I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
MENU

ありがとう、ザルツブルク♪

早いもので今日は2月1日、もうすぐ立春なのですね。

このザルツブルク&アウグスブルク旅行記もこれにて終了。
たった4泊6日(正味3日間)の旅なのに、1ヶ月にも亘ってよくぞここまで書けたものだと感心してしまいます。

あれからの月日の経過に寂しさを感じることもしばしばですが、
日記を書くことによって、1ヶ月もの間 ず~っとザルツブルクを旅する余韻に浸っていました。(笑)


写真はお馴染みミラベル庭園の入り口、まだうっすらと朝靄に煙っているホーエンザルツブルク城塞です。
旅行記の最後の写真は、どうしてもザルツブルク城で締めくくりたかったんです。^^

ここを「ドレミの歌」の撮影場所に使うだなんて、映画"サウンド・オブ・ミュージック"も憎い演出ですよねぇ~。
雪で覆われた冬の気高いザルツブルクもお勧めですが、より映画の舞台を感じたい人には春から夏の花々が咲き乱れる季節がいいでしょう。

* * *

帰国日の朝もミラベル庭園を訪れました。
ホテル・モーツァルトから旧市街へ向かう時は、いつもミラベル庭園を抜けて、「タンツマイスターハウス」と呼ばれるモーツァルトの住居、そしてカフェ・ザッハーを横目にマカルト小橋を渡ります。

その日の朝は特に冷え込んでいました。
地面は所々が凍っており、南国(?)育ちの私はおぼつかない足どり。。。
1/2にも書きましたが、至るところで「つるん、つるん」と滑っておりました。^^;

ミラベル庭園を目前に、、、
この時は「つるん☆」といった拍子に体のバランスを崩し、あっけなく「すってんころりん☆」(@@;
ザルツブルクで転んだのは今回が初めてです!、、、(だと、思います。。)


そんな時、目の前にはゴミ収集車のような清掃車のような、けれどそれにしては小さすぎる車が庭園内に入っていきました。
あの車、なんなんだろう???
滑りながら小走りで後を追いました。

男の人が何やら大きなスコップのようなものを振り回しています。
あわわ、危ないではないか!?(@@;;

しかしよくよく見てみると、車には小さな小石が積み上げられています。

そっかぁ~、ここを歩く人が(私みたいに・笑)滑らないようにと凍った道の上に小石を撒いているのね~!!!

きっと北国のどの町でも行われていることなのでしょうが、昨日の「岩壁」の心配りに感動している私には、ますます"ザルツブルクって優しい街なんだなぁ~"とキラキラ輝いて見えました。^^



ありがとう、ザルツブルク♪
それは、私を心の底から幸せにしてくれる街。

今もザルツブルクを思い出すだけで温かい気持ちになっています。
次回はどんな表情を見せてくれるのでしょう!!

*長らくザルツブルク&アウグスブルク旅行記にお付き合い下さってありがとうございました。^^

スポンサーサイト

清々しい気持ちで。。。

ハルシュタットの旅を終え、ザルツブルク中央駅に到着したのが18:10。
まだ夜は始まったばかりですが、程よい疲れにそのままホテルへ向かいました。

はぁ、明日は帰国かぁ~。。。。。


<ホテル・モーツァルト>では、毎晩20:00から各部屋にて映画「サウンド・オブ・ミュージック」が放映されます。
その同じチャンネルで、毎日決められた時間帯にザルツブルク案内が流されます。
ドイツ語・イタリア語・英語・日本語の4ヶ国語で、それぞれ2回づつの計8回。
およそ45分の内容です。

その日、18:30に部屋へ戻った私がTVを点けると、すでに30分は経過していましたが、日本語版のそれが目に入りました。

画面に映ったのは、ザルツブルク音楽祭の会場で有名な"祝祭劇場"の隣りにある「馬洗い池」。(写真)
その昔、大司教は馬車用にと130頭もの馬を飼育しており、これはその馬の為の洗い場でした。

そして、その背後にそそり立つ切り立った岩肌が見えるでしょうか…。

それはホーエンザルツブルク城塞が聳える"メンヒスベルクの丘"の硬い岩壁。
*この岩を削って造られたのが祝祭劇場のホール「フェルゼンライトシューレ」。
「サウンド・オブ・ミュージック」では、音楽祭に出場したトラップ一家が歌うシーンに登場しました。

この岩肌からの落石で、以前は多くの人達が負傷していたのだそうです。
その危険を除く為、毎年4月になると13人もの地元男性が岩壁を丁寧にチェックします。
すでに落下しそうな石を取り除く作業です。
この期間のザルツブルク市内では、作業による落石注意の為の交通規制が行われるようですよ。

"コツコツ、コツコツ"音が響きます。
高い場所からロープで吊り下げられ、ひとつひとつ点検する姿には頭が下がります。
それこそ、そこから落下すれば彼らの命はありません。

その場限りの観光客では見ることのできない、けれど私達を危険から守る為に陰でこういう努力がなされていたんだ、、、
そう思うと、なんだか心の底から温かい気持ちになりました。

単なるザルツブルクの観光案内に過ぎないと思っていた番組だけに、思いもかけないザルツブルクの素顔を見れたようで嬉しかったです。


次の日の朝、いつになく清々しい気分でこの岩壁を見上げたことは言うまでもありません。^^

ようこそ、ホテル・モーツァルトへ♪

*<ホテル・モーツァルト>に続く並木道。 【'09.01.03】


「picchu~ko~!!! How are you~? (o^―^o) 」
<ホテル・モーツァルト>のスタッフは、皆さん 気さくで陽気な人達。^^

とりわけ、いつもレセプションに座る可愛らしい女性は私の大のお気に入り☆
彼女は、私がワーホリ時代に語学学校で仲良しだった先生<メラニー>にそっくりです。^^
(メラニーの写真は、('07.09.25日記)の日記に載せてあります。)

「アウグスブルクでの年越しはどうだった~?」
「えぇ~! ハルシュタットまで行って来たの~? とっても遠かったでしょう! バスで行ったの?」

まるでホームステイ先のマザーと話しているみたい。^^
私から色んな話を聞きだそうと、彼女の目は爛々と輝いています。

「列車で行ったわ! 少し立ち寄ったバート・イシュルもなかなか素晴らしかったわよ!!」
そう、、、私は日本にいる家族や友達よりも、まずは彼女に旅の報告をしているのです。(*^―^*)

* * *

そして、私はこのホテルの朝食に出される山盛りのパンも大好き☆

クロワッサンにロールパン、様々な雑穀の入った薄い食パンにベーグルっぽいのもあったかな。。
好きなだけ食べれるようにと、テーブルごとに様々な種類のパンたちが山積みされているのです。

日本の食パンのふわっとした食感に比べるとかなり固いんですけどね、、、どうやら私はこちらの方が好みのようです。
どれもこれも美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまうのが難点ですが、旅行中はいつになく歩く距離も長いですから、それもよしとしましょうか。。。^^

:*:*:*:*:*

ザルツブルクに着いた時、懐かしさと安堵感に包まれて、思わず「ただいま~!」って叫びたくなる瞬間があります。

ひとつは<ホーエンザルツブルク城塞>を仰いだとき。
次に<ミラベル庭園>に立ったとき。

そして、ここ<ホテル・モーツァルト>の扉を押すときです。

親しみやすいスタッフの皆さんと、あのパンとともに煎れたての珈琲の香りが私の心をくすぐるんですよ~。^^


ザルツブルクの新市街、ミラベル宮殿からザンクト・アンドレー教会を左手に北東へ真っ直ぐ進んだところ、、、、、
ピンク色の可愛い建物が見えたら、それが<ホテル・モーツァルト>です>!

* ('07.12.17日記)でも、<ホテル・モーツァルト>について詳しくアップしています。^^

夏の離宮 「カイザーヴィラ」

なだらかな坂道を上っていくと、目の前に"マリア・テレジア・イエロー"を思わせる建物が現れました。

「カイザーヴィラ」…その重い扉を開けると、皇帝の別荘というには慎ましい趣き。

けれど、館の壁いっぱいに飾られている鹿の角の数には驚かされました!(↑)
それは、狩りが何よりも好きだったというフランツ・ヨーゼフ皇帝が射止めた獲物たちです。
その数、2000頭以上。
鹿の頭に両翼を広げた鷲など、その剥製を眺めるだけでも充分に見応えがあります。


昨日も書きましたが、この館に来た目的は皇帝が大好物だったクグロフを食べる為、、、
その他は何も期待していませんでした。

入ってすぐの右手側にある売店をぐるっと回った後、何気なく中を覗きました。
目の前の人がそれぞれの言語で書かれた説明文を手にしています。
日本語はあるかなぁ~、、、、、?

「ここに入るには入場料がいるわよ。中はガイドが案内するから、後10分ほど待っててね。」
無断で説明書を取り出した私に、売店のお姉さんがそう教えてくれました。^^;
見ると、次のガイドツアーは14:15から。

* * * * * * *

ツアーは基本的にドイツ語のみの説明です。
館の内部を約1時間かけて一周します。

ウィーンの王宮と比べると、なんてこじんまりとしているのでしょう。。。
だからでしょうか、、、そのあちこちに皇帝と皇后エリザベート(シシィ)の面影が色濃く残されていました。


そして、サロンの奥にある小さな礼拝堂を覗いて言葉を失います。
なんと、そこにはシシィが亡くなる最期の時に敷かれていたクッションが置かれていました。
*ご存知の方も多いと思いますが、エリザベート皇后はスイス・ジュネーブの湖畔でイタリア人ルイジ・ルッケージによって暗殺されました。

あぁ~、シシィはこの上で息をひきとったの。。。
彼女の息吹が感じられそうな空間だけに、感慨もひとしおでした。

* * *

そのエリザベートの胸像が置かれたフランツ・ヨーゼフ皇帝の書斎。
ここで皇帝はセリビアに対する宣戦布告に署名しました。 1914年7月28日のこと。
長年に亘って栄華を誇ったハプスブルク家を崩壊させた第一次世界大戦のはじまりです。

署名後、皇帝はすぐにウィーンへと戻り、以後二度とバート・イシュルを訪れることはありませんでした。
その2年後、皇帝がこの世を去ったからです。
肩をおとし、寂しそうなフランツ・ヨーゼフ皇帝の後ろ姿が目に浮かびます。。。

皇帝が最後に過ごした時のまま、まるで時間が止まってしまったかのよう。
机の上は当時の状態のままで保存されています。


思いもよらず、歴史的意義のある場所を前にした私は、改めてオーストリアという国に深く興味を持ちました。
もっともっとこの国について知りたい。
この先も、きっと同じ場所に立つ私がいると思います。

:*:*:*:*:*:

ところで!! 肝心の「グーグルフプフ(クグロフ)」のお味ですけれど、、、
あはは。 実はこの日、カイザーヴィラ内のカフェは☆closed☆でした~。^^;

もう一度詳しくガイドブックを見てみると、カイザーヴィラが開いている期間は5~10月上旬とあります。

あれれ??? どうしてこの1月2日は入場できたのかしら???  
不思議ですねぇ。(o^―^o)

気になる街 「バート・イシュル」!

もうすぐ昼休みという時間、私の携帯電話がメール受信を知らせました。
それは、一昨年の夏にハルシュタットで出会った韓国人Jeannaから。^^
('07.12.26日記)

「Oh, picchuko !
あなた、またザルツブルクとハルシュタットへ行って来たのね~。
うぅ~、ハルシュタットの冬景色はなんて美しいのでしょう、、羨ましいわ!

・・・・・・・
今年があなたにとって、素敵なことばかりの一年になりますように。  Jeanna 」 

先日、この旅で撮ったハルシュタットの写真を彼女に送っていたのでした。

* * * * * * *

'07年の7月、ハルシュタットからザルツブルクまでの道のりをJeanna達と行動を共にしました。

ハルシュタットを出ておよそ20分。
『バート・イシュル』という駅に到着しました。

その時は数分停車しただけの小さな街。
「ここって、皇帝のお気に入りだった街だよね。」 
Jeanneが指差しながら言いました。

だからでしょうか、、、何気なく私の中にその街の印象が残っていました。

* * *

そう、皇帝フランツ・ヨーゼフは、その生涯の殆ど毎夏をバート・イシュルで過ごしました。

そして、シシィこと皇后エリザベートと彼が出逢ったのもバート・イシュルでした。
二人の結婚を記念して、皇帝の母ゾフィーから贈られたものが「カイザーヴィラ」という別荘です。(写真)


1月2日、ハルシュタットへ向かう列車の中で偶然見つけたガイドブックのコラム欄。

~ バート・イシュルに滞在中のフランツ・ヨーゼフ皇帝は、毎朝4:15には執務を開始した。
そして、6:30きっかりになると皇帝の大好物のグーグルフプフと香り高いコーヒーとともに朝食を取るのだった。

グーグルフプフ(別名クグロフ)は、バターがたっぷり入ったスポンジケーキのこと。
マリー・アントワネットも大好物だったというこのケーキは、カイザーヴィラ内の小さなカフェでも味わえる。 ~


これは是非とも食べに行かなくっちゃ♪ なんとなく気になる街だったし…。
そこでハルシュタットからの帰り道、バート・イシュルで途中下車した私です。^^


ここは温泉町としても有名です。
ヨハン・シュトラウスが「温泉ポルカ」を作曲したのもここ、ブラームスが温泉名のタイトルを付けた「バーデン・バーデン交響曲」もこの地が由来です。^^

日本では温泉といえばもっぱら湯に浸かってばかりですが、ここでは鉱泉水を飲むのが主流なんだそうですよ。
死海よりも塩分の高い鉱泉水を、「トリンクハレ」という施設で「飲む」温泉療法を体験できるらしいです。

ですが、私の目的は温泉ではありません。
わきめも振らず、一直線に「グーグルフプフ(カイザーヴィラ)」へと向かいました。(笑) ・・・・・・・・・・・・・

このカテゴリーに該当する記事はありません。