I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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皆様へ

*ザルツブルク・ゲトライデガッセ通り
この9番地に"モーツァルトの生家"があります。【'07.07.16】


只今より、搭乗します。
皆様から戴いたメッセージに心が温かくなりました。
ありがとうございます。

では、元気に行って参ります。


皆様に沢山の幸せが舞い降りてきますように、お祈り申し上げます。

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『サウンド・オブ・ミュージック』と素敵な出逢い♪

*ザルツブルク・ミラベル庭園【'07.07.15】


この庭園は映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中でも有名な、『ドレミの歌』のフィナーレの場所。
花壇や噴水、そしてユニークな石像達に、思わずニッコリしてしまいます。


皆さんは、この映画をご覧になったこと あるでしょう?
そのままの景色が広がる街、それがザルツブルクです。

今日は荷造りをしながら、サウンド・トラックを流していました。

前回の旅では、素晴らしい出逢いの数々に胸がいっぱい過ぎて、市内観光がほとんどできませんでした。

ですから今回は時間が許す限り、映画の舞台も多く見てまわりたいと思っています。


そして、一番の楽しみは!!
このブログを通して親しくして頂いているsuhさんが、ドイツ・バイエルン州「アウグスブルク」からわざわざ私に会うために、ザルツブルクまで来て下さるとのこと!!!
なんて勿体なく、有難いことでしょう!!!

2008年も年明け早々、最高に素敵なものになりそうです♪


皆さんも素晴らしい新年をお迎え下さいね。

後少し!!

*旧市街からホーエンザルツブルク城を仰ぐ。【'07.07.14】


年末大掃除も、たった今終わりました。
なんとか出発までに間に合って、ホッとしています。。

明日は荷物を鞄に詰めて、準備完了?!o(^-^)o

出発は30日の日曜日。
29日の午前中が職場の御用納め。
その日の夕方に大阪へ入り、友達のお宅にお邪魔します。

今年も後4日、
出国まで、後少し!!(^o^)/

日本語教師?!

*オーストリア・ハルシュタットにて
そこで出逢った韓国人の女の子達と【'07.07.15】


('07.10.06日記)で書いた釜山の大学生、Mijung(左端)。
彼女と一緒にいたおかげで、何人もの韓国人から気さくに声をかけられました。

旅先での情報交換は大切なもの。
(最近、バックパッカーでヨーロッパを周遊している韓国の学生はとても多いです。)

韓国人って、異国の地で出逢った同胞の人達と、旧友のように親しく声を掛け合う素敵な国民性ですね。o(^-^)o

そして、彼女達は私までも その和の中に入れてくれました。

特に親切にしてくれたのが、↑の写真に写るJeanna(左から2番目)と、その従妹。

Jeannaは自他とも認める「アニメマニア」だそう。
日本のアニメがお気に入りの彼女は、私よりもずっと日本の文化に詳しいのです。

アニメから覚えた日本語も、カタコトながらも目を見張るほど!!
私はただただ驚くばかりでした。
(私の英語より、うんと上手じゃない!!)

私達4人は、英語と韓国語、日本語の3ヶ国語を使って会話を続けました。
私達って、なんだかとっても国際人!でしょ!!

実際はどの言葉も、通じればOK程度の低レベル。
英語を中心に、英単語につまったら、韓国語と日本語で補い合うといった感じです。

ハルシュタットからザルツブルクまでの3時間弱、疲れた頭にムチ打ちながらも会話は盛り上がりました。

あまりにも馴染み過ぎた私達。
途中、彼女達が私を韓国人と錯覚したほど話は弾みました。

だから、お別れはとても寂しかったですね。
再会を約束して、メールアドレスの交換。

帰国後、何度か連絡を取り合いましたが、近頃は少し"ご無沙汰"です。
せっかくのクリスマス、彼女達にお祝いのメールを送ろうと思い立ちました。

早速、Jeannaからお返事が!!

ただ、とっても残念なことに、前半部分が全て文字化け、。、(T_T)

『Hi, picchuko
ェメェオェキェヨェ黯 ェイェュ?
ェ・ソェキェホェニェャェ゜。。。。。』以下、このような文字が長々と続きます。(T_T)

何て書いてあったのだろう。。。

後半の英語の部分だけ理解することができました。

オーストリアで会話した時もそうでしたが、彼女はとても勉強家。
特に日本への探求心が強く、私からも色んな情報を得ようとしていました。

今回のメールにも、
『私の日本語は下手だけど、どうか理解をして下さい。
あなたの日本の住所を教えてくれたら、日本語の手紙を送ります。』

以前のメールにも、日本語への挑戦の意欲が溢れていました。

こんなに一生懸命の彼女の姿勢に、私も協力していきたいなって思います。
彼女に恥ずかしくないように、読書をしっかりして日本語力も養っておかなくてはなりませんね。
でも、なんだか日本語教師になったようで嬉しいです♪

想い出深いクリスマス... in CHCH

*Chieko作 クリスマスのご馳走です♪【NZにて '01.12.25】
Chiekoの手料理は最高です!!
この日もほとんど一人でクリスマスディナーを作ってくれました。
親指を火傷しちゃってまで、、ごめんね、お手伝いできなくて。。
彼女が一生懸命、料理に励んでいる頃、、私といったら、、、。(^。^;)


NZでのクリスマス。
当時、みんなでこんなことを話していました。
「日本では24日のイブがメインだけれど、それって違うよねぇ~。
クリスマスのお祝いは25日にしなくっちゃっ!!」


* * * * * * *

11月後半の日曜日、クライストチャーチのメイン通りである"コロンボストリート"ではクリスマスパレードがあります。

12月前半の日曜日には、ハグレーパークでクリスマスコンサート。
私が参加した2001年は、このコンサートの"トリ"を、NZ国内でデビューしたばかりの中学生ヘイリーが努めました。
最後はサンタクロースも現れて、みんなで楽しく踊ったのを覚えていますよ!!

24日のイブは、市内中心部にある"ヴィクトリア・スクエア"でのクリスマスキャロル。
多くの方と世界中の幸せを祈る、素敵な夜です。

* * * * * * *

こうやって少しずつ気持ちを高めて、クリスチャンでもない私達も、クリスマスの雰囲気をしっかり楽しませてもらいました。


そんな私の25日の予定。
昼間は語学学校の先生"シャーリー"の家へパーティーのお呼ばれ。
夜はChiekoのフラットで「ゆかち」さん他5人でパーティーを開催♪

一日中、パーティーですね。(*^_^*)


シャーリーの家はクライストチャーチから南東へ車で30分ほどの「リトルトン」という港町にありました。

リトルトンは、南極点初到達を目指したキャプテン・スコットがこの地から出発したことで有名
(結果はわずかの差でアムンゼン隊に敗れ、帰路で遭難し凍死してしまいました)、
現在も米国の南極観測船が出航しています。

私と「きょん」さんは、夕方までシャーリーの家にお邪魔していました。
彼女は同じフラット仲間と夜のパーティーがあったので、私は一人でクライストチャーチ市内へ戻ることに、、。

その日のバスはPM5:30で終了。  クリスマスですからね。

ですから、最終の5:30発に間に合うようにバス停へ行ったのです。
優しいきょんさんは、お見送りに付いてきてくれました。

しばらく待ってもバスは来ません。

バス会社に電話をすると、その日の運転は一本の差で終わったとのこと。

さぁ、どうしよう~。(*_*)

私がとった行動はただ一つ!!!  それは、『ヒッチハイク』です!!!


勇気を出して、挙手!
一台の車が停まってくれました。 3人の親子連れです。

「市内に帰りたいのだけれど、、、」
「大聖堂広場まで乗せてもらえるかしら、、、。」

あっさりOKしてくれました。

心配そうに見つめるきょんさんに手を振って、私のヒッチハイク初体験です♪

でも、余程 きょんさんは心配だったのでしょう。

車の中の私に携帯メールが届きました。
「車のナンバーは***、 親子連れだから大丈夫だと思うけど、、。」

ワクワクドキドキの私と違って、何てしっかり者の"我が友"でしょう、、。
こうやって、こんな私でも無事に今があるのですね。


せっかくの体験。 後部座席の隣りには可愛い男の子。

でも緊張しすぎていたせいか、あまり記憶に残っていません。。。
とても残念です。。。

その親切なお父さんは、ちゃんと大聖堂広場で私を降ろしてくれました。

*でも、ヒッチハイクは非常に危険な行動です。
私が言うのも何ですが、特に女性がするものではありません。


あぁ、私がこうやっている間、Chieちゃんは愛情いっぱいの手料理を"もくもく"と作ってくれていたのです。


こうして、みんなの愛情を"ひしひし"感じながら、クリスマスの夜は更けていきました。

*その後、徹夜ではしゃいだ私達。
ヒッチハイクの緊張もあって、いつも以上に"プッツン"した私。
感謝の気持ちを"すっかり"忘れて、又もみんなを困らすことを仕出かして、夜が明けていきました。。。

成功かな!?

*南太平洋クックアイランドでサファリーツアーに参加しました。【'01.10.08】
ガイドさんはマオリ族の男性です。


★Merry Christmas♪ May you be very happy!!
with love... picchuko(^з^)-☆Chu!!★


昨日、私は久しぶりに美容院へ行きました♪1年半ぶり? それ以上かな?

せっかく大晦日の夜に、ホーエンザルツブルク城の「ジルベスター・ガラ・コンサート」へ行くのだもの。
少しはお洒落もしなくちゃね。(*^_^*)

何年ぶりだろう。。
パーマをかけたのは。。。

ストレートをかけたのは4年前。
"くるくる◎o◎"にパーマしたのは、2001年9月以来?です。

(注:今回は"たて巻き"の大きなカールです。)

NZに滞在中、二度ほど現地の方がされている美容院へ行ったことがあります。

一度目は語学学校へ通い出して一ヶ月目に、この時は単なるカットです。

して欲しい髪型の写真を見せてお願いしました。
なかなか、"さっぱり"とまとめてくれましたっけ。

仲良しの中国人"エリック"(もちろん中国名ではありません)に、
「可愛い、可愛い」と褒められて、とても"いい"気分に!! (エリック、いいヤツ!)

それに調子づいたのでしょう。
ボランティア先の老人ホームからの帰り、バスの中で、!パーマかけちゃおう! と思い立ちました!!

早速、夜遅くまで開いているお店へ!!

ここでも写真を見ながら、
「私の髪はパーマがかかりにくいように見えるけれど、かかると落ちにくい」こと、
「緩くしてほしい」ことを頼みました。

美容師のお兄さんは満面の笑顔で、「Okey dokey!! ^-^ 」

私も安心して任せました。

メガネを外した私には、鏡の中の自分がよく見えない。。
でも、なんだか上手くいきそうな感じ。(*^_^*)

パーマ液も"しっかり"髪に染み込んで、
さぁ! 出来上がりです!!

ん?!

『OH! \(◎o◎)/ No!\(◎o◎)/』


私も心で叫びましたが、一番驚いたのは美容師のお兄さんです!!

勝手にパーマがかかりにくいと判断した彼は、途中 何度も液を塗り直していたのです。

だから言ったのに、かかりやすく落ちにくいって、、(><。)。。

彼は何度も私の髪をつまんで、暗示をかけるように、
『soft、soft....、soft、soft』と言い続けていました。

もう、遅いよ。。(; _ ;)/

でもお兄さんのショックな顔に、、あまりにもショックなその表情に、私は文句すらぶつけられず、、。(T_T)
逃げるように店を出ました。。

何度 髪を洗ったところで元に戻るはずもなく、、日本の友達にもパニックの電話をしましたっけ。。


これはクックアイランドへの旅行のすぐ前の出来事でしたので、↑の写真はその名残ですね。

旅行の為に語学学校へ2週間の休暇を申し出た私。

エリックに可愛く、
「しばらく会えないけれど、私のこと忘れないでね。」って言いました。
彼は、『クックックッ』と笑って答えました。

『絶対、忘れないよ!! その頭!!』

私、(°д°;;) 絶句!   失礼しちゃう!!


今回は、美容師さんとそんな失敗談を笑いつつ、相談しました。

もっと前髪をつくりましょう。
前髪にパーマをかけるのはやめておきましょう。
カールは耳下あたりからかけますね。

やはり、お馴染みのお兄さん!! 安心して任せられます。

自分では成功したと思っています♪
職場へは一つに束ねていくので、あまり気付かれないでしょう。

そう!
ザルツブルクの街に似合えばそれでいいのです!!(*^_^*)

ザルツブルクの街角で、
ベレー帽を被ってルンルンしている、少し長めのパーマ頭をした日本人がいたら、間違いなく私ですので。o(^-^)o

やっと、できました。

*スイス・ピラトゥス山頂より【'06.12.31】
今回のヨーロッパも暖かいことを祈ってます。


やっと、年賀状を全て書き終えることができました。
ほっ( ^_^)、、。

中学・高校時代の先生、広島時代にお世話になった恩師の方、その3人をはじめ、
わずか57枚ですが手書きで頑張りました。

でも裏面は試行錯誤しながら作ったデザインを印刷したので、ちょっぴり手抜きですね。

今回は雰囲気を変えてみました♪
ささやかですが、ヨーロッパの風を感じられるように工夫したつもりです、、、
が、果たしてどうでしょうか。。

文面も英語で書いてみました!!
全部を印刷し終えた後、一つの単語の間違い発見!! OH!!! w(☆o◎)w

そのまま日本語に直訳すれば、それなりに意味は通るのですが、
気持ちの上でのニュアンスが違うぅぅ。
うぅぅぅぅ~、もう仕方あるまい。(T_T)


改めて、お名前を並べてみると、どの人も大切な方達ばかり。

沢山のお友達に支えられて今があるんだな、って噛みしめています。

そして今年の9月から始めたブログで、またも私の世界は広がりました。
不思議な"ご縁"ですよね。

でも、そういった縁も大切に、
来年も皆さんと共に最高の年にしていきたいです。

一年に一度ですが、そういった繋がりを見つめ直す為にも、「年賀状」って素晴らしいですね。

決して郵便局の回し者ではありませんが、「年賀状って、素敵な贈り物だと思います。」

ローマの休日~傘の下からプロポーズ

*ローマ・サンタンジェロ城を背に【'06.01.01】
ここは映画「ローマの休日」の中で、船上パーティーが開催された場所として有名ですね。
王女を捜しにきた情報部員と乱闘騒ぎを繰り広げたアン王女と新聞記者ジョー。
追っ手から逃れる為に飛び込んだ川からあがった二人は、熱い抱擁を交わす、、。
二人の気持ちの高まりが伝わる素敵な場面ですよね。
う~ん、ロマンチック。。(*^_^*)


三連休初日の土曜日、本降りが一日中続きました。

雨、、、。

この夏のザルツブルク以外は冬のヨーロッパしか知らない私。
だから、いつもヨーロッパの空はどんよりと雲が低く、小雨の中をそぞろ歩くことが多いです。

小雨ならかまいません。

昨年2006年のローマでの元日と、ルツェルンで迎えた今年の元日。
どちらも傘が手放せないほどの雨でした。

そんなローマでの想い出です。


PM3時半、"コロッセオ"を後にした私は、アン王女気分で"真実の口"に手を入れて写真を撮ろうと、"サンタ・マリア・イン・コスメディン教会"へと足を運びました。
皆さん、思うことは同じです。
長い長い列が連なっていました。

どうしようかなぁ~、時間ないしなぁ~。。
でも、やっぱり口の中に手を入れたいよなぁ~。

貴重な時間が過ぎていくことは惜しいけれど、ここで引き返すのも残念で、1時間ほど待ちました。

教会から出る頃には、とっくに外は薄暗く、ますます雲行きが怪しくなっていました。

真っ黒な雨雲がローマの街を包みます。

信じられないような"どしゃ降り"に、私は急いで近くの公衆電話に駆け込みました。

一人の男性も雨から逃れてきました。

なかなかスマートです。
地元の方のようでしたが、イタリア男性にしてはクールな感じ。o(^-^)o

偶然一緒になった"びしょ濡れ"の二人、
この『ローマ』で恋に落ちてもいいではありませんか!!

・・・・・。。。(∋_∈)
まぁ、そんなおいしい話はある訳がなく、
時間が勿体無い私は その好みの男性と軽く挨拶を交した後、大雨の中を飛び出しました。

かなり後悔。。(∋_∈)

いえ、それは"決して"その男性のことではなく、余りにも雨が酷すぎたからです。
傘を差しても"無駄"なくらいの横殴りの強い雨。

でも私は歩き出しました。
PM6時頃だったかしら。 もう辺りは真っ暗です。

コロッセオにその建築様式の影響を与えた、ローマに残る唯一の古代劇場"マルチェッロ劇場"も、
ミケランジェロが設計したカンピドリオ広場がある"カンピドリオの丘"も、
あらゆる名所を横目に、私は急ぎ足で"トレヴィの泉"へと向かいました。

その途中に堂々とそびえる"ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂"。
その前に広がる"ヴェネチア広場"。


そこは多くの人でごった返し、所狭しと傘が溢れていました。

私はひたすら前に進むのみです。

そんな時、一つの傘が私の傘に執拗に重なってきます。

もしかして、『スリ』?!(`o´)/

・・・違いました。

その男性は、"ラクダ"のような目をしていました。
いえ、顔全体が"ラクダ顔"!!
まぁ、かわいらしいと言えば、そうかも(?)しれません。

さすが、イタリア男性!! 女性なら口説くのが礼儀です!!

『結婚して下さい。』

「へっ?!」

『僕と結婚して下さい。』

さすが、イタリア男性。 初対面でプロポーズですかぁ~。

私は面白くて、何度も聞き返しました。

でも、やはり答えは『Marry me...』

聞けば、彼はトルコ人とのこと。
女性を口説く名人は、イタリア男性だけではないのねぇ。

確かに、そのラクダさんの瞳には色気もありました。
でも、~この人、いったい何人に同じことを言ってるのだろうか、、、、~
そう思うと、その魔術に引っ掛かることはありませんでした。


"そんな大切な台詞、本当に大切な女性にとっておいてあげなさいよね!!!"

"私だって、そんな大事な台詞を簡単には聞きたくないわっ!!"
(何度も聞き返したのは私ですが、、、、、。)

そう思った、ある『ローマの休日』です。

Snoopy's Christmas♪

*ウルス、素敵!

大学時代から、その明るさと心(しん)の強さで、いつも私にエールを送ってくれるMicchan!!
彼女からクリスマスメールが届きました。

『少し早いけど、Merry X'mas!』
それには、私のザルツブルク行きが素晴らしくなるようにとのコメントが続いていました。

Micchanちゃん、とても嬉しかったですよ!! ありがとう。

そして、私は気付きました!
そうだ!! もうすぐクリスマスなんだ!!

旅行のことで頭がいっぱいの私は、クリスマスがすぐそこまで来ていることを"すっかり"忘れていました。(*^_^*)


皆さんには、どんな"お気に入り"のクリスマスソングがありますか?

私には2001年から毎年必ず聴く曲があります。

それは、『Snoopy's Christmas』♪♪♪


クリスマスを前にして、この曲はクライストチャーチの街角でいつも流れていました。

楽しくて、スキップしたくなるような曲♪

この曲が欲しくてたまらなくなった私ですが、曲名が分からない。。
周りにいる日本人の友達も知りませんでした。

そんな時、キャメロットホテルでベッドメイキングのバイトをしていた「ゆかち」さんが、バイト仲間の女の子に聞いてくれました。
どうも、とっても有名なものだったみたい。

おかげで、私のクリスマスには欠かせないものになっています。
ユカ! ありがとね!!


せっかくですので、この『Snoopy's Christmas』について、少し調べてみました。

それは1967年、「The Royal Guardsmen~ロイヤル・ガーズメン」という6人のメンバーからなるロックバンドが発表したもの。

毎年クリスマスシーズンになると、多くのラジオ局から流れる、世界中で愛されている曲です。


彼らのデビュー曲であり、又 この曲が生まれるきっかけとなった曲が、『Snoopy vs. the Red Baron』!

この背景を知って、とっても驚きました!!

「スヌーピー」についても、そのキャラクターしか知らなかった私。
この曲がヒットした頃(1966年)、まだ日本ではスヌーピーは知られていませんでした。
これで初めてスヌーピーの存在を知った洋楽ファンも多かったそうです。


連載当初のスヌーピーは普通のビーグル犬でした。
しかし、回を重ねるごとに知的になり、二足歩行をし、ついに著作活動まで始めた彼は、弁護士や医者、宇宙飛行士といった様々なコスプレをするようになるのです。

その一つが、『the world war1 flying ace~第一次世界大戦の撃墜王』というもの。

その中で、愛機"ソッピース・キャメル"を操縦し、颯爽と大空を駆け巡るパイロットとして登場するスヌーピー。

彼はライバルの「レッド・バロン」と空中戦を繰り広げます。
クリスマスイブの夜にその戦いを止め、祝杯を交わした彼らは、いつの日か別の形で出会えることを信じ、それぞれに飛び立ちます。

"the Red Baron~レッド・バロン"は本名「Richthofen~リヒトホーフェン」。
実際に第一次世界大戦で"撃墜王"として名を馳せたドイツ兵です。
そして、彼を撃ち落としたとされるブラウン大尉が乗っていた飛行機"ソッピース・キャメル"がスヌーピーの愛機として描かかれています。

明らかに作り話にすぎないこの話が、実は事実に基づいていることはあまり知られていません。


以前、sakuranomiさんのブログで読ませていただいた、映画『戦場のアリア』!
偶然にも"つい"先日、職場の上司KさんもTVで観て感動したという話をしていたばかりです。


そう! これには「The Christmas Truce~クリスマス休戦」が背景にあるのです!!

1914年、第一次世界大戦中のクリスマスイブの出来事です。

フランス国境に近いベルギーの"Ypres"という地域で戦っていたドイツ軍とフランス・スコットランド連合軍。
司令官の指示ではなく、兵士自身が行った非公式の休戦です。

その2つの敵達は、クリスマスの挨拶を交わし、
ドイツ兵からイギリス兵にはビールを、イギリス兵からドイツ兵にはタバコとわずかな肉といった ささやかな贈り物を交換し、
祝杯を酌み交わしました。


一晩限りの休戦です。
敵も見方も、国を超えて"同胞"として真の交流をした、素晴らしく心温まる実話ですね。

ドイツ兵がイギリス兵を呼びよせて始まったこの休戦のように、
この歌の中でもレッド・バロンがスヌーピーにクリスマスの友情を示しています。


何気なく毎年聴いていたこの曲に、このようなバックグラウンドの広がりがあるとは思いもしませんでした。

映画「戦場のアリア」を観ることはもちろん、一度「Snoopy」の原作を読んでみたいと思います。

単なる可愛いいだけのスヌーピーが、私の中では意味ある存在になったようです。

(*主にWikipediaから調べたものですが、その殆んどが私の苦手な英語。
まして長文が続いていましたから、和訳に誤りがありましたらお許し下さいませ。)

うちの"ヨン様"

*我が家の愛犬"ヨン様"。
今まで私が飼った5匹の犬の中で、彼が一番私のことを好きなのだと思います、
たぶん、、、。


私は決して『ペ・ヨンジュン』氏のファンではありません。
確かに彼の放つオーラは特別にも思いますが、
だからといって私の中で特別な方という訳ではありません。

では、なぜ飼い犬に"ヨン様"と名付けたか、、。

家族でソウル旅行に出掛けた2004年、彼は我が家へやって来ました。


ソウルは父が生まれた街。
父は戦前生まれです。
皆さんもご存知の通り、当時(昭和6年)、ソウルは京城(けいじょう)と呼ばれ、
日本の統治下にありました。

父は、今では若者の街「東大門」の近くに住んでいたそうです。
家には"オンニ"と呼ばれていたお手伝いの"ねえや"がいて、
近所には同じ日本人の子供達が大勢いたと聞いています。

家には「おんどろ」という床暖房のような(?)ものがあり、
冬になると、外は極寒でも部屋の中は半袖で過ごせたほど暖かかったそうです。

今でも京城の話をする時、父の目は輝きます。


そんな思い出の地「ソウル」を母と姉も連れて、家族4人で訪れました。

宿泊先は贅沢に「ロッテホテル」。

*最高級ホテルらしいですけど、私にはいたって平凡なホテルに感じました。
高級感を少し感じたのは1Fのロビーだけだったかな。。

そのホテルに隣接するロッテ百貨店で、「ペ・ヨンジュン」さんのポスターをもらいました。

それは、ちょうど「冬ソナ」の人気に火がついた頃で、
お店の人も 相手が日本人だと知ると、必ずヨン様ファンだと思い込んでいました。

その大きなポスターは、今でも我が家の応接間に"日よけ"として貼られています。
(そろそろ、剥がしてほしいのが本音です。)

それには「微笑みの貴公子」が、その通り 微笑みかけてくれています。

そして、その笑顔の横に、
『会えますよね、きっと。。』
(こんな言葉も、ファンの方達には堪らなく嬉しいのでしょうけど、、。)


可愛い子犬が我が家に来た時、それは そんな家族旅行から ひと月ほどしてからのことでした。


母と姉との3人の会話。
「この子の名前、何にしようか、、。」

「うちに来た4番目の子だよねぇ。」

「ヨン吉」
「ヨンの助」
「ヨン、、、、」

「いい名前がないねぇ。」

その時、ポスターのヨン様と目が合った私達。

「もう、"ヨン様"でいいんじゃない!?」

こうして愛犬"ヨン様"が誕生しました♪

彼は小柄で、とても頭のいい子です。
さすが、ポメラニアン!! 「ドイツ犬」です!!


昨日の帰り、寄り道をした為に2時間ほど家に着くのが遅くなりました。

たったそれだけのことなのに、よほどに淋しかったのか、
目に涙を浮かべ「ワォ、ワォ」鳴いてばかり。

それからは私のそばを離れてくれません。

今日も仕事から帰ると飛びついてきました。
今もすぐ隣で丸まって眠っています。

いつから こんなに甘えん坊になったのだろう、、?

年末年始、私がいない間のヨン様のことが気になります。
そして、6年前に私がNZへ渡った時のように、
もし また海外へしばらく行くようなことがあれば、この子はいったいどうなるのだろう。。

可愛いけれど、ちょっと悩みの種でもあります。。。
今一番、気にかかっていることなのです。。

シュワッチ!!

*スイスの家庭の味『レシュティ』! 【Pilatusにて '06.12.31】
スイスのほぼ中央に位置する街「ルツェルン」。
そこから約1時間のところにあるピラトゥス山 山腹フレックミュンテックのレストランで、
私はスイスの伝統の味覚を楽しみました♪
でも、このレシュティ、どこか「ウルトラマン」に似ていませんか?


もうすぐ年越しですね。
私は昨年末をルツェルンで過ごしました。

私が心から愛する男性、IL DIVOのウルスはスイスのルツェルン州出身です。
彼はUKのある雑誌のインタビューでこう話しています。
「湖のほとりで、クリスマスのライトが灯って、降ったばかりの雪があって、、
スイスのルツェルンは世界中で一番ロマンチックなところさ。」

これを読んで、違う場所へ行こうと思うでしょうか?

この素敵な街で、ウルスと出逢える奇跡を信じて(?)出掛けました。

、、、、、。
もちろん、彼に逢えるはずもなく、
有難いことに非常に暖かい日和でしたので、手袋がいらなかった反面、ロマンチックな雪景色も
おあずけでした。。

でも、ウルスが眺めていた景色が目の前に広がっています!!
私はそれだけで大満足でした。
(単純で幸せな私。)


あまりにも暖かかったので、思い切ってスイスならではのアルプスへ行こう!!と思い立ちました。

「ピラトゥス山」は標高2070m、
山頂までは世界一急勾配の登山列車か、もしくはゴンドラとロープウェイで登る方法があります。

*冬になると登山列車は運行されませんので、要注意*

ルツェルン中央駅にあるインフォメーションで行き方を教えてもらいました。
説明をして下さった方が言うには、
「今の時期は山頂の風がとても強いので、ロープウェイは動きませんよ。
山腹のフレックミュンテック(1415m)までは行けると思います。」

でも、実際は天候に恵まれ、山頂ピラトゥス・クルムまで行くことができました!!


その帰り、お腹が空いてきた私はフレックミュンテックにある一軒のレストランのドアを引きました。

チリン、チリン。 ベルが鳴ります。

「レシュティ、あります?」

「ええ、もちろんあるわよ。」

「じゃあ、それをお願いします。」

「上に乗せる卵は2つでいいかしら?」

どうやら目玉焼き2つは、そのレストラン特製?のようです♪


レシュティ、
これは昔の貧しい農民の食べ物だったそうですが、ポテトが主食でも構わないほど好きな私には、何よりも嬉しい食べ物ですね!!o(^-^)o

待ちに待った"レシュティ"登場!!

『えっ、ウルトラマン?』

私はますます嬉しくなりました。

へぇ~、スイスでもウルトラマンって有名なんだっ!!\(◎o◎)/

あまりにも感動して、そのユーモアに感謝を込めて、

『シュワッチ!!』
、、手はしっかりポーズをきめています。。

お店の人、
「・・・・・・・。( ̄○ ̄;)」

近くにいた他のお客さんも"わざわざ"振り返って、
「・・・・・。(-o-;)」


少し間を置いて、お店の人が言いました。
「スマイル、、。」

私、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 えっ??」

お皿を運んできた彼女の笑みは、
それが「ウルトラマン」に似せたものだからではなく、
単に可愛く「スマイル」を作ったのよ、と意味するものでした。

だぁーーー(; ̄Д ̄)(恥)(恥)(恥)

「穴が有ったら入りたい」とは、ズバリこのことですね。

スイスに来てまで、
ウルスの故郷に来てまでやってしまったぁ、、、。(>_<)(>_<)(>_<)

次は何をやらかす私でしょうか、、?(∋_∈)


*ベィシックなレシュティの作り方
(レストラン・アンカーのHPより)

《材料4人分》
生のジャガイモ 1kg
塩大さじ、すりきり一杯
脂身またはオイル、バター スープ用大さじ3~4杯

1. 皮をむいたジャガイモを、おろし金で細かな短冊状にすりおろす。

2. フライパンで脂身を熱し、すりおろしたジャガイモを入れて塩で味付けする。

3. 脂身とよくなじむように、ヘラで何度か裏返す。

4. 中火にして蓋をし、時々ヘラで返しながら、20~30分間炒める。

5. 少し強火にし、蓋をとり、きれいな焦げ目がつくまで、さらに20分ほど炒める。

6. 火を止める前にパンケーキ状に形作る。(この後はかき混ぜないこと!!)

私的意見 : 出来上がったレシュティの上に、2枚の目玉焼きを置くことを忘れずにね!!
L(・o・)」

Hotel Mozart

今年の7月にザルツブルクを訪れた時、私は『モーツァルトホテル』に滞在しました。
空港からタクシーで15分くらい。ザルツブルク新市街にあります。

「新市街」には鉄道中央駅や【ミラベル宮殿】があり、ザルツァッハ川を挟んで、
【モーツァルトの生家】や【ホーエンザルツブルク城】など見所いっぱいの旧市街があります。

小さな街なので、ゆっくり歩いて回れるのも魅力ですね。


もうすぐ、飛行機のEチケットとホテルクーポンが届きます♪
今回も『モーツァルトホテル』でお願いしました。

そこはこじんまりとして、とてもアットホームな雰囲気。
スタッフの方達も気さくに声をかけてくれます。
そして、何より清潔なところが気にいっています。


7月17日、帰国を前に 私は早朝の静かな街を歩いてきました。
6時前から7時過ぎまで、
もう一度 ザルツブルクを感じようと、しっかり この街を覚えておこうと、
愛情を込めて 一歩一歩"丁寧に"歩きました。

ザルツブルクに到着したばかりの私が、浮き足立って歩いた道。
その全てに思い出が詰まっているようで、とってもお別れがつらかったです。

そんな散歩から戻り、胸がいっぱいでチェックアウトをしようとしたその時のこと。

レセプションのお兄さんが一枚のCDを出してきました。
それはモーツァルトの『フルート四重奏』。

「えっ? 私にくれるの?」

「もちろんさ!」

泣きそうなほど嬉しかったです!!
私だけではなく ザルツブルクも私との別れを寂しく思ってくれていて、
そして私がザルツブルクを忘れないようにとプレゼントしてくれたように感じました。


ザルツブルクで生まれた大作曲家モーツァルト。
ここを訪れて、モーツァルトが天才モーツァルトたる所以は、
"彼がザルツブルク生まれにある"ということがよく分かりました。

彼の音楽は正にザルツブルク。
ウィーンでもその他でもなく、この街が彼の感性を生み出したように思います。

このCDを聴くと、それを心で感じることができます。
だから、ザルツブルクを忘れずにすむのですね。


CDと一緒にホテル案内も入っていました。
最後に、それを少し紹介したいと思います。

今回も自分勝手にドイツ語を訳してみました♪
(懲りない私...f^_^;)

Engagierter Service, freundliche Mitarbeiter, das reichhaltige Fuhstucksbuffet und die angenehme Atmosphare in den gemutlichen Aufenthaltsraumen beweisen traditionelle Salzburger Gastlichkeit.

きめ細やかなサービス、フレンドリーなスタッフ、リッチなビュッフェ形式の朝食、そしてゆったりとしたラウンジでの心地よい雰囲気が、昔ながらのザルツブルクの親切な"もてなし"を表しています。


Die Fussgangerzone Linzergasse, das neue Kongresshaus, Mirabellpark, Festspielhaus, Dom, Festung, Getreidegasse, ..fast alle Sehenswurdigkeiten liegen innerhalb weniger Gehminuten.

歩行者天国のリンツァーガッセ通り、新会議場、ミラベル庭園、祝祭劇場、大聖堂、ホーエンザルツブルク城壁、ゲトライデガッセ通り、..殆んど全ての見所が、徒歩で数分以内の場所にあります。

そうだったのか!

私はあまりTVを観ません。
そして、恥ずかしながら新聞もほとんど読みません。
目を引く国際関係のニュースを読むくらいです。。
(お恥ずかしい。。。(〃_ _)σ∥)

だから、池上彰さんの本には重宝しています。

高校時代、日本史を専攻した理由に、現代世界史を殆んど知らなかった私。
(又もお恥ずかしい。。)

特に戦後の世界については、自分が訪れたことのあるカンボジアくらいにしか興味がありませんでした。

そんな私に、池上さんは救いの手を差し伸べて下さったのです。
(えっ? 私の為ではないですって?(^_^;))


池上さんの本に出会ったのは、2000年暮れのこと。
「そうだったのか! 現代史」です。

『ベルリンの壁の崩壊』が、実は共産党の広報担当シャボフスキー政治局員の「言い間違い」から始まったこと、
そして、それを当時の東ドイツのテレビが伝えたにもかかわらず、東ベルリン市民はそれには反応せず、西ドイツの放送が伝えた途端に動き出したこと。

ゴルバチョフが掲げていたペレストロイカをはじめとする三大政策の「理想」と「現実」について。

もちろん『天安門事件』に『ベトナム戦争』、『湾岸戦争』、『朝鮮戦争』、『中国vs台湾』etc、etc、、。


↑はほんの一部にしかすぎませんが、
知っているようで、実は何も分かっていなかった、
そして当然知らなければならない世界史を分かりやすく説明してくれている彼の本に、
私は夢中になりました。

ちょうど時を同じくして私がはまったのが、キューバ危機を描いた映画『13DAYS』。
(ケビン・コスナー主演です。)


こんなに世界の動きは目まぐるしくて、興味深いものだとは思いもしませんでした。

そして、特別な変化もなく"のんき"に生活している自分。
その自分が生きている『世界の今』を知ることの重要性を"ひしひし"と感じました。


「世界に目を向けたい!!」
あの日から、私はそう思っています。


昨日、偶然にも店頭で池上さんの「そうだったのか! ニュース世界地図2008」を見つけました。

「池上さん! 久しぶり!! 待ってました♪」

なんだか嬉しくなっちゃいました!!
彼の本を読むと、私の世界も広がり、そして動き出すのです!!

今回、世界の今を地域別に取り上げてくれています。

今日は一番好きなヨーロッパについて読みました。
『拡大続くEUとユーロ圏』を頭に、面白い内容が続きます。

世界情勢に詳しい人にはもの足りないかもしれませんが、
私のような世界の動きに疎い者が読むのには相応しいものです。

池上さんは1994年から2005年まで、NHKの「週刊こどもニュース」のお父さん役をされた方。
だから、子供並みの私にも分かりやすく説明してくれているのです。

無知な私は毎回"感動"します!
「そうだったのか!!!」ってね。

Tea or Cappuccino?

*NZ グレイマウス駅にて【'01.09.16】
NZの南島を旅するなら、クライストチャーチから『トランツ・アルパイン号』でサザン・アルプス越えをされてはいかがでしょうか?

カンタベリー平野を抜けて2時間半、国立公園「アーサーズ・パス」へ。
ここで列車は小休止します。
ハイキングやトレッキングが好きな方はここで降りられると良いでしょう。

私は南島横断が目的でしたので、そこから2時間先の終着駅である、
西海岸「グレイマウス」という小さな街へと向かいました。

この『トランツ・アルパイン』急行の車窓から見る山岳地帯の美しい景色は世界的にも知られています。
「クライストチャーチ ― グレイマウス」間を一日一往復走ります。


「グレイマウス」への旅は、語学学校で友達になったばかりのC恵ちゃんと行くことになりました。
この旅行のおかげで、大の仲良しになれたと思っています。

ある日の授業中、私がトランツアルパイン号に乗る計画を立てていることを話すと、彼女も行ってみたいとのこと!!

英会話が大の苦手な私には、大きな助け船です♪o(^-^)o


朝9時にクライストチャーチ駅を出発した私達は、昼過ぎにグレイマウスに到着。
あいにくの曇り空の為、列車からの絶景は復路までのお預けとなりました。

そして、グレイマウス。
そこは、どしゃ降りの雨と横殴りの風!!
OH! MY Goooooood!!!!!(ToT)

私のNZ製の傘は その強風に耐えたものの、C恵子の made in Japan の傘の骨は呆気なく折れてしまいました。

まぁ、西海岸はNZ一降水量が多いのだから、少なからず覚悟はしていました。
しかし、これほどとは...。(ToT)

先に宿泊先のYHAでチェックインを済ませようと窓口へ行くと、午後の休憩中。

ならば昼食を取ろうとお店を探すものの、数少ないお店は昼過ぎの休憩中。

特に何もない町ですので、
「じゃあ、映画でも観る?」ということで映画館へ行くもののお休み。

映画館への途中、可愛い雑貨屋さんを見つけた私達はそこまで引き返しました。
すると、数分の差で closed...。(T_T)

ガイドブックには、【国立公園や氷河などの観光地を訪れる中継地点として、この町に滞在する観光客は多い】とありますが、ほとんど人はいないじゃない!!!!!(`o´)

もう一度、言います。
これは大雨と強風の中での話です。

"びちょびちょ"になった私達は、寂しく「KFC」で仮の食事を取りました。
ここまで来て、何故にケンタッキー、、。(>_<)


こんなに ことごとく裏切られたグレイマウスのあるカフェで。

私はカプチーノを頼みました。
「Can I have a ×××××?」
確かにカプチーノを頼みました。

出てきたのは「紅茶」。

????? 何故 ?????

何故だか分かります?
私の発音が悪いからです。

『cappuccino』と『cup of tea』

これはグレイマウスのこのカフェだけの出来事ではありません。
NZにいる間、何度かありました。
クライストチャーチの通いなれたフードコートでも。

じゃあ、カプチーノが飲みたい時に紅茶を頼めばいいのかと、、
すると今度はその通り紅茶が出てきたという失敗(?)もあります。

(・_・;)
簡単なはずが、難しいものです。

大雨のグレイマウスで、二人で笑った思い出ですね。

『恥ずかしい』には負けません!!

*アンコールワットの朝日を見に行きました。
写真の青年はサムナンくんです。【'00.03.02 カンボジア】

('07.09.14日記)で紹介したサムナンくんは、私のガイドをしてくれた時、彼は日本語を習い始めて まだ3ヶ月でした。

予定では、彼のお兄さんが案内してくれることになっていたそうです。
でも、急遽入った大人数のツアーを担当することになったお兄さんは、
まだ見習いのサムナンくんを荒修行に出したのです。

彼は覚えたばかりのアンコール遺跡の説明を、しかも日本語でしなければならないという試練を前にしていました。

一生懸命さが伝わってきます。
自分が知っていることは、全て私に伝えようと必死な眼差し。

でも、あまりに難しい歴史やヒンドゥー教の内容に、適当に返事をする私。
そんな私に彼はいきなり、
「スーリヤヴァルマン2世は何をした人ですか?」

(・_・)...?
知らないよぉ~、と思いつつ、私はその真剣な瞳から目を背けることもできず、
恐る恐る答えました。
「アンコールワットを造った人?」

「正解です!!」

ドキドキです。

問題を出してくるのなら、油断ができません。
私も必死で彼の話に耳を傾けました。
でも、分かりにくい日本語です。

『インセキが、このインセキが、、』
ふ~ん、昔 アンコールワットに『インセキ』が落ちてきたのかぁ~と想像していると、
何やら話のつじつまが合わない。。

それは、もしかして『イセキ』ではないの?
サムナンくん、さすがに『アンコール隕石』はないんでない?(^人^;)

彼は言います。
「僕の『サシヒト指』の指す方を見て下さい。」
サムナンくん、それは『人差し指』。。


そして、それは「乳海撹拌」という アンコールワット第一廻廊東面南側にある
ヒンドゥー教創世神話のレリーフの前で。

慣れない日本語に彼はとうとう行き詰まったのでしょう。
そこには創世記のカンボジアが描かれていました。

ヴィシュヌ神の化身である 大亀の背中に乗せた 大きな山を、正神と悪神が両サイドから大蛇の胴体を綱にして引き回すシーン。

どう説明すればいいのか忘れてしまった彼は、
『ぶるん、ぶるんするんです。 とにかく、ぶるん、ぶるんです。』
と小さな棒を手に、かき回す動作を続けます。

はじめは全く分からない私でしたが、何だか楽しくなってしまって、、
私も一緒に『ぶるん、ぶるん。』

他の観光客さん達は不思議そうに私達を見ていました。


その彼が最後に歌ってくれた日本の歌。

「ヒントは『し・ゆ・や』です。 有名な日本の歌です。分かりますか?」
彼は問題を出すのが得意なようです。

きょとんとしている私を前に堂々と歌います。
『しらかばぁ~ あおぞ~ら~~』

そう、「北国の春」。
出だしが一番「白樺」、二番が「雪解け」、三番が「山吹」、というわけ。
言われるまで分かりませんよねぇ~。

しかも南の国で「北国の春」を聴くなんて、誰が想像するでしょう。
でも、こうやって日本語を覚えているのですね。o(^-^)o


とにかく彼は必死でした。
伝わろうが伝わるまいが、日本語をひたすら喋るだけです。

この姿勢!!
だから、たった3ヶ月しか勉強していなくても、不自由ながらも私と会話ができたのですね!!

私も躓きそうな時、彼の「北国の春」とともに乗り越えたいと思います。

また会えるといいですね。・・Alexとの会話編1.

*このトンネルの奥に黄金のエレベーターがあり、それを上ると そこはヒトラーの山荘『ケールシュタインハウス』の中です。
【ドイツ バイエルン州ベルヒテスガーデン '07.07.16】

「ヒトラー」と聞けば、眉をひそめる方もいらっしゃると思いますが、
この山荘はアメリカ軍により『Eagle's Nest (鷹の巣)』と名付けられ、アメリカでは有名な観光スポットとして知られています。


以前にも書きましたが、
今年の7/16 (奇しくもsuhさんの誕生日ですね♪)に、私はザルツブルクから国境を越えてドイツにある「ヒトラーの山荘」へのツアーに参加しました。
日本人は私一人でしたので、ガイドさんにも親切に目を掛けてもらえました。

そのツアーのガイドさんは お腹の大きな白髪のおじさんだったのですが、
ドライバーさんは長身のナイスガイ!!
190cmは優にあるでしょうか。。 何たって驚くほどに足が長い!!
私(164cm)の胸下あたりがウェストです。

彼の名は『Alex』。 正確には『Alexander』。
そう!! 彼はアレクサンダー大王!!! 世界征服を狙う私にはピッタリの方ですよね♪

最初に声を掛けたのは私です。('07.09.06日記)
二人で仲良く写真を撮りました。

その後の会話です。 今日は頭だけ、、。

A=Alex、P=picchuko

A:「Wie heiβt du?」
名前は何ていうんだい?

P:「Ich heiβe Picchuko.」
picchukoっていうのよ。

A:「Picchuko? ..Mein Name ist Alexander.」
picchuko?、僕の名前はアレクサンダーっていうんだ。

P:「Alexander?」
アレクサンダー?(*^_^*)

A:「Ja. ..Du kommst aus Japan, nicht wahr? Wo wohnst du? Tokio?」
そう、君は日本から来たんだよね。 どこに住んでいるの? 東京?

P:「Nein, ich wohne nicht in Tokio, sondern in nahe Osaka.」
ううん、私は東京ではなくて大阪の近くに住んでいるのよ。

A:「Osaka?」
大阪?

P:「Ja, kennst du?」
ええ、知ってる?

A:「Nein, wo ist das denn?」
いや、それってどこにあるの?

P:「Osaka ist in Westjapan.」
西日本よ。

A:「Ja!! ich bin aus Salzburg.」
へえ、僕はザルツブルク出身だよ。

(注:実際は英語での会話。ドイツ語は難解な為、多少の省略あり..)

アレックスはとっても笑顔の素敵な方でした。
私が何か話をすると、満面の笑顔で「ye~s, ye~s!!」と顔を覗き込んで返事をしてくれます。
こんなに温かな瞳を持つ男性を私は知りません。
もう一度 会えたなら、今度はドイツ語でお喋りしたいですね。

『おとっちゃま』

*ちょっぴり、(いつも?)寝ぼけ顔の「クリス」です。
クリスもヨンも、寝る時や甘える時はいつも少しだけ舌を出しています。


今日のクリスは年に一度の予防接種の日でした。
ヨンサマを一匹だけ留守番させると、それは想像もつかないほど大変なことになるので、二匹を連れて病院へ行きました。

いつもは平気なクリスですが、今日は何かを感じるらしく、車に乗せただけで震えが止まりません。
ますます可愛くて愛しくなります。

先生を前に「まな板の鯉」状態。
上から見ると小さく丸まった針ネズミのよう。
この子の訳が分からない「ごめんなさい」表情がめちゃくちゃ可愛いのです。

恐がっているクリスを隣で眺めるヨンサマ。
大抵はヨンが痛い思いをすることが多いのです。
だから、いつも病院の前で「キュン、キュン。。」喚くのはヨンの方。
でも今日は高みの見物! 余裕綽々です!!


注射はあっという間に終わってしまったのに、やっぱり少し恐かったのでしょう。
讃岐弁で恐がりを表す言葉『おとっちゃま』。
その言葉がぴったりのクリスです。

家に着くまで非常に大人しい いい子でした。

今日はのんきな表情のヨンサマ、「次はあなたの番だよ。」( ̄ー+ ̄)/


Cafe Central

*どこよりも優雅で長い歴史を持つウィーンのカフェ文化。
『カフェ・ツェントラル』はそんなウィーンの中でも特に美しい、フェルステル宮殿にあるムード漂う素敵なところです。
彼の名は「Gunter H.Schneider」。1939年9月、ウィーン生まれ。
【'04.01.01オーストリア時間】


ここ数日、私はずっと「エリザベート」の世界から抜け出せないでいます。
仕事中も頭の中ではその曲達が流れています。
毎晩一人になるのを待ちかねて、ミュージカルのCDを聴いている私。
もちろん、今もそうです。

【♪ 私を見つけたいなら 私をつかまえてしまってはだめ
私は自由を手放しはしないわ
あなたが私を縛ろうとするなら 私はあなたの巣から去り、鳥のように海に潜るわ

友を求め 安らぎを探す 喜びを分かち合い 悲しみを分かち合う
でも、私の人生を求めないで 私の人生をあげることはできない
何故なら 私は私だけのものだから ♪】
・・・「私だけに」


ウィーンの話をもう少ししましょうか。。

せっかくの元日の夜ですもの、贅沢に『カフェ・ツェントラル』でゆっくりくつろごうと、
大理石の柱と高く美しいアーチを描いた天井を持つ 世界的にも有名なこのカフェを覗いてみました。

そこは多くの人でごった返し、長い列をなしていました。
私のような場慣れしない一人者には、ちょっと座るのは無理なよう。

そんな時、真ん中にある素敵なグランドピアノが目に入りました。
そこは夕方になるとピアノや弦楽器の生演奏が始まります。

私は噎せ返るほどに溢れる背中をくぐり抜け、ピアノの近くまで行きました。
とっても優しそうなピアニストさんが"ニコニコ"微笑みかけてくれます。

「座る場所がないんだね。」
ピアノを弾く手を休めて、彼は椅子の半分を私に譲ってくれました。

「何か聴きたい曲はあるかい?」
私はあまりにも美しいその室内の装飾に、そのカフェの空間にいるだけで満足でした。

「出会った記念に、君の為にこの曲を贈ろう。」
そう言って、彼はベートーベンの「エリーゼのために」を弾いてくれました。
写真はその時のものです♪

とても親切な方で、私の為に近くのお客さんに相席を頼んでくれたほど。
"いえいえ、せっかくこの雰囲気を楽しんでいる方達の邪魔はしたくないです。"
"私はもう大満足で大感激です。"
その意味を込めて頭を横に振りました。

「この後はどうするの? 夕食を一緒にどうかな?」
是非ともご一緒したかったのですが、10/24のブログに書いたように、一度怖い思いをした私は又も首を横に振りました。

残念そうに彼は、私が店を出る最後まで、ずっと視線を投げ掛けてくれ 手を振ってくれました。

海外に出ると沢山のこんな優しい男性に出逢えるので、私のような者でも"勘違い"お姫様になれますね!!

でも本当に嬉しかったなぁ。
有名なカフェの専属ピアニストが私だけの為に一曲プレゼントしてくれるなんて、
ウィーンならではのことでしょう。

あの時の彼のCDも私のお気に入りです。
当然のこと、「エリーゼのために」も収録されています♪

Ich gehor nur mir...

*マリア・テレジアイエローに輝くウィーン『シェーンブルン宮殿』。
そこは誰もいない、2F大ギャラリー【'04.01.01】


盛り上がった大晦日の夜も明け、NEW YEARはひっそりと、そして"ピンッ"と張り詰めた空気に包まれて朝を迎えます。
積もった雪を踏みしめながら、私はまだ薄暗い中 ホテルを出ました。
8:30、シェーンブルン宮殿は開きます。
遅くまで騒いではしゃいだウィーンっ子達も、観光客もまだ眠っているのでしょうか。。
私の他に一人の日本人女性しか見当たりませんでした。
関東出身の彼女は、その前日「ウィーンの森」を散策したと話してくれました。

知っていましたか?
1月1日早朝にシェーンブルンを訪れると、
マリー・アントワネットが幼少時代を過ごした部屋も、
「会議は踊る」で知られる大ギャラリーも、
最期まで宮廷生活に馴染めなかった美貌の皇妃エリザベートの面影も、
全て独り占めできるのです。

1時間もすれば、団体客が訪れはじめます。
それまでの特別な時間、ハプスブルク家が大好きな私にとって なんとも贅沢な時間でした。

私達はそんな静かな宮殿をゆっくり見学し、庭園を散歩した後マリア・テレジアのお気に入りだった高台にある「グロリエッテ」のカフェで朝食を。
NEW YEARの朝は特別にシャンペンを注いでくれます。
大きな窓からは優しい光が降り注ぎ、神聖な空気が漂います。

気高く美しいウィーンを最も感じられる瞬間です。
もし年越しをウィーンで迎えられる機会がありましたら、誰よりも朝一番にシェーンブルン宮殿を訪れてみてはいかがでしょうか...。


こうやってウィーンを思い出したのは、sakuranomiさんから戴いたミュージカル『エリザベート』のサウンドトラックのおかげです。
今年4月に梅田芸術劇場で上演されたウィーン版『エリザベート』。

私はウィーンから帰国した後、エリザベート皇后の本を取り寄せました。
それはミヒャエル・クンツェ原作の『エリザベート~愛と死の輪舞』。

その大掛かりな舞台と、本場ウィーンでもなかなか揃わない見事な役者の顔ぶれが日本にやって来る!!
これを無視することができるでしょうか、、。

予備知識のほとんどない私ですら虜になったのですから、
以前から観劇に詳しいsakuranomiさんにとって、この機会は夢のようなものだったに違いありません。

だから、同じ舞台に夢中になった私の気持ちを誰よりも解ってくれたのだと思います。
だからこそ、そのCDを私にプレゼントしてくれたのでしょう。


生で観て聴いた舞台はさる事ながら、時間が経った今でもこれらの音楽に耳を傾けていると心が踊るようです♪
ミュージカル『エリザベート』をご覧になった方なら お分かりになると思いますが、
主役のエリザベートはもちろん、マテ・カラスさん演じる死神『トート』の怪しい存在感は観る者を今まで味わったことのない世界へと導いてくれることでしょう。

「死」とはこれほどに甘美なものなのか、
このように魅惑的に魂を抜かれていくものだろうかと吐息がもれてしまいます。

そして、美しさ故に悲しくも哀れな、しかし自分の意志をしっかり持って生きたエリザベートの人生がドラマティックに描かれた不思議な世界です。

ドイツ語の響きがこの舞台をより一層引き立ててくれます。


エリザベート役のマヤ・ハクフォートさん。
私をオーストリアへといざなう そんな彼女の歌声を、今は何度も何度も聴いています。
次はぜひウィーンで観たい作品です。

クジラとマオリの神秘な島

*NZにイギリス人が入植する以前から住んでいたマオリ族、彼らの踊り『ハカ』。
ラグビーチーム「オール・ブラックス」が試合前に披露してくれることでも有名ですよね。

NZ・クライストチャーチからバスで1時間15分、バンクス半島にある港町「アカロア」は、NZでは珍しいフランス植民地時代の面影を残した陽気な町。
ここを訪れた時、テントを張って ちょうどイベントをしていました。【'02.01.26】
(用意されていた椅子はすでに満席だった為、ステージの隅に腰を下ろした私達。
予想外にもハカを踊るマオリ男性が接近してきて、その相手を威嚇する踊りの迫力に、思わず食べられてしまうのかと恐怖に固まってしまった私です。)


『マオリ族』
NZの先住民マオリ族は今から1000年以上も前、ポリネシアからカヌーによる太平洋大航海の末に渡り住みます。
伝説では、「ハワイキ」(マオリ語で故郷の意、現在のタヒチ島周辺らしいと推定されています)からやってきました。
今から紹介する映画『クジラの島の少女』の中では、祖先の勇者パイケアがクジラに導かれてこの地に辿り着いたとあります。

近年、マオリは有力な族長の中から「王」を選び、彼はマオリ社会において高い権威を持っています。
現在の王は「ツヘイティア・パキ1世」。
私はマオリ族とは非常に霊格の高い民族だと思っています。


先週の火曜日、DVD『クジラの島の少女』を借りてきました。
2003年に公開された映画で、製作は私がNZに滞在していた2001年から2002年にかけて。
冒頭から その画面に映る青い空や海に、
「あぁ~、間違いなくNZの青だぁ~」と感情移入です。

内容の解説を軽く写しますね。
【NZの小さな村。
マオリ族の長コロは、勇者パイケアの伝説を信じて後継者となる男子を待ち望んでいた。
彼の長男ポロランギに双子が生まれるが、その一人男の子と妻は死んでしまう。
残された女の子パイケアは、祖父コロから愛情をかけられながらも、後継者は男子と頑なに信じる彼から激しく拒絶される。
誇り高い民の伝統と それ故の確執、不思議な運命に導かれたひとりの少女が奇跡を起こしていく感動溢れる作品です。】

この映画は何度も繰り返し観れば観るほどに、その意味が伝わってくる味わい深い作品だと思います。
私自身、NZに縁があったからなのか、目頭が締め付けられて思わず泣いてしまいました。
鳥肌が立つシーンもありました。

偉大な民族の血を受け継ぐひとりの少女の大きな黒い瞳は、あまりにも印象的です。
日本人が失ってしまいそうな伝統と誇りの大切さを改めて感じました。

世界中には様々な民族がいて、それぞれに素晴らしい文明を発展させ、
それを上から得意げに眺めていらっしゃるはずの神様(?)も喜ばれる作品だと思います。
そう思ってしまうほど、心が綺麗になりますよ。
なんたって、背景にはあまりにも美しいNZの自然が広がっていますから。

もしご覧になられていない方は、是非とも一度観て下さいね。
マオリという民族についても学びの多いものですよ。

「梅田大丸」1Fの帽子屋さんで待ち合わせませう♪

*ちょっぴり緊張気味の「クリス」です。o(^-^)o


初めてお会いする「sakuramino」さんとの待ち合わせ場所、私が大阪で唯一分かるのが「梅田大丸」です。
そして、そこでは必ず2つのお店に立ち寄ります。


一つは3Fにある『PELLE BORSA~ペレボルサ』という鞄屋さん。
ペレボルサとはイタリア語で"革袋"という意味だそうです。

ご存知の方も多いと思いますが、そのお店は大阪阿倍野区に本店があり、
特にイタリアの物づくりに学び、日本でもそれを越える物を作りたいという思いから1943年にスタートしたのだそう。
店舗数は全国的にも広がっていますが、私が住む四国ではほとんど取り扱っていませんね。

このブランドは少し頑張れば手に入るお値段ですし、しかも大変お洒落なので見てるだけでも随分と楽しめます。
梅田大丸のこのコーナーは決して広くないのですが、それでも私は20分はウロウロしてしまいます。


そして、もう一店。
必ず行くのが1Fにある帽子屋さん♪

('07.09.15日記)にも書きましたが、私は大の帽子好き♪♪
その日に載せた写真はフィレンツェの『Grevi~グレヴィ』というお店のもの。
そこは1875年イタリア・シエナで生まれた老舗メーカーです。

私が気に入る小物類はイタリア製がダントツです。
その中でもグレヴィの帽子は最高です。
それだけ見ても可愛くて、中には"はっ"とするような斬新なものもありますが、
まぁ、グレヴィの帽子はまず被ってみて下さい。
頭に乗せただけで印象が"ガラッ"と変わりますから。

「いやん!! なんて素敵なの!!」
鏡に映る自分の顔は"見ず"に感動してしまいます。

そのグレヴィの商品もここで取り扱ってくれていますので、私はその場から動けなくなるのです。

今回もsakuranomiさんと待ち合わせしていなければ、間違いなく衝動買いしていたことでしょう。
あぶない、あぶない。。(^_^;)


今回、このお店では自分へのプレゼントとして『耳あて』を買いました。
それが↑の写真。
ちょっとクリスにモデルを務めてもらいましたが、とっても緊張してますね。o(^-^)o

この冬から徒歩or自転車通勤を目標にした私。
海に近い職場ですので、特にこれからは冷たい潮風が厳しいです。
でも、これさえあればワクワクしながら通えそうですね♪


私が一番 お買い物を楽しめる場所、それはやっぱり「梅田大丸」です!!

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