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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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兵庫陶芸美術館。

これは展覧会を称賛すべきか、美術館を褒めるべきか。


05-15 2.兵庫陶芸美術館


比較的自然豊かな処に暮らしている私でも、非日常の緑の中は本当に気持ちいいと心底思う。

訪れた兵庫陶芸美術館は、深い緑に囲まれて思わず大空に手を伸ばしたくなるそんな場所だった。

すっかり初夏の陽射しが眩しい空はすぐそこだ。
流れる水の音がすでに恋しい涼を運んでくる。


そんな心地良い空間で、今日、言葉では言い表せられないいいものを見せてもらった。



05-15 3.展覧会『明治有田超絶の美』


デザインといい、

色遣いといい、


圧倒され続けてしまった。



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富士を見に行く。

02-06 展覧会『北斎の富士』


母とモーニングに出掛けようと家を出て、「そういえば、広島の北斎展ってもうすぐ終わるんだったよね」との話から、急きょその足で広島まで車を走らせることとなった。


北斎といえば私が小学6年生の時、学研の「学習と科学」シリーズの付録にあったスタンプがその『神奈川沖浪裏』で、その年は多くの同級生の年賀状を北斎が飾ったのを覚えている。

遠い話ではあるが、当時私もそれに漏れず、北斎の描く大胆な絵の構図に魅了された。


今回の展覧会は、その『神奈川沖浪裏』をスタートに、北斎の描く富士の世界へと進んで行く。

02-06 2.北斎『神奈川沖浪裏』


それにしても、一口に富士山と言っても色んな表情を持っているのだと改めて感じた。


私が初めて富士山を見たのは23歳とデビューは遅く、それも熱海へ向かう何処かのサービスエリアから見上げた姿だった。
二度目は仙台へ向かう飛行機の中から。

その後何度か目にしたのはすべて新幹線の中からで、そういえばじっくり富士山を眺めたことなどあっただろうか。

それでも、その一つ一つが記憶に残っているというのは、さすが富士の御山ならではと思う。


この展覧会では、描かれた場所も具体的に示されており、遠く茨城や尾張、諏訪湖から望む富士の姿もある。

当たり前だが、そのどれもが富士山であるのに違いないが、私の中では静岡から見た富士山が最もしっくりくる。

一昨年だったか、朝の連ドラ「花子とアン」で、山梨と静岡、どちらの富士が表か裏かという話にそんなこと大したことじゃないのにと思っていたが、なるほど、なんとなくその気持ちも分かってきた。


そして、そこには富士山と共にある江戸時代の人々や生き物たちがイキイキと描かれていて、いつの間にか私は富士山よりもそちらに目がいくようになっていた。

旅人であったり船頭であったり、普段の生活を営む人々の姿が剽軽にあって、それらが絵に動きを与えていた。


富士の静と人々の動。

時に主役に、時に脇役に、どっしりと存在感を示したり消してみたり。


どちらにしろ、黙ってそこにあり続ける富士の山。


そういえば、大学入試の時だったかな。
二次試験の会場で親しくなった、静岡は三島出身の女の子が言っていた。

「富士山のない景色の方が変な感じ。」

きっとそうなんだろうな。
江戸の人々も動物たちも、いつも富士山に見守られて生活してきたのだろう。
いつも見上げると富士山がそこにあったのだろう。

北斎の富士山への思いも伝わってくるようだ。


『冨嶽三十六景』は言うまでもなく、これまで観ることのなかった『富嶽百景』も飽きることなく興味深くて面白い。

何気に心惹かれた作品は、『田面の不二』。


02-06 3.北斎『田面の不二』


海を見ていた午後。

気ままな午後。

本屋帰りに、ふらり東山魁夷せとうち美術館。

現在開催中のテーマは、「唐招提寺の障壁画」と「鑑真和上の捧げる風景」。
東山魁夷の鑑真和上に対する思いが、壮大な構想や綿密なスケッチからも溢れていて、ちょっぴり感動してしまった。


東山画伯の作品は、静けさの奥から聞こえる潮騒だったり、しっとりとした雨露だったり、肌にまとう霧雨だったり。
耳を澄まして、心を落ち着かせ、微かに漂う匂いが嗅ぎ、それらが自分と向き合う時間を与えてくれる。

自分の心の奥底にある邪悪なものさえ洗い流してくれるような、穏やかな時。

今回、特に気に入った絵は、中島敦の「山月記」をイメージさせる「黄山良夜」。



01-09 東山魁夷せとうち美術館


鑑賞後は美術館のカフェでぼんやり海を見ていた。



シャガールと私。

シャガールといえば、6本の指を持つ自画像であったり、首が真反対になった男性が空を飛んでたり、

子供の頃の私は、ずっと不可解で気持ちの悪い絵を描く画家だと思っていた。


それが19の秋、ひろしま美術館で「私のおばあちゃん」という彼の作品と出会ってから気持ちが変わった。

二十歳の誕生日、その「おばあちゃん」の前にひとり佇む私が居た。

成人するその日を、大好きな空間の中、穏やかな気持ちで迎えたい。
友達が計画してくれたパーティさえ日にちを変更してもらって美術館へと赴くほど、彼の描くおばあちゃんのファンになっていた。(笑)

それほど その「おばあちゃん」は、よく絵本に描かれるような暖炉にぽっと灯った火みたいに、柔らかい あったか~い絵だったのだ。

それ以来、シャガールは私のお気に入りの画家となる。



それでも、ここ最近は絵を見るなら旅先の、しかも作品と縁のある場所で、できれば作品が生まれた国、空気の中で見たいという気持ちが強くなり、全国を巡回するような大規模な展覧会からは足遠くなっていた。

それが、友人達の「良かったー!」という声がFacebookにアップされる度に私の心は揺さぶられ、
先日、広島県立美術館まで『シャガール展』を観に行って来た。

片道200km、軽自動車をふんふん飛ばし、なんと贅沢な芸術鑑賞であろうか。(笑)


しかし、これが本当に凄かった。

私だけじゃない、「凄い」と思わず言葉を漏らす観客のなんと多いことか。

しょっぱなのガルニエの天井画『夢の花束』からやられてしまった。
これは本物を見にゃならぬ、と思ってしまった。
しかも、ただオペラ座内部の見学ツアーでなく、天井画の下でバレエやオペラを楽しみたいと強く思った。

正直、パリのオペラ座やウィーンの国立歌劇場はあまりに有名すぎて、天邪鬼の私は自分がその場に似つかわしくないことを棚に上げ、時々ふんっ!て思ってた。(笑)

だが、悔しいことに天邪鬼だって感動する。


シャガールは言った。
「上部から、まるで鏡を乗せたように役者や音楽家の夢や世界を花束を抱えたみたいに反射させたい」というような言葉を。

正にそうなのである。
馬鹿で無知な私は、画と描かれた内容の説明を交互に見比べながら、その夢の世界を想像する。
その後に続く『「魔笛」の思い出』という作品の前ではしばし動けなくなってしまった。

そしてシャガールの『夢の花束』は、ただ単なる夢の花束とは違うと思った。


シャガールは後半生において、歌劇場や美術館、教会、大学等の公共空間を飾るモニュメントを多く手掛けている。
彼が60歳を過ぎてからのことだから、彼の集大成、人生そのものが描かれているといっても過言ではないだろう。

アメリカのメトロポリタン・オペラハウスの大壁画には、
「冷戦時代にあって、アメリカ音楽とロシア音楽の両方を賞賛し」表したシャガール。

その奥に、彼が旧ロシア(現ベラルーシ)で生を受け、東欧系ユダヤ人であったことが作品に大きな影響を与えていたことは否めない、と私は思う。


私は、この春巡った東欧に思いを馳せた。

そして、気付く。

この展覧会、確かに絵画の素晴らしさや色鮮やかさのみを観るのであれば、昨年の私でもそれなりに感動できたに違いない。

しかし、今回の展覧会の作品達が、絵画の持つ世界観を圧倒的迫力でもって私に迫ってきたのは、あの旅あってのことだろう。
極寒の中、厳しい歴史と逃げずに向き合ったことで、新しいシャガールとの出会いを見つけた。

感動というより打ちのめされてしまったというのが正しいか。


その中で、大きな赦しに抱かれる安心感を与えてくれるシャガールの絵。
いつまでもいつまでも眺めていたいと思った。


展覧会の謳い文句、「こんなシャガール見たことない!」

広島では12月25日まで開催されるということで、来月 もう一度観に行こうと思っている。

ミイラを観に岡山へ!

そうそう、岡山ってなかなか面白い展覧会をしてくれるのです。
文化意識の高い県民性なのかな?

中四国で一番大きな街といえば広島市になりますが、いいものは決まって岡山に集まりますね~。

岡山は、世界最古の庶民のための学校「閑谷学校」からも分かるように、古くから教育熱心であり、国際交流も盛んな場所です。


それにプラス、私には「ミイラが好きな県」ってイメージもあります!(笑)

ミイラが巡回する大きな展覧会は、必ず岡山へやってきてくれるのです。
例えば、数年前の「大英博物館展」や「インカ・マヤ・アステカ展」など。
確か、吉村先生の青いミイラマスク「セヌウ」もそうでした。

そして、今年早々には、岡山市デジタルミュージアムで開催された「(インカ帝国のルーツとなる)黄金の都 シカン展」でも"ミイラ包み"があった記憶が…!?


*

ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが、

今日は久々に四国を脱出し、
岡山市立オリエント美術館へ、『古代エジプト 神秘のミイラ展』を観に行って来ました!
(こちらは、沖縄 → 福島 → 群馬 → 岡山の地方都市のみの開催となります。)


今回もメインはミイラということで、じっくりと2600年ほど前のミイラと心の対話をして参りました。(笑)
      

こういう時、時々思うのです。

数千年の時を越え、数千キロ離れた異国の地で、こうやって私達(私とミイラ)が出会う不思議な縁を。

長い眠りの中にあっても、深い深い意識の底で向き合う魂。

袖触れ合うも他生の縁と申しますが、これはどんな縁を意味するのかな?


古代エジプトにおいて、死後その肉体をミイラとして保存するのは、死者が再生復活すると考えられていたからです。
その為には、オシリス神による最後の審判で心臓を天秤にかけられ、真実の女神マアトの羽と自分の心臓が釣り合わなければなりません。
釣り合わない心臓はワニに食べられてしまうのです。


      アンクホルのミイラ.jpg

   

ねぇ、オシリス神の前で最後の審判を受ける時、死ぬ時よりも緊張したでしょ?

ねぇ、あなたの心臓と真実の羽が釣り合って、ちゃんと死者の楽園に復活を成し遂げることができたの?

ミイラさんに色々聞きたいことはあったのですが、彼は堅く沈黙を守り通しました。(笑)


と、ふとミイラから外した目の先には、「どうか起こさないで下さい」との文字が…。(^^;

おぉ~っと、そうだった! 
変な質問なんかして、万が一 ミイラさんを起こしてしまったら、それこそ後が大変なことになるのだった!
どうか、どうか、そのまま静かにお眠りください~~~。(笑)


それでも こうやって出会えた縁は、やっぱり不思議だな~って思うのです。^^

*

        古代エジプト神秘のミイラ展.jpg


今回の展覧会はミイラそのものが凄い存在感でしたが、そのミイラを納めた三重の棺も見事でした。

ちなみに、そのミイラさんはエジプト末期王朝時代の神官アンクホルさん。
40歳前後でこの世を去ったとされていますが、こんなに丁寧に埋葬されているということは、生前 かなり高い身分の人物であっただけでなく、復活するのに相応しい人物だったということかな?^^


その他の見どころは、「死者の書」と呼ばれる、来世において復活するための呪文や美しい挿図と、
今回初公開となる、神聖文字ヒエログリフの解読者として知られるエジプト学者シャンポリオン(1790-1832)のノートなど。

そして、復活の象徴としてミイラの心臓の上に置かれたスカラベの装飾品も印象的でした。


それら200点もの展示物は、オランダ国立古代博物館のコレクションなのだとか。


オランダの博物館といえば、私はアムステルダム国立博物館くらいしか知らなかったのですが、
そのオランダ国立古代博物館は、古代エジプトコレクションにおいて、大英博物館やルーブル美術館と並ぶほど充実していることで有名なのだそうです。

確かに、これほど凄い展示物を一年以上に亘って日本へ貸出してもへっちゃら~なのですから、もっともっと驚くべきものが保存展示されているってことですよね!
考古学ファン、エジプトファンにはたまらないだろうな~。(*^^*)


岡山での開催は8月31日までの予定でしたが、9月4日まで延長されるのだそうです。
(これが全国巡回の最後かな?)

それまでに もう一度じっくり観に行ってもいいかな~と思うほど、内容の濃い展覧会でした!

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