I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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旅の未完成 (5)

いきなりだが、私にとってパリとウィーンは、その他欧州のどの都市と比べても別格だ。
あ、ザルツブルクはそのまた上の別格だが。(笑)

パリは私にパスポートを与えてくれ、ウィーンはオセアニア、南米、ニューヨークを訪れた後の私に、改めて欧州の魅力と気品を見せつけてくれた街だった。

今回、再びウィーンを訪ねてみて、その特別さがよ~く分かった。

そして、どちらも自分にとって大きな節目の旅であったと今なら分かる。


今回の旧ユーゴを巡る旅、そして「ドナウの旅人」も、後で振り返った時にそう思えるものであって欲しい、そう心の底から願っている。

そして またいつか、この旅の続きが始まることを楽しみにしたい。


*:*:*:*:* *:*:*:*:* *:*:*:*:*

・2012.09.30
オーストリア → ドイツ → オーストリア

       09:02   ザルツブルク中央駅発           
       10:30   ミュンヘン中央駅着

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             ミヒャエル教会
             マリエン広場
             ミュンヘン新市庁舎 (外観)
             ミュンヘン旧市庁舎 (外観)
             バイエルン州立歌劇場 (外観)
             レジデンツ
             プリンツレーゲンテン劇場 (外観)

           pikoさま、ご招待☆

             オクトーバーフェスト会場

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           これぞ、オクトーバーフェスト!
           私も欲しい、ディアンドル。

       19:00   プリンツレーゲンテン劇場入場           
       20:00~20:50   Max Raabe solo concert (第1部終了後、退場)  

       21:42   ミュンヘン中央駅発           
       23:45   ザルツブルク中央駅着

       (宿泊)   Hotel Ganslhof


・2012.10.01
オーストリア

             カフェ・トマッセリ             
             レジデンツ広場
             ノンベルク修道院

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             聖ペーター教会
             ゲトライデガッセ             
             バルカン・グリル・ヴァルター <ボスナ>

       (宿泊)   Hotel Ganslhof


・2012.10.02
オーストリア

       09:15   ザルツブルク発           
       10:45   バート・イシュル着

             カイザーヴィラ

           リベンジ☆ グーグルフプフ。
          
             カフェ・Ramsauer

       14:24   バート・イシュル発           
       15:57   ザルツブルク着

             ミラベル庭園             
             ゲトライデガッセ

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       (宿泊)   Hotel Ganslhof


・2012.10.03
オーストリア → ドイツ → オーストリア

       10:09   ザルツブルク中央駅発           
       13:01   アウグスブルク中央駅着

             アウグスブルク市庁舎 (外観)
             ムラト氏宅                                  
             トルコ料理レストラン

       19:42   アウグスブルク中央駅発           
       22:12   ザルツブルク中央駅着

       (宿泊)   Hotel Ganslhof


・2012.10.04
オーストリア

             カフェ・バザール             
             カプツィーナーベルクの丘   ・・・昼寝

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             メンヒスベルクの丘

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             レストラン・ペーター・エステーラー

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             大聖堂
             レジデンツ広場

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           沢山の出会いに、ありがとう。

             コレーギエン教会

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             馬洗い池
             ゲトライデガッセ
             カフェ・ザッハー

       (宿泊)   Hotel Ganslhof


・2012.10.05
オーストリア → ドイツ → アラブ首長国連邦

       08:09   ザルツブルク中央駅発           
       10:18   ミュンヘン中央駅着
             
       15:45   ミュンヘン国際空港発   エミレーツ航空50便   
       23:40   ドバイ国際空港着


・2012.10.06

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       03:00   ドバイ国際空港発   エミレーツ航空316便        
       17:10   関西国際空港着

       18:05   関西国際空港発   関空リムジンバス           
       21:37   JR高松駅着

           気になるシリア上空。
           世界地図を広げてみる。
           わが友、「トーマスクック」
           picchuko版・中欧8ヶ国周遊マップ

           旅の意味が増す。

*:*:* *:*:* *:*:*


長い間、中欧旅行記にお付き合いくださいまして、まことに有難うございました。

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旅の未完成 (4)

小雨の中 ザルツブルクに着いた私は、中央駅にあるインターネットカフェでホテルを抑えた。

スプリットでは直接ホテルのフロントで宿泊を申し込んだが、やはり あらかじめ立地や料金、部屋の写真等を見比べてから決める方が安心だ。

気分ひとつで行き先を変更する旅には、日本語が文字化けしないザルツブルクのネットカフェは有難かった。
自分のパソコンを持ち歩くのは邪魔であるし。


ついでに そこで、急に思い立った2日後のウィーンのホテルも予約した。

それで一息ついたのか気持ちも緩み、だらだらと過ごすことが多くなる。(笑)
そんな中、お気に入りの時間は、お菓子片手にホテルの庭で本を開くことだった。

ま、それもいいかな、と思っている。


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・2012.09.24
オーストリア

           音符が降る町。

             ミラベル庭園

           ミラベル散歩は欠かせない。

             カフェ・バザール
             メンヒスベルクの丘
             レストラン・ペーター・エステーラー
             カフェ・モーツァルト

           今一番、恋しいもの。
           同郷の人。

       (宿泊)   Hotel Markus Sittikus


・2012.09.25
オーストリア

             ザルツブルク中央駅構内カフェ

       11:10   ザルツブルク中央駅発

           ちょっとだけ小旅行。
           動かない。
           だって、ブログ書いてるから。(笑)

      14:18   ウィーン西駅着

             クリムト墓地
             シェーンブルン庭園・グロリエッテ

           花咲くシェーンブルン。
           やっぱりウィーンは素敵だと思う瞬間。

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           私がウィーンへ来る為には、

       (宿泊)   Hotel Bergwirt


・2012.09.26
オーストリア → スロバキア → オーストリア

             シュテファン寺院 (外観)

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             王宮・庭園 (外観)
             ウィーン国立歌劇場 (外観)

           天井桟敷。

             カールス教会 (外観)

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             セセッシオン

           クリムトだぁ。

       12:10   ウィーン・シュヴェーデンプラッツ船着場発

           やっぱり素敵だ。

       13:45   ブラチスラヴァ着

             Sightseeing in Bratislava ツアー
              ・ブラチスラヴァ旧市街
              ・ブラチスラヴァ城

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       16:00   ブラチスラヴァ発
       17:30   ウィーン・シュヴェーデンプラッツ船着場着

             カプツィーナー教会
             中華料理レストラン

           何故か、
           そして誰もいなくなった。
           これが、オペラ座だ!?(笑)

       (宿泊)   Hotel Bergwirt


・2012.09.27
オーストリア → (スロバキア) → ハンガリー → オーストリア

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       09:00   ウィーン・ライヒスブリュッケ船着場発

           「ドナウの旅人」になってみる。
           3000kmの旅。
           ドナウに例えると、
           後30分、ドナウの旅人。
           ドナウのように生きてゆく?

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       15:00   ブダペスト着

             鎖橋

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             ブダの丘
             漁夫の砦・カフェ

           最高の気分だ。
           ブダペストと「Gloomy Sunday」。
           もう帰る時間。

             マーチャーシュ教会 (外観)
             国会議事堂 (外観)

           点と線。
             
       19:10   ケレティ <ブダペスト東駅> 発
       22:10   ウィーン西駅着
                      
       (宿泊)   Hotel Bergwirt


・2012.09.28
オーストリア

             シェーンブルン宮殿・庭園

           シェーンブルンのバルコニーから更新だ。
           せっかくのウィーン。

             ウィーン市立公園

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             シュテファン寺院

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             ケルントナー通り・プチポワン専門店
             カフェ・ザッハー

           これがホントのウィンナー珈琲?

       15:50   ウィーン・ヒュッテルドルフ駅発

           愛しい町、ザルツブルク。

       19:20   ザルツブルク中央駅着

       (宿泊)   Hotel Ganslhof


・2012.09.29
オーストリア

             聖セバスチャン教会
             モーツァルト小橋
             モーツァルト広場
             ゲトライデガッセ
             ペーター教会
             ミラベル庭園                              
             
       (宿泊)   Hotel Ganslhof

旅の未完成 (3)

・2012.09.18
オーストリア → (スロベニア) → (クロアチア) → ボスニア・ヘルツェゴビナ

       08:30   ザルツブルク発   
       17:00   ボスニア・ヘルツェゴビナ入国

           いざ、サラエボへ。

       19:30   サラエボ着
  
             バシチャルシァ <旧市街>

       (宿泊)   Evropa Hotel Grani


・2012.09.19
ボスニア・ヘルツェゴビナ → クロアチア

             バシチャルシァ <旧市街>
             カトリック大聖堂
             シナゴーグ (外観)
             セルビア正教会
             セビリ (水飲み場)
             ラテン橋
             ガジ・フスレヴ・ベイ <イスラム関連施設>

           ユーゴに惚れた!?(笑)
           増えるコレクション。
           picchuko&ムラト氏 おススメ、サラエボの教会。
           まさに引き金だった。

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       11:40   サラエボ発   
       13:30   モスタル着

       14:00   モスタル発

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       18:15   スプリット着

             リーヴァ <海岸通り>

       (宿泊)   Hotel Bellevue


・2012.09.20
クロアチア

             リーヴァ <海岸通り>

           逃れて、スプリット。

             ディオクレティアヌス宮殿跡

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             ぺリスティル <中庭>
             ディオクレティアヌス大聖堂・鐘楼
             前庭

           スプリットでも。

       (宿泊)   Hotel Bellevue


・2012.09.21
クロアチア

             リーヴァ <海岸通り>
             ディオクレティアヌス宮殿跡

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             ぺリスティル <中庭>
             前庭

           明朝、ザグレブへ。
           スプリットへの誘い。
           私の抱く旧ユーゴ。
           ボスニアおじさん。

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       21:16   スプリット発


・2012.09.22
クロアチア → (スロベニア) → オーストリア

       07:10   ザグレブ着

       09:00   ザグレブ発

           

       11:21   リュブリャーナ着

       11:50   リュブリャーナ発
       14:00   フィラッハ着

       15:16   フィラッハ発
       17:48   ザルツブルク着

       (宿泊)   Hotel Markus Sittikus


・2012.09.23
オーストリア

             ミラベル庭園
             カフェ・トマッセリ

           暮らすように、オーストリア。

             ザルツブルク旧市街 <フェスティバル>

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             レジデンツ広場

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           溢れる人、人。
             
             ザルツブルク大聖堂広場

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           大聖堂の鐘の音には敵わない。
           どれくらいかと言うと、

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             トルコ料理レストラン
                          
       (宿泊)   Hotel Markus Sittikus

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スプリットからザルツブルクへ戻る途中、列車の故障で スロベニアの首都・リュブリャーナからオーストリアのフィラッハまで、QBBが代行のバスを出してくれた。

なので、一旦リュブリャーナで列車を降りた。

あの時、何も考えずにバスに乗ったが、今覚えば そのままスロベニアで滞在しても良かったのだ。
あんなにも気に入ったスロベニアだったのに。

それでも、あの時の私にはザルツブルクしかなかった。
私の頭の中にあったのは、ザルツブルクの温かい表情だけだった。


結局、ザルツブルク。
やっぱり自分でもおかしくなるくらい『I love Salzburg』なんだな。(笑)

旅の未完成 (2)

今回、現地からその都度ブログを更新できたので、行程表と合わせて整理してみた。

旅の流れと その時の気持ちがひとつになって、いい記録になると思う。


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・2012.09.12
スロベニア → クロアチア

       08:15   リュブリャーナ駅発

           パスポートチェック中。

       10:35   ザグレブ中央駅着
  
             レストラン・ピヴニツァ・トミスラフ
             青果市場

           ザグレブは都会なのか?

             ザグレブ聖母被昇天大聖堂

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           道端に腰掛け、かじってみた。

             聖マルコ教会・マルコ広場
             ナイーブアート美術館

           ナイーブアートと丸亀市。

             ロトルシュチャック塔

       (宿泊)   Hostel Nocturno


・2012.09.13
クロアチア

           雨だ。

       08:50   ザグレブ発   
       11:00   プリトゥビツェ着

             プリトゥビツェ湖群国立公園   ・・・トレッキング

           幻想と現実と。
           ひやりとした。
           「プリトゥビツェ湖群」以上に輝く二人。

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       17:00   プリトゥビツェ発   
       19:10   ザグレブ着

       (宿泊)   Hostel Nocturno


・2012.09.14
クロアチア → セルビア

             ザグレブ聖母被昇天大聖堂   ・・・ミサ

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           クロアチア美人。

       11:03   ザグレブ中央駅発  
       17:19   ベオグラード本駅着

           旅のスタイル、読書スタイル。

       (宿泊)   12 Monkeys Hostel

           picchukoさんってそんな人?


・2012.09.15
セルビア

       08:15   ベオグラード本駅発

           今の私では、、、
           2つの安堵。
 
       09:52   ノヴィ・サド駅着

             ペトロヴァラディン要塞

           ノヴィ・サドで、晴れた気分。

             スロヴォダ広場
             カトリック大聖堂 (外観)
             セルビア正教会
             シナゴーグ (外観)

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       13:30   ノヴィ・サド駅発

           セルビア青年とコンパートメント。
   
       15:00   ベオグラード本駅着

             カレメグダン公園

           それを見ずには、

             聖サヴァ教会

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           割れたマルコの携帯 (1)
           割れたマルコの携帯 (2)

       21:30   ベオグラード本駅発

           深夜列車に乗る。
           宿泊証明書。
           私は今、オリエント急行に乗っていて、


・2012.09.16
セルビア → (クロアチア) → (スロベニア) → オーストリア

           その名は、イワナ。

       09:40   フィラッハ駅着

       11:16   フィラッハ駅発   
       13:48   ザルツブルク中央駅着

             ムラト氏合流 (~9/19 モスタル)

           ナザール・ボンジュウ、その後?

             トルコ料理レストラン

       (宿泊)   Hotel Goldene Krone


・2012.09.17
オーストリア

             聖セバスチャン教会
             モーツァルト生家

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             カフェ・ザッハー
             メンヒスベルクの丘
             レストラン・ペーター・エステーラー

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             ホーエンザルツブルク城塞
             ザルツブルク大聖堂
             ミラベル庭園             
             トルコ料理レストラン

       (宿泊)   Hotel Goldene Krone

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旅の未完成 (1)

私の旅は、永遠に未完成のままだ。

絶対にカッコよく終わることはない。

「でも、普通じゃ物足りないんでしょ? それが病みつきなんでしょ?^^」
帰りの飛行機で隣りになったご婦人にそう言われた。

そうだ、それが病みつきだ。(笑)

だから、これからも無駄と失敗ばかりの旅を続けるだろうし、

ここで一旦 中欧の旅日記は終了するが、私の旅行記は永遠に終わらない気がする。


*:*:*:*:* *:*:*:*:* *:*:*:*:*

・2012.09.05

       14:35   JR高松駅発   関空リムジンバス
       18:10   関西国際空港着

           夜の関空 
 
       23:40   関西国際空港発   エミレーツ航空317便


・2012.09.06
アラブ首長国連邦 → ドイツ → オーストリア

       04:50   ドバイ国際空港着

           picchuko @Dubai

       08:35   ドバイ国際空港発   エミレーツ航空49便
       13:00   ミュンヘン国際空港着

           始まりは、この笑顔。

       15:27   ミュンヘン中央駅発
       16:56   ザルツブルク中央駅着

       (宿泊)   Hotel Meininger


・2012.09.07
オーストリア → ドイツ → オーストリア

             ミラベル庭園

           ザルツブルクに着いて一番にしたことは、

             Eagle's Nest ツアー
              ・ケールシュタインハウス <ヒトラー山荘>

           世界一のパワースポット!
           本日のナイスガイ(笑)
           picchuko イチオシ☆

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              ・ベルヒテスガーデン

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             ミラベル宮殿、庭園

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             レジデンツ広場

           picchukoは幸運の女神なのか?!

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             ザルツブルク大聖堂
             メンヒスベルクの丘

           ちょっとだけティータイム、のはずが、、

       (宿泊)   Hotel Meininger


・2012.09.08
オーストリア

           本日のナイスガイ 2

             カフェ・ザッハー
             サウンド・オブ・ミュージック ツアー

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              ・レオポルツクローン城
              ・ヘルブルン宮殿

           マリア? ハイジ?

              ・ザンクト・ギルゲン

           ザルツカンマーグート

              ・モントゼー

           旅先では、いつも食欲の落ちる私だが、

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             ミラベル庭園

           本日のベストカップル☆

             レジデンツ   ・・・モーツァルトコンサート

           ザルツブルクといえばモーツァルト、

             ホーエンザルツブルク城塞
             メンヒスベルクの丘

           ザルツブルクより最後の更新。

       (宿泊)   Hotel Meininger


・2012.09.09
オーストリア → スロベニア

       10:12   ザルツブルク中央駅発

           世界の車窓から。
   
       12:43   フィラッハ駅着

       12:52   フィラッハ駅発

           列車は旧ユーゴへと。
           本日のベストカップル(笑) 2

       16:50   リュブリャーナ駅着

             リュブリャーナ市庁舎前カフェ

           君が為に鐘は鳴る。

             リュブリャニツァ川ボートツアー

           あの人は架空の人。

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       (宿泊)   Hostel A.V.A


・2012.09.10
スロべニア

             トロモストウイエ <三本橋>

           トロモストウイエで朝食を。
             
             Alpine Fairytale ツアー
              ・ブレッド湖
              ・ブレッド城

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              ・ヴィントガル渓谷
              ・ボーヒン湖
              ・バプティスト教会

           本日のベストカップル 3

              ・シュコーフィア・ロカ <古都>

           本日のナイスガイ 3
           あなたもウルスのファンですね?(笑)
           それは、宝石箱だった。

             フランシスコ教会
             竜の橋

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       (宿泊)   Hostel A.V.A


・2012.09.11
スロベニア

             リュブリャーナ大聖堂
             中央青果市場
             リュブリャーナ駅前カフェ

           「ヤポニャ?」

       09:40   リュブリャーナ駅発   
       10:45   ポストイナ駅着

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             ポストイナ鍾乳洞

           まだ酔っている。
           picchukoサンタ、未だ健在!(笑)
           来た道すら戻れない女。

       16:07   ポストイナ駅発   
       17:15   リュブリャーナ駅着

             リュブリャーナ城
             レストラン・ゴスティルナ・シェースティツァ

           スロベニア最後の夜。

       (宿泊)   Hostel A.V.A

           鉄子失格☆

沢山の出会いに、ありがとう。

「君は僕の特別な友達だ!」

ザルツブルク滞在中、私は暇があれば(暇ばかりだったが・笑)イゴールに会いにレジデンツ広場へ行っていた。

イゴールは昨年10月に知りあった、モンテネグロ出身の絵描きである。
ドゥブロヴニクで絵を学び、ユーゴ紛争前にザルツブルクへと移り住んだ。

たぶん、彼はずっとここでザルツブルクの街並みを、そこで生きる人々を、行きずりの旅人達を見てきたのだろう。

常にビールをラッパ飲みしながらも、彼は愛情を持って人に街に声を掛けてきたのが分かる。

そんな彼だから、彼を慕う友人も多い。
彼と共に広場でいると、ひっきりなしに声を掛けてもらえるのもなんだか楽しい。

そして その度に、「彼女は僕の特別な友達だ」と一人一人に紹介してくれる。

「特別」と言われて嬉しくないはずがない。
私はいつも、そんな彼の隣りでニコニコしていた。(笑)

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「君は特別だから、お別れにこの絵をプレゼントするよ。 知っての通り、モーツァルトの生家を描いたものだ。」
帰国の前日、彼はそう言って 両手で私の頬を挟み、鼻の頭にキスをした。

「ありがとう。ザルツブルクにはまた来るよ。」 
絵を受け取った私は、大きく手を振りながらレジデンツ広場を立ち去った。


これで、手元にある彼の絵は二枚になった。

一枚目は、昨年10ユーロで買ったもの。
ミラベル庭園から見上げたホーエンザルツブルク城塞で、私の好きな構図である。

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*


振り返ると、いつもどこでも笑顔があった。

その出会いの殆どが一期一会のものではあるが、ぬくもりは今も心に残っている。

全ての人に伝えたい「ありがとう」、どこかを巡って一人一人に届きますように。



では、とても優しい笑顔から始まった今回の旅、旅行記も心温まるこんな笑顔で〆たいと思う。


2012-11-29 16:49:16 

2012-11-29 16:50:17


旅の総括は、改めて。

picchuko イチオシ☆

そして、picchukoイチオシの場所はここ。

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ザルツブルクから車で40分ほど、ドイツはバイエルン州ベルヒテスガーデン郊外にあるケールシュタインハウス、かつてヒトラーの山荘があった場所だ。

私はそれを、手塚治虫さんの漫画『アドルフに告ぐ』で知っていた。
漫画で読んだだけなら気にもしなかったろうが、予言者としての顔も持つヒトラーが最もインスピレーションを受けた場所ということで興味を持った。

ただ、友人などに話すと「え、ヒトラー? あのヒトラーなんでしょ?」と眉間に皺を寄せて嫌がられる。


だが、ヒトラーは別にしても、ここは素晴らしい景勝地なのである。 
そして、最高のパワースポットだと私は思っている。

事実、アジア人の観光客は少ないが、欧米人からの人気は高い。

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右手に見えるのが崖の上に建てられた山荘の名残り。

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そこへは、真夏でもひやっとする長いトンネルを抜け、山をくりぬいて造った黄金のエレベーターで一気に登る。

中には、イタリアの首相ムッソリーニから贈られた大きな大理石の暖炉があり、当時は昭和天皇から届いた絨毯も敷かれていたそうだ。
そこでナチスは公式行事や政治的会談を行ったそうだが、今はレストランになっていて、そんな重苦しい雰囲気はない。

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私はここに来ると、その山荘からはすぐに飛び出す。

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なぜなら、この景色こそ堪能したいから!

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この場所は、これで二度目だ。

本当はザルツブルクへ来る度に訪れたい場所なのであるが、なにせアルプスに囲まれた、1834メートルの絶壁の上にある。
雪で覆われる11月から5月中旬までは閉鎖されている。


だから、今回は一番にここへやって来た。

その理由は景色だけじゃない。


以前も書いたが、ここに来ると「今、世界中で私が一番 天に近い!」と感じる一点がある。

空から目には見えない一筋の糸で釣りあげられるような、神経を集中させると天からのメッセージが直接下りてくるような、

そんな神がかりな体験ができる場所がある。

鈍い私でさえそうなのだから、予言者ヒトラーがビシバシ何かを感じていたとしてもおかしくはない。
その霊感の使い方を過ったことで、彼の運は尽きたのだろう。


その一点に立つと、選ばれた者の気分も味わえる。

だが、それは一点だけだ。

もちろん、その一点がどこなのかは記されていないし、そう感じるのは私だけかもしれない。(笑)



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より大きな地図で 2012.09.07 Kehlsteinhaus を表示

それは、宝石箱だった。

旅に出るからには、事前に見どころや地理的なものをあらかじめ下調べすべきである。

だが、私はそれができない。

なのに、人一倍小心者であるから出発直前になって不安に負け、適当に旅程を立て、これまた適当すぎるほど適当に宿を取った。


で、スロベニアでは首都リュブリャーナでホステルを3泊予約した。
そのついでに現地ツアーを申し込んだわけだが、その行き先も実は事前に知らなかった。
知らせがなかったのではなく、英語のメールなど はなから読む気もない。(笑)

もともと、私にとって印象の薄いスロベニアは、ザルツブルクからベオグラードへの通り道に過ぎなかった。
だから、まぁそんなもんだろう。


私が初めて そのツアーの行程を見たのは、ザルツブルクからリュブリャーナへ向かう列車の中だった。
ブレッド湖がスロべニアを代表する観光地だということも、その時知った気がする。

そんな私に、同じコンパートメントに乗った若いカップルがブレッド駅で降りると言う。

ブレッドは、オーストリアからスロベニア入りする場合、国境を越えてすぐの場所にある。
リュブリャーナは、そこからさらに1時間も先だ。

最初からきちんと計画を立てていれば、わざわざリュブリャーナから引き返さなくても良かったのに。
私は無駄な時間とお金を悔いた。


だが、やっぱり私は私だ。

その後悔は、スロベニアン・ナイスガイとの出会いによって、あっけなく吹き飛んだことは ご想像通り。(笑)

そして、その眩しい彼に案内されたメルヘンチックで美しい風景の数々に、スロベニアを素通りしなかった自分を心底褒めた。(笑)

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ツアーで巡った場所は、
定番のブレッド湖とそれに面して断崖に建つブレッド城、そこから4kmほど北西にあるヴィントガル渓谷、さらに西のボーヒン湖などだった。
ブレッドからリュブリャーナまでの帰り路では、また別の古城の町にも立ち寄った。

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ブレッド湖もボーヒン湖も、ユリアンアルプスの氷河によってできた湖だ。
それは、訪れる人の心までも写し出す、透明な鏡のような美しさだった。


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そして、川底まで透き通ったヴィントガル渓谷でも言葉を失う。
私はその時、初めて地上に流れる天の川を見た。

1.6kmの遊歩道を、まるでリスのように軽く弾む彼に続くのはキツかったけれど、それでも心地よい疲れに気分は良かった。

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スロベニアはこれだけじゃない。

そこには欧州最大のポストイナ鍾乳洞もあれば、そこはかとなく色気漂うリュブリャーナの街並みも魅力的だ。


印象が薄いと思っていたその国だが、
オーストリアとイタリアとクロアチア、その3つの国のそれぞれの美点を巧く融合したとても美味しい国なのかも。

僅か四国ほどの小さな国・スロベニア。 

それは、まるで宝石箱のようだった。




より大きな地図で 2012.09.10 Ljubljana - Bled を表示

あなたもウルスのファンですね?(笑)

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「あなたも Alpine Fairytale tour に参加されるのですか?」
アールヌーヴォー調の格式高いグランド・ユニオンホテルのロビーで、私は一人の女性に声を掛けた。

あまりに酷い安宿から一夜明けたばかりの私には、それは悔しいほど高級感漂うホテルであったが、その日に申し込んだ現地ツアーの集合場所がそこであった。

「ええ、あなたもなのね? 私はカナダから来たの。 主人と一緒よ。」
50歳から60歳代のご夫婦であろうか、気さくな笑顔がとても素敵な二人だった。

「あ、この方も参加されるそうよ。 偶然にも、私達と同じカナダ人なんですって。」
「どうぞ、よろしく!」
白髪ではあるが、まだまだ若さは負けないわよって感じの女性が、その先にいた。


その時、「picchukoさんですよね」と肩を叩かれ振り向くと、爽やかな好青年が微笑んでいた。
「今日、一日お願いします。」

ツアーガイドの彼は、客の中で唯一日本人である私を見つけ、まず声を掛けたようだ。
確かに、欧米人ばかりの中で、名前しか知らない初めての客を見つけることは難しいと思う。


「車にもう二方、今日のお客様が乗っています。 インドから来られたご夫婦です。」

ガイド兼運転手の彼を含め総勢7人、車はスロベニアの首都リュブリャーナを出発した。


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さて、お気づきか。

この日の写真は、何気に彼が登場する。(笑)


あの「picchukoさんですよね」と声を掛けられたその時から、私はぽお~っとのぼせあがっていた。

か、かっこいい。。。
だが、本命になればなるほど「写真を撮らせてください」とはなかなか言えないものだ。
結局、出来上がった写真の数々は、こんなふうに出来損ないか写りの悪いものばかりになってしまった。

しかし、かっこいい。
顔だけじゃない、全てのバランスといい、性格といい、若さといい(笑)。
ちょっとした冗談にもきちんと反応してくれる。


もちろん、そう思ったのは私だけではなかったようだ。

カナダ人の奥さん、そして 一人参加のカナダ人女性、この二人も 何かにつけて彼に話し掛けていた。
特に一人参加の女性は車においても助手席をキープし、彼を離さない。
恋する気持ちに年の差はない。

まあ、私は眺めるだけで幸せだから別にいいけど、、、  でも気に食わないっ☆

*


「あなたはどんな音楽を聴くの?」 彼女が尋ねた。
「う~ん、大抵なんでも聴くよ。」

二人の後ろに座る私は、素振りだけは平然と、耳だけはピンと立てらせていた。


その時、彼女が言った。 「IL DIVOなんかどう?」


はっ!?

そうだっ!

私は思わず膝を叩いた。 彼はウルスに似てるんだ!!!

目といい、頭の形といい、横顔の骨格といい、ウルスにとてもよく似ている。


はは~ん、あなたもウルスのファンなのね。 私は見抜いた。

彼女も彼をウルス似と思ったかどうかは分からないが、だが近いものを感じたのだろう。
だから、彼女も彼に魅かれたのだ。

ふふ~ん、なるほどね。


「ああ、IL DIVOも聴きますよ。彼らは、ここスロベニアでも凄い人気です。
もうすぐリュブリャーナでコンサートがあるんだけど、あっという間にsold outでしたよ。」

彼は普通にそう答え、運転を続けた。


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ここは、ボーヒン湖。
かのアガサ・クリスティが、「ここは私の小説の舞台にはなりません、美し過ぎるから」と言った場所。




より大きな地図で 2012.09.10 Ljubljana - Bled を表示

ナイーブアートと丸亀市。

もう2年前になる。

ブログで知り合って以来 様々な見聞で楽しませてくれる 虹の木313さんの日記の中で、「原田泰治」という画家の存在を知ったのは。

それは、さだまさしさんの話から広がった。

私が高校時代を過ごした香川県丸亀市の市制100周年記念事業として作られた、さださん作『城のある町』、
私はてっきり、丸亀市がさださんにお願いして作詞作曲してもらったものと思っていた。

だが そうではなく、
彼の親友である画家・原田泰治氏が、城下町・丸亀の春夏秋冬をテーマにした絵をまず描き、
それに「まさしくん、この町を歌えないかなあ」と持ちかけたことがきっかけになったということだ。

「それは、2000年に発売された さださんのアルバム『日本架空説』に収録されていますよ。だから、丸亀市から直々にお願いされたわけではないんですね」
と、虹の木さんは丁寧に教えて下さった。


*

そして、その「原田泰治」という名前を、私はクロアチアの首都ザグレブで再び見つけた。


1973年、原田氏は新聞紙上でイワン・ラブジン氏の『私の故郷』を目にしました。

「心の生計を立てるために描く」というラブジン氏のふるさとの光景を心の内面から描く姿勢は、その後の原田氏の画家人生に大きな影響を与え、"日本のふるさと"をテーマとした「原田泰治の世界」に結実。
全国の人々に深い感動をもたらしました。


それは、「クロアチア国立ナイーブアート美術館」の入口に貼られてあった文章だ。

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美術館は、ザグレブの象徴・聖マルコ教会からすぐの場所にある。


私とナイーブアートの出会いは日が浅い。

今年の正月、ドゥブロヴニクのとある店先だった。
まさに「素朴」という表現がぴったりの絵に、ふらふら~っと中に入った。
なんだか癒されたのだ。

その夜、ホテルでガイドブックをめくった。

クロアチアを代表する絵画「ナイーブアート」は、1930年代初頭に独学で絵を描いていた農民画家たちのグループが誕生したことに始まる。
それは、ガラス板の裏に描くのが特徴で、農民の日常生活や農村の風景といったテーマを叙情的に描き、近現代芸術として評価されている。


なるほど。


たまには前衛的な絵もいいが、今の私は素直に描かれた作品の方が好きだ。

素直、そう素直なんだ、そこから感じるものは。
ナイーブアートという呼び名にぴったりだと思った。


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そして、その作品の数々を一度に観賞できるのが、ザグレブにある「ナイーブアート美術館」だった。


一口に素直といっても、色々な表現がある。

写実的なもの、抽象的なもの、明るい色遣いに、どうしようもなく寂しさを感じる絵。

各々の心の内をガラス板にぶつけることで生まれた作品が、様々な顔をして並んでいた。
素直に自由。

中には宗教的意味合いの濃いものもあったが、全体的に素朴な日常生活の中で、当たり前の風景の中で見つけたもの、感じたものを描いているように思えた。

だから、どんな表現をしようとも、作品が素直であるから、見る方の心にも素直に入ってくる。
まあ、感じ方は人それぞれであるから、絶対にそうだとは言わないが、私にはそう感じた。

もちろん、物には好き好きもある。
私もその全てが気に入ったとは言わない。

そんな中で私の心を温かくしてくれたのが、イワン・ラブジン氏の作品だった。

淡い色遣いがなんとも優しく包んでくれるようで、見ていて安心するのだ。

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で、そのラブジン氏の絵に衝撃を受け、影響され、その後 彼と交流が深かったのが原田泰治氏であった。

私が気に入った画家が、偶然にも原田氏と懇意だったというのも嬉しく思った。


そして、


丸亀市をイメージした さださんの作品『城のある町』は、もしも原田氏がクロアチアのナイーブアートと出会わなければ、

"日本のふるさと"の光景の一つ、丸亀の町を心の内面から原田氏が描かなければ、形にならなかった歌かもしれない。

そんな風に思えてきた。


意外にも、遥かクロアチアの街角で、私は自分と縁を感じる絵画と対面することができたみたいだ。


城のある町、、、
あ、そうそう、私は高校時代、授業を抜け出してまで、お城へ登ったこともある。(笑)




より大きな地図で 2012.09.12 Zagreb を表示

スプリットでも。

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だから、旅先でついCDを買っちゃうのはよくある話。

10回中、たぶん9.5回は買っている。(笑)

こんな つい買ってしまったCDは、いつもドライブ中に流される。

ブダペストはこれで2枚目。

ま、収録曲が同じじゃないので構いはしないが、問題は曲のスピードだ。


チャールダーシュに代表されるようなハンガリー音楽は、出だしこそゆっく~り哀愁漂う奏で方をしてくれるが、中盤からスピードが急速に変化する。

ただ聴くだけなら手拍子でも打って、ハンガリーの場末の酒場をイメージする楽しみ方もあるだろうが、

それを車で流すもんなら、まるで意味なくサツかマフィアに追われるような、

ひたすら前のめりに、強くハンドルを握りしめるほどヒートアップする。
当然、右足にだって力が入る。

その音楽は、名の知れた演奏者よりも ジプシーたちの方が一層速く、目まぐるしい。
おかげで何度 信号無視しそうになったことか。

そんな一枚がまた増えた。(苦笑)

『チャールダーシュ・モンティ』 古澤巌

*


それでも 旅先で耳にした曲は、自分が今どこに居ようとも、一瞬でその場に連れ戻してくれる どこでもドアだ。

それは匂いも同じであるが、それらの感覚が視覚以上に研ぎ澄まされているせいだろう。

で、その感覚を手っ取り早く呼び醒ますために、またもCDを買ってしまうのだ。
一種の中毒である。


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それがクロアチアでも発病した。

そこは、アドリア海に面したクロアチア第2の都市、古代ローマの面影残すスプリットだ。


私は大聖堂前の中庭に腰かけていた。

歴史を感じさせる遺跡の中で、ぽつんと一人座っていた。

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すると、どこからかアカペラが聴こえてくる。

美しいハーモニー。

真っ青なアドリア海に身を委ねている感じだ。

この感じ、きっと海を挟んだ南イタリアでもそうだろう。
ローマ以南を訪れたことのない私だが、そんな想像も膨らませた。

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自然と歌声のする方へ足が向いた。

そこには、天井にぽっかりと穴が開いた筒状の空間があった。 

綺麗なまん丸い その穴からは、アドリア海に負けない青い空が見えた。

そこで、6~7人ほどの男性が合唱していた。

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彼らを沢山の観光客が囲んでいた。

筒状の空間が音響効果を高めるのだろうか。

石壁に反響した美しい歌声は、いっとき私たちを包んだ後、そのまま吹き抜けの穴から天へ昇っていくようだった。


港町の香りがする。 「それ、買った!」

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帰国後 ガイドブックを開いてみると、

彼らの音楽は、クラパ(Klapa)というクロアチアはダルマチア地方の、男性によるアカペラ合唱なんだそうだ。

それは、無形文化財として、ユネスコの世界遺産になってるんだとか。


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へえ~、と続きを読んでみた。


丸天井に開いた穴から大聖堂の鐘楼が見える、とある。

私はすぐさま自分が撮った写真を出した。



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あら、真っ青。


カメラを構える時、構図など全然考えてないもんな~私。

でも CDジャケットがその写真だから、まあ、良しとしようか。(苦笑)

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『クロアチア・ダルマチア地方民謡』
ちょうど、私が実際に出会ったメンバーの動画を見つけた。




より大きな地図で 2012.09.19~21 Split を表示

ブダペストと「Gloomy Sunday」。

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「一曲、リクエストある?」

私の隣りに座るご夫婦は、ちょうどその日が奥さまの誕生日ということで "Happy birthday to you" をお願いしていた。

「君は?」

気が付けば、私の番だった。
ぼおっとドナウ河の対岸に浮かび上がる国会議事堂に見惚れていた私は、とっさに言葉がでなかった。

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「グル、グルゥ、、、ええ~っとぉ、グルなんだったっけ? あのサンデーが好き。(笑)」
「ああ、グルーミーサンデーだね。(笑)」
笑顔で頷くと、離れた場所にいるピアニストに合図をし、彼はバイオリンを弾き始めた。

しっとりとした出だしだ。


このメロディは、本当にブダペストとよく似合う。


3年前、ブダペストを旅した後で見つけた映画『暗い日曜日(Glommy Sunday)』で知った曲である。

映画そのものがブダペストの持つ雰囲気をうまく活かしていたこともあるが、そのもとになった同名の曲が要所要所に流れてきて、映画を一層盛り上げる。


哀しみと甘さの絶妙なバランス、、、 映画の中でこの曲はそう表現された。

頬杖をつき、その切ない調べに耳を傾けながらブダの丘からペスト地区を見下ろしていると、それはブダペストの街を表す台詞でもあることに気付く。

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夕暮れ時の物哀しいその街を表現すると、もうそれ以外ないんじゃないか。
それを音楽で表すと、もうこの曲しか生まれないだろう。

そう思った。

そして、以前この場所に立った時よりも、私とブダペストの距離が縮まったように感じた。


気が付けば、薄紫色に霞む街に、一つ一つ光が灯りはじめていた。

一つ一つ、まさにそんな感じだった。
丁寧に優しく増えていく その灯は、ますますその街に甘さと切なさを添えてくれる。

眼下にはドナウがゆったりと流れてゆく。

*


オーストリアでは、空から降ってくるような陽気で弾んだ音符たちだった。

それが、雄大なドナウの流れに呑みこまれるうちに滑らかなメロディへと姿を変えてハンガリーまで辿り着いたみたいだ。

ドナウとともに哀しみの味を知った美しい街、ブダペスト。


『Gloomy Sunday』 Sinead O'Connor

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「あ、チップはいらないから。」
フォリントは持ってないんだよな~と、ユーロの小銭を手渡そうとする私に、彼は言った。

「で、これ僕たちのCDなんだけど。」

雰囲気に流されて、つい買ってしまった。 15ユーロだった。

あぁ~あ、チップの方が安くついたよな。(悔)




より大きな地図で 2012.09.27 Budapest を表示

ドナウのように生きてゆく?

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これは、ブダペスト行きの船が出るウィーンのライヒスブリュッケ船着場に貼ってあった地図だ。
(写真はクリックで大きくなる)

ドナウの全容をじっくり眺めたのは、この時が初めてかもしれない。


『ドナウの旅人』を読んでたら、ドナウの旅人になりたくなった私は、

ウィーン滞在2日目に、ウィーンからスロバキアの首都ブラチスラヴァへ、
そして その次の日は、再び同じルートを通って、その先にあるハンガリーのブダペストまで船に乗った。


オーストリアでドナウ河を遊覧する場合、最も有名なコースは世界遺産にも登録されているヴァッハウ渓谷なんだそうだ。
渓谷の美しさは言うまでもなく、川沿いに見える修道院や古城を巡るのも良い。
そこはウィーンから西、列車で1時間ほどの街メルクか、もしくはクレムスから遊覧船が出ているらしい。


だが この時の私は、ウィーンからドナウを上るのではなく、流れに沿って下りたいと思った。

輝さんの本を読んでたら、、ドナウ河の流れが人生と同じように思えてきたからだ。


旅の前半、ここに来るまでに すでに私は、さらに下流のセルビアの二つの街でドナウを見ていた。
セルビア北部の街ノヴィ・サドと、首都ベオグラードでだ。


この先に、あのドナウが待っているのか。

感慨深かった。 


例えば、今の私をベオグラードのドナウとしよう。
だとすれば、人生の岐路に立つこの時に自分の人生を振り返り、再び追っているような錯覚をした。

事実、3000km近くあるドナウ河は、ベオグラードでやっとほぼ半分なのだ。
私にも人生が80年与えられるならば、ちょうどベオグラード辺りが今の私の立ち位置になる。


ウィーン、ブラチスラヴァ、ブダペスト、ノヴィ・サド、そしてベオグラード。
それは、10代最後から20代前半、20代後半、30代はじめ、30代半ば、そして そろそろ40才、まさにそんな表情のドナウだった気がする。

ウィーンでは気付かなかった大河の母性を、ブラチスラヴァからブダペストへ行く途中で感じたことも、そう考えると納得できる。



ドナウの流れは、ドイツの黒い森で生まれた後、僅かに南下しながら東へ東へと向かい、

ハンガリーのヴィシェグラードでほぼ直角に折れて、南へ向きを変える。

そして、ベオグラードまで降りてきたところで、再び東へと進路を変えていく。

それから後もくねくねしながら、最後は3つに分かれて黒海へと注ぎこむ。


いや、それから後の方がくねくね度合いが大きいのも、人生後半戦、そう甘くないよと語っているようで興味深い。

何倍もの広さになった川幅は、それまで呑みこんできた濁りをどっと押し流す為だろうか?

最後、進むべき道が3つに分かれているのも、人生の果てに待ち受ける天国か地獄かそのまた中間か、、、

まぁ、そこまで考えると怖くなったりもするのだが。(笑)


とにかく、今、私はベオグラードに立っているはず。

ベオグラードは、ドナウがもう一つの大河サヴァと合流する街だ。

それじゃぁ、私にとってサヴァ河は一体何なのか誰なのか、それはまだ分からない。
もしそれが見つかれば、まさに人生ドナウ河というような気がして、、、

この時にドナウと出会えた奇妙な縁に、これから先の大きなくねくねを恐れながらも期待している。(笑)



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ウィーン(オーストリア)

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ブラチスラヴァ(スロバキア)

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ブダペスト(ハンガリー)

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ノヴィ・サド(セルビア)

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ベオグラード(セルビア)

天井桟敷。

「あいつの声は、ただの音だよ。
オペラってものを知らないで、上手にさえ歌えばいいって思ってんだ。

ああいうオペラ歌手に拍手を送る客が、最近増えたよ。
昔は、贋物はすぐにばれたんだ。 観客の中には凄い耳の人がたくさんいた。」

                                   ~宮本輝著 『ドナウの旅人』より~


私はそんな、誰にでも拍手を送る客だ。(笑)


ウィーンの国立歌劇場の横を通る度、ここでオペラを観たいものだといつも思う。

9年前はまだ自分には早いと思って諦めた。
そして今年の9月、風邪気味で鼻水ダラダラであったため、なんとなくオペラ座気分にはなれず、やはり諦めた。
だが、未練たらしく行ったり来たり。(笑)


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「でもね、国立歌劇場の天井桟敷はたった3ユーロなのよ!」 目を見開いてM子は言う。

「私はウィーンで5泊したんだけど、3晩 そこに通ったわ。
でね、その日の歌手の善し悪しが分かるようになったの。 全然違うのよね。」

ほおぉ、私と違ってインテリの彼女は、さすが聴き分ける耳まで持ったのか。
私は興味津々で、話の続きに身を乗り出した。

「だってね、素晴らしい歌手の時は 全然オペラが進まないの。
一曲歌い終わる度に、みんな立ち上がって「ブラボ~~~~!!!!!」って叫び続けるもんだから。」

な~んだ、聴き分けではなくて観客の反応なのか。 
彼女の耳も私と大差ないと知って、ちょっぴり安堵した。(笑)


だが、そんな彼女をさすがだと思った。 彼女の親友として誇りに思ったのである。

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「天井桟敷は何階だい」長瀬が訊いた。
「さあ、四階か五階じゃないのか」シギィは、切符を係員に見せ、何階かと訊いた。
係員はただ階上を指差しただけだった。


麻沙子も絹子も額に汗をうっすらにじませて息を弾ませ、階段の手すりに凭れかかっていた。
「コイズミも他の学生たちも、どうしてこんなに俺たちを急がせたんだよ。」とシギィは腹立ちまぎれに言った。

「彼等はただの観客じゃないのよ。
幕あき前のオーケストラの演奏とか、幕があがった瞬間の、間合いなんかを目に焼きつけておきたいんでしょう。そのために急いだんだと思うわ」


幕あき前のざわめきが、各階の回廊をいっそう暗く静謐なものにしていた。
最上階の係員に切符を提示し、中に入った。
天井桟敷はすでに満員であった。   
                                       ~同~



そして、M子は知ってたんじゃないかと思う。

貧しい音楽学生達のような、純粋にオペラを愛でて楽しむ人達は天井桟敷を選ぶことを。

天井桟敷からは、ボックス席の着飾った人々の姿がよく見えた。
天井桟敷は、立ち昇ってくる香水や化粧の匂いが溜まる場所でもあった。
                                       ~同~


それだけ最上階は観客や舞台上の様々な反応が直接に、そして本物や贋物のそれらが素直に立ち昇ってくる場所だということを。

私は以前、このウィーンの国立歌劇場よりも美しいと言われる、ハンガリーはブダペストのオペラ座の、それもボックス席という なんとも贅沢な場所に、清水の舞台から飛び降りる覚悟で座ったことがある。

私は酔っていた、その雰囲気に。

でも、違うんだよな~、あの頃の私は分かってなかったんだよな~。 今はそう思う。

いや、誰にでも拍手を送る私にはちょうどいい席だったのかもしれないが、やっぱり不釣り合いだった。

ボックス席などというものは、それ相応の年月を重ねてきた者にお似合いの席だと今なら分かる。


そして、そこで登場するのはやっぱり天井桟敷なのだ。

次回、ウィーンを訪れることがあるならば、その時こそ天井桟敷に通いまくろう。(笑)
そんな私になりたい、M子のキラキラした瞳を見ながらそう思った。

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やっぱりウィーンは素敵だと思う瞬間。

今回の旅行記は、旅先で一瞬一瞬思ったことを記していくことが目標だった。

だから、わざわざパソコンを開くのではなく、常に手の中にある携帯から更新していた。
おかげで、9月分の電話料金は4万円近くも掛かってしまったが。(苦笑)


だが、その時の言葉を逃したくなかった。
せっかく長旅に出るチャンス、記録も自分の望む形で残したいと思った。

では、帰国後の日記に意味がないのかというと、そうではない。
瞬間の気持ちと、時間をかけて熟成させることで深みが増す感情と、私はどちらも大切だと思う。


特別な旅ほど、何年先までも書き続けられる、それを知った。
実際は終わった旅でも、心はどこまでもその旅を広げていけるから。

振り返ると、この旅行だって これまでの記録の続きみたいなもの。
そうやって旅を重ねる度、旅を綴る度、一つ一つの旅は繋がり、そして自分探しに繋がっているようで面白い。


これも、私の旅のスタイルだ。


* * *


帰国後、一気に書きたかったのがセルビアとボスニアのこと。

この二つはとりあえず、その時の感情と、そこを離れ、だがさほど時間の経過のないうちに記しておきたい場所だった。
あ、今の時点で省略すべきと思ったものは記していない。


そして、その流れでオーストリアまで戻ってきた。


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私が初めてウィーンのシェーンブルン宮殿を訪れたのは2004年の元日だった。

その朝一の観光客は私を含め2人しかおらず、あの大広間を独り占めする幸運に恵まれた。
そこで毎夜繰り広げられていた舞踏会を思い描き、私は陶酔した。
両手を広げ、くるくる回る私を笑う者は誰もいない。(笑)


先日、人間フランツ・ヨーゼフを感じられるには、絢爛豪華な宮殿よりもこじんまりとしたカイザーヴィラの方がいいと書いたが、

シェーンブルンはシェーンブルンで、ここでしか感じられない特別なものもある。

それは偉厳を持つ皇帝の姿と、まさに頭上に鳴り響くワルツの調べだ。


自然と体が踊り出す。 

今回は大勢の観光客が居たために、さすがに目に見えて踊ることはできなかったが、それでも気が付けば足先はステップを踏んでいた。

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もともと私はウィンナーワルツが好きだ。

普通はアイドル達に心ときめく中学時代に、私はいつもヨハン・シュトラウス父子のワルツばかりを聴いていた。

とりわけお気に入りだったのが、息子作曲の「春の声」だ。
楽譜を買い、一人ピアノの練習に励むほど好きだった。

たぶん、あの頃から私はシェーンブルンの舞踏会に参加していたのだと思う。(笑)


実際のドロドロした人間模様までは子供の私には関係ない。 
その夢見心地だけが私のシェーンブルンだった。


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さて、庭園内の小高い丘にあるグロリエッテ。

それは、プロイセンとの戦いに勝利した記念に建てられたという、ギリシャ建築の記念碑。
現在はカフェとなっていて、ここから見渡すウィーンの景色は最高だ。

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だが、見晴らしの良い席には限りがある。

というか、普通の席を選べば、こんなふうに背筋をぴんと伸ばしきっても、残念ながら外の景色は見えない。(笑)


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ウィーンだからか、シェーンブルンだからか、たぶん そのどちらともだろうが、

可愛いマリアテレジアイエローに彩られ、庭園には色鮮やかな花達が咲き誇り、例え真っ白な冬になっても、この場所に居るだけで春を感じる。


やっぱりウィーンは素敵だと思う瞬間だ。


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ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート 2006 - ワルツ「春の声」




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そして誰もいなくなった。

ご存知、サラエボの銃声に倒れたオーストリア・ハンガリー帝国皇位継承者のフランツ・フェルデナント夫妻は貴賎結婚だった。

妻ゾフィーは伯爵妃付き女官であったため、本来なら結婚は許されなかったのだが、
すでに数少ない皇位継承者であった彼は、「王冠も欲しいが、恋も欲しい!」と意思を貫いた。


しかし、ハプスブルク家の一員とは認められず、冷遇され続ける妻。
あの時もそんな彼女を気づかって、皇太子は二人揃ってサラエボへと旅立った。


だから、皇太子だけが暗殺されてゾフィーだけ生き残るよりは、二人一緒で良かったのかもしれない。


二人は並べられて埋葬されたが、妃の方は女官なみの粗末な扱いだったという。

生前、皇太子はそれを予想して、せめて同じ場所に葬られることを希望し、ドナウ河畔のアルトシュテッテン城に墓地を用意していた。


だから、ハプスブルク家の皇帝納骨所・カプツィーナー教会に二人の柩はない。


ある意味、国のせいで命を落とした二人なのに なんだか可哀想な気もするが、
同じく貴賎結婚したフランツ・ヨーゼフ皇帝の孫娘エリザベートも、そこに埋葬されることはなかった。
ちなみに、エリザベートはマイヤーリングで情死したルドルフ皇太子の一人娘。


で、こちらが そのカプツィーナー教会だ。 ウィーンの王宮近くにある。

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それにしても、150人近くものハプスブルクさんが地下で眠っているなどと思えないような、どちらかといえば一見地味な教会である。

それでも、一旦地下に足を踏み入れると、ずら~っと並んだ柩はある種の迫力があった。

怖くはないが、霊界の入口に相応しい空気が流れる。

まぁ、私がそこを訪れたのが閉館ぎりぎり、まさに扉を閉めようとするところだったので、余計に不気味だったのかもしれないが。

それにしても、闇の向こうまで延々と続く柩の列は、ぞくっと背筋に冷気を感じて不思議ない景色だった。

もしかして、この場で生きてる人間は私だけ?

そりゃあ、閉館直前、一人で滑り込んだ者の特権(?)だろう。(苦笑) 


その長い沈黙の列の先に、フランツ・ヨーゼフ皇帝と妻エリザベート、長男ルドルフの柩がある。

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エリザベートは向かって左。

次回はもっと早い時間帯に、そして国母マリア・テレジアの豪華な柩なども拝みたいと思う。


あ、ここはあくまで納骨堂。

ここに眠る彼らの心臓は王宮内のアウグスティーナー教会に、内臓はシュテファン寺院に納められているのだとか。。。


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「私はお墓なんて見に行かない!」 そうはっきり言うのは、私の大学時代からの親友M子。


彼女とは年に数回会うのだが、お互いひとり旅好きとあって、旅の後には必ず二人で語り合う。
先日も、岡山まで写真持参で会いに行った。

その写真を見る為に、彼女も地図を持ってきた。
「だって、知らない国が多いんだもん。」 

だが、そんな彼女もヨーロッパ好きだ。
この春だって、ベルリン、ミュンヘン、プラハにウィーンと旅して回った。


その彼女が、バルカン半島だけはさっぱり分からないと言う。

彼女が新しく命名した「ユーゴスロバキア」には大ウケした。
「それってどこよ!(笑)」

「だって~、ホント全然分かんない。」 写真の場面が変わる度、地図でその場所を確認していた。


何度も欧州を一人旅している彼女でさえそうなんだ。

ならば、このブログを読んでくださっている方達は、よほど辛抱されてるんだとつくづく思った。


あまり役には立たないが、それぞれの日記の一番下にはその記事に関するGoogleマップを表示してある。
宜しければ、参考にして戴きたい。




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リベンジ☆ グーグルフプフ。

ここで、話はオーストリアへ飛ぶ。


ザルツブルクからバスで1時間30分、そこはアルプスの山々と湖が眩しいザルツカンマーグートにある街のひとつ、バート・イシュルにやって来た。


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そこはスパリゾートでも有名だが、

私にとって二度目となるこの訪問の目的は、前回と同じくカイザーヴィラという皇帝の別荘にあった。


そこは今でもハプスブルクさん所有の建物なのだが、

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その宮殿の一室で合図が鳴った。

サラエボ事件の続きである。


ここで、当時の皇帝フランツ・ヨーゼフはセルビアに対する宣戦布告に署名したのだ。
1914年7月28日。 サラエボ事件からちょうど一ヶ月後のことだ。

暗殺者がセルビア青年というだけでなく、暗殺に使われた武器が実はセルビア政府からの支給品だったということで、

オーストリア政府はセルビアを非難し、宣戦布告することとなる。

敵はセルビアだけではすまなかった。

そして、偉大に見えていたオーストリア帝国は、多民族バラバラの形だけの巨大国家だった為、崩れ出すと勢いは止まらない。


すでに84歳という高齢だったフランツ・ヨーゼフ皇帝。

彼の心うちを思えば、きゅんとする場所だった。

そういえば、ここを3年半前に訪れた時も、肩を落とした皇帝の寂しそうな姿が目に浮かぶようで、彼が息を引き取ったシェーンブルン宮殿よりも深く胸が痛んだことを思い出した。

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その生涯の殆どの夏をここで過ごしたフランツ・ヨーゼフ。

妻エリザベートと出会ったのもこの街、この宮殿は二人の結婚を祝して彼の母親から贈られたものだ。

好きな狩りにも没頭し、彼もスパを利用したのだろうか?

質実剛健な皇帝らしく、愛する家族の写真以外は最低限の身の周りの物しか置かなかったという寝室は、皇帝をより身近に感じさせる場所だった。

絢爛豪華な宮殿もいいが、緑多くひっそりとしたこんな場所の方が、人間フランツ・ヨーゼフの姿が見えるようで、結構私は気に入っている。

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それに、ここには私のお目当てがあった。

それは、前回の私が食べ損ねていた、フランツ・ヨーゼフ皇帝の大好物グーグルフプフ、
つまり、クグロフだ。


毎朝4時に執務を開始した皇帝が、熱い珈琲とともに、いつも6時半きっかりに食べていたそのお菓子、

実は、マリー・アントワネットの大好物でもあったというそのケーキ、

それが このカイザーヴィラ内の小さなカフェで食べられるという。


クグロフなど どこででも食べられるじゃないかと言われそうだが、ハプスブルク家の味を楽しみたいのだ。(笑)

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前回は真冬の為に閉まっていたそのカフェだが、今日こそはリベンジだ!

だが、そんな意気揚々と向かったその先は、またも「closed」だった。


私が訪ねたのが10月2日。 カフェは9月中旬以降はお休みだと貼り紙が寂しく伝えていた。

そんな殺生な~とも思ったが、ここはオーストリア、夏の離宮はそろそろ役目を終える季節なのかも。

次回、三度目の正直か。。。



この写真は、皇帝がセルビアに対する宣戦布告に署名をした書斎。
当時から、机の上には出会ったばかりの15歳の妻エリザベートの石像が置かれていた。
(写真はクリックで大きくなる)

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より大きな地図で 2012.10.02 Salzburg - Bad Ischl を表示

まさに引き金だった。

そして、

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「ここだよ、サラエボ事件があった場所」と、私はムラトさんに教えた。

サラエボのどこもかしこも興味深いといった表情の彼は、一段と目を見開いて頷いた。

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それは、この橋のたもとで起こった。
セルビア青年が引いたその拳銃の引き金は、まさに世界中を戦争に巻き込む引き金となってしまった。

第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボの銃声だ。


「picchuko、ほら。 犯人はここで拳銃を打ったんだ。」 ムラトさんは顎に手を当て、もう一度深く頷く。
真剣な目だ。

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1914年6月28日、オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルデナントとゾフィー妃はここで暗殺されたのだ。

当時、ボスニア・ヘルツェゴビナはオーストリアに統治されていた。

すでにかつての勢いをなくした老大国オーストリアと、南スラブ人統一を望み オーストリアによる併合に反発するセルビア人。

不穏な情勢に、何かが起こっても不思議ではなかったはず。


だが、そんな中でパレードは行われた。

暗殺に関わったのは7名。
最初に投げられた手榴弾は皇太子夫妻の乗った車ではなく、後続車のそばで爆発、失敗に終わる。

この後、後続に居て怪我をした将校達をすぐに見舞いに行こうと予定を変更したのが、皇太子にとって運の尽きだった。

いや、病院へ向かう車が道を誤り、ラテン橋のところで方向転換したことこそ、運命の分かれ道だったに違いない。

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最初の爆発音で持ち場を離れていた暗殺犯の一人、19歳のガブリロ・プリンツィブはそこで皇太子に気付き、二発の引き金を引く。


皇太子とその妃ゾフィー、絶命。

皮肉にも、その日は皇太子夫妻の結婚記念日だったとか。

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すぐさま捕らえられたプリンツィブではあるが、セルビア愛国者として称賛され、一時 この橋はラテン橋からプリンツィブ橋へと名を変えた。

ユーゴスラビアが崩壊するまでは、そう呼ばれていたらしい。


彼は自分の一撃が、こうも世界も時代も変えてしまったことを知ってこの世を去ったのだろうか?
1918年、獄中にて結核で亡くなっている。


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銃撃は橋目前の、現在は博物館になっているこの建物前から発射された。
上のプレートはそれに埋め込まれたもの。

流れるミリャツカ川の水量は少なく、さほど広くもない道の、一つの小さな橋のたもと。
ここがその現場などときっと誰しも思いはしない、そんな場所だった。


「ここなのか~・・・。」 ムラトさんも意外そうに、しばし詳細な説明に釘付けだった。



ところで、私は小学校でその歴史を習った時から、何故かいつかはここに立つような気がしていた。

理由などないが、そこに立って改めて当時の予感を思い出していた。
ま、その時 自分の隣りにトルコ人が居ようなどとは、さすがに予知できなかったけど。(笑)





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picchuko&ムラト氏 おススメ、サラエボの教会。

「さぁ、案内してくれ。」

朝食を終えて 荷持を車に詰めた後、ムラトさんは私に言った。

「え? 私が案内すんの?」
「さっき、一人で見て回ったんだろ? ガイドブックを持ってるのも君だし。」


ということで、たった今見たばかりのサラエボ旧市街を、私は再び巡ることとなる。

まぁ簡単な道なので もう地図は要らないが、私に任すという彼の度胸は感心だ。(笑)



スタートはここ、カトリック大聖堂。

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この国は、旧ユーゴの中でも特に民族が入り乱れた地域であり、

ボシュニャク人(イスラム教)が48%、セルビア人(セルビア正教会)が37%、クロアチア人(カトリック)が14%、と主要民族を持たないことが、民族間のもめごとを一層 複雑にしたようだ。

だが、おかげで各々の個性を知れる宗教施設が、限られた場所に目白押しというのは面白い。


カトリックの大聖堂から東に100メートルもないところにシナゴーグがあり、その隣りにイスラム関連施設がある。
そのイスラム施設の斜め前が、セルビア正教会という具合。

目を引くのは塔の高いイスラム教のモスクばかりだが、僅か500メートル四方にシナゴーグも正教会も一つだけじゃない。



その中で、私とムラト氏おススメの教会をご紹介しよう。

あ、仮面仏教徒と、豚肉も食べちゃう なんちゃってイスラム教徒の二人だから、そこに宗教的意味はない。
見た目の好みということで予め願いたい。(笑)


それは、知らなければ素通りしてしまいそうな、古い小さなセルビア正教会だった。

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なんとなく 雰囲気が気に入った。

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ご存知 セルビア正教会は、セルビアを中心にセルビア人の間で信仰されているキリスト教で、ロシア正教と同じく東方正教会の一つ。

この壁中に描かれた、イコンと呼ばれる聖画が印象的だ。

モスクワで見たロシア正教のそれよりは圧迫感もなく、異次元に連れていかれる錯覚もないが、日本では滅多に見れない空間だけに、私にとっては興味深い。


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私は、そのイコンの、頭に輪っかのついた平面的な聖人たちを眺めながら、つい今しがた訪れたカトリック大聖堂のイエス・キリスト像を思い出した。


十字架に手足を大きな釘で打ち付けられ、しな垂れたイエス・キリストのその姿。
赤い血を流す体が、いやに白く浮かびあがって見えたのだった。

イコン画に比べると 彫像はリアルである。
特に、サラエボのカトリック大聖堂の彫像はリアルすぎた。


よく考えれば、あんな痛々しい姿はむごいじゃないかと思い始めた。


イエス・キリストを処刑に掛けた十字架をシンボルにするのも、信者じゃない私には残酷この上ない。

そうそう、同じ十字でも正教会の形は、なんだか足置きがあるみたいで(笑)、意味を知らない私には優しく見える。


ああ~、さっきのカトリックのイエス様、あれは可哀想だったな~、何度もそう思った。

ま、地元の人は宗派の違う教会を梯子するはずないだろうが、正教会の穏やかな聖人たちとちょっと見比べてしまった。


それ以来、十字架のイエス像を見る度に、一刻も早く降ろしてあげたくなるpicchukoである。
で、ちなみにムラト氏は、、、そんなこと気にもしてない。





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増えるコレクション。

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おっと、両替しとかなきゃ。


サラエボも街中に両替所があるので困ることはない。

とりあえず、私は50ユーロをマルカに替えた。 

9月19日現在、1ユーロ = 1.9558マルカ。


旧ユーゴスラビア圏において、通貨がユーロの国は、スロベニアとモンテネグロの2ヶ国のみ。
コソボを一つの国とみなすのであれば、3ヶ国。
あ、EUに加盟してないモンテネグロとコソボが何故ユーロなのかは、私は知らない。

セルビアはディナール、クロアチアはクーナ、
そして、ボスニア・ヘルツェゴビナがマルカ(コンベルティビルナ・マルカ)である。
今回 訪れなかったマケドニアはデナルで、複数形になるとデナリという。

このように、旧ユーゴを旅すると両替がいちいち面倒なのだが、新しい紙幣と硬貨コレクションが増えていくのは何気に嬉しい。



ちなみに、写真はマルカ。 
ユーロでいうセントに当たる単位は、フェニング(複数形でフェニンガ)といい、10円硬貨の色をしているのがそれだ。

で、この20マルカ紙幣であるが、これはボスニア・ヘルツェゴビナ国の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」のもの。
(写真はクリックで大きくなる)

ボスニア・ヘルツェゴビナの紙幣なのだから、そんなこと改める必要ないじゃないかと思われるだろうが、

同じ国でも「セルビア人共和国」側とでは肖像が異なるらしい。



この国は、「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」と「セルビア人共和国」という、未だ二つの独自性の高い地方政体で構成されているのだ。
紙幣くらい同じ絵柄で良いだろうに、と思う私はこの国の複雑さをまだ理解できていない。



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セビリの傍にある両替所を出た私は、その後 一本の橋を目指した。


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そのラテン橋。


たぶん、日本人の誰しもがここで起きた事件によって、サラエボという名を最初に知るだろう。

ずばり、「サラエボ事件」だ。


ここがそうか。
息を呑み、そこへ立とうとした瞬間、携帯が鳴った。

ムラトさんからの着信だ。

私は慌てて写真を撮り、急いでホテルへと引き返した。





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