I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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『食は、人の天なり』

今月頭に京都を訪れた。
職場の元施設長との日帰り二人旅。

その折、彼女からこんなことを教わった。

「朝起きて、一日一回身支度をきちんと整えて外出する、
 一日十回は笑う、
 一日百文字を書く、
 一日千文字を読む、
 そして一日一万歩歩くといいようですよ」

日ごろスマホやパソコンに触れるようになって全く文字を書かなくなったことを改めて反省した。
書かないと書けなくなる。

そこで、本を読むときに曖昧に理解している言葉をノートに書きだし、きちんと確認した意味を書き留めることにした。
書かないといい加減に解釈している単語のいかに多いことか。



今、私は八年ほど前に出版され話題となった時代小説「みおつくし料理帖シリーズ(髙田郁著)」を読んでいる。
この5月に黒木華さん主演でドラマ化されるのを知りやっと手にした次第。

全十巻あり、残りは一冊、十巻目のみとなった。
今月10日過ぎから読み始めたのだが、面白くて次から次へと手が伸びる。
料理帖シリーズであるからそこに描かれる料理の品々も心惹かれるし、髙田さんの柔らかく豊かな表現からも学ぶことが多い。
このシリーズを読んでいると、毎日感謝して頑張ろうと思えてくる。

さて、その中で「生麩」が登場する話がある。
京坂では馴染み深いのに江戸では見かけない食材、生麩とは文字通り乾いていない生の麩。

「串に刺して、味噌をつけて炙った生麩田楽ほど美味しいものはないですよ。豆腐と違ってもちもちしていて、炙ると焦げ目が」
思わず涎が出そうになって、澪は慌てて口を押えた。



ちょうど先日、京都は美濃吉本店・竹茂楼で昼食をとった際、口に入れた途端に思わず唸ってしまった一品がその生麩田楽だったことを思い出した。

私が初めて生麩を食べたのは、確か四国霊場第87番札所長尾寺で戴いた菜懐石だったと記憶している。
その時も麩のイメージを180°変えたその味と舌ざわりに驚いたのだが、さすがは美濃吉、今思い出しても感動が胸に広がる。

2017-03-02美濃吉本店・竹茂楼


主人公である澪が自分の進むべき料理人としての道、それがはっきり見えたところで九巻目が終わった。

『食は、人の天なり』

食は命を繋ぐ最も大切なものだ。ならば料理人として、食べるひとを健やかにする料理をこそ作り続けたい。
澪は潤み始めた瞳を凝らして自身の手を見つめる。
叶うことなら、この手で食べるひとの心も身体も健やかにする料理をこそ、作り続けたい。
この命のある限り。そう、道はひとつきりだ。
「食は、人の天なり……」


作り手はその一心で料理する。

一心で無心。

だからいつまでも感動が残るのか。

いい本に出合った。





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岸惠子の『わりなき恋』。

心をぞわりなきものとおもひぬる 見るものからや恋しかるべき

古今和歌集にある、清原深養父(きよはらのふかやぶ)という歌人の歌らしい。

『わりなき恋』とは、理屈や分別を超えて、どうしようもない恋。


「どうにもならない恋、苦しくて耐えがたい焔のような恋のことだと思う。笙子、覚悟ある?」

パリ行きのファーストクラスで、69歳の女と58歳の男が偶然、隣り合わせとなったことがはじまり。
女の名前は伊奈笙子、男の名前は九鬼兼太。


国際色ある小説を探していて出会った本が、この岸惠子さんの著書『わりなき恋』であった。

この本が出版された頃、世間の話題に疎い私の耳にも入ってきてたくらいであるから、当時は相当注目されたのであろう。
テレビ画面に映っていた80歳の岸さんの頬は紅潮して、その姿に「おばあさん」はどこにも見られなかった。


だが、私は老人ホームで働く職業柄、どうしても70代にさしかかる女性の恋愛話に最初は戸惑いを感じた。
だって現実のホームでは、おむつをしている70代の利用者は普通にいる。
そこに「女」という「性」を感じろという方が難しい。

その歳で恋愛? その歳で男と溶け合う?


著者本人も何かの番組で、
「70歳を超えると、認知症だとか、介護だとか、ネガティブで後ろ向きな話題ばかりになるけど、そういうのはやめにして、ポジティブに前向きな話をしませんか」
という想いがそこに込められていると話したそうだが、

それにしても女っぷりでも体力的にも70歳とは思えぬ主人公・笙子であった。


いくつになっても男は男、女は女。

そうわかっていても、どこか嫌悪感やら羞恥心やらが働くであろうに、こうも開けっぴろげに生きれるものであろうか。
国際ドキュメンタリー作家と大企業のトップマネジメントという立場の2人であるから、舞台がパリに上海にブダペストにとそれが極当たり前に地球上にまたがることに、どこか非凡人的な背景を感じ、自然と笙子は私の頭の中で岸惠子そのものとして演じられていた。

普通の男女なら、「プラハの春」から恋は始まらない。


それでも、読み進めるうちにのめりこみ、この若くない2人の恋愛の結末が気になることもあり、ページをめくる指は止まらなかった。

70歳ならではの恋の甘み、苦み、しがらみ、痛み。


描写も美しく、選ばれた言葉も美しい。
美しすぎて、逆に「こういうのもありかな」と思ってしまった。


そして最後の最後、笙子が導いた先は、「さすがだな」と思うとともに、「理想だな」とも思う。
岸惠子の自伝ではないだろうが、80歳を超えた岸惠子の美意識なんだろうなと感じた。

いや、まったくの作り話でないことは、文中から溢れるつややかな表現からも汲み取れる。

☆わたしのマトカ☆

私のある日記の足跡に、なんとなく気になるブログがあった。
開いてみると、そのブログ主は活字中毒と自分で言い切るほどの読書家であった。
私なんぞのブログにたどり着いたその人はどんなジャンルの本を読むのだろう、ちょっと興味が湧いて彼女の読書記録に目を通した。

テレビでは、先週末に公開した映画『小野寺の弟小野寺の姉』の宣伝に、向井理さんと片桐はいりさんが頻繁に登場していた。
強烈だが憎めないはいりさんの圧倒的な存在感に、ちょうどはいりファンになりかけた時だった。

その人のブログに、<『もぎりよ今夜も有難う』 片桐はいり>という見出しを見つけた。
本文には、「個性的で大好きな女優、片桐はいりさん。 『グアテマラの弟』を読んで、面白い!と感じたので、こちらも読んでみました。」とあった。

グアテマラといえばマヤのティカル遺跡、いつかは行きたいと強く思う国。
そこではいりさんの弟が暮らしていることも「へえ~」であったし、はいりさんの目にはその国がどう映ったのだろうと気になった。
何より、はいりさんが俳優業だけでなくエッセイストでもあることに一番魅かれた。

『グアテマラの弟』も面白かったが、その読後すぐ手に取った『わたしのマトカ』に大いにウケた。
『わたしのマトカ』は、映画『かもめ食堂』の撮影で滞在したフィンランドが舞台の片桐はいり処女エッセイである。
マトカとは、フィンランド語でという意味なんだそうだ。


読んでいると、あのエラのはったはいりさんの顔が脳裏にチラチラ浮かび上がり、彼女の声がナレーションのごとく私の耳奥で響いてくるから愉快だ。
さすがは片桐はいり、姿が見えなくても強烈である。(笑)


彼女の旅日記にはガイドブックに出てくるような名所は一か所も登場しない。
なのに読み終える頃には何故かフィンランド時間とフィンランドの風景の中、フィンランド人の友人を得たような満足感がある。
フィンランドの思い出を語る上で記された、カンボジアやベトナムなど彼女の過去の旅描写も、その一役を買っている。

そして、彼女の旅に似たような場面を私自身の旅にも見つけ、全く異なる国なのに懐かしさが込み上げてきた。

たとえば、ヘルシンキでのカモメの場面。
近くで見るとわかるが、フィンランドのかもめはほんとうにでかい。
白いダブルの背広を着てのしのし歩く、マフィアの組長を思わせる。可愛い水兵さん、という柄ではない。

そんな組長が、港だけでなく町なかを、猫よりもいい気な感じでのしのし歩いている。
カウパットリの港では、屋外マーケットに押し寄せる観光客に負けない貧欲さで、食べ物をあさっていた。
近くへ寄っても逃げないばかりか、にらみ返してくる勢いなので、こちらのほうが、失礼しました、と引き下がるはめになる。

の一節では、私はニュージーランドのクライストチャーチを思い出す、今は地震で崩壊した大聖堂広場にわんさと屯していたシーガルを。
あいつらもなかなか凶暴だった。
友人の一人など、広場の隅に腰かけていたら、シーガルが細かく切った芋をどこからか運んできて彼女めがけて落としてきた。
白人がアジア人を嫌って生卵をぶつけてきた場面には何度も出会ったが、シーガルに狙われるとは笑えた話である。


また、「ヘルシンキでは、わたしは毎日のようにすずめと朝食をともにしていた。
いつもの時間に、陽の当たる外のテーブルに着くと、たいてい、一羽か二羽のすずめが隣の椅子の背のところにやってきた。

自分の口に運ぶのとおなじペースで、分け前を投げてやる。
すずめたちはなんの躊躇もなく、わたしの投げたパンくずを目の前でついばんでいる。
フィンランドのすずめは、日本人がすずめをまっぷたつにさいて、焼いて食べることを知らないのだろうか。

には大笑いをしながら、スロベニアの首都リュブリャナで馴れ馴れしいすずめどもと私も一緒に朝食を取ったことを思い出していた。

フィンランドの話なのに、読み手それぞれ膨らませ方ができるのも彼女の文章の巧みさだと思う。


普段はさほどきれい好きでもないのに旅に出る前だけは異常なきれい好きになるってところや、

特に本好きでも読書家でもないのに世界の何処ででもなぜか行き場所に困ると本屋に入るというくだりに、

はたまた彼女が帰国後も原稿用紙の上で旅をつづけたように私はブログを書いて旅の余韻を楽しむところまで、

そんな他愛ないところにも彼女のマトカと私の旅の共通点を見つけ、「そうそう、そうよね」と何度も何度もうなづきながらページをめくった。

魅力ある彼女の感性と重なる部分を自分の中に見つけ、一人嬉しくなった。
彼女と私の違いは、私はそうグルメではないことと、彼女のような機知に富んだ才能がないことくらいか。


読み終えて、はいりさんのあのニヤリとした不敵な笑みがまた脳裏に浮かんできて、それが読後の満足度を一層強く引き上げた。(笑)

『アイルランド幻想』を読み終える。

一週間程前のスコットランド独立投票の影響だと思う。

ふとケルトの話が読みたくなって、スコットランドではないが、手元にある唯一のケルト小説『アイルランド幻想』を開いてみた。
それは、全11話からなる短編集で、神話や伝承をベースにしたアイリッシュ・ホラーである。

ケルト音楽が大好きで、これまでコンサートやらリバーダンスに足を運び、その時も感じた霧の中を歩くようなどこか不気味で暗く妖しげな雰囲気と、しかし底辺にある何者にも屈するものかという強い思いが様々な描き方によって、それはリアルに表現されている。


視覚的な怖さじゃなく、そのひんやりとした独特の空気感が気に入って、夏の名残りを感じながらも秋の気配が深まるこの季節に数話づつ読み進めていたのだが、ここらで一気に読みたくなった。

だが、それでも一日に読める量は2~3話程度まで。 しかも通しでは読めなかった。

長編ではないのであるから、頁数でいうならばすぐに読めてしまうはずだ。
しかし、一話一話それぞれにインパクトが強く、頭の中のイメージを鮮明に描こうとすればするほど背後に異様な空気の流れを感じ寒くなる。


和訳も自然で見事であるから、

私は枕から体を起こし、首をそちらに傾けて、耳をすませた。 
描写しがたい音だった。
遠くから聞こえてくる歌声を思わせる。 
苦悶する魂がすすり泣いているかのような、声を忍ばせた哀悼歌の合唱のような、不思議な音だった。

(『石柱』P16)」

とあれば、本当に何処からか哀愁に満ちたすすり泣きが聞こえてきそうで身震いする。


私がまだ戸口に立っていたとき、夕暮れの薄明かりをつらぬくように、この世のものとは思えない泣き声が、聞こえてきた。
次第に音量を強めてゆく甲高い軋るような悲鳴であった。
一度、二度、さらに三度と、血も凍るような叫びは響き渡った。

(『髪白きもの』P151)」


一瞬、彼はそのまま、根が生えたかのようにその場に立ち尽くしていた。
全身の血管の中で、血が氷と化した。
だが次の瞬間、恐ろしさと息の詰まる暗黒に突き動かされて、大声で恐怖の絶叫を上げながら、錆びついている鉄の扉に全身で突進した。
古びた鉄の扉を、素手で乱打し続けた。 助けをもとめて、叫び続けた。

(『妖術師』P313)」


そして、幾度となく登場する<大飢饉(じゃがいも飢饉)>と、イングランドによる非人道的な植民地支配。

それら現実にあった歴史が、アイルランドという風土特有の物悲しさを一層濃くし、そこかしこから滲み出る悲哀をより強くした。

教科書めいた歴史書よりも、ずっと真実を伝えている気がする。


何度も何度も背筋をぞくぞくさせながら、そしてやはりこの独特のひんやりした空気感が好きだなと思う。

読んで、観た、『カティンの森』。

ちょっとまだ自分では消化しきれなくて、ここに感想を書くのはやめようと思ってた。

なのに、何らかの思いを綴らなければ次の本へ進めない。
いつまでも本棚に戻せない、机の上にあり続ける一冊があった。

そういう作品もあるんだな、と知る。

だが、読後半月以上経過しているため、詳細は定かでない。


*


それが、『カティンの森』。

随分長く積読していた本だが、わが年下の彼女(笑)、ブロ友nanaco☆さんの、映画化された同作品のレビューで読む決心がついた。


そこで彼女も触れていたが、思い出すのは 2010年4月に起きたポーランド空軍墜落事故

カティンの森犠牲者追悼式典に出席するためにロシアのスモンレスクへ向かった、ポーランド大統領夫妻と同政府要人96名を乗せた飛行機が墜落、全滅した事故だ。

私はその事故で初めて、背景にあるカティンの森事件を知る。
ニュースに疎い私がそれを強く記憶し、ざっと歴史を調べた理由は、その翌月にモスクワを旅することにしていたからだろう。

あの時、プーチン首相(当時)の冷めた目に、ロシアに対する胡散臭さをどうしてもぬぐえなかったことを覚えている。


また、その事故の3日前にも行われた式典に、ポーランド首相と共に参列したプーチン首相は、カティンの森事件について改めてソ連の責任を認めた上で、ロシア国民に罪を被せることは間違いだとし、謝罪しなかった。

その式典参列者の中に、この作品の映画監督アンジェイ・ワイダ氏もいた。

ロシア側のその態度に、その時 ワイダ氏はどう思っただろう。

ワイダ氏の父は、カティンの森事件で虐殺されている。


ひょっとしたら父親は生きている、、、
彼の母親は、ほとんど生涯の終わりに至るまで夫の無事を信じ、帰りを待ち続けたという。

彼は、この映画があの事件の真実を明るみに出すだけでなく、
カティン犯罪の巨大な虚偽と残酷な真実を、永遠に引き裂かれた家族の物語として描くことで、
歴史的事実よりはるかに大きい感動を引き起こし、祖国の過去から意識的、かつ努めて距離を置こうとする若い世代に語りかけたかったのだ。


この作品は、そう映画化されることを前提に、アンジェイ・ムラルチク氏によって執筆された。

ムラルチク氏は言う。
「独りでは、この主題を取り上げる勇気はなかったと思います。
カティンについて虚構の物語を書くと考えただけで、身が震える思いでしたよ。
でもそれが映画の原作となれば、別です。俳優が演じるわけですから、仮構も可能になるのです(訳者あとがきより抜粋)」

「ワイダと約束しました ― 彼には映画監督として独自のヴィジョンを創造する権利がある。
わたしは自著で自分のヴィジョンを守ると。
でも、映画と小説は理想的に補い合っていると考えています(同)」


私も思う。
この作品は原作を読み、映画を観ることによって、より深く理解できると。

映画の中で強烈な印象を残すのは、エンディングの、ただ淡々と、同じ血が通った人間の仕業とは思えない凍りつくような虐殺シーンだが、
片や原作では、そのような露骨な描写はなく、待ち続ける家族の痛々しい感情が細かく丁寧に記されている。
待つ女性たちに、一段とスポットを浴びさせている形だ。


それは、ポーランド将校であるアンジェイ・フィリピンスキ少佐の、母・ブシャと妻・アンナ、そして娘・ニカの物語。

ブシャとアンナは、アンジェイの生還をひたすら信じて待ち続けている。
「カティン以前」の光に満ちた生活と、「カティン以後」。

娘ニカも父との懐かしい想い出、父の誇らしい姿を忘れたわけではないのだが、彼女は父との再会をほとんど諦め、今を楽しみたいという気持ちの方が強くなる。


カティンを奇跡的に生き抜いたアンジェイの部下・ヤロスワフ大佐と、
後にニカのボーイフレンドとなる、戦時にパルチザンとして抵抗運動をしていた美術学生のユル、
この2人も物語を展開さす上で要となる人物である。

その6人の苦しみ、哀しみ、諦め、うらぎり。
ニカはある出来事から、アンナと同じ道(気持ち)を歩むこととなる。

それらを生み出したのが、カティンの森事件であり、その罪をナチス・ドイツになすりつけたソ連の嘘であり、
そして、その真相に触れることすら しばしタブーであったポーランドの弱さであった。



強国に挟まれ、常に侵略され続けたポーランド。
このカティンの森事件の直接な背景に、1939年のドイツとソ連によるポーランド侵攻がある。
さらに遡ると、ドイツ・ロシア・オーストリアの三国に分割された時代にぶつかる。


弱国ゆえの宿命か。


だが、だからといって、なぜソ連によって優秀なポーランド将校がカティンを含め1万数千人も虐殺されなければならなかったか

訳者はこう記す。

それは、ポーランドとソ連関係の「過去」と「未来」に関わると。

「過去」とは、ソ連が敗北したポーランド・ソ連戦争を根に持つスターリンが、ポーランド軍人に対して強い不快感を持っていたこと。
事実、虐殺された捕虜の多くが、ポ・ソ戦争に従軍した者だった。

それではなぜ、そのポ・ソ戦争が起こったかというと、第一次世界大戦後、ロシア革命で混乱しているソ連(ロシア)に対し、ポーランドがかつての領土を取り返すために侵略したからであった。


では、なぜそこに「未来」も関わってくるのか?

それは、ポーランドの軍人と知識人たちを抹殺することで、指導者を失ったポーランドに真空状態を作りだし、そこにソ連仕込みの連中を入れることで、


結局、いつの時代もソ連(強国)の思惑通りにされてきたということだ。


これらを頭に入れた上で改めて物語と向き合うと、もっとすんなり話に入っていけるだろうし、

映画の冒頭シーン、ドイツ軍から逃れるアンナ母娘たちと、ソ連軍から逃れてきた人達が橋の上ですれ違う、進んでも引き返しても先はないポーランド人の姿を理解できるだろう。

真実を闇に葬る為に消された人々のことも。。。




真実を知ろうとすると、いつも現れる「なぜ?」。

この「なぜ?」に歴史があり、「なぜ?」をどんどん遡っていくことが歴史教育だと思う。

答えは見つからないかもしれないが、
それを導き出そうとする過程が、今後 我々の未来に必要なこと、同じ過ちを繰り返さずにすむヒントを教えてくれると思っている。


ほぅ。。。苦し紛れにこう締めくくろう。(笑)

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