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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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裁判員経験者との意見交換会

てっきり私は、裁判員裁判時に評議を行ったような小部屋で、裁判官、検察官、弁護士に裁判員経験者の代表者が顔を合わせ、ざっくばらんに意見交換をするのだと思っていた。
だから、裁判終了後のアンケートでも、自宅に郵送されてきた意見交換会開催の案内にも気軽に参加希望の意を表した。


先日、その意見交換会が高松地方裁判所において行われた。
私も選ばれた経験者のひとり。

裁判中は3名の裁判官としか直接話す機会がなかったから、今回は検察官や弁護士らも同席ということに多少の興味を持って高松まで足を運んだ。
何より、馴染みの裁判官との再会が楽しみだった。


ところが、会場に案内されてびっくり。
通されたのは、結構広い会議室だった。

確かに裁判員経験者8名と裁判官、検察官、弁護士がそれぞれ一名出席しての座談会形式には違いないが、向かい側には各報道関係者、その他の検察官や裁判官等、20名以上の関係者が傍聴席に座っている。
中央には高松地方裁判所所長と進行役の裁判官。

一気に緊張が高まる。

実際の裁判でさえ平常心で臨めた私だが、この日心臓のドキドキがとまらなかった。


裁判員経験者による意見交換会


自分が参加した裁判は一例にしかすぎず、それぞれ異なった事例があることはよくわかっているつもりだった。
しかし、この意見交換において改めて痛感したことがそれだった。


私が経験した起訴内容は強盗致傷。

裁判当時を思い出す。

私が臨んだ裁判では被告は有罪を認めており、争点となるのはそれが計画的か偶発的かということだった。
被害者を殴った棒をめぐって議論が繰り返された。

初日に被害者による答弁が行われた際は私の気持ちも被害者側に大きく動いた。
また、裁判が進むにつれ曖昧な返答を繰り返す被告に対しても、それを弁護する国選弁護人に対しても不信感が募り、被告に向ける自分の眼が日増しに厳しくなるのを感じた。

だが、実際に刑を決める段階になると、若い被告の将来について考えざるを得なかった。
たぶん、いっときの出来心からの犯行に違いなかった。
被害者の受けた心の傷の深さまでは計り知れないが、被害者が負った外的な傷は比較的浅く、盗まれた金品の額もそう大きいものではなかった。

しかし、犯した罪は罪。
罪を償うことも被告の将来においても非常に大切なことだ。


* * *


今回の意見交換会の中で、ある経験者がこんなことを言った。
「被告が語った中で、自分の将来についての言葉がありました。私はそれがとてもショックでした。」

私以外7名の経験者が、殺人か殺人未遂という重大な事件を受け持っていた。
殺した側、人の命も未来も奪った人間が自分の将来を思う。

別の経験者はこう言った。
「(殺された)被害者の父親の意見陳述を聞きながら涙が止まらなかった。自分も娘がおり、どうしても感情移入をしてしまい家に帰ってからも泣きました。50何年生きてきて、これほど辛い時間はなかったです。」


私は周りの人たちと自分の意見との温度差を感じた。
裁判員裁判で受けた心理的苦痛も、殺人事件に携わった彼らと私とでは比較にならないほど違っていた。


私は裁判後、周りの人に裁判員に選ばれたならぜひ参加すべきと伝えてきたが、果たしてどうなのだろうか。
色んな思いが頭の中を駆け巡った。

だが、やはり裁判員裁判を経験したことは自分の人生上貴重な経験になったと思うし、裁判で終わらず、今回のような意見交換の場に選ばれたことを有難く感じた。


日々、新聞をあらゆる事件が賑わす。
文字としてそれらを見るのと、実際に被告や被害者、その家族と向き合うと、その重さは全くもって違ってくる。
感情的にもなるし、感情移入した状態で判決に関わるのはどうかと疑問に思うこともある。
けれど、裁判に参加する機会を与えられるということは、やはり意味あるものだろう。


意見交換会での私の意見が今後の裁判員制度の運用に役立つとは思えないが、自分の中で見直すいい時間になったと思っている。

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父の仕事と裁判員。

時が経ったので、許される範囲のことを少しだけ書いておこうと思う。

去年の11月、最高裁より裁判員候補に選ばれたという通知が分厚い封筒に入って送られてきた。

裁判員かあ。
まさか自分が候補に選ばれることなどあるものかと、この制度が決まった当初はざわめく周囲とは裏腹に全く関心を持っていなかった。

だが裁判員制度が始まって8年、当時は無関心だった私も、3年前に父を亡くしたことでできることなら参加してみたいという気持ちに変わっていた。

父は長年裁判所に勤めてきた。
父のように黒い法服を着ることはないが、同じように法廷に立ち合う機会があれば、父が生涯をかけて貫いた仕事を何らかの形で感じ取ることができるのではないか、今も本棚にずらっと並ぶ法律関係の書籍を眺めながらそんな風に思ったのだった。


そして、私は裁判に参加する機会を得た。
今回の起訴内容は強盗致傷。
最高無期懲役が科せられる罪ゆえに裁判員裁判が執り行われるという。

裁判所側は、裁判官3名、裁判員6名、補充裁判員2名の計11名。
裁判員が一人でも欠ければその裁判は成立しないことから、補充裁判員も裁判員と同じように最初から最後まで裁判に立ち合うことになる。
ただし、裁判員は法廷で質問することができるが補充裁判員は許されず、また審理後の評議(裁判官と裁判員が話し合って有罪か無罪か、有罪の場合はどのような刑に処するのかを決める)の場において多数決を行う際の投票権は補充裁判員にはない。

テレビで裁判の場面を目にしたことはあるが、当然ながら父は一切の仕事を家に持ち込まなかったため、法廷に入るまでは実際の裁判とはどんなイメージでどういう流れになるのかわからなかった。

裁判員は裁判官と一緒に法壇後ろの扉から入場する。
座る場所も裁判官と同じ法壇上。
私の席は裁判官の真横、中央に近い法廷を見渡すのにちょうどいい場所だった。

初めて法廷に入る時は緊張も高まり、心臓のドキドキ音が耳に届くほどであったが、いざ入場すると冷静に周りを見、話を聞く自然体の自分がフシギだった。

また、法廷前に起訴内容を見せてもらい、裁判長が今回の争点はここだよと具体的に言ってくれていたおかげでスムースに話に入っていけたように思う。

冒頭手続きから判決までの6日間、かなり真面目に頭を使い、私なりに真剣に考え、時に悩んだりもした。
同じ法廷に参加をし、同じ資料を読みながらも11名それぞれ考えは異なる。
その異なった考えを十分な話合いから一つの答えへと導いていく。
自分の考えに迷いが生じても、裁判官の皆さんがその悩みを受け入れ、認めてくれる。
裁判員にならなければ関わることのなかった人たちだが、裁判長が仰っていた通り、私たちは11名で一つのチームになっていた。

疑わしきは裁かない姿勢はなにも裁判所側だけでなく、丁寧に話を引き出し物事を見極めようとする検察側の態度にも好感が持てた。
いい経験になったし、司法に対する信頼も深まったように思う。

また、裁判長のイメージも変わった。
これまでは閻魔大王という印象だったが、今はまるでお釈迦様みたいだと思う。
閻魔大王は検察側か?笑


そして、ああ、これが父の生前であればなあと、勉強になった分余計にそう思った。
父ならばどんな捉え方をしただろう。
父ならばどんな言葉を被告にかけたことだろう。

私は幼い頃から厳格な父が苦手で、だから法曹界はまったくもって興味がなかった。
自分から一番遠い仕事だと思っていた。
しかし、今は思う。
もしも学生時代に、せめて20代でこういう経験ができていたなら、私も法曹界の門を叩きたかったなと。
素直になれなかった自分を悔いた。
その後悔さえもいい経験になったと感謝している。


裁判員裁判の一切が終わった後、裁判員バッチをもらった。
今も父の仏前に供えてある。

父の仕事と裁判員



青酸連続殺害で裁判員8割辞退ー京都地裁、6人を選任。(京都新聞)

京都府向日市の男性らに青酸化合物を服用させたなどとされる連続殺人事件で、殺人罪3件と強盗殺人未遂罪の計4件で起訴された筧千佐子被告(70)の裁判員裁判の選任手続きが2日、京都地裁(中川綾子裁判長)であった。
過去最多となる920人の候補者から、裁判員6人と補充裁判員6人が選任された。
長期審理の影響などから、昨年の全国の辞退率64.7%を大きく上回る約8割が辞退した。

最高裁によると、これまで選定候補者数の最多は、広島県江田島市のカキ養殖加工会社で2013年に社長ら9人が殺傷された事件の裁判(広島地裁)が865人だった。

在任期間は、今月26日の初公判から11月7日の判決まで135日間。
裁判員裁判制度開始から3月末までで、2番目の長さで、開廷回数は計48回。
呼び出し状を送った人数は、過去最多の586人に上ったが、仕事や介護、病気などを理由に413人が事前に辞退していた。

選任手続きは午後1時20分に始まり、約3時間半で終了した。
出席した86人は事件の概要などについての説明を受けたほか、死刑求刑が予想される事件であることから、死刑制度に対する賛否や精神的負担を問う質問にも答えたという。

選ばれなかった京都市の会社員男性(20)は量刑判断などについて「もし選ばれていたら心理的負担はあったと思うが、裁判員を務めてみたかったので残念」と話した。

当日に辞退が認められた綾部市の事務員女性(41)は「地裁までの距離が遠く、通うのが負担だった」と話し、「職場の人員が少ないうえに夏休みにも重なるで参加は難しかった。選ばれず安心した」と胸をなで下ろしていた。

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