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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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メキシコ旅行の反省と・・・。

あまりの無鉄砲さも考えものですが、旅に出るからには冒険をしたい。


「たぶん あなたは旅に出て、究極のストレスを自分に与えることで日常のストレスを発散しているんだと思うよ。」
以前、上司のKさんに言われたことを思い出しました。

        2011-06-05 12:55:11

旅は、とりわけ外国への旅は、自分の物差しでは計りきれないものでいっぱい。
何が正しいじゃなく、どう受け入れるのか。

優雅にクイーン・エリザベス号なんかに乗って世界一周っていうのも憧れるけれど、それにはまだ貫禄も足りないし(笑)、人生経験も足りない。

まずは自分の足で苦労することが若者の特権だと思っています。
それが今レベルの冒険だとも。


例えば、ニュージーランド。
来るはずのバスが来なくて、しかも町中ではなく一本の道路以外何もない場所で泣きそうになったり、

モスクワでは言葉が分からなくてたらい回しにされ、半べそかきつつ やっとこそさ切符を買えたりとか、

モンゴルの遊牧民と過ごした数日間はシャワーを浴びれないのは当たり前、用を足すのも青空トイレでしかなかったり(苦笑)、

振り返りると、笑い話になるどころか二度と同じ目には遭いたくない、そんなことばかりだったような気もするけれど、

そう言われてみれば、日常にはない究極のパニックを体験することで、普段抱いている不平不満が吹っ飛んでしまっているような気がします。

それで私の人生はいつもリセット。(笑)

        2011-06-05 12:54:41


なのに、今回のメキシコではそれがなかった!

選んだ場所は正解だったと思います!

念願のチチェン・イツァのパワーを存分に浴びれたし、
エクバラムのピラミッドから見下ろした一面のジャングルは絶景でした!
カリブ海の驚きの青さは瞼に残るエメラルド、これ以上美しい海は地球上にはないと思ったほどです!

そう、確かに魂は震えていた。


なのにリセットしきれていないことに、しばらく経ってから気がついたのです。

それは きっと、旅の過程に苦労 (刺激) が足りなかったのかも。

カンクンに到着してすぐ、他の方法に挑戦しようともせずタクシーを選んだ時点で守りに入っていたのかもしれない。

そのせいか、今回は現地の人達との接点も殆どありませんでした。


せっかく はるばる海を渡ったのに、凄~くもったいない旅をしてしまったな~。(´~`)

月日が経ち、改めて旅を見直すことで、次回に繋がる反省点が沢山出てきました。

よし! 次回は攻めで行こう☆(笑)

(と言っても、そこまで若過ぎることはないので分相応で。^^)


* * *


行きの成田からダラスに向かう飛行機で。

日本滞在3年という 隣りの席のアメリカ青年(マットくん)は、笑顔の可愛いパイロットさんでした。
日本語は殆どダメ、私の英語と同レベルくらいだったかな~。(笑)


それでも11時間もお隣りさんですから色んな話ができ、ダラス到着後のお別れは少し淋しいものがありました。

雰囲気は、IL DIVO のディビットに似てたかな。
日本好きのアメリカ青年って、みんなこんな感じなのかしら~って、嬉しくなりました。(*^^*)


最後に握手してさよならしましたが、またどこかでお会いしたい、爽やかで素敵な青年でした。

          2011-06-05 12:57:35

                                 メキシコ旅行記・完。

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ダラスの奇跡☆

まだ終わっていないメキシコ旅行記。(笑)

      2011-06-05 12:53:14


2011年1月1日、正午過ぎ。

朝から全く食べ物を口にしていないことに気付き、屋台のハーゲンダッツに手を伸ばしました。
甘く冷たいアイスで少しだけ復活。
      

今のうちにホテルへ向かおう。
まだ余力があるうちにトゥルムを去り、カンクン入りすることを決めました。


到着後、チェックインをすませると、そのまま倒れ込むようにベッドへと。

常夏のリゾート地らしく、爽やかなブルーと眩しい白が印象的な明るく広い部屋の、テラスに面した扉は開けっ放しのまま。
浜辺で楽しむ人々の声を耳に、心地よい潮風。

2011-06-05 12:51:56
私は安堵とともにうつらうつら浅い眠りに入りました。

もう大丈夫だ・・・。

*

次の日は朝早く、飛行機はカンクンを6時に離陸します。


午前3時、真っ黒なカリブ海は、ざぶ~んざぶ~んと優しく波が打ち寄せていました。
頬を潮風が撫でていきます。

結局 今回のメキシコは、チチェン・イツァとエクバラムのピラミッドだけで終わってしまったな~。
マヤの入口を覗いただけで、もう日本へ帰らなくちゃならないんだ。

次に太陽が昇り、このカリブ海が再びマヤブルーに戻る頃、私はすでにメキシコにはいない。

物足りなさと寂しさを胸に、真っ暗なカンクンの街をタクシーで空港へと走りました。

*

乗客の殆どが居眠りをしている間に、そこはアメリカ、ダラス・フォートワース空港。
そこでメキシコよりも面倒な出国手続きを経て、搭乗口へと歩を速めました。

もう大丈夫だ・・・。


体調さえ崩さなければ、この旅行ほど安全で楽な旅はなかったと思います。
なのに、不思議と事あるごとに「大丈夫だ。」と胸を撫で下ろしている私がいました。

後は成田へ向かう飛行機に乗り込むだけ、周囲には沢山の日本人。

もう大丈夫だ・・・。

そこで、私は数独をしようと本を開きます。

あら?
その時 何を思ってか、ふと顔をあげました。

あら? あの人はもしかして?


少し躊躇いながらも声を掛けました。
「すみません。 もしかして chloeさんではないですか?」

「あっ!」
「あ、やっぱり! 私、picchuko です。(^^)」


なんと! 楽天ブログでいつも親しくして戴いている chloeさんとの奇跡の再会でした☆

というのも、2008年の夏、私は chloeさんの写真展の為に上京したことがあり、だからお顔に見覚えがあったのです。(*^_^*)


chloeさんがこの年末年始にボリビアへ旅されていることは知っていました。
ダラスを経由することも知っていました。

ですが、だからといって、同じ日に この広い広い空港で、まさかお会いできるとは!!!
偶然にも腰を下ろした場所が向かい合わせになるとは!!!


やっぱりこの旅行はツイていたんだわ~。^^
マヤパワーはサプライズにも効果ありなようです。(笑)

chloeさんとそのご主人、くろうさぎさんのおかげで最後の最後まで出会いに恵まれたいい旅になりました。


chloeさん、くろうさぎさん、
大変遅くなってしまいましたが、改めまして その節はまことにありがとうございました。


まさに、ダラスの奇跡☆


マヤの神様 ありがとう。(^^)

恐竜さん、こんにちは! <メキシコ旅行記・番外編>

「明日、暇?」
3日の夕方、岡山に住む親友M子にメールを送りました。
以前から行きたいと思いつつ、なかなか決心できなかったある展覧会に誘ってみたのでした。

「この連休は沖縄一人旅をしています。」との返事。

う~ん。 この展覧会を一緒に行ってくれるような友達は他にいないし~。
かといって、一人で行くにはちょっとねぇ…。

そんな時、同じ職場の仲良しさん、私より10歳ばかりお姉さんの I崎さんの顔が浮かびました。

「絶対、楽しいと思うから~。」と行き先を告げず(笑)、
急きょ I崎さんを連れて、少し混雑気味の愛媛・松山へ行って来ました!


「はいっ、チケット!」 会場に到着です。
「ぷっ! 恐竜展?!」 I崎さんは吹き出しました。
「あはは、確かにこういうの私も好きかも~。」って、ホント、彼女はいい人です。^^

そう、私が行こうか行くまいか迷っていたものは、
昨年から東京・大阪と巡回して好評を得ていた『地球最古の恐竜展』でした~。(笑)
(ちなみに、最終巡回地はこの夏に札幌です。)

* * * * * * *


地球上では、過去に5度の大量絶滅が起きています。

大量絶滅とは、ある時期に多種類の生物が同時に絶滅することで、
最も有名なのが、恐竜が絶滅したといわれる約6550万年前の白亜紀末のそれです。

そして、今から2億5100万年前、地球上の9割もの生き物が絶滅したP/T境界線(ぺルム紀と三畳紀の境目)と呼ばれる史上最大級の大量絶滅があったそうです。

この時、ほ乳類の祖先であるキノドン類が生態系の頂点に立つべく躍り出ました。
大量絶滅は多くの種が消えるのと同時に、空席となった生態的地位を埋めるために生き延びた生物による急激な適応放散、生物の進化が起きるのだそうです。


これまで恐竜は、三畳紀とジュラ紀の境界におきた大量絶滅を生き延び、空いたニッチ(生態的地位)にいち早く滑り込むチャンスをつかんで多様化したと考えられてきました。

しかし実際は、恐竜時代は三畳紀後期にはすでに始まっていたのだそうです。

本展覧会は、ほ乳類の祖先とワニ類の祖先、そして恐竜たちが生存競争をしていた三畳紀へのご案内です。

<参考>
 地質時代: ・・・ぺルム紀(~約2億5100万年前) ⇒ 三畳紀(~約1億9960万年前) ⇒ ジュラ紀(~約1億3500万年前) ⇒ 白亜紀(~約6550万年前) ⇒ 古第三紀・・・

*

それら三畳紀の様々な恐竜の骨格標本の合間を潜り抜けながら、1mほどの小さな恐竜を見つけました。

ピサノサウルスくん、アルゼンチン生まれの2億2800万歳です。^^
2011-05-08 17:11:49
この子(?)は鳥盤類に分類され、草食系男子なのだとか。(笑)

恐竜は大きなものとイメージが固まっていたのですが、こんな可愛い子もいたのですね。
もっと小さいニワトリサイズの恐竜もいたようです。^^

私は草食から肉食恐竜に進化したものと思っていたのですが、実は反対だったのです。
もちろん、肉食、草食どちらも共存していたことは間違いないですが、もともと恐竜の祖先は肉食だったようです。

それが陸上生活に適応しはじめて植物を食べるものが現れ、首の長い巨大恐竜へと進化していきました。
恐竜が栄えたジュラ紀という時代は気温が高く、シダやソテツなどの植物が豊富にあり、それによって草食恐竜は大幅に増え、
それらを食べる肉食恐竜も飢えることなく、ますます巨大化していったのだとか。


では、その衰退の過程はどうなのでしょう?(以下、本展覧会とは無関係です。)


恐竜絶滅は、白亜紀末のメキシコ・ユカタン半島のチクシュルーブ・クレーターに残る隕石衝突説が有力ではありますが、

ここで少し考えてみました。


ナショナルジオグラフィックによると、
白亜紀に続く古第三紀、大陸は現在の位置に向かって離れていったといいます。
地殻変動だけでなく、気温も大幅に上下した時代。

もしも、この時代、いやこれ以降の時代にも恐竜が生き残っていたとすれば…?

もしも白亜紀以降も生き伸びた恐竜がいたとするならば、地殻変動と気候変動に耐える為に これまでとは逆にどんどん小型化していったのでは?と思いました。

それまで不自由しなかった食べ物に飢え、草食恐竜の数は激減。
それに伴って、それらを食べていた肉食恐竜も大幅に減少したことになります。


そこで、最後まで生き延びたのが小さな小さな草食恐竜くんということで、

時代は随分と進んでいき、
実は、人間がすでに生きていた紀元前2500年にも存在していたら???

というのも、
突然ですが、ここでメキシコ登場です。(笑)

メキシコという国は底知れぬ面白い国でして、
UFOのみならず、恐竜土偶たるものが出土している場所でもありました。(爆)

1945年、メキシコはアカンバロという村で、ドイツ人実業家バルデマール・ユルスルートによって、3万点以上もの恐竜土偶が発見されました。
その土偶が、放射性炭素年代測定法により紀元前2500年のものだとか。
信憑性は薄いですが…。(^^;

中には人間と恐竜がじゃれあっているものもあるのだそう。
ピサノサウルスくんくらいの大きさなら怖くないかな~。懐いてくれるかな~。(笑)


そういえば、旧約聖書の天地創造に基づき造られた、アメリカ・ケンタッキー州にある創造博物館には、人間と恐竜が同時代に生存している場面が真面目に展示されているそうだし?!


その時代を実際に見たものがいない現在、色んな発想があっていいと思います。
それが本当かどうかは恐竜さんのみ知るということで…。(笑)

次はどんな愉快な発見に出会えるのか、メキシコへの興味は尽きません。^^

マヤ終焉の地に立つ。

トゥルム遺跡。

それは、数あるマヤ遺跡においてはさほど知名度は高くないけれど、
長い間 ずっと密林の中で発展、成熟してきたマヤ文明が最後に辿り着いた場所であり、
スペイン人が最初に目にしたマヤの都市なのだという。

眩しい陽射しが容赦なく降り注ぎ、体調の悪さからか暑さからか、陽炎のように目の前の景色が揺らめいている。

マヤ終焉の地で倒れては洒落にならない。。。



けれど、私の体調はここで最悪を向かえます。

思考力もストップ。


タクシーから降り立った場所は、国道沿いに設けられたターミナルでした。

すでに観光地化されたこの場所は、お土産物屋さんにレストランにとちょっとしたショッピング街になっています。
そこに集う観光客の多さのせいか気分的にも噎せ返り、フラフラする身体を保つだけで精いっぱいでした。


ここ???

どこに遺跡があるっていうの?

マヤ文明の終焉の地という言葉に、どこか哀愁漂う寂れた雰囲気を想像していただけに、
リゾート気分いっぱいの陽気なこの場所を理解するには、朦朧とし過ぎていた私でした。


私はどこへ行けばいいの?
辺りをまともに見回すことができないほど、私の頭はクラクラしていました。

やっとのことで遺跡を示す看板を見つけ、おぼつかない足取りで前に進み出しました。


痛い。
陽射しが突き刺さって痛い。
太陽は私の体調のことなどおかまいなしに、いつになくギラギラと照りつけてきます。


その時の私にとって、何もかも全てがどうしようもなく厳しく感じられました。


* * *


1キロほど歩いた先にあるゲートで荷物を預け、

一瞬、潮の気配が私にも分かりました。
五感の一切は万事休すの状態でしたが、僅かに空気の変化を感じとる力だけは残っていたようです。


2011-04-30 04:40:56


私は目を見開きました。

これが本当のエメラルドグリーン? それともマヤブルー?


カリブ海の眩い輝きと朽ちた遺跡。


その対照的な姿だけが私の脳裏に残っています。


2011-04-30 04:43:47

2011-04-30 04:41:52

2011-05-07 19:37:45

2011-04-30 04:44:50

チチェン・イツァからトゥルムへ。

英国のウイリアム王子とキャサリン妃、ご成婚おめでとうございます。^^

久しぶりの明るいニュースに心が軽くなりました。

この慶びの日、エリザベス女王は黄色いお洋服をお召しになっていらっしゃいました。

9年前、クライストチャーチに来られた時も明るい黄色のお洋服とお帽子でした。
その時からずっと、私の中ではエリザベス女王のイメージカラーはイエローです。

ますますクイーンマムに似てこられて、可愛いおばあちゃまになっても、あの存在感は凄いな~と、
初々しいロイヤルカップルよりも、ついエリザベス女王ばかりに目が行ってしまう私です。^^


* * * * * * *

1月1日。

ククルカンのピラミッドを前に、少し体調の変化を感じました。

貧血とも違う、けれど頭の血が下がり、立っていることがすでにしんどくなってきて、
とても悔しいけれど、早めにチチェン・イツァを後にすることにしたのです。


たぶん、あの場所は大いなるパワーを発しているだけでなく、あらゆるパワーが集結する所なのかもしれません。



フラフラした足取りでホテルまで戻り、前日 お世話になった売店のおばさんに話しをしました。

「今日はこの後、カンクンへ戻る前にトゥルム遺跡へ行こうと思ってたんだけど、、、。」
行き先を迷いつつ、体調は悪くても もう一つくらいは観光したい。
まだこの時は、そう思うだけの余裕はありました。

ここからトゥルムまで、距離は200kmほどです。
チチェン・イツァのメインゲートからバスが運行されているのですが、元日のこの日は午前の便はお休みとのこと。

午後一番の便でトゥルムへ向かったのでは、遺跡観光するには到着の時間帯に厳しいものがあります。


「そんな体調だし、タクシーを呼んであげるよ。」

え"? タクシー?!
一昨日の、恐ろしい350ドルの記憶が蘇ってきました。

「大丈夫、大丈夫。」
私に任せてって感じの表情で、彼女は力強く頷きました。

私は足を引き摺りながらタクシーに乗り込みます。
実は、この時点で普通に座位を保つことも苦しくなっていました。

「行き先はトゥルム…。」
運転手は一瞬 耳を疑ったのか、「トゥルム?」と聞き返す為、私を振り返りました。

「そう、トゥルム。」

最初はその遠さに驚いた彼も、次に顔面蒼白の私の顔にびっくり。

料金は、行きのカンクンからチチェン・イツァまでの金額の数分の一ですみました。
正確な記憶はないけれど、「やっぱり空港は足元を見られるな~」とおぼろげに思ったことを覚えています。

ただ、車の綺麗さは比べ用もないほど差がありました。
ボロボロのシートに身体を鎮め、殆ど意識のない状態でチチェン・イツァを発ちました。


2時間ばかりのドライブで、覚えていることは ただ一つ。
途中のとある街で「セブン・イレブン」を見かけたことだけ。

「四国にはないのに、メキシコにあるってどういうことよ!」
かすかに開いた目で、橙・緑・赤色の三本線をうらめしく眺めました。

セブン・イレブンが米国発祥のコンビニで、だからメキシコにあっても不思議ではない。
例え気分が悪くとも、帰国後 わざわざ調べてみるほど、四国にないものがメキシコにあるっていうことに納得がいかなかったんですよね。(^^;
しかもジャングルの中なのに~。(><)

「なんで、メキシコにセブン・イレブンがあるのよ~!」
「セブン・イレブン・いい気ぶ~ん♪」
薄れゆく記憶の中、その二つだけが交互に頭の中をぐ~るぐる。(笑)



「セニョリータ、ほらトゥルムに着いたよ。」

殆ど捨てられるかのように降ろされた場所は、私の体調とは裏腹に、まさに常夏を思わせる眩しい陽射しで満ち満ちておりました。

         2011-04-30 04:39:46

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