I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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牧野植物園へ。

「植物園を造るなら五台山がええ。」


゛日本の植物学の父"と称される牧野富太郎博士は、1862年に高知県で生まれました。

10歳で寺子屋に入った牧野少年は、12歳で小学校へ入学、その2年後には中退して、大好きな植物採集に明け暮れた生活を送るようになります。

独学で研究を続けた彼は、65歳で東京大学から理学博士の学位を授与されました。


94歳でその生涯を終えるまで、採集した標本は約40万枚、新種や新品種など約1500種類以上の植物を命名したと言われています。

その牧野博士の業績を顕彰するため、博士逝去の翌年(1958年)、
博士の言葉(↑)通り、高知市五台山に『高知県立牧野植物園』が開園されました。

園内には、博士ゆかりの野生植物など約3000種が゛生きた標本"となっています。

*

日本の人気植物園にランキングされていないのが残念ですが(笑)、

ヨチヨチ歩きを始めたばかりの私が初めて訪れた観光地、それがこの牧野植物園でした。
実は私、牧野博士や龍馬と同じく高知生まれなのです。^^


その時以来の来園となる母は、より広く綺麗に整備された植物園に感動し続けておりました。

本館にあるレストランでは、庭園を眺めながら、お手頃価格の美味しいランチが戴けますよ。^^

* * *


牧野植物園の温室では、毎年2月に華やかな蘭展が催されるとのこと。

その名残りを惜しんでか、昨日も私達の前には競い合うかのごとく無数の蘭たちが咲き誇っていました。

~ゾウタケと蘭~
2009-03-30 19:18:22

                2009-03-30 19:19:12

゛胡蝶蘭"とは愛称であって、植物学的には゛ファレノプシス"というのが正式名なのですね。


南方の高い木々の幹に蘭の花を上手く這わせてありました。

~シマタコノキ(ポリネシア原産・幹から伸びたタコ足状の根が面白いでしょ。^^)と蘭~
       2009-03-30 19:20:35


「温度も湿度も調整が難しいんですよ。」
植物園の係員さんの愛情を込めて手入れされている様子が印象的☆^^


外の空気を感じながら様々な野生植物と触れ合うことも楽しいですし、こうやって手の込んだ芸術的な花々も魅力的です。

次回、それは見事であろう蘭展の日程を調べて、改めて見に行きたいなぁ~と思っております。

                            2009-03-30 19:17:31


植物園からは高知平野や四国山地が遠望でき、近くにある鷺のコロニーを観察することもできますよ♪

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ついてる私 !

こちらは、土佐国分寺(四国霊場第29番札所)の垂れ桜です。

ちょうど今が見ごろでしょうか…。^^

*

先月22日のこと、国分寺を参詣した私は、境内にある見事な枝ぶりの垂れ桜に惹かれました。

これは桜が咲く時期にもう一度訪れなくては(o^ー^o)、、、と、
今日は第31番竹林寺のお参りを兼ねて、高知まで車を走らせました。


南国土佐というだけあって、竹林寺のある五台山の桜(ソメイヨシノ)はすでに半分ほど散り、多くの葉が顔を出していました。

えっ? もう葉桜???
香川はまだ2、3分咲きなのに、、、。
満開に咲き誇る桜を楽しみにしていただけに、ちょっぴりガッカリです。。。(T_T)

国分寺の垂れ桜も遅すぎたかしら…。
それでも、゛もしかすると、、、!"という淡い期待を抱き、国分寺へと向かいました。


そ~っと仁王門の向こう側を覗いてみると、
そこには今が盛りと桃色に染まる大木の桜が垂れ下がっていました。

わぁ~、私達ついてるねぇ~!(*^―^*)
2009-03-29 15:25:26
     

* * * * * * *

24日の火曜日にETCカードを申し込んだ私。
手元に届くまでに一週間掛かるということで、今週末には間に合わないと諦めていました。


そんな昨日の午後。 「お嬢さんに郵便でぇ~す!」

゛ぐふっ、お嬢さんだって!(^m^*)"
何が届いたのかなぁ~と見てみると、それは待ちに待ったETCカードでした♪

おぉ~、私ってついてる!!!(^^)/

*

予報では、天気は下り坂との今日。
ついてる私の頭上には、おてんとう様が優しく顔を出してくれました。(^^)v


        2009-03-29 15:25:04

世界を音楽で旅しましょう。

この方も素敵ですよね~。(*~~*)

Fernando Lima (フェルナンド・リマ )
1975年生まれ、アルゼンチンのブエノスアイレス出身のカウンターテナーです。
昨年5月にリリースされた、サラ・ブライトマンとのデュエット「Pasion」で日本でも一躍有名になったでしょうか…。


彼の高音で響く「コンドルは飛んでいく」が、今の私のお気に入り。^^

この曲はペルーを旅した時に至る所で耳にしましたし、あの哀愁漂う音楽と肌に纏わりつくようなアンデス独特の空気感は、私の中に今も染み込んでいます。

その曲に歌詞がついたものを、私は彼のアルバムで初めて聴きました。

*:*:*

それは、まるでアンデス上空をどこまでも高く舞い上がるかのような錯覚を覚えます。


2009-03-28 04:50:47

*ワイナピチュ山頂から見下ろした古代インカ帝国のマチュピチュ遺跡【'02.03.16】


めいいっぱい翼を広げ、空高く大きな円を描いているコンドルの姿が瞼に浮かんできそうです。

*:*:*

この歌は、女性歌手ではこれほどの切なさは出せないでしょう。

そして、テノールやバリトンなどの低音では、アンデス上空の景色を写しだすことは少し難しいと思います。


きっと、この曲にぴったりな声の持ち主がフェルナンドなのです。
彼の中に流れる南米の血が、この曲と自然に調和させるのかもしれません。^^

長身で長髪、後ろ髪を一つに束ねた外国人男性に弱い私は、その歌声以外にも彼のファンになってしまったことを隠せませんね。(笑)

*

私が持っている彼のアルバムは昨年発売された『Pasion』。
そこにはアルバムのタイトルと同名の、サラとの話題のデュエットも収録されています。
http://www.youtube.com/watch?v=TL7UCrzF2Mo&feature=related

そして、その中で歌われているオリジナルの「アヴェ・マリア」もお勧めなのです。
神聖な雰囲気というよりも、もっと軽めで、よりマリア様を身近に感じられる(?)、、、そんな響きです。^^
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=En9mZVgYyIM

*彼の歌う「コンドルは飛んでいく」、、、
YouTubeなどで色々探してみたのですが、見つけることができませんでした。残念。。。

安芸の風景。

*野良時計(のらどけい)【'09.03.20 高知県安芸市】

~まだ家ごとに時計がなかった頃のこと、
父親からアメリカ製の八角時計を買ってもらったこの地の地主息子・畠中源馬は、その時計を大変気に入ったそうです。
それを幾度も分解しては組み立てて、時計の仕組みを覚えました。

自分の手で大時計を作りたいという夢に、分銅から歯車までをすべて手作りで完成させたのが野良時計です。
明治20年頃のことでした。~

* * *

時計台といえば、やはり一番に思い出されるのは札幌の時計台でしょうか。

ですが、こちら高知県安芸市にある野良時計もノスタルジックで田園風景によく似合います。^^

今も変わらず時を刻むその姿は、この町のシンボル的存在です。
とはいっても、時々はお休みしているようですけど…。(笑)

*

その野良時計の左隣りに、「高園茶屋(こうえんちゃや)」というお茶処があります。

野良時計と調和した昔ながらの風情を残すお屋敷の中を改築して、民芸調の入り口に椅子席が、奥には広々としたお座敷席が用意されています。

そのお座敷からは落ち着いた日本庭園が楽しめて、疲れをほぐすのにちょうど相応しい場所でした。


次回、第27番札所「神峯寺」へ行く時も、もう一度 この安芸市に立ち寄る予定です。
その時は、この和カフェでランチでも…と今から楽しみにしています。^^

                       2009-03-26 17:51:40

<高園茶屋>
高知県安芸市土居東高園638-1
0887-35-2572
定休日は水曜日です♪

ただ「空と海」があるだけ。

ポトン。。。ポトン。。。

冷たい滴が肩に落ちる洞窟の中を進むと、中にはひっそりと神社が祀られていました。
ひんやりとした空気と静けさと、、、耳を澄ませば、岬に打ち寄せる波の音が聞こえてくるようで…。

そこは、『御厨人窟(みくろど)』。

修行に励む19歳の弘法大師の口の中へ明星が飛び込み、体を貫き、それによって悟りを開いたとされる所です。
当時、「教海」と名乗っていた弘法大師は、それを修すれば全ての経典の言葉も意味も覚え込むことができるという゛虚空蔵求聞持法"をこの場所で成就されたといいます。

室戸の岬で空と海が一つになるのを目にしたお大師様は、ご自身の法号を『空海』と改めました。


まさに空と海だけの世界。
その御厨人窟の中から見た景色がこちらです。

2009-03-24 18:35:28

きっと、当時はもっと海が間近に迫っていたことでしょう。

* * *


ついつい昼食を食べ損ねてしまう私の遍路旅。
この日はあらかじめお弁当を持って出掛けました。^^

ちょうどここでお昼を迎えた私達は、御厨人窟の前にある空き地でお弁当を広げました。

パクパク、もぐもぐ、、、。
ふと隣りの車に目をやると、ここは札所でもないのに納経帳を手にした男性が降りてきます。

もぐもぐ、もぐもぐ、、、、、。
その男性を目で追いかけていると、背後にある寂れた茶屋のような一軒家に気づきました。
「納経」と書かれた紙も見えます。

へぇ~、ここでも納経をしてもらえるのね~。(o^―^o)

とっととお弁当を片づけて、私も納経帳を持って覗いてみることにしました。

*

「ここがお大師様が悟りを開いた場所なのですね~。^^」

「そうです…。」 筆を片手に、ちょっと無口なおばあさん?

「ここには二つの洞窟があるけれど、お大師様が修行された場所は左側なんですか?」

「いいえ、右の洞窟が修行の場、左がお大師様が寝泊まりしていた住居です。」

「え、右側が……?」

「右が修行の場、左が住居です。」
 
聞き返す私の言葉を遮るように、おばあさんは無表情で繰り返します。^^;
(現在は、右の洞窟に神明宮、左に五所神社が祀られています。)

私みたいなおしゃべりは苦手なのかなぁ~。(笑)



振り返ると、少しづつ見物客も増えてきました。
皆さん、弘法大師の住居側へ入っていく様子。

もう一度、私は誰もいない神明宮に足を踏み入れ、大きく深呼吸してみました。

さすがに私の口の中には明星は飛び込んできてくれませんでしたが(笑)、
いつになく神聖な心持ちで洞窟をあとにすることができました。


目の前は、ただ「空と海」があるだけです☆^^

第24番 最御崎寺(ほつみさきじ)

'09.03.20参詣  高知県室戸市


写真は、最御崎寺にある「鐘楼堂」。
慶安元年(1648年)、土佐藩2代目藩主・山内忠義によって寄進されました。
昭和59年に新しい鐘楼堂が建立された為、現在は使われておりません。

* * *

数ある弘法大師ゆかりの地で、
室戸岬にある「御厨人窟」という洞窟は、19歳の弘法大師が悟りを開き、『空海』と改名した場所として有名です。

弘法大師に最も相応しい、その雄大な名前が誕生した場所。
それは一体どんな処なのか、、、気になる私はお彼岸の中日にあたる3/20に室戸へと向かいました。


まずは、岬の先端にある第24番札所「最御崎寺」をお参りしましょう。
ここにも弘法大師の伝説゛ねじり岩"や、空海七不思議とされる゛鐘石"など興味深いものが沢山あります。^^


゛ねじり岩"とは、
(こちらは高野山にも似たような逸話が残されているようですが、)

この地で修行をしていたお大師様を、お母様の玉依御前がその身を案じて訪ねて来られました。
女人禁制であるその山に玉依御前が登りはじめたところ、山は荒れ、火の雨が降って来たそうです。
山上から麓を見下ろした弘法大師は慌てて山を駆け下り、傍の岩をねじふせて母親をその下に避難させたといいます。

その小さな洞窟が登山道の傍に残されています。


う~む、弘法大師は力持ちでもあったのか…。(笑)

*

そして、゛鐘石"。

最御崎寺の仁王門をくぐると、大師堂の少し手前に大きな石が目に留まります。
それには沢山の窪みがあって、それぞれに小石が置かれてありました。

鐘石をその小石で叩いてみると、「カーン、カーン」と金属音が響きます。

面白い☆^^
私は何度も何度も「カーン、カーン」と鳴らしては遊びました。(笑)

ふと目を上げると、鐘石についての説明文がありました。
それによると、
~石質安山岩で叩くと鐘のように音を発し、その響きは冥土まで届くと言われる~
とあります。

ふ~ん、この音はあの世にまで聞こえるのか…。
ということで、又も私は「カーン、カーン」!^^

あまりにも甲高い音が響くものですから、これが石の鳴る音とはどうしても思えず、
色んな角度から叩いてみました。
「カーン」「コーン」「カーン」「キーン」

…し、しつこい…(ー"ー;)
きっとあの世にいらっしゃる方達もうるさく思ったでしょうね。(笑)


もしも、もう一度私がこのお寺へお参りに行くことがあれば、
その煩い参詣を阻止しようとして、あの世から総出で邪魔されそうですね~。(^^;

それにしても、摩訶不思議な金属音でした。
あぁ~、もう一度鳴らしたい☆^^
2009-03-23 17:59:50

サンチェ号☆

さすがに一昨日の室戸行きの疲れが出たのか、今日の私は一日中家でゴロゴロしておりました。

私がこれほどしんどいということは、文句も言わず長い道のりを走ってくれた愛車の「サンチェ号」はもっともっと大変だったことでしょう。
今日はサンチェ号にとっても休息の一日でした。^^


この室戸行きと先週の徳島県勝浦行きは、随分と前から計画を立てていました。
ですから、その前日には車両点検を行い、古くなったタイヤを4本とも交換してもらいました。

「サンチェ、宜しくね。」
「サンチェ、お疲れ様。」
「サンチェ、ありがとね。」

そして、先日の室戸岬にある第24番札所「最御崎寺」への10度もの急傾斜を上る時などは特に、
「サンチェ、頑張って~!」と、声かけをしています。(*^_^*)

* * *

サンチェ・・・

それは、私が以前飼っていた愛犬・ポメラニアン(写真↑)の名前です。

うちに来た3匹目のワンちゃんということで、
当時広島の大学を卒業したばかりの私は、Jリーグの「サンフレッチェ」を略してサンチェにしました。
サンフレッチェも毛利元就の「三本の矢」の意味ですから、「3」という数字に由来しているのですよね。^^

サンチェは、今飼っている「ヨンサマ」とよく似た顔立ちなのですが、もう少し雰囲気を柔らかくした感じの、優しいワンちゃんでした。
ただ子供の頃に骨折した右前足が年々不自由になってきて、大きくなるほど歩行が困難になってしまいました。

就職して間のない私は精神的に余裕もなく、あまりサンチェにかまってあげられなかったと思います。
一日に数分しか顔を出さない私を、いつも恨めしそうに見上げていたのが思い出されます。

それでも誰よりも私が大好きだったサンチェは、私の心に隠れた暗さを、私に代わって呑み込んでくれていました。
そのせいでしょう、、、まだ7歳だったにもかかわらず、3日間寝込んだだけで あっけなく旅立ってしまったのです。
それも私の腕の中で…。'03年12月のことでした。


今でもサンチェを思い出すと、思わず涙がこぼれ落ちそうになります。


そのサンチェが亡くなる少し前に、私は初めて車を買いました。

ペーパードライバーだった私は、上司のKさんはじめ 何人もの同僚の皆さんのおかげで、なんとか一人で運転できるようになりました。('07.09.16日記)

そして、初めてサンチェを車に乗せてあげたのが、残念にも亡くなる前日のこと、病院行きでした。
その時 車の中に落ちたサンチェの一本の毛は、今もお守りとして車の中に大切に仕舞ってあります。


生前、自由に駆けることができなかったサンチェ。
だからこそ、その代わりに私と共に思う存分走り回ることができますようにと、愛車の名前をサンチェにしたのです。

だから、今もサンチェは私と一緒です。^^

危なげな私の運転でも、こうやってこれまで無事に無事故でこれたのも全てサンチェのおかげですね。

大好きなサンチェ、これからも宜しくお願いしますよ。

室戸岬にて。

はい。
こちらが室戸岬の突端からの景観です。

荒々しい岩肌に真っ白な波しぶき、、、その向こうにはただ空と海だけ、
水平線が真一文字にどこまでも続きます。

太平洋だぁ~!


私が毎日眺めている瀬戸内の海は、穏やかな波と大小それぞれに豊かな表情を見せてくれる島々が人の心を慰めます。
それとは対照的な男らしい太平洋は、大海原のように無限に広がる冒険心をどこまでも駆り立ててくれそうです。^^


ここには土佐藩出身の幕末の志士、「中岡慎太郎」の銅像が太平洋を見下ろしています。

それは、高知市桂浜に立つ坂本龍馬像を向いていると言われていますが、
私には龍馬も慎太郎像も、この向こうのアメリカを、遠く世界を見渡しながら夢膨らませているように感じました。


「日本はこのままでは まっこといかんぜよ。」

今にも慎太郎の声が聞こえてきそうです。(^^)

* * *


高知市内から「土佐浜街道」と呼ばれる国道55号線を南東へ一直線に走って行きますと、
前方に海に迫る勢いの険しい岬が見えてきます。

おぉ~、室戸岬の登場かぁ~!
と、車を進めていくも、それを越えると又も岬が…???

あ、あれが室戸なのか、、、と走ること数十分。
またも先には岬が現れて来ます。
そして、その岬の向こうにも長く伸びた岬が顔を出しています。

う~む、遠いなぁ~。
あの先端が室戸だったのか!!!

………(ー"ー;)

いえいえ、それは行当岬。
それを越えてこそ、やっと室戸岬が姿を現わしてくれるのです。

まるで追いかけっこをしているような、、、
中々捕まらない悔しさをしっかり味わいながらの道中でした。


高知はまっことでかいぜよ!(笑)

今日は室戸へ。

朝7時に出発した私達は、10時半に高知県の室戸岬に到着。

ご存じ、室戸岬は四国の南東の端に突き出た岬です。
四国の最南端゛足摺岬"とは土佐湾を抱いて相対する位置にあります。

室戸市には四国霊場のうち、第24番「最御崎寺」・第25番「津照寺」・第26番「金剛頂寺」の三寺があり、
また、弘法大師が悟りを開いたとされる洞窟が残されています。


本日の総走行距離は約350キロメートル。

帰宅は午後6時。
長時間の運転を終え、無事に帰れた今、ホッと一息ついています。^^

* * *

写真は、その道中に立ち寄った高知県香南市で開催中の「かがみ花フェスタ」、
色とりどりに咲き誇るチューリップの花々です♪

会場には、55種類ものチューリップがおよそ8万本植えられていました。^^



今日の高知は汗ばむ陽気。 もう半袖でもよかったかな。

皆さんに、南国の元気をお届けできれば嬉しいです。(*^―^*)

「ヒトラーの秘密」を観ました。

*ドイツ・ベルヒテスガーデン近郊 【Eagle's Nest(ヒトラーの山荘)にて '07.07.16】


私がかつて旅した中で、最も不思議な感覚を覚えた場所が「ヒトラーの山荘」でした。
('08.05.27日記)
この場所に立った時、「あっ!今 世界中で私が一番 天に近い!」、ほんの一瞬のことですが、そう感じました。

早朝の霧に包まれた空中都市マチュピチュでは異空間を浮遊する面白い感覚を味わったこともありますが、このEagle's Nestほど゛天"を感じたところはありません。
また行きたい☆^^  

* * * * * * *

ヒトラーに関して、私は一般の人とは少し違う感じ方を持っています。

極悪非道な独裁者としては憎むべき存在でしょうが、
一人の男(男性というには少しニュアンスが違うかな。)としては、ちょっと興味深い。(危ない?・笑)

ヒトラーに関する映画といえば、
「アドルフの画集」という、画家と政治の2つの世界の岐路に立った若き日の苦悩のヒトラーを描いた作品を観たことがあります。
内容的にはまずまずだったと思うのですが、ノア・テイラー演じる青年ヒトラーがどうしても好きにはなれず(好きにならなくていいのですが…。笑)、
それ以来、ヒトラーを描いたものはなるべく避けてきました。

では、なぜ今回は手に取ったのかというと、
ヒトラーの実の姪である「アンゲラ・ラウバル」が中心人物として登場しているから。

1931年、当時まだ23歳だった彼女は、ヒトラーの自室でピストル自殺を図ります。
それは叔父と姪のただならぬ関係のもつれから悩んだ末の行動と推測されています。
ヒトラーによる殺害かとも噂されましたが、事実、ヒトラーにはアリバイがありました。

そのスキャンダラスな史実に着眼して、人間味たっぷりのヒトラーを描いているのがこの作品です。


恐ろしいほど執着心が強く、我が儘な男。
堂々とした表の顔とは裏腹に、どうしようもないほど子供だったヒトラーが存在していたのでしょう。
そんな彼がありのままの自分を見せ、甘えられる唯一の存在がアンゲラ・ラウバルだったのかもしれません。

姪に対する溺愛が、次第に独占欲となっていき…。

彼女に近づく男性をことごとく痛みつけるヒトラーに、
以前は叔父として慕っていた彼女も、その尋常ではない行動に恐れを抱き、精神的に追い詰められていく。

彼女の自殺後、もう誰にも止められない勢いで非道の世界へと突き進んでいくヒトラー。
皮肉にも、時代の波はますます彼を押し上げていったのです。

この先は、この結末しかなかったのでしょうか。


少し違った角度からヒトラーを見たい人にはお勧めかも。
ただ、、、私的にはやはりヒトラーものはしんどかったです。。。

今日からスパルタ教育?!

「大人しいワンちゃんですね。」
(注:ヨンとクリスのことではありません。^^)

日曜日の午後、あるサービスエリアで可愛いポメラニアンを見かけました。
飼い主の後ろを転がるようについて走ります。
首輪もリードも付けていません。

こんなに車の量が多い中、うちのワン子では考えられないお行儀の良さです。

ヨンサマ(左)だったら、、、あっという間に人ごみの中に消えてしまうでしょう。
クリスだったら、、、、、動く車に「ワワワワワワ~!!」と大声で吠え掛かっていくでしょう。(^^;

「本当にいい子ちゃんですね~。」
「いや~、もう5歳にもなりますからね~。」  飼い主のおじさんはそう言います。

むむむ、うちのヨンサマも来月で5歳を迎えます。 
しかも、ヨンサマに限っては゛犬の学校"というブリーダーからやって来ました。(笑)
なのに、なのに~、どこで躾を間違えたのか…。(涙)

* * * * * * *

四国八十八ヶ所を巡る中で、高知県の足摺岬や愛媛県の宇和島市などの西南方面は、
同じ四国内とはいっても、私の家から日帰りするにはかなり厳しいものがあります。

そんな時、2匹を連れて゛ペット連れ可"というホテルに泊まろうと、只今 計画しています♪。
首輪の代わりに東寺で買ったお守りをぶらさげて、、、。^^

足摺岬に一つだけ、ペットOKのホテルを見つけました。


☆ ホテル椿荘 ☆

・ HP : http://www.tsubakiso.yad.jp/
・ 住所 : 高知県土佐清水市足摺岬282
・ TEL : 08808-8-0226

・ 宿泊できるペット : 小型犬、中型犬、大型犬、超大型犬、猫、小動物
・ ペットの宿泊先 : 同室可能
・ ペットの宿泊料金 : 一匹に付き1,000円(税込)

OH!なかなかいい条件ではありませんか!!!(o^―^o)


けれど、問題はこちら、、、、、

・ 宿泊の条件 : トイレのしつけ、予防接種、『無駄吠えしないこと!』
OH!クリィ~~~ス!!!(><)(><)(><)


さぁ、今日からヨンサマとクリスのスパルタ教育が始まります☆
でも、もう遅すぎかしらね~?(^^ゞ

第20番 鶴林寺(かくりんじ)

'09.03.15参詣  徳島県勝浦町


勝浦町の゛ビッグひな祭り"に合わせて、その近辺のお寺を一ヶ所だけお参りしようと話し合いました。

ちょうど同じ勝浦町に、第20番札所があるらしい。
下調べも十分にせず、その日を迎えた私達。

「先にお寺をお参りするべきだよね。」
車に乗った私は、ナビで「鶴林寺」を検索しました。
徳島市からほんの少し南に下ったところ、我が家から高速を使っておよそ2時間の距離です。

同時に「るるぶ 四国八十八ヵ所」を開いてみました。
それには、
『「お鶴さん」とよばれる寺は、山頂まで4キロメートル余の急勾配の参道が続き、八十八ヶ所中、焼山寺に次いで2番目の難所として知られている。』
とあります。。。(^o ^;)

まぁ、駐車場が境内に隣接とありますから、車でも登れるということでしょう?!
安易な気持ちで車を走らせました。

ところが、、、これがかなり急な坂道でして、運転の苦手な方や初心者の方にはお勧めできません。
゛対向車が来たら睨み合うしかないかも!"というほど細いクネクネ道が続きます。

車道でも厳しい道のりですが、どうも歩いて登る遍路道はもっともっと大変そう。
その名も「へんろころがし」と呼ばれているそうで、、、
うん、うん、思わず納得です!(笑)


そんな山道を10分くらい走ったでしょうか。
まるで時代を遡ったような、杉の大木に囲まれた格別な趣きを持つ参道が境内へと続いています。
この生い茂った大木の樹齢は千年を越えるといいますから、もしかすると弘法大師の時代からここに根を張っているのかもしれませんね。^^


さて その昔、弘法大師がこの場所で修業をしていた折のこと、
老杉の上で雄雌2羽の白鶴が、小さな黄金の地蔵菩薩像を守護していたといいます。

お大師様は霊木に高さ1メートル程の地蔵菩薩を刻み、その胎内に鶴が護っていた黄金地蔵を納めて本尊にしたのが始まりです。

また、周囲の山々の雰囲気は、お釈迦様が説法をしたインドの霊鷲山に似ているとのこと。


そんな言伝えに相応しく、本堂も三重塔も味わいのある佇まいを見せていました。
三重塔は江戸時代末期のものです。


「21番札所の太龍寺からも、この三重塔が見えるんだよ。」
すでに四国巡礼8度目だという、若々しくて爽やかなおじさんが教えてくれました。
その太龍寺さん、こちらも難所中の難所で有名です。
今ではロープウェイで山頂まで行けるということで、ほぉ~と一安心。^^



以前参詣した第71番弥谷寺(2/10日記)もそうですが、
゛もう一度訪ねてみたいなぁ~"と思う、清らかで厳かな場所ほど難所なのですよね~。
それでも、そんなお寺が大好きです。

3万体のひな人形。

昨日とはうって変わって、ぬけるような晴天の今日、
第20番札所「鶴林寺」のお参りと兼ねて、徳島県勝浦町の「ビッグひな祭り」へ行って来ました!

高さ7メートルのひな壇「100段飾り」を中心に、全国から寄せられた約3万体のひな人形が飾られる、その名の通り超ビッグなひな祭りです。(◎◎)

ビッグひな祭り実行委員会では、家庭で飾らなくなった古いひな人形を引き取って供養もしてくれます。
供養後はこのひな祭りや文化交流に使うとのこと。
ですから、年々その数は増えていくのです。(@@

最近では、ここから7000体のひな人形を譲り受けた千葉県勝浦市でも、同じくビッグひな祭りが開催されているようですね。

期間はどちらも2月20日過ぎから、千葉県では2週間、徳島県は1ヶ月間('09年は3/22迄)です。

* * *

処狭しと並ぶひな人形を、よく目を凝らして見てみると、、、
何故かお雛様よりも三人官女の方に゛べっぴんさん"が多いです。(^^)

お顔がキリリと引き締まり、目もと口元から気品が滲み出ているのは、どれもお雛様ではなく三人官女の特に右端の立った女官。
あれれ? 主役でもないのにぃ~???

もしかすると、現実もそんなものなのかな~、なんて思ったりもしました。(*^^*)

*

時代や地域によって全く異なる個性を放つひな人形。

やはり私は自分の子供の頃に流行ったお顔が好みでした。^^

昭和9年生まれの母の時代は、人形自体が随分と小さくて、可愛いとか綺麗というよりも上品で大人しい面持ちのものが一般的でした。

戦前だったにもかかわらず、一人娘だった母は贅沢にも「御殿飾り」のひな人形を持っていたそうです。
友達から羨ましがられたというその人形は、空襲から守る為に地下室に仕舞いこまれました。
それが却ってマイナスとなり、カビが生えて駄目にしてしまったと、母は今でも悔しそうに話します。

今日は、そんな母のお雛様によく似た人形と出会うことができ、娘に返ったように喜ぶ母の笑顔を見ることができました。^^

2009-03-15 18:54:08

そして、母と歳の近い妹を持つ父ですが、子供時代をソウルで過ごした父は「御殿飾り」を見るのは今回が初めてだと言います。
叔母のお雛様は、現代のものと同じく背後に屏風が飾られたものだったとか。
ですから、珍しいこれらのお雛様を興味津々で見入る父もかなり満足気でした。


これほど様々な種類のお雛様を前にすると、各々の思い出と照らし合わせて鑑賞できるので面白いですね。

* * * * * * *

ここ数年、ず~っと眠りっぱなしの私のお雛様、来年こそは飾ってあげようと心に決めました。
(*^―^*)

も、もしも髪の毛が伸びていたらどうしよう?!(><)

燃えるスペインより。

圧倒的な日本の美と歴史(東寺)、続く時空間を浮遊する感覚(さて、大山崎)を漂いながら、
その日の締めくくりは、燃える国スペインより世界に誇る「フラメンコ」です!

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

5ヶ月近く前からチケットを予約し、20世紀スペイン舞踊の最高峰とも呼ばれるアントニオ・ガデス氏の作品を心待ちに('08.10.24日記)、、、と言いたいところですが、

いえいえ、それから先にもザルツブルクを旅しましたし、「IL DIVO」の新作に胸躍らせ、地味にお遍路さんだって始めました。
ですから、この舞台のことはすっかり忘れ去っていたのが事実です。(^^;


それでも、8年前に少しだけフラメンコを習っていた私にとって、この舞台は特別でした。
私の勝手な言い方ですけど、フラメンコほど上手い下手の違いが悲しいほど明らかになる踊りはないと思います。
特に感情表現の苦手な日本人は、「感情を露わに」人前で見せる(魅せる)踊りを披露するのは難しい。
先生の踊りは確かに技術的には上手でしたけど、それだけではフラメンコの魅力は全く心に響いてきません。

荒削りだっていい、とにかく熱い、燃えるフラメンコが観たかったのです☆

それには、やはりラテンの舞台を鑑賞するのが一番でしょうか?!(^^)

* * *

今回の舞台は、゛アントニオ・ガデス舞踊団"による「血の婚礼」と「フラメンコ組曲」の二部構成。

それは、フラメンコの表と裏の二つの表情を一晩で楽しめるものでした。


「血の婚礼」では決闘場面が出て来ます。
それが一番の見せどころだと期待していた私は、きっと汗の飛び散る激しいダンスが観れるものと思い込んでいました。

ところが、まるでスローモーションのようなその動き。 そして無音。。。
はじめはつまらない!と思っていた私も、逆にそれがおぞましく恐ろしい時間を異常なほど長く感じさせるための演出だと気づいた時には、息を止めて見入っていました。^^

会場中がし~んと静まり返っています。

結果は容易に想像できます。それでも、観客は息をこらえてのめり込む他ないのです。

舞台は真っ暗になりました。一瞬の間を置いて、観客達は我に返りました。

それでも私を含め、皆さん どう評価していいのか、まだよく分からないといった様子です。

*

続く「フラメンコ組曲」ではじけました!!

これぞフラメンコ!というように、多くの人のイメージ通りの熱く激しいダンスが披露されます。
ステップの見事さはリバーダンスを上回るほど。('08.07.14日記)

特にこの劇団の芸術監督でもある「ステラ・アラウソ」と、その相手役「アドリアン・ガリア」の競演は、゛フラメンコの神様"かと思う迫力でした。
とにかく血がほとばしると言いましょうか、処狭しと迫る迫る☆

ヒュ~♪ ブラボー♪
私だって、思わず叫びましたよ!(笑)


そして、その熱狂的なフラメンコを観たことにより、先ほどの「血の婚礼」で見せた深閑に震える狂おしい熱さを感じとることができました。

どちらも火傷しそうなほど熱い☆☆☆
さすがは情熱の国スペインより、、、の舞台です!

* * *

参考までに、「血の婚礼」のあらすじを…


妻も赤ん坊もある男「レオナルド」は、かつて愛した娘がどうしても忘れられない。

その娘が他の男性の花嫁になるその日、レオナルドは婚礼の宴から彼女を誘い出し、共に逃げる。

それを追う新郎。

花嫁をめぐり、レオナルドと新郎の決闘が始まる…。


*実はこの話、1928年にスペイン南部のニハルで実際に起きた事件なのですって!(><)
怖いけれど、ちょっぴり羨ましい?(爆)

魂を持つ不動明王。

*東寺・講堂の明王像。(ポストカードより)

講堂内には弘法大師が唐で得た最新知識と技術によって21体もの彫像が整然と安置され、密教の真理を立体曼陀羅で顕現しています。

右はその中でも最も有名な「不動明王」、左は数ある京都の仏像の中で最も美しいお顔と言われる「帝釈天」です。
共に国宝。

* * *

天龍寺か東寺か、もしくは妙心寺か、、、。

゛天龍寺"では加山又造画伯が描いた天井画の龍を見たいし、、、
゛妙心寺"の「三門」などの特別公開も気になる…。
お四国さんにちなんで、弘法大師によって真言密教の根本道場として創り上げられた゛東寺"だって捨てがたい…。

そんな迷いが交錯する出発日(3/7)の朝、~盗難の不動明王立像、東寺に戻る~というニュースが目に飛び込んできました。
昨年12月に盗まれていたことすら知らなかった私ですが、、、
これによって「東寺へ行こう!!」との思いがあっさり固まりました。(^^)

*返還されたばかりの「不動明王立像」は、修理後に毘沙門堂に安置されるとのことで、まだ拝観することはできません。

* * *

現在、東寺でも特別公開として国宝「五重塔」の初層部内部を観ることが出来ます。

けれど、東寺そのものが初めての私は、講堂にある「立体曼陀羅」の圧倒的な存在感にこそ驚きを覚えました。


そこにある「不動明王(↑・右)」
写真で見たことがあったのでしょうか、初めて目にするという感じではありませんでした。

像の前には10年前の新聞記事の切り抜きが置かれてありました。
「不動明王の魂が見つかった」、そんな内容だったと思います。

薄暗い堂内で、小さく見え難い文字を目で追ってみました。


仏像をX線撮影した掲載写真には、額の奥に納められた「仏舎利(釈迦の遺骨・灰塵)」が見られます。
それは、弘法大師が唐から持ち帰ったとされる80粒の仏舎利の一部とのこと。

これは東寺にある他の像にも共通することで、仏舎利を埋め込むことで仏像に魂が吹き込まれるのだそうです。

そして、それらは今からおよそ800年前に仏師・運慶によって修理された時に見出され、再納入されたのだとか。

その上、仏舎利が埋め込まれた造立当初には弘法大師が立ち会った可能性もあると記されていました。(@@

弘法大師、、、仏舎利、、、、、、運慶、、、、、、、。

それらの文字に、もう一度見上げる「不動明王」の姿は一段と畏れ多く、より恭しく感じます。
(なんと単純な私…。・笑)


仏教についても全く無知な私ですが、この講堂内を漂う空気は好きです。^^
どんなに恐いお顔の仏像だって、その奥にあるおおらかな温かさが伝わってくるようです。

私が今まで訪れたことのあるお寺の中で、かなりのお気に入りになりました。


そこでは、「帝釈天(↑・左)」のようなハンサムさんにも会えますしね。(*^―^*)

似合ってますか?(笑)

東寺で見つけた「ペットおまもり」!

せっかくですので、写真に撮ろうと 我が家の愛犬たちに付けてみました。^^



「ピンク色とブルーがありますが、これって男の子と女の子っていう意味なのですか?」
「いえ、それは関係ありませんよ。お好きな色をお選びください。」

ということでしたので、
どちらも男の子なのですが、白い毛並みのクリスにはピンクの方が似合うかなぁ~と選びました。
茶色のヨンサマには、ブルーのお守りの方が目立ちますよね。^^


大好きなお庭で遊んでいるところを、いきなり慣れないものを首からぶら下げられ、無理やり大人しくさせようとしたものですから、
ただでさえ写真嫌いな二匹はこちらを向いてくれません。(><)

カメラ目線は諦めても、せめて二匹並んだところを、、、と思って撮ったものが、↑の写真です。
これだけの為に、なんと30分も掛かりました。^^;

撮り終えた後、長時間 歩き回った昨日よりも疲れを感じた昼さがりです。。。

京都の春をお届けします。^^

今、京都に来ています。

新幹線からも見える五重塔、、、
学生の頃より気になっていた『東寺(教王護国寺)』を参詣しました。
それは弘法大師三大霊跡のひとつ。

近くで見上げる五重塔の美しさと、想像を絶する宝物の数々に、時間を忘れて見入ってしまいました。(*^_^*)


講堂にて、父と母の名前で"瓦志納"をさせて戴きました。
そこで戴いたお香は、四国八十八ヶ所参りの時にでも使わせて頂こうと思っています。^^

そして売店では、"ペットおまもり"なるものを発見!!(笑)
これで、愛犬ヨンサマとクリスにもお土産(?)ができたというわけです。o(^-^)o


これから一つ 美術館を鑑賞した後、夜は兵庫県立芸術文化センターにおいて アントニオ・ガデス舞踊団のフラメンコを堪能して来ます♪

どうか最終電車に間に合いますように。(笑)

マオリの伝説

この季節になると、なぜかNZを愛おしく思い出させる音楽が頭に流れます。

今から7年前になります。
'02年1~3月に、クライストチャーチから3回に分けてNZ一周の旅へ出掛けました。
南半球ではちょうど夏真っ盛りです。


NZのおへそにあたる南島北部の町ネルソン。
そこは年間を通して穏やかな気候で、とりわけこの時期の海は眩しいばかりに輝いています。
実は私、思い出の多いクライストチャーチよりも、感覚的にはネルソンの方が好きです。^^


そこからトレッキングやシーカヤックが盛んなエイベル・タスマン国立公園へ向かう ある道沿いで、私は一枚のCDと出会いました。
「Windsongs of the ocarina / by Francis Maxino」

小鳥のさえずり、古い大木の叫び声、偉大な自然を前に額ずく人々、太古より伝わる「マオリの神話」、、。

http://www.audiolunchbox.com/album?a=99128&z=


私の中にあるNZは、同じオセアニアでもオーストラリア大陸の赤土とは全く違う、南洋の潮風が感じられる柔らかな存在。
けれど、凛とした気高さを併せ持つ表情。
貝殻を耳元にあてると聴こえてくる波の音、、、そんなイメージでしょうか…。
その他のポリネシアの島々のような鮮やかさとも違う、淡い色調が脳裏に残っています。

どこか哀愁漂うこの音楽を耳にすると、
NZの果てしなく続く青い海が瞼に浮かび、遠く誰かの声が呼んでいるような気がしてなりません。


* * *

私がCDと出会ったお店はこちら。
http://www.artsunique.co.nz

HPからも、その雰囲気を楽しめますよ。^^


* * * * * * *

「ニュージーランド誕生の伝説」

マオリの神話には、゛マウイ″という名の 神の力と人の姿を併せ持つ人物が登場します。


マウイには4人の兄弟がいました。
ですが、釣りの上手いマウイに嫉妬した兄たちは彼に嫌がらせをします。

舟に乗せてもらえなかったマウイは、霊力を秘めた祖母のアゴの骨で釣り針を作り、兄たちの舟に忍び込みました。

翌朝、舟が陸から随分と離れた頃、マウイは姿を現わします。
マウイは床下をあっという間に自分の釣った魚でいっぱいにしてしまいました。
そして、魔法の釣り針を海に投げ、呪文を唱えました。

釣り針は深く深く、海の底へと沈んで行きます。
やがて何かの手応えを感じたマウイは、釣り糸をたぐり寄せました。
水面に引き上げてみると、針には巨大な魚がかかっていました。
それがニュージーランドの北島、「テ・イカ・ア・マウイ(マウイの魚)」でした。

マウイは海の神タンガロアに祈りを捧げるまで待つべきだと言いましたが、
待ちきれない兄たちは、彼を無視して好き勝手に魚を切り刻み始めました。
その痕跡は北島各所の谷や山、湖、海岸線となって残っているとのことです。

そして、南島は「テ・ワカ・ア・マウイ(マウイのカヌー)」なのだそうですよ。

http://www.artsunique.co.nz/sculpture1.htm

愚痴きき地蔵さん♪

こんなお地蔵さん、あったっけ???

その名も『愚痴きき地蔵』さん。(^^)/

第77番札所「道隆寺」境内にあります。
どうも最近できたものらしいです。


右手を耳にあて、小首をかしげる姿のなんとも可愛らしいこと。
そして、とっても大きなお耳。^^
愚痴よりも、思わず微笑みがもれてきそうです。

前掛けに隠れて見えませんけど、、、
実は左手に、讃岐らしく"うどん"を持っているそうですよ。(爆)
今度、こっそり確認しておきます。(*^m^*)


* * *

仏教において、
最も根本的な3つの煩悩(三毒)というのが、

1. 貧(とん)・・・貪欲にむさぼり求める心

2. 瞋(しん)・・・怒りの心

3. 痴(ち)・・・真理に対する愚痴と無知の心


ですが、私達は神様でも仏様でもなく人間ですもの。

毎日の生活の中でストレスも溜まり、愚痴や悩みを言いたくなるのは当り前。
言うだけで、ただ聞いてくれるだけでスッキリしちゃいますよね。

これを人間相手に言うとなれば、それは蔭口や悪口ともなってしまいます。

そんな時は、この『愚痴きき地蔵』さんに、
「ねぇ、ねぇ~! ちょっと聞いてよ~!!」ってね。(*^_^*)


ただし、お寺の中までもは愚痴の持ち込みは禁止なのですって。(笑)

お地蔵さんに話を聞いてもらったら、さっぱりと新たな気持ちで本堂に手を合わせましょう。

第77番 道隆寺(どうりゅうじ)

'09.02.01参詣  香川県多度津町


「えっ! 、、、よく見えない…。」
小学5年生の春の視力検査でのことです。
前回の検査では一番下の段まではっきりと見えたのに、、、そのぼやけた画面に焦りました。

それから毎週土曜日の眼科通院が始まり、ただの仮性近視のはずが、そこで眼球の異常が発見されました。
紹介状を持って香川医大へ。
信じられないことに、10歳にして生まれながらの白内障だと診断されたのです。(><)
高齢出産だった母の羊水の中で起こったとのこと。

その少し後だったと思います。
「め」という文字を歳の数だけ書いて、第77番札所・道隆寺さんまで持っていきました。


その昔、このお寺の本尊である薬師如来に祈願して盲目が治ったという京極左馬造公は、その後眼病の名医となりました。
彼は死後、道隆寺の潜徳院殿堂に祀られました。

ここを訪れる大勢の眼病祈願に来た人達と混じって、私も一生懸命お参りしたことを覚えています。

また、弘法大師1150回忌に建てられた多宝塔(写真↑)において、護摩供養をして頂きました。


それからは視力低下も進むことなく、辛うじて今は両目とも「0.1」の視力を保っております。^^


このお寺は私の家から徒歩10分。
当時、今は亡き大好きな祖母に手を引かれ、足しげく通った懐かしい場所です。^^


* * *

子供の頃より当たり前のように身近だったこのお寺の住職さんは、

開基した和気道隆が一代目、
二代目がその息子・朝祐法師、
三代目が弘法大師の実弟・法光大師、
四代目が弘法大師の甥・円珍とも知られる智証大師、
五代目が弘法大師の孫弟子・理源大師(醍醐寺を開基)と名の知れた面々が並びます。

きっと、その偉大な方々のご加護もあったのかなぁ~。(*^^*)

ただの一つの憧れだけは…。

新しいPCのおかげでYou Tubeを観れるようになって、早速 懐かしい曲を流しまくっています。^^

その中で私が子供の頃に最も興奮した曲、それがアニメ「宝島」の主題歌です。(笑)



~♪ さぁ行こう 夢にみた島へと
波を越えて 風にのって 海へでよう 

行く手には みんなまだ知らない  ふしぎな 昼と夜とが 待って いるだろう

いつも信じよう まごころを
勇気をむねに すすもうよ

ただひとつの あこがれだけは  どこのだれにも けせはしないさ ♪~

(作詞:岩谷時子、作曲・編曲:羽田健太郎、歌:町田よしと)


 
昭和53~54年にかけて放映された「宝島」は、ご存じロバート・スティーブンソンの名作をアニメ化したもの。
それが、私の中学か高校時代にも朝7時から再放送されていました。

岩谷さんの歌詞が素晴らしいことはもちろんのこと、今は亡き羽田健太郎さんの音楽がどこまでも冒険心を駆り立ててくれます。

もしかして、私の好奇心の原点の曲かもしれない。(笑)

何十年経った今、改めて聴くこの歌に、またも未知の世界への憧れが羽ばたいていきそうです。^^



~♪ さぁ行こう 歌声がながれる
青空のましたに 白い帆をあげよう 

海がよぶ ぼうけんのたびじで  苦しいことや あらしに きっと あうだろう

いつもほほえみを わすれずに
勇気をむねに すすもうよ

ただひとつの あこがれだけは  どんなときにも けせはしないさ ♪~



(You Tube)


「いたんだよ、やっぱりおれの シルバーが…」

ただひとつの あこがれだけは  どこのだれにも けせはしないさ~♪

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