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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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なんとかなるはず。

*NYのセントラルパーク。
一面 雪に覆われた、人気のない夕暮れ時。【'03.02.09】


実は、まだ旅行の計画を全く立てていない私。。(^_^;)
仁川空港からソウルに向かう方法すら調べていない。。う~、、、毎度、自分のことながら心配です。

今日の昼休み、「まだ荷物の用意さえしていないのよ。」って上司のKさんに言いました。
Kさんは相変わらずの真顔で、「近いんだから、忘れ物があれば取りに帰ればいいじゃない。」
確かに近いけれど、、こんなコメントってあり?(*^_^*)

この近さが海外旅行って気持ちにさせない理由かなぁ~。

* * * * * * *

私がNYの"JFK国際空港"に降り立った時、それは ある真冬2月の夜8時過ぎでした。

世界の中心「NY」!
国際色豊かに沢山の人達が溢れるNYですから、空港からマンハッタンまでの移動なんて人の流れについて行けばいいではありませんか。

私は下調べを一切せずに、NYに足を踏み入れたのです。

だーーー。。(; ̄Д ̄)あっという間に私は一人。
あれほどいた人達は、一体どこに消えたのでしょう。

急に不安が込み上げてきました。もう夜も深まっていくのにぃ~。(;_;)

バス停にも人影はありません。

キョロキョロしていると、大きな体をした 空港の職員らしき二人の黒人男性が歩いてきました。
ラテンの男性はペルー旅行で免疫がありますが、黒人男性と話す機会が過去に全く無かった私。
(黒人女性ならパリの早朝、忘れられない思い出を戴きました。('07.10.12日記))

あまりにも体格のいい二人に、近付くことさえ恐かった私。
決して人種差別するつもりはありませんが、正直に恐かったのです。

けれど、彼らしかいません。彼らに聞くしかありません。
「マンハッタンまで行くにはどうすればいいの?」

彼らはバスのチケットを渡してくれました。
「もう少ししたらバスが来るからね。
それまで寒いだろ。暖かい室内で待っているといい。バスが来たら教えてあげるよ。」
私が勝手に恐いと思っていただけで、とっても親切な方達でした。
*偏見を持ってしまって、ごめんなさい。。。。(〃_ _)

私は一人寂しくバスを待ちます。

「ここでバスを待ってるの?」
振り向くと、藤井フミヤさんをもっと爽やかにした若い男性が、黒いコートを纏って立っていました。

日本人ではありません。韓国人?
「僕の名はKini Wong。オーストラリア人なんだ。」
きっと、お父さんかお祖父さんの時代に移住したのね?

「僕は仕事でシドニーから来たんだけど、NYまでホントに遠かったよ。」

「日本人に人気のマンハッタンツアーを教えてあげるよ。良かったら電話してみるといいよ。」
彼は色々な資料を鞄の中から取り出します。
この人は何者だろうと思いつつ、いつの間にか先程の不安もかき消されていました。

彼はセントラルパークに程近い"ウェリントンホテル"に宿泊なのだそう。
このバスは主なホテルに停車してくれます。

「君のホテルは?」
私が予約してある"ホテルメトロポリタン"にはバスは停まってくれません。

「どこで降りるの?」
彼の質問に、「グランド・セントラル・ステーション」と私は思いつきで答えました。

思いつき、、そうです。知っている名所の中で、最もホテルに近いであろう名前を言ったのです。

しばらくの楽しい会話の後、
「あっ、ここがグランド・セントラル駅だよ。」とKiniは教えてくれました。

もう安心。マンハッタンに到着です。o(^―^)o
オーストラリア人のKiniと、あの二人の黒人男性のおかげで、無事にたどり着くことができました。
とても気持ちのいい旅のスタート。

時計を見ると、夜の9時半を回っていました。

さて、ここからの道順は、、。
つい先ほどの大安心の後、これから40分も冬空の下、NYの夜をさ迷うことになろうとは、まだこの時の私は知る由もありません。


明後日のソウル。
まぁ、なんとかなるでしょう。。。?

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寒さに耐えた"ご褒美"☆

*NY バッテリー・パークの朝【'03.02.09】


今週は寒かったですねぇ。
日は少し長くなってきたようですが、寒さはこれからが本番!!
気合いを入れて、乗り切りましょう。
( しかし、私は少々 風邪気味...、大きな"くしゃみ"が聞こえたら、犯人は私です。。)


冬の寒さで私が一番辛く感じたのは、2003年、2月という真冬真っ盛りにNYを訪れた時のこと。


『NYの貴重な一日』については、('07.09.11日記)に書きましたが、
その中では軽く流した「自由の女神」観光。

これが最も寒かったっ!!
何かの試練かと思うほど、私には厳しかったのです。


相変わらず時間のない私ですので、朝一番にまっすぐ「バッテリー・パーク」へと向かいました。
この公園は、「自由の女神」がある「リバティ島」行きのフェリーが発着する所。

季節を選べば、海沿いの遊歩道をのんびり散歩するのもいいでしょう。
ここからは、小さいながらも、たいまつを持った右手を堂々と掲げる「自由の女神」がよく見えます。

まず、バッテリー・パーク内のクリントン砦の中庭でフェリーのチケットを買います。
そこからすぐの所に乗り場があります。

夏の観光シーズンは長い列を成すフェリー乗り場も、真冬の朝一番には人もまばらです。

それでも、乗船時のセキュリティ・チェックは厳しかったですね。

「9.11」のテロから一年半。
博物館も含め、女神の内部見学は一切できませんでした(泣)。。
王冠までの354段の階段を、"こんぴらさん"のある香川出身の私としては登ってみたかった(悔)。。。
・・・今はどうなのでしょう??

飛行機に乗るように、荷物とボディ・チェックを受けて乗船します。

屋外デッキからは、マンハッタンの街並みが一望でき、
島へ停泊する前には「自由の女神」正面へ回ってくれるので、寒くても船内には入りません。

風も冷たく吹いています。耳も切れるほどの寒さです。

えっ? 鼻水?
えぇ、えぇ、垂らしていましたよ。
垂らしていたことにも気付いていませんでしたよ。。

隣に座ったコロンビア男性と目が合う度に、「寒いねぇ。寒いねぇ。」と言い合っていました。

リバティ島では女神の周りを一周しただけですが、風のキツさと寒さでまともな写真は撮れませんでした。

凍えながら、鼻水を垂らしながら、バッテリー・パークに再び到着。

その頃には大道芸人達がそれぞれに愉快な芸を披露してくれていましたし、露店の土産物屋も並んでいました。

その何軒かで、今は無き『ワールド・トレード・センター』、そう"ツインタワー"の写真を売っていました。

『グラウンド・ゼロ』の為にNYまで来たのだから、一枚買おうかな。

それは、額縁に入ったコピー用紙B5サイズの大きさです。

どれにしよう、と覗き込んでいたら、インド人だという店員が声を掛けてきました。

「一人?」
「ええ、そうだけど。」

「この写真をあげるよ。」
「えっ?」

くれると言うのなら、もらってあげましょう。

その後も私は何枚かを見比べていました。

「今晩はどのホテルに泊まるの?」
・・・無視っ!!・・・

「ディナーを一緒にどう?」
・・・私、「どの写真にしようかな、、。」
「ねぇ、ねぇ。」・・・うるさいっ!!

「7時くらいはどう?」・・・しつこいっ!!

彼はその時、私が手にしていた携帯電話を見つけました。
( それは写真を撮るため。もちろん、電波は届いていません。)

「もう一枚あげるよ。」
「くれるの?」・・ここでは素直に反応。

「今晩、一緒に夕食を食べようよ。携帯番号を教えてよ。」

しっかり2枚の写真を手にした私、
「携帯番号はねぇ、、」
私が番号を調べるふりをしていたら、彼はしっかりチェック。
( もちろん、圏外ですけどね。)( ̄ー+ ̄)))

「絶対、電話するから! もう一枚もあげるよ。」

そんなに要らないけど、、まぁ、くれると言うのなら、、、。
( しっかりお土産に使わせて頂きました。今でも母と姉はこの時の写真を飾っています。)

決して金額の高いものではありませんでしたが、寒さに耐えたご褒美ということで、、。( ̄ー  ̄)

もし皆さんがバッテリー・パークで写真を高く売りつけられたら、それは、私の分も金額に含まれているのかもしれません。
その時は宜しくお願い致します。m(_ _)m

NYの貴重な一日

*NY グラウンド・ゼロ【'03.02.09】


私は時々、周囲の人が驚き呆れてしまう行動をとることがあります。

その一つが2003年2月のNY行き。

私はワールドトレードセンター跡地が「911」の傷跡を色濃く残しているうちに、この目で見ておこうと、強行スケジュールで飛びました。

連続休暇が取りにくいため、土日の休みと火曜の祝日、その間の月曜に有休を取っての、たった4日間の旅。

関空から12時間 まずはサンフランシスコで入国し、その後6時間のフライトを経てNYへ。
マンハッタンのホテルに着いたのは一日目の夜10時過ぎでした。

私に与えられた時間は夜の時間を除く12時間!!

朝一番にバッテリーパークからリバティ島へ渡り、まずは「自由の女神」O.K!

そして本命の「グラウンド・ゼロ」!!
大勢の人達と星条旗、「Never forget」の文字に冷たい風が印象的でした。
悲しさや祈りより、USAの復讐の思いが伝わってきて、平和がほど遠いことを感じた瞬間です。

その後、時間が無いためタクシーでメトロポリタン美術館へ、、その入り口で使い捨てではありますがカメラを置き忘れたことに気付きました。

大切な「グラウンド・ゼロ」の写真が!
冷静になれば写真などどうでもいいではありませんか。

でも あの日の私はいつも以上に尋常ではなかったのです。
美術館には入らずに再度「グラウンド・ゼロ」へ。

結局、私のNYの一日は望み通り「グラウンド・ゼロ」一色で幕を閉じました。

無駄な抵抗として、薄暗くなって何も見えないセントラルパーク、無情に明るいタイムズ・スクエアをそぞろ歩き、唯一口にしたものはスターバックスのパンとコーヒーのみ。

帰りの飛行機で、
普段なら見向きすらしないアメリカンジョークの映像を何度も何度も繰り返し、ただひたすらに笑い続けた私。

理屈ではなく、「グラウンド・ゼロ」はよほど大きなショックを私に与えていたことに気付かされた長い長い帰路でした。

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