I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
MENU

今年は。

「富士山を間近で見るぞ!」と心に誓い、4月四国から山梨まで車を走らせた。
そこには確かに日本一の富士山が鎮座ましましてはいたが、首の周りに白いストールを巻いていたり、イングリッド・バーグマン張りにお洒落に帽子を被ったりと、すっきり全貌を拝むことはできなかった。

そこで8月、再び東へ車を走らせる。
私としては、これまでは縁もゆかりもない山梨が一気に身近になっていく。
葡萄も買った、葡萄ジュースも買った、信玄餅も買った。
そして夕暮れ時には雲も晴れ、ほんのり赤く染まった美しい富士の御山を拝むことができたのだった。

大満足してのその帰り、立ち寄った奥飛騨での定宿のおかみさんに、「次は雲のない雪を被った富士山を見たくなるから」と告げられる。
その暗示にかかったかのごとく、3ヶ月後に今年三度目の山梨行きを決行することになろうとは自分でも振り返り可笑しくなる。

片道600kmは優にあるだろうか。
軽自動車でそう簡単にブンブン行ける距離ではない。
だが私は5日前、すでに富士山を見るための定宿になりつつある鳴沢村のペンションに泊まっていたのだった。


今年は
2017-11-24 8:45 田貫湖畔(静岡県富士宮市)


「富士五湖というけれど、実はもうひとつ湖が静岡側にあるんだよ。」
「田貫湖っていうんだけど、そこからの富士山も綺麗だから一度行ってごらん。」

一気に山梨まで走った春夏とは違い、今回は朝一番田貫湖到着を目指して四国を出た。


今年は
2017-11-24 9:15 田貫湖


初冬の空気は冷たく澄んで、富士山をくっきり浮かび上がらせる。

こんなに迫力ある存在感のある山だったんだ。
淡くほわんと目の前にあった夏の富士山からは別人のような力強さを感じた。

圧倒された。


今年は
2017-11-24 9:25 田貫湖畔

今年は
2017-11-24 13:25 河口湖畔(山梨県富士河口湖町)

今年は
2017-11-24 15:00 本栖湖(山梨県身延町)

今年は
2017-11-24 16:55 ペンションより(山梨県鳴沢村)


今年の富士の初冠雪は例年より遅く、しかも10月下旬には台風のせいで一度雪が溶けてしまうことがあった。
まさか11月下旬まで雪のない富士山はないだろうと思っていたが、いかにも前髪をぱっつんと切ったかのような雪の被り方も好みではない。

どうだろう、私の思い描く姿を富士山は見せてくれるのだろうか。


天候はたぶん大丈夫だろう。
だが、直前の急な冷え込みにもスタットレスタイヤを持たない私は微かな不安を抱いていた。

今年は
2017-11-25 6:15 ペンションより

今年は
2017-11-25 6:45 ペンションより


そして予報通り、天気は快晴。
しかも道中思うほど冷え込みもなく、富士山4合目まで難なく愛車で走ることができたのだった。


「最近まで富士山の雪は少なかったんですが3日前の夜に雪が降りまして、そうですねえ、今の富士山はひとつき先の景色ですね。」
ペンションのご主人は、例年なら12月上旬まではお椀をかぶせたような雪の被り方だと教えてくれた。
本来なら、私の好まない前髪ぱっつんの富士山だったのだ。


今年は
2017-11-25 9:05 ペンションより


運がいい。


今年は
2017-11-25 9:55 本栖湖

今年は
2017-11-25 10:05 本栖湖

今年は
2017-11-25 10:05 本栖湖

今年は
2017-11-25 10:10 本栖湖

今年は
2017-11-25 10:35 朝霧高原(静岡県富士宮市)

今年は
2017-11-25 11:05 白糸の滝(静岡県富士宮市)


どんな姿であろうとも富士山は別格だと私は思う。
いつまでもどこまでも見飽きることなく見続けられる。
次はどんな表情を見せてくれるのだろうか、目が離せない。

けれど今回、これほどまでに神々しい姿を見せてくれるとは。
富士山に感謝することしきりである。

2017年、いい一年の締めくくりになった。


スポンサーサイト

富士への思い。

「私にとって、富士山はいつもそこにある景色なの。」

もう25年以上前のことだが、東海地方の某大学の2次試験を受けた際、静岡県は三島出身だという女の子と出会い、受験日の1日を共に過ごした。

「逆に、富士山のない景色の方がフシギなぐらい。」
その時、彼女の台詞で一番印象に残ったのがそれだった。

そして、当然ながらよく目にする富士山の写真は常に堂々と鎮座ましまし、だからといってはなんだが、私は静岡県や山梨県に行けばその景色を当たり前のごとく見れるものだと思い込んでいた。
もちろん天気の悪い日は地元の低い山々でさえ姿を消すが、どこか富士山は特別のような、そう信じたいところがあったのだと思う。

ところが初めて山梨県を訪れた今年4月は深く雲をまとっており、すっきりと姿を現すことは決してなかった。
山頂周辺は風が速く、頭を隠す雲たちはあっという間に遠く流れていきそうなのに、次から次へと新たな雲が生まれては富士の御山から離れない。
裾野の広さに感動したものの、やはり富士山も他の名峰と同じくそう簡単には全貌を見せてくれないのだ。
期待が大きかっただけに、がっかりという気持ちがなかったといえばウソになる。

いつもそこにある富士山、富士山のない景色の方がフシギと言った三島の彼女の言葉が逆に私を寂しくさせた。
確かに、いつも富士の全貌が見れるとは彼女は言ってない、しかし。


この8月25日も、新東名高速の新富士ICを降りた時には重い雲があちこちにただよい、今回も無理だなと諦めのような思いが胸に広がった。
どっと疲れが私を襲う。

そして、悲しかった。


どうしてそこまで富士の全貌にこだわるのかというと、それは綺麗なみ姿を母に見せてあげたいという気持ちの他にもうひとつ。
以前ブログにも書いた昨年9月に亡くなった私の尊敬するある女性が山梨出身であったから。
その方の面影と重なる富士の優美さを見ることで、私はどこか慰められたかったのだろう。

富士への思い


だからその姿が全て現れた時、心の底から嬉しかった。
尊いなと思った。
美しいと感じた。


今度は雪を被った気高い姿を見せてくださいね。
そっと富士の御山に手を合わせる。


川中島白桃を食べてみる。

長野県松本市の中町通りにある「やまへい」という漬物屋さんがお気に入りの母。
お店の奥様とお喋りするのも楽しいからだ。

松本を訪れるとその「やまへい」さんと松本城には必ず立ち寄ることに決めてある。

川中島白桃を食べてみる

川中島白桃を食べてみる


その日、お昼を少し回っていたにも関わらず、松本城では蓮の花が美しく咲いていた。
しばしお城と蓮に見入っていた我々は、お決まりの「やまへい」さんへと向う。

愛犬を連れての旅なので、店に入るのは母だけにして、私は犬と一緒に店先に置かれた長椅子に腰を下ろした。

「遠くから来たの?」
一人のおじいさんに声を掛けられた。

おじいさんは手持ちの袋から一つ桃を取り出し、「この時期なら、信州の土産にこれ以上のものはないよ」と教えてくれた。

「川中島白桃と生で食べられる白いトウモロコシは、ここをまっすぐ行った処にあるマルシェで売ってるから、ぜひ寄ってみな。」


四国に住む私はこれまで川中島白桃という桃に出会うことがなかった。
周りの友人たちに聞いても、まず知らない。
近頃になってようやく地元の産直でも色の悪い小さな桃が、一応「川中島白桃」と名乗って置かれてあるのを目にするようになったが、手に取ることはもちろんなかった。

それに、海を挟んで向かい側の岡山は桃の国。
今年も岡山へ出掛けた際に購入した清水白桃に大満足した私はそれ以上を望んでいない。

けれど、時々耳にする「川中島白桃」が気にならないわけではなかった。


「やまへい」さんから出て来た母に犬を預け、私は小走りでマルシェを目指した。

「これが川中島白桃ですか?」
ピンク色をした綺麗で大きな桃だ。
はあはあと少し息切れしながら、籠の中に4個だけ転がるその桃を指し、店員さんに尋ねた。

「もう残りはそれだけになってしまいました。
今が食べごろです。一個でも十分食べごたえがありますよ。」

私は川中島白桃を2個買った。


今朝、常温に置いてあったその桃の1個を氷水で15分ほど冷やし、食べてみた。

想像していたよりは清水白桃にも近い味を感じたが、その果肉の締り具合には驚いた。
食べごたえがあるというより、母と私の2人では1個食べるのも多いくらいだ。
すごく重い。

「桃」はドイツ語では男性名詞、フランス語では女性名詞なんだそうだが、清水白桃がフランスで川中島白桃がドイツといった感じ。

これはどちらが美味しいというより好みの問題なんだろうが、私には重すぎだ。

しかし正直なところ、そう感じたことにホッとしている。
もしも川中島白桃の方が清水白桃よりも私の好みであったなら、これから毎夏、四国では手に入らない美味しい川中島白桃を求めて彷徨わなければならなくなるから。


それにしても、「桃」を絵に描いたなら、一番おいしく映るのは川中島白桃だろうなあ。
本当にいい色をしたとても綺麗な桃だった。

川中島白桃を食べてみる

(信州の川中島白桃と甲州のブドウがこの旅の戦利品)


富士再訪。

4ヶ月ぶりの再訪。
今、山梨県は鳴沢村に来ている。


定点観察のペンションより本日の富士山。

富士再訪
15:11


富士再訪

富士再訪
16:22


富士再訪
16:35


富士再訪
17:04


富士再訪
17:13


富士再訪
17:33


富士再訪
17:49


富士再訪
17:53


富士再訪
17:59


富士再訪
18:10


富士再訪
18:15


富士再訪
18:20


富士再訪
18:23


富士再訪
18:26

富士は裾野。

もうひと月になる。
愛犬2匹を連れて母と2泊3日の旅に出掛けた。

私の運転ではこれまでで最も遠出となる『飛騨・信州・甲州の旅』。
終わってみると、3日間で1585kmも走っていた。


飛騨の目的は『奥飛騨温泉』。
2年半前に利用した宿がとても気に入って、今回で四度目の訪問となる。
これまで松茸の美味しい秋口に行くことが多かったのだが、宿の奥さんが「次はぜひ4月においでください。この辺りで採れた野草の天ぷらがとても美味しいから、せめてGWまでに来ていただけるとご馳走できますよ」と教えてくれていたこともあって旅程に入れた。

そして、本命の行き先というのが『富士山』だった。
それは決して登るのではなく見上げるだけの為だ。
これまで高速道路のSAだったり新幹線や飛行機からだったりと、一応富士の御山を見たことはあるが、そうじゃなく一つの場所で心ゆくまでのんびり眺めていたいと思ったのだった。
その思いが去年の暮れ頃から段々と大きくなって、もう行くしかない!と立ち上がった。

それは山梨側からの富士山。
そうなると、奥飛騨から山梨までの道筋には信州の松本があり、母の好きな松本城も外せない。
お城の近くの中町通りにあるお気に入りの佃煮屋『やまへい』さんにも立ち寄ろう。
そうやってどんどん行程ができあがった。


ところが、天気予報では三日間のうち二日があいにくの雨。
しかも、富士山の麓に滞在する日に限って天気が悪いという予報だった。

私はその口惜しさを奥飛騨温泉で泊まった宿の奥さんに零してみた。
宿を経営するご夫婦は横浜にも家があり、富士山周辺についても非常に詳しい。

奥さんは、「じゃあ、裾野を見てきたらいいわ。遠くの方は富士山の裾野を知らないでしょ」と言った。

裾野?
その時はなんで裾野?と正直思ったのだが、それは訪れて一番納得したことだった。
奥さんに教えてもらわなければ、悪天候で富士山の全貌を見れないくやしさだけが残ったと思う。
とてもいいアドバイスをもらったことに感謝。

本家本元の富士の裾野を見てしまうと、日本各地の富士山にはもう『富士』の名を使えないなと、地元・讃岐富士を思い浮かべながらそう思った。

それくらい富士の裾野の広さに心打たれたこの旅は、実は開花の遅れた満開の桜も彩を添えてくれた。
ちなみに、富士山麓ではオウムでなく鶯がよく鳴いていた。


そして、今後富士山を見に行くという方には、「それなら裾野を見て来るといいわ」とアドバイスすることに決めている。


富士は裾野
ペンションより

富士は裾野
本栖湖

富士は裾野
精進湖

富士は裾野
西湖

富士は裾野
中央道より

富士は裾野
松本城

富士は裾野

富士は裾野

富士は裾野


富士は裾野
樹齢1100年の臥龍桜(岐阜県高山市)

富士は裾野
せせらぎ街道(岐阜県郡上市)



梨が好き。

毎年、お盆の時期になると千葉に住む大学時代の親友から松戸の幸水梨が届く。
ジューシーで甘いその梨を食べてしまうと、ああ今年も美味しい梨が終わってしまったなと残念に思う。

豊水はちょっぴり酸味が強いし、新高梨は少しかたい。
20世紀などの青梨はあまり好きじゃない。


シルバーウィークに入る前、私は母と愛犬2匹を連れて、飛騨高山と信州の松本へ行って来た。

信州は果物もおいしいだろうから、産直を覗くのも楽しみのひとつ。
今の時期ならリンゴだろうか。
さすがに松戸の幸水に匹敵するような梨はもうないだろう、そう思っていた。


それは松本だったか安曇野だったか、道中偶然立ち寄った産直で信州ブランド梨の南水と出会った。
行きつけのスーパーでは主に徳島産の幸水か豊水、鳥取産の20世紀がほとんどで、南水という種類の梨を私はその時初めて知ったのだった。

それは、果汁が滴るほどの瑞々しさと上品で糖度の高い甘さを持ち合わせていた。
その上、南水は年末くらいまで出回るという。
ということは、まだまだこれから美味しい梨が楽しめるというわけだ。


それは、ちょっとした感動だった。

さすがは信州である。
嬉しさを隠しきれず産直内を見回すと、そこにはまさに白雪姫が手にしたような真っ赤で美しいシナノドルチェも並んであった。

南水梨はそのたまらない美味しさで、シナノドルチェはその美しさで、今日も旅を終えた私たちを楽しませてくれる。


シナノドルチェと南水梨・松本(産直).jpg


白川郷を旅して。

白川郷を旅して


高山市内で、八重歯の可愛らしい一人の青年と知り合いました。
青年といっても、30歳前後にはなるでしょうか。

「どうしても自然に還ろうとする働きがあるんですよ。」

私達が訪れた(11/13)5日前に初雪が降った話をしながら、彼はそう口にしました。

何気ない石段を指さし、長く厳しい冬を何年も何年も乗り越えているうちに、溶けた氷が石と石との間に染みわたり、その積み重ねが 一つ一つの石段すら持ち上げたり ずらしたり、
「放っておくと、どうしても自然に還ろうとする作用が働くんです。」

ここで暮らし始めて5年になるという その青年は、しみじみそう呟きました。


自然に還るかぁ~。


*

これまで何度も飛騨高山までは足を運んでいるものの、その一歩奥にある白川郷へ赴くことは、今回が初めてでした。

自然に還る。

彼の言葉がとても心に残った私は、
世界遺産に登録されている『白川郷合掌造り集落』もきっとそんな場所なのだろうと、素朴で懐かしい景色を想像しながら車を北へと走らせました。

遠くの山々を5日前に降ったという真っ白な雪がうっすらと覆います。

"国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。"
まるで、かの有名な小説に出てくるような、
白川郷IC手前には、つい そんな景色を期待してしまう11km近くにも及ぶ長~い長~いトンネルがありました。

ますます想像を膨らませながら、車はトンネルに吸い込まれるように進みました。

白川郷を旅して

白川郷を旅して

白川郷を旅して

「そこには、今なお600人を越える人の生活が息づいています。
互いに助け合って 家を建て田畑を耕し、雪と戦うなどして この貴重な遺産を守り継いできました。

今の時代にとっては、この合掌造りは住みにくさと維持費の多さを克服することが必要です。
この遺産を保存するためには、すばらしい風景を守るとともに、
ここに住む人が息が詰まって逃げ出したくならないような、快適に住める環境づくりが求められています。」

白川郷を旅して

白川郷合掌造り集落の説明書の1ページ目には、そう記されております。


白川郷を旅して

地球上のものは、例え人間の手が加えられたものであっても、放っておくと、月日とともに自然へ還ろう、自然へ還ろうとする働きがあります。
自然は人の心を和ませてくれるけれど、ただ自然に任せ、ただ自然に還らせたのでは、この美しく懐かしい風景を残していくことはできない、そう改めて気付きました。

まして、自然の厳しさと向き合っていかねばならないこの場所において、それを守り受け継いでいくことの大変さは、ただ観光に訪れた私達では簡単に理解できるものではありません。

白川郷を旅して

ただ、ちょっと欲を言えば、もう少し素朴さを残して欲しかったかな~。
世界遺産に登録されて、観光客の数もうんと増加したのでしょうね。

人の多さは我慢するとして、
昔ながらの合掌造りの家のかなりの数が、旅館であったり、茶処であったり、お土産物屋さんになったりと、ただの農家の佇まいからは遠ざかってしまっていました。

貴重な遺産を守り、ここで生活を続けて行く為には仕方がないこと、、、
そう頭では分かっていても、それがちょっぴり残念でした。
きっと私が期待し過ぎていたのでしょうね。


白川郷を旅して


さて、この白川郷の景観をより一層美しく見せる理由が、ほぼ規則的に屋根面を東西に向けて建てられているということ。

その理由は3つほどありまして、
一つが屋根の日照条件、2つには風に対する防御、3つ目には宗教上の点、とのこと。

13世紀中頃、親鸞の弟子によって この地に浄土真宗が布教され、今でも信仰の篤いこの地方では、どの家も仏壇を所有しているそうです。
しかも、その仏壇は火災の時などに建物の外部から壁を取り外して運び出せるように、南北のいずれかの壁際に配置されているのだそう。

そして、仏壇が据えらる方向とはまったくの反対側に便所が配置され、
それは隣りの家との関係においても同様で、仏壇と便所が決して向かい合わせにならないように、
隣りの家とも基本的に、仏壇と仏壇、便所と便所で向き合わせになっているのです。

この法則を実現するために、建物群の方向は一定の規則を守る必要があったそうです。

白川郷を旅して

世界遺産・白川郷へ行って来ました♪

今、岐阜県は下呂温泉、わんこと泊まれる宿「わん泊亭(紅葉館・別館)」に宿泊しています。 (笑)

ヨンサマもクリスもいつになくお澄まし顔のいい子ちゃんで、初めてのお泊まりは大成功のようです。

今回、私にとって初の体験となった下呂の湯は、一見 さほど特徴を感じられるものではなかったものの、最近の悩みであった頑固に荒れたボロボロの手が、一度の湯で すべすべとなり、
流石は日本三名泉の一つだけあるなぁ~と感心しております。(*^^*)


*

さて、昨日は世界遺産である『白川郷』へ行って来ました!


かなりの親バカではありますが(笑)、
どこへ連れて行っても 「可愛い~☆」と囲まれる わが愛犬・クリスくん。
白川郷でも、他の多くのわんちゃん達を抑え、圧倒的な人気を勝ち取りました。(笑)


先月のお伊勢参りでもそうでした。

それは、帰りの桂川パーキングエリアでの出来事、
岐阜県の方だという ある優しそうなお姉さん。

クリスを一目見るや駆け寄って来て、 連れのご主人に無理矢理引き離されるまで、クリスの傍から離れられない様子。
クリスの方もまんざらでもない風で、大きなお目目を嬉しそうに細め、しな~と寄り掛かる姿は天下一品!

そのあまりの可愛いさで、
「良かったら これ、食べて下さい。 もし要らないのであれば、わんちゃんにあげて下さいね。」
と、メロンパンを2個買って下さりました。

もちろん本命はクリスでしょうが、
はい! 素朴で大きなそのメロンパンは、私と母とで次の日の朝食として、大変美味しく頂戴致しました。(爆)


これはこれは!(`▽´)
すっかり味をしめてしまった私です。
白川郷でも「クリス、頼むよぉ~。」としっかりはっぱを掛けておきました。(笑)
狙いは、ちょっぴり年配のお姉さん!?

けれど今回、「可愛いぃ~!」の言葉は十分過ぎるほど浴びさせて戴きましたが、 五平餠も みたらし団子も未だGETならず。。。 (-_-)

う~む。( ̄~ ̄)ξ
ではでは、帰りのサービスエリアで本領発揮と願いましょうか、、。(笑)


ちなみに、もう一匹のヨンサマは我関せず。
微笑みの貴公子となるはずが、人間には全く興味がないようです。( ̄▽ ̄)

それは ある日 突然に☆

「例えば、一人の運転で、片道 500km 以上もの距離を、たった1日半で往復するのは可能だと思う?」

3日前の木曜日の朝、職場に着いた早々、私は同僚の I石氏に尋ねました。

「そういえば、前回 奥さんの実家(大分県杵築市)へ帰った時、船を使わず瀬戸大橋を渡ったって言ってたよね~。
琴平(香川県琴平町・金毘羅さんの町)から大分までどのくらいあるの?」

「だいたい500くらいかな~。 でも、帰りは船を使ったからな~。それでも かなり キツかったよ。
・・・・・ で、今度はどこへ行くつもり?」

I石氏は私の無鉄砲さをよ~く知っています。(笑)
含み笑いを浮かべた表情で、私に質問を返してきました。

「500かぁ~。 そうだなぁ~~~、飛騨・・・違う?」
彼は私の行動をお見通しのようです。

それに対する返事はせず、私はひきつった笑顔で それが正解であることを示しました。


*


私の行動は、ある日突然! 思いつきから始まります。

木曜日の朝、この天から降ってきた思いつきを、なんと次の日の夜には実行に移しておりました。(笑)


金曜日は、普通に17時半まで仕事をしました。
しかも、来週は早々から個人的な用事がありますので、一週間早めの仕事も終わらせる為、自分としてはかなり手早く頑張ったと思います。

18時に帰宅。 その後、夕食を取り、入浴を済ませてから20時過ぎに家を出発しました。

そう、飛騨高山へ行く為に!!!

「目的地までおよそ 530km あります。 所要時間はだいたい7時間15分くらい掛かります。」
冷静にナビは案内を開始しはじめました。


*


この春先に体調を崩した母が、月曜日にカテーテルを使って心臓の検査を行います。
狭心症や心筋梗塞のような症状がみられた時は、その場で即手術の予定です。

最近は調子も良く、ちょっとスローペースで普通の生活を送っていますが、
それでも入院手術となれば、私としても相当な不安がありますし、何となく落ち着くことができません。

それが、今回の無茶な計画が浮かんだ理由の一番ですけど、
では、なぜ飛騨高山なのかと言えば、高山には私の無二の親友がおり、
それと もう一つ、次回(年末年始)の旅先に関係のある場所だから、ということも私の心を決定づけさせました。


*

20時半、香川県の善通寺IC から高速に乗りました。

相当の覚悟が必要な長旅ですので、自分の中である決め事を定めました。
まず、時速80~90km のペースを守ること。
そして高速では、ブレーキではなく、主にエンジンブレーキで減速する、ということ。

瀬戸大橋と淡路島を渡る二つの選択ルートがあったのですが、軽自動車の私は余裕の運転を心掛ける為、2車線ある瀬戸大橋を選びました。
淡路島を通る道は、高松から徳島までが単線だからです。


夜中といっても、本州に入ると車の数はぐっと増えてきました。
それに、お盆のUターンラッシュと重なっています。
案の定、兵庫の宝塚から京都市内を抜けるまでは渋滞の列に加わってしまいました。

それでもイライラすることがなかったのは、長旅に耐える愛車を思ってこそ。
渋滞で進まないことが逆に、疲れた車を休ませるいい時間だと、そう思えたのでした。


トイレ以外は全く休憩せずに、夜中の2時過ぎに愛知県の一宮ジャンクションを抜け、岐阜方面へと東海北陸道に入りました。

4時過ぎ、飛騨清見IC に到着。 そのまま高山市内へと中部縦貫自動車道を走ります。
そして、高山西IC に降りたのが土曜日の4時半頃だったでしょうか。

IC を出るとすぐ目の前に道の駅があるのも有難かったです。
それから少し横になり、軽く目を閉じて朝が来るのを待ちました。


*

行きが9時間、帰りが7時間半。 総走行距離は 1127.3km。
土曜日の20時半に帰宅しましたので、ちょうど24時間で、それだけの距離を一人で走ったことになります!

友達にも会えたし、行きたい場所へも行けました!!!

そして、今、疲れはさほど残っておりません。
今朝も6時半には起床して、近場をウォーキングしてきたほどの元気さです。
そして、今日だって70km 近く車を運転しました。(笑)


明日の母の検査がまだ不安ではありますが、ウジウジ心配だけするよりも、いい気分転換になったと思います。


そう! 
私の無茶な行動は、ある日 突然 降って来る 「思いつき」 によって、意外と簡単に実行されるのでありました。

このカテゴリーに該当する記事はありません。