I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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また逢えますように。

ハルシュタット滞在は僅か3時間。


また逢えますように


食事をして、ぶらり街を散策して、

また逢えますように

2つの教会をゆっくり見て回り、、、

また逢えますように

カトリックの多いオーストリアにしては珍しく、ハルシュタットにはカトリックとプロテスタントの教会がすぐ近くにあります。

尖塔を持つ方がプロテスタントの教会です。

また逢えますように

そして、三角形のマルクト広場でちょっとだけお買い物。

また逢えますように

たったそれだけの時間なのに、すごく愛おしく感じるのは、ハルシュタットの魔法かな?


また逢えますように


お馴染みの景色は、変わらずとても美しかったです。


ザルツブルク旧市街もまだまだ見どころが沢山で、どれもこれもと欲張りたい中、
あえてハルシュタットを選んだのは、やっぱりこの景色を見せたかったから。

小雨で体が冷えてしまったので、帰りの船が来るまで少し辛いところもありましたが、
そんな時は暖房の入ったプロテスタントの教会で体を温めました。

霧は晴れることなく、ますます立ち込めてゆきます。


10月上旬のザルツブルクとハルシュタットは、しっとりとした演出で秋の深まりと冬の足音を感じさせてくれました。

* * *


一人旅が殆どの私が、旅慣れぬ母と姉を初めての欧州へ案内するということで、
今回はいつもとは違う緊張感がありました。

それでも、誰かと一緒にいるという安心感を感じることもできました。

ザルツブルクは温かく私達を出迎えてくれましたし、私達もこれまで以上にザルツブルクに親しみを感じ、優しい気持ちになれたように思います。


次はいつ逢えるかしら?

私だけでなく、どうやら母も姉もザルツブルク再訪を望んでいるようです。



これにて、母と姉とのザルツブルク旅行記を終わります。
お付き合い下さいまして、まことに有難うございました。^^


* * * * * * *


◆10月6日(木)

15:00 フランクフルト着
    強風の為、2時間遅れでフランクフルトを離陸

20:30 ザルツブルク着

21:00 ホテル・モーツァルト チェックイン

21:20~22:00 ミラベル庭園を散策


◆10月7日(金)

5:30 起床

5:50~7:00 新市街散策(一人)

8:30 ホテル出発

9:00~9:40 『聖セバスティアン教会(モーツァルトのパパのお墓)』

10:00~11:30 『大聖堂』・『大聖堂博物館』

11:30~12:30 『カフェ・デーメル』にて軽くランチ

12:30~14:00 『ホーエンザルツブルク城塞』

14:00 『聖ペーター教会』・・・映画「サウンド・オブ・ミュージック」撮影場所

14:30 『ノンベルク尼僧院』・・・同上(マリアがいた修道院) 

14:50 『レジデンツ広場』でIgor Zindovicさんの絵を買う

15:00~15:45 『カフェ・トマッセリ』

15:45~16:30 『ゲトライデガッセ』でウィンドウショッピング

16:30~17:00 『カフェ・モーツァルト』・・・ザルツブルガーノッケルンを食す

17:00~17:30 『モーツァルトの生家』

18:00~19:00 ホテルにて休憩

20:00~22:00 『ミラベル宮殿』にてコンサート

22:30 ホテル着


◆10月8日(土)

8:30 ホテル出発

9:10 ザルツブルク発

11:30 ハルシュタット着

12:00~13:00 『ヘリテージホテル』にて昼食(スープ&マスのムニエル)

13:00~14:30 ハルシュタットを散策

15:00 ハルシュタット発

17:30 ザルツブルク着

18:00 ホテルのレセプションのお兄さんと記念写真(笑)

18:30~19:30 ショッピング

19:30~20:10 『カフェ・ザッハー』・・・トルテ戦争第5戦☆

20:30 ホテル着


◆10月9日(日)

7:00 ホテル チェックアウト

9:55 ザルツブルク発

13:55 フランクフルト発


また逢えますように

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ハルシュタットで食べた魚料理は最高でした♪

ハルシュタットで食べた魚料理は最高でした

ハルシュタットの鉄道駅と街との間には、深い翠の澄んだ湖が広がっています。

この日は低く雲がたなびき、いつになく神秘的な面持ちで私達を出迎えてくれました。


観光客は列車から降りると その足で船着き場へと向かい、列車の到着時刻に合わせて待っている船へと乗り込みます。

ハルシュタットの写真には必ず登場するといってもいいほど象徴的存在の尖塔を持つ教会が、対岸に小さく姿を現わしました。

それは、誰しもが「あ~、ハルシュタットに来たんだな~」と思う瞬間です。

同じ船に乗り合わせたのは私達3人と、偶然にも前日にホーエンザルツブルク城塞で言葉を交わした年配の女性2人だけ。

私達は冷たい雨を避け、デッキではなく船内の椅子に腰をおろしました。

僅か10分足らずのクルーズ。
少し曇ったガラス越しに、可愛いハルシュタットの街並みがゆっくりゆっくり近付いてくるのを楽しみます。

風もあるのか、水面が大きく揺れていました。
目の前には、大きな波に今にも呑まれそうな、なのに いたって平常心で優雅に泳ぐカモ達が群れをなしていました。
でも、水面下では必死なんでしょうね、きっと。(笑)


教会が大きく見えてきました。 到着です。

すると、ハルシュタットに足を踏み入れるやいなや、ぷ~んと美味しそうな匂いが漂ってきました。
それまでは忘れきっていたのに、いきなりお腹もぐ~って反応。(笑)

「まずはお腹を元気にしますか!」

そこで、その匂いの源である 船着き場すぐ前の ヘリテージホテルのレストランへ直行!

ドアを開けると、くるんとカールした短い後ろ髪が可愛い 背の高いボーイさんが出迎えてくれました。
案内されたのは、湖が見渡せる窓際の席。
小さく映るカモさん達は、懲りずにまだ大きな波と戦っているようです。


「何を食べるかは picchuちゃんにお任せするわ。」
姉も母もメニューを開きもせず、だけど目にはしっかり「美味しいものをお願いね!」と書いてあります。

私は苦手なドイツ語&英語のメニューとにらめっこしながら、ハルシュタットは湖で取れる新鮮な魚が美味しいことを思い出しました。

「じゃぁ、まずは体を暖めるためにスープと、、、この魚料理をお願いします。」

「え? picchu が魚?」と驚きの母。
「なによ、悪い?」 私は口を尖らせて答えました。

「そういえば、picchuちゃんは魚が嫌いじゃなかったっけ?」と姉も意外そうな表情で私の顔を見つめます。
「私だって、たまには魚を食べたくなることあるわよ!」

とは言ったものの、正直 ちょっぴり不安もありました。
苦手な魚だったらどうしよう、、、。

スープを飲みながらも、これから出て来る魚料理が気になって、気になって。
やっぱりお肉の方が良かったかな~。


ハルシュタットで食べた魚料理は最高でした

まずは母と姉に料理が運ばれてきました。
覗くと、お皿からはみ出しそうな大きな魚がまるごと一匹☆

げっ! 切り身じゃないんだ~。(T_T)

なのに、
「君のは小さい魚だったから、特別おまけに一切れつけといたからね。^^」
って、くるんとカールした後ろ髪がやっぱり可愛いボーイさんが、笑顔で運んできてくれました。

え"~! そんなサービス、してくれなくていいのに~!
私はぼそっと日本語で、、、 「おおきに・・・。(T_T)」


ハルシュタットで食べた魚料理は最高でした


ところが!

この魚、マスでしょうか?
淡白で、身もホロッと取れやすく、とにかくすごく美味しいのでありました!!!
まるごと一匹も、おまけの一切れも、あっという間に完食の私。

「美味しい~~~~~。(≧*≦)」

あまりに私が「美味しい」を連呼するものだから、母も姉も顔を見合わせて首を傾げておりました。

お皿を下げに来たボーイさんに、「いや~、これ めちゃくちゃ美味しかったですぅ。」と私。
「そりゃぁ、なんたって新鮮だからね。^^」
うふふ、やっぱり くるんと巻いた後ろ髪がたまらなく可愛い!(笑)

冷え切っていた体も温まったし、なんだか天気まで回復しそうじゃな~い?(^^)

*

「いや~、ハルシュタットの魚料理はホント美味しかったよね~。」
今でも時々、私はあの味を思い出しては繰り返し言っています。

ちなみに、
母と姉は、「美味しかったけど、picchukoが言うほどではないんじゃない~?」とのことですが、、、。(笑)

世界・夢列車に乗って♪

月曜日の夜8時から BS-TBS で放送される番組 『世界・夢列車に乗って』を、母も私も結構楽しみに見ています。

母にとって初めてとなった欧州・ザルツブルクの旅からちょうど一ヶ月経った11月中旬のこと、
偶然にも、「森と湖の郷 オーストリア列車紀行」が放送されていました。


~ 澄んだ空気と緑豊かな森、目の前に次々と現れる湖。
オーストリアアルプスの麓を列車に乗って旅をする。

出発地はザルツブルク。

世界・夢列車に乗って

モーツァルトの音楽のようになめらかに、列車はザルツカンマーグートへと向かう。
自然豊かなこの地方には、ハプスブルク家をはじめとする王侯貴族の館が多く残されている。

そして世界遺産ハルシュタットへ。

雄大な自然と人間の足跡が流麗なハーモニーを奏でるオーストリアの旅を紹介する。 ~


* * *


10月8日の朝、私達はハルシュタットへ向かうため、ザルツブルク中央駅を目指しました。

ザルツブルクから湖岸の街ハルシュタットまでは、私はいつも列車を使います。

世界・夢列車に乗って

ザルツブルク中央駅を出発し、ウィーン行きの特急列車・QBB でおよそ50分走ったら、そこは乗り換え駅 アットナンク・プッハイム。
(初めての時は、この駅名を覚えるのに苦労しました。(笑))

そこから1時間20分ほどでハルシュタット対岸の無人駅に到着です。

先日の番組は、ちょうど私達が走ったルートそのままに撮影されたものだったので、旅を再現できる楽しみを戴きました。

世界・夢列車に乗って

この旅で最も印象に残った場所が、姉にとっては墓地!(笑)であったのに対し、
母のお気に入りは、その車窓から眺めた のどかで牧歌的な、これからご案内する景色だったようです。


世界・夢列車に乗って

世界・夢列車に乗って

世界・夢列車に乗って

世界・夢列車に乗って

世界・夢列車に乗って


どこまでも続く緑の景色に、いつの間にか溜まっていた心の疲れに気付きます。

ちょっとしたことにムッとなったり、慌ただしさでイラッとしたり、
そんな私に対し、当たり前の毎日がどれほどありがたいものか、そっと優しく諭してくれます。

そして、大陸のように雄大な気持ちを、小さな私の心の中に広げてくれます・・・。


世界・夢列車に乗って

この風景、一人で眺めていると、じわ~っと涙が滲んでくるんです。


ですが、今回は女三人旅でしたので、ワイワイはしゃぎながらの列車の旅となりました。

「見てみて~! 向こうの山、もう雪が積もってるよ!!!」

「この列車の扉、取っ手がついてるから一生懸命引いてみたのに、な~んだ~、 auto って書いてあるじゃない!」

「ほら、また牛さんが見えてきたよ~!」とか、(笑)


でも、時々は静かになって、それぞれの心に それぞれの形で その景色を留めておりました。


世界・夢列車に乗って


テレビに映る風景は、まさに私達を癒してくれたその時と同じ表情で流れていました。


ここは急いでないんだね。


何度訪れても変わらない安心がここにはあって、

目を閉じて脳裏に浮かぶ あの景色はきっと、今もそのまま あの場所に広がっているんだろうな。

宮殿での夜。

「今晩、ミラベル宮殿のコンサートへ行きたいんだけど、チケットの手配をお願いできるかしら?」

午後6時を少し回った頃、一旦ホテルに戻った私達は、レセプションのお兄さんに尋ねてみました。

宮殿の広間入口でも直前に購入できるのですが、観客が大勢になると良い席が取れなくなるのです。

大きく目を見開いて、お兄さんはポンっと胸を叩きながら、「もちろん! 僕に任せておいてよ!」と。(笑)

お兄さんが取ってくれた席は、会場のちょうど真ん中くらい。
宮殿大広間といっても、こじんまりとしたお部屋ですので、リラックスして聴くにはベストな席でした。



煌びやかな装飾。

輪舞のようにぐるぐると回るシャンデリアの光。

柔らかく反響する楽器の音色。



幼きモーツァルトが演奏したというこの部屋では、音楽に酔うと同時に、その場所にいることそのものに酔ってしまう方もいらっしゃるでしょう。

ですから、モーツァルト時代に思いを馳せ、宮殿の雰囲気をより楽しむには、ここでは真ん中より後ろの席が宜しいかと私は思います。
ただ~、あまりに後ろに座ってしまうと、完全にモーツァルト時代に吸い込まれていきますので気合が必要です!(笑) → ('09.01.05日記)

宮殿での夜

ミラベルコンサートでは、「Twins Quartett」という双子の2姉妹のバイオリン四重奏が私はとりわけ好きです。
20代から30代前半の二組みの姉妹、美しく優しそうな彼女達の表情を見るだけでも幸せな気分になれるのです。
今回も、彼女達の演奏を最も楽しみにしておりました。


ところが、その日 現れたのは日本女性!
どうやら、今晩の演奏はこの女性とバイオリスト「Luz Leskowitz」氏との二人きりのようです。


彼女は少しはにかみながらも、優雅におじきをし、白いグランドピアノの前に座りました。

一曲目は、もちろんのことモーツァルト。

彼女は目を閉じ、深呼吸をし、そっと鍵盤に指を乗せました。

そして、もう一度深呼吸。

なめらかに動き始めた彼女の指は、次第に加速をして滑るよう走り出しました。
それは、まるで羽が生えた音符が、宮殿の大広間を自由に踊っているような明るい音色。

それをベテランのLeskowitz氏が、堂々としたバイオリンで応えるのです。


私が最も気持ち良く聴けた曲がドビュッシーの『月の光』。

ミラベルにはモーツァルトが一番似合うと思っていたのですが、シューベルトもショパンもどれもこれもミラベル色に染まってしまいました。(笑)


いつの間にか観客全てを呑みこむほど、ひたむきに鍵盤を叩く彼女の姿。

音楽の都・ザルツブルクで活躍される一人の日本人女性の存在に胸が熱くなりました。


演奏が終わると、一瞬の沈黙と、一斉に響く拍手の渦。

彼女は登場した時と同じ はにかんだ表情で、ちょこんとおじきをして、拍手に応えました。


とても素晴らしい演奏会だったと思います。

母も姉も頬を赤らめ、至極の贅沢を味わった表情をしておりました。


「どう? 最高でしょ!」
いかにも自分が演出した時間のように、私は「えへへん!」とした表情で言いました。

「うん、うん、すごく素敵だった~~~!」
初めての優雅な時間に、二人の興奮はしばし冷めやらぬようです。

私も、これまで以上に良い時間だったな~と浸り気味。
ホント、ピアニストの彼女に「ありがとう!」と叫びたいくらいでした。


その女性は、帯広出身の加藤マリさんと仰る方で、2000年からザルツブルクに滞在されているのだとか。
彼女はカラヤンも学んだモーツァルテウム音楽院を卒業され、現在は欧州と日本とで活躍されています。



ザルツブルクを訪れたら、やっぱりミラベルコンサートは外せないな~。(*^^*)

少しひんやりした空気でのぼせた頬を冷ましながらの、ホテルへの帰り道でした。

宮殿での夜

お城の後は、老舗カフェで。

雨に祟られた今回の旅でしたが、唯一 ホーエンザルツブルク城塞に登っている間だけは雲間がきれ、かすかに太陽が顔を出してくれました。

城塞内部をガイドツアーで回ることもできたのですが、せっかく雨が止んだのだからと、
母の希望で、美しい景色と美味しい空気をめいいっぱい満喫することにしました。


お城の後は、老舗カフェで

お城の後は、老舗カフェで


城塞に囲まれた小道を歩いたり、小さな教会を覗いたり、輪投げをして遊んだり。(笑)

お城の後は、老舗カフェで

まだまだ時間はあったけれど、その夜に予定していたコンサートの為に体力消費を控えめに、
城塞を一巡だけして降りてきました。

お城の後は、老舗カフェで



雨が再び強まってきたので、有名な老舗カフェ・トマッセリ (Tomaselli)でいっぷく。


こちらはケーキが美味しいことで評判のお店なのですが、すでに甘く大きなケーキを警戒していた私達は紅茶のみをオーダー。
オーストリアで紅茶というのも邪道かな~と内心思いつつ、ここは軽めに優しいものをと・・・。(笑)

天気が悪いこともあってか、カフェは大勢のお客さんでごった返しておりました。


人いきれが煙たいほど混んだカフェで、すぐお隣りの細身のおじさまはケーキを2個も注文!

すごく神経質そうな顔をしながら、真面目に語らいながら、なんの抵抗もなく大きなケーキをペロっと2個とも その男性は頬張りました。
なんだかその姿に感動(?)してしまった私は、カフェに居る間中、ず~っと彼を観察☆(笑)

・・・胸やけしませんか?

そう尋ねようかと思ったけれど、お顔はやっぱり気難しそうで、、、さすがの私もちょっと弱気に。(^^;

私の予想では、彼は毎日 ここでケーキを2個食べてるな。
それなのに何故か細身~~~、だけど、糖尿病予備軍だと私は見た!(笑)


カフェ・トマッセリは1705年創業の、古くからザルツブルクを代表するカフェ。

モーツァルトが生まれたのが1756年のことだから、もしかしたらモーツァルトも足を運んだことがあるかもしれないですね。
ううん、絶対にあるような気がします。
ここで一曲生まれていたとしても、おかしくないかも???^^

おススメのメニューは熱々のオムレツと、正午から2時までだけ食べられる林檎のケーキなのだそう。
そちらは次回のお楽しみということで・・・。^^


あまりの人数に店内での写真は無理だったのですが、重厚な雰囲気の趣きある素敵なカフェです。
中世の面影を残す旧市街に相応しい、老舗のプライドを感じられるお店。
例え座れないほど人が溢れていても、きちんと対応してくれるのもさすがだな~って思いました。

最後に、オーダーした紅茶の写真を一枚だけ。
何気ない一杯なのに、それを特別にさせる何かがここにはあるように思います!


お城の後は、老舗カフェで

ホーエンザルツブルク城塞でひとりごと。

ホーエンザルツブルク城塞でひとりごと

ホーエンザルツブルク城塞から見下ろす景色は、どこまでも優しい。

淡い色合いに染まる街並みを眺めながら、人々の心も優しくなる。

ホーエンザルツブルク城塞でひとりごと


この街の歴史が、一瞬、私に語りかけているような気がした。


ホーエンザルツブルク城塞でひとりごと

雲は低く流れ、私に手を伸ばす。


人に感情があるように、地球に感情があるように、一つの街にもまた感情がある。

風が雲が木々たちが、その思いを代弁するかのごとく、いつになく優しく言葉をかけてくれるのだ。

私は目を閉じて、胸いっぱいの深呼吸をし、それに応える。



こんなにも私を素直にさせる街は、ザルツブルクしか知らない。

この街との出逢いをくれた大いなる仕組みに感謝をし、私はまた、深呼吸する。

ホーエンザルツブルク城塞でひとりごと


ホーエンザルツブルク城塞でひとりごと


私はホーエンザルツブルク城塞を見上げる景色が好き。

私はホーエンザルツブルク城塞から見下ろす景色も好き。


神さまが そっと被せた その王冠は、ザルツブルクの街を一層美しく特別にする。

絵になる街、ザルツブルク。

「僕は本当に悲しかったんだ!」

手で涙を拭う格好をしながら、彼は何度も繰り返しました。

「テレビの前で呆然となったよ。 あんな現実とは思えないようなことが実際に起こるなんて。」

私たちが日本人だと知った彼は、今年3月に起きた東日本大震災のショックを早口で繰り返しました。


*

私は、旅先で絵描きさんを見かけると、その傍へ行くのが大好き。(*^^*)

街角で出会う絵描きさんの殆どが、風景や人物画を通して その人自身の人生を描いているのを見るのが好きです。

涙の痕も笑いの皺も多い人生の方がいい。
そんな人がさらさら~っと描く絵の向こうには、その人しか表せられない何かがきっとある。

だから あの日も、レジデンツ広場で自分の作品を広げていた彼の絵を覗き込んでみたのでした。


「これはゲトライデガッセを描いたもの。ほら、鉄細工の可愛い看板も見えるだろ。^^」
「これは見ての通り、モーツァルトの生家さ。」

けれど私は、彼が差し出す絵には目もくれず言いました。
「私はお城が好きなの。」

「お城? あ~、確かにザルツブルクにはお城が一番だね!
じゃあ、これなんかどう?」
彼は、旧市街の街並みの向こうに聳えるお城の絵を広げました。

それには答えず、「私はミラベルから見たお城が一番好きなの。」と、一枚の絵を指差しました。


キョロキョロ見回しながらも、私が選ぶザルツブルクの絵はこの構図と最初から決めていたのです。

私がいつもホーエンザルツブルク城塞と語り合う場所、その場所の絵を一枚記念に欲しかったから。

かといって、何も彼の作品じゃなくても良かった。
けれど、一見 よくあるタッチに見える彼の絵からは、彼の笑顔が見える気がして、その絵を買うことに決めました。

感情表現が豊かな彼は、悲しい顔も笑った顔も人一倍オーバーに映ります。
人の良さがそのまま伝わってきます。

そんな人が描いてくれたザルツブルクの風景、いい感じです。^^


「僕は心の底から日本の為に、日本の皆さんの為に祈ったんだ。」
ただでさえ赤い顔を ますます高揚させて(笑)、彼は続けました。

「今も日本の復興を願ってるよ。」


ありがとうと握手を交わし、私たちはその場を離れました。



彼の名前は、Igor Zindovic 。
モンテネグロで生まれ、大学時代にクロアチアのドゥブロヴニクで絵と写真を始めました。
旧ユーゴスラビアで育ったようです。

気に入ったザルツブルクには、1991年から住んでいます。


もしもレジデンツ広場で彼を見かけたら、どうぞ宜しくお伝え下さいませ。(^^)


* * * * * * *


秋の深まりを感じる今日この頃。
ドライブするにも気持ちのいい季節になりました。


ということで!

これから愛犬ヨンサマとクリスを連れて、久々に散歩へ出掛けて参ります。=^ェ^=

では、ちょっと奈良の明日香村まで~!(爆)
                 AM 4:30

カラヤンからウルスまで♪(*^^*)

20世紀 クラシック音楽界の巨匠であるカラヤンは、ザルツブルクの貴族の息子として1908年に生まれました。

彼はウィーン音楽院を卒業後、ザルツブルクにおいて指揮者としてデビューを果たします。

また、ザルツブルク音楽祭の芸術監督に、1956年から1960年まで就任しました。

彼は亡くなる前日にも、ザルツブルク祝祭大劇場で、その年(1989年)の音楽祭でプレミエを迎えるヴェルディの歌劇『仮面舞踏会』のリハーサルを行っていたそうです。



そのカラヤンに注目されてザルツブルク音楽祭にデビューした指揮者に、イタリアはミラノ出身のクラウディオ・アバドという人物がいます。

アバドは、カラヤンに次いでベルリン・フィルの芸術監督をつとめると同時に、
カラヤンが創立したザルツブルク復活祭音楽祭においても、芸術監督として1992年から2002年まで指揮しました。


*ザルツブルク復活祭音楽祭とは、夏のザルツブルク音楽祭より小規模ではありますが、世界的な名指揮者がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮するという点が最大の魅力なのですって!
開催は、イースター前後の10日間、すべてザルツブルク祝祭大劇場で行われるそうです。
音楽好きな方は、こちらも要チェックですね!

カラヤンからウルスまで
*カラヤン広場から続く祝祭劇場



かつて、その名指揮者アバドの下、私の愛する IL DIVO のスイステナー・ウルスがザルツブルク音楽祭に合唱団として参加したことがありました♪^^

そう、まだ無名であった若きウルスが、ここに立っていたわけです!!!


ウルスはこの路地を覗いたかしら~?

ウルスはここで鼻唄でも歌ったかな~?

ウルスはここで くしゃみしたかも~?


カラヤンからウルスまで


そんな空想を膨らませながら歩くのも、ザルツブルクならではの picchuko流楽しみ方です♪

カラヤンの足跡も、ウルスの指紋(笑)だって、探せばまだどこかで見つかるかも~!(爆)


と、冗談はさておき、

神様!(><)
どうか、どうか いつかきっと、湖のように深く碧く澄んだウルスの歌声を、ここザルツブルクで聴かせてください!
picchukoの切なる願いです!(>人<)

そして できるなら、ウルスと腕を組んでザルツブルクの街並みを歩けますように~、、、って、それは望み過ぎか、、、。(笑)

カラヤンからウルスまで

何度も生まれ変わってきた大聖堂。

ニュージーランドのクライストチャーチでは、仮設のコンテナで商店街が復活したり、新しい仮設バスエクスチェンジができたりと、明るいニュースが少しづつ届いてくるようになりました。

コンテナのショッピングモールはまるでカラフルなおもちゃ箱を積み上げたみたいですごく可愛いし!
私達がクロスステッチの材料を買いによく通った(笑)バレンタインデパートも復活しているようで、なんだか嬉しくなっちゃいます。^^

そんな中、クライストチャーチ大聖堂はその後 どうなっているのかな~?

すごく気になるけれど、あの場所は特に被害が大きかったから、修復するには長い月日がかかるよね・・・。


* * * * * * *


大聖堂の存在は、クライストチャーチに関わらず、どの街にとっても大きなものなんだな~と、
改めて ザルツブルクでも感じました。


何度も生まれ変わってきた大聖堂

ザルツブルクの大聖堂は、これまでに三度、新しく生まれ変わりました。

歴史は古く、最初に創建されたのは774年のこと。

そして1167年、当時の権力者達の争いにより街が放火され、新しく後期ロマネスク様式で大聖堂が改築されたのは1200年のことです。

けれど 400年後の16世紀末、再び大火災に見舞われ、その大部分が焼失しました。

すぐさま時の大司教、ヴォルフ・ディートリヒによって、ローマのサン・ピエトロ寺院に匹敵する巨大な教会建設が計画されます。

ディートリヒ大司教は、ザルツブルクを「北のローマ」にしたかったのです。
彼は、イタリアのメディチ家と親戚関係にあったのでした。

80メートルもの大理石の双塔を持ち、バロック様式である今日の大聖堂は、1628年に落成しました。


ところが、、、まだ試練は残されていたのでした。

それは、第二次世界大戦真っ只中の1944年。
飛行機から落とされた爆弾が、丸天井と祭壇の一部分を破壊します。

改修され、再び落成式を迎えたのは1959年のこと。
1万人収容可能な大聖堂と、6000本ものパイプを使ったパイプオルガンはヨーロッパ最大です。

そして、1961年にはドイツ語圏最大の聖堂の鐘が設けられ、現在に至っています。

こうやって、何度も何度も生まれ変わってきたザルツブルクの大聖堂。
その堂々たる威厳は、その都度 確固たるものとして培われてきたのでしょうか。

何度も生まれ変わってきた大聖堂 何度も生まれ変わってきた大聖堂


クライストチャーチ大聖堂の歴史は僅か150年足らずです。
それでも、市民の心の拠り所として、かけがえのない存在であることに変わりはありません。

これまでだって何度も大地震に見舞われて、今年の2月に壊滅的な大打撃を受けたクライストチャーチ大聖堂。
このザルツブルクの大聖堂に負けない市民の熱い思いで蘇り、
いつか何世紀も時を経て、そんなこともあったのだと、長い歴史を見つめてきたのだと、
遠い未来の人達に、その威厳を見せてあげてほしいと思いました。


ザルツブルクの大聖堂さん! 励ましてくれてありがとう。
             


何度も生まれ変わってきた大聖堂


そのザルツブルク大聖堂では、10月7日の午前中、祭壇上の神父さまを囲んで、子供達の行事が行われていました。

子供達は神父さまのお話を静かに聞いた後、みんなで円になって歌を歌ったり、可愛く踊ったり、、、。^^
そんな子供たちに合わせて、最前列に座っていた母も体を揺らしておりました。(笑)

行事の後、子供達はクッキーを一粒もらい、きちんと列をなして退場です。
私達も子供達も、お互いはにかんだ笑顔で手を振り合います。

「おひとつ、どうぞ!^^」
子供達に気を取られていた私達の前に、一人の女性が籠に入ったクッキーを差し出してくれました。

「ダンケ シェーン。^^」
何気ない出来事なのに、すごく心が温かくなって、、、「美味しいね!」ってその場でクッキーを戴きました。



こちらの大聖堂、5~10月の間は隣接する博物館を見学できます。

歴代の大司教の宝物、
なんでこんな生き物まで?!と、ちょっとびっくりな剥製に、
美しい絵画の数々まで、
日本語のガイドホンをお借りして、落ち着いた雰囲気の中、じっくり楽しむことができます。

ヨーロッパ最大のパイプオルガンも手の届くところまで行くことができ、違う角度から大聖堂を見渡せられておススメです。


何度も生まれ変わってきた大聖堂

ザルツブルクでの一番の思い出は、、、?

ザルツブルクでの一番の思い出は


「姉ちゃんはこの旅行で特にどこが印象的だった?」 帰りの飛行機の中で尋ねてみました。

姉は首を傾げながら答えました。
「う~ん、そうねぇ。 大聖堂と、、、やっぱりお城かな。 あっ!それとお墓!(爆)」



ザルツブルクでの、つまり欧州での最初の訪問先が『聖セバスティアン教会』の墓地となった母と姉。
墓地との縁は一箇所だけでは終わりませんでした。(笑)


まずは再び、聖セバスティアン教会の墓地。

先日記したモーツァルトの父レオポルト・モーツァルトが埋葬されているお墓には、その他大勢の方達も眠っています。
帰国後に調べてみて、ビックリ☆

実は、あのお墓は奇妙な奇妙~な家族墓地だったのです。
これじゃぁ、落ち着いては眠られない!

モーツァルトのパパ

文字が綺麗に写っていないのが残念ですが、父レオポルトの名前は右側のプレート上部に記されています。


では、その他に記されている人物とは?

中央に陣取っている(?)のは、モーツァルトの妻コンスタンツェ。
どうやらこの場所には、彼女の再婚相手であるゲオルク・ニコラウス・フォン・ニッセンも永眠しているというのですから、ちょっと驚きです!?@@

そして、レオポルトの下側に記されている人は、モーツァルトの母方の誰かのようでした。
母親の旧姓である「PERTL」の文字が読めました。


左側上段が、JEANNETTE BERCHTHOLD von SONNENBURGさん。
ゾネンブルクはモーツァルトの姉ナンネルの嫁ぎ先の名前。
どうやら この方は、成人せずに亡くなったナンネルの長女のようです。

下段の人物は、妻コンスタンツェの血筋のようですね~。
こちらはコンスタンツェの旧姓「WEBER」が刻まれていました。


これはこれは不思議な家族墓地ですよね~。

モーツァルト(というよりコンスタンチェ)を中心に、家族と言えなくもないけれど???
なんとも奇妙な集団ではありませんこと?(苦笑)

この教会では、ちょこっとだけ教会内部も見学し、時間がまだ早かったこともあり、他のザルツブルクゆかりの人達が眠るお墓も時間を掛けてじっくりと見て回りました。
(灰色の重たい雨雲の下・・・)


*


その数時間後、お城のケーブルカーから降りた私達が向かった先もなんと墓地!(爆)

ザルツブルクでの一番の思い出は


『聖ペーター教会』の付属墓地は、植えられた沢山の花と鉄柵の飾りが美しく、誰ひとりと会わなかった聖セバスティアン教会の墓地とは違い、多くの観光客を見かけました。

そこは映画『サウンド・オブ・ミュージック』の撮影場所としても有名で、だから少しだけ立ち寄ることにしたのです。


ザルツブルクでの一番の思い出は

そして ここは、モーツァルトの姉ナンネルが眠っている墓地でもあります。

本当は、ナンネルこそ父レオポルトの傍で眠りたかった。
事実、「聖セバスティアン教会の墓地にある父親の墓に埋葬されること」を遺言状に記していました。

ところが、先にコンスタンツェが再婚相手のニッセンを埋葬したことに腹を立て、その遺言を破棄したのだそうです。


前夫の父のお墓に再婚相手を葬るなんて、コンスタンツェの感覚が私には理解できませんが、
彼女は「モーツァルトの妻」という肩書きを失いたくなかったからでしょうか?


それにしても、ザルツブルクではモーツァルト一族お墓巡りツアー(?)も簡単に廻れます。
って、普通はそんなツアーしたくありませんって・・・?(笑)


ザルツブルクでの一番の思い出は


このように、1日目に2箇所もの墓地を巡り、続く2日目もハルシュタットにあるカトリック教会の墓地を訪れ、

母にとっても姉にとっても、墓地はザルツブルクを代表する観光名所となりました。(笑)


「帰ったら、ご先祖さまのお墓参りをしなくちゃね。」と姉。(笑)

さすがは長女だけある! 

三女の私は、ご先祖さまのことなど これっぽっちも思い出しませんでしたよ!

旅のふくらし粉。

一度で沢山の見どころを巡る旅はできない私。

あまりに感動を詰め込み過ぎると、貴重な出会いが飽和状態になってしまうから。

NZより帰国後 ここ10年、超短かつ超特急の旅しかできないことを悔しく思うこともありましたが、こんな私にはちょうどいいのかもしれません。

ですから、旅の前後はその土地にちなんだ小説を読んだり、映画を見たり、一番は音楽を聴くことで、その旅を私なりに膨らませています。

そういう点では、これまでの中ではハンガリー旅行が最も効果的だったかなって思います。
特に『暗い日曜日』という映画は、風景も音楽も どことなくたなびく哀愁も、ブダペストをより一層 魅力的に映し出し、私の心に染み込ませてくれました。

そういう映画に出会えることは稀ですが、今回も探してみることにしました。

その一つが、『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』。


*

「ザルツブルクの友たちへ・・・」 と父レオポルトの手紙から始まるこの映画。

予備知識のなかった私は、てっきりオーストリアで物語が展開するものだと思っていました。

ところが、主な舞台は おフランス!
実際にヴェルサイユ宮殿でも撮影されたというのですから、かなり力の入った作品なのでしょう。

3歳(実際は5歳)年下の神童の弟を持つナンネル自身も、音楽の才能に恵まれ、また音楽への情熱を抱いていました。

けれど、女性であるということでヴァイオリンに触ることも許されず、女性には難しいという理由で作曲することも禁じられていました。

そんなナンネルが、王太子ルイ・フェルディナンと恋に落ちるのです。
王太子の勧めで作曲をし、自分の中から溢れだす音を形にする歓びを知るナンネル。

二人の恋の結末と、彼女が模索し続けた人生は、、、?



この映画の評価は私には難しいです。

淡々と流れる時間。
ナンネルは心に情熱を燃やし、時に嫉妬や絶望に苦しんだはずなのに、劇中のナンネルにはそれが見えない。

見せないのか表現できていないのか、見せないことでその時代の女性を表現したのか、私にはつかみどころがありませんでした。


そして、小姑picchuko(笑)には気になる点が沢山ある映画でもありました。

まず、劇中、ずっとフランス語であったこと。
実際、旅から旅へのモーツァルト一家ですから、フランス語も流暢に話すことはできたでしょう。
ですが、家族の会話はドイツ語であったでしょうし、ドイツ語でお願いしたかった。


それと、これはフランス映画なのでしょうね~。
それじゃぁ仕方ないのかもしれませんが、いかにもフランス人!というモーツァルト一家にも違和感を覚えました。(^^;

ヨーロッパですから、純粋な○○人っていう方がいないに等しいかもしれませんが、
特に母親役のデルフィーヌ・シェイヨーから 微かに漂う、フランス女性特有のフェロモンが気になりました。(笑)


後、映画は創作だと分かっていても、実在する人物を使うのなら、絶対にありえない設定は避けてもらいたかったです。
ナンネルと王太子、ナンネルと王太子の妹ルイーズとの年齢差は、このストーリーを作り上げるには無理がありすぎました。

ですから、どこまでが真実で、どこまでが創作かがよく分からなくて、
その時代、本当に女性には作曲が許されていなかったのか、ヴァイオリンに触ることもできなかったのか、
もしかしたら、ナンネルの哀れさを強調するためではなっかたのかとまで、疑ってしまいました。(苦笑)

な~んて、これだけ書いたら、小姑も立派な姑ですね。(爆!)


ですが、批判的ばかりではありません!!


ただ美しい調べに耳を傾け、重い雲がのしかかった冬の欧州の映像からは、日本では味わえない感覚を思い出すにはいい時間であったわけだし、幸せな時間だったな~って思います。

そして、ナンネル役のマリー・フェレが、まるでルーヴル美術館にあるミロのヴィーナスのように若く美しい女性でした。


いい部分もそうでないところも、こうやって帰国後にも色々と考え、楽しませてくれる映画や音楽。            

まるで旅のふくらし粉みたいですね。


旅のふくらし粉

Have a Break , Have a Mozart !(笑) 

とりわけ欧州の街並みを歩く時、建ち並ぶお洒落なお店を覗く時間の幸せなことといったら!


例えばオーストリア。

首都・ウィーンでは、
フライ・ヴィレ(Frey Wille)のジュエリーや、可愛い刺繍の伝統工芸品・プチポアン(Petit Point)の専門店などなど、

珍しく、時間を忘れて見入ってしまう私がいました。^^



そしてザルツブルクには、鉄細工の看板が有名なゲトライデガッセという通りがありますが、

その少し外れにあるフライ・ヴィレのウィンドウで新作を見つけた時はたまらなく喜びを感じますし、

Stassnyという名の民族衣装のお店の飾り付けも大好きで、毎回楽しみにしています。


Have a Break , Have a Mozart


そんなゲトライデガッセで、ちょっぴり高級なお店に混じって、とても癒されるお土産物屋さんを見つけました!

可愛くて、いつまでも いつまでも眺めていたいくらい。^^


そのお店の正面には、ウィンドウ全体に マリオネットもどき(?)のモーツァルトくんがずら~~~とぶら下がっているのです。


操る糸の代わりに、ビヨヨ~ンとのびるバネが頭に付いていて、

お店の方が定期的にバネを伸ばすものだから、

何十個もぶら下がっているモーツァルトくんが、ピクリとも表情を変えず(当たり前ですが、笑)、

それぞれに上下に跳ねる姿が面白いのです。



この人形、以前来た時は見かけなかったけど・・・?


他のお土産物屋さんでも見つからず、ただ一軒のみの店先で、

ビヨ~ン、ビヨヨヨ~ンと永遠に上下し続けるモーツァルトくん。(笑)



一個、9.5ユーロ。 おっと千円しますか!

ですが、ザルツブルクはマリオネットでも有名ですし、

何より とってもとっても癒されるその表情と跳ね具合が私のツボにハマってしまって、

最近ちょっぴり元気のない、職場の仲良しお姉さん・I崎さんに持って帰ってあげようと、一個、、、

う~ん、私だって欲しいよね~、と思い切って二個!(笑) 購入いたしました!^^




おかげで ザルツブルクから戻った今でも、モーツァルトくんの悩みのないのほほ~んとした表情に癒される毎日です。


Have a Break , Have a Mozart

永遠に続く予感?! トルテ戦争、第5戦☆

帰国してから、私の胃袋は甘いものを一切受け付けられなくなりました。(><)

いえ、いつもなら万全の策(?)を練り、意気込んで臨むトルテ戦争のさなかでさえ胸やけがして、どうにもこうにもならない程、

甘いものは、もうイヤ~~~~~!o(T□T)o

と叫びそうになっておりました。


そうです、本家ザッハー・トルテ vs picchuko の戦いは、第5戦の今回もあっけなく私が大敗致しました。

久々に目の前に現れた、『ザッハー・トルテ』。 
私の宿敵、いや今度こそ友達になろうとさえ思っていたのに・・・。(><)


*


今回の大敗を決定づけたのは、その前日に食べていたザルツブルク名物『ザルツブルガーノッケルン』でした。


皆さん、『ザルツブルガーノッケルン』をご存知ですか?

その量が半端じゃないということで、これまで一人旅ばかりだった私は一度も口にしたことがありませんでした。

ところが、ブログのお友達・ぐりんださんの日記を読んで、今回は3人だし、その名物と呼ばれるデザートを食べてみようかな~という気になったのです。
ですから、それを食べた場所も、ぐりんださんが紹介されていた『カフェ・モーツァルト』です。^^


<Wikipediaより>
ザルツブルガーノッケルン(Salzburger Nockerln)は、オーストリアのザルツブルク名物のデザート。
30cmほどのグラタン皿に加糖して固く泡立てたメレンゲとカスタードクリームをアルプスの山のごとく盛り、それをオーブンで加熱した、甘くて大きいデザートである。

名前の由来は、このデザートがアルプスの山(ノッケルン=方言で山)のように見えるからである。



「できあがりまで、15~20分ほどお待ちください。」 ウェイターさんはニヤリとして立ち去りました。

「どんなお菓子が出てくるんだろうね~。」 
「これ、一人じゃ絶対に無理だから、今回は食べれて嬉しいわ~。(^o^)」
な~んて会話をしながら待つこと15分。


永遠に続く予感?! トルテ戦争、第5戦

「うわっ! でかっ!」
「これ、3分の1づつだからね~。残しちゃダメだよ!」

スプーンを入れるまでに、少し時間が掛かりました。
というのも、ちょっと食べるのに勇気のいる大きさでしたので。

そんな私達の前を、地元の方達は目を見開きながら、私達の顔を覗きこみながら横切ります。
まるで、「君たち、本当にそれを食べるのですか?」と言わんばかりに。(苦笑)

もちろん!食べますともっ!

超(?)甘党のぐりんださんに、これまで食べた物の中で最も甘かったと言わしめたザルツブルガーノッケルン。
さぁ、一口目です。

「ふわふわしてるね~。^^」
「大丈夫、これくらいの甘さなら、全然OKよ~!」
と、これは私と姉との会話です。 母は最初の一口で食べるのをやめた模様・・・。

それは、母が大正解でした。
何回か口に運んでいるうちに、口ではなく胃袋から直々 主人であるこの私に「助けてください!」との悲鳴が聞こえてきたのです。

この甘さは、味覚を通り越して、直接 胃袋に応えるのです。(><)



「もう、やめなさい!」 
はっ!  その母の一声で我に返りました。

「picchuちゃん、姉ちゃんももう無理だわ~。(^^;」
気が付けば、私は頭を抱え、目尻にはじんわりと涙が滲んでいたのでした。(爆)

こうやって臨んだ『ザルツブルガーノッケルン』、私達は3人で頑張っても 3分の1がやっとでした。
甘さが強烈というより、じわじわとしつこく責めてくる感じかな~。
武将に例えるなら、織田信長というより徳川家康タイプ?(笑)

*


そう、この時の甘さで胃袋も舌も降参しきっていたのでした。

それでもって『トルテ戦争』に挑んだ私に勝てるはずもなく・・・。

ザッハー・トルテを食べながらも、ザルツブルガーノッケルンの甘さが再び胃袋から蘇り、頭痛と吐き気と、そして自分でも驚いたのですが、最後は半べそ状態で食べていました。

片や、同じように前日苦しんだ姉は、初めて食べる本家ザッハー・トルテに余裕の舌づつみ。
「美味しかったね~。」と満面の笑顔でありました。


あ~、きっと私は、永遠にトルテ戦争を続けなければならないのだわ!
(注:それには決して義務はありません。笑)

勝利の暁には、堂々とウィーンの『ホテル・ザッハー』に乗り込むつもりの私ですが、まだしばらくはザルツブルクで戦うことになりそうです。


永遠に続く予感?! トルテ戦争、第5戦


*:*:* ザッハー vs picchukoによる『トルテ戦争』の歴史 *:*:*

・第一戦(於ウィーン)& 第二戦(於ザルツブルク) 「21世紀のトルテ戦争」

・第三戦(於ザルツブルク) 「2008年幕開けのトルテ戦争」

・第四戦(於ザルツブルク) 「トルテ戦争 第四戦」 

from Salzburg

from Salzburg
*ブログ初登場の母と姉です。^^ 【'11.10.08 ホテル・モーツァルトにて】


先程、ホテル・モーツァルトへ簡単なお礼のメールを送ってみました。
四度目の滞在にも関わらず、今回が初めてのメールです。
すると、送信してから5分後に、早々とお返事を戴きました。 picchuko、感激です☆(^^*)


ホテル・モーツァルトは、観光地が集中している旧市街からザルツァッハ川を渡って、徒歩で10分ほどの所にあります。
映画『サウンド・オブ・ミュージック』の「ドレミの歌」の舞台となったミラベル庭園からは歩いて5分。

ピンク色のシンプルな外観ですが、ビーダーマイヤー様式という優雅で落ち着いた色合いの内装が私のお気に入りです。

病気持ちの母を思うと、観光しやすい中心部のホテルを選ぶべきだったのでしょうけれど、
私としては、このホテル・モーツァルトこそが大好きなザルツブルクの象徴のようなものでしたので、どうしてもここを外すことができませんでした。


毎回そうなのですが、ザルツブルクではあちこちで気さくに声を掛けてもらえます。
たぶん、私が訪れた街の中では最もフレンドリーな市民の皆さんです。

そして、その中でもホテル・モーツァルトのスタッフの皆さんこそ、まるで昔からの友達のように、素敵な笑顔と親しみある言葉で私達を和ませてくれるのです。

そんなホテル・モーツァルトを私がどれほど気に入っているのか!

このブログでも、すでに二度も それについて記事をアップしていることでもお分かり頂けると思います。(*^^*)
⇒ [Hotel Mozart('07.12.17日記)] ・ [ようこそ、ホテル・モーツァルトへ♪('09.01.30日記)]



最後の夜、お世話になったレセプションのお兄さんと一緒に写真を撮りました。
3枚撮った内の最初の写真がこれ(↑)。 お兄さん、とても表情が硬いですが、、、。^^

私とのツーショットもあるのですが、あまりにもお似合いなので(爆)アップするのはやめました。(^m^)

私の一言一言に、大きく目を見開いて反応してくれる表情が面白かったです!
*お兄さん、どうもありがとう!!!

またいつかザルツブルク再訪の時、ホテル・モーツァルトでの滞在を楽しみにしております。


from Salzburg


Dienstag, 18. Oktober 2011 13:16

Dear Picchuko!

Thank you so much for your kindly e-mail. We are looking forward to see you again in our hotel.

Have a nice day, many regards from Salzburg

Bruno


Hotel Mozart

Franz-Josef-Straße 27
A-5020 Salzburg

Tel: +43 (0) 662 872274
Fax: +43 (0) 662 870079

Email: office@hotel-mozart.at
Homepage: www.hotel-mozart.at


*このホテルを紹介してくださった旅行会社のMさん、改めましてありがとうございます!(o^^o)

モーツァルトのパパ。

モーツァルトのパパ


ザルツブルクは有名な大作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生誕地として有名ですが、その父、レオポルト・モーツァルトが亡くなったのもこの地です。

彼なくして、天才モーツァルトは存在するはずもなく・・・。


そのレオポルトの偉大な功績というのが、

1.息子であるヴォルフガングの才能を発見し、芽生えさせ、当時考えうる世界最高の音楽教育を与え、歴史上比類のない作曲家として開花させたこと。

2.家族での旅行を計画・実行し、各地でヴォルフガングを王侯貴族に売り込み、金銭と名誉を得たこと。
(Wikipediaによる)


このように教育者として、また音楽教育理論家として、その名を馳せたレオポルトでありますが、実は作曲家でもありました。

映画『アマデウス』では、作曲家サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬し苦悩する姿が描かれていますが、私には、もう一つのレオポルトの姿と重なります。

息子の成功を誰よりも望み、息子の才能を誰よりも理解しているレオポルトの中に、
けれど、どうしても敵わないその才能に、父としての喜びの陰には拭いようのない嫉妬が見え隠れしていたのではないかな~って、
ザルツブルクを訪れると、時々 ふとそう感じるのです。


そんなレオポルトが作曲した作品は、一時期モーツァルト一家が滞在した、『タンツマイスターハウス』で聴くことができます。

以前にもブログに書いたことがあるのですが、それは息子の音楽と比べると、どうしても野暮ったいと言うか、洗練されていないというか、明らかにセンスが劣っているというか、、、

ですが、その音楽からは、後のヴォルフガングに繋がるものが流れていて、この父にして息子なんだと感じることもできるのです。



レオポルトは、1719年にドイツのアウグスブルクで生まれました。
父方は代々石工職人、母方は代々織師だったそうです。
哲学と法学を学ぶために訪れたザルツブルクで、彼は音楽に熱中します。

彼がザルツブルクで音楽家として歩み始めなければ、後の天才モーツァルトはあり得なかった。

モーツァルトが現れなかったとすれば、ザルツブルクも今のような音楽の盛んな街ではなかったでしょうし、世界的にも名高いザルツブルク音楽祭も起こり得なかったことになるのでしょうね。

すごいじゃないの! パパ!(笑)


そのレオポルトは、新市街にある聖セバスティアン教会で今も眠り続けています。

その聖セバスティアン教会の墓地は、1499年に創立されました。
薄曇りのその墓地は、とても趣きがあり、まるで映画のワンシーンに出て来る場所のようでした。

ここなら落ち着いて眠れるよね、パパ。^^
何故か自分のパパのように、すごく親しみが湧いてきたpicchukoなのでありました。(笑)


モーツァルトのパパ


* * * * * * *


私がこれまでに訪れたモーツァルトゆかりの地。


<ウィーン>

・モーツァルトが結婚式をあげ、そして葬儀も行われたという 『シュテファン寺院』

・オペラ『フィガロの結婚』を作曲した家である 『モーツァルトハウス・ウィーン(フィガロハウス)』

・6歳のモーツァルトがマリー・アントワネットにプロポーズしたという 『シェーンブルン宮殿』


<ザルツブルク>

・ゲトライデガッセにある モーツァルトの生家

・モーツァルトが洗礼を受け、後にオルガン奏者となった 『大聖堂』

・1773~1787年までモーツァルト一家が滞在した 『タンツマイスターハウス』

・モーツァルト一家が演奏したことのある 『ミラベル宮殿』の大広間

・若きモーツァルトが指揮したという 『レジデンツ(大司教の館)』の会議の間

・モーツァルトの父レオポルト・モーツァルトと妻コンスタンツェの墓地



<アウグスブルク(ドイツ)>

・モーツァルトの曾祖父さんであるフランツ・モーツァルトが大工頭として滞在し、また没した場所でもある、低所得者の集合住宅 『フッゲライ』

・モーツァルトの父 レオポルト・モーツァルトの生家


意外と私って、モーツァルト一家と縁があるのかも。(*^^*)

ザルツブルクの朝。

フランクフルトで2時間 足止めされた私達がザルツブルクに到着したのが、6日の午後8時半。

その日はホテルから徒歩3分のミラベル庭園のみ散策をして、早めに休むことにしました。

ミラベル庭園から見上げるホーエンザルツブルク城塞は、ひときわ威厳に満ちています。

その場所は、私の思いがぎっしり詰まった場所であり、
いつも私がホーエンザルツブルク城塞と対話(?)をする場所なのです。

夜の庭園には人影はなく、いつもなら ここで声を出して「ただいま!」って言うのだけれど、
今回は母と姉がいるので、こっそり心の中で呼びかけました。^^

*


夜半過ぎ、私は雷の音で目を覚まします。

昨年のザルツブルク音楽祭では、ウィーン・フィルによるオラトリオ・『イワン雷帝』が演奏されたそうですから、ロシア好きでもある私への歓迎としてはニクイ演出ですね、なんて。(笑)

そして、ザルツブルクといえば、映画『サウンド・オブ・ミュージック』。
そういえば、あの映画の中でも雷のシーンがありましたよね。
確か、マリアがトラップ家にやって来た最初の夜。
おかげで子供たちとの距離が一気に近づいたのですから、何気に雷は重要な役割なのです。^^

そんなことを考えながら、ですが、短い滞在での天候の悪さも心配しながら、一晩中鳴り響く雷を聞いていました。



早朝5時半。 こっそり起き上がって、簡単な身支度を。
まだ外は真っ暗です。

「ちょっとだけ散歩してくるね~。」 
小声で二人に声を掛け、小雨が降る中、ザルツブルクの街並みへと飛び出しました。


「おはよう! 元気にしてた?」
ザルツブルクでの私のお決まり散歩コースを、今朝は傘をさしつつ歩きます。


「おはよう! お久しぶりね。」
見慣れた街路樹にも、いつも窓から眺めるだけのアンティークショップの人形にも、嬉しさを抑えきれない私は声を掛けました。


そして、ミラベル庭園を抜け、モーツァルトが一時期住んでいた『タンツマイスターハウス』があるマカルト広場に立った時、ちょっとコースを変えてみようと思い立ちました。

大抵はそのままマカルト小橋を渡って旧市街へと入るのですが、雨のせいでまだまだ空は明るくなりそうにありません。


コースを変えた散歩道で、聖セバスティアン教会に出くわしました。

んんん~? ここは、、、?

そうそう、ここにモーツァルトのお父さんのお墓があるのだったわ!

いつもは見向きもしないその場所で、私は歩をとめました。

相変わらず雨は優しく降っています。


朝食を取ったら、まずはここに二人を案内しよう!

なんでって言われたら分からないけど、モーツァルトのパパが私を呼びとめたのね、きっと。

じゃぁ、また後で来るから~。


雨が少し弱まったのを確認しながら、私は散歩を切り上げて、朝食の匂い漂うホテルへと足を速めました。

ザルツブルクの朝

ザルツブルクの不思議☆

ザルツブルクの不思議

*ホーエンザルツブルク城塞より 【'11.10.07】


ザルツブルクから帰国する時はいつも、ガラスの靴を片方 置き忘れたままのような気がするのです。

どの国も街もそれぞれに魅力があって、もう一度訪れたいな~って思うことは常ですが、
ザルツブルクのそれはちょっと違う・・・。

何か大切なものと引き裂かれるような、お別れしたくないと強く思わせる何かがあります。

そんなザルツブルクと私のお話。。。


*


もう海外一人旅はそろそろやめようかな~。
2007年夏、初めてザルツブルクの地に降り立ち、ぐるっと旧市街を一巡した私はそう思いました。


それは、僅か数日の日程で、わざわざ遠くまで赴くことに疲れを感じ始めたころ。
自分で計画を立て、自分の足で観光地を巡ることに面倒くささを感じ始めたころ。
そして、欧州への興味が少しだけ薄れてきたころだったと思います。

ちょうど、私はその半年前にスイスとリヒテンシュタイン公国を訪れており、
な~んだ~、同じような風景じゃな~い・・・と、最初の日はそう感じちゃったのでしょうね。
世界遺産の街といっても、そう特別な街じゃないわって、そう思ったのでした。


ところが その2日後、ザルツブルクから帰りたくないと私に思わせる出逢いが待ち受けていました。
ホーエンザルツブルク城塞を見上げながら、私はずっとずっと泣いていました。


そして、今回も。
母と姉にもこの美しい景色を見せてあげることができたし、しばらくはザルツブルクから離れましょう。
そう思った矢先のこと、、、、、、、、

思い出すだけで心が温かくなる出逢いを再び、ザルツブルクは用意してくれていたのでした。
それは運命的な素敵な出会い~(*^^*)ではないのが残念ですが(笑)、

やはりこの街なんだと、私の特別な街なんだと強く感じました。



不思議な街。

距離を置こうとすれば、必ず引き戻されてしまう街。

本当に不思議な街だな、ザルツブルク。


それでは、これから綴るザルツブルク旅行記、よろしければ しばしお付き合いくださいませ。^^

雨に唄えば。

傘をさし、落ち葉を踏み締めながら、思わず踊りたくなるザルツブルクの休日。


今、私は久しぶりのザルツブルクとの再会に喜びを噛みしめています。


そこにあるだけで懐かしさが込み上げてくるホーエンザルツブルク城塞。

お馴染みの演奏者での宮殿ミラベルコンサート。

調和するかのように、あちこちから響き渡る教会の鐘。


足元には雨に濡れた落ち葉が敷き詰められて、ひんやりと肌を包む空気にザルツブルクの秋の深まりを感じました。


今日は一日、降ったり止んだり。
明日の予報も雨です。
それでも幸せを感じるのは、大好きな大好きなザルツブルクだから。


傘をさしつつステップを踏む、

それだけで笑みが溢れてきます。


ザルツブルク時間 '11.10.07 PM11:00 ホテル・モーツァルトにて

明後日から

明日の夜に大阪へ出て、
明後日から10日まで旅行へ出掛けます。

今回は母と姉との3人で。

母と姉は2004年のソウル以来、海外はこれで二度目です。


不慣れな私の案内ですが、お天気も悪そうですが、、、楽しい思い出を沢山作ってきたいと思います!


さて、そこで問題です。(^^)
行き先は、次の6つのうちどちらでしょうか?

1. クライストチャーチ

2. ザルツブルグ

3. ウィーン

4. フィレンツェ

5. ローマ

6. モスクワ

                 うふふ。 では、行ってまいります。(*^^*)



<ヒントにならないヒント?(笑)>
先日、(すでに大統領に返り咲きしている)プーチン首相とドライブする夢を見ました。(*^^*)
マスコミを避けるように、こっそりクレムリン手前の地下鉄入口で降りた私。
いやにリアルだったから、もしかしたら正夢なのかもしれないわ!(爆)


* * *


今日から一週間、私の可愛い愛犬ヨンサマとクリスは、いつもお世話になっている動物病院でお泊まりします。
ちゃんと良い子で待てるかな~?(*^_^*)

明後日から 明後日から

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