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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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メキシコ旅行の反省と・・・。

あまりの無鉄砲さも考えものですが、旅に出るからには冒険をしたい。


「たぶん あなたは旅に出て、究極のストレスを自分に与えることで日常のストレスを発散しているんだと思うよ。」
以前、上司のKさんに言われたことを思い出しました。

メキシコ旅行の反省と

旅は、とりわけ外国への旅は、自分の物差しでは計りきれないものでいっぱい。
何が正しいじゃなく、どう受け入れるのか。

優雅にクイーン・エリザベス号なんかに乗って世界一周っていうのも憧れるけれど、それにはまだ貫禄も足りないし(笑)、人生経験も足りない。

まずは自分の足で苦労することが若者の特権だと思っています。
それが今レベルの冒険だとも。


例えば、ニュージーランド。
来るはずのバスが来なくて、しかも町中ではなく一本の道路以外何もない場所で泣きそうになったり、

モスクワでは言葉が分からなくてたらい回しにされ、半べそかきつつ やっとこそさ切符を買えたりとか、

モンゴルの遊牧民と過ごした数日間はシャワーを浴びれないのは当たり前、用を足すのも青空トイレでしかなかったり(苦笑)、

振り返りると、笑い話になるどころか二度と同じ目には遭いたくない、そんなことばかりだったような気もするけれど、

そう言われてみれば、日常にはない究極のパニックを体験することで、普段抱いている不平不満が吹っ飛んでしまっているような気がします。

それで私の人生はいつもリセット。(笑)


メキシコ旅行の反省と


なのに、今回のメキシコではそれがなかった!

選んだ場所は正解だったと思います!

念願のチチェン・イツァのパワーを存分に浴びれたし、
エクバラムのピラミッドから見下ろした一面のジャングルは絶景でした!
カリブ海の驚きの青さは瞼に残るエメラルド、これ以上美しい海は地球上にはないと思ったほどです!

そう、確かに魂は震えていた。


なのにリセットしきれていないことに、しばらく経ってから気がついたのです。

それは きっと、旅の過程に苦労 (刺激) が足りなかったのかも。

カンクンに到着してすぐ、他の方法に挑戦しようともせずタクシーを選んだ時点で守りに入っていたのかもしれない。

そのせいか、今回は現地の人達との接点も殆どありませんでした。


せっかく はるばる海を渡ったのに、凄~くもったいない旅をしてしまったな~。(´~`)

月日が経ち、改めて旅を見直すことで、次回に繋がる反省点が沢山出てきました。

よし! 次回は攻めで行こう☆(笑)

(と言っても、そこまで若過ぎることはないので分相応で。^^)


* * *


行きの成田からダラスに向かう飛行機で。

日本滞在3年という 隣りの席のアメリカ青年(マットくん)は、笑顔の可愛いパイロットさんでした。
日本語は殆どダメ、私の英語と同レベルくらいだったかな~。(笑)


それでも11時間もお隣りさんですから色んな話ができ、ダラス到着後のお別れは少し淋しいものがありました。

雰囲気は、IL DIVO のディビットに似てたかな。
日本好きのアメリカ青年って、みんなこんな感じなのかしら~って、嬉しくなりました。(*^^*)


最後に握手してさよならしましたが、またどこかでお会いしたい、爽やかで素敵な青年でした。


メキシコ旅行の反省と

                                 メキシコ旅行記・完。

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ダラスの奇跡☆

まだ終わっていないメキシコ旅行記。(笑)

ダラスの奇跡

2011年1月1日、正午過ぎ。

朝から全く食べ物を口にしていないことに気付き、屋台のハーゲンダッツに手を伸ばしました。
甘く冷たいアイスで少しだけ復活。
      

今のうちにホテルへ向かおう。
まだ余力があるうちにトゥルムを去り、カンクン入りすることを決めました。


到着後、チェックインをすませると、そのまま倒れ込むようにベッドへと。

常夏のリゾート地らしく、爽やかなブルーと眩しい白が印象的な明るく広い部屋の、テラスに面した扉は開けっ放しのまま。
浜辺で楽しむ人々の声を耳に、心地よい潮風。

ダラスの奇跡

私は安堵とともにうつらうつら浅い眠りに入りました。

もう大丈夫だ・・・。

*

次の日は朝早く、飛行機はカンクンを6時に離陸します。


午前3時、真っ黒なカリブ海は、ざぶ~んざぶ~んと優しく波が打ち寄せていました。
頬を潮風が撫でていきます。

結局 今回のメキシコは、チチェン・イツァとエクバラムのピラミッドだけで終わってしまったな~。
マヤの入口を覗いただけで、もう日本へ帰らなくちゃならないんだ。

次に太陽が昇り、このカリブ海が再びマヤブルーに戻る頃、私はすでにメキシコにはいない。

物足りなさと寂しさを胸に、真っ暗なカンクンの街をタクシーで空港へと走りました。

*

乗客の殆どが居眠りをしている間に、そこはアメリカ、ダラス・フォートワース空港。
そこでメキシコよりも面倒な出国手続きを経て、搭乗口へと歩を速めました。

もう大丈夫だ・・・。


体調さえ崩さなければ、この旅行ほど安全で楽な旅はなかったと思います。
なのに、不思議と事あるごとに「大丈夫だ。」と胸を撫で下ろしている私がいました。

後は成田へ向かう飛行機に乗り込むだけ、周囲には沢山の日本人。

もう大丈夫だ・・・。

そこで、私は数独をしようと本を開きます。

あら?
その時 何を思ってか、ふと顔をあげました。

あら? あの人はもしかして?


少し躊躇いながらも声を掛けました。
「すみません。 もしかして chloeさんではないですか?」

「あっ!」
「あ、やっぱり! 私、picchuko です。(^^)」


なんと! 楽天ブログでいつも親しくして戴いている chloeさんとの奇跡の再会でした☆

というのも、2008年の夏、私は chloeさんの写真展の為に上京したことがあり、だからお顔に見覚えがあったのです。(*^_^*)


chloeさんがこの年末年始にボリビアへ旅されていることは知っていました。
ダラスを経由することも知っていました。

ですが、だからといって、同じ日に この広い広い空港で、まさかお会いできるとは!!!
偶然にも腰を下ろした場所が向かい合わせになるとは!!!


やっぱりこの旅行はツイていたんだわ~。^^
マヤパワーはサプライズにも効果ありなようです。(笑)

chloeさんとそのご主人、くろうさぎさんのおかげで最後の最後まで出会いに恵まれたいい旅になりました。


chloeさん、くろうさぎさん、
大変遅くなってしまいましたが、改めまして その節はまことにありがとうございました。


まさに、ダラスの奇跡☆


マヤの神様 ありがとう。(^^)

恐竜さん、こんにちは! <メキシコ旅行記・番外編>

「明日、暇?」
3日の夕方、岡山に住む親友M子にメールを送りました。
以前から行きたいと思いつつ、なかなか決心できなかったある展覧会に誘ってみたのでした。

「この連休は沖縄一人旅をしています。」との返事。

う~ん。 この展覧会を一緒に行ってくれるような友達は他にいないし~。
かといって、一人で行くにはちょっとねぇ…。

そんな時、同じ職場の仲良しさん、私より10歳ばかりお姉さんの I崎さんの顔が浮かびました。

「絶対、楽しいと思うから~。」と行き先を告げず(笑)、
急きょ I崎さんを連れて、少し混雑気味の愛媛・松山へ行って来ました!


「はいっ、チケット!」 会場に到着です。
「ぷっ! 恐竜展?!」 I崎さんは吹き出しました。
「あはは、確かにこういうの私も好きかも~。」って、ホント、彼女はいい人です。^^

そう、私が行こうか行くまいか迷っていたものは、
昨年から東京・大阪と巡回して好評を得ていた『地球最古の恐竜展』でした~。(笑)
(ちなみに、最終巡回地はこの夏に札幌です。)

* * * * * * *


地球上では、過去に5度の大量絶滅が起きています。

大量絶滅とは、ある時期に多種類の生物が同時に絶滅することで、
最も有名なのが、恐竜が絶滅したといわれる約6550万年前の白亜紀末のそれです。

そして、今から2億5100万年前、地球上の9割もの生き物が絶滅したP/T境界線(ぺルム紀と三畳紀の境目)と呼ばれる史上最大級の大量絶滅があったそうです。

この時、ほ乳類の祖先であるキノドン類が生態系の頂点に立つべく躍り出ました。
大量絶滅は多くの種が消えるのと同時に、空席となった生態的地位を埋めるために生き延びた生物による急激な適応放散、生物の進化が起きるのだそうです。


これまで恐竜は、三畳紀とジュラ紀の境界におきた大量絶滅を生き延び、空いたニッチ(生態的地位)にいち早く滑り込むチャンスをつかんで多様化したと考えられてきました。

しかし実際は、恐竜時代は三畳紀後期にはすでに始まっていたのだそうです。

本展覧会は、ほ乳類の祖先とワニ類の祖先、そして恐竜たちが生存競争をしていた三畳紀へのご案内です。

<参考>
 地質時代: ・・・ぺルム紀(~約2億5100万年前) ⇒ 三畳紀(~約1億9960万年前) ⇒ ジュラ紀(~約1億3500万年前) ⇒ 白亜紀(~約6550万年前) ⇒ 古第三紀・・・

*

それら三畳紀の様々な恐竜の骨格標本の合間を潜り抜けながら、1mほどの小さな恐竜を見つけました。

ピサノサウルスくん、アルゼンチン生まれの2億2800万歳です。

恐竜さん、こんにちは
この子(?)は鳥盤類に分類され、草食系男子なのだとか。(笑)

恐竜は大きなものとイメージが固まっていたのですが、こんな可愛い子もいたのですね。
もっと小さいニワトリサイズの恐竜もいたようです。^^

私は草食から肉食恐竜に進化したものと思っていたのですが、実は反対だったのです。
もちろん、肉食、草食どちらも共存していたことは間違いないですが、もともと恐竜の祖先は肉食だったようです。

それが陸上生活に適応しはじめて植物を食べるものが現れ、首の長い巨大恐竜へと進化していきました。
恐竜が栄えたジュラ紀という時代は気温が高く、シダやソテツなどの植物が豊富にあり、それによって草食恐竜は大幅に増え、
それらを食べる肉食恐竜も飢えることなく、ますます巨大化していったのだとか。


では、その衰退の過程はどうなのでしょう?(以下、本展覧会とは無関係です。)


恐竜絶滅は、白亜紀末のメキシコ・ユカタン半島のチクシュルーブ・クレーターに残る隕石衝突説が有力ではありますが、

ここで少し考えてみました。


ナショナルジオグラフィックによると、
白亜紀に続く古第三紀、大陸は現在の位置に向かって離れていったといいます。
地殻変動だけでなく、気温も大幅に上下した時代。

もしも、この時代、いやこれ以降の時代にも恐竜が生き残っていたとすれば…?

もしも白亜紀以降も生き伸びた恐竜がいたとするならば、地殻変動と気候変動に耐える為に これまでとは逆にどんどん小型化していったのでは?と思いました。

それまで不自由しなかった食べ物に飢え、草食恐竜の数は激減。
それに伴って、それらを食べていた肉食恐竜も大幅に減少したことになります。


そこで、最後まで生き延びたのが小さな小さな草食恐竜くんということで、

時代は随分と進んでいき、
実は、人間がすでに生きていた紀元前2500年にも存在していたら???

というのも、
突然ですが、ここでメキシコ登場です。(笑)

メキシコという国は底知れぬ面白い国でして、
UFOのみならず、恐竜土偶たるものが出土している場所でもありました。(爆)

1945年、メキシコはアカンバロという村で、ドイツ人実業家バルデマール・ユルスルートによって、3万点以上もの恐竜土偶が発見されました。
その土偶が、放射性炭素年代測定法により紀元前2500年のものだとか。
信憑性は薄いですが…。

中には人間と恐竜がじゃれあっているものもあるのだそう。
ピサノサウルスくんくらいの大きさなら怖くないかな~。懐いてくれるかな~。(笑)


そういえば、旧約聖書の天地創造に基づき造られた、アメリカ・ケンタッキー州にある創造博物館には、人間と恐竜が同時代に生存している場面が真面目に展示されているそうだし?!


その時代を実際に見たものがいない現在、色んな発想があっていいと思います。
それが本当かどうかは恐竜さんのみ知るということで…。(笑)

次はどんな愉快な発見に出会えるのか、メキシコへの興味は尽きません。

マヤ終焉の地に立つ。

トゥルム遺跡。

それは、数あるマヤ遺跡においてはさほど知名度は高くないけれど、
長い間 ずっと密林の中で発展、成熟してきたマヤ文明が最後に辿り着いた場所であり、
スペイン人が最初に目にしたマヤの都市なのだという。

眩しい陽射しが容赦なく降り注ぎ、体調の悪さからか暑さからか、陽炎のように目の前の景色が揺らめいている。

マヤ終焉の地で倒れては洒落にならない。



けれど、私の体調はここで最悪を向かえます。

思考力もストップ。


タクシーから降り立った場所は、国道沿いに設けられたターミナルでした。

すでに観光地化されたこの場所は、お土産物屋さんにレストランにとちょっとしたショッピング街になっています。
そこに集う観光客の多さのせいか気分的にも噎せ返り、フラフラする身体を保つだけで精いっぱいでした。


ここ???

どこに遺跡があるっていうの?

マヤ文明の終焉の地という言葉に、どこか哀愁漂う寂れた雰囲気を想像していただけに、
リゾート気分いっぱいの陽気なこの場所を理解するには、朦朧とし過ぎていた私でした。


私はどこへ行けばいいの?
辺りをまともに見回すことができないほど、私の頭はクラクラしていました。

やっとのことで遺跡を示す看板を見つけ、おぼつかない足取りで前に進み出しました。


痛い。
陽射しが突き刺さって痛い。
太陽は私の体調のことなどおかまいなしに、いつになくギラギラと照りつけてきます。


その時の私にとって、何もかも全てがどうしようもなく厳しく感じられました。


* * *


1キロほど歩いた先にあるゲートで荷物を預け、

一瞬、潮の気配が私にも分かりました。
五感の一切は万事休すの状態でしたが、僅かに空気の変化を感じとる力だけは残っていたようです。


マヤ終焉の地に立つ


私は目を見開きました。

これが本当のエメラルドグリーン? それともマヤブルー?


カリブ海の眩い輝きと朽ちた遺跡。


その対照的な姿だけが私の脳裏に残っています。


マヤ終焉の地に立つ

マヤ終焉の地に立つ

マヤ終焉の地に立つ


マヤ終焉の地に立つ

チチェン・イツァからトゥルムへ。

英国のウイリアム王子とキャサリン妃、ご成婚おめでとうございます。^^

久しぶりの明るいニュースに心が軽くなりました。

この慶びの日、エリザベス女王は黄色いお洋服をお召しになっていらっしゃいました。

9年前、クライストチャーチに来られた時も明るい黄色のお洋服とお帽子でした。
その時からずっと、私の中ではエリザベス女王のイメージカラーはイエローです。

ますますクイーンマムに似てこられて、可愛いおばあちゃまになっても、あの存在感は凄いな~と、
初々しいロイヤルカップルよりも、ついエリザベス女王ばかりに目が行ってしまう私です。^^


* * * * * * *

1月1日。

ククルカンのピラミッドを前に、少し体調の変化を感じました。

貧血とも違う、けれど頭の血が下がり、立っていることがすでにしんどくなってきて、
とても悔しいけれど、早めにチチェン・イツァを後にすることにしたのです。


たぶん、あの場所は大いなるパワーを発しているだけでなく、あらゆるパワーが集結する所なのかもしれません。



フラフラした足取りでホテルまで戻り、前日 お世話になった売店のおばさんに話しをしました。

「今日はこの後、カンクンへ戻る前にトゥルム遺跡へ行こうと思ってたんだけど、、、。」
行き先を迷いつつ、体調は悪くても もう一つくらいは観光したい。
まだこの時は、そう思うだけの余裕はありました。

ここからトゥルムまで、距離は200kmほどです。
チチェン・イツァのメインゲートからバスが運行されているのですが、元日のこの日は午前の便はお休みとのこと。

午後一番の便でトゥルムへ向かったのでは、遺跡観光するには到着の時間帯に厳しいものがあります。


「そんな体調だし、タクシーを呼んであげるよ。」

え"? タクシー?!
一昨日の、恐ろしい350ドルの記憶が蘇ってきました。

「大丈夫、大丈夫。」
私に任せてって感じの表情で、彼女は力強く頷きました。

私は足を引き摺りながらタクシーに乗り込みます。
実は、この時点で普通に座位を保つことも苦しくなっていました。

「行き先はトゥルム…。」
運転手は一瞬 耳を疑ったのか、「トゥルム?」と聞き返す為、私を振り返りました。

「そう、トゥルム。」

最初はその遠さに驚いた彼も、次に顔面蒼白の私の顔にびっくり。

料金は、行きのカンクンからチチェン・イツァまでの金額の数分の一ですみました。
正確な記憶はないけれど、「やっぱり空港は足元を見られるな~」とおぼろげに思ったことを覚えています。

ただ、車の綺麗さは比べ用もないほど差がありました。
ボロボロのシートに身体を鎮め、殆ど意識のない状態でチチェン・イツァを発ちました。


2時間ばかりのドライブで、覚えていることは ただ一つ。
途中のとある街で「セブン・イレブン」を見かけたことだけ。

「四国にはないのに、メキシコにあるってどういうことよ!」
かすかに開いた目で、橙・緑・赤色の三本線をうらめしく眺めました。

セブン・イレブンが米国発祥のコンビニで、だからメキシコにあっても不思議ではない。
例え気分が悪くとも、帰国後 わざわざ調べてみるほど、四国にないものがメキシコにあるっていうことに納得がいかなかったんですよね。(^^;
しかもジャングルの中なのに~。(><)

「なんで、メキシコにセブン・イレブンがあるのよ~!」
「セブン・イレブン・いい気ぶ~ん♪」
薄れゆく記憶の中、その二つだけが交互に頭の中をぐ~るぐる。(笑)



「セニョリータ、ほらトゥルムに着いたよ。」

殆ど捨てられるかのように降ろされた場所は、私の体調とは裏腹に、まさに常夏を思わせる眩しい陽射しで満ち満ちておりました。


チチェン・イツァからトゥルムへ

再び、元日の朝。

マイナス8時間。
新年を迎えるにあたって、ここ数年の日本時間に対する私の体内時計はそう設定(?)されていました。

ですから、いつもなら夕方4時が近づくと、そろそろ除夜の鐘が響いてくる頃かな~、なんて一人思っていたのです。

ところが、今年はそれからさらにマイナス7時間。
31日の午前9時に、地球の裏側では「明けましておめでとうございます」なんて挨拶が交わされているわけです。

私の31日はこれからなのに、ちょっぴり不思議な感じがしました。^^


すでに記しておりますが、31日の観光はチチェン・イツァのククルカンのピラミッド(El Castillo)から始まりました。('11.01.15日記)
日本では、まさに元日を迎えたばかりの時間です。

私はツアー仲間の皆さんと一緒に、ピラミッドの前で三本締めをして(笑)、新年のお祝いを致しました。

*

そして遅ればせながら、メキシコにも2011年到来です!

早朝、やはり小鳥たちの綺麗な鳴き声で目を覚ましました。


再び、元日の朝

天気は晴れ。 
気持ちの良い新年のスタートです。

チチェン・イツァの開場は午前8時ですので、それまで今日も周辺をぶらぶら散策しましょう。^^
僅か2日の滞在なのに、すでにお決まりの散歩コースが出来上がっておりました。(笑)

再び、元日の朝


木洩れ日が眩しいのです。

半袖で過ごすお正月は二度目となりますが、夏のクライストチャーチよりも、冬(?)のチチェン・イツァの方が陽射しが強く感じられます。


こんな明るいお正月っていうのもいいものね。^^

気持ちもおおらかに、開放感に包まれながら、2011年の空気を思いっきり吸いこんでみました。


再び、元日の朝


う~んと背筋を伸ばしながら、ここでも体内時計に狂いが生じます。

あれれ? 日本でもまだ1月1日だわ。
(注:只今、メキシコ時間 午前7時、日本時間 午後10時です。)

昨日の午前中に「日本では元旦ね~」って話していたのに、一夜明けても日本はまだ1月1日~? 
ふふっ、やっぱり不思議な感じです。(*^^*)

時差8時間では感じることのなかった、「地球の裏側」にいる実感。

こういう些細なことが面白いねって自分に話し掛けながら、もう一度 大きく深呼吸しました。

*

午前8時きっかりにチチェン・イツァ入場。

通常、観光客はメインゲートから入るのですが、私は隣接するホテルからですので、裏側のサブゲートからの入場です。

再び、元日の朝

しかも、たった2日で三度目の入場。(笑)

日本の新年をここで迎え、メキシコでの大晦日の夜をここで過ごし、同じくメキシコの新年をここで祝う。
私ってよほどチチェン・イツァ好きなのね~、って自分でも可笑しくなってしまいました。^^


そんな私に、神様は特別な時間をご用意くださいました。

メインゲートから入場すると、民芸品売り場や世界遺産に認定されたことを示す石碑など、目を引く対象物がいくつもあり、つい足が止まってしまいます。
片やサブゲートから入った私は、ククルカンのピラミッドへと一直線!

メイン派(?)の1号さんよりも、私が一足先にピラミッドの正面に立つことができました。
私は思いっきり手を叩きます。

キュ~ン、キュ~ン。

鳴いた~!(*^^*) 
今年1番にククルカンを鳴かせたのは この私、picchukoですよ~!(笑)

キュ~ン、キュ~ン。
ククルカンは、「picchuちゃん、明けましておめでとう」って言ってくれているのかしら。


再び、元日の朝

真っ青な空に映えるピラミッド。

「ククルちゃん(笑)、明けましておめでとう。^^」

UFOの正体見たり~

UFOの正体見たり

*ユニークなマヤ文字。^^



「古代マヤ遺跡に王様がUFOを操縦してる姿を描いたものが残ってるんだって!
そのレリーフもちゃんと見てくるんだよ!」

メキシコへの出発間近、数日前にマヤ文明についてのテレビ番組を見たと言って、行きつけの美容院のお兄さんが教えてくれました。

「メキシコって、世界で一番UFOが目撃されてる場所なんだってね~。」
お兄さんの目は、まるで子供のように爛爛と輝いていました。^^

すぐさま私も期待して調べてみました。
ですが、どうやらお兄さんが言っていたマヤ遺跡とは、残念ながら私が訪れる『チチェン・イツァ』の遺跡ではなく、もっとグアテマラに近い『パレンケ遺跡』を指していたようです。

「地球の歩き方」によると、
パレンケ遺跡には、最上部にマヤ文字で綴られた600以上もの碑文が刻まれた神殿があり、
その地下に眠る石棺の蓋に描かれたレリーフを横から見ると、さもマヤの神官が宇宙船を操縦しているように見えるのだとか。

おっ、お兄さんは嘘をついていなかった!(笑)


そして、それがマヤ文明は宇宙人が築いた証拠だと言われているそうです。

それではやはりマヤ人は宇宙人だったということか?


ところが、古代アメリカ学会員の遺跡研究家である土方美雄氏曰く、
それは、実は石棺の向きを縦から横に強引に回転させた時の印象であり、
正しい方向から見れば、世界の中心にある生命の樹と、その下に横たわる王の姿であることが分かるのだそうです。

ふ~む。。。 
だめだなぁ~、夢を壊しちゃ~。

自由に想像する余地があるからこそ浪漫は広がるわけで、答えを出してしまったら そこから先は理屈しか残らないではありませんか~。
それは つまらない!


* * * * * * *


その日の観光を終え、チチェン・イツァに隣接するホテルに戻ったのは、午後6過ぎだったと記憶しています。

毎晩19時(夏季は20時)から遺跡内ではナイトショーが行われますので、私はその足で再びチチェン・イツァへと向かいました。

辺りはすっかり暗くなってきました。
チチェン・イツァまで徒歩5分足らずといっても、その道中には照明はなく、ホテルの窓からカーテン越しに漏れてくる僅かな明かりだけが頼りです。


常に夜空と対話し続けた古代マヤ人。
今なら時空間を超えて、彼らと交信できるような気がしました。

私は彼らに想いを馳せて、深く吸い込まれそうな夜空を見上げました。


ナイトショーは、様々な色にライトアップさせて七変化するピラミッドと効果音とで、幻想的な雰囲気を醸し出してくれます。

ナレーションがスペイン語だったので内容は分かりませんでしたが、それは一つの壮大な歴史ロマンを表していたのでしょうか?

この貴重なシーンを一部だけでもと、私はデジカメのビデオに残すことにしました。


頭上には、遥か昔のマヤ人達を照らしたであろう星達が、同じように私達を見降ろしています。

そして目の前には、未知数に満ちたマヤ人の知力の結晶であるククルカンが降臨しています。
(というのも、春分と秋分を待たずとも、毎晩 この場所にククルカンは姿を現わしていたのでした、、、
ただし! ライトによる仕業ではありますが。(笑))

私の頭の中は効果音によって渦が巻き、手元がぶれていることに気付いていませんでした。


*

さて、ホテルに戻って再生してみると、、、んんん~?

そこには未確認飛行物体の存在が!?
いわゆるUFOたるものが、微妙な光を発しながら ふわふわ宙に浮かんでいるではありませんか!?

それは、2004年3月に麻薬密売の捜査の為に飛行していたメキシコ空軍の偵察機が出くわしたという、その有名なUFOほどUFOらしく(?)ありませんが、
手ブレによって生じた現象が、まさしく怪しい飛行物体として記録されておりました。


そうか! 実はピラミッドそのものが宇宙船だったのか!!!
ということは、石棺の蓋に彫り込まれていた絵は、ピラミッドを自由自在に操縦していた王の姿で間違いなかったということか!

ここで忘れてならないことは、ククルカンのピラミッドの内部には、もう一つ小さな神殿(ピラミッド)が内包されているということ!

私が何気なく撮ったものは、その隠れたピラミッドが宇宙へと飛び立つ瞬間をとらえたものだったのかもしれない???

やっぱりマヤ人は宇宙人だったんだ!

これは、これは世界を揺るがす世紀の大発見になるかもしれない!!!!!

手はブルブル、心臓はバクバク、、、な~んて、一瞬そんな空想を膨らませてみましたが、
やはり手ブレは手ブレですよね。(^^;



自分で撮った下手くそなビデオを何度も何度も繰り返し、一句したためて終わります。(笑)

UFOの 正体見たり ピラミッド~☆ (そのままやん!笑)

それは、2010年最後の景色。

あのクライストチャーチの地震から46日。

東日本大震災からおよそ1ヶ月。

あまりにも衝撃的な映像の数々に、それまでの出来事全てが遠い記憶の彼方に追いやられてしまったような、

実は幻ではなかったか、、、そんな風に感じています。

けれど崩れたクライストチャーチ大聖堂の煉瓦を再び積み上げていくように、
私も薄れてしまった貴重な思い出を、改めて一つひとつ形に仕上げていきたいと思えるようになりました。


* * * * * * *

2010年最後の日。

ユカタン半島の密林に伸びる道路を抜け、
1200年もの間 ひっそりと深い木々の中に埋もれていたという『エクバラム遺跡』を訪ねました。

それは、2010年最後の景色

それは、2010年最後の景色


21世紀を目前にした1997年、盗掘に全く遭わない状態で7000点にも及ぶ副葬品と、美しい漆喰装飾が施された王の墓がその地で発見されました。


それは、2010年最後の景色


この遺跡の魅力は、
マヤ考古学史上において20世紀最大と言われた その世紀の大発見を間近で感じられることと、
まだそれほど観光地化が進んでいないこと、

そして、チチェン・イツァでピラミッド登頂が禁じられてからしばらく、現在でもピラミッドに登ることが許されている数少ない場所であること、
おだてられればどこまでも登ってしまう私には、それが一番嬉しいことでした。(笑)


カナヅチの私でも、コンドルにでもなったような、見晴らしのいい高~い場所は大好きなのです。^^

まして、そのてっぺんから見下ろす景色が、一面ジャングルなのですから!

正直、世界遺産『チチェン・イツァ』よりも楽しみにしていた、今旅行クライマックスがこの場所だったのです。



「ジャングル! ジャングル!!」(わくわく!!)

「そんなにジャングルが見たいのはpicchukoさんだけですから~。(^^;」
ツアー友達・I川さんにそう呆れられてしまうほど興奮しきりの私でした。

せっかくガイドの岡さんが詳しく説明してくれているにもかかわらず、夢中な私は耳を傾けようともせず、、、。(笑)

何がそこまで私を興奮させるのか、それが早く知りたいと、高鳴る気持ちを抑えきれない状態でした。

傾斜は45度。 チチェン・イツァのピラミッドよりも高い106の石段。

それは、2010年最後の景色
* 陽射しで装飾が傷まないように、茅葺きの屋根で覆っています。


「くれぐれもピラミッドから落ちないようにしてくださいよ~。」
数時間前に岡さんから言われた、(私向けの)一言が思い浮かびます。
「呼ばれたのかもしれない。」な~んて私が言ったものだから、ベテランの岡さんでも不安になったのかもしれません。(笑)

それでも最初は竦んだ足も、慣れてくれば まるで遠い昔にここを何度も登り下りしていたかのごとくになんのその!

それは、2010年最後の景色

やはり私は古代マヤ人だった!! ここでもそう確信したのです☆(笑)

それは、2010年最後の景色

「どうですか~? この場所のどこでも お好きなところをあげます、と言われたらどうします~?」
頂上から一面の密林を見降ろしながら、岡さんは私達にそう尋ねました。

「ジャングルしかない こんな不便な場所、普通ならいらないって思うでしょう。」
他のツアー仲間さんは、うんうんと頷きながら聞いていましたが、私はひとり、"この土地 欲しい!!!"と心の中で思っていました。^^

「不便な土地ということは、他から侵略されないということです。」

密林の海は、よほど土地勘のある者でさえ方角を見失うほどどこまでもどこまでも、、、

そう、どこまでも永遠に続いていました。



「picchukoさ~ん、降りますよ~!」 I川さんの声で我に帰りました。

「ピラミッドを降りたら、その先にある天文台にも登りましょう。」と岡さん。
さすがはこちらもマヤ遺跡、天文台は欠かせません。


いつまでもいつまでもこの場所に座っていたいな~。

せっかく出逢ったツアー仲間さん達との別れの時間も近づいて、淋しさにちょっぴり胸が痛みました。

2010年最後の夕陽を背に、今しがた確かに私も立っていた、そのピラミッドの頂上を眺めながら。



それは、2010年最後の景色

360度、密林の世界!

360度、密林の世界

そこは、見渡す限りが密林だった。

本当に360度、どこまでも果てしなく密林が続いている。


それは、ピラミッドから見た風景。

ピラミッドの眼下に広がる ありったけの風景。


深呼吸する私のお腹に、
綺麗なもの穢れたもの すべてごちゃ混ぜに、本来の地球そのままに、あらゆる生命力が入ってきた。


見降ろすと、やはり ただただ続く密林の海。


ここには この景色しか存在しないんだ。


360度、密林の世界


世界中はカラフルな個性でいっぱいなのに、ここには密林しか存在しない。


360度、密林の世界


ここは地球の真ん中なのか、端っこなのか、はたまた地球から置き去りにされた場所なのか。



分かることは ただひとつ。

1000年以上も密林に埋もれていたピラミッドの頂上に、私は今 立っている。


360度、密林の世界

あぁ~美しきかな、セノーテ。

「これから行くセノーテは、弊社のみがお連れする場所です。」


セノーテとは、ユカタン半島の地下に広がる聖なる泉のこと。

密林の湿潤地帯であるユカタン半島は、石灰岩質の土壌のために降って来た雨は全て地中にしみ込んで、地下に水のたまる空洞ができます。
その空洞の上の地面が陥没してできたのが、セノーテと呼ばれる泉です。
(「地球の歩き方」より)

ユカタン半島には3000ものセノーテが存在し、それは全て地下で繋がっているのだとか!
川のないこの地域では、セノーテの真水はまさに生命の源であったに違いありません。

チチェン・イツァのセノーテのように、水底から多くの生贄や財宝が発見され、それは聖なる儀式に用いられた場所もあるようです。

ここ最近はテレビでも多く取り上げられ、日本でもすっかり有名になってしまいました。
そして、その美しい泉で泳ぐことをメインに、ユカタン半島を訪れる人も多くなったことでしょう。

*

私達を乗せたワゴン車は、ゴトゴトと次の目的地、とあるセノーテへと向かいました。
どうやら、他の日本人向けツアーでは訪れることのないセノーテに、これから連れて行ってくれるらしいのです。

わくわくっ!^^


窓から見下ろす地元の人々は、どの人も背丈は低くずんぐりしていて(笑)、真っ黒な髪に褐色の肌をしています。
鼻はそう高くないものの、黒い眉とぱっちりした目が印象的な濃いお顔。
「どの人もみ~んな同じに見えるのね~。(笑)」
「ね~。^^」

「そういえば、メキシコにいるっていうのに、まだ一度もサボテンを見てないわ~。」
「うんうん、私達も。」

すっかり打ち解けた皆さんとの会話に、あっという間にセノーテに到着。


「泳ぐ方はここで水着に着替えてください。」

皆さんが着替えている間、ガイドの岡さんは生のココナッツジュースを飲んでいました。
ここでは、日本人を見つけては、ココナッツを片手に子供達が「アミーゴ、美味しいよ!」と近寄ってくるのです。
「それ美味しいですか?」
「ええ、結構飲みやすいんですよ。」


「先に中へ入っててください。僕も後ですぐ行きますから。」
それならと、一人だけ泳がない私はお先に洞窟へと入っていくことにしました。


え? こんなところに?って思うほど小さな入口です。

滑りやすい階段を恐るおそる下りて行くと、目の前に神秘な空間が現れてきます。

ごくり。
差し込む光に照らされた水は青くキラキラ輝いていて、その神秘さをより強調するかのように大木の根っこが長く長く泉に伸びています。

あ~、もっと私に表現力があったなら、、、。
この美しい空間を、どう言葉に表せれば伝えることができるのかしら、、、。

ここが真の聖域だからでしょうか、、、カメラを構えると、不思議と美しさは消えてしまうのです。


"瞼に焼き付けて帰りなさい。形に残そうとしても、すべてニセモノになってしまいます。"

マヤ人が信仰した神々の声が、まるで私の耳にも届いてきそうな、そんなセノーテとの出会いでした。

神々が造り賜うた芸術を、我々人間が一瞬に封じ込めてしまおうとするなんて、実はおこがましいことなのかもしれません。
そんな気分にさえなってきました。

それでも、やっぱり写真に撮りたくて、、、
本物の魅力は一切 写し出されておりませんが、雰囲気だけでも~と、ここにアップしておきます。

あぁ~美しきかな、セノーテ
 
あぁ~美しきかな、セノーテ

「思ったよりも随分と深いですよ~。」
I川さんの奥さんが、高揚した頬を赤くしながらセノーテから上がってきました。

透明度が高いせいか、見た目よりもかなり深い泉のようです。

泳ぎが苦手だという彼女には、冷たくて深いセノーテはちょっとレベルが高かったのかな?
ですが、ご主人に必死でしがみつく彼女を、私はちゃ~んとカメラに収めましたよ!
ふふふ、それもハネムーンの幸せな1ページとなってくれることでしょう。


あぁ~美しきかな、セノーテ





正直に申しますと、私も泳ぎは大の苦手です。(^^;
それでも、やはりここまで来たからにはセノーテへ入りたい、、、。

本当なら足先でも~って言いたいところなのですが、





じゃん!


あぁ~美しきかな、セノーテ
(笑)

旅行も直前になって右足親指が化膿して、出発の前日にやっと靴が履けるようになったばかりだったのです。
これでは聖域に入るには申し訳ない、、、というよりも、またも傷口が痛み出したらたまらないですから~。(苦笑)

息を呑む神秘な景色の足元は、どこへ行っても様にならないpicchukoの皮肉な運命でした~。(泣)

毎夜、空を見上げて…。

その旧チチェンの遺跡群の中で代表的なものといえば、こちら、

天文台『カラコル(El Caracol)』です。

毎夜、空を見上げて

旧チチェンのエリアにありながら、マヤ・トルテカ時代にも改築され、実用化され続けておりました。

これ、ピラミッドに劣らぬ優れものです。^^

カラコルの意味はカタツムリなのだそうですが、それは厚い石組みの壁とらせん状の階段がある 内部の構造からそう呼ばれているのだとか。
決して、カタツムリ研究所ではありませんし、天空のカタツムリ座(?)を探す場所でもありません。(笑)


9mの露台の上に、直径11m、高さ13mの観測台が載っており、観測用の3つの窓が残っています。

「地球の歩き方」によれば、
南は、子午線に向かう窓、
西南には、月没の最北線を見る窓、
西には、角度によって春分、秋分の日没と月没の最北線を正確に観測できる窓が造られているのです。

そして 天文台の台座は、金星が最も北に沈む方向にあるといいます。

ということは、この天文台を造った時点で、すでにマヤ人はかなり高度な天文学の知識があったのでしょうね~。


ここで毎夜、空を見上げて観測したというわけですが、、、、、
(あ、太陽も観測していたわけですから、一日中?)


ウォータースポーツカンクンの店長・吉田さんから戴いた資料によりますと、
現在の最新科学によって示されている太陽の公転周期は365.2522日。

今、私達が用いているグレコリオ暦(16世紀に提唱されたもの)では365.2525日であり、その差は0.0003日。

では、マヤ人が肉眼だけで観測した暦では、その周期は365.2520日、その差は0.0002日。



「グレコリオ暦では3300年に1日の誤差が生まれるのに対し、マヤの暦は96000年に1日の誤差ですむという正確さです。」と岡さん。

私からすれば、0.0003も0.0002もどちらも限りなくゼロに近いように思うのですが、
天文学の世界とは、無限に広がる天空を相手に極限まで導き出すということなんですね~。

マクロの世界とミクロの世界、究極は同じこと?

無知な私が"ゼロの概念"を語ることはできませんが、ゼロの存在をすでに理解していたマヤ人の凄さをここでも改めて感じました。


「毎夜、毎夜、この場所で観測が行われたわけですけど、
では、その細かく正確な周期を導き出すには、肉眼でどれだけの月日が掛かると思いますか?」


私は空を見上げました。


その先に夢とロマン広がるマヤ文明ですが、地道にコツコツと観測し続けたマヤ人の素朴な姿がそこにありました。

「およそ200年掛かると言われています。」

そして、彼らはそれだけでなく、金星の公転周期をも6000年に1日という誤差まで精度を高めていたそうです。
そちらは肉眼でおよそ500年の歳月を要するというのです。
[ウォータースポーツカンクンの店長・吉田さんメモ]

短気で飽き性の私は 開いた口が塞がりません。(笑)

それでも マヤ人の可愛いところは、天文学においてはこれほどに優れた能力を示しながら、
それ以外は・・・レベルの文明であったこと。

そのギャップが愛おしいと言いますか、
単純で真面目で無器用なマヤ人が想像されて、それまで遠い存在であった彼らが とても身近に感じられます。


毎夜、空を見上げて

チチェン・イツァに隣接するホテルに滞在した私は、遺跡に入場しなくても道端から見える このカラコルを、時間が許す限り、体育座りをしてぼぉ~っと眺めておりました。

新チチェン? 旧チチェン?

新チチェン? 旧チチェン?

*ホテルの部屋に飾られていた旧チチェン・尼僧院の絵画


マヤ文明は紀元前4世紀頃に熱帯雨林を中心とした地域に誕生しており、およそ2000年もの間 繁栄を続けました。

その中で、古代都市『チチェン・イツァ』が中心となった時期は、
マヤ古典期に属する6世紀頃の「旧チチェン」と、10世紀以降の後古典期の「新チチェン」に分けられます。

その大きな違いは、トルテカ文明の影響にあります。

トルテカとは何ぞや?

知ってるようで全く知らないのが、私にとってメソアメリカの文明。

数年前までアステカ文明すら知らなかった私は、この旅行に出掛けるまで、
これまたお恥ずかしいことに、中米にはマヤとアステカの二つの文明が栄えたのみと思っていました。(^^;

よく考えてみれば当然のことですが、広範囲にわたり大小いくつもの文明が入り混じって栄えていったのですね。

で、トルテカについてですけど、あえて定義づけするのであれば、
7世紀~12世紀頃、テオティワカン崩壊後にメキシコ中央高原で多く建設された都市国家のようです。

ではテオティワカンとは?(笑)

テオティワカンと聞いて一番に思い浮かぶのは、超巨大な月と太陽のピラミッド。

それらの遺跡は、近世に起こったアステカ文明のものだと思い込んでいた私。(笑)
実は500年ほど前にアステカの人々によって発見された、紀元前2世紀~6世紀まで存在した巨大宗教都市のものでした。

アステカは、そんなテオティワカンやトルテカの文明を継承したものだったのです。

ですから、同じくトルテカの影響を受けた後期のマヤ文明とアステカ文明に多くの共通点が見られるのですね~。
なるほど。(笑)



「新チチェン」では、そのトルテカ様式を多く見ることができます。

チチェン・イツァで最も有名なものは「ククルカンのピラミッド」ですが、

そのククルカン(羽毛ある蛇)をアステカの言葉に言いなおすと「ケツァルコアトル」となり、
アステカ神話に登場するこの神は、その昔 トルテカ族の祖神として篤く崇拝されていたようです。

好戦的な兵士の像や生贄のドクロ、トルテカの象徴であるククルカンが新たに描き加えられたものが新チチェンのモチーフ。



対して、旧チチェンで多く見られる「チャック像」。
マヤ古典期には、鼻の長い雨神チャックが最も信仰を集めていました。
そこには血生臭い生贄を感じさせるものはありませんでした。(たぶん…。)


新チチェン? 旧チチェン?
旧チチェン・『尼僧院』(壁面には13のチャックが飾られ、入口がチャックの口になっています。)
尼僧院というのは後にスペイン人によって付けられただけで、その使用目的は未だ分かっていないのだとか。



通常、新チチェンを見学してから旧チチェンへと向かいます。

恐ろしい生贄の話を聞いた後だからでしょうか、
おどろおどろしいドクロのレリーフを見た後だからでしょうか、、、

旧チチェンのエリアに入ると、ピラミッドのような大迫力はない反面、どことなくホッとするものを感じます。^^

picchukoとマヤ人。

「どうして一面にドクロの絵が描かれていると思いますか?」

picchukoとマヤ人

そう岡さんに質問されるまで気が付かなかったドクロの壁。

ホントだ~、壁中 ドクロだらけ。

「角の部分は正面を向いたドクロが彫られてますよ。」
ホントだ、ホントだ~!!


picchukoとマヤ人

私ってかなり注意力散漫で、個人で観光している時に見落としてるものって 凄く多いんだろうな~って、久々のツアー参加で気付きました。


これは『ツォンパントリ』といって、生贄の台座なのだそうです。
どうもトルテカの人身供養に関連した建築物であるようですが、、、

神殿で生贄の儀式が行われた後、切り落とされた生首をこの上にずら~っと並べたそうです。

『ツォンパントリ』とは、アステカ語でドクロの壁という意味なのだとか。
そのままじゃん!(><)

あまり想像すると恐ろしくなって、夜に思い出してトイレへ行けなくなっては困るので、ここで思
考はストップ。(笑)
だって、私が泊まったホテルはこの場所から600m ほどしか離れていないのですから、丑三つ時に 一人っきりの部屋に生首の亡霊(?)達がやって来たら怖いじゃないですか!!


「どうして こんな風にドクロの絵が描かれてると思いますか?」
う~ん、どうしてだろう? 正直、趣味悪いよね~。(^^;
第一、生贄志願者が多くて競うほどだったこと自体、マヤ人の感覚が分からないもの!

「例えば、他の民族がここに攻めて来た時、これを見てどう思いますかね~。」

「こんな無気味な民族をわざわざ相手にしようとは思わないでしょう。」
なるほど、そういうことなら分かる気がする。。。
だけど、ここに生首を並べる感覚はやっぱり分からない。(><)


ここで、岡さんは一枚の写真を広げました。それは、やはり頭蓋骨の写真。
しかも、頭の形が大きく変形されて、E.T.に似たいびつで異様に大きな頭蓋骨。

「人とは異なること、それをマヤ人は"選ばれた者"と考えたのです。」
それで幼い赤ん坊の頃から頭の形を歪め、人とは違う姿に変えたようです。

「皆さん、宇宙人をイメージした時、どんな姿を想像しますか?」

「背が低く、、、こんな風に異常に大きな頭をした姿を思い浮かべませんか?」
それってE.T.の影響じゃぁ~?と思いつつ、私は黙って聞いていました。

「マヤ人は文明が滅んだと同時にいなくなった訳ではなく、ただ文明を放棄しただけ。
今もマヤ人の子孫はこの地に生きています。

皆さんも民族衣装を着たマヤの人達を見かけると思いますが、
どうです?背が低くて、ちょっと太った感じの人が多いでしょう。」
うん、うん、確かに! どの人も同じような背格好をしてる!!

「謎の多い文明であり、高度な天文学、そして 背が低い上に こんな歪められた頭蓋骨が発見されたことで、マヤ人は宇宙人ではなかったのか?という説に拍車をかけたんですよ。」

「今では随分と謎も解明され、マヤ人が宇宙人ではない事が明らかになってきました。(笑)」


こうやって岡さんの説明を受けているうちに、
最初は訳の分からない変な民族だな~と思っていたマヤ人に対して、
段々と「もしかして、マヤ人って実はすごくピュアだったんじゃないかな?」って思うようになりました。

もしかして、単純ですごく可愛い人達かもしれない。(^^)

* * *


嫌だ!とか、分からない!とか言いつつも、

皆さんからの生贄に対するコメントを読んだり、返事を書いたりしているうちに、
段々と 私の中でマヤ人の感覚が少し理解できるような気がしてきました。

彼らだって、頭では自分の心臓を神に捧げることが尊いことだと思っていても、やはり怖さはあったのです。
実はものすご~く怖いんです。
怖い、、、けれど、それこそが興奮を呼ぶんですよね~。

その興奮が頂点に達した時、その怖ささえも優越感や達成感に似た感覚に変わり、
選ばれし者としての誇りに繋がっていったんだと、私は思いました。

もしかして、、、私の前世はマヤ人だったのかも?
何故か"選ばれし者"って言葉に弱いし~。(笑)



手塚治虫先生の漫画の中で、ずばり『生けにえ』という作品があります。(『ザ・クレーター』に収録)

舞台は2000年前のメキシコ。
マヤ帝国全土から選ばれた一人の娘。

彼女は生贄になる寸前、
「あたしは あと10年生きたいのです。
平凡なふつうの人と結婚して子供をつくり しあわせな家庭をもって… それから死にたいのです!」
と神様に願い事をします。

場面は現代の日本に変わり、そこで記憶を失ったその娘はある男性と知り合い、結婚して子供を産みます。
そして10年後、願いが叶った娘は再びマヤの神殿にて首を落とされる、、、という話。

記憶がないはずなのに、"首"や"生けにえ"に異常な反応をしめす彼女。


私がおかしなほど "生贄"に気を取られたのは、まさに彼女と同じく遠い記憶によるものかも(?)しれません。(笑)


こんな残酷で血生臭い彫刻は、10世紀以降に造られた新チチェンの遺跡でのみ見られるもの。
それ以前はここまで酷くなかったのかもしれません。

血を流すことが唯一天国へ行けるという考え方はあったとしても、
それがイコール"死"であったり、"生贄"へとエスカレートしていったのは、随分と時代が経ってからのことでしょう。


前世の私は、その新チチェン時代(ククルカンのピラミッドも新チチェンのものです)に多くの人を生贄とし、最後は自分までもが生贄になってしまったということでしょうか?
ほら、「怖い、怖いも好きのうち!」って言うでしょ?! (あ、それを言うなら「嫌い」ですね。笑)



『生贄』から見えたpicchukoの前世! 
これを機に、前世を占う職業に転身してみるのもいいかしら?(爆)

勝った方が生贄だなんて!?

勝った方が生贄だなんて!?


「いつもは下手なメンバーが、今日に限ってシュートを決めました。
はい、あなたは勝ったチームのキャプテンです!」

「はい、あなたが本日の生贄です。^^」

えっ? 試合に勝った方が生贄だなんて???

普通、逆でしょ?

「古代マヤでは血を流すことが天国へ行ける唯一の方法と考えられていました。」

「生贄になるということは、非常に名誉なことなのです!^^」

うぅ~、それどうなのよ。。。('~`;)

チチェン・イツァ内にある『球戯場』での会話です。


生贄のシーンが壁のレリーフに描かれていましたが、切られた首からは血が噴き出し、そこから蛇(ククルカン)が飛び出しています。(><)。。

勝った方が生贄だなんて!?


「で、その試合ですけど、、、ラケットのようなものでゴムボールをゴールに入れるんですが、どれがゴールか分かりますか?」

みんな一斉に真ん中に穴の開いた丸い円を指さしました。
だって、あれしかないでしょう!

勝った方が生贄だなんて!?


これが長さ146m、幅36mの大球戯場の両サイドに取り付けられているのです。
高さは8mあります。


「今日に限って、仲間がゴールを決めました。 あなたならどうします?」

「もう一度言います、当時、マヤ人にとって生贄になることは名誉なことと信じられていました。 」


え"~!(ー"ー)

もうっ! 今日に限ってゴールなんかしないでよ!!!と、私ならそう思う、、、

しかし、生まれた時からそう教えこまれてきたら、日本の神風特攻隊みたいに我先に~!と進み出れるもの???
いやいや、江田島の海軍兵学校に残された隊員の手紙には、「死にたくない」と書かれたものもあったような記憶が、、、。


神様に捧げるわけですから、勝者の尊い血が選ばれたのだそうですが、、、

うぅ~ん、微妙。。。( ̄~ ̄)
ツアーメンバーのI川さんの奥さんは、「ゴールを入れた仲間を殺す!」なんて、これまた恐ろしい返事をしていましたっけ。(笑)



実際、数年前に現地の人が同じようなルールで7人対7人で試合をしたそうです。

ですが、その時は一点も入らなかったそうです。
それは、生贄を恐れて~ではなく(笑)、あまりにも難易度が高い為。
そりゃそうですよね~、あんな高い処にある小さな穴にラケットでボールを入れるのですから、、、。
しかも、そのゴムボール、直径はおよそ20cmで、重さは5kgほどもあったそうです!


そして、ここは音響効果も素晴らしく、ピラミッドと同じで音が反響するのです。
私達も岡さんの「Hola!」の叫び声で実験をしたのですが、私としては それよりも やはり気になる生贄の儀式。

だって、頭部は切断されて、生きたままの心臓を捧げるんですよ~!

しかも、マヤには鉄の道具がなかったのですよ~!!

石器で身体をえぐられるなんて、想像しただけでもたまらない!(><)。。。

まだギロチン台の方がましかも???って思ってしまうのは私だけ?


命の源である太陽が昇るためには人間の血が必要だと言われても、
神様と一体化すると言われても、

だからって、「では『生贄』でお願いします!」ってことにはならないでしょう、普通?(苦笑)



「最近、遺跡とミュージシャンのコラボレーションがよく行われるようになって、今年(2010年)4月にはエルトン・ジョンがここでコンサートをしたんですよ。」

で、マヤといえば2012年の地球滅亡説。
「2012年に誰を呼ぶかというのが話題になってるんですが、
マイケル・ジャクソンが生きていれば、彼をという声が多かったんですけどね~、

どうやらポール・マッカートニーに打診しているようです。^^」


ポール・マッカートニーですって~? そんなもの(失礼!)より生贄でしょ!生贄っ!!

そのショックが大き過ぎて、、、


もうっ! 今日に限ってゴールなんかしないでよぉ~!!!(><)!

私は い・や・だぁ~!!!!!

すっかり勝者のキャプテンになりきって、自分が生贄に捧げられる気分でありました。(笑)

第1号☆

ブログを始めたきっかけの一つは、私の旅を言葉で残そうと思ったから。

ですが、違う方法もあるんだな~と、自分を表現する方法は色んな形の方が楽しいな~と思い始めました。^^


大学入試で失敗して以来、怖くて20年もまともに絵筆を握ったことのない私ではありますが、
皆さんに触発されて、これからは少しづつ絵の練習をしていくつもりです。


まずは下手くそな第1号を堂々と!!アップしましょう。(笑)
 
記念となる第1号ですから、『ククルカンのピラミッド』を描いてみました。

形をとって色塗りをしていたら、途中から面倒くさくなっちゃって、20分ばかり遊んで描いた かなり適当な絵ですがお許しくださいませ。
(飽き性がこんなところにまで…。(^^;)

これを少しづつデザイン化していき、私の中にある『チチェン・イツァ』の世界に近づけていこうと、頭の中で色や形を膨らませている段階です。

もともと、そのあるべき姿のままを描き写すのが苦手でして、デッサンもくそもあったものじゃないけれど(^^;)、まずは「描く」ことが大切ですよね~、と自分に言いわけ。


*

一昨日、高松の県庁へ私が担当している介護職員処遇改善交付金の申請に行った帰りに、道中にある画材屋さんへちょこっとだけ立ち寄りました。
(苑長! ちょっぴり道草してごめんなさい!!(><))

最近は面白いほどに色んな種類の画材があるのですね~。
びっくりしながらも、それを自分ならどう使うのか想像するのが楽しくて、つい見入ってしまいました。

私は今回、水彩色鉛筆を買ってみました。
これを使いこなせばこれまでにない表現ができそう!
今日は色鉛筆で塗ったところを軽く水で滲ませた程度で終わってしまいましたが、これからはもっと冒険してみようと思います。

第1号


* * *

そして、もうひとつ。

今年に入って、その生き方も作品もお人柄も、全てが私の憧れであるCさんから一眼レフを戴きました。

その方が大切にしてきたカメラを手にした時、改めて感謝の思いと、
彼女の思いを受け継ぎ、私も新しい世界を広げることがカメラにとっても嬉しいことなのだと、

彼女への感謝のしるしなのだと感じました。


実は私、写真には以前から興味があって、見ることは人一倍大好きでした。
ですから、内心では 機会さえあれば私もやりたい! そう思っていたのです。^^

ただ、自分には才能がない、、、それが心にブレーキをかけていました。
ブログの写真は全て携帯で撮ったものですし(笑)、
デジカメの写真も勢いがなく、構図も悪く、ありきたりなものばかり。

ですが、この縁は決して偶然ではなく、仕組まれた縁なのだと 勝手に自分で決めました!(笑)


新しい世界、自分を表現する新しい方法、今年は色々と挑戦していきたいと思います!!


*Cさん、心からお礼を申し上げます。 まことにありがとうございました。

ククルカンのピラミッド(El Castillo)

ククルカンのピラミッド(El Castillo)


「え?メキシコにピラミッドってあるの?」
昨年暮れ、何人もの同僚にそう言われました。

あら? 中南米のピラミッドって、遺跡好きじゃない人にはあまり知られていないのかしら?

マヤとアステカのピラミッドを知らない方が私には不思議でしたけど、確かにピラミッド=エジプトってイメージが強すぎますね。。。

そんな方にこそ、マヤ人の叡智そのものであるチチェン・イツァのククルカンのピラミッド(エルカスティージョ)を是非見て戴きたいと思います!

世界中のピラミッドのうち、私が実際に訪れたのは今回のチチェン・イツァが初めてなのですが、
色々な写真を見てもククルカンのピラミッドが一番美しいな~って思います。(*^^*)


但し、大きさだけでいうと、エジプトのクフ王のピラミッドが高さ168mに対し こちらは30m、
規模は8分の1(確か、岡さんはそう仰っていたような?)に過ぎないのだとか、、、。

* * *

ククルカン。

当時のマヤ語では「クムクムカン」だったそうです。…[ウォータースポーツカンクンの店長・吉田さんメモ]
それは豊穣の神、羽の生えた大蛇を意味します。

チチェン・イツァのピラミッドの北側階段の最も下に、そのククルカンの頭部の彫刻があります。

ククルカンのピラミッド(El Castillo)

そう!
ここに、年に2回、春分と秋分の日の夕方、豊穣の神・大蛇ククルカンが天から舞い降りてくる!!

太陽が西に傾いてくると、北側の階段に光と影のコントラストができ、
そして、大蛇の頭にうねる胴体が合体して、ククルカンの降臨となるわけです!!!

太陽の傾きによって変化する影は、まるで大蛇が動いているかのように見えるそうです☆

このピラミッド、もしも4つの面が正確に東西南北を向いていたなら、階段は真西から光を浴びるので影はできず、この現象は起こらないのだとか。
ところが、それを17度傾けることで台座に影ができるという、太陽の動きを熟知していなければ 到底できえなかった魔法(?)です。^^

ホント、凄いですよね~。
完成してから、あっ!1度違ってた!!(ToT) では、もう取り返しようがありませんもの。
偶然ならば、もっとビックリだけど☆(^m^)

ちなみに、秋分の日は雨季にあたるので、3月21日の春分の日の方が見られる確率が高いようです。


また、このピラミッドは暦のピラミッドとしても知られていますが、
私ったら、本当に一辺が91段だったのかどうか数えてくるのを忘れました~。(T_T)

一辺が91段、4面で91×4=364。 これに最上段にある神殿への一段を加えて365段。
また1面が9段の階層からなり、各面は中央の階段によって分断されているので、9×2=18。
これが、マヤ暦の1年の月数、18ヶ月となっているそうです。…[(同)吉田さんメモ]

誰? こんな凄いものを設計したのは!!!

この内部にはもう一つピラミッドが内蔵しているとかで、どこもかしこも不思議でいっぱい!
それでもって、この完璧な形、美しさですからね~。
マヤ人は宇宙人???っていう説を、私はほんの少しだけ 今も信じております。(笑)

*

そして何より楽しいのは、このククルカン、鳴くんですよ~。

もう随分と有名になってしまいましたが、正面に立って手を叩くと うまくこだまして、キュ~ンキュ~ンって鳴くんです。

この場所では多くの団体さんが揃って手を叩いておりましたが、
はい、私達も同じく何度も何度も手を叩いてまいりました。^^


「いいですか? じゃぁ、もう一度 5回叩きますよ~。」と岡さん。

なのに私ったら「え? 三三七拍子ですか?」って思わず答えてしまいました。

というのも、その少し前、「もう日本では新年なんですよね~。」って話をしていたから。
「じゃぁ、チチェン・イツァが初詣ってことになりますね。^^」
なんて言っていたら、
おめでたい=三三七拍子、、、って、ついそんなことを思いついてしまったわけです。(笑)

ですが、本当はおめでたい席で叩くのは三本締めなんですよね。(^^;
口では三三七拍子と言いつつ、皆さん ちゃんと三本締めをしてくれました。

ここで、世界遺産・チチェン・イツァのピラミッドを前に、日本時間 2011年初、私達7人の三本締めが大きくこだまします。^^

私の変な言い出しに応えてくれた皆さん、本当に優しい方達でした。^^
もちろん、そんな叩き方をしている人は他に誰もいないわけでして、
自己満足ではありますが、ククルカンと誰よりも仲良くなれた気分でほくそ笑んでおります。(笑)


では、最後にピラミッドの東側の側面をお見せしましょう。

ククルカンのピラミッド(El Castillo)

実は、ピラミッドの半分、東側と南側は修復がなされていないのです。
その理由は、半分をオリジナルとして残すことで、修復後とオリジナルとの比較ができるように配慮したためだそうです。…[(同)吉田さんメモ]

あまり後世の人の手が加わっていない方が好きな私には、その心遣いが嬉しかったです。

そして、足元には まだまだ発掘最中の遺跡がゴロゴロと! 
実は地下にももう一つピラミッドが??? な~んてことが発見されても、私はビックリしませんよ~。(笑)

そのくらい、色んな謎と浪漫で溢れているククルカンのピラミッド。
いつの日か、この場所で宇宙人と交信してみた~い、そう思ったpicchukoなのでありました。(爆)


* * * * * * *



前述の問題の答えは、3.イグアナ君でした。
チチェン・イツァでは2匹しか見なかったのですが、トルゥム遺跡では気が付けば足元に~!
意外と普通にいる生き物なのですね、イグアナって。

ククルカンのピラミッド(El Castillo)


ちなみに、ユカタン半島の先の部分しか行かなかった私は、誰もが思い浮かべるサボテンの国・メキシコの姿には一度も出会えませんでした。。。

マヤに魅せられて・・・。

今日の天気が晴れだったのか雨だったのか、そんなことも知らずに一日を終えようとしています。
お腹が痛くて、自分の部屋から出られなかったからです。(><)

弾丸ではるばる渡ったメキシコでも、元日の私の健康は最悪でした。
もう倒れるかと思ったくらいフラフラで、美しいカリブ海に目を見張ったのもつかの間、
できることなら救急車~~~!と叫び声を張り上げたいくらい苦しかったです。

たぶん、12月中旬にひいた大風邪が、今もきちんと治っていないからでしょうね~。
私ってこんなに体力がなかったっけ?と、今も少しだけ痛むお腹を擦りながら これを書いています。

*

突然ですが! すでに来年の年越し先を心の中で決めました!

そこは、やはり古代マヤの浪漫漂うジャングルなのですが(笑)、チチェン・イツァよりももっともっと辺鄙なところです。
この度のあらゆる失敗は、すべて次の旅行に活かせるものであるように、もしかしたら神様が与えてくださった大きなプレゼントかもしれません。^^

というのも、そこはマヤ遺跡の中で私が最も興味ある場所で、
ですが、あまりにも不便な場所にあり、到底一人では行けそうもないので 仕方なく諦めようと思っていました。

けれどけれど、今回 チチェン・イツァとエクバラム遺跡のパワーに触れたことで、訪ねてみよう!という気持ちが完全に固まりました。^^

ホント、マヤパワーは凄い!!!

次回も現地ツアーに参加しようと思うのですが、色々探してみても、どうやら英語ガイドしかない様子。
これは真剣に英語の勉強をしなさいと、今年 私に与えられた大きな宿題となりそうです。
あと、体力作りも大きな課題の一つですねぇ。(^^;
あ~、本当にお腹が痛い!(><)

こんな最悪な一年のスタートですが、以前も元日から体調を崩した年がありました。
それが、スイスで年越しをした2007年。
ですが、その年に出会ったのが私の愛するザルツブルクです☆

もしかすると、これはいい年になるという前兆ではないかしら~?
そうだとすれば、すごくすごく楽しみです♪(*^^*)

* * * * * * *

さて、まえがきが大変長くなりましたが、ほんの少しメキシコ旅行記を進めておきたいと思います。

僅か3泊のメキシコ滞在で、リゾート地・カンクンのホテルゾーンで宿泊したのが最後の一泊。

最初の二泊は、チチェン・イツァに隣接する『Villas Arquelogicas (ヴィラ・アルケオロジカ)』でお世話になりました。

チチェン・イツァ遺跡のすぐ傍のホテルがいい~!との私の我が儘に、
遺跡入口まで徒歩5分、しかも手頃なお値段のホテルを旅行会社のMさんが選んでくださったのです。^^

たぶん、☆の数ならカンクンで滞在したホテルの方が上だったと思うのですが、
個人的には、落ち着いた雰囲気の、しかもリゾート気分も味わえるヴィラ・アルケオロジカの方が断然お気に入りとなりました。

照明は暗いのですが、独特のエキゾチックさがあるんですよ。

まずはチェックインとともにウェルカムドリンクを戴き、その雰囲気に大満足の私は、
先のタクシー事件のことなど、すっかり笑い話となっておりました。^^

レセプションのお兄さん、
「朝食がいるのなら、今ここで先に聞いておくけど~。」

確か、ビュッフェ式で200ペソ(1600円くらい?)って言っていたように思います。

「いいえ、結構です!」
例え笑い話になったといえども、350ドルが大変痛かった私は、後はできるだけ倹約しようと心に誓ったのでありました。(笑)


マヤに魅せられて


早朝、綺麗な鳥の鳴き声で目を覚ましました。
う~ん! 今日のお天気は良さそうだ!


マヤに魅せられて

マヤに魅せられて



少し早目に支度をし、チチェン・イツァ遺跡近辺を散策することにしました。               


マヤに魅せられて


う~ん! 気持ちいい~。
やっぱりチチェン・イツァで朝を迎えられて良かったな~。^^
(代償は大きかったけれど。(T_T))


近くのカフェにて 珈琲とマフィンで軽く朝食を済ませ、
私を迎えに来るウォータースポーツカンクンさんの車を待ちました。

「picchukoさんですね。」
爽やかな岡さんの姿に緊張の糸も解け、さぁ~、これから遺跡へと向かいます!

「こんにちは~。宜しくお願いしま~す!^^」
車にはすでに5人の参加者が、、、
そのうちの一組、北海道は帯広から来られたという可愛い新婚さんと一瞬にしてお友達になりました。(*^^*)


さて、ここで問題です!(笑)

チチェン・イツァ遺跡に到着したばかりの私達を出迎えてくれたものは、次の3つのうち どれでしょうか?^^

1. メキシコといえば、やっぱり大きなサボテンでしょう!

2. いえいえ、メキシコといえば、やっぱり脱走したワニ!(笑) クロコダイルでしょう!

3. い~や、メキシコですから、お出迎えにはやっぱりイグアナ君でしょう!

picchukoのバカ☆

カンクンに降り立ったのが、現地時間の12月30日 午後4時半過ぎのこと。

思いの外 入国審査に時間が掛かり、空港を出る頃にはすでに薄暗くなっていました。

その日は天候もあまり良くなく、ぽろりと今にも降ってきそうな重い空。

灰色の雲を見上げながら、   
さて、ここからチチェン・イツァに隣接したホテルまでをどうするか、、、。


picchukoのバカ

あらかじめ、ウォータースポーツカンクンの吉田さんから、

「30日に到着後、そのまま移動されるのですね。恐らく、これだとタクシーしかないですね。

ホテルゾーンまでコレクティーボという乗り合いのバスで出て、もし、そこにチチェンイッツア行きのバスがあれば乗る
(恐らくないです。遺跡行きは午前中だけなので、あるとすれば下路を行く公共バスです。これだとチチェンまで5時間くらいかかります)」

と、覚悟の入りそうなお言葉を戴いておりましたが、
まだ明るいうちの到着なら、下路で行くバスに乗ってもいいかな~と思っていたのに!
悲しいかな、悔しいかな、飛行機は2時間も遅れて到着です!!!(><)

ホントにもうっ!o(T□T)o


先に記したように、行程を考え始めたのが出発の3日前。(笑)
頭では、空港からチチェン・イツァまで随分 距離があると分かっていても、行けばなんとかなるだろう、、、そう軽く思っておりました。
それに、一本道だし?

これまで行きあたりばったりの旅ばかりしてきたせいで、
しかも、なんとか交通手段のある場所ばかり旅してきたせいで、
旅の基本中の基本である、目的地への移動について全く考えておりませんでした。

私って、ホント 大バカ!!!!!(T^T)

残された唯一の選択は、すでにタクシーしかありません。

空港内のタクシーチケット売り場へ向かいました。

こちらのタクシーは乗車前に値段交渉をするのが常なのですが、
空港からは目的地別にすでに金額が定められており、窓口のお姉さんは一枚の表を私に見せました。

「チチェン・イツァねぇ~。 ペソで支払うなら、3300ペソね。^^」
お姉さんは笑顔でそう言うけれど、その値段が一体どれほどのものなのか、あなたは本当にご存知か?(><)

目眩を感じながら、私はカウンターに凭れかかりました。
「ねぇ、少しは安くならないの?」と上目遣い。。。

お姉さんだって、すでに私に残された手段はタクシーだけだと十分に分かっています。
ニッコリ笑って、「はい、3300ペソね。^^ 米ドルで支払うのなら~、はい! 350ドルね♪」

今さらカンクンのホテルを探すわけにもいかないし…、野宿する勇気もないし…。
あぁ~、無情。。。(T_T)


まだ旅はスタートしたばかり、現金は持っておいた方が良いだろうと、ビザで支払うことにしましたが、

あぁ~、350ドル。 日本円に換算するのは恐ろしいから、今はまだ考えない、考えない!(><)


続いて、タクシー乗り場です。
すでに無線で「チチェン・イツァ行きの変な客が来るよ~。」との連絡済み。

何人ものドライバーが私を囲みます。
「君だね、チチェン・イツァへ行くっていうのは!」

乗車するものの、なかなか出発する気配がありません。
それもそのはず。
仲間内で誰がこの無謀な行動の犠牲者になるのか、たぶん みんなで押し付け合っていたに違いありません。


やっと発車したタクシーの中。
「チチェン・イツァだよ! チチェン・イツァ!! がはははは。」
「がはは。 チチェン・イツァだって? チチェン・イッツァ~! がはははははは。」
「そうなんだよ、チチェン・イツァだよ! チチェン・イツァ!! がはははは。」
大声で無線を通してドライバーのやり取りが永遠と続きます。
しかも、「チチェン・イツァ!」と笑い声の繰り返し。

ふん、私が悪かったわよ!
あまりにもバカにした笑い声に、350ドルも支払わされた私は、さすがにムッと気分を害しました。
というのも、まだ本当にバカな私は、カンクンからチチェン・イツァまでの単調で長~い道のりを全くもって分かっていなかったからです。


ジャングルに伸びた一本道が永遠に続きます。
まったく変わらない景色。 車窓からの景色はただただ生い茂る深緑のみ。

その道を時速150キロで飛ばします。
単調でまっすぐな道だから、そのスピードはさほど身体に感じません。

ですが、飛ばしても、飛ばしても続く道。
チチェン・イツァまでは 250km ほどあるでしょうか。

あまりにも長く続く道に、やっと私は彼の帰り道を考える余裕が出てきました。
このドライバーさん、またこの道をカンクンまで引き返さなきゃならないんだ☆
往復500km!! しかも夜!!! うぁ~、めっちゃ可哀想!!!!!(><)

1時間半ほど経った頃、彼だって愚痴を言いたくなるのも分かります。
それでも、優しい彼は笑いながら言いました。
「がはは。チチェン・イツァだって! 君ってかなりクレイジーだねぇ。」
(はい、クレイジーは今に始まったことではありません。^^;)

すでに彼を憐れむ気持ちを抱いていた私は、心の底から謝りました。
「ごめんね~、ごめんね~。私が考えなしだったから、あなたにすごく迷惑をかけたわね~。」

「ホントだよ~。君を降ろして、僕はまたこの道を戻るんだよ~!(><)」

ごめんね~。 お~よしよし、ホントごめんね~。


今 思い出しても、あのタクシーの運転手さんには本当に悪いことしたな~と反省しきり。
彼、ちゃんと無事に帰れたかな~。
ごめんね、私の突拍子もない計画につき合わせてしまって…。

そして、後からやってくる350ドルの請求に、トホホ~の私です。


picchukoのバカ

追伸 :
先日、ウォータースポーツカンクンさんへお礼のメールを送ってみたら、昨日 店長の吉田さんからご丁寧なお返事が届きました。
お忙しい中、まことにありがとうございました。^^

カンクンを旅される方は是非!

カンクンを旅される方は是非

カンクンといえば、メキシコでも指折りのリゾート地。
青い空と、それに負けない真っ青な海。

なんてったって本物のカリブ海ですからね~。(*^^*)

一人旅の私には、到底リゾートは無縁なものと はなから下調べをしなかったのですが、
これは十分に計画を練って、カンクン滞在の無限の楽しみ方を知っておくべきだったと、ものすご~く後悔しております。

チチェン・イツァ遺跡観光の通過点としてだけでは、あまりにも魅力満載すぎる場所です!

*

まず最初にいいわけとして、
今回、最後の最後まで このメキシコ旅行が実現するかどうか自分でも判断しかねておりました。

8月に心臓病の手術をした母、9月末から2ヶ月間 骨盤骨折の為に入院していた父。

そして、出発間近になって大風邪をひいた私。
その上 私は右足親指の爪先が化膿して、出発前日まで満足に靴さえ履けない状態でした。

ですから、早くから購入していたガイドブックでさえ、なかなか開く気分になれなかったのです。
航空券とホテルさえ手配していれば後はどうにでもなる、その程度に思っていました。

*

「またぁ~、開放感のある場所なら別にメキシコじゃなくったって グアムでもいいんじゃないの?」
12月25日、行きつけの美容師のお兄さんにそう言われました。

「ホントねぇ。 でも、私はピラミッドが見たいから~。^^」

その時、パチンと指をならしてお兄さん、「あっ、それ2日前のTVでやってたよ!」

肝心の髪のケアよりもメキシコ話題で話が弾み(笑)、この時になって 私もやっとメキシコ気分になってきました。

帰宅後、慌ててPCの前に座り、マヤ文明について検索。
そこで、まだ発見されて新しい、保存状態も非常に良いピラミッドの存在を見つけました。
チチェン・イツァのピラミッドよりも高く、しかも頂上まで登れるというではありませんか!
(現在、チチェン・イツァをはじめとするマヤの多くのピラミッドは、登ることが禁じられております。)
チチェン・イツァからもそう遠くない場所にある、それも嬉しいニュースでした。

それは、エクバラム遺跡。

ところが、手持ちのガイドブックにはまだ名前すら載ってなく、あらゆるサイトを調べても その場所を示す地図も行き方さえも見つけることができませんでした。

ですが、諦めきれない、、、。

そんな時、

『【カンクン年末年始別キャンペーン!! 1/30/11まで】
現代に生きるマヤのパワースポットで運気をアップする 
チチェンイッツァ遺跡+エクバラム遺跡日本語ツアー 通常$249USがなんと今なら$168USD!』

を発見☆

思わず 飛びついてしまいました。(笑)

Watersports@Cancun(ウォータースポーツカンクン)さんに早速メールを送ります。
時差があるにも関わらず、すぐに店長の吉田さんからお返事が届きました。
「31日は空きはございますので、ご安心ください。」

もう飛びあがるほど嬉しかったですね~。^^

その後も具体的なスケジュールとともに、持っておくと便利なもの、カンクン滞在のアドバイス、
そして店長・吉田さん力作のガイドブック「チチェンイッツア遺跡を10倍楽しむ方法」まで、
至れり尽くせりのツアー会社さんでした。

そこで、つい甘え心が出てきた私は、空港からチチェン・イツァまでの行き方についても聞いてみました。
午後の便でカンクン到着後にバスはあるのか、タクシーは安全か、その点が最も不安だったから。
それに対しても具体的なお返事をくださり、しかもマイナス15時間の時差を感じさせない対応の速さに驚くばかり。

すっかり安心しきった私は、気持ち良くメキシコへ向けて旅立つことができたのです。^^


当日朝、ホテル前で待っていた私に一台のワゴンが近づき、爽やかに声を掛けてくださったのがスタッフの岡さん。
その岡さんの親しみやすい笑顔のおかげで すっかり緊張感がほぐれた私は、いつになく等身大でのびのびと観光を楽しむことができました。

私がメキシコ好きになったのは、もしかすると岡さんの笑顔が鍵となったのかもしれません。^^

今後の旅日記で記していこうと思いますが、その岡さんの肩の凝らない自然体のサービスと、それでも細やかな気配り目配りをされる姿は、プライベートなツアーを望む方にはまさに理想的だと感じました。

店長さんが素晴らしいと、集まってくるスタッフの皆さんも素晴らしいんですね。^^
改めまして、吉田さん、岡さん、ありがとうございました。
次回は吉田さんにもお会いしてみたいです!


カンクンへの旅行を計画される方には、私も自信を持ってお勧めします☆
是非、Watersports@Cancunさんの扉を叩いてみてください。
ツアー嫌いな私をも虜にしてしまった、本当に素晴らしいツアー会社さんだと思います。

マリンスポーツやジャングルツアーなど盛り沢山、私もまたお世話になりたいな~。(*^^*)


<ご紹介>

Watersports@Cancun(ウォータースポーツカンクン)さん

・http://www.watersportscancun.com/index.html

・ダイヤル : (998)-898-2667
(営業時間 メール24時間受付 電話8時~19時 定休日 なし)

・日本語24時間直通携帯 : (0449981)61-17-39
(公衆電話からでもこのままダイヤルすればつながります!)

・e-mail : info@watersportscancun.com 


カンクンを旅される方は是非

私、大のチチェン・イツァ 好きなんです♪^^

「すんごくチチェン・イツァ 好きな方かと思ってました。」

メキシコにおける12月31日のこと、
参加した現地ツアー(Watersports@Cancunさん)スタッフの岡さんにそう言われました。

というのも、カンクンを基点に日帰りでチチェン・イツァを観光する方が多い中、
私はすでに前夜から遺跡に隣接するホテルに滞在し、その他の観光を終えた後も 再びチチェン・イツァに戻るという、ちょっと変わったプランの立て方だったからです。

その時は、「別にそこまで好きってわけでは~」なんて答えたように思います。

ですが、今振り返って言えること!
「はい。 私、実はすんごくチチェン・イツァ 好きなんです!」(笑)
              
*

まず、チチェン・イツァのピラミッド(エルカスティージョ)を見た第一印象は、
「あら~、 思ってたよりも随分と小さいのね~」でした。

それこそ、ペルーのマチュピチュやカンボジアのアンコールワットなどと比べると、少々インパクトに欠けるのではないかしら。
その姿を現した瞬間など、マチュピチュやアンコールワットは正に息を呑むという感じなのに対し、
チチェン・イツァは「ふ~ん、これか!」というその程度。
(あくまで私の印象です。)

ところが、知らぬ間にじわじわと実力を発揮してくるのがチチェン・イツァの凄いところなのです。^^

先に記したマチュピチュなどは、
確かに大きくもあり、圧倒的な迫力があり、立ちこめた独特の空気が執拗なほど肌に纏わりついてくるのが魅力的ではありますが、、、
それらはすでに遥か遠い昔の浪漫であり、過去の栄光の抜け殻とも言えましょうか。

では、チチェン・イツァはと申しますと、
こちらは今も大いなるパワーを発信し続けており、それがビシバシと足元から頭上から強く感じられる場所なのです!!!

帰国した今でも、お腹の底からエネルギーがみなぎってくる、
きっと私、すでに誰よりもチチェン・イツァ 好きなのかもしれません。


私、大のチチェン・イツァ 好きなんです


* * * * * * *


昨年のモスクワ旅行で、私の旅はまた一区切りがついたな、ある意味 集大成の旅だったな、
そう感じました。

これまでの私の旅のテーマは 大きく3つに分類されます。

・第1期 (1999年9月~2000年)
 「とにかく世界へ出て行こう!」
 訪問先 : 台北、パリ、カンボジア、モンゴル、北京

・第2期 (2001年~2002年)
 「とにかく自分の足で世界を歩こう!」
 訪問先 : ニュージーランド、クックアイランド、オーストラリア、ペルー

・第3期 (2003年~2010年5月)
 「自分の五感を信じて、世界の文化に触れに行こう!」
 訪問先 : ニューヨーク、ウィーン、韓国、オランダ、ベルギー、タイ、イタリア、バチカン市国、
      スイス、リヒテンシュタイン公国、ザルツブルク、アウグスブルク、ブダぺスト、モスクワ


そして今回、新たな旅のスタート地点に立ったような気がします。

テーマは、「魂が喜ぶ旅に出よう!」(笑)

その通り、どんなに短い時間であっても、メキシコでは大きな深呼吸をして、のびのびと過ごすことができた休日でした。

思えば、欧州を中心としてきた旅においては、少し背伸びして気取っていたのかな、私。^^
ちょっとでもお澄まししたレディを装おうと、無理に努力していたようにも思えます。


◆12月29日(水)

19:20 高松空港発

20:30 羽田空港着


◆12月30日(木)

13:00 成田空港発

9:15 ダラス/フォートワース空港着

13:45 ダラス発(2時間遅れ)

16:30 カンクン着

17:00~19:00 移動

19:00 ホテル着


◆12月31日(金)

7:30~9:30 チチェン・イツァ(ホテル)周辺散策

9:50~17:00 Watersports@Cancunさん「チチェン+エクバラム遺跡ツアー」
 ・10:20~12:20 チチェン・イツァ遺跡見学
 ・13:00~13:45 セノーテ
 ・14:00~15:00 地元の人達に人気のレストランにて昼食(TEMOSON)
 ・15:30~16:45 エクバラム遺跡見学

17:00~18:20 移動

19:00~19:45 チチェン・イツァ ナイトショー

20:00~21:30 ホテルのプールサイドにて夕食


◆1月1日(祝)

7:00~8:00 チチェン・イツァ(ホテル)周辺散策

8:00~9:00 チチェン・イツァ遺跡見学 再び!

9:20~11:30 移動

11:30~13:30 トゥルム遺跡見学

13:45~15:10 移動

15:10 カンクン・ホテル着

15:30~17:20 カリブ海に面した部屋で、波の音を聞きながらゴロゴロ昼寝(笑)

17:30~18:30 ショッピング


◆1月2日(日)

3:30 ホテルチェックアウト

6:00 カンクン発

10:15 ダラス発成田空港へ


無駄な移動など 時間にロスの多い反省すべき点も多かった今回の旅行ですが、
宜しければ、これから しばらくメキシコ旅行記にお付き合いくださいませ。^^

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