I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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オープンキャンパス☆

7月23日。
大学時代からの親友3人で、15年ぶりに集まることになった。

その数ヶ月前、LINEで「今年こそ3人で会おう!」とグループを作ったことで、これまでなかなか実現できなかった再会へ向けての思いが一気に加速したのだと思う。

そして、せっかく会うのなら、大学時代を過ごした広島でということになった。

朝9時、JR広島駅在来線乗り場の改札口で待ち合わせ。
それぞれ福岡、岡山、香川からだ。

在来線改札口を選んだのは、「久しぶりに母校を訪ねたい」という私の願いを聞いてもらったから。

市内でも宮島でも、ちょっと足を延ばして岩国の錦帯橋でもいいのだけど、それは他の人とだって、一人でだって行くことができる。
でも、さすがに卒業して20年。
このメンバーでないと、母校に足を踏み入れることは永遠にないように思ったのだった。


最寄り駅につくと、土曜日にもかかわらず無料のスクールバスが運行されていた。
ちらほら見かける高校生。
どうやら、ちょうどオープンキャンパスの日と重なってしまったようだ。

昔は駅から歩いた20分の道のり。
変わり果てた街に驚きつつも、その中に少しでも残る懐かしい場面を見つけようと、ガラスに額あて、各々車窓を覗きこむ。

バスは正門を抜けると1号館の前で停車した。

オープンキャンパス


偶然出迎えてくれた事務員だというスタッフの方が私たちよりも2年後輩の男性で、ワッと昔話に花が咲く。

「まだ○○先生、いらっしゃいますよ。」

「そうそう、昔は名物のからあげ弁当がありましたよねー。からあげとご飯ばっかりの!(笑)」
「今はもう学食のメニューも変わっちゃって、、、」

「4号館と5号館を取り壊して、今10階建ての明徳館という建物を建設中なんです。今年の11月にオープンするんですよ。」

「そういえば、うちの大学、全然寄付がこないですよね。」
「学費は安いし、入学金なんて国公立大よりも安いのに。
大きな図書館に新しい建物がいくつもできて、寄付なしでよくできますよねー。」

そこは事務員の彼、「寄付はいつでもお待ち致しております、(笑)」と。

後ほど1年生が教えてくれたのだが、どうやら株で得た資金をうまく運用しているとのこと。
経済学部の卒業生としては、もっとこの大学で真剣に経済学を学んでおくべきだったと反省す。(笑)


オープンキャンパス

オープンキャンパス

オープンキャンパス

オープンキャンパス


「1号館は昔のままですよ。耐震工事はしましたけど、僕でも懐かしいなって時々思います。
どうぞ、ゆっくり見学して行ってくださいね。
受付でもらった用紙を見せて、学食も食べていってくださいね。」

オープンキャンパス

多くの高校生は別の場所で模擬講義に参加しており、古く懐かしい教室はそのまま、時間が止まったままそこにあった。

私たちは腰を下ろし、昔と変わらぬ窓からの景色を眺めつつ、終わらない昔話で盛り上がった。
つい今しがた講義が終わって喋り込んでる学生のように、他人が見れば「おばさん」でも私たちはすっかり大学生に戻っていた。

オープンキャンパス


そして、タダでいただいた学食もとても美味しく、ここでも寛ぎのひととき。
男子学生の多い大学なだけに、相変わらず量も多い。

オープンキャンパス

わいわい賑やかに食べていると、在校生と思われるスタッフから「今日はお母様方だけで見学ですか?」と声を掛けられた。
20代で誤魔化せると思っていた私たちが、いきなり現実に戻った瞬間。(笑)

花の毒身2人に小学生の母1人のアラフォー3人組は一瞬顔を見合わせ、思わず噴き出した。
「いえいえ、ここのOGなんです。」

オープンキャンパス


少子化で大学の存続すら危ぶまれるこの頃、学部も増え、設備も整い多様化していく母校に感動すら覚えた今回の訪広。

高校時代も大学時代もちっとも勉強しなかったことは棚に上げ、ここで出会ったいい仲間や思い出に感謝して大学を後にした。


*


「今度はいつ3人で集まれるかな?」

「また15年も先になったら、トロトロしてたら還暦になっちゃうよ!(驚)」

「ひゃー、還暦☆」

「じゃあ、その時は赤い服で集まる?(笑)」

「あ、カープが赤だから、それいいかもよ!!!(笑)」



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サンタは今年もやってくる。

友人の息子のY郎くんが小学4年生の冬休み、私はクロアチアの首都ザグレブの空港から彼宛てにエアメイルを送った

その半年後、今度はスロベニアから葉書を送った


どちらも、私からではなくサンタクロースからとして。


10歳近くもなってサンタを信じる彼にサプライズを届けようと、友人と共に計画したことだった。

彼はそのエアメイルを大切に大切に、先生にも友達にも自慢をし、彼の机の奥深く宝物箱にしまっておいてくれたようだった。

あの時のことは私も時々思い出しては、でも随分と大人に近づいただろうから、さすがにY郎くんももう夢から醒めてるだろうと思っていた。


ところが、先ほど友人からラインがきた。


「Y郎、まだサンタ信じとるで。」


彼は現在、中学2年生。

今日、学校でサンタとサンタから貰ったと信じてる葉書の話を友達にして、どうやらからかわれたらしい。
辛そうにして帰ってきたんだそうだ。

「ごめんね。かえって可哀想なことしたね。 本当の事、言おうか?」
「いやいや、夢があってええわ。」

「今はみんなの話を仕方なく受け入れたけど、自分だけ信じとるみたいな感じやな。」
「下唇かんどったわ。 ふふふ。」と友人。

どうやったらこんな素直で夢のある子に育つんだろう。
私も今すぐY郎くんを抱きしめたくなった。


この先、ちょっと責任重大だが・・・。




写真は、彼に送った葉書の写真と同じ、「きよしこの夜礼拝堂」。
オーストリアはザルツブルク郊外、オーベルンドルフにある礼拝堂で、有名なキャロル・きよしこの夜は1818年、ここで誕生した。

2008-12-31 オーベルンドルフ・きよしこの夜礼拝堂

彼女のこと。

他人の真似事や流行を追うことが苦手な私でも、大学時代のある親友からは多大な影響を受けてしまう。


フィレンツェ駅構内にあるカフェのエスプレッソが美味しいと彼女が言えば、その半年後にはイタリアに立つ私がいるし、 大山崎山荘美術館でやってる山口晃さんの作品展が良かったと聞けば、いそいそと京都へ出かける私がいる。
彼女がウィーンの国立歌劇場でオペラ三昧をすれば、私はドレスデンのゼンパーオーバーでのオペラ「リゴレット」のチケットを取った。


たぶん、親友である前に私は彼女に憧れているのだろう。


歳も星座も血液型も同じで、意地っ張りなところも我が儘なところもそっくりな彼女に、昔は嫉妬ほどではないにしろ、ライバル心に近いものを抱いていたように思う。

よくぶつかっていたけれど、お互い30歳を過ぎた頃から少し無駄な角が取れて、自分の中で素直に彼女へのあこがれを認められるようになった。



先日、その彼女が最近よく図書館に通ってるんだと話してくれた。
行動経済学や行動心理学が面白くて、色んな本を読み漁っているらしい。
そして、それらと並行して小説を読むと、また違った視点の面白さがあると言う。

彼女の2時間もの熱弁に、又も私は感化されてしまった。
私は本は購入派だったけど、図書館で借りる方が自分の興味ない分野も気軽に手に取れて冒険できる。


早速、地元の図書館へ行ってみた。
すごく久しぶり。
古い田舎の図書館だから、新着の棚に6年前の本が並んでいて笑った。

一応、行動経済学の本を探したら古そうなのが一冊。
これからは隣町の図書館にも通おうかな。

図書館に入ると、不思議と学生だった幼い自分を思い出してノスタルジックな気分になるのもいい。


そして次回彼女と会った時、今度はどんな刺激を得るのか、今から楽しみにしてる私がいる。


本.jpg

前文お許しください。

昨夕、わが家の郵便受けに一通の封筒を見つけた。

宛名は私。
その流れるような達筆に、裏返して差出人を確認するまでもない。

家に入るのを待ちかねて封を切ると、中には一枚の葉書と新聞の切り抜きが入っていた。

ざっと走り読みをして、

また負けた! と思った。


それは、一昨日会ったばかりの、来月75歳を迎える恩師からのものだった。

その人は、テレビで美しい庭を見たからといっては その感動を、
道端で外国人のお遍路さんを車で拾ってホテルまで案内したといっては その喜びを、
日常の些細な、だが彼女にとってはスペシャルな出来事をさらさらと言葉に綴ってくる。

そんな方だから、私が彼女をどこそこへ連れて行ってあげる度に、常に即行の礼状を送ってくれる。

だが、本来お礼を言わねばならないのは私の方だ。

その時々に相応しく丁寧に導いてくれる そのご恩に比べたら、一日中彼女を車に乗せ、お気に入りの場所を案内するなんて特別でもなんでもない。

帰宅後すぐ、私は彼女が好きだと言った紫陽花の葉書にペンを走らせ、
翌朝、駅前のポストに投函した。

私の気持ちも昨日、彼女の元に届いただろう。


しかし、やっぱり私の負けなのである。


恩師から送られてきたのは、
坂出は瀬戸大橋のたもとにある県立東山魁夷美術館で先日まで行われていた特別展のポストカードと、同作品に関する四国新聞に掲載された学芸員の解説だった。

夏場になると、私は金曜日の夕方なんか仕事帰りに車を飛ばして、よくその美術館へ行ったものだ。
先日話したその内容を、彼女は覚えていてくれた。

さすがだと思った。 その細やかな心配り。


さらに憎いことに、切手は数年前に日本とオーストリアの交流を記念して発行されたもの。
デザインはザルツブルクとモーツアルトだ。


完敗だった。(笑)


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最近よく行くある喫茶店の奥さま宛てに、私も葉書を書いてみた。
その方も、私が大好きなおひとりである。
そして、こちらも劣らぬ素晴らしい方だ。

先日 恩師と訪ねた徳島のカフェで、古布を用いた美しくあでやかな作品展があった。

たぶん、あの奥さまならお好きだろう。
私はポストカードになった金魚の一枚を手に取った。


どうせなら、その葉書に似合う文章と文字を書いてみたい。

結びには、涼しい響きの「かしこ」を使おう。
じゃあ頭語には、、、「拝啓」じゃどこかよそよそしいし、「前略」じゃ味気ない。

それなら、「前文お許しください」から始めてみてはどうかしら。

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きっと喜んでくれること間違いないが、次回会った時 満面の笑みで迎えてくれたら、

私だけが勝手に思う、恩師との勝負(?)も引き分けくらいにはなれるかもしれない。(笑)


そして葉書左上に貼りつけたもの、
それは8年前にアユタヤで象に乗って撮った写真で作った、私だけのオリジナル切手。



写真は、古布絵作家・福島道恵さんの作品。

お気に入り、ペンギンpicchuko☆

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描いてる最中は何かが降りてくると言う、奇跡の人・かぜにはるるさん。

先日、彼女のイラスト『ブログ仲間集合』が完成しました!

描いてる時は自分の手が勝手に動くと仰るのも頷ける、天才な作品☆

彼女のブログを開いた途端、「これ、いい~!」と叫ぶ私がいました。(笑)


さて、どれが私のイラストか分かりますか?

そうです、跳んでいるペンギンが、わたくしpicchukoでございます。(笑)
私、最高に可愛い!!!

そう、私、見た目もキャラもこんな感じ! 完璧です!(笑)


前もって自分の特徴を伝えていたので、ちゃんと眼鏡のペンギンさん。^^

それにしても、ホント うまく私を表現してくれているなあと感心しまくり。

なんで かぜにはるるさんに 私の正体がバレちゃったんだろう?って不思議に思ったのですが、「何かが降りてくる」に思わず納得でした。


かぜにはるるさん、とても素敵なイラスト、どうもありがとうございました。

ものすご~く気に入って、自分のパソコンにも保存しました。^^




実は私、

いつか、そう いつかきっと、南極で数えきれないほどのペンギンたちと一緒に、オーロラを見るのが夢なんです!


私、南極行きたいんですよ。

私、ペンギン大好きなんですよ。


もう随分と昔になりますが、私はNZ南島のオマルという町で、NZのオタゴ地方にしかいないイエローアイドペンギンと、

オーストラリア南部とNZのみに生息するブルーリトルペンギンのコロニーを見学するツアーに参加したことがあります。

そこで見た自然の中で生息するペンギンの無邪気さと愛らしさ、そして無謀さに私は即効 Fall in LOVE !(笑)

だから、余計にかぜにはるるさんのイラストに喜びを感じたのでした。


ふふふ、ホント 似てる。

また、不意打ちにイラスト集合してくださるそうで、次回はどんな作品に仕上がるか、今から楽しみです。

その時も、是非 "ペンギンpicchuko" で登場させてくださいね。^^

贅沢なひととき。

「picchuちゃんなら、ここへお母さんでも連れてきてあげたらいいと思って。」

一週間前も前職場の方達とフレンチコースを食べに行ったばかりだが、今日も先輩方から声を掛けて戴いた。

中には半年ぶりにゆっくりお会いできた方もいて、楽しくてあっという間の時間だった。

そして、先輩達の細やかな心配りも嬉しかった。


行き先は、四国霊場八十七番札所・長尾寺。

その本坊膳所において、月に八日程度、美しい庭園を眺めながら菜懐石や点心を楽しむことができる。

運ばれてくる料理はどれも身体に優しいものばかり。

だから、私の母にもどうかしら?と思い出してくれたのだ。
「良かったら、今度、連れて来てあげたら。^^」

美味であり上品ながらもメリハリのある丁寧な味付けに、ホント、ここなら母も喜ぶだろう。
舌鼓を打ちながら、私もそう思った。

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(写真はすべて、クリックで大きくなる)


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― 八寸 ―

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― 温物 ―

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― 油物 ―

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― 蕎麦 ―

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― 御飯 ―


先日もみんなで頷いたのだが、

職場において気心が知れ、一緒にいて落ち着ける相手というのは、不思議と自分が就職したての頃からお付き合いのある先輩方が多い。

後輩の中にも気が置けない人はもちろんいるが、新米当時 厳しく優しく指導してくれた先輩方に対しては安心感もある。

職場を離れても、自分を知ってくれた上で 今も受けとめてくれる相手がいるというのは、本当に有難いものだと、この団欒のひとときも そう思った。

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― 甘物 ―

2時間掛けてゆっくり戴いたので、お腹がいっぱいというより、お腹の底から温まったという感じ。
女4人、ぺちゃくちゃ他愛ない話に時間の経過を感じなかった。

そうそう、食事を戴いた本坊膳所も趣きある佇まいだった。 
庭には、梅にマンサク、胡蝶佗助、土佐ミズキ、、先輩から花の名前も教えてもらったが、私が覚えられたのはこれくらい。(笑)


そして、ブログにアップしようとして気がついた。

食べ物の写真しかない!

お寺ならではの落ち着きや風情を感じられる本坊、いや草花一枚 写していない。(笑)


次回、母を連れて来た時にでも、改めてご紹介できればと思っている。

旬菜とお椀の写真はもともと撮らなかった。
とろとろ写真を撮ってるうちに冷めてしまっては勿体ないと、すぐに口へと運んでしまったのだ。(笑)


あ、「働かざる者食うべからず」には、耳栓っ☆(爆)

地球号。

いきなりだが、私は北米大陸が好きである。

え? 南米じゃなくて北米?って思った方もいるだろう。

たぶん、これまで私のブログを読んでくださっていた方はそう思うだろうが、私は広大な赤土の大地がたまらなく好きなのである。

まあ、それはオーストラリア大陸でもいいのだが、
いつかは もっとスケールの大きな大陸を探検してみたいと思っている。


・・・あ、「北米大陸が」と書いたが、「北米大陸も」だな。
うん、地球という星そのものが好きだから、全て制覇したいのが本心である。(笑)

だが、その気持ちはしばらく忘れてしまってた。



そんな私に、今日 アメリカへの切符が届いた。

飛行機のチケットではない、ブロ友である悠々愛々さんの作品『モニュメント・バレーにて』が当選したのである。

それは、悠愛さんがJALのWINDSフォトコンテストに応募し、みごと最優秀作品賞に輝いた作品だ。

私はそれを、いつの日か必ず手にするアメリカへの切符なんだと思っている。


無限に広がる赤土と真っ青な空。

地球はやっぱり一つの天体だと思う。


もう10年ほど前になるが、オーストラリア大陸のキングスキャニオンで、まさに地球の魂を垣間見た!といっても過言でない迫力あるシーンに立ち会ったことがある。

たぶん、それ以上の感動がアメリカで私を待ってるんだろうな。

そして それが現実となった時、20代の私がオーストラリアのど真ん中で掲げた「世界は私のもの!ポーズ」を、アメリカでもキメて来る☆(爆)



悠々愛々さん、この度はまことに有難うございました。
早速、こんな風に飾ってみました。

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さて、その悠愛さんであるが、世界各国に駐在した経験を持ち、なんといっても冷戦後の激動の東欧を体感された方である。
イラクやシリアにだって赴いている。

だから、先週起きたアルジェリア人質事件も、余計に他人事とは思えなかったんじゃないだろうか。

私でもショックだった。 何故かめちゃくちゃショックだった。
みなさんそうだと思うが。


今まで何度かイスラムの歴史に興味を持ったことはあるが、あまりにもかけ離れた世界のようで、これまで真剣に知ろうとは思わなかった。

なので、ニュースの底辺がよお分からん。(笑)


分からんが、彼らも同じ地球上に住む人間だ。

宗教の違いの前に、人間として何か通じるものもあるはずだと信じたい。

テロとの戦いって、ただ軍事作戦で一時的にテロを抑えるだけでいいのだろうか。

憎むだけでいいのだろうか。

これまでテロによる犠牲となった多くの方々、その親族の方々の気持ちを思うと、やはりそれはたまらなく「憎い」と感じるのだが、

それだけでは永遠にテロとの戦いは終わらない、どれだけ強気でいったとしても。


無知だ、ぬるいだと言われそうだが、

それでも私ではどうしようもないことを色々と考えてしまう、それくらいショッキングな出来事だった。


で、本を読むことにした。

でも、難しい本や真面目な本は3行読めば寝てしまう私だ。
だから、まずはフィクションとノンフィクションを織り交ぜた、ミステリものから読むことにした。


あ、話はテロへと飛んでしまったが、そういえば、私が過去に一度だけアメリカを訪れたのが2003年2月のこと。

すっかり姿を変えてしまう前に、グラウンド・ゼロを見ておこうとニューヨークを訪れたのがそれだった。


今、悠愛さんの写真を眺めながら、一つの天体・地球号に思いを馳せている。

暑さ対策に。

数週間前、暑い夏を少しでも快適に、、、と日本の優れたグッズの数々をムラトさんへ送りました。

夏のヨーロッパといえば、私は5年前に訪れたザルツブルクしか体験したことがないのですが、そこで感じた陽射しのキツさと暑さは、その年の夏に欧州を襲った熱波によって、大勢の人達が亡くなったニュースも容易に納得できるものでした。

彼はドイツに住んでいるのですから、暑さ対策の商品も他の国よりは優れたものが沢山あると思います。
ですが、絶対に日本の方が勝っているに違いない、根拠がないような、でも確信できるこの事実に、私は一つ一つ念入りに検討し、

「日本は凄いんだぞ~!!!」と自慢してやろうと思いました。(笑)

その一つがネッククーラー。(爆)
あくまでも「日本は凄い☆」と思わせるのが目的ですから、ちょっぴりお洒落なネット入りの生地のしっかりしたものを選びました。(笑)

そして、いつも彼がお世話になっている3人の友人にも色違いをと、同じものを4つ購入。

特に親友のオザールは外で車の整備をすることが多いので、
きっと彼は、「picchuko、これはナイスプレゼントだ!」と満面の笑顔を見せてくれるだろうと、一人ニヤニヤしながらレジまで持って行きました。(笑)

トルコやイラクなどの中東の人達って、ちょっとした言葉やプレゼントでも想像以上に大喜びしてくれるので、贈り主としても嬉しいことです。


その他 ひんやりマットなど数点の暑さ対策グッズを段ボールにつめ、ドイツまで郵送すること3,500円。
ふむ。。。


つい先日、電話の向こうでムラトさんが嬉しそうに言いました。
「オザールが凄く喜んでたよ! 暑い時に、是非使わせてもらうからって!」

「え? 今、暑くないの?」
「う~ん、、、5月頃はいきなり30℃近くまで気温が上がったけど、最近は高くて25℃くらいかな。 曇りの日も多いし、、、。」

調べてみると、ドイツ・バイエルン州は今日も20℃前後の気温とのこと。。。

日本の、しかも湿度の高い瀬戸内と比べると、同じ気温でも向こうはかなり涼しいはず。
しかも20℃くらいの毎日なら、暑さ対策グッズなんぞ必要なかったかしらん。(^^;

見れば、彼はいつも長袖を着ているのでした。(苦笑)

あらら~、私ったらとんだ散財☆

日本製を自慢しようなどと変なライバル心を覗かせたものだから、明らかな無駄遣いをしてしまいました。(苦笑)


*


それでも大喜びしてくれたオザール。
ちょうど古くて燃費の悪いBMWを買い変えようと新しい車を探していたムラトさんに、一台の可愛い車を見つけて来てくれました。

「picchukoはオートマしか運転できないんだろ? それに、日本では小さな車に乗ってるんだろ?」

新しい車を買うにあたって、ドライブ好きの私がドイツでも運転できるようにと、ムラトさんはオザールに相談していたようです。

その車が先日 届きました。
私の元にも写真が到着。(笑)

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2人乗りなので、確かに私でも簡単に運転できそう。
問題は左ハンドルってことだけかしら?

私がハンドルを握り、これでアウトバーンを飛ばす日も近い?!(爆)




・・・ でも、この車でアウトバーンは無理かしらん?

Turkish-English Dictionary♪ と、アランのお話。

帰宅した私を待っていたもの。

それは、フランスはレユニオン島にお住まいの絵本作家mimi_ylangさんからの作品展のご案内と、なんと「トルコ語⇔英語」の辞書でした!

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数年前にイスタンブールを旅されたというmimiさん、そこで購入された辞書を私のトルコ語学習にと送ってくださったのです。

ちょうど鞄のポケットに入る手頃なサイズで、中も見やすくて使いやすそうな辞書です。
英語の勉強にもなる優れモノ。^^

早速、ムラトさんに見せてみると、私以上の喜びようで、何度も何度も日本語で「ありがとう!」とmimiさんの代わりに私に向かって頭を下げていました。(笑)
おぉ?トルコ人もお礼を言う時、頭を下げたりするのね~?

*素敵なサプライズプレゼント、mimiさん、本当にありがとうございます!^^


* * * * * * *


最近、親友のアランとべったりのムラトさん。

「これからアランとランチなんだ!」
「今から、アランにトルコ料理をご馳走するんだ!」
「アランがpicchukoに宜しくって言ってるよ!」

アランの話題がのぼらない日はないほど、「アラン」「アラン」の毎日。
ちょっと~、私、疑っちゃいますわよ~。(笑)


アランって名前を聞くと、『アラン・ドロン』を思い浮かべる方も多いかと思いますが、

私が思い出すのは、子供の頃にハマった細川知栄子さんの漫画『伯爵令嬢』に出て来るアラン。

そのたまらなくカッコ良い紳士のアランは、子供時代の私の王子様でした。

ジュ・テーム…… ジュ・テーム…… おお きみを…… 愛さずには いられない~~~

アランの台詞は、子供の私でさえもくすぐったく感じるほど。(*^_^*)
完璧な容姿は、今思うに、漫画版ウルスと言えるでしょうか!(爆)

そのアランの印象は、その後も私の脳裏に焼き付いていたようで、カッコいい西洋人=アランという方程式が私の根底にはありました。(笑)


それからしばらくして、今から10年ほど前のこと。

クライストチャーチの語学学校のある日の授業で、数人のグループを作って、英語のショートストーリーを作りなさい!という課題がありました。

私とペアになったのは、韓国人のハンミン。
アランとは対極にあるような、大きくふてぶてしい顔のハンミン(ごめん!ハンミン!(><))ではありましたが、気心が知れると結構話しやすい、ちょっとした遊びの喧嘩相手にもってこいの友達でした。

その時は、何故か彼と仲良く盛り上がり、
主人公の男性がある橋のたもとで素敵な女性とすれ違い、彼女の落としたハンカチを拾ってあげたことがきっかけで恋に堕ちるといった、ありきたりで面白みもない話を二人で笑いながら作ったのでした。

その時、主人公に使った名前がアラン。

自信たっぷりで発表した私達に、先生のロビンが一言。

「アランはフランス名で、イングリッシュ名ではありません!」
確か、この物語に対する判定は、その一言で終わってしまったように記憶しています。(笑)

その時は、まさか自分に『アラン』という人物が関わってくることなど夢にも思っていませんでしたが~、

実際に出会ったアランは、
フランス人ではなくイラク人(でも中東の男性にしてはラテン要素も混ざっている感じかな)で、
堂々と甘い台詞を囁けるタイプではなく、ものすごくシャイな男性です。


今日もそのアランとともに、ムラトさんはアランの友人であるカロのアパートで仲良くランチなんだとか。

*

自分はアランとの時間を大切にして私からの電話に気付かないこともあるくせに、私が数回連続して電話を取らなかったりすると、何故か怒り出す自分勝手なムラトさん。

他のことでは一切怒らない彼ですが、少しでも連絡が取れないと怒るのです。

トルコ人男性は女性に対して独占欲が強いとか、所有物扱いをするという話は聞いたことがありますが、、、

ムラトさんも例外ではなかったか。。。(><)


そこで、私なりに色々研究した(?)結果、
そんな時、私は時々(ここも肝心!) 嘘泣きをすることにしました。(爆)

もともと女性にはマメで甘く優しいトルコ人男性ですから、女性の涙には非常に弱いのです。(^m^)

「私だって何度も何度も電話してるのに、ムラトさんこそ出てくれないじゃない!
私、すごくすごく寂しかったんだから~。」

などと、泣きながら殺し文句(?)の一つでも言えば、
「Oh、、、Darling,don't cry, don't cry, my darling. I'm so sorry.」となるわけです。(笑)

あ~、トルコ人男性って、扱いやすくていいわ~。(爆)


あら、アランの話から思わず脱線してしまいましたが、最後に少し早いpicchuko版・夏休みの自由研究の発表でした!(笑)

N島氏。

最初に N島氏と出会ったのは、たぶん祖母が亡くなってすぐのことだったと思う。

「ソノさん(祖母の名)、こんなに小そうなって...。」
仏壇の前に置かれた遺骨を見ながら しみじみと呟き、彼は丁寧に手を合わせてくれた。



私の町に老人向けのデイサービスセンターができたのが平成6年のこと。

その立ち上げから相談員として走り回り、沢山のお年寄りとそのご家族の支えになったのが まだ若き(笑)N島氏で、
その当初にお世話になったのが私の祖母だった。

デイサービスがスタートして半年が過ぎた時、祖母が他界。
亡くなった初めてのお年寄りということで、彼はわざわざ線香をあげに来てくれたのだ。


その時は、まさか2年後に自分もそのデイサービスで働き、 N島氏と机を挟んで仕事をすることになろうとは思いもしなかったが。



今でこそ、私は涼しい顔をして特養の事務員をやっているが(笑)、デイサービスに居た十数年前はそれはそれは大変だった。

ただでさえ慣れていない仕事を、午前は介護、午後は事務と、明らかに時間的にも能力的にも私にとってはオーバーワークの日々が続き、毎日が必死だったあの頃。

のほほ~んとした温かい雰囲気ながら、意外にも(?笑)頼り甲斐のある N島氏の存在に、どれほど救われを感じたことか。

彼が相談員だったからこそ、福祉のいろはも知らない私でも、事務員として務めることができたのだと思っている。



面と向かって言うのは照れくさいから、この場を使って、彼に感謝の気持ちを述べたいと思う。


振り返れば、プライベートでもかなりお世話になりっぱなしだ。

車を買う時、初めてデジカメを買った時、 あ~確か初めてパソコンを買った時もお店まで一緒に見に行ってくれたのも彼だった。
最近では、一眼レフの部品や貴重なレンズなども頂いてしまった。

そうだ、私がパソコンを打てるようになったのも彼のおかげだ。


誰にでも気さくで親切な人だから、困ったことがあれば、つい「N島さ~ん!」ってことになる。
そして遠慮なく、つい彼に甘えてしまうのである。


本当に何もかもお世話になりっぱなしで、どれほどお礼を述べても全然足りないことだと思う。

けれど、一度はけじめとして。



N島さん、これまで本当にどうもありがとう!

これからも何かにつけて SOS を出すと思うけど、今までに懲りず、どうか仲良しでいてください。(^^)

いつも私が頼る側で、負担ばかり掛けていると思うけど、どうかこれからも甘えさせてください。(笑)

そして、一日でも早く健康体に戻って、元気で陽気な N島氏に復活してください。


*


彼は、体調の都合で今月末で退職する。

当たり前のように目の前に居た仲間がいなくなるのは、すごく寂しく悲しいものだ。

あの笑い声がデイサービスに響かなくなるなんて、今はまだ想像もつかないけれど、
きっと泣きそうなほど静かになるんだろうな。


体も心も存在感も、誰よりも大きな人だから。

「元気がカエル」

「元気がカエル」


先月末の木曜日のこと。

宛先に『 JAPON 』と書かれた一枚のハガキが、わが家のポストに届きました。

それは、ブログのお友達、mimi ylangさんからの温かいお心が籠った絵ハガキでした。

Mimiさんは現在、フランスは海外県、インド洋に浮かぶレユニオン島(マダガスカル島から東へ800km)で生活されております。

そのレユニオン島から、はるばる可愛いカエルちゃんがピョンッとひとっ飛びして来てくれました。^^

Mimiさんの絵は、本当に温かい。
イキイキと輝いて、Mimiさんってきっとこんな方なのだろうな~って思わせてくれる、本当に素敵な絵を描かれます。

そして、表に書かれた文章からも、いかに愛情が深く、女性としても人間としても優しく大きな方だということがよく分かります。


「・・・  今日は、お母様のお元気が少しでも早く回復されたらいいなぁ、という気持ちを込めて、カエルちゃんを描いて送らせていただきました。
『元気がカエル』というか、カエルちゃんがピョンッと元気もレユニオン島から運んでくれますように!  ・・・」

Mimiさん! 届きましたよ!! 元気がカエって来ましたよ!!!
そのお気持ち、とても嬉しかったです。 ありがとうございます!!!!!


Mimiさんをはじめ、沢山の方々に母の心臓病への温かい励ましのお言葉を戴きました。
改めて、感謝の気持ちを込めてお礼を申し上げます。
真にありがとうございました。

おかげ様で、先生からも「意外と心臓そのものは丈夫なんだね。」と言ってもらえるくらい、術後の経過は順調にいっております。
ただ、心房細動の不整脈を持っていますので、血栓ができないよう血液をサラサラにさせるワーファリンをはじめ、一日に16錠も飲まなければならない薬のせいで、胃腸の調子がよくありません。
本調子になるまでは、まだまだ気長に病気と付き合っていかなければなりませんが、それでも前向きに、『元気がカエル』ことを信じて、明るく頑張っていきたいと思っています。

*

と、やっと今の生活が慣れてきた水曜日のこと。

職場の玄関のお花を生け終えた私に、母から電話が入りました。

「父さんが道端で転倒したの。 仕事中で悪いけど、ちょっと病院へ連れて行ってもらえない?」

え~! 転倒!!
もう! こんな忙しい時に!!!

どうも自転車を避け損ねて後ろ向きに転倒したようです。

車の後部スペースを空け、そこに父親を乗せたらいいよね。
そう思いながら、転倒したという 自宅からそう離れていない場所へと急ぎました。

「どうも簡単には動かせないから、今、救急車を呼んでるからね。」
体調の優れない母に代わって、近所の方が119番通報をして下さいました。

えぇ? 救急車って、、、、そんなに大事(おおごと)なの???

付き添いといえど、私にとっては生まれて初めての救急車。
父の心配よりも、そっちの方がドキドキしてしまって、病院までの道すがらについてはあまり覚えておりません。(笑)

「お城が見えてきたから、もうすぐですよ。」 消防団員の方が優しく声を掛けてくれたことだけ記憶にあります。
運ばれたのは、丸亀城からすぐ東。お堀を越えたらすぐ現れる香川労災病院です。

結局、骨盤を2箇所骨折しており、即入院と相成りました。

ですが、出血も殆どなく、手術の必要もなく、大難が小難で終わらせて戴きました。
しばらく寝たきり状態ではありますが、、、。


そんな時に、思いもかけないレユニオン島からのカエルちゃん。
余計に嬉しく心強く思いました。^^

*

「これだけ大変なことが続いたら、後は良いことが待ってるよ。」 職場の同僚Aさんの優しい言葉です。
私もそう思います。^^

不思議と以前よりも疲れが溜まらず、時間の使い方も上手になってきました。


色々なことを体験させて戴いてる今、これも勉強なのだと感謝しております。


そして、気持ちも明るく前向きで、本当にこれからは良いことだけが待っているような、そんな楽しみが沸々とお腹の底から湧きあがってくるのです。(笑)


私って、意外と逞しいのかも~?って、新たな自分を発見している毎日にも感謝です。

虫の知らせ。

もう10年前のことになります。
社会人になって、数年経った頃でしょうか。


その日も、夏の暑い盛りでした。

仕事中に、何故か『大きな古時計』の音楽が、頭の中で ぐるぐると回るのです。

それも、この部分だけ。
~ てんご~くへ の~ぼるおじいさん とけい~とも お~わかれ~♪ ~

何度 打ち消しても、ぐるぐるぐるぐる 回り続けました。

*

そんな日中の不思議な出来事を すっかり忘れた夜のこと。

大学時代の親友マキちゃんから電話がありました。

「picchuちゃん、まぁちゃんが亡くなったって!」

まぁちゃんとは、ある一時期 よく遊んだ仲間の一人でした。
その中でも 特に私と親しかった彼女は、私のアパートに歯ブラシを常備していたほど、いつも顔を出してくれました。^^


彼女が失恋した時も傍にいたのは私ですし、失恋した相手と再会するきっかけを作ったのも私です。

「まぁちゃん、事故だったそうよ。 広島から浜田(島根県)へ行く途中で…。
向こうのニュースで放送されたから、連絡が入ってきたの。」
その彼と一緒のところを、不運にも事故に遭ってしまったのです。

マキちゃんも声が震えていました。


「あのね、マキちゃん。 私、今日 一日中ヘンだったの。」と、『大きな古時計』のことを話しました。
なんて返事をすればいいのか分からなかったのです。

「そうだったの、、、。 それって、まぁちゃんがお別れを言いに来てたのかもしれないね。」
マキちゃんも涙しながら言いました。

「それなら、まぁちゃんは天国へ行ったんだよね。 あんないい子だもの、絶対に天国だよね。」
そう言って、二人で電話越しに泣きました。

* * * * * * *

あれから、、、
自分の意思とは関係なく、自然と脳裏に浮かぶもの、頭の中で繰り返されるものは、何か特別の知らせかもしれない、そう思うようになりました。

まぁちゃん、また暑い熱い夏が来るのですね。。。

美しい色鉛筆画。

美しい色鉛筆画

帰宅した私の前に、一通の封筒が届いていました。

それは遠く九州は佐世保から…。

ブログ友達の「たけさん81565さん」は、九十九島を色鉛筆画で彩る絵描きさんです。

先日も個展を開かれたばかりの忙しい中、そのポストカードを私にも送って下さいました。^^


私はたけさんの塗る紫色が好き。
穏やかに浮かぶ島々の、その一つ一つの表情も優しくて好き。


私は九十九島という場所を、たけさんの絵で初めて知りました。

その静けさは、私の慣れ親しむ瀬戸内の海にもどこか似ているように思えます。
たけさんの話では、佐世保湾に囲まれた九十九島ですから、だから内海に似ているのかもしれないねってこと。

調べてみると、
九十九島とは、長崎県佐世保市から平戸市にかけて広がるリアス式海岸の群島です。
その全域が西海国立公園に指定され、その深い入り江には大小208もの島々が浮かび、島の密度が日本一という場所なのだとか。


けれど、そう言葉で表現するよりも、
たけさんの絵を一目見れば、その場所がいかに美しく、穏やかで温かな情景か、心で魂で感じ取ることができるように思います。^^


残念ながら、今のところ長崎でしか個展を開かれていないそうです。
実物の絵を見ることができたなら、これ以上に疲れた心を慰めてくれるでしょうに。。。

http://plaza.rakuten.co.jp/arttake/

*

たけさん、次回は香川で個展を開いてみませんか?(^^)

美しく、優しい作品達をありがとうございました。
たけさんの深い心の中が、そのまま絵に表れているようです。

これからも、沢山の人達に癒しの時間をプレゼントしてくださいね。
 

美しい色鉛筆画

キューピッドは私よ。

もう何年前になるだろう。。

大学2年の春、一学年上の"まぁくん"という仲の良い先輩がいました。
とても可愛らしい顔に、ユーモアと話題の多さで女の子達から結構人気があったと思います。

同じ高校出身で、同じく広島に住んでいたMegumiが、私の大学へ遊びに来た時のこと。
その まぁくんに一目惚れをしてしまったのです。

私に協力を求めるMegumi。
けれど私は、彼が彼女に気がないことを十分すぎるほど知っていました。

う~ん。。。
二人の間で悩みながら、、、
ある日、まぁくんが主催する郷土料理研究会の集まりに彼女を連れて行きました。

ここでも二人の間に座った私の居心地の悪さといったら。(∋_∈)

ですが、そこで3人の男の子と仲良くなります。 
その一人は、元々私と親しかったTaka。

Takaはすでに私に対してため口でしたので、遠慮のかけらもありません。
まぁくんが気になりながらも、ギクシャクしながら彼と一緒にいるよりはMegumiも楽しそうでした。


それから少し経った頃。
どうしても まぁくんを諦めきれない彼女は、私に彼の電話番号を聞いてきました。

う~ん。。。
MegumiにはTakaがお似合いのような気がする。。。

そこで私は、まぁくんではなく Takaの番号を教えました。
しかも、まぁくんの番号だということにして、、。 きゃは♪

きっとMegumiは胸を高鳴らせながらダイヤルしたと思います。^^
勿論、出てきた相手は、、、「はい、Takaです。」(*^_^*)

その時はびっくりして、すぐに電話を切ったそうですが、、。^^

それを期に、なんと二人は付き合うことになりました~☆

6年後、ゴールイン。(*^―^*)

* * *

「もう だいぶ落ち着いたので報告します。

実は、お子ができました。 5月に出産予定です。 

当の本人たちが一番びっくりって感じです。」

彼女らしい文章だわ。^^


結婚して10年近く。
半ば子供を諦めていた二人です。

良かった、本当に良かった。 おめでとう、Megumiさん!

キューピッドの私としても、とても嬉しい知らせでした~。o(^-^)o

「生きる」

*クライストチャーチ Southern English Schools・student roomにて
二人の大親友に囲まれながら。(*^―^*)【'01.8月】


今日8/11は、NZ時代からの大親友『きょんさん&ゆかちさん』の誕生日。
そして職場の上司Kさんは、きっと今日中にも"おじいちゃん"になられることでしょう。

皆さん、おめでとうございます☆

かけがえのない人達との出会いに感謝して、今日は彼女達に一編の詩を送りたいと思います。

この詩は、今までも 私の大切な人達が、何かの壁に突き当たった時にプレゼントしていたものです。

誕生日という晴れやかな日ではありますが、これからの長い人生において、何かの折りにでも思い出して下されば、、嬉しいです。o^-^o


『生きる』

とらわれ心の ある時は  苦しみが 私を 締め付ける

大きな 何かに 委ねてる  水の流れを 見ていたら

明るい 私に なりました



迷い心の ある時は  悩みが 私を 訪れる

風の 吹くまま 身を任す  飛びゆく雲を 見ていたら

楽な 私に なりました



汚れ心の ある時は  不安が 私に 忍び入る

清きも 濁りも 受け入れる  息づく海を 見ていたら

澄んだ 私に なりました

~神と民~

「私のブログに載せてもいい?」
「もちろん、構いませんよ。世界中に宣伝して下さい。」^^


創作芸能団『黒拍子~KUROBYOSHI』

・・・2004年、安田典幸さんと服藤菜美さんにより結成される。
佐渡の和太鼓集団"鼓童"にて研修を得て、その後大阪へと拠点を移し活動を開始。
(黒拍子HPより)

* * *

狂言の後、私達は梅田にある居酒屋へ場所を移しました。

「今日、鼓童時代の同期の友達も来てるんですよ。 呼んでもいいですか?」

和太鼓集団"鼓童"には、体験的学習を通して、次代に伝えるべく「新しい伝統」の創造を目指す2年間の研修制度があります。
この研修所を修了した後、鼓童の正式メンバーを目指す方は、さらなる研修と選考が待っています。

研修所において、
和太鼓に唄、踊りの稽古のみならず、文楽や狂言といった日本古来の伝統芸能を学びつつ、農業も生活の一部となっているそうです。

日課のように行われる10kmの走り込みも、心身共に大きく鍛えられるに違いありません。
冬は特に波の高い日本海、その大波を被りつつ避けながら走るのだとか。
寒さが半端でない冬には、手足の感覚がなくなることは言うまでもありません。

そんな自然厳しい佐渡ヶ島で、最後まで研修を終えたY君と同期(20期)のメンバーは僅か5名だけ。

その内の二人が、↑に紹介した『黒拍子』です。
彼らは、和泉流狂言師 小笠原匡さんはじめとするコラボレーション集団"風流"のメンバーでもあります。

6/29に私がお会いしたのは、菜美さんの方。
Y君とは、ご主人の典幸さん共々 本当に気が置けない間柄だということがよく分かります。
その菜美さんと、同じく鼓童研修所の後輩であるM穂さんを紹介して頂き、
私が知る広島時代のY君とはまた別の顔を見せてもらえました。^^

様々な試練を共に乗り越えてきた仲間というものは、家族のような深い絆ができるということを、彼らを前に改めて感じました。
友情をもっと太く濃くした感じ。

楽しい団欒の時間、彼らの世界を覗かせて頂きながら、私は今後の彼らの活躍への期待でワクワクしていました。

菜美さんは言います。
「日本人の私が世界に自信を持って誇れるものは、結局 日本のもの以外にないんだなって気づいたんです。」

和太鼓に出会う前の彼女は、ドラムで道を開こうとしていました。
けれど自分の中に流れる「和」を見失わず、彼女はこの道を選んだのです。

格好いいなぁ~って、何気なく彼女が語った言葉の重みを感じながら、惚れ惚れしていた私です。o(^―^)o

また一つ、私に与えて戴いた新しい出逢い。私の世界も広がる予感がしています。


〈ご案内〉

結成4年目、2008年『黒拍子~神と民~』公演が行われます。

・9/9(火)18:30~ 尼崎《ピッコロシアター 大ホール》

・9/12(金)19:00~ 福岡《パピヨン24・ガスホール》

・9/17(水)19:00~ 松山《松山市民会館 中ホール》


・出演者

安田典幸さん = 和太鼓、鳴り物、舞、唄

服藤菜美さん = 和太鼓、鳴り物、唄

安田勝竜さん = 太棹三味線、唄

吉岡正樹さん = 舞台美術、演出


・黒拍子公式HP http://kurobyoushi.com

・黒拍子公式ブログ http://blog.kurobyoushi.com

新しい門出に。

先週は広島へ、その前の週末は岡山へ、、そして、来週は大阪へ出掛けることになった私、この週末は大変大人しくしております。^^

* * *

「お元気ですか?
今月末の大阪公演で狂言の世界から離れる事になりました。

大阪公演に僕は出ませんが、もし来られるようでしたら会ってお話できればなと思ってます。」

10/2の日記にも書いたY君からメールが届きました。
彼も、先日久しぶりに会ったN君と同じく、大切な広島の仲間の一人。

現在、和泉流狂言の名家"野村万蔵家"一門である萬狂言(よろずきょうげん)、その関西支部代表 小笠原匡先生に師事しています。

その彼が今月末をもって狂言の世界から出ることになりました。
その苦労を何も知らない私には 少し勿体ないように感じてしまいますけど、もうすぐ30歳を迎える男性の一大決心です。
彼は今後の道も大きく切り開いていく力を持っていますし、
何より「狂言」という特殊な世界の中で、人間国宝の野村萬先生、重要無形文化財の野村万蔵先生らの下で学んだ貴重な体験は、彼にとってかけがえのないものだと思います。


「もし、野村万蔵さんが出演されるのなら、私もぜひ観に行きたいわ。
S席、取れる?

私、万蔵さんの大ファンなのよ。
舞台の空気さえも変えてしまう彼の存在感には驚きました。」

もちろん、九世野村万蔵さんの舞台を間近で観たい気持ちも大きいですが、本心はY君の狂言界での最後の努めを見ておきたい。
新しい門出を応援したい気持ちでいっぱいです。


私がNZへ旅立った年、
彼は佐渡島にある和太鼓グループ"鼓童"の研修生として新しいスタートを切りました。
その後、そこで講師をされている小笠原先生と出会い、狂言という日本古来の伝統芸能の世界へ入っていきました。

ですから、これで三度目の大きな出発点です。
続けることも大変でしょう。しかし、飛び出すことはもっとエネルギーがいることと思います。
決して逃げた訳ではないのですから。

その力を私も分けてもらいたい、その勇気を私も見習いたいと思っています。
あっ、その根性も見習わなくっちゃね。o(^-^)o


〈萬狂言・大阪定例公演のご案内〉

6/29(日) 14:30開演 大阪能楽会館

・「重喜」 小笠原弘晃、野村萬(人間国宝)

・「花子」 小笠原匡

・「六地蔵」 野村万蔵、野村太一郎

やっぱり好きだな、広島。

薄曇りの広島の街は、淡い紫色が少しずつ深まって 点々と灯り始めたオレンジ色の街の明かりが印象的でした。

港のすぐ近く、"プリンスホテル"の23Fからは穏やかな瀬戸内海と広島市内が一望できます。
微かにシャンソンも流れていました。
本当は写真を撮りたかったのですが、素敵な雰囲気を壊してしまいそうで、、。^^

やっぱり好きだな、広島。

* * *

「急な話だけど、今日の夕方時間ある?」
岡山から広島へ向かう新幹線の中、私は友達にメールしてみました。

前もって私の為にわざわざ時間を作ってもらうより、もしお互いに時間が合うのなら顔ぐらい見たいなっていう気軽さがいいのです。

今回久しぶりに連絡したのは、現在建築家を目指して勉学に勤しんで(? ^^)いるN君。
コンサート開演直前に返事が届きました。
「17時まで学校があるので、それ以降なら大丈夫ですよ。」


「平和公園のターミナルまで車で迎えに行きますよ。」
私より4歳年下の彼は、14年前に知り合った当時 まだ高校生でした。
再会は5年ぶり、、彼が高知へ一人旅した帰りに香川に立ち寄ってくれて以来です。

「ずいぶん顔が引き締まったわね~。」
「そりゃ、緊張しますよ。」
確かに久しぶりに二人きりで会って、しかもいきなり助手席に座ることは、相手が異性でも同性でも緊張するものです。
彼の一言で、何を喋ろうかって思考が停止してしまいそうでした。^^

「プリンスホテルでも行きますか、、。」
彼はリフレッシュしたい時、たまにこのホテルの最上階で珈琲を飲むのだそう。


N君は私の大学時代、共に青少年活動に参加した大切な仲間の一人です。
楽しいことも苦しいことも、惨めな姿だって十分すぎるほど見せてますね~。^^;


実は今回の広島行きの前、私の心が少し傷つく出来事がありました。
ヘイリーとの再会に胸弾むと言いながら、どこか沈んでいたと思います。

もちろん、そんな話は久しぶりに会ったN君には一言もしていません。
けれど、懐かしい笑顔を見ながらの他愛ない話に少しずつ心が解れていくのを感じていました。

広島の友達は、みんな個性豊かな人ばかり。
周りの目を気にして自分を出しきれない人が多い中、彼らは"こゆいなぁ~"ってくらい個性全開。^^
彼はそんな仲間の一人です。

「picchukoさんが普通の人なら、わざわざ香川まで会いに行こうだなんて思いませんよ。」
「どういう意味よ!(`o´)」と言いながら、
あぁ~、やっぱり彼は私をよく分かってるなって思いました。

私、狭い世界で息苦しかったんだと思います。
誰かに自分を、他の誰でもない私自身を認めて欲しかったのだと思います。

さすがに日常に戻るとまだ気分が沈むところはありますが、彼のこの一言と 優しい広島の夕暮れに救われた気がします。
N君、ありがとう。

やっぱり好きだな、広島。

* * * * * * *

もちろん昔からの友人も最高の宝物ですが、新しい出会いもかけがえのないものです。

先日、とても爽やかな声の持ち主Aさんとお友達になりました。
世界中には まだまだ私と縁のある素晴らしい人が大勢いるんだなぁ~って嬉しく思います。

ということは、もっともっと世界を旅しなくてはね~。(*^―^*)

神戸からパリへ!

*私が出会ったパリの街角【'00.01.08】


6/1は、私の尊敬するOさんの誕生日。
おめでとうございます!!
Oさんには大学時代、広島で大変お世話になりました。(^^)

彼は現在 奥様と横浜で住んでいらっしゃいますが、元々は関西の方。
数年前までは神戸にいらっしゃいました。

初めて神戸のルミナリエを案内して下さったのもOさん。
その時、親友のY子と3人で食べたチーズフォンデュの美味しさも格別でした。☆^^☆
確か、異人館近くの"スイスシャレー"というお店だったかな。o(^-^)o

* * *

(9/8と内容が重なりますけど、、)
そして、'99年6月。
私は母と「オルセー美術館展」を観に、神戸まで。。

美術館へ行く前に、Oさんが参加されていた ある集会を少しだけ覗いてみました。
目で挨拶を交わしただけですが、やっぱり彼は私のチーフ!
きっと、その時に彼から「大きな運」を分けてもらったのだと思います。
(Oさんは記憶にないだろうな...。)


その「オルセー美術館展」は人、人、人ばかり。絵画にも彫刻にも近付くことはできません。
溢れる人の頭に、人いきれに酔ってしまった私達は、"せっかく神戸まで来たけれど、もう我慢の限界だね"、と美術館を後にしました。

出口で一人一枚、ハガキを手渡されました。
裏返してみると、それは「抽選で本場オルセー行きが当たる!」というもの。

それまで私は、海外への憧れを感じつつも、一生日本から出るとは思っていなかったですし、出たいとも思ったことはありませんでした。
もちろん、パスポートも持っていません。

けれど、あの時はどうしてなのかなぁ~?
シャンゼリゼ通りをスキップしながら、エッフェル塔を見上げながら、パリを満喫している自分が見えたのです。*^―^*

ですから、ペンを片手に 抽選に応募するというよりも、むしろ申し込み書に記入している気分でした。
"当たるかも"とか、"運が良ければ"とか、そういった「もしも」ではなく不思議な確信。。。
神戸では十分に見れなかった作品達と、本場オルセーで再会できる!、という確信。

あの日のOさんの笑顔のおかげで、私、パリと それから広がる海外行きの切符を手にすることができたのかな。^^/
人生、何がきっかけになるか分からないから面白いですよね。o^―^o

改めて、Oさんに「おめでとう」と「ありがとう!」を伝えたいと思います。

讃岐漆器をご存知ですか?

*今日は高校時代からの親友「Kanako」の誕生日です。おめでとう!!

漆芸家の彼女は昨年6月に結婚しました。
その時の引出物の中に入っていた「あけぼのどんぶり」↑。
このお椀は彼女のご主人が研いたものを、彼女が塗りました。
一つ一つ心のこもった作品は、結婚式の参列者全員に贈られています。


漆器といえば、大抵の方が「輪島塗」を思い浮かべることでしょう。

では、『讃岐漆器』はご存知でしょうか?

漆器産地の規模としてはその輪島と大差はありません。
ところが知名度は低くなるばかり、、。

まして昨今では、軽くて安価なプラスチックが台頭し、高価で広い場所を有する漆塗りの家具は敬遠されがちという、ますます厳しくなる漆業界。
伝統工芸の伝承は非常に大切なことでしょうに、思う以上に難しいものなのですね。


そんな世界に私の親友は飛び込んだのでした。

紆余曲折しながらも自分の道を切り開いていった彼女。

彼女は普通に大学の教育学部を卒業した後、しばらくして「香川県立高松工芸高校」内にある『香川県漆芸研究所』に入学し、そこで3年間讃岐漆器を学びました。

時々遊びに行った彼女の部屋は常に漆の匂いがして、彼女の手は漆に負けてかぶれていました。

それでも漆の話をする彼女の目は、高校時代から"ずっと"彼女を見てきた私ですら初めて見る輝きでした。

表面は自信なさげに見せてくれたデッサンも、彼女の内では満足していることが伝わってきます。
それは作品そのものよりも、今歩んでいる自分の人生への確信のようにも見えました。


今は同じ漆業界の旦那様と一緒に日々制作していることでしょう。
二人で同じ道を歩めるなんて本当に素晴らしいことですよね。


私は彼女がこの世界に入るまで、讃岐漆器の価値の高さを知りつつも興味を持つことはありませんでした。

今も詳しいことは分かりませんが、デパートへ行った時などは"ウェッジウッド"などの洋食器を見て楽しんだ後などに日本の伝統工芸の美しさも鑑賞するようにしています。


〈ご紹介〉

讃岐漆器の代表は次の通りです。

・蒟醤(キンマ)塗り
・象谷(ゾウコク)塗り
・独楽(コマ)塗り
・後藤塗り

特にキンマ塗りは漆を塗り重ね、模様を線彫りし、この刻まれた陥文に色漆を埋め、研き工程を経て模様に色漆を残したもの。
漆塗りの最高峰ともいうべき技法だそうです。

ちなみに私が好きな作品は、コマの美しさから源している独楽塗りです。

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