I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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ザルツブルク生まれのモーツァルト

*ザルツブルクにあるミラベル宮殿の"大理石の間"は、モーツァルト一家が演奏していた広間です。
今でも毎晩のように室内楽コンサートが行われています。【'07.07.16】


夜になって、かなりの雨が降り出しました。
四国も今日から梅雨入りです。

こんな日、私は雨音とともに"Hotel Mozart"でもらったCDを部屋に流します。
もう少しだけザルツブルクについて。。

モーツァルトがザルツブルクで生まれたことはあまりに有名な話ですが、
それについての感想を、私なりに('07.12.17日記)に書きました。

「モーツァルトが天才モーツァルトたる所以は、彼がザルツブルク生まれであるから。
ウィーンでも その他でもなく、この街が彼の感性を産み出したように思う。」と、、。


一ヶ月ほど前、店頭で興味深い本を見つけました。
脳科学者の茂木健一郎著、『すべては音楽から生まれる』。

私と同じく、茂木氏もザルツブルクを深く愛しておられる方で、何度も何度も訪問した上、多忙な彼がここに3週間も滞在したことがあるそうです。

その著書の中で、茂木氏がザルツブルクについて、次のように語っています。
『ザルツブルクを最初に訪れた時、旧市街の美しい佇まいに心を打たれた。
そして、"あぁ、モーツァルトの音楽の精神は、ここにあった"と思った。
その印象は、ザルツブルクを訪問する度に強まっていった。』


モーツァルトの音楽が人間の脳に優しいように、ザルツブルクは人間の心に優しい街なのかもしれませんね。o^―^o

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Eagle's Nest

*ドイツのベルヒテスガーデン近郊にヒトラーの山荘"Eagle's Nest"があります。
その山荘からの眺めは、私にとってホーエンザルツブルク城に次ぐ大好きな景色です。*^―^* 【'07.07.16】


先週末、私は高松にある国際交流協会"アイパル香川"で、「ドイツの環境事情」という講座に出席しました。

「ドイツ」。
私はその国を未だ旅したことがありません。
とはいっても、ドイツの南端の端にある"ベルヒテスガーデン"という小さな街に、ほんの数時間だけ訪れたことがあります。

それは、オーストリアのザルツブルクから車で1時間ばかり走ったところにあるでしょうか。


このベルヒテスガーデン近郊に、ナチスドイツの独裁者ヒトラーの山荘があります。
「ケールシュタインハウス」、「Eagle's Nest」という呼び名でも知られています。


残虐なヒトラーのもう一つの素顔を探す時、予言者としての表情も浮かび上がってきます。
私の想像に過ぎませんが、彼は 人並み外れた繊細で研ぎ澄まされた神経の持ち主たったように思うのです。
ただ、その才能の使い方次第で、自分自身だけでなく、多くを巻き込んで身を滅してしまうことも示してしまいましたけど。。。

そんな彼が、最もインスピレーションを受けた場所。
それが、この山荘だったのだとか。


実際に訪れてみて、その感覚がなんとなく分かるような気がしました。

急カーブが続く山道を、専用のシャトルバスで登ります。
バスから降りると、そこからも見晴らしのいい景色が眼下に広がっています。

外は容赦なく強い日射しが照りつける中、山荘に向かうトンネルの中のひんやりとした空気は 一瞬で汗を引かせてしまいます。

そして、トンネルから黄金のエレベーターを上ると そこはすでに山荘の中。

山荘内には、ヒトラーの50歳の誕生日にイタリアのムッソリーニ首相(当時)から贈られた暖炉が今も同じ姿で残っています。
*当時は、昭和天皇寄贈の絨毯(重量300kgを越える絹製の高級品だったとか、、(◎o◎)/)も敷かれていたそうです、、。

山荘自体は、その殆んどを連合軍によって取り壊されてしまい、ほんの一部分しか面影を留めていません。
けれど、山荘のある山頂からの眺めの、、その言葉では言い表せないほどの雄大さと開放感といったら!


アジア人の観光客は非常に少ない場所ですけど、大勢の欧米人で溢れる人気観光地。
ヒトラーとは別に、多くの人の興味をひく場所のようですよ。
私のイチオシの景観です。o(^-^)o

*ミュンヘンからもツアーがありますが、ザルツブルクからの方が随分と近く、交通の便もいいようです。


*山荘(外観)の写真は('07.09.06日記)に載せてあります。

決まりました。

*パリ・オランジュリー美術館、モネの「睡蓮の間」にて【'00.01.08】
『ロダン美術館』は、このオランジュリーから南へ1kmほど。
メトロ「VARENNE ~ヴァレンヌ」駅を挟んで向かい側には「アンヴァリッド」という17世紀に建てられた巨大な廃兵院があります。
ここは現在、軍事博物館になっていて、
そこにあるドーム教会にはナポレオンの棺が安置されています。
*オランジュリーより少し西、ロダン美術館より北には『Alexandre3世橋』、
そうセーヌ川にも☆アレックス☆の橋が架かっていますよ。(*^_^*)

皆さんは「時差ボケ」になることってあります?

私はほとんどありません。

だから、こんな無謀な旅行ができるのだと思っています。

私の旅はハードです。
旅そのものだけがハードなのではなく、その前後を含めて かなりキツいスケジュールです。

今までで最も厳しかったのは、昨年夏のザルツブルク行き!!

7/13(金)、いつも通り17時半に仕事を終え帰宅。
日本出発は明日の9:55。

その日、日本列島には大きな台風が近づいていました。

旅行会社のMさんが、心配してメールをくれました。
「国際便はよほどでなければ飛ぶと思いますが、関空までの連絡橋が強風の為に通行止めになる可能性があります。
ですから、早めに関空に入って下さいね。」
ならば前日から関空入りしようと、最終列車で空港へ向かいました。

関空には、欠航の沖縄便に乗るはずだった人達がベンチで丸まっています。
私も2Fのラウンジで毛布と枕を借りて、ベンチで一夜を明かしました。
(関空のベンチで眠ったのは、実はこれで2度目!!)


台風は思ったより大きなカーブを描いたので、私の乗る「ルフトハンザドイツ航空・フランクフルト行き」には影響はありませんでした。

後で聞いたMさんの話によると、午後の便は大荒れになったのだとか。
私は単に運が良かったのですね。o(^-^)o


ザルツブルクには7/14の夕方17時半に到着、
ホテルに荷物を置いてすぐ旧市街を散策し、この日の内にホーエンザルツブルク城にも登りました。

17日の朝10時にはザルツブルク空港を離陸します。

僅かの時間を惜しんで、3日間とも夜10時近くまで街中を歩き回りました。
朝も5時半からミラベル庭園へ。

この旅行では、
韓国人のMijungにJeanna、そして愛しのAlexといった素晴らしい出逢いに恵まれましたので、
夜は興奮してほとんど眠れていません。

食事も喉を通らないほどで、この旅行で3kg痩せましたっけ。。

そして、7/18の朝8:15に関空着。

すぐに特急「はるか」に飛び乗り、新大阪と岡山を経由して香川に着いたのが、11時半。

家に着いた私は荷物もそのまま、急いでシャワーを浴びました。

機内食も手をつけなかったので、少しくらいはとご飯を口に押し込めて、
12:45に家を出発。

13:10には職場のいつもの席に座っていました。

頭は"くらくら"貧血気味。

でも私のザルツブルク行きは内緒のこと。

とにかく半日、たった4時間ですが頑張りました。


この5月。
4日の連休に半日の有休を取って、ヨーロッパへ行ってきます!!

たまに、『私って化け物?!』と、自分で思うこともありますが、
行きたい気持ちは押さえられませんよね。

又も超人的なスケジュールを乗り越えようと思っています。

~Danke schon♪~の街

*ミラベル庭園の夏と冬、手前に見えるのは「ペガサスの泉」です。【'07.07.16 & '08.01.01】
フィッシャー・フォン・エルラッハによって現在の形に設計された庭園には、ギリシャ神話に出てくるような石像に噴水と庭木、そして花壇が可愛らしく配置されています。

韓国人の友人Jeannaは、ウィーンの「シェーンブルン」に比べるとあまりにも小さい上に、思うほど綺麗じゃないと厳しく評価していましたが、私はこの場所が大好きですね。
ここからのホーエンザルツブルク城塞は堂々と私達を見下ろしていて、思わず額づいてしまいそうです。

花々が咲き乱れる夏の庭園があまりにも見事であることは言うまでもなく、
冬の凛とした空気の中、ここから見上げると夜空に白く浮かぶ城塞には、自然と涙がこぼれてきます。


昨年の夏のお話をしましょう。

このミラベル宮殿のすぐ北側に「Kurgarden~クーア公園」があります。

吹く風が心地よい早朝、私は列車に乗って「ハルシュタット」へ行こうとザルツブルク中央駅を目指していました。

"ちらっ"と横を見ると、仲の良い白髪の老夫婦が手を繋いで歩いています。

~なんて微笑ましいのでしょう。
なんだか、私までも幸せな空気に包まれている感じです。~

あっ、!!
その老婦人が石につまづき、転びそうになりました。

私も思わず駆け寄り手を差し伸べました。

"大丈夫、大丈夫。"

私の手が彼女に届くその前に、ご主人がしっかり彼女の手を握っていたおかげで、"しりもち"をつく手前で 体勢を立て直すことができました。

ほぉ~~。
3人とも胸を撫で下ろしました。

ご主人が振り返って私に一言、
『Danke schon!!~ダンケ シェーン』と軽く会釈。
奥様もはにかみながらお辞儀をしてくれました。

私もさりげなく、『Bitte schon!!~ビッテ シェーン』と言ってみたかったのですが、
ニコニコお辞儀をするだけで精一杯。(*^_^*)


今回のザルツブルクもあらゆる場所で、『Danke schon!!』が飛び交っていました。
その度に、あの老夫婦が思い出されます。

今も仲良く寄り添っていらっしゃるのでしょうね。

羨ましくもあり、憧れでもあります。

頬も心もほころびます。


きっと今も街中で、『Danke schon!!』が溢れていることでしょう♪

日本語教師?!

*オーストリア・ハルシュタットにて
そこで出逢った韓国人の女の子達と【'07.07.15】


('07.10.06日記)で書いた釜山の大学生、Mijung(左端)。
彼女と一緒にいたおかげで、何人もの韓国人から気さくに声をかけられました。

旅先での情報交換は大切なもの。
(最近、バックパッカーでヨーロッパを周遊している韓国の学生はとても多いです。)

韓国人って、異国の地で出逢った同胞の人達と、旧友のように親しく声を掛け合う素敵な国民性ですね。o(^-^)o

そして、彼女達は私までも その和の中に入れてくれました。

特に親切にしてくれたのが、↑の写真に写るJeanna(左から2番目)と、その従妹。

Jeannaは自他とも認める「アニメマニア」だそう。
日本のアニメがお気に入りの彼女は、私よりもずっと日本の文化に詳しいのです。

アニメから覚えた日本語も、カタコトながらも目を見張るほど!!
私はただただ驚くばかりでした。
(私の英語より、うんと上手じゃない!!)

私達4人は、英語と韓国語、日本語の3ヶ国語を使って会話を続けました。
私達って、なんだかとっても国際人!でしょ!!

実際はどの言葉も、通じればOK程度の低レベル。
英語を中心に、英単語につまったら、韓国語と日本語で補い合うといった感じです。

ハルシュタットからザルツブルクまでの3時間弱、疲れた頭にムチ打ちながらも会話は盛り上がりました。

あまりにも馴染み過ぎた私達。
途中、彼女達が私を韓国人と錯覚したほど話は弾みました。

だから、お別れはとても寂しかったですね。
再会を約束して、メールアドレスの交換。

帰国後、何度か連絡を取り合いましたが、近頃は少し"ご無沙汰"です。
せっかくのクリスマス、彼女達にお祝いのメールを送ろうと思い立ちました。

早速、Jeannaからお返事が!!

ただ、とっても残念なことに、前半部分が全て文字化け、。、(T_T)

『Hi, picchuko
ェメェオェキェヨェ黯 ェイェュ?
ェ・ソェキェホェニェャェ゜。。。。。』以下、このような文字が長々と続きます。(T_T)

何て書いてあったのだろう。。。

後半の英語の部分だけ理解することができました。

オーストリアで会話した時もそうでしたが、彼女はとても勉強家。
特に日本への探求心が強く、私からも色んな情報を得ようとしていました。

今回のメールにも、
『私の日本語は下手だけど、どうか理解をして下さい。
あなたの日本の住所を教えてくれたら、日本語の手紙を送ります。』

以前のメールにも、日本語への挑戦の意欲が溢れていました。

こんなに一生懸命の彼女の姿勢に、私も協力していきたいなって思います。
彼女に恥ずかしくないように、読書をしっかりして日本語力も養っておかなくてはなりませんね。
でも、なんだか日本語教師になったようで嬉しいです♪

Hotel Mozart

今年の7月にザルツブルクを訪れた時、私は『モーツァルトホテル』に滞在しました。
空港からタクシーで15分くらい。ザルツブルク新市街にあります。

「新市街」には鉄道中央駅や【ミラベル宮殿】があり、ザルツァッハ川を挟んで、
【モーツァルトの生家】や【ホーエンザルツブルク城】など見所いっぱいの旧市街があります。

小さな街なので、ゆっくり歩いて回れるのも魅力ですね。


もうすぐ、飛行機のEチケットとホテルクーポンが届きます♪
今回も『モーツァルトホテル』でお願いしました。

そこはこじんまりとして、とてもアットホームな雰囲気。
スタッフの方達も気さくに声をかけてくれます。
そして、何より清潔なところが気にいっています。


7月17日、帰国を前に 私は早朝の静かな街を歩いてきました。
6時前から7時過ぎまで、
もう一度 ザルツブルクを感じようと、しっかり この街を覚えておこうと、
愛情を込めて 一歩一歩"丁寧に"歩きました。

ザルツブルクに到着したばかりの私が、浮き足立って歩いた道。
その全てに思い出が詰まっているようで、とってもお別れがつらかったです。

そんな散歩から戻り、胸がいっぱいでチェックアウトをしようとしたその時のこと。

レセプションのお兄さんが一枚のCDを出してきました。
それはモーツァルトの『フルート四重奏』。

「えっ? 私にくれるの?」

「もちろんさ!」

泣きそうなほど嬉しかったです!!
私だけではなく ザルツブルクも私との別れを寂しく思ってくれていて、
そして私がザルツブルクを忘れないようにとプレゼントしてくれたように感じました。


ザルツブルクで生まれた大作曲家モーツァルト。
ここを訪れて、モーツァルトが天才モーツァルトたる所以は、
"彼がザルツブルク生まれにある"ということがよく分かりました。

彼の音楽は正にザルツブルク。
ウィーンでもその他でもなく、この街が彼の感性を生み出したように思います。

このCDを聴くと、それを心で感じることができます。
だから、ザルツブルクを忘れずにすむのですね。


CDと一緒にホテル案内も入っていました。
最後に、それを少し紹介したいと思います。

今回も自分勝手にドイツ語を訳してみました♪
(懲りない私...f^_^;)

Engagierter Service, freundliche Mitarbeiter, das reichhaltige Fuhstucksbuffet und die angenehme Atmosphare in den gemutlichen Aufenthaltsraumen beweisen traditionelle Salzburger Gastlichkeit.

きめ細やかなサービス、フレンドリーなスタッフ、リッチなビュッフェ形式の朝食、そしてゆったりとしたラウンジでの心地よい雰囲気が、昔ながらのザルツブルクの親切な"もてなし"を表しています。


Die Fussgangerzone Linzergasse, das neue Kongresshaus, Mirabellpark, Festspielhaus, Dom, Festung, Getreidegasse, ..fast alle Sehenswurdigkeiten liegen innerhalb weniger Gehminuten.

歩行者天国のリンツァーガッセ通り、新会議場、ミラベル庭園、祝祭劇場、大聖堂、ホーエンザルツブルク城壁、ゲトライデガッセ通り、..殆んど全ての見所が、徒歩で数分以内の場所にあります。

また会えるといいですね。・・Alexとの会話編1.

*このトンネルの奥に黄金のエレベーターがあり、それを上ると そこはヒトラーの山荘『ケールシュタインハウス』の中です。
【ドイツ バイエルン州ベルヒテスガーデン '07.07.16】

「ヒトラー」と聞けば、眉をひそめる方もいらっしゃると思いますが、
この山荘はアメリカ軍により『Eagle's Nest (鷹の巣)』と名付けられ、アメリカでは有名な観光スポットとして知られています。


以前にも書きましたが、
今年の7/16 (奇しくもsuhさんの誕生日ですね♪)に、私はザルツブルクから国境を越えてドイツにある「ヒトラーの山荘」へのツアーに参加しました。
日本人は私一人でしたので、ガイドさんにも親切に目を掛けてもらえました。

そのツアーのガイドさんは お腹の大きな白髪のおじさんだったのですが、
ドライバーさんは長身のナイスガイ!!
190cmは優にあるでしょうか。。 何たって驚くほどに足が長い!!
私(164cm)の胸下あたりがウェストです。

彼の名は『Alex』。 正確には『Alexander』。
そう!! 彼はアレクサンダー大王!!! 世界征服を狙う私にはピッタリの方ですよね♪

最初に声を掛けたのは私です。('07.09.06日記)
二人で仲良く写真を撮りました。

その後の会話です。 今日は頭だけ、、。

A=Alex、P=picchuko

A:「Wie heiβt du?」
名前は何ていうんだい?

P:「Ich heiβe Picchuko.」
picchukoっていうのよ。

A:「Picchuko? ..Mein Name ist Alexander.」
picchuko?、僕の名前はアレクサンダーっていうんだ。

P:「Alexander?」
アレクサンダー?(*^_^*)

A:「Ja. ..Du kommst aus Japan, nicht wahr? Wo wohnst du? Tokio?」
そう、君は日本から来たんだよね。 どこに住んでいるの? 東京?

P:「Nein, ich wohne nicht in Tokio, sondern in nahe Osaka.」
ううん、私は東京ではなくて大阪の近くに住んでいるのよ。

A:「Osaka?」
大阪?

P:「Ja, kennst du?」
ええ、知ってる?

A:「Nein, wo ist das denn?」
いや、それってどこにあるの?

P:「Osaka ist in Westjapan.」
西日本よ。

A:「Ja!! ich bin aus Salzburg.」
へえ、僕はザルツブルク出身だよ。

(注:実際は英語での会話。ドイツ語は難解な為、多少の省略あり..)

アレックスはとっても笑顔の素敵な方でした。
私が何か話をすると、満面の笑顔で「ye~s, ye~s!!」と顔を覗き込んで返事をしてくれます。
こんなに温かな瞳を持つ男性を私は知りません。
もう一度 会えたなら、今度はドイツ語でお喋りしたいですね。

私の妹です。

*ザルツブルクの南東一帯、美しい山々と湖の世界ザルツカンマーグート。その中でも一際輝くハルシュタット。【釜山の大学生 Mi-jungと '07.07.15】


ザルツブルクに到着した次の日は日曜日でした。
たぶん街の多くのお店がお休み。
だから、郊外への小旅行もいいでしょう。

ウィーン行きの列車に乗り45分 アットナンク・プッハイム、そこで乗り換えること1時間半 夢のように美しい世界遺産の街「ハルシュタット」があります。

ハルシュタット湖東岸にある鉄道の駅から、対岸の町へ行く為に渡し船に乗りました。
僅かな時間ですが、その船からは世界一美しい湖岸の町をゆったりと眺めることができます。
風に吹かれながらの気持ちの良い時間、可愛い女の子と ふと目が合いました。
お互いハニカミながら笑顔で挨拶。
どうも彼女も一人旅のようです。

綺麗な町を背景に写真を撮ってくれませんか、と彼女。
船での会話はそれだけでしたが、船から降りる私に、
「一緒にこの町を観光してもらえませんか?」
と声をかけてくれました。

彼女の名前は「キム・ミージョン」

片言の英語と韓国語。ポツポツとした会話でしたが、たくさん笑い、沢山の感動を共にした二人だけの4時間でした。

同じアジア人ということもあるでしょう。
懐かしく愛しい気持ち。
なんだか妹に逢えた感じです。


帰国後の彼女からのメールに、
「I wish to call you "Un Ny".」
"Un Ny"とは韓国語で"お姉さん"という意味だそうです。

彼女も同じ気持ちだったんだ!!
とってもとっても嬉しくなりました。


別れる時、写真を送るからね、と約束。
忙しくてなかなかペンをとることができませんでしたが、今日やっと手紙を書くことができました。

仲良しのウォンさん(ソウル出身で結婚の為 来日。20年近く香川に住んでいます)に早速 訳してもらったところです。
ミージョンが妹ならば、ウォンさんは私の「Un Ny」!!


この連休明けには韓国へ向け、私達の友情が運ばれます。o(^-^)o

不思議な体験。

*ドイツ・ベルヒテスガーデン近郊 【Eagle's Nestにて '07.07.16】


今朝早く 勤め先の看護婦さん「わっこさん」の娘さんに無事男の子が誕生しました♪
わっこさん、おめでとう。きっと可愛くて愉快なおばあちゃんになられるのでしょうね。勿論 おばあちゃんという感じは全くしない 若いわっこさんですけどね。

人の誕生も含め出会いというものって不思議なものと思いませんか?
私は出会いと別れという人生において大切な出来事の中で二度程「不思議な体験」をしたことがあります。

一度目は随分と昔の話になるのですが、私が大好きでたまらなかった人ととの別離の時。
あまりにも辛く悲しくて、その先の人生が本当に真っ暗に感じ、私は行き先を失った魂の抜けがらになっていた時。
その絶望の中、岐阜県高山市で私はある声を聞いたのです。
「大丈夫だよ。必要ならば帰ってくるからね」って。

耳から聞こえたというより、脳裏をよぎったという方が正しいのでしょうか。
直感とも違う、それは もしかしたら潜在意識のなせる業だったのかもしれませんが、私はその言葉で立ち直れたのです。
そう、必要ならば必ず帰ってくるから。。


そして二度目が この夏のザルツブルクで。正確にはドイツにあるヒトラーの山荘「Eagle's Nest」で...。

ザルツブルクから半日の現地ツアーを申し込みました。
何故か旅行前から気になっていた場所で、ザルツブルクよりむしろ この場所に惹かれていたように思います。

私はヒトラーの別荘内(今はレストランになっています)で、そのツアーのドライバーさんと目が合い、微笑みを交わした時のこと、空気が柔らかくなったのを感じました。

その後 山荘を出て背景に広がる美しい山々や湖を眺めていた時、「あっ!今 世界中で私が一番 天に近い!」と感じる地点がありました。

そして それはヒトラーも勿論利用した黄金のエレベーターの中での出来事でした。

「彼に一言声をかけたら人生がかわる」、いえ「彼に今 声をかけないと私の人生は開かない」という言葉が私を急かしたのです。

彼の笑顔はとても可愛くて温かくて私の宝物です。

出逢いも別れも今の自分にとって必要なもの。

私が出会った人達に幸せが訪れますように、今日も優しい気持ちで一日を終えることができそうです。


追伸:ただ一つ残念なことは、今年の1月30日。念願の「IL DIVO」の来日コンサートで すぐそこにUrsがいたのに、あんなに近くだったのに、心はめいいっぱいときめいていたのに あの声は全く聞こえませんでした。
やはりUrsを遠くから眺めているだけしかできないのかなぁ、ちょっぴり切ない気持ちです。

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