I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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東京失態。

*新丸ビル地下にて、ゆかちさんと。^^


「1番か2番だからね~。」
振り返りながら手を振る私に、きょんさんは何度も何度もそう叫びました。


とにかく東京に不慣れな私。
東京駅で迷子になることは珍しくありません。

大雨の中、そんな私の為に「きょん&ゆかちさん」は新幹線のホームまで出迎えてくれました。
彼女達は、私のNZ時代からの親友です。(o^-^o)

17時53分東京着。
当初、予定では浅草で☆もんじゃ☆でしたが、連日の雷雨と雨雲の動きに、東京駅前の新丸ビルでディナーということになりました。

3時間、まるでクライストチャーチのフードコートでお喋りしているかのごとく爆弾トークは続きます。
何年経っても変わらない温かさってホッとしますね。^^

私の宿泊先はJR神田駅から数百メートル。
地下鉄で帰る二人ですが、親切にもJRの改札口まで私を見送ってくれました。

「いい~? 中央線は1番か2番だからね~。」
きょんさんはよほど心配だったのでしょう。

大丈夫、大丈夫。^^
そのくらい私にも覚えられるわ! ^^

ところが、大方 途中のエスカレーターで中央線を見失いそうになりました。(^。^;)
ふぅ~。危ない、危ない。f^_^;

電車に乗れば、後は何とかなるでしょう。。。
あっという間に神田駅到着。

ホームに下りると、外はかなりの雨が降っていました。
ホテルが駅に近くて良かった、、私は傘を取り出しながらそう思いました。

水しぶきを跳ねながら、目指すはグランドセントラルホテル。
広い道路に出ると、すぐに目につく看板です。

22時までにチェックインをしなければなりません。
まだまだ余裕があるな~、と胸を撫で下ろしながら小走りしました。

そして玄関先でのこと。
なんと、自動ドアが開かない。( ̄○ ̄;)

まだ22時までに30分はあります。
もしかすると、ネット予約の後、電話確認が必要だったとか、、?(∋_∈)

あかん(開かん)、、、。><。。 今晩、どうしよう!

傘を放り出し、慌ててホテルに電話をしました。
「お客様、今どちらにおいでですか?」

「玄関前です。」と答えながら、少し身体を傾けてみました。

あっ! 私、間違えてる!(^。^;)

どうも私は、一つ手前の建物である「NTT」の自動ドアをこじ開けようとしていたみたいです。σ(^◇^;)。。。

ホテルを目の前にして、びしょ濡れになりながら、、、あぁ~、なんということ!!
私は、"サザエさん"かいっ!!!!!

フロントに着いた私は、「雨がひどいですねぇ~。(^_^;)」と照れ隠しに言いました。
あはは。(*^_^*)


どうか明日は天候が回復しますように。

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明日は東京へ。

明日、東京へ行きます!
大雨が少し気になるところですが、特別な旅になる今回の東京行きを前に 今から胸の高まりを感じています。(*^―^*)

今回の旅では、6/19の日記にも書きましたように、ブログ友達「salut_chloeさん」他7名の方達の写真展に足を運ぶ予定です☆

先日、私にまで案内の葉書を送って下さいました。↑
*chloeさん、ありがとうございます。楽しみにしていますよ!


写真展 『7味 トウガラシ』

会期 : 8/26 ~ 8/31(日) 12:00 ― 19:00 (最終日は16:00まで)

会場 : Roonee~ルーニィ・247フォトグラフティー

東京都新宿区四谷 4-11 みすずビル1F
東京メトロ丸ノ内線 四谷三丁目駅徒歩3分

ルーニィHP : http://www.roonee.com


この週末、お近くの方は是非!!(o^―^o)

* * *

明日は12:30まで仕事をして、午後の新幹線で東京へ向かいます。^^/

ヨンちゃんとクリちゃんが転んだ !

「ヨン! クリ!、いい~?」

目を爛々と輝かせて、いつも笑い顔の二匹です。(o^―^o)

「ヨンちゃんとクリちゃんがこぉ~ろんだ!!」

ピタッ☆

うちの自慢の愛犬達は、"だるまさんが転んだ"をして遊びます。^^
「もう一回、いくよ~! はいっ! ヨンちゃんとクリちゃんが転んだ!!」

又も、ピタッ☆

私が目隠しをし出すと、二匹も耳をピクピクさせて、私の様子を窺いながら動き出すのです。

くるっ! 急に私が振り返ります。

予想外のことに、慌てて二匹も"ピタッ☆"

でも こんな時、クリスは遊んでもらえる嬉しさを隠しきれず、大きな尻尾を"ゆ~らゆ~ら"と揺らしてしまいます。
大きな目をしっかりと見開いて、身体は固まっているものの、やっぱり尻尾は"ゆ~らゆら"。

「はいっ! 次はクリちゃんの鬼ねぇ~。」^^
*"一人+二匹"しかいないので、動いたものが鬼さんになるルールです?! *^^*


「えぇ~~~!」
クリスはいつもと変わらずおとぼけ顔。。。

今日もご近所に聞こえる大きな声で、
「はいっ! ヨンちゃんとクリちゃんがこぉ~ろんだ!」(*^―^*)

『M.FREY ~WINE~』

*『M.フライ・ヴィレ』の指輪。
'04年1月2日、ウィーンのシンボル"シュテファン寺院"の裏手にあるショップで、私はこの子と出会いました。^^


『FREY WILLE ~フライ・ヴィレ』の高級エナメルアクセサリー。
四国に住む私は、ウィーンを訪れて初めて、そのエキゾチックなデザインの、芸術性の高いアクセサリーの存在を知りました。

『フライ・ヴィレ』は1951年に創業、1983年より高級エナメルと24金を合わせたジュエリーを製作し始めました。

古代エジプトを連想させるもの。
神話や歴史的テーマに基づき、それらの時代を表現したもの。
身に付けると力と正義が沸いてくると伝えられるヘレニズムライオンをデザインしたもの。
クリムトの図案をクールでエレガントに仕上げたもの。
近現代建築のデザインを模したもの。

それぞれのコレクションが完成され、今ではルーヴル美術館、英国博物館、ウィーン美術史美術館などにその品質を認められているそうです。


ウィンドウに並べられているこれらのジュエリー。
日頃そういったものに興味のない私でさえ、気が付けばぐいぐいと魅了されていました。(*^_^*)

帰国を前に、迷いに迷ってお店の重い扉を押しました。
溜め息ばかり出そうな世界で、私はひとつだけ自分へのプレゼントとして指輪↑を買いました。
*なぜ指輪を選んだかというと、それは最もシンプルな美しさを持ち、そして値段が手頃?だったからです。^^

これは、「WHITE GOLD DECOR」というシリーズで、クリムトの典型的な渦巻きの図案を白金と共にエナメルの中に溶け込ませたものです。

けれど、まだ一度も人前で指にはめたことはありません。
とてもお洒落な『フライ・ヴィレ』のデザイン、実はこれらを着飾る難しさが欠点なのです。
何度か韓国ドラマでこのネックレスを着けている女優さんを見ましたが、誰もこのジュエリーの良さを引き立てることが出来ていませんでした。
アジア人には苦手なデザインなのかな?
身に付けると、悲しいかな その違いは明らかです。^^;

けれど、自己満足でもいい、今後このシリーズを私のコレクションにしちゃうつもりです。(o^―^o)
だって、それはそれは綺麗なんですもの。


日本でも銀座にショップがあるようですね☆

URL : http://www.frey-wille.com

成田発、ザルツブルク行き♪

何がそんなに嬉しいかと言うと、今日 無事に今年暮れのザルツブルク行き航空券の支払いが完了しました☆

ここ数年、毎年ルフトハンザドイツ航空にお世話になっていた私。
関空―フランクフルト間を、どんなことがあってもルフトハンザだけは毎日運航してくれるものと信じておりました。

ところが、今年の12/30は運航せず、、という知らせ。(T_T)
「フランクフルト行き、、、成田からならありますが」、旅行会社Mさんからの返事です。

う~ん、成田かぁ~。(∋_∈)

予算もかなりオーバーしそうだしな~。
今回の行き先をザルツブルク以外で考えてみてもいいかな~。

「メキシコ行きの場合はどうなりますか?」
「マヤ遺跡のピラミッドなどへのツアーはありますか?」
そう、Mさんにメールを送ってみました。

その返事を待っている間、やっぱり『今の私にはザルツブルクしかない!』と優柔不断の気持ちが固まりました。


今回は、全日空とオーストリア航空の共同便にて、成田からウィーンを経由してザルツブルクに入ります。

ウィーンのシュベヒャート空港は、フランクフルトのようなハブ空港に比べると、それは小さな空港です。
だから、乗り継ぎがとても楽。^^

そこには私のお気に入り、オーストリアブランドのアクセサリー「M.フライ・ヴィレ」のお店も入っています。
本場ですから、品数も豊富!
勿論ザルツブルクにもショップはありますが、そこはさすがウィーンですね。
洗練さが違います!!(≧▽≦)b

高松―羽田間のチケットも同時に確保して頂き、いつも以上に安心の私。(o^―^o)


まだ滞在期間中の計画は一切立っておりませんが、
私の気持ちを誰よりも理解してくれているMさんは、すでにモーツァルトホテルも確保して下さいました。
後は、ミュンヘンでの一泊をどこにするか決めるだけです。^^


行きたい国はまだまだ沢山あるけれど、見たいものは世界中に溢れているけれど、
それでも私は、『I love Salzburg !』ですね~。(*^―^*)

Beijing !!

今日のお昼は、お馴染みのお店へ韓国料理を食べに行きました。
北京五輪の野球で韓国が優勝したからでしょうか、、いつもはお花など活けたことのないウォンさんのお店、その至るところで向日葵が笑っていました。(o^^o)

日本は残念な結果に終わりましたが、それだけ諸外国も強いということかな?
来年3月のWBCでリベンジしてもらいたいですね。

* * * * * * *

今夜、北京五輪が閉幕ですね。
一つの時代の終わりと新しい可能性との交差を感じています。


私が北京を訪れたのは、2000年10月。
もう随分と前の話になりますが、その当時でさえ北京国際空港の広々とした空間に感動したことを覚えています。

そして、北京の読み方が「ベイ・ヂン」だと知らなかった私は、
機内アナウンスでしきりに繰り返されるベイヂンという地名に、"ペキンはどこ~?"と慌てふためいていました。
あはは、懐かしい。o(^-^)o

ただ私の北京旅行は、他の国よりも印象が大変薄く、思い返すこともまずありません。
何というホテルに泊まったのか、ホテルは市内のどの辺りだったのかさえ全く記憶にないのです。

万里の長城へ行きたい為だけに訪れた北京。その万里の長城さえも同じです。


けれど、一つだけ「ドキッ!!」としたことがあります。
もしかすると、そのせいで他の記憶が消されてしまったのかもしれません。
それが、私の中にある唯一の中国です。

一日目の夜。
遅くまで続く車の走る音を聞きながら、北京の街並みをホテルの窓から眺めていました。
疲れているのに、頭だけは興奮して眠れない。
ここは"ラストエンペラー"の街です!

明日には念願の万里の長城観光が控えています。
早く寝なくちゃ、、、目が冴えていた私でしたがベッドの中に入りました。

それでも眠れない時が何時間か過ぎた頃でしょうか。
廊下から話し声が聞こえてきます。

こんな遅くに~?
私が時計を見ようと身体を起こした瞬間、"ガチャッ!"
部屋の扉が開きました。

(°д°;;)

確かに私は鍵をかけた。 チェーンもした。。。
では、戸口に立つ二人の人影は何なんだ~!

瞬間、私は声すら出ませんでした。

薄暗い中、ぼんやりと浮かび上がる人影。
たぶん、相手側からも身体を半分起こした私の影がうっすらと見えたのでしょう。

二言三言、二人はひそひそと会話をした後、私の部屋を立ち去りました。


これが、私の知る中国です。
今でも一体あれは何だったのか、分からないままです。
ハプニングばかりの私の海外旅行、その中でも最も凍りつく出来事だったことは言うまでもありません。

魂が見えたら、瞳を描こう。

雨音を聞きながら、20世紀初頭のパリの街を旅してます。

パリという ただそれだけで、場末の酒場までもが絵になるよう。
低い かすれたピアフの歌声が流れてきそうです。

* * *

「あなたの愛と理解と許しがほしかった。ごめんなさい。」

そう呟いて、ジャンヌ・エビュテルヌは6階の窓から身を投げます。
お腹の中に、モディリアーニの子供を宿しながら、
短い生涯を終えたモディリアーニの後を追って、、、。


今年のマイブームであるモディリアーニ。
まだ誰もが寝静まる早朝、2004年製作映画『モディリアーニ ~真実の愛~』を観ました。^^

実は、この映画の2年後に製作された「クリムト」が私的に大きく期待外れでしたので、なかなか「モディリアーニ」を手に取る気持ちになれなかったのです。
けれど、モディリアーニのこの映画は、私好みに仕上がったものでした。

特にモディリアーニの妻ジャンヌ演じるエルザ・ジルベルスタインは、まるでモディリアーニの作品から抜け出てきたのかと思うほど。
少し傾げた長い首、虚ろな瞳、帽子の被り方までも彼の描くジャンヌにそっくりです。

確かに、実物のジャンヌもそれは美しい女性でしたけど、彼女の内面を知らない私にはエルザの方がモデルに相応しいと感じるくらいですね。

モディリアーニ役のアンディ・ガルシアもセクシーで、見事に役になりきった演技でしたが、少し太り気味?
結核を患ったモディリアーニにしては、あまり病弱そうに見えませんでした。あはは。

私のイメージより"太っ!"と見た瞬間に感じたのは、ピカソ役のイラン人 オミッド・ジャリリもそうですね。
メタボを除けば、クセのある天才画家の風貌を上手く表していたと思います。(笑)

この映画、かなり脚色しているらしいけれど、当時 貧しい画家達の集ったモンパルナスの雰囲気や、巨匠ルノワールとの出会いなど大変興味深く見ました。
特にルノワールを演じたおじいちゃんのくるくる変わる表情と、アルコールに溺れるユトリロとの友情が対象的ですが面白かったかな。
あ、ピカソとの駆け引きも最高ですね☆


ただ、誰よりもジャンヌに感情移入してしまった私は、途中 早送りしながら見た部分があります。
この世界にじっくり入り込むには悲しすぎたのです。

麻薬と酒と女に溺れた若き天才画家モディリアーニ。
その彼に献身的な愛を捧げるジャンヌ・エビュテルヌ。
彼なしでは生きていけなかった彼女の最後の涙が印象的でした。

映画を見終えて、予想以上にのめり込んでいた自分に気付きました。
不思議な魅力の映画ですね。


あぁ~、大阪のモディリアーニ展へ行きたいなぁ~☆

髪を切る !

週末になると、やはり気分もおおらかになります。^^
髪でも切ろうかな~☆

4月下旬に美容院へ行ってから後、伸び放題 荒れ放題の私の頭。

随分と長くなった後ろ髪は、腰までもう少し伸ばすつもりです。(後10cm弱かな?)
そう、だらりと垂れ下がる前髪を切りたいのです。

鏡の前に座って深呼吸。
実は、私がハサミを持つとろくなことがありません。(-.-;)

* * *

もう随分と前の話になりますが、私は以前に老人デイサービスに配属されていました。

施設での介護の大変さとはまた違う、在宅ならではの難しさを感じながらの未熟な私です。
その頃は、介護と事務の両方をしなければならなかった為、今より事務量が少ないといっても、一分一秒が惜しいほどの忙しさでした。


ある朝、一番に来たお年寄りの入浴介助へ向かいました。

その方は、トミエさん☆
大変気難しく、お風呂が大嫌いな方でした。

「トミエさんのお家の人が、お風呂のついでに後ろの髪を揃えといてって言ってたよ~。」
送迎に付き添った職員が、そう私に伝えました。

髪を切るのは副主任(以下、Emikoさん)が得意です。
けれど、Emikoさんは他の人のお迎えに時間を取られている模様。
入浴介助の段取りを考えると、ここは私がトミエさんの髪を切るしかなさそうです。(汗;)

いつもの私とは別人のように、超真剣な顔つきでハサミを手にしました。
トミエさんの髪は、少しクセがあり、とても髪の量が多いのです。

チョキ、チョキ、チョキン。。。

汗、汗、冷汗。。。

気が付くと、トミエさんの頭はキノコのようになっていました。(ToT)
よく言えば、"ちびまる子"風。(T_T)


「Emikoさ~~~ん!」\(>θ<)/
お風呂場に来たEmikoさんに思わず泣きついた私。(;O;),

w(☆o◎)w 「ぎゃははははは~。(≧◇≦)b」
一瞬 驚いて、その後大爆笑のEmikoさん。
頼もしいEmikoさんは、そんな髪型さえも、なんとかご自宅へお連れできるまでに直してくれました。


トミエさんは、とにかく頑固でお風呂が嫌い。
そんな彼女が川柳をされていた話を聞き、
『トミエさん、お風呂に入って べっぴんさん!』
と、五七五の語呂だけ合わせた拙い句で、彼女を入浴場まで連れて行きました、、。
嫌々ながらも、↑の句で機嫌を良くしていたトミエさん、、。

しかし、お風呂から上がったトミエさんは、、、(T_T)

『トミエさん、風呂から出てみりゃ ちびまる子』・・・picchuko、心の川柳。。。(∋_∈)



さぁ~! 私はこれから前髪を切ります☆(勇気がでれば、、。)

エミューにご用心 !

飛べない鳥で印象的だったのが、NZのキウィの他にも オーストラリアの『Emu ~エミュー』がいます。

体長は約2m、体重は50kgほどに成長するのだそう。
飛ぶことはできなくても、時速50kmで突っ走るエミューには恐いものなし?! ^^

* * *

'02年2月、私のオーストラリア旅行は、シドニー郊外の「Featherdale Wildlife Park」という動物園から始まりました。

ここでは、コアラと一緒に記念撮影や、カンガルーの餌付けなどもさせてくれます。
(*ブリスベンではコアラを抱っこさせてもらえるそうですが、シドニーでは許可されていません。
地域によって異なりますので、事前にチェックしておくといいでしょう。)


大きくなると凶暴になるカンガルーも、小さなうちは ちょこんと前足を持ち上げて、お行儀よく餌を貰いに来てくれます。

一見可愛くても、豚のような鳴き声のコアラとは大違い。
そして、この動物園のカンガルーは、ニュージーランドで出会った冷めた視線のレッドカンガルーよりも、ずっとずっとお利口さんでした。(o^―^o)

(*但し、本来は可愛いイメージとは程遠いカンガルー。
ボクシングをすることで有名ですが、太い尻尾で体を支え、後ろ足でおもいっきり蹴飛ばしてくる野生のカンガルーには要注意です。)


私はカンガルーの餌付けに夢中でした。^^
動物園では、カンガルーやワラビーなどが自由に放し飼いされています。

カンガルー達にモテモテの私は その時とってもいい気分でした。(*^_^*)
私が手にする餌を、巨大なエミューが狙っているとはつゆ知らず、、。(^。^;)


振り向くと、↑。(°д°;;)
私までも襲われるのかと思いました☆

足の速いエミューから逃げようとしても到底無理な話です。
しばらくはエミューと追いかけっこをしていた私も、そのあまりの勢いに 餌を放り出して逃げました。

エミューは足音を立てずに、はっと気が付けば背後に立っています。
そして、くわっと大きなクチバシを開けてきます。\(◎o◎)/

オーストラリアでは、くれぐれもエミューに用心して下さいね☆

Don't touch !!!

昨日の夜、私の親友「ゆかちさん」はシドニーへ向け出発しました。
優しい旦那様と愛息子の"はるる"と共に。(o^―^o)

あぁ~、カジノに行くって言ってたなぁ~。
NZ時代によく食べた、"マフィンブレイク"のマフィンを食べて来るって書いてたなぁ~。

きっと、動物園でコアラやカンガルーと戯れて来るんだろうなぁ~。
あぁ~、羨ましい~!☆^^☆

* * *

私が初めてカンガルーを見たのは、クライストチャーチ郊外にあるサファリパーク、「オラナ・パーク」で。

ある休日、友達になったばかりの「きょんさん」と一緒に、動物園ツアーに出掛けました。
ツアーと言っても、添乗員はきょんさん、お客"様"は私だけです。(*^―^*)

遠くに放たれたレッドカンガルーは、愛想のかけらもない 無神経な生き物。
私は、カンガルーに少しでも近づきたくて、必死で跳び跳ねる真似をしてみました。
けれど、"ぷいっ"と知らん顔。
きぃ~~~!(`o´) と吠える私。
どちらが柵に入るべき獲物なのか、、、カンガルーは至って冷静でした。(^。^;)

そんな「オラナ・パーク」を後にして、私達が向かったのは「ウィロウバンク動物公園」。
ここは、森の中に造られた NZらしい 鳥や小動物の自然公園です。
南半球ならではの、そしてニュージーランドにしか生息しない動物が飼育されています。


「KIWI ~キウィ」という鳥をご存知ですか?

飛べない鳥、キウィ。
ニワトリよりも少し小さく、長いクチバシを持ち、天敵のいない環境から翼は退化してしまいました。
夜行性で、非常に繊細な鳥です。
*果物のキウイフルーツは、このキウイバードに似ていることより名付けられました。^^

「ウィロウバンク動物公園」でもキウィは一番の人気者。
常に内部を暗くした小屋の中に入ると、そこはガラス越しではなく 膝ほどの高さの柵の向こうにキウィを見ることができます。

暗さに目が馴染んでくると、小屋の静けさに耳が慣れてくると、ガサガサと動いているキウィバードを見つけることができるのです。

気が付けば、可愛いキウィは私達の目の前にいました。(*^m^*)

そぉ~~~っと手を伸ばすと、、、そこには丸い小さなお尻と、"チクッ"とする手触り。
ちょうど手のひらを丸めた形のお尻です。(*^―^*)

めっちゃ可愛い~☆(≧ω≦)b

きゃいきゃい騒ぐ私の隣りには、極めて冷静なカンガルーのようなきょんさんがいました。


さて、小屋を後にした私達。
振り向くと、出入口には大きく『Don't touch !』の看板が!!σ(^◇^;)。。。

えぇ~~~! ( ̄○ ̄;)

又もきゃいきゃいと騒ぐ私を前に、冷ややかな目つきできょんさんは言います。
「気づいてなかったの~?」

はい、全く気づいておりませんでした。(T_T)

よくよく冷静になってみると、絶滅の危機に瀕している貴重なキウィに触っていいはずがありません。
ごめんなさ~い!!(>_<)


これが、私がニュージーランドで犯した最も大きな罪ですね。
はぁ~、7年経って ようやく懺悔できました。(^。^;)

ジョシュ・グローバン

どこか夏の終わりを感じる頃、なぜか私は彼の歌声が聴きたくなります。


『Josh Groban ~ジョシュ・グローバン』

日本でもお馴染みになったジョシュ・グローバンは、
昨年の第50回グラミー賞受賞式で、世界的テナーであるアンドレア・ボチェッリと競演するほどの歌唱力の持ち主です。

穏やかで 心地良い、そして聴く者に安心感を与える彼の重厚な歌声は、ひとときの間、夏の疲れから解き放してくれます。^^


私のお気に入りは、2002年5月にリリースされた1stアルバム「ジョシュ・グローバン」。↑

その中でも、3曲目の「you're still you」、シャルロット・チャーチとのデュエット「the prayer」は特にオススメです。(*^―^*)

「you're still you」は、イタリアの音楽界巨匠、エンニオ・モリコーネが書き下ろしたものだとか。
イタリア映画"マレーナ"のエンディングでは、インストゥルメンタルで流れています。
美しい故に悲しい境遇に追いやられたマレーナの後ろ姿と、舞台となったシチリナ島の煌きが、少年の淡い初恋の愁いと共に、この曲によって一層 切なさを増していきます。


最近 疲れを感じている方は、ぜひ彼の歌声で癒されて下さいね~。(o^―^o)

~麦の穂をゆらす風~

「この戦いにそれだけ価値があるのかな。」

「誰と戦うか? それは簡単に分かる。 何の為に戦うのか?」

「普通の生活の為には、もう戦うしかないの?」

「私はこの土地を出ないよ。ここを出ないよ。」

『愛するものを奪われる悲しみを なぜ人は繰り返すのだろう。』

~1920年、アイルランド。
英国による支配からの独立を求め、若者たちが冷酷な英国軍に立ち向かうために義勇軍を結成する。
ダミアンもまた医者としての将来を捨て、兄テディと共に過酷な戦いに身を投じていく。
彼らの激しいゲリラ戦は英国軍を苦しめ、ついに講和条約に漕ぎ着ける。

やっと訪れた平和もつかの間、条約の内容をめぐる支持派と反対派の対立が始まる。

条約を自由へのステップと考えて賛成する兄テディ。
完全な自由と貧しい人々の幸福を求めて反対する弟デミアン。

内戦とは、かつて共に戦ってきた同志たちが、そして家族が敵見方に分かれ傷つけ合う、さらなる流血の戦いを意味していた。~

今朝、映画『麦の穂をゆらす風』を観ました。


終戦記念日である昨日、沢山のブロガーの皆さんが平和と戦争への思いについて書いていらっしゃいました。

戦争の先にあるものは、恨みと憎しみ、そして悲しみと涙だけ。
ある一部の人間の私欲の為だけに、多くの尊い命が奪われていくのです。
そこからは何も生まれません。

私も絶対に戦争は反対です。過ちは二度と繰り返してはならない。。。


ただ、何百年もに渡り非情な扱いを受けてきた植民地の人々の心を思う時、やはり戦うしかないのだろうかと、、、この映画を見ながら考えさせられました。
今年の5月、韓国の歴史教育を間近で見る機会を得た私は、やはりそこでも同じことを思いました。

真の自由と独立を願う気持ち。 民族の誇りを掛けて戦う姿。
これは奪われた者にしか分からないことだと思います。
そして、それを奪い返した後に起こる内戦の悲劇。
かつて仲間だった者が争うことほど残酷で悲しいことはありません。


では、英国も日本も何故に外の国を侵略しなければならなかったのでしょう?
強者の勝手な時代が、その先も永遠に続くと思っていたのでしょうか?
自国民をも苦しめ、その先に何があったというでしょうか?

戦争は賢者をも全て盲目にしてしまいます。正義や理想という名のもとに、、。


これから先、世界中のどの国の子供たちにもこれらの悲しみを味あわせたくない、涙を流してほしくないと願ってやみません。


*とても重い内容の映画でしたが、勇気を出して(?)観て良かったと思います。
デミアン演じるキリアン・マーフィーの青い瞳が印象的でした。(ちょっぴり恋しちゃった私です。(*^_^*))

体操、ニッポン !

日本男子体操チームの団体総合『銀メダル』、おめでとうございます☆
2大会連続の金メダルにはなりませんでしたが(アテネでの金、実は私 今日初めて知りました。^^;)、ロンドンに繋がる結果になりましたよね。

何が良かったかというと、それは勿論!、「内村航平くん」!(o^―^o)
19歳~!(*^m^*) グフッ!

彼の見事な技と そのあどけなさを残した顔に、私も思わずファンになっちゃったみたいです。(*^m^*)

私が過去のオリンピックで応援したことのある選手はただ一人、同じく体操の水島宏一選手だけ。(誰も知らないかな?)
だから内村くんの出現は、私にとっても新鮮なのです。^^


水島選手に一目惚れ(?)したのは、1988年、ソウルオリンピックでのこと。
(当時、私は高校1年生.....若いっ!?)

あの時期はソビエト連邦が全盛期(ビロゼルチェフ選手など)で、団体総合では水島選手や池谷&西川選手の健闘も虚しく、銅メダルに終わりました。
ただ、水島選手は最終日を迎えて、個人競技の「あん馬」にメダルがかかっていました。
彼はその段階では1位だったのです。
金メダルに最も近い男、水島宏一! 彼は一身に日本の期待を背負っていました。

ソウルオリンピック開催は9月。
しかも時差がない為に、平日の昼間に競技が行われました。

あ~ん、水島さ~ん!!
私は意を決して!、学校を"ずる休み"しました。
彼が金メダルを手にする瞬間を、リアルタイムで見る その為だけに。(*^_^*)

「水島、ニッポン!」 解説者にも力が入ります。
私の拳にも汗が滲みます。

結果~?
まぁ、ずる休みした私が全ていけなかったのですよ~。
4位、、、メダルにすら手が届きませんでした。(>_<)


内村航平選手!
それは、私の心を動かした選手としては あの水島選手以来です!(^o^)/
失礼でしょうが、とっても可愛い~。(*^_^*)

彼の個人競技と今後の活躍は要チェックですね☆

「内村、ニッポン!」


*私がオリンピックに関心を持つのもソウルオリンピック以来のこと。
アジアで開催されると、何故か気になる私のようです?!
(1972年生まれの私は、もちろん東京オリンピックは知りませんよ~!^^)

「生きる」

*クライストチャーチ Southern English Schools・student roomにて
二人の大親友に囲まれながら。(*^―^*)【'01.8月】


今日8/11は、NZ時代からの大親友『きょんさん&ゆかちさん』の誕生日。
そして職場の上司Kさんは、きっと今日中にも"おじいちゃん"になられることでしょう。

皆さん、おめでとうございます☆

かけがえのない人達との出会いに感謝して、今日は彼女達に一編の詩を送りたいと思います。

この詩は、今までも 私の大切な人達が、何かの壁に突き当たった時にプレゼントしていたものです。

誕生日という晴れやかな日ではありますが、これからの長い人生において、何かの折りにでも思い出して下されば、、嬉しいです。o^-^o


『生きる』

とらわれ心の ある時は  苦しみが 私を 締め付ける

大きな 何かに 委ねてる  水の流れを 見ていたら

明るい 私に なりました



迷い心の ある時は  悩みが 私を 訪れる

風の 吹くまま 身を任す  飛びゆく雲を 見ていたら

楽な 私に なりました



汚れ心の ある時は  不安が 私に 忍び入る

清きも 濁りも 受け入れる  息づく海を 見ていたら

澄んだ 私に なりました

ママでも金だよ !

「目標にしていたメダルの色は違ったけれど、僕には金色に輝いて見えます。」
夫・谷佳知選手からヤワラちゃんへの愛情溢れる言葉。

「ママでも金」、この夢を是非とも叶えてあげたかったけれど、頂点を目指す気持ちはどの選手も同じですから、柔道界に新しい時代の到来を告げるいい試合だったのかもしれません。

そして、ママとして谷選手が手にした「銅」。
それは「金と同じ」と書くのですから、やっぱりヤワラちゃんの頑張りは「ママでも金」だったのです!o(^―^)o

* * * * * * *

ヤワラちゃんが柔道界で有名になる少し前、実は私も小学4~6年生の3年間、柔道を習っていました。
*証拠写真↑(*^_^*)

その頃は まだ柔道をする女子の数は大変少なく、私の所属するクラブでは 私一人だけでした。

何も私から進んで入部したのではありません。
運動音痴の私を鍛える為に、母に無理やり連れていかれたのです。

週に3日。泣く泣く通いました。
柔道の技の練習も、その準備体操も大嫌い。(>_<)
あの頃の私には、恐くて、辛くて、痛くて。。

クラスメイトの男の子から、「女のくせに柔道やってるのか~!( ̄ー+  ̄)」とからかわれたこともあります。
そんな時代。


その日も半べそかきながら稽古をしていました。

「みんな、集まれ~!」
「これから練習試合を行う。まず一番は、そうだなぁ~、、、おいっ!、お前と、picchukoだ!」

下履きの紐を締め直していた私は驚いて顔を上げました。

「早く出て来い!」
急に呼ばれた私は、その紐を十分に結ぶことも出来ないまま、畳の前に立たされます。

取っ組み合いが始まっても、下履きの紐の緩さが気になって集中できない私。
この頃の幼い私は、人見知りが激しい上に、"紐を締め直させて欲しい"という一言さえも言う勇気がなかったのです。

あぁ~ん。(ToT) 紐が、紐が、紐がぁ~!(ToT)

紐はあっという間に解けてしまい、☆ずるっ!!☆(°д°;;)
周りは、w(☆o◎)w

ブルマーを履いていて良かった、、、けれど、顔面真っ赤になりました。

「はっ、はよっ、直せ!」☆⌒(>。≪)
まだ若い男の先生は、目のやり場を困らせながら叫びました。

この後、ますます武道館へ行くのが苦痛になったことは言うまでもありません。(T_T)


ヤワラちゃんが登場したのは、そんな私が柔道をやめたすぐ後のことです。
私に彼女の何分の一でもいい 芯の強さがあったなら、あの時の恥ずかしささえも笑い飛ばせたのになぁ~って、
今では懐かしい笑い話ですが、そう思い出しました。(^。^;)


ヤワラちゃん、本当にお疲れ様でした。^^

Don't cry for me ARGENTINA !

~ 私のために泣かないで、アルゼンチン 私は決してあなたを捨てたりしない
自由奔放な日々を送り 私は狂った存在だったけど 約束は守ったわ
だから私から距離を置かないで ~


今朝、初めて映画『EVITA~エビータ』を観ました。

以前より劇団四季ミュージカル「エビータ」を観たいと思いつつ、未だそのチャンスに恵まれていません。
今はアルゼンティーナという気分ではないのですが、ずっと気になる存在だったエビータのDVDを思いきって借りてみました。

【アルゼンチンの田舎町で私生児として生まれたエバは、自らの美貌と色気で男性遍歴を繰り返し、その多くの男性を踏み台にして、やがて大統領夫人となっていく。
下層階級出身の彼女は、無学で貧しい労働者階級の人々の為に力を尽くす。
しかし、33歳という若さで その熱く激しい生涯の幕を閉じることになる。

貧民達の英雄としての彼女と、贅沢極まりない華やかな世界での彼女。
そんな両極端の顔を持つ彼女を、聖母的存在と慕うアルゼンチン人は今でも多いという。】

大まかなあらすじは知っていたのですが、やはり映像で見ると違いますねぇ。
民衆が彼女に熱狂的になっていく様子が手に取るように印象的でした。

現在の中国にしてもそうですが、腐敗しきった一つの大国が新しく生まれ変わろうとする時、何かしらの大きな犠牲と摩擦を乗り越えなければならないのかもしれません。
そして、その過程に生じる苦しみを一番に味わうのが下層階級の労働者なのでしょう。

彼らの気持ちを力強く代弁し、自身もシンデレラストーリーの主人公として時代の波に乗ったエビータ。
貧しい者達が彼女にのめり込んだ気持ちがよく分かります。

彼女の死を前に、アントニオ・バンデラス演じるアルゼンチンの革命家"チェ・ゲバラ"が歌う「まるでサーカスだ」。
~ 何というサーカス! 何というショーだ! 国全体が狂いだした様なものだ
エバ・ペロンという女優の死をいたみ我々は皆、気狂いのように一日中悲嘆にくれ 一晩中嘆きあかす
皆 悲しみの中に身をひたしている

しかし この聖なるエビータは誰なのか?
このヒステリックに泣きわめく悲しみは何の為なのか?
どんな女神が我々と共に生きていたのか?
我々は果たして彼女なしで生きていけるのだろうか? ~

マドンナ演じるエビータの美貌よりも、私には民衆の心理の方が随分と興味深かったです。
この多くの人を酔わせたエバの生涯をかけての大演技に、大統領ファン・ペロンさえも脇役に過ぎなかったのだなぁ~と感じています。^^


そして何と言っても最高なのは、「アンドリュー・ロイド=ウェバー」の音楽達。
エバの人生を一層盛り上げ、時に皮肉もこめながら、観る者を1940~50年代のアルゼンチンに引きずり込んでいきます。

2/7の日記「オペラ座の怪人」のレビューにも書きましたが、アンドリューの天才ぶりには毎回驚かされます。
彼の作品の中で私が最も好きな曲が、このエビータの「アルゼンチンよ、泣かないで」です。(o^―^o)

* * *

本日、30000アクセスを突破することができました。
これは偏に、私の拙い日記をいつも読んで下さっている皆さんのおかげです。
心からありがとうございます。(^o^)/

そこで そのお礼と致しまして、私の大好きな「アンドリュー・ロイド=ウェバー」のベストアルバム『GOLD』(新品)を1名様にプレゼントいたします。

収録曲は、
「アルゼンチンよ、泣かないで」、「You must love me」、「オペラ座の怪人」、「ジーザス・クライスト・スーパースター」など18曲。

楽天のブロガーさんに限らず、国内外問わず、私の日記を読んで下さっている方で 彼の音楽やミュージカルが好きな方、興味ある方は是非ともご連絡下さいませ。
複数名のご希望がありましたら、先着順とさせて頂きます。^^


どうぞ これからも宜しくお願い申し上げます。o(^-^)o

いつか分かる日が来るのよねぇ~。

私の尊敬する人物の一人が、現広島市長 秋葉忠利さんです。

もちろん、私は実際に秋葉市長とお会いしたことはありません。
けれど、毎年 彼の平和宣言を聞く度に、さすがは広島市長だけあるなぁ~、と感心してしまいます。

今年は秋葉市長にとって、10回目の平和宣言。
それは、分かりやすい言葉で、力強く、全世界に向けて発信されました。
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/declaration/Japanese/2008/index.html

* * * * * * *

平成11年8月6日。
平和記念式典からの帰り、私は大学時代に青少年活動をしていた施設へ足を運んでみました。

台所を覗くと、そこには私達をいつも厳しく導いて下さったBさんの姿がありました。

その時の私は、社会に出て数年が経過しておりました。
学生時代とは違う風当たりの強さを、ほんの少しですが乗り越えた後のことです。

「Bさん、ご無沙汰しております。
学生時代にBさんからご指導を頂いた数々、今になってその有り難みが身に染みています。」

Bさんは初めて私に笑みを見せて、
「いつか分かる日が来るのよねぇ~。」と喜んで下さいました。


広島にいた頃、
大勢の仲間と同じように行動をしていたつもりでも、Bさんは私に険しい表情で注意します。

「あなたの挨拶はてんでなってないわ。まるで人を見下したような言い方ね。」

それまで、どちらかといえば私の挨拶は褒められることが多かったのです。

常にBさんの厳しいお叱りの標的となっていた私は、何が何だか分からないまま、ただ注意されたその時だけ形上謝っていました。

なんで、私だけ叱られなくちゃならないの!(`ε´)
Bさんは、私の奥底にある我が儘と気の強さをとっくに見破っていたのでしょう。
いつも周りの人達の優しさに甘えるだけ甘えて、礼儀というものの基本すら分かっていない私を放っておけなかったのでしょう。


それから間もなくして、私は香川で就職しました。

世間とはどういうものなのか、それすら全く知らない ただ甘えん坊の私が社会に出たのですから、至らない私への風当たりが強くて当前です。
子供のまま社会人になったのですから。。。

毎日泣いて過ごす中、ふと Bさんの指導が思い出されます。

~Bさんは、本当に私を思って注意してくれていたんだ。
なんて有り難く、勿体ないことだったのだろう。~

一つ、社会人としてのハードルを越えた時、
その感謝を自分の口からBさんに直接伝えたい、彼女の目を見てお礼を言いたいと思い始めました。


Bさんを通して、真の愛情は時間も空間も越えて伝わるものだということも知りました。
あの8月6日、きっとBさんも嬉しかったに違いありません。

* * *

けれど、ここ数年、周囲の皆さんに甘えきっている私は、又も彼女の助言を忘れつつあります。(^。^;)

もう一度Bさんに会った時、
胸を張って彼女の前に立てることができるよう、気持ちを引き締める今日にしたいと思います。

明日で63年。

*原爆死没者慰霊碑

〈碑文の趣旨〉
碑文については主語をめぐるさまざまな議論がありましたが、広島市は碑文の趣旨を正確に伝えるため、日・英の説明板を設置し、
「碑文はすべての人びとが原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である。
過去の悲しみに耐え、憎しみを乗り越えて全人類の共存と繁栄を願い、真の世界平和の実現を祈念するヒロシマの心が刻まれている」
と記しています。

以上 写真と文、『広島平和記念資料館 WEB SITE』より
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/


明日、63回目のヒロシマの日を迎えます。

大学時代を広島で過ごした私にとっても、"あぁ~、今年もこの日がやってきたんだな"、と思わされる日です。
とはいっても、大学生の私は平和記念式典に参列したことはなく、卒業後、香川に戻ってから二度ほど足を運びました。

初めて参列した平成10年 (1998年)。
友人Y子と私は、ちょうど8時15分、滑り込むかのように平和公園へ到着しました。

着いた途端、「黙祷」。
広島の空一面を覆うように、その時を告げるサイレンと平和の鐘の音だけが鳴り響きます。

何故なのだろう。。。
8月6日のヒロシマの空は、いつも眩しいほどの青さです。

私も急ぎ、黙祷を捧げます。
目を瞑って僅か数秒後、いきなり瞼の向こうが真っ赤に染まりました。
あの日の燃えるような日射しの勢いに、"あぁ、やっぱり8月6日なんだと、8時15分なんだ"、と気付かされました。

その8月6日が、また今年もやってきます。
あれから私たち人間は、何度 同じ過ちを繰り返せば気がすむのでしょうか、、。


慰霊碑に深く刻まれた文字、
『安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから』

貧困なき世界をめざす銀行家。

ドーン! ドーン!
花火が上がり始めました!

今晩は花火大会です。
とはいっても、私は自宅でその音を聞いているだけですけど、、。

数年前、Iさん(昨日の写真 左端)家族と一緒に船に乗って花火を見たことがあります。
漁師さんであるIさんのご主人のご好意に甘えました。*^^*

港から見るよりもず~っと迫力があります。
真上に上がる花火を仰ぎながら、皆で飲んだり食べたりできるのも船上ならではのこと。
今年も誘って頂きましたが、今日はなんとなく体調が優れず、残念ですがお断りしました。(;_;)

* * * * * * *

昨日の夕方、Amazonで注文した本『ムハマド・ユヌス自伝』が届きました。
これは、私の尊敬するブログ友達のKさんから教えて頂いたもの。

一昨年にユヌス氏がノーベル平和賞を受賞した時、新聞で読んだ彼の記事に非常に興味を持った私。
その彼の自伝書が10年も前に出版されていたなんて、、。
Kさんのおかげで、彼について、そして世界の貧困について又一つ勉強ができます。^^
*Kさん、本当にありがとう!! 感謝、感謝です。o(^―^)o


ムハマド・ユヌス氏はご存知、1983年にバングラデシュにおいて「グラミン銀行」を設立し、農村の女性達に無担保融資を始めました。

「貧しい人達がお金を借りるのは援助ではなく権利である。
貧しい人には能力があり、単に資本に対するアクセスがないだけだ。」

「マイクロ・クレジット(小額無担保融資制度)」の発想自体も素晴らしいことですが、彼の柔軟な思考が今後どのように発展していくのか、私はこれからも彼の活躍から目が離せないと思っています。

彼はノーベル賞の賞金1000万スウェーデンクローナ(約1億6300万円)の使い道として、
1. 仏食品大手ダノン社とグラミン銀行の合併で、貧困層向けの低価格栄養補助食品を開発する事業に出資。
2. 自国の貧困層に電気を供給するソーラーパネルの開発、製造。
などの計画について、受賞当時 話していました。

元々、彼は米国で計量経済学を学び、マルクス経済学に傾倒していた経済学者です。
比べることではありませんが、同じく経済学部を出た私とは大違い。f^_^;
生きた経済学とはこういうことなのかと、彼の存在を知った私は一人感心してしまいました。


「永続する平和は、人口の大半が貧困から抜け出す方途を見い出せない限り達成されない。」

彼が学んだ知識や生み出した発想。
それを理想論として終わらせずに、今も発展し続ける彼の行動力。

そのパワーの源を少しでも盗み取り、私の今後に繋げていけたらなぁと、この本を開くことを楽しみにしています。^^

当たり前 ?

*この頃の私、誰よりもモンゴル人らしいかも?!(笑)
【'00.06.29】


* * *この季節、雨の少ない香川県では毎年のように水不足に悩まされます。
香川用水の源である高知県の早明浦ダムの貯水量は確実に減少。

ここで一句。
~蝉しぐれ、一雨欲しい 庭の木々~ * * *


私が知る遊牧民の生活で、最もキツいと感じたのが食べ物と水不足です。

モンゴル伝統の食文化に欠かせないもの、それは牛馬や羊の生乳から作られる乳製品。

この写真は、様々な乳製品の元となる「ウルム」を作っているところです。

早朝に搾った生乳を火にかけ、沸騰寸前に一握りほどの小麦粉を入れます。
それを柄杓で掬いとっては上から注ぎ戻す動作を繰り返します。(↑)
表面に泡が立ってきたら火を弱め、そのまま放置しておくと、鍋の表面に黄色い脂の層ができるのです。
それが「ウルム」。

「ウルム」を木の容器に入れて置いておくと、少し濃くて酸っぱくなった「ツォウ」という食べ物になります。

又、生乳から「ウルム」をとって濾したものが「ボルソン・スー」。
これをゲルの屋根?の上に並べて天日干ししたものが、保存食としても活躍する「アーロール」になります。

正直、どれも臭くて酸っぱくて「不味い」食べ物。
私には全て同じような味がしました。
ホント、泣きそうなくらい不味い!


そして水のない生活ですので、飲み物といえばミルクティーばかりでした。
ミルクティーだなんて、聞こえはいいですけどね。^^;


その時、
一つしかない炉に、大きな鍋で牛乳を沸かしていました。
そこへ茶葉を入れようとした時のことです。

長女(右から2番目)の手元が狂い、足元に茶葉を撒き散らしてしまいました。
それをササッと掃いて、塵とりに取った彼女。

かなりの量の茶葉だったので、勿体ないけど仕方ないよねぇ、って表情で私は彼女を見ました。
言葉が通じないので、全て目と目の会話です。^^

彼女もニコッと笑い、そしてそのまま 掃き集めた茶葉を鍋の中へ!
ゲルの中は土足なので、勿論その中には砂埃が沢山混ざっています。( ̄○ ̄;)

恐る恐る鍋の中を覗くと、砂や草などが泳いで?いるではありませんか。

え~、これを飲むの~?
私は苦笑しながら彼女を見上げます。

そこにあるのは、変わらない眩しい彼女の笑顔だけ。(; ̄Д ̄)

そして、ガジガジ砂を噛みながら、ミルクティーを飲ませて頂いたことは言うまでもありません。。。

この時の私にはショックな出来事でしたけど、こんなこと 貧しい国々では当たり前なのかな?(苦笑)
飲み物があるだけでも感謝しなくちゃね。

* * *

水が全くないに等しい訳ですから、ホームスティした3日間はシャワーも浴びられませんでした。
夏本番、たった3日間でも私にはキツかった。。。


最後の夜は、ウランバートル中心部にある「フラワーホテル」に宿泊。
それはモンゴルで唯一の日系ホテルです。

広い大浴場に超感激した私。♪(ノ^o^)ノ♪
シャワーからは冷たい水しか出なくても、水がこれほど有難いものだと感じたことはありません。

たまには大自然の中、地球上にあるものは全て限りがあるという事実を体験するのもいいものですね。

世界には、最小限に暮らしている人の方が多いのかもしれません。
いえ、それ以下の人達の方が多いのかもしれません。

何もかも 彼らの分も余計に使っている私達の生活、、、
当たり前になり過ぎて、エコだと言いながらも無駄なことの多い自分の毎日に、何だか呆れてしまってます。(^_^;)

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