I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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旅を熟成中。(1)

再就職してから10日余り。
そして、4月14日に欧州より帰国して早5ヶ月が経過した。

何を今さらと言われそうだが、自分の為に欧州6ヶ国周遊の旅を一応の形にまとめておこうと思う。

というか、実はまだブログに纏められるほど旅は完結していない。

旅先からリアルタイムでその時々を綴ってきた。
じゃあ後の残りは時間を掛けて熟成させ、じっくりじっくり味わっていこう。
なので、ここにまとめた後も旅行記を更新し続けるだろう。

旅行記はすぐじゃなきゃ忘れちゃうと、以前は帰国早々に慌ただしく書いてきたが、忘れたり薄れたりしてしまう程度のことなら書く必要もないことに気が付いた。(笑)
というよりも、中身のある旅ほど時間の経過とともに見えてくるもの感じられるものが、より深く濃くなっていくことに気が付いたのだ。


何度も書くが、私の旅は永遠に未完成である。

そして、どれも現在、いや未来進行形なのである。



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・2013.03.22
フィンランド → ポーランド

           バスターミナル着

       04:15   善通寺インターバスターミナル発   関空リムジンバス
       08:30   関西国際空港着

           「picchukoを探せ!」スタート☆

       11:45   関西国際空港発   フィンランド航空78便
       15:10   ヘルシンキ空港着

           Where is Picchuko? (第1日目)

       17:20   ヘルシンキ空港発   フィンランド航空2743便
       18:05   ワルシャワ国際空港着

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文化科学宮殿(1952年、スターリンからの贈り物として建てられる。)
「ソビエトが建てたワルシャワの墓石」と呼ばれるほど評判の悪い建物だが、街歩きにはこれが意外と目印になり助かった。

       (宿泊)   Sheraton Warsaw Hotel

           こんな処に泊まっている。


・2013.03.23
ポーランド   

              カフェ・ア・ブリクレ

           スカーフにパーカーに。

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ポンチキ(バラジャムが入ったドーナツ風ケーキ)

              ワルシャワ大学・カジミエージュ宮殿(外観)
               かつてショパン一家が暮した建物
               1826年から29年まで、この大学でショパンも学ぶ。

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              チャプスキ宮殿<ショパン家のサロン>
               ワルシャワでのショパン一家の3番目の住居
               ここで数々のポロネーズやエチュードが作曲された。
              ヴィジトキ教会
               学生時代のショパンが日曜ミサでオルガンを弾いていた。
               第2次大戦時、破壊されず奇跡的に残った貴重な建物

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              聖十字架教会
               ショパンの心臓が納められている教会

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              コペルニクスの像
               地動説を唱えたミコワイ・コペルニクス
               (有名なガリレオはコペルニクスより1世紀後の人物)

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              三位一体プロテスタント教会(外観)
               1825年、ロシア皇帝の為にショパンがピアノを弾いた教会
              サスキ公園・無名戦士の墓
               毎時ちょうどに行われる衛兵交代式

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              ホテル・ル・ロイヤル・メリディアン・ブリストル
               1913年、キュリー夫人のワルシャワ訪問時に朝食会が行われた最高級ホテル
              大統領官邸(外観)
               ショパンはここで人生初の演奏会を行った。
               ポーランド初のオペラ上演が行われたのもここ。
              クラクフ郊外通り
              旧市街・人魚像
               
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第2次大戦で廃墟と化した旧市街であるが、王宮に残された絵画や建築学科の学生が描いた絵を参考に、崩れたレンガを用いて「壁のひびの一本まで正確」に元通りにした。
1980年、ユネスコ世界遺産登録

              洗礼者ヨハネ大聖堂
               ワルシャワで最も古い教会
              バルバカン
               街を守る円形の砦

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              レストラン・ホノラトカ

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           恋するショパン。

              キュリー夫人博物館
              聖母訪問教会(外観)
               キュリー夫人が洗礼を受けた教会
              カフェ・テリメナ
               かつてショパンが毎日通ったカフェ
              ワルシャワ蜂起博物館
              カフェ・バディダ

       (宿泊)   Sheraton Warsaw Hotel

           ショパンの「革命」。


有名なホールで一流ピアニストの生演奏を聴くのもショパンの楽しみ方であれば、街のそこかしこに転がる音符をショパンの足跡とともに拾い集めるのもワルシャワならではの楽しみ方であろう。

そう、ザルツブルクが空から音符が降ってくる感覚ならば、ポーランドのワルシャワは可愛いおたまじゃくし達がいたるところに転がっている、そんな感じなんだ。

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恋しいバルト海。

ちょうど2ヶ月前、私はヘルシンキに居た。

凍ったバルト海を、ただ凍っているだけの海を1時間あまり眺めていた。

冷たい霧雨が港に佇む私を濡らす。 気温は2℃、寒いというより心地良かった。

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只今の時刻、午前2時。
あれから たった60日そこらで、今の私は熱帯夜にいる。

まだ6月半ばだというのに、扇風機ではもう我慢できなくなり、とうとうエアコンを入れてしまった。

だが、すっかり覚めてしまった目はそう簡単には閉じてくれない。

仕方なくパソコンを立ちあげ、冷蔵庫から取り出したチョコレートをひとつ口に放り込む。


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ヘルシンキで買ったFAZER社の「Geisha」チョコ。

行きの機内食に付いていた このチョコレート、「あら美味しい!」と帰りに買おうと旅先中 包み紙を持っていた。

しかし このネーミング、忘れる心配はなかったかな。

ゲイシャ? 芸者?


そう、どうやら本当に芸者らしい。(笑) 北欧のWEBマガジンに書いてあった。

FAZERのウェブサイトによると、最初にGeishaという名前の商品が作られたのは、1908年。
当時はキャラメルにつけられた名前だった。

それから時を経て、Geishaチョコが生まれたのが1962年。
それまで純粋なミルクチョコレートを製造してきた同社にとって、初めてクリスピーを組み合わせた同製品の発売は新しいチャレンジであった。

そこで、この商品の成功の願いをこめて、最高級品であったGeishaキャラメルと同じ名前をつけたという。
その後、Geishaキャラメルは「Tokyo」という名前に。

では、なぜGeishaなのかというと、国際的にその名を知られ、夢や楽しみを与えてくれる存在であるのが「芸者」だからというのがその答え。



さほど高級でもないヘーゼルナッツ入りのこのミルクチョコレート、私は素直に美味しいと思う。

日頃 チョコレートにこだわりのある人にこそ、意外とおススメなんじゃないだろうか。


ほら、有名なパティシエが作ったなめらかプリンばかり食べていると、たまに出会うグリコのプッチンプリンがいやに美味しく感じたりするじゃない?(笑)


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この調子じゃ、今夏は酷暑を余裕で超して獄暑だろうが、

凍えそうなバルト海の写真を眺めながら、冷たく冷やした「Geisha」チョコで、とりあえず今晩の暑さは乗り越えよう。

どれだけ いいもの見たら 気がすむの!

本に囲まれることが昔から好きだった。

あ、だからといって、本を読む子だったわけではない。
人生の半分を終えた今でさえ、真剣に読破した本はたぶん100冊にも満たないだろう。

自分で思うに、私はあらゆる分野の、自分の小さな脳みそでは永遠に得られない無限の知識が高く高く積み上げられた空間の、

その隙間を縫うように泳ぐ感覚が好きなのだ。

もちろん、空想の世界である。

そこでは、私はシェイクスピアにだってなれるし、エジソンにだってなれる。
限界がない。


こんな私が、思わず両手を広げて抱きしめたくなる場所が、チェコのプラハにあった。


プラハを訪れた方はご存知と思う。

旧市街からカレル橋を渡り、プラハ城へ続く登り坂をさらに上ると現れるストラホフ修道院、
その図書室である。

そこには中世からの13万冊もの分厚い本の数々が処狭しと所蔵されているのである。

本だけじゃない。
これまた宇宙へも誘(いざな)うかのような地球儀と天球儀、天井のフレスコ画は別世界、いや別次元への扉であろう。

まさに夢の場所。

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― 神学の間 ―
(写真はクリックで大きくなる)


日々 向こうから写真を送っていた友達も、これにはぶったまげたようだった。
「どれだけ いいもの見たら気がすむの!」
「そうでしょ!そうでしょ!」 私は心でほくそ笑む。


もしも私がプラハに住んだら、きっと毎日通うだろう。

魅力いっぱいのプラハの中で、ここが私のイチオシだ。


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― 哲学の間 ―
(写真はクリックで大きくなる)



ひとつだけ残念なことは、実はこの図書室内に入ることは許されず、入口から指を咥えて眺めるだけ。
まあ、空想の世界を泳ぐのに、そんな制限 関係ないか。


ちなみに、写真撮影は別料金。
これを見たら、誰しも自分のカメラにおさめたい衝動に駆られること間違いなし。


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南か西か。

旅に出る半月ほど前だった。

そろそろアウシュビッツ博物館を訪れる日にちくらいは決めておかねば、中谷さんにガイドを頼めない。
私は机に向かい、カレンダーをめくった。


ヘルシンキ経由でワルシャワin、チューリッヒout。
決めていたのは、直感で選んだ2つの都市とアウシュビッツ、それだけだった。

基本、欧州は鉄道で巡りたい。

ワルシャワからまっすぐ南へ下れば、アウシュビッツの最寄りとなるクラクフの町だ。


だが、

うーん、いきなりアウシュビッツはキツイかなあ。

私はゴロンとベッドに横たわり、天井の一点を見つめた。
地図は頭の中にある。

なぜか東へのルートは思わなかった。
アウシュビッツを見るのなら、ベルリンの壁にも立ち寄りたい、そう思ったからだった。

ベルリンはワルシャワから真西だ。

いつもなら旅に出るまで開かないガイドブックに手を伸ばしてみる。


西だ。


2秒で決まった。


そこに、ポーランドの大平原を突っ走るSLの姿があったからだった。

ワルシャワからベルリンを結ぶルート上の、ちょうど真ん中あたりにポズナンという町がある。
そこから一部区間のみ、毎日決まった時刻にSLが走るのだ。

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私が乗ったのは、ポズナン発、ウォルシュティン行き。


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汽笛の音も石炭の臭いも、時おり風景を隠す黒い煙も、どこか懐しかった。

実際に走るSLを見るのも乗るのも初めてなのに、不思議なものだ。


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真っ白な大地にたなびく機関車の影と煙の影。

ハプスブルク案内。

そして、4つ目のバス停が「ハプスブルク」だった。

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少し走るとブルッグの街中を抜け、ちょっとした森の中に入って行く。

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窓に額を押しつけ、ワクワクする心を抑える。

乗車時間は僅か7分。

森が開けると見えて来る古城に、どこまでもつづく緑の風景。

緩い坂道を上る途中にバス停はあった。

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お城はすでに見えているし、ところどころに立つ案内板に道を迷うことはない。

素直に上って行くと、あのハプスブルクがここからなのか!とちょっと疑ってしまうほど小さなお城が目の前に現れる。

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古城の中は見学ができ、レストランがあることはチェック済みだ。

私はお城のドアに手を掛けた。

んん? 重いな。 冷静に辺りを見回してみる。

ここには私以外誰もいない。 もしかして、休み?


はあ~~~、こういうことは私の旅ではよくあること。

テラスに設けられた椅子に腰かけ、私はちょっぴり途方に暮れた。

今回は下調べが不十分というより、ハプスブルク城の情報そのものが少なかったから仕方ないか。

慣れているので、立ち直りも早い。(笑)

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私は目的地そのものより、自力でどこまで辿り着くか!ということに重きを置く性格なのだ。

城は目の前、すでに私の目標は達成している。

ここに初代ハプスブルク家の人達が居た、ここからハプスブルクが始まった、それだけでいい。

こんな負け惜しみを言うのも巧くなった。(笑)


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私は見下ろす風景に、「時間よ、止まれ」と念じた。

いつまでもいつまでも眺めていられる優しい景色がそこにあった。

お腹さえ空かなければ、余裕で一週間くらい見ていられるな。



<ハプスブルク城&レストラン>

5~9月は火曜~土曜、10~4月は水曜~土曜、どちらも朝9時から24時までオープン。



<行き方>

鉄道
 最寄り駅「ブルッグ(Brugg)」は、チューリッヒ近郊の「バーデン(Baden)」から2駅目(チューリッヒ側から行った場合)。
 特急などの場合、停車するかどうか要確認。

バス
  ブルッグからは、駅前のバス停から366番のバスに乗り、4つ目がハプスブルク。  
 バスはほぼ一時間に一本なので、降車時に帰りの便を確認することをお勧めする。
 ちなみに、2013年4月8日現在、バス代は片道4.4フラン(約440円)。
 

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