ワット遺跡はクメール・ルージュ(ポル・ポト率いる共産党勢力)の本拠地でした。

今も遺跡には数多くの傷痕が痛々しく残っていますが、その頃のカンボジアを知るのに戦場カメラマン 一ノ瀬泰造氏の「地雷を踏んだらサヨウナラ」という本があります。

彼は近づくこともままならないアンコールワットをクメールルージュと一緒に撮りたい気持ちから単独潜行し、最期は処刑をされてしまったそうです。
浅野忠信さんで映画にもなった作品です。

地雷・・・
私も遠い国の話のように聞いていました。

私が訪れた2000年、シェムリアップ近郊は 当に観光地化されたアンコールワットから少し離れた「バンテアイ・スレイ」という遺跡が注目され始めた頃でした。

*2001年からは遺跡保護のため見学に制限があるそうです。

その頃まだバンテアイスレイ遺跡の周辺には地雷が残っている話を聞き 少し躊躇ったけれど、ガイドさんに付いていけば大丈夫とのこと。
そこへは新米のサムナン君ではなく、ガイド歴の長い彼のお兄さんに案内してもらいました。

確かアンコールワットより古い時代のものだと思うのですが、美しかったですねぇ。
赤茶の土埃が懐かしいです。

美しいけれど、周りのどこかに地雷はある。。

バンコクの空港で知り合ったカンボジアに詳しい方に、
「もし歩いていて、カチッ て音がしたら足をあげてはダメだよ。そこから足を離した瞬間に身体は吹っ飛ぶからね。」
と聞きました。

そのような物がいたる所にある。。
信じられますか?

随分と撤去作業は進んでいると聞きますが、まだまだ地雷と隣り合わせの国、それがカンボジアです。


内戦から30年近くも経って、また一歩 大虐殺を裁き 真相解明に向けて進みました。

一度でも縁のあった国の出来事は他人事には思えませんよね。

でも旅行に馴れてきて、どの国にもある深い歴史について さほど思わなくなっていたことに気付きました。

ちょっぴり反省して、まだまだ勉強しなければと気持ちを新たにしています。

アンコールの空の下

*カンボジア アンコール・トム【バイヨン寺院にて '00.03.01】
この笑顔と出逢わなければ、私は世界を知りたいとは思わなかったでしょう。。


今年も夏が過ぎ、暑さを残しながらも秋の風を感じる季節になりました。
そういえば この夏、狂おしい蝉の鳴き声を聞いていないように思います。

蝉の鳴き声に、私は噎せ返るほどに懐かしい思い出があります。

それはまだ夜も明けていないアンコール・ワットの遺跡の中で...。
ひっそりと静寂に包まれた その空は、陽が昇る直前 いっせいに鳴き始めた蝉の声に呑み込まれていきました。
アンコールに響き渡るその声は私の記憶に染み込んでいます。


バンコク上空の天候の乱れから、1時間遅れでシェムリアップ空港に着きました。
私はその旅行で一人ツアーを申し込んでいました。

空港で出迎えてくれたのは、写真にうつるサムナン君。


彼は日本語を学び始めてまだ3ヶ月の見習いガイドさん。
カタコトの可笑しな日本語ばかりでしたが、一生懸命努めてくれました。

彼の必死な話に目が離せず、せっかくの車窓からの景色もお預け。

ヒンズー教の難しい話を適当に流していると、突然 復習問題を出されます。
彼の「分かりましたね」の後、いつも苦笑いして頷く私がいました。

キツい日差しが当たらないよう いつも自分の陰に私を座らせ、土まで払ってくれる心配り、45度もの傾斜の階段を一段一段ゆっくりと引いてくれた手の温もり、優しい思い出をありがとうと今も伝えたいです。

彼はポル・ポト時代に生まれ、食べること 否、今日を生きることすら必死だった時代に育ちました。
この笑顔の下にどんな苦労や悲しみがあったのでしょう。

私は帰国後 無性に寂しさを感じ、心を忘れて帰ったような気がしてなりませんでした。
「ポル・ポト」、もちろん知る名前ではありましたが、もう一度調べてみようと思いました。

これからの私が小さいながらも何か世界に貢献したい、その気持ちが芽生えた瞬間です。

今日もアンコールの空の下、きっと彼はあの蝉の鳴き声を聞いていることでしょう。。

このカテゴリーに該当する記事はありません。