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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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当たり前 ?

*この頃の私、誰よりもモンゴル人らしいかも?!(笑)
【'00.06.29】


* * *この季節、雨の少ない香川県では毎年のように水不足に悩まされます。
香川用水の源である高知県の早明浦ダムの貯水量は確実に減少。

ここで一句。
~蝉しぐれ、一雨欲しい 庭の木々~ * * *


私が知る遊牧民の生活で、最もキツいと感じたのが食べ物と水不足です。

モンゴル伝統の食文化に欠かせないもの、それは牛馬や羊の生乳から作られる乳製品。

この写真は、様々な乳製品の元となる「ウルム」を作っているところです。

早朝に搾った生乳を火にかけ、沸騰寸前に一握りほどの小麦粉を入れます。
それを柄杓で掬いとっては上から注ぎ戻す動作を繰り返します。(↑)
表面に泡が立ってきたら火を弱め、そのまま放置しておくと、鍋の表面に黄色い脂の層ができるのです。
それが「ウルム」。

「ウルム」を木の容器に入れて置いておくと、少し濃くて酸っぱくなった「ツォウ」という食べ物になります。

又、生乳から「ウルム」をとって濾したものが「ボルソン・スー」。
これをゲルの屋根?の上に並べて天日干ししたものが、保存食としても活躍する「アーロール」になります。

正直、どれも臭くて酸っぱくて「不味い」食べ物。
私には全て同じような味がしました。
ホント、泣きそうなくらい不味い!


そして水のない生活ですので、飲み物といえばミルクティーばかりでした。
ミルクティーだなんて、聞こえはいいですけどね。^^;


その時、
一つしかない炉に、大きな鍋で牛乳を沸かしていました。
そこへ茶葉を入れようとした時のことです。

長女(右から2番目)の手元が狂い、足元に茶葉を撒き散らしてしまいました。
それをササッと掃いて、塵とりに取った彼女。

かなりの量の茶葉だったので、勿体ないけど仕方ないよねぇ、って表情で私は彼女を見ました。
言葉が通じないので、全て目と目の会話です。^^

彼女もニコッと笑い、そしてそのまま 掃き集めた茶葉を鍋の中へ!
ゲルの中は土足なので、勿論その中には砂埃が沢山混ざっています。( ̄○ ̄;)

恐る恐る鍋の中を覗くと、砂や草などが泳いで?いるではありませんか。

え~、これを飲むの~?
私は苦笑しながら彼女を見上げます。

そこにあるのは、変わらない眩しい彼女の笑顔だけ。(; ̄Д ̄)

そして、ガジガジ砂を噛みながら、ミルクティーを飲ませて頂いたことは言うまでもありません。。。

この時の私にはショックな出来事でしたけど、こんなこと 貧しい国々では当たり前なのかな?(苦笑)
飲み物があるだけでも感謝しなくちゃね。

* * *

水が全くないに等しい訳ですから、ホームスティした3日間はシャワーも浴びられませんでした。
夏本番、たった3日間でも私にはキツかった。。。


最後の夜は、ウランバートル中心部にある「フラワーホテル」に宿泊。
それはモンゴルで唯一の日系ホテルです。

広い大浴場に超感激した私。♪(ノ^o^)ノ♪
シャワーからは冷たい水しか出なくても、水がこれほど有難いものだと感じたことはありません。

たまには大自然の中、地球上にあるものは全て限りがあるという事実を体験するのもいいものですね。

世界には、最小限に暮らしている人の方が多いのかもしれません。
いえ、それ以下の人達の方が多いのかもしれません。

何もかも 彼らの分も余計に使っている私達の生活、、、
当たり前になり過ぎて、エコだと言いながらも無駄なことの多い自分の毎日に、何だか呆れてしまってます。(^_^;)

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トイレで仲良し。

*これぞ!「青空トイレ」!


この家族の14歳の長女、彼女が家の中を切り盛りしていました。

みんなが帰った後、懐中電灯を片手に私をトイレへと案内してくれました。
夜のトイレは「星空トイレ」?!o(^^)o

頼りになるのは懐中電灯の明かりのみ。
近そうに見えるゲルからトイレまで、実は優に100mはあります。。。

このトイレ、両側を大きく跨ぐのではなく、真ん中の板に片足を置きます。
慣れない私は、誤って穴の中に落っこちてしまいそうでした。^^;

でも、きゃ~きゃ~言いながらの楽しいトイレタイム???
私達はすぐに打ち解けて、言葉は通じないけれども 大の仲良しになりました。
これが、ホントの臭い仲?!(笑)なのかもしれませんよね。^^

遊牧民ゲル、ホームスティ☆

*モンゴル遊牧民の移動式住居・・・これを中国の内モンゴル自治区では「包」と書いて「パオ」と発音しますが、モンゴル語では「ゲル」と呼びます。


ゲルの正面入り口は、必ず南向きに立てられています。
直径5~6m、中央にはストーブを兼ねた炉が置かれています。
入って正面に、仏壇?のようなものや達磨さんに似た置物が飾られていました。

ウランバートルから車で約1時間。
私の僅か2泊3日のホームスティ先は、家族10人、2帳のゲルを持っていました。
そして、低い囲いのある青空トイレが一つと。。。(^。^;)


'00年6月28日。
到着の夜、同じ遊牧民仲間も沢山集まり、私の歓迎会を開いてくれました。

通訳兼ガイドのお姉さんが私を紹介してくれます。
すると、家長であるお祖父さん(↑写真右)、
「ここでの君の名は"オユナ"だ!」とモンゴル名を付けてくれました。

緊張気味の私にガイドさんがそっと耳打ち。
「オユナはモンゴル語でトルコ石っていう意味よ。 素敵でしょ。
モンゴルの女性名としては、最も親しみのあるものよ。」

新しい家族"オユナ"を歓迎して、まずは乾杯☆
モンゴルといえば、馬乳酒。
(馬乳酒とは、文字通り馬乳を原料とした乳製品に近いお酒です。これが酸っぱいの! (>_<))

ところが、その夜に振る舞われたお酒は、アルコール度の低い馬乳酒ではなく、厳しい冬を乗り越える遊牧民ならではの、テキーラにも負けないキツ~いお酒。
それを平気な顔で飲む私を気に入った彼らは、ますます上機嫌に盛り上がります。
「オユナ、偉いぞ!(^o^)/」

「無理してない? 日本人の女性でこのお酒を飲み干した人はあなたが初めてよ。」
ガイドさんは心配顔。

大丈夫、大丈夫。 私はよほど心を開いた相手の前でないと酔うことはありません。^^

と、こんなに強気でいられたのもガイドさんが帰るまでの話です。
すっかり夜も深まって、皆さん 解散の時間となりました。

残るはモンゴル語しか喋れない遊牧民の家族だけ。
一冊のモンゴル語の参考書だけが枕元に転がって、、。(T_T)


安易に飛び込んだ遊牧民ゲル、ホームスティ。
これから少し、モンゴルの話を続けますね。

ブータンとモンゴル。

*モンゴルの首都ウランバートルにあるラマ教(チベット仏教)の寺院にて。
写真に写るのは現地ガイドのオユナさん。 【'00.06.30】

「ブータンにはお墓がないのよ。」
又もや Masakoの問題発言か?!w(☆o◎)w

「え~、だってブータンも日本と同じく仏教国なんでしょう~?」
「だから~、日本の仏教が随分と違ったものなんだって。」

ブータンでは、死後四十九日が過ぎると再び新しく生まれ変わるという教えの元、日本のようなお墓や法事といったものがないのだとか。
(日本における檀家制度は、近世の歴史による独自のものなのでしょうから、50回忌までも法要を営む日本の方が珍しいのかもしれません?!)

輪廻転生の教えから、人は現世での行いにより生まれ変わる場所が決まってくる、、、今は人間でも その行い次第で来世は畜生に変わる可能性もあるわけです。

本当のところ、再生転生があるのかどうかは私も分かりません。
ですが、この教えがブータン人の支えとなり、自然と共に 質素ながらも助け合い仲良く暮らしている彼らの笑顔を見る時、それはとても素晴らしいことだと思いました。

ブータンの寺院を訪れると、そこには神聖な空気が流れ、生きた信仰の場であることが よく分かるのだそうです。

* * *

私もモンゴルを旅した時に、同じくチベット仏教の2つの寺院を訪れたことを思い出しました。

その一つが、モンゴルのラマ教総本山と仰がれる「ガンダン寺」です。
Masakoから聞く ブータンのお寺のような澄んだ空気というよりは、煙たいほどの土埃が舞うウランバートルに相応しい、モクモクとして 肌にまとわりつくような空気。

けれど、そこには所狭しと信心深いモンゴル人が集まって来ます。

お寺の周りには、経典が書かれてあるという円筒が ずらりと並んでいます。
それらを手のひらで回しながら唱えることにより、有難い経典を悟ることになるのです。

勿体なくも私が訪れた日は、ちょうどそのお寺にモンゴルにおけるラマ教の最高位の方がいらっしゃいました。

「なんて あなたはラッキーなの!
もちろん、それは今日この場所にお参りに来ている全ての人に言えることだけどね。」
オユナさんは目を輝かせます。
ウランバートルで暮らすオユナさんでさえ、中々お目にかかれない方だそうです。

私って、そんなにツイてるの?
その程度の思いでお寺の中に入りました。

重々しい衣装に身を包み 大きなオ一ラを持つその方は、参拝者一人ひとりの頭に手を置きながら何かしら唱えてくれます。
私は意味も分からず頭を下げているだけでした。

狭いお寺の中は、熱気とお線香の匂いで咳こんでしまいそう。
それでも、そんな中で見たモンゴルの人々の笑顔と手を合わす姿勢は印象的でした。

神聖というよりも むしろ現界そのものでしたが、やはりそこにも生活と共にある生きた信仰の場がありました。


遠いモンゴルを思いつつ、Masakoの不思議なブータンの話を聞きながら、"なんとなく分かる気がするなあ~"と感じた昼下がりです。^^

チンギスハーンよ、再び!

*モンゴルの大平原【'00.06.29 夕暮れ時の一枚です。】


私の親友「きょん」さんは今もペルーへ添乗中。
お気の毒に...、特にあの国で他人のお世話をするなんて、私には到底無理な話です。。
どうも今回は面白い(かな?!)出来事があるそうで。。
21日の日曜日、ペルーで国勢調査があり、その日は『外出禁止令』が出るのだそう。
国民だけでなくツアー客もというのだから、これは添乗員さんとしては大変なことと思います。
ホント、お気の毒に...。
朝8時から夕方6時までだなんて、貴重な旅行の一日が丸々台無しになってしまいますよねぇ。
ツアー客の外出禁止は除外してもらおうと働きかけていたらしいけれど、どうなったことやら、、(^_^;)

海外へ出ると、こういう私達には想像もつかないお国柄に遭遇することってありますよね。


私の体験上、最も面白く興味深かったのがモンゴルでの出来事です。

モンゴルの首都ウランバートルから車で走ること1時間。
目の前に大平原が広がります。
そこに住(ゲル)を構える遊牧民のお宅で2泊3日のホームステイをしたことがあります。

本当に何もない。
ただただ平原が広がるばかり。
トイレはもちろん! 青空トイレです!!

道らしきものは どこにもなく、遊牧民の方達はどうやって方角を知るのか私には全く理解できませんでした。
360度の大平原。


私がモンゴルを訪れた時、ちょうど大統領選挙の直前でした。
子供達や牛馬達と走り回って遊んだ長い一日も終わりに近づいた頃、
どこからとなく馬に乗って 立候補者の応援の方がやって来たのです。
外はまだ明るかったけれど、夜の8時は過ぎていたと思います。
しばらく家長のお父さんと政治について(だと思います)話し込んでいました。
私達はゲルに入れてもらえず、いつまでも外で遊んでいました。

昼間は優しく くだけた笑顔のお父さんが、真面目な難しい表情で男性とゲルから出て来ました。
二人はまだ話が終わらない様子。
真剣そのものです。

話しが終わると、その男性はまた馬に股がって颯爽と走り去っていきました。
映画のワンシーンのようで、カッコいい♪って思いましたよ。

モンゴル語はやっぱり さっぱり分からない私。
でも、その真剣さだけは伝わってきました。
自分達の国の行く末について、責任を持って一生懸命考えている お父さんも格好いいと思いました。

こんな選挙活動風景も面白かったのですが、一番私の興味を引いたのが、その男性が被っていた帽子です。
彼の頭には《チンギスハーン》の顔を描いたバッチが輝いていました。
誰が立候補しようと、モンゴルの父はチンギスハーン!!
彼以外にないのでしょう。
自分達の国の遠い栄光を今も誇りに思い、「チンギスハーンよ、再び!」といった感じでしょうか。。

21世紀を目前にした、過去の偉大なる国父に触れ、モンゴルの血肉を感じた不思議な時間でした。
ただの観光よりも ずっとモンゴルが近くになった特別な思い出です。

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