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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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新緑の候。

私の祖母は90歳手前で寝たきりになるまで、毎朝5時に起きて町内にある小高い丘を一周歩くのが日課だった。

雨の日も冬の寒い季節もほとんど休まず通ったと思う。
歩き仲間も何人もいて、それは祖母にとっての愉しみであり生きる励みでもあった。

その丘は県下でも指折りの桜の名所であり、県立公園として整備されている。

私も幼い頃はよく遊びに行ったし、隣町の高校2年生の時は遠足で訪れたこともある。
以前の職場では、藤の花の下で上司や同僚たちとバーベキューをするのも恒例だった。


そんな祖母が好きだった場所、私の思い出もいっぱいの場所。

そういえば、しばらく足が遠のいてるなと先日ふと思い立った。

桜は終わったがツツジは咲いているだろうか。
今朝、犬の散歩も兼ねて登ってみることにした。



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緑の合間からツツジの紅色にハッとしたり、木漏れ日がキラキラ眩しく映ったり、
ホント、緑の綺麗な季節になったなぁと、歩くのがとても楽しかった。

愛犬たちもタンポポの綿毛を散らしたり、草むらを歩くのがとにかく嬉しい様子。

ホント、気持ちのいい季節になった。
自然と心が弾んでくる。



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ずっと変わらずにいてほしい。

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25年前のある夏の日、畦道を高校時代の先輩と歩いていた。
何処までものどかで優しい道の辺が続き、少し離れてお寺の鐘が響いてくる。

茂った木々から顔を出す三重塔を眺めながら、「いつまでもここで暮らしたい、」確か先輩はそんなことを口にした。
私も同じ景色を見つめながら、この風景はずっと変わらないで欲しいと思った。


先輩の家は私と同じ町内であるが、東西に離れていて4kmばかり距離がある。
どちらかと言えば私は町の子で、先輩の住む辺りは田んぼや葡萄畑に囲まれた、近くには小さな古墳群のある田舎だった。

しかし、私はその田舎の美しさがうらやましかった。
もちろん、わが家からだって自転車を20分も漕げば辿り着く場所なのだが、先輩はこの景色の中に住んでいる。
その時はそれがとても羨ましかった。



あれから先輩はどうしたのだろう。
たまに思い出すことがある。
近くでは道路を高架にする工事が気長に行われ、周辺の田んぼも気が付けば所々住宅地へと整備が進んでる。

それでもやはりこの眺めは安心できて好きだ。


今日も車で通りがかった。
緑のグラデーションと淡いピンク色がなんとも言えず優しかった。

思わず車を脇に停め、スマホを取り出す。
手前にある電線を避けて拡大して撮ってみたら、ピントがぼけて、なんだか描かれた絵のような写真になってしまった。(笑)

でも、この方がよく雰囲気が出てるかも。

時代の流れにどうしても変わっていかなければならないこともあるだろうが、できればどうかこのままに。




これが、わたしの町。(番外編)

ここしばらくブログを開けなかったのは、私の周りに起こるあらゆる変化についていけなかったから。

といっても、特に何がと言えば何も変化していない気もするし、
でも、自分の精神状態はぐちゃぐちゃで、自分でも自分が分からないくらいです。(苦笑)


そんな時、ふと思い立って、私の町にある一つの島を訪ねてみることにしました。

その島を思い出した理由は、私の職場で今年3月まで看護師をしていた友達(10歳年上のお姉さん)が、島の漁師の奥さんだから。
私が最も信頼し、一緒にいて優しい気持ちをくれる彼女に会いたいと思い出したからでした。


「急だけど、一緒に島を探検しない?」
「いいよ。^^ ちょうど明日はタコ釣りで早朝から島に行ってるから、良かったら朝の便で渡っておいでよ。」

ということで、朝9時発のフェリーに乗って、瀬戸内海に浮かぶ高見島へ行ってまいりました。

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多度津港から30分。
ほとんど波のない内海を船は進みます。

そういえば、この島では寅さんや、郷ひろみさんと夏目雅子さんが出演した『瀬戸内少年野球団』が撮影されたんだよな~。

寅さんでは、マドンナ役で来ていた松阪慶子さんがものすご~く綺麗だったけど、周りを寄せ付けない冷たさがあったって、、、
でも夏目雅子さんはすごく気さくな方で、島人が振る舞ったカレーライスを美味しそうに頬張って、おかわりしてくれたって言ってた。(笑)

そんなことをぼぉ~っと思い出しながら、水しぶきが作る虹や空に浮かぶ雲の流れを眺めていました。

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島のフェリー乗り場には、麦わら帽子を被った彼女が自転車を押して待っていました。

「さぁ、私は自転車に乗るから、picchuちゃんは走って付いて来るのよ!(笑)」
「え"~!! うっそ~!!!(><)」

「あっ、どんなに暑くて喉が渇いても、この島には自動販売機はないからね!(爆)」
「え"~? それ、本当ぉ~?(><)」


まずは漁船を訪ね、彼女のご主人にご挨拶。
「picchuちゃん、何かええ話でもできたんか~?(笑)」
ご主人(以下、お父さん)とも15年来の付き合いで、私が20代の頃から可愛がってくださいます。

「じゃ、また海に出るから後でな。^^」
毎日、カンカン照りの中、漁船で海を走り回るお父さんは、常に真っ黒に日焼けをして、笑った時の真っ白な歯が眩しいです。


「まずは島のお寺から行く~?」
小さな島といってもかなり急な石段の連続に、この炎天下の季節に島を訪れたことを ほんの少し後悔しました。(笑)

「あ、この道はまだ通れないわ。
お盆前には島の人達で草刈りをするんだけどね、今は鎌を持ってないから前に進めないね、別の道にしよう。」
「かっ、かま~?(笑)」

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恐ろしいほどの陽射しに負けず、野生の植物の繁殖も勢いが止まらないようです。
「ほら、家の中まで蔦で覆われてる!」

そんな、すでに廃墟となった家々を縫って、なんとか島の中腹にあるお寺へ辿り着きました。

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高台まで登ると、かすかに頬に風を感じました。

「せっかくだから、お墓参りしようかな。」と彼女。
「お盆にも来なくちゃいけないけど、暑くて自信ないし、、、。(笑)」

真夏の島は半端じゃない暑さです。陽射しも遠慮なく突き刺さってきます。
まして、瀬戸内の凪による蒸し暑さはそれこそ半端ではなく、べとっとした潮風は思う以上に体を疲れさせます。

お墓の掃除に精を出す彼女の後姿を眺めながら、私はふとあることを思い出しました。
「そういえば、この島って、つい数年前までは土葬だったよね。
確か、埋め墓と参い墓があって、、、。」

「あぁ、10年くらい前まではまだ土葬してたと思うよ。」
毟った草をどこへ捨てようか見回しながら、彼女は続けました。

「私はお嫁に来て初めて ここで土葬が行われてるって知ったんだけど、その時 思わず「私は焼いて下さい!」って言っちゃった。(爆)」
「お母さん(お姑さん)なんか、今でも土葬を望んでるみたいだけどね~。」

「で、この島には何人くらいの人が住んでるの?」
実は これまでも2、3度 仕事関係の行事で島を訪れたことのある私は、その頃よりも一層人気のなさに聞いてみました。

「う~ん、20人くらいかな。私が来た頃は200人くらいは居たんだけどね~。」
彼女が結婚して瀬戸の花嫁になったのは、今から25年くらい前のことです。

「その20人にお父さん(ご主人)は入ってるの?」
「ううん。お母さん(お姑さん)だけ。(笑)」

「お母さんも一時は本土に籍を移したんだけどね~、やっぱり生まれ育った島を離れたくないみたい。
お姉さん(義姉)だって、将来は島に帰って来たいと言ってるし、、、。」

確かに、それはこの島に限った話ではなく、私の町のもう一つの島でも顕著に表れているのでした。
若い頃に大阪や東京に出ていた人達が、定年後には島に戻って、毎日 畑仕事や釣りをして余生を過ごし、懐かしい顔ぶれとともに年老いていくことを希望して。

「なんとなくその気持ち分かるような気がするけど~、お店すら一軒もない島で住むのはね~、もともと島の人じゃなきゃ絶対に無理だよね。」
「ホント、ホント。 信号機すらない、何にもない島だもんね。(笑)」

私達はそんな他愛無い話をしながら、海岸沿いを歩きました。
「本土(四国)から見るのと、同じ瀬戸内海の景色でも少し違うよね。」

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その時、お父さん(ご主人)の船が走っていくのが見えました。
「毎日、大変だよね。」
絶対にこちらは見えてないであろう船に乗るお父さんに、手を振りながら話を続けました。
「うん、でも9月と1月だったかな、釣りをしてはいけない期間があって、その時期は無職になるの。(笑)」

「うちはタコとイカナゴだけだから、他もやってたら違うのかもしれないけどね。」
聞けば、一日で80万円近くの収入になることもあれば、もちろん収入ゼロの月もあるそうです。

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周囲6キロほどの島は、引き潮の時でないと一周できません。
満潮になると、道が海の中に沈んでしまう場所があるからです。
私達は島の5分の3程度を歩いたのかな、気が付けば 私の鼻の頭は信じられないくらい真っ赤に日焼けしていました。(笑)

「帰りはお父さんの船で戻ろうね。」
彼女の島の家で大きな西瓜を頬張りながら、タコ漁を終えたお父さんの帰りを待つことにしました。

「フェリーは朝便と夕方の便しかないから、船がないと不便でね~。(笑)」
「私、一時間に一本くらいはフェリーが出てるのかと思ってた!」
「いやいや、お盆シーズンは便数も増えるけど、毎日4往復くらいしかしてないんじゃないかな~。」
「フェリーもいいけど、お父さんの船に乗るの好きだから、今日はラッキーかな。」
なんたってスピードも違うし、海面はすぐそこだし。^^


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何も言わなくても私の不安定な気持ちを感じ取り、何も聞かずに ただ一緒に島を歩いてくれた彼女。

そして、相変わらずの明るさと気さくさで、私の気分を転換させてくれたお父さん。

二人に対して、感謝の気持ちでいっぱいです。 


ありがとう。。。

これが、わたしの町。(3)

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あの三角お山の向こうには、一体何があるんだろう?

あの三角お山の頂上に、人間って立つことができるのかな?

あんなに急な三角のお山、登るなんてとても大変だろうな。




この連なった おむすび山達を遠くに見つめながら、私は大きくなりました。

幼い私は、それらの山々の間にちょこんと座す三角形の山ばかりが気になっていました。


あの三角お山にお大師さまも登ったのかな?

この一帯は弘法大師・空海が生まれ育った場所です。

三角形の右隣りの山は、幼少時代の空海が身を投じたという伝説を残す我拝師山。

だから、それに連なる小さな三角お山にも、お大師さまはきっと登ったに違いない、そう子供心に信じていました。

そしてその頃の私は、三角お山は地球の最果てのように思っていました。

誰もそんなことなど言っていないのに、自分だけで信じ込んでたみたいです。(笑)



少し大きくなって、確かあれはお姉ちゃんの結婚式の日だったかな。

小学一年生の時。

これ以上遠い場所はないと思っていた三角お山のすぐ傍を、物心ついて初めて車で通ることがありました。

尖っていると思っていた頂上は、近くで見上げると実はまあるい形になっていて、

麓から一直線に頂上まで伸びていると思っていた道も、くねくねと山肌を縫っています。


そして何より、この三角お山の向こうにも道は続き、家々が立ち並んでいることに驚きました。

地球って広い!

そう生まれて初めて思った瞬間です。(笑)

これが、わたしの町。(2)

どれほど美しい風景も、いつも眺めていれば それが当たり前の景色になり、感動することも少なくなる。

でも、この景色だけは 毎日見飽きることなく、美しいな~と私は思う。


遠く島々が霞む日もある。

蜃気楼のように島々が浮かび上がることもある。

時に小さな島ながら、可愛く笠雲を覆う姿を見せてくれることもある。


はっと思うほど海の色を青く感じたり、

瀬戸内海はやはり碧色だな~と思ったり、

夕凪の淡いグレーに染まる瀬戸内の海は、どの海にもない ここだけの色合いだな~と感じたり、


この微妙な色彩の移り変わりの中で眺める穏やかな風景を、私はずっと持ち続けていたい。



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