I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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クラシックのお好きな方には、、、。

手前がモーツァルト記念碑、右がシューベルトのお墓です。
【'04.01.01】

『ウィーン中央墓地』

240ヘクタールもの広大な敷地に、音楽家や画家など多くの著名人を含めた300万人を超える人々のお墓があります。

中でも、「楽聖特別区」の"第32A区"には、ベートーベン、シューベルト、シュトラウス父子、ブラームスといった大作曲家たちが数多く眠っています。

敷地内の並木道は、映画「第三の男」に登場したもの。

* * *

「私が中央墓地へ行った時、すでに日が沈みがかった夕暮れ時でね、、、
とても怖くて、"一生懸命、歌の練習を頑張ります!"とだけ祈って、急いで墓地から出てきたわ。」

そう私に話すのは、関空からウィーンまでの飛行機の中、偶然隣りになった女性です。

屈託なく、マイペースでよく喋る人。^^
彼女は声楽のレッスンの為、パリへ渡航しているとのことでした。

「私、以前はウィーンに住んでたのよ。」
そんな彼女が、ウィーンの効外にある中央墓地を訪れた話をしてくれました。

「一人で行ったの?」
「まさか! 友達と一緒よ。その子の後ろに隠れながら、恐る恐るついていったの。」

ふ~ん、中央墓地かぁ~。。。
彼女が少し眠った間に、私はガイドブックを開いてみました。

《モーツァルト前後の時代、ウィーンを中心になんと数多くの音楽家たちが活躍したことだろうか。

宮廷や教会の中での音楽の位置付けが重要だったことが大きいが、現在でもヨーロッパでは宗教と音楽は密接につながっている。

プロテスタントの多いベルリンを本拠地とするベルリン・フィルではバッハやワーグナーの曲の演奏が好まれ、
カトリックの多いウィーンを本拠地とするウィーン・フィルではモーツァルトが好まれるというように。

私たちが当地で音楽鑑賞する場合、宗教の差異を少し頭にいれておくことも、また違う鑑賞の仕方ができるのではないだろうか。

その見方からすると、同時代ドイツで活躍したシューマンが、ウィーンでは殆んど活躍していないのも頷ける。》
「まっぷるマガジン ウィーン・プラハ・ブダペスト 2003-04」より

* * *

2004年1月1日。

シェーンブルン宮殿から市内へ戻った私は、次の行き先を考えていました。
モーツァルトがオペラ"フィガロの結婚"を作曲した「モーツァルトハウス(当時はフィガロハウス)」も、
ベートーベンが有名な第5交響曲"運命"などを作曲した「パスクァラティハウス」も、
やはり元日は休館なのです。(T_T)

美術館という気分でもなく、路面電車の停留所で、"う~ん"と腕を組み悩んでいました。

そして、あの彼女の話が頭に浮かびます。
『中央墓地』かぁ~、、、もし そこへ行くとしたら、どの電車に乗ればいいのだろう。

「すみません。 中央墓地へ行くには どの電車に、、、、」
ちょうど目の前にいた女性に声を掛けました。

彼女は私の言葉の最後までを聞かず、「これよ。 急いで!」そう叫んで、私の背中を押しました。

訳も分からないまま、"プシュー" ドアが締まります。

行くかどうか、まだ決めかねていたのに~。><。。
けれど これも何かの縁なのかと、そのまま墓地へ向かいました。


そこは、洋画に出てくるとおりの雰囲気です。
独特の空気が漂っています。
淋しい感じではあるけれど、決して気味の悪い場所ではありません。

ただ、天気も悪く薄暗い空の下、元日から墓地に訪れる人も少なくて、、、
真冬に一人で来る場所には相応しくなかったかも???しれませんね。^^;

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『M.FREY ~WINE~』

*『M.フライ・ヴィレ』の指輪。
'04年1月2日、ウィーンのシンボル"シュテファン寺院"の裏手にあるショップで、私はこの子と出会いました。^^


『FREY WILLE ~フライ・ヴィレ』の高級エナメルアクセサリー。
四国に住む私は、ウィーンを訪れて初めて、そのエキゾチックなデザインの、芸術性の高いアクセサリーの存在を知りました。

『フライ・ヴィレ』は1951年に創業、1983年より高級エナメルと24金を合わせたジュエリーを製作し始めました。

古代エジプトを連想させるもの。
神話や歴史的テーマに基づき、それらの時代を表現したもの。
身に付けると力と正義が沸いてくると伝えられるヘレニズムライオンをデザインしたもの。
クリムトの図案をクールでエレガントに仕上げたもの。
近現代建築のデザインを模したもの。

それぞれのコレクションが完成され、今ではルーヴル美術館、英国博物館、ウィーン美術史美術館などにその品質を認められているそうです。


ウィンドウに並べられているこれらのジュエリー。
日頃そういったものに興味のない私でさえ、気が付けばぐいぐいと魅了されていました。(*^_^*)

帰国を前に、迷いに迷ってお店の重い扉を押しました。
溜め息ばかり出そうな世界で、私はひとつだけ自分へのプレゼントとして指輪↑を買いました。
*なぜ指輪を選んだかというと、それは最もシンプルな美しさを持ち、そして値段が手頃?だったからです。^^

これは、「WHITE GOLD DECOR」というシリーズで、クリムトの典型的な渦巻きの図案を白金と共にエナメルの中に溶け込ませたものです。

けれど、まだ一度も人前で指にはめたことはありません。
とてもお洒落な『フライ・ヴィレ』のデザイン、実はこれらを着飾る難しさが欠点なのです。
何度か韓国ドラマでこのネックレスを着けている女優さんを見ましたが、誰もこのジュエリーの良さを引き立てることが出来ていませんでした。
アジア人には苦手なデザインなのかな?
身に付けると、悲しいかな その違いは明らかです。^^;

けれど、自己満足でもいい、今後このシリーズを私のコレクションにしちゃうつもりです。(o^―^o)
だって、それはそれは綺麗なんですもの。


日本でも銀座にショップがあるようですね☆

URL : http://www.frey-wille.com

Cafe Central

*どこよりも優雅で長い歴史を持つウィーンのカフェ文化。
『カフェ・ツェントラル』はそんなウィーンの中でも特に美しい、フェルステル宮殿にあるムード漂う素敵なところです。
彼の名は「Gunter H.Schneider」。1939年9月、ウィーン生まれ。
【'04.01.01オーストリア時間】


ここ数日、私はずっと「エリザベート」の世界から抜け出せないでいます。
仕事中も頭の中ではその曲達が流れています。
毎晩一人になるのを待ちかねて、ミュージカルのCDを聴いている私。
もちろん、今もそうです。

【♪ 私を見つけたいなら 私をつかまえてしまってはだめ
私は自由を手放しはしないわ
あなたが私を縛ろうとするなら 私はあなたの巣から去り、鳥のように海に潜るわ

友を求め 安らぎを探す 喜びを分かち合い 悲しみを分かち合う
でも、私の人生を求めないで 私の人生をあげることはできない
何故なら 私は私だけのものだから ♪】
・・・「私だけに」


ウィーンの話をもう少ししましょうか。。

せっかくの元日の夜ですもの、贅沢に『カフェ・ツェントラル』でゆっくりくつろごうと、
大理石の柱と高く美しいアーチを描いた天井を持つ 世界的にも有名なこのカフェを覗いてみました。

そこは多くの人でごった返し、長い列をなしていました。
私のような場慣れしない一人者には、ちょっと座るのは無理なよう。

そんな時、真ん中にある素敵なグランドピアノが目に入りました。
そこは夕方になるとピアノや弦楽器の生演奏が始まります。

私は噎せ返るほどに溢れる背中をくぐり抜け、ピアノの近くまで行きました。
とっても優しそうなピアニストさんが"ニコニコ"微笑みかけてくれます。

「座る場所がないんだね。」
ピアノを弾く手を休めて、彼は椅子の半分を私に譲ってくれました。

「何か聴きたい曲はあるかい?」
私はあまりにも美しいその室内の装飾に、そのカフェの空間にいるだけで満足でした。

「出会った記念に、君の為にこの曲を贈ろう。」
そう言って、彼はベートーベンの「エリーゼのために」を弾いてくれました。
写真はその時のものです♪

とても親切な方で、私の為に近くのお客さんに相席を頼んでくれたほど。
"いえいえ、せっかくこの雰囲気を楽しんでいる方達の邪魔はしたくないです。"
"私はもう大満足で大感激です。"
その意味を込めて頭を横に振りました。

「この後はどうするの? 夕食を一緒にどうかな?」
是非ともご一緒したかったのですが、10/24のブログに書いたように、一度怖い思いをした私は又も首を横に振りました。

残念そうに彼は、私が店を出る最後まで、ずっと視線を投げ掛けてくれ 手を振ってくれました。

海外に出ると沢山のこんな優しい男性に出逢えるので、私のような者でも"勘違い"お姫様になれますね!!

でも本当に嬉しかったなぁ。
有名なカフェの専属ピアニストが私だけの為に一曲プレゼントしてくれるなんて、
ウィーンならではのことでしょう。

あの時の彼のCDも私のお気に入りです。
当然のこと、「エリーゼのために」も収録されています♪

Ich gehor nur mir...

*マリア・テレジアイエローに輝くウィーン『シェーンブルン宮殿』。
そこは誰もいない、2F大ギャラリー【'04.01.01】


盛り上がった大晦日の夜も明け、NEW YEARはひっそりと、そして"ピンッ"と張り詰めた空気に包まれて朝を迎えます。
積もった雪を踏みしめながら、私はまだ薄暗い中 ホテルを出ました。
8:30、シェーンブルン宮殿は開きます。
遅くまで騒いではしゃいだウィーンっ子達も、観光客もまだ眠っているのでしょうか。。
私の他に一人の日本人女性しか見当たりませんでした。
関東出身の彼女は、その前日「ウィーンの森」を散策したと話してくれました。

知っていましたか?
1月1日早朝にシェーンブルンを訪れると、
マリー・アントワネットが幼少時代を過ごした部屋も、
「会議は踊る」で知られる大ギャラリーも、
最期まで宮廷生活に馴染めなかった美貌の皇妃エリザベートの面影も、
全て独り占めできるのです。

1時間もすれば、団体客が訪れはじめます。
それまでの特別な時間、ハプスブルク家が大好きな私にとって なんとも贅沢な時間でした。

私達はそんな静かな宮殿をゆっくり見学し、庭園を散歩した後マリア・テレジアのお気に入りだった高台にある「グロリエッテ」のカフェで朝食を。
NEW YEARの朝は特別にシャンペンを注いでくれます。
大きな窓からは優しい光が降り注ぎ、神聖な空気が漂います。

気高く美しいウィーンを最も感じられる瞬間です。
もし年越しをウィーンで迎えられる機会がありましたら、誰よりも朝一番にシェーンブルン宮殿を訪れてみてはいかがでしょうか...。


こうやってウィーンを思い出したのは、sakuranomiさんから戴いたミュージカル『エリザベート』のサウンドトラックのおかげです。
今年4月に梅田芸術劇場で上演されたウィーン版『エリザベート』。

私はウィーンから帰国した後、エリザベート皇后の本を取り寄せました。
それはミヒャエル・クンツェ原作の『エリザベート~愛と死の輪舞』。

その大掛かりな舞台と、本場ウィーンでもなかなか揃わない見事な役者の顔ぶれが日本にやって来る!!
これを無視することができるでしょうか、、。

予備知識のほとんどない私ですら虜になったのですから、
以前から観劇に詳しいsakuranomiさんにとって、この機会は夢のようなものだったに違いありません。

だから、同じ舞台に夢中になった私の気持ちを誰よりも解ってくれたのだと思います。
だからこそ、そのCDを私にプレゼントしてくれたのでしょう。


生で観て聴いた舞台はさる事ながら、時間が経った今でもこれらの音楽に耳を傾けていると心が踊るようです♪
ミュージカル『エリザベート』をご覧になった方なら お分かりになると思いますが、
主役のエリザベートはもちろん、マテ・カラスさん演じる死神『トート』の怪しい存在感は観る者を今まで味わったことのない世界へと導いてくれることでしょう。

「死」とはこれほどに甘美なものなのか、
このように魅惑的に魂を抜かれていくものだろうかと吐息がもれてしまいます。

そして、美しさ故に悲しくも哀れな、しかし自分の意志をしっかり持って生きたエリザベートの人生がドラマティックに描かれた不思議な世界です。

ドイツ語の響きがこの舞台をより一層引き立ててくれます。


エリザベート役のマヤ・ハクフォートさん。
私をオーストリアへといざなう そんな彼女の歌声を、今は何度も何度も聴いています。
次はぜひウィーンで観たい作品です。

21世紀のトルテ戦争

*有名なザッハー・トルテ【ウィーンの老舗 ホテル・ザッハーにて '04.01.02】
本場ウィーンのカフェを巡る・・あるTV番組でそんな内容のものがありました。
「あっ! コーヒーを飲みにウィーンへ行きたいな!」
これが私とオーストリアの出逢いです。


「トルテ戦争」をご存知ですか?
1952年から10年間も続いた裁判。
トルテをめぐり、本家「ザッハー」と王宮御用達「デーメル」の戦いです。

経営が苦しくなったザッハーは、伝統あるデーメルに助力を頼みました。
それによって自店でザッハートルテを作る了承を得たデーメルに、オーナーが変わったザッハー側が「オリジナル・ザッハー・トルテ」と表示するのは権利の侵害であると裁判を起こしたのです。
結局、両家とも「ザッハー・トルテ」を作ってよろしいということになったそうですが、、

それは「ザッハー」対「デーメル」のお話。


もうひとつ、21世紀のトルテ戦争の話があります。

「ザッハー・トルテ」対「picchuko」の戦い。

本物のザッハートルテを食べたことってあります?

味も見た目も申し分ないトルテです。

チョコレートもケーキも大好きな私にとって、
そのふたつが絶妙に組み合わさったザッハートルテは最高の洋菓子のはず。
「ザッハー」側のものしか食べていませんが、それにはトルテの中央部に「アンズのママレード」が詰められていて、チョコレートの甘さを引き立てるのに大いに役立っています。


2004年の元日の夜、お客様でいっぱいのカフェ・ザッハーに入る勇気のなかった私は、次の朝一番に乗り込みました。
朝からチョコレートケーキ、これも問題だったのでしょう。

田舎者のアジア人と思われるのが癪で、気取ったふうに「ザッハートルテとブラウナー(濃いコーヒーにミルクを少し加えたもの)」を頼みました。

気取ったものの、私はかなりの甘党です。
お店の人に見られないように 砂糖をたっぷり入れようとしました。
小さな小さなカップです。
うわっ!\(◎o◎)/、思いの他『ドバーッ』と入ってしまいました。

気持ちを落ちつけ、一口目。
なんて、なんて美味しいチョコレートケーキなんでしょう。
こんなに美味しいのは生まれて初めてです。
三口目までは最高でした。

けれど、甘党といえども日本人の私には強烈な甘さ。
その横にあるのは砂糖にコーヒーをかけたような飲み物。。
最後は本気でベソをかきながら食べました。


あれから3年半ぶり今年7月。
ザルツブルクのカフェ・ザッハーで再度挑戦しました。

もう間違いは繰り返さない、
コーヒーはブラックで。

一口目、
あぁ、なんて美味しいんでしょう。
ウィーンで食べた時、あんなに苦しんだのは何故でしょう。
本当に美味しいわ。

三口目、
やっぱり美味しいではありませんか。

もう一口、甘い?
もう一口、、、甘い、甘い、甘い。

真夏のオープンカフェで食べる代物ではありません。
暑さでチョコレートも溶けてきて、、
やはり最後まで食べるには苦しいものがありました。


今日、一年前から親しくさせて頂いている韓国人のウォンさんが、美味しいケーキを持って我が家へやって来ました。

お腹の調子の悪い父の分もと2つもケーキを頬張りながら、
年末のザルツブルクで今度こそ、
ザッハートルテを征服するぞ ! 、最後まで美味しく食べてみせるぞ !!
と決意を新たにしております。

心の底から満足できるその日が来るまで、私と「ザッハー・トルテ」の戦いは続きます。。

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