I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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第88番 大窪寺(おおくぼじ)

'09,04.29参詣 香川県さぬき市


四国霊場88ケ所のうち、まだ20ヶ所程度しかお詣りできていない私ですが、いきなり結願の「大窪寺」へ行って来ました!(笑)

というのも、大窪寺では今、牡丹の花が満開だとのこと?
そのニュースをTVで見たという母の言葉を疑いもせず、
どうせお詣りするのなら、それぞれのお寺が最も美しい季節に訪れるのが一番だろうと、東へ南へ車を走らせました。

ところが、、、私の楽しみにしていた牡丹は庭園に一株あるのみ?????

どうも おっちょこちょいの我が母は、大窪寺前にある うどん屋・「八十八庵」の敷地に植えられた「シャクナゲ」と勘違いしたらしい。。。
しかも、、、そのシャクナゲも見頃を過ぎていました~。><

* * *

ここは第88番札所。
本来ならば、全てのお寺を参詣し終え、四国を一周歩き終えて辿り着く場所です。

このお寺に着いて本堂に手を合わせると、思わず涙がこぼれると聞きます。
それだけ88ヶ所を歩いて巡ることは大変なことでしょうし、一歩一歩込められた思いも深いものがあるのでしょう。

2009-04-29 22:03:02
たぶん、それは歩き遍路をされた方のみが味わえる感動。
私もいつか自分の足で結願したいと思いました。

    2009-04-29 19:52:44  遍路を共にした金剛杖をここで奉納します。
その杖の先は、第1番霊山寺をスタートした時から10センチ以上擦り減ると言いますから、
それは、その道中の険しさを言葉以上に表していますね。

*

この大窪寺では、もみじの新緑の美しさに目を見張りました。

木洩れ日がキラキラと舞っていて綺麗。(*~~*) ホント、いい季節ですね~。^^
2009-04-29 22:25:30
 
                 2009-04-29 19:50:58


<おまけ>

こちらの仁王様、まるで口紅をつけているように見えません? (笑)
                     2009-04-29 19:53:27

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第11番 藤井寺(ふじいでら)

'09.04.26参詣 徳島県吉野川市


~ ~ ~

先日、「加山又造展」でのこと。
大きな龍が睨みをきかせ、迫力ある姿で画面全体に迫って来ました。

「そうそう、加山又造さんって天龍寺の天井画の龍を描いたことで有名なんだよね。」
「picchuちゃん、知ってる? どこのお寺だったかな、手を叩くとね、天井画の龍が鳴くんだよ。」
「じゃぁ、この加山さんの龍も鳴くかしらねぇ~?(笑)」

周りをこっそり見まわして、小さな音で「パンッ、パンッ!」
M子も小声で「ニャー、ニャー!」
「えっ? 龍ってニャーって鳴くの?(爆)」

~ ~ ~

全国各地のお寺に存在する゛鳴き龍"。
それは、鳴らした音が天井や床に反響して龍の鳴き声に聞こえるのですね。^^

どうも、第11番札所「藤井寺」本堂の天井画゛雲龍"も鳴くらしい。。。

それは、地元出身の画家・林雲渓よって描かれました。
大きさは30畳ほど。
睨んだその眼は 今まで見た龍の中でもとびっきり大きく、薄暗い中でひときわ白く光っていました。

残念なことに、このお寺の本堂に入ることはできません。
お賽銭箱の上から天井画を覗き込んで見るだけ。
ですから、、、龍の鳴き声もおあずけです。。。^^

*


山の麓にあるこのお寺は、それを囲むような深い山々と清らかな川の自然に恵まれ、背景にはうっすら紫色をした野生の藤が奥ゆかしく盛りを迎えていました。

そして境内にも、お寺の名前の由来となった藤棚がちょうど見頃を迎えておりました。
2009-04-29 06:04:30


その昔、この地からさらに山中へ入り 17日間修行を積んだ弘法大師は、ここに五色の藤を植えたといいます。

この藤には、そんな伝説が残されています。
                  2009-04-29 06:12:58

卯建(うだつ)、上がります。

剣山を断念した私達が向かった先は、
香川との県境にある徳島県美馬市脇町の「うだつの町並み」。

ここは、徳島(阿波)を代表する染物・「藍染め」によって栄えた城下町です。


運や境遇に恵まれず、いつまでもぐずぐず出世できないことを「うだつが上がらない」と言いますよね。

脇町では逆に、立派な「うだつが上がっている」趣きのある古い町並みを散策してきました。
        2009-04-27 20:04:32

卯建(うだつ)…
それは、ニ階の壁面から突き出した漆喰い塗りの袖壁で、火よけ壁とも呼ばれ防火役目をしていました。
江戸時代、裕福な商屋はこの「うだつ」をあげた立派な家を競って造ったそうです。


* * *

これら「うだつ」もそうですが、徳島でも特にこの辺り(旧美馬郡)で見る民家の屋根瓦の立派さに目を見張ります。

もちろん、家そのものが大きいから均整がとれるのでしょうが、とにかく瓦に施された装飾が凄いのです。
鯱鉾だけならまだしも、中には玄関の屋根の上に雄々しく立ち上がった虎までもいるではありませんか。。。@@

この辺りは裕福な人が多いのかな、、、そして、家に掛けるお金も大きいのかな?

* * *


『卯建あがります。』
町並みにある一軒のお茶屋さんの前で、こんな貼り紙を見つけました。

すっかり体も冷えてしまったし、ちょうどお腹も空いてきたこともあって、その扉を引いてみました。


「そば米雑炊が美味しいですよ。^^」
お店の人の勧めもあって、この辺りの郷土料理だという゛そば米"を用いた雑炊を注文しました。

「吉野川が暴れ川でしたから、昔はここら辺ではお米が採れなかったんですよ。
その代わりに、山の上の方でも採れるそばの実を食べてたんです。」

口に入れてみると、そばの実がぱぁ~と花咲いたような、ぷちぷちした食感で実に食べやすく美味しいんです。^^

特におだし。
かつおにコンブ、炒子に干し海老・干しシイタケ、阿波尾鶏のだしが上品に仕上げられていました。


「こんなに美味しいものだとは思いもしなかったです。^^」

「そうでしょう~。^^ どうしてもそば粉をイメージする方が多いんですけどね。
それに、なんといっても阿波尾鶏が上等ですから…。(ちょっと自慢気!・笑)
健康食品だし、、、これを食べてたらメタボなんかも解消されますよ。」


その雑炊に入っていたお餅もちょうど搗き立てだったとかで、とっても柔らかかったですよ。^^

父は雑炊を食べた後、お餅の美味しさに「きなこ餅」を追加しました~☆


剣山の「祖谷そば」は残念でしたけど、却ってこちらの方が良かったかも…。
冷えた体もぽっかぽかに温まりました。(o^―^o)



<茶里庵(さりあん)>
徳島県美馬市脇町 脇町うだつ通り
0883-53-8065

「そば米雑炊セット」は、食後の飲み物付きで1000円です。
2009-04-27 20:05:15

幻の祖谷そば。

もう5年ほど前になります。

私のお姉さん的存在である8歳年上のIさんと、職場ではみんなから゛父ちゃん"と親しまれる愉快なNさんと一緒に、徳島県の祖谷地方にある「奥祖谷二重かずら橋」へ行きました。

二重かずら橋とは、有名な「祖谷のかずら橋」よりもさらに上流、秘境の風情たっぷりの場所に架けられた、男橋と女橋の2本のかずら橋です。

慣れない私の運転であったにもかかわらず、
もともと祖谷出身のNさんが一緒だったことで心強く、渓谷美を楽しみながらの笑いの絶えないドライブとなりました。

その帰り道、もう少し険しい山道を上って、剣山の登山口で名物「祖谷そば」を食べようという話になりました。
寒い冬に仲良くコタツを囲んで食べた祖谷そばの美味しさといったら、それは今でも忘れられません。^^

* * *


今日は久しぶりにお四国さん巡りをしようと、徳島県吉野川市にある第11番札所「藤井寺」へ両親を連れて行きました。

私の頭の中での計算では、
午前10時過ぎに藤井寺を出て、その足であの「祖谷そば」を食べに剣山へと向かうと、たぶんお昼頃には到着するだろう…。

詳しい道順は分からないけれど、ナビもあることだしなんとかなるだろう…、と安易に車を走らせました。


記憶って、かなりいい加減なものですね。(^^;
祖谷といえば、日本でも指折りの秘境の地であり、辺りは断崖絶壁の道のりが続きます。
国道とは名ばかりの、対向車線すらない山道をしばらく走らなければならないのです。。。

5年前のドライブがあまりにも楽しすぎて、その道中の大変さをすっかり忘れきっていました。(T_T)


今回はそんな祖谷のかずら橋方面からではなく、香川県と隣接している美馬市から国道492号線をくねくね南下したのですが、、、、、。

その492号線もクセモノでした。><
途中から438号線とも重複している別名「3ケタ酷道」…

時折り、雨風も強くなります。

1時間近く走ったでしょうか、、、秘境の奥深くに進むにつれて、、、

土砂降りの雨になったらどうしよう。
タイヤがパンクしたらどうしよう。
このまま遭難したらどうしよう。
何かあった時、頼れる人は誰もいないのです。><


初めのうちは緩いカーブに美しい新緑を満喫していたのですが、
どんどん山道を登るに従って、不安な気持ちも膨れ上がっていきました。><


「こんな山奥にも人が住んでるんだねぇ。」
少しでも気持ちを上向きにする為、山腹に見える家々を見上げながら会話を続けました。

ふと、平家の落人伝説を思い出し、、、
都で優雅な暮らしをしていた平家の人々が、辺境の地に追いやられてどれほど大変だったことか…。
その栄枯盛衰を思うと、なんだか胸がきゅんとしました。


そんな時、「剣山まで40キロ」の看板が目に入ります。
ということは、これから先、険しく続く山道をまだ1時間近く走らなければなりません。
そして、その結果 本当に剣山まで行けるのだろうか…。
それさえも信じられなくなりました。><

あ~、もう我慢できない!!
確かに、この程度のカーブならまだ大丈夫かもしれない、、、
ですが、今日のような天候の悪い日に 慣れない山道が後1時間も続くだなんて、もう~我慢できない!!><

せっかくここまで来たのに、私はなんだかとても恐ろしくなってきて、今来たばかりのその道を引き返しました。


あぁ~、あの「祖谷そば」は幻であったか…。(いや、それほどオーバーではあるまい。・笑)

次回はあらかじめこの道のりを覚悟して、再挑戦したいと思います。
それでも、、、他に車の運転ができる人と一緒じゃなきゃ、やっぱり不安になるかなぁ~。。。(^^;

東山魁夷の世界。

*東山魁夷画「月宵」 1948年

昨年12月、香川県は東山魁夷の代表的シリーズ゛青の風景"の最初に位置付けられる作品「月宵(げっしょう)」を3487万円で購入しました。

県立東山魁夷せとうち美術館では、4/18から開催されている特別展『東山魁夷をめぐる日本藝術院の作家たち(~5/31)』において、その作品が展示されています。

*

パンフレットによると、

魁夷が風景画家として地位を確立した「残照」発表の翌年に制作され、山梨県落合村の風景を描いた作品。

落合村は、1945年、兵隊として死を覚悟していた魁夷が、8月に終戦を迎えて疎開していた家族と再会し、再び絵を描く喜びをかみしめた場所であり、11月に母を亡くした場所である。

当時の魁夷の心象を表すかのような、透明感のある澄みきった風景。


* * *

今回の展覧会は珍しく、東山魁夷の作品のみならず、
魁夷の東京美術学校時代の恩師である結城素明・松岡映丘・川合玉堂、
同級生の加藤栄三・山田申吾、同時代に活躍した高山辰雄・上村松篁らの作品を会しています。

また、それぞれの画家と東山画伯のちょっとしたエピソードも記されていて、親しみのある作品と画伯がなお一層身近に感じられる展覧会です。


それぞれに個性豊かな作品が並ぶ中、今回私が一番気に入ったものが東山画伯の「月宵」でした。(↑)

この前に立つと、心が柔らかく開放されるんです。^^
静かなブルーがじんわりと染み込んできて、この優しさの前にしばし ぼぉ~っと佇んでおりました。(笑)

ただ、先週鑑賞した加山又造画伯の作品の印象があまりにも強烈でしたので、
今日はどの作品を見てもぼやけてしまって、、、
もう少し日にちをあけるべきだったと、ちょっぴり後悔。。。

*

そんな中、東山画伯が回想して書かれた、結城素明(ゆうき そめい)先生の言葉が心に深く響きました。


ドイツ留学を終えて帰国した東山魁夷に、結城先生は言います。
「もっと写生をしなさい」と、、、。

「色々な壁にぶつかった時、まずは写実に戻りなさい。」

「平凡を綿密にすれば、非凡な発見がある。」


これらの言葉は、絵画の世界のみならず、なんて深いものなのだろう、、、と私の中に刻みました。

ちょうど結城先生の緑豊かな作品を前にしての言葉でしたから、それがじわじわ~っと心に広がっていきました。

この先生の言葉があってこそ、東山画伯の世界観は築かれていったように思います。
そして、私も何かの壁に突き当たった時、この言葉を思い出せる自分でありたいなぁ~と思いました。


東山魁夷画伯のお人柄と、それを囲む素晴らしい人達との繋がりが、温かく感じられたいい時間でした。^^

僕、男の子♂なのにぃ~。(>_<)

笑っているようにも見えますが、実は疲れきっている今晩のクリスです。


というのも、クリスより一足先に始まったヨンサマの発情期!

ハヒハヒ、ハヒハヒ。
脇目も振らず、クリスに襲いかかります。
クリスの白いふさふさの毛は、ヨンサマのヨダレですでにカピカピになりそうです。><

前から後ろから、クリスがほんの少しでも油断をすれば、あっという間に押さえ込み。
柔道でいえば、寝技「いっぽん!」といった感じでしょうか・・・。(笑)

いえいえ、笑いごとではありません。
男の子であるクリスにとって、それは苦痛でしかありません。(*^_^*)

朝も昼も夜も、、、
夜中だって、ヨンサマはクリスを抱え込もうと目を光らせています。

ハヒハヒ、ハヒハヒ。
クリスを避難させようと抱っこした私の足元で、「僕のクリスを返してくれ!」と言わんばかりの勢いで、ガリガリと引っ掻いてきます。

助けて~☆
可哀想に、、、大きなオメメで私に助けを求めるクリス。

ごめんね。
もうしばらく我慢してね。


まぁ、ヨンサマの発情期が終われば、その頃は立場が逆転。
今度はクリスに押さえ込まれて、涙目になるヨンサマがいることでしょう。。。
                           2009-04-22 21:55:05


ごめんね。
お嫁さんをもらってあげられなくて。。。(-_-)

大歩危峡で舟下り。

近くの山も遠くの山も、新緑の眩しさに活き活きとしています。
若葉が盛り上がって、モコモコした感じが可愛らしいですよね。^^


日曜日の午後。
そんな緑を楽しみながら、一路 徳島県の大歩危峡を目指しました!

大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)は、゛四国三郎"の異名を持つ吉野川の中流域に位置する渓谷です。

吉野川は、四国では四万十川と同じくらい有名な川。
水不足に悩む香川にとって、上流の早明浦ダムから供給される水はこれ以上にない貴重なものです。

どうして゛四国三郎"なのかな~と、この際 調べてみました。^^
それは、利根川・筑紫川に次ぐ日本三大暴れ川だからとか…。

なるほど、この大歩危・小歩危峡は日本一の激流らしく、
これからの季節、ラフティングやカヤックの愛好者でとても賑わうようですよ。^^

*

        2009-04-21 19:20:43      
                 
ドライブイン「まんなか」からは、舟下りをしながら渓谷美を堪能できます。

初夏の風を頬に浴びながら、新緑と川の青さも楽しもう!
私の町から大歩危まで、片道およそ1時間半のドライブです。^^

そこでは ちょうど、この季節ならではの こいのぼりが気持ちよさそうに泳いでいました。
(今年はこいのぼりにも縁があるなぁ~。^^;…4/12日記)

2009-04-21 19:18:10

思いっきり澄んだ空気を吸って、緑と青さに心清められた私たち。
そして大自然が造り出した美の彫刻と出会う、そんな30分間の遊覧でした。^^

こんなふうに、頭上に泳ぐ こいのぼりを見上げるのもいい気持ちですね~。
2009-04-21 19:19:09 2009-04-21 19:17:02

舟下りを終えて陸に戻ろうとした時、眼下には一匹の薄いベージュ色した鯉が泳いで来ました。
まさか、こいのぼりが本物の鯉に変身したわけではないわよね~。(笑)

                  2009-04-21 19:16:15

「加山又造展」へ行こう♪

夜桜.jpg
~≪夜桜≫ 1982年 光記念館蔵~


『加山又造』…

「はぁ~~~、加山又造さんって もうお亡くなりになってるんだよね~。」
私は何度もM子に零しました。
これらの作品の息吹きを前に、これ以上彼の新しい作品を見ることができないなんて、、
それがただただ残念で、信じられないことだったのです。

とにかく凄い☆
今まで現代日本画家といえば、横山大観・東山魁夷・平山郁夫の作品くらいしか観てこなかった私が、
その三大家すら思い出せないほど圧倒されました。

なんて表現すればいいのでしょう。。。
一瞬の中に封じ込めた景色が、それでも踊り狂うかのように私に向かって迫ってくる!
かと思えば、凍りつく冷たい空気がピンと張り詰めていたり、、、。

この次にはどんな作品が待っているのだろう。
これほど前へ前へ、ワクワクしながら楽しみながら観た展覧会はかつてなかったと思います。

常に新しい世界を追い求めた加山画伯の世界観が、うねりを上げて、さぁ! 今! 私の中へ入ってきました!!


とにかく凄い☆
この作品達との出会いに感動と感謝でいっぱいです!

月光波濤.jpg
~≪月光波濤≫ 1979年 個人蔵~

凍れる月光.jpg
~≪凍れる月光≫ 1981年 富山県水墨美術館~


以下、リーフレットより抜粋

加山又造(1927~2004)は、東京美術学校日本画科に進学して山本丘人に師事し、戦後まもなく創立された創造美術に西洋絵画の影響を受けた動物画を発表して注目を集めます。

その後も、大和絵風の装飾的構成をみせる作品、線描の美しさを追及した裸婦像、北宋山水画に倣った作品など、常に日本画壇に新風を吹き込む作品を発表し続けました。

また、平面としての絵画にとどまらず、着物や陶器の絵付けをはじめ、ジュエリーのデザインや祇園祭山鉾の見送り綴織の意匠に至るまで、その創作活動は多岐にわたっています。


とにかく凄い☆
大胆かつ繊細で、日本人離れしているように見えて 根っからの日本人!
この芸術の良さを、同じ日本人の感性で感じられることが嬉しかったです。^^

*

春秋波濤.jpg
~≪春秋波濤≫ 1966年 東京国立近代美術館蔵~

「この絵を見てると、゛おむすび"が食べたくなるね。^^」
ちょうど食事前ということもあって、M子は笑いながらそう言いました。

なるほどぉ~、、、おむすびかぁ~。^^*
そこで、思いつきました☆

それこそ、゛加山又造弁当"!!

桜の部分はやはり桜でんぶがいいでしょうか、、、
満月にゆで卵の黄身っていうのは単純すぎるかなぁ~。(笑)

そうそう、おむすびの定番といえば昆布や梅に鮭、そこにおからなんてどうでしょう。。。
海苔は波?(雲のようにも感じますね。^^)の部分にうならせましょうか…。
あぁ~、たこさんウインナーも欠かせませんね。^^

なんて、大芸術を食べ物にしちゃぁ~ダメですかねぇ。(*^_^*)


《ご案内》

『加山又造展』 2009年4月17日(金)~5月31日(日)
於 : 高松市美術館
展示内容は5月中旬に何点か入れ替わりがあります。

この展覧会は、国立新美術館(1/21~3/2開催)と高松市美術館の2会場のみの開催です。
ちょうどGW期間と重なりますし、橋も千円で渡れます!
この機会に、香川まで足をのばしてみてはいかがです?(^^)

*今日の日記に拝借した4枚の絵は、5/10までの展示です。

広島県生口島、耕三寺。

一週間も経てば、これほど山の表情が変わってしまうのか…と、
この春は十分 桜を堪能しただけに、季節の移り変わりの速さも一層 強く感じられます。

今日は、11日に訪れた広島県尾道市瀬戸田町、生口島を代表する観光名所「耕三寺」について。
まだ桜の花びらが、名残惜しげに空を舞っていましたっけ。。。


゛西日光"と呼ばれるこのお寺も、しまなみ海道が開通して以来 随分と訪ねやすくなりました。
とは言っても、年に1~2回 生口島へ渡る私も、耕三寺さんへ足を運んだのは今回で二度目です。

*

子供時分より、お寺の境内を散策することが好きだった私。

常に四国霊場やお遍路さんを見かけていたこともその理由でしょうが、、、
たぶん、お寺の持つ威厳ある佇まいと、落ち着いた風情、まるで時代を遡ったかのように感じさせる時空間がお気に入りだったからでしょう。

たまにはカラフルなお寺もいいですけど、
それは韓国で見たような色調の統一された鮮やかさで、広く明るい雰囲気ならでこそ…。^^

*

では、「耕三寺」さんはというと、、、、、。
う~、驚きで楽しませてくれるところはありますが、かなりけばけばしいというか、、、
私にとって ゆっくり寛げる場所ではありません。

2009-04-19 07:15:24
~耕三寺・孝養門~

ご存知の方も多いでしょうが、少しだけお寺の紹介を。<HPによる>

浄土真宗本願寺派のこの寺院は、鋼管業で財をなした耕三寺耕三が母親の死後、
母への報恩感謝の意を込めて、自ら僧籍に入り菩提寺として昭和10年より30年を費やして建立したもの。
そう、昭和になってからできたお寺なのです。。。

母への思いが至る処に感じられ、お母さまの浄土を願った気持ちは十分に伝わってきました。
この空間の中で、唯一私がひと息つける書院においてさえ、
正式な来客を迎える大広間よりも、ご母堂の居間である゛老人室"の方が豪華で贅を極めているのですから…。

* * *

とにかく極彩色なこのお寺は見るものを圧倒させますが、
それでもどこかで見たような建物ばかりだなぁ~、と誰しも気付くことでしょう。^^

というのも、境内には日本各地の有名寺院を模した堂塔が立ち並んでいるからです。


まずは、西日光と呼ばれる所以の゛孝養門"。 日光の陽明門がモデルです。
               2009-04-19 07:14:31

゛中門"は法隆寺の西院伽藍(楼門)、 ゛五重塔"は室生寺、 宝物殿は四天王寺の金堂を、

゛仏宝蔵"は新薬師寺本堂、 ゛鐘楼・鼓楼"も同じく新薬師寺の鐘楼をコピーしたものだとか…。

その他にも゛多宝塔"は石山寺、 ゛八角円堂"は法隆寺夢殿、、、 

そしてなんといっても宇治平等院鳳凰堂を原型とした゛本堂"でしょう。@@
2009-04-19 07:16:01



次々と登場するコピーの連続に、驚くやら呆れるやら…。(^^;
さほど広くない空間に、縮小しているといっても これほどのものを詰め込んでいるのですから、、、
はっきり言って「悪趣味」です。(爆)

ですが、こういうものだと頭に入れてから訪れると、じっくり楽しめるかもしれませんね。^^
「母の日」に訪れるには、いい場所かも?!(笑)

父は「イチロー」ファン♪

どこまで記録を伸ばしてくれるのか、、、マリナーズの「イチロー」選手!!

日米通算安打3086本、日本選手最多安打に、彼のファンである父は大喜びです。^^


せっかくの機会ですから、父の宝物であるイチロー選手の直筆サイン入りユニフォームをお見せ致しましょう!


これ↑は、イチロー選手がマリナーズへ移籍した2001年、その年のオールスター戦で着ていた時のユニフォーム。
(もちろん、実際に本人が着ていたものではありません。)
゛日興コーディアル証券"より戴きました。


'02年のこと。
お得意様を対象に、感謝の気持ちとして 抽選でのプレゼント企画がありました。

有名ワインや一年中花束が届くという贈り物の中に、
当時、日興コーディアルのCMに出ていたイチローのサイン入りユニフォームも含まれていたのです。


どうせ当たらないだろうから、思い切って「イチロー」にしよう!

これが運良く当選しました☆o(^^)o

それも立派な額縁入り!



今日はイチロー選手の新記録を祝って、久しぶりにガラスを綺麗に拭いてみました。^^


「イチロー」ファンの父は、純粋に彼の活躍を願っています。

片や私は、、
いつの日か世界記録を塗り替えた暁には、ますます値打ちが上がるだろうなぁ~と、
今から電卓を叩きつつ、その日を楽しみにしています♪(笑)

昔日のおもかげ。

  ~ 昭和三年 四月 四日、
 農山漁村の名が全部あてはまるような、瀬戸内海べりの一寒村へ、若い女の先生が赴任してきた。 ~
【壷井栄 / 小説「二十四の瞳」より】


私が初めて小説「二十四の瞳」を読んでから十数年後、職場の仲良しIさんと共に小豆島を訪ねてみました。
まだ寒さの残る季節だったと思います。

それなのに、この「二十四の瞳映画村」では黄色い菜の花と青い海の煌めきで、一足早い春が私達を出迎えてくれました。  

目の前には煌めく瀬戸内海と、遠くに浮かぶ船と島。。。


岬の分教場前では竹馬に乗ってみたり、教室の中では先生と生徒役に分かれてふざけてみたり、、、(笑)
それは映画村と呼ぶには可愛らしいセットでしたが、時間を忘れて楽しむことができました。^^

2009-04-13 20:52:59 2009-04-13 20:54:25

あれから何度この場所に立ったことでしょう。
何気ない風景なんですけどね、、、無性に訪ねてみたくなるんです。^^

                  2009-04-13 20:55:07

*

映画を観たのは、その後のこと。
昭和29年作、初代゛大石先生"の高峰秀子さんの作品をまず最初に借りて来ました。

この映画村で撮影されたのは、第二作目の昭和62年。
第一作目の人気の高さから、田中裕子さん主演で再映画化されました。

両方の作品をご覧になった方はお分かりでしょうが、
壷井栄さんの描く゛大石先生"には高峰秀子さんが適役のように感じます。

とりわけ、戦争を感じさせない始めの頃の大石先生のハツラツさは、彼女自身のものとして体全体から輝き溢れています。
子供たちの素朴さもいいですよね。^^

この春、もう一度小説「二十四の瞳」を読んでみようと思います。
懐かしい映画も観てみようかしら~。(^^)

2009-04-14 19:42:35           

懐かしい給食セット。。。

2日間、美しい景色を心ゆくまで堪能したおかげでしょうか…。

今朝は少々気怠さを残しながら出勤した私でしたが、
いつになく仕事に集中することができ、この忙しい決算期にとって 有難いほどはかどりました。^^

うん、うん、たまには思いっきり羽目を外すことも大切です。(笑)


こんな私でも、歳を重ねるごとにストレスが増しているのか、、、
年に一度か二度の海外旅行だけでは、自分の精神状態を上手く保てなくなりました。(T_T)

心の黄信号を感じたなら、ぱぁ~っと弾けてみるのもいいですね♪^^

* * *


小豆島の中で、私の最もお気に入りの場所が「二十四の瞳映画村」。


ご存知、小豆島が舞台となった壷井栄さんの名作『二十四の瞳』を、二度目に映画化した時のオープンセットです。
その時、主役゛大石先生"を演じた女優さんは田中裕子さんでした。

*実際に昭和46年まで使われていた苗羽小学校田浦分校(岬の分教場)は、この映画村の近くに今も残されています。


さて、映画村では2年ほど前に出来た゛キネマの庵"という、戦後まもない頃の懐かしい日本映画を楽しめる場所があります。

そして、その一角には゛Cafeシネマ倶楽部"が用意され、古き良き時代の中で しばし寛げるようになっています。

*

そのカフェで戴いた昔懐かしの<給食セット>!

揚げパンにスープカレー、冷凍みかんと瓶に入ったコーヒー牛乳です。
(飲み物は牛乳とコーヒー牛乳から選べます。)

そうそう、こんなトレイの上に乗せられていたよねぇ~。
なんだか幼い時代に戻ったよう。(o^ー^o)

口の周りを砂糖でいっぱい汚しながら、牛乳のお髭を生やしながら、、、
                   あっという間に平らげてしまいました。(笑)

2009-04-13 20:46:16

横目で他のお客さん達を覗いてみると、、、どの方も給食セットを注文されているようでした。^^

カレーの具がメニューの写真より少ないことが気になりましたが、それでも満腹、大満足。(笑)


このメニュー、残念ながら映画のセットである教室内では食べられません。(当リ前~?^^;)

だけど、ここで食べるからこそ美味しいんだろうなぁ~。^^

                              2009-04-13 20:48:38

そうだ ! 小豆島へ行こう !

昨日の疲れもあり、今日はゆっくり朝寝坊しました。^^

射し込む朝日の眩しさで目を覚ました私。
こんな天気のいい休日、、、家でゴロゴロするだけだなんて、なんて勿体ないことでしょう。

来週も再来週も、その先に続くGWの予定もぎっしりです。
ですから、今日は一日のんびりしようと決めていたのですが、起きた瞬間からむずむずと遊び心が疼き出しました。(笑)


「そうだ! 小豆島へ行こう!」

そう思い立ったら、もうじっとしてはいられません!!

9時過ぎに家を出て、高松を10時40分発のフェリーで小豆島へと向かいました。

*

というのも、つい昨日の毎日新聞の香川版に、
゛子どもの夢乗せ 泳ぐこいのぼり"と題して、小豆島の春の風物詩の紹介がされていました。

その場所は、土庄町小瀬の旧戸形小学校前の岬。
小豆島の玄関である土庄港から車でおよそ10分の距離です。


こいのぼりは、岩礁に立てた柱から約80メートル離れた裏山にワイヤを張って、それに色鮮やかな39匹を取りつけています。

*ここだけの話、、、黒色の鯉が一匹だけ仰向けになって泳いでいたのが苦しそうでした。(笑)


新聞によると、これらの こいのぼりには、
「野球がうまくなりますように」「船長さんになれますように」「走るのが速くなりたい」など、
子供たちの夢が書き込まれているそうです。(^^)

海の上を気持ちよさそうに泳ぐこいのぼりを見上げながら、「みんなの夢が叶いますように!」と私も願ってきました。


この場所、まだそれほど知られていないのでしょうか、、、
私達の前に、男性が一人きりカメラを片手に眺めているだけでした。

鯉の数はそれほど多くありませんが、
海に囲まれた、そして小説゛二十四の瞳"の舞台である小豆島にぴったりの景観です。^^

*
  

昨日の「しまなみ日記」と、今日の「小豆島日記」、、、明日から少しづつお伝えしたいと思います♪

しまなみ海道は花盛り♪

2009-04-11 20:32:51

「まだ桜が残ってるといいね。」

ここ数日の初夏をも思わせる暑さに、先日まで見事だった桜並木も緑の葉っぱが目立ち始めました。

「どうかなぁ~? もし葉桜になっていたとしても、菜の花畑がまだ綺麗かもしれないよ。
島から眺める海も最高だし…。^^」


愛媛県の今治北ICから来島大橋を渡り、大島を越えると、゛伯方の塩"で有名な伯方島(愛媛県今治市)に入ります。

その島にある『開山(ひらきやま)公園』は、愛媛県下で指折りの桜の名所です。
そして山頂の展望台からは、゛しまなみ海道"の美しい島々と橋を一望することができます。

そこは5年前の桜の季節、仲良しのY子ちゃんとドライブに出掛けて偶然に見つけました。

私が知る桜の名所の中では最高の場所、山一面がピンク色に染まります。

*

平山郁夫美術館のある広島県尾道市の生口島を目指す途中、気分転換に伯方島ICで降りてみました。

少し葉っぱの緑が濃くなっていたとしても いいではありませんか。
もしも まだ見頃であるのなら、それに越したことはありません。


「ご苦労さまです。^^」 駐車場で車を誘導している男性は随分と日焼けしていました。

「先週が桜の見頃だったのですか?」
「いやぁ~、先週はすごい人出でねぇ。。。でも、桜は今日の方が綺麗だよ。^^」


車から降りて見上げると、
少し葉桜の木もありましたけど、まだまだ満開の桜が私達を待ち受けてくれました!
ハラハラと舞い散る花びらに包まれて、今年最後の桜を満喫です♪
2009-04-11 20:27:07

菜の花畑はピークを過ぎていましたが、そちらもまだ美しさを残しています。
2009-04-11 20:30:10

そして青く穏やかな瀬戸内の海は、今日もキラキラと輝いていました。
2009-04-11 20:31:16

サクラの海を泳いできました。

朝靄に深く沈む町を見下ろしながら、早朝の花見に出掛けました。

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香川県丸亀市にある亀山公園。
ここに聳える丸亀城、、、それは日本一の石垣を誇り、桜の名所としても有名です。

すでに何人もの方達が花見がてらに散歩に来られ、山上の天守閣前ではラジオ体操をされている皆さんもおられました。^^


「二の丸の桜が満開ですよ!」

゛見返り坂"という名の心臓破りの急な坂を上りきり、
゛扇の勾配"と呼ばれる石垣の美しい曲線美の前でひと息ついていた私に、二人連れのご婦人がそう声を掛けてくれました。
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天守閣のある本丸のすぐ下にある二の丸跡には、現在多くの桜が植樹されております。

早朝の澄んだ空気の中、サクラの海を泳いできました。^^

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現存する日本のお城の中で最も小さな天守閣ではありますが、美しい石垣の上に堂々と座るその姿は気品さえも匂わせています。

幼い頃からこの景色に慣れ親しんでいる私にとって、日本の中では最も好きなお城です。^^

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蔦監督の色紙。

つい先日、春の高校野球が終わったばかりですが、我が家では甲子園よりも地元の県大会が話題でした。
それは、甲子園に香川県の高校が出場しなかったことも理由のひとつ、
そして、私にとっては高校時代があまりにも昔になってしまったのもその理由です。(笑)


私の家は、県立の工業高校のすぐ裏手にあります。
遅くまで明かりがもれる野球部の部室は私の部屋の目の前です。
ボールが庭まで飛んできたこともある近さ。
運動場に響くバットの音も、球児の声も届いてきます。^^

県下の高校でもかなり広い敷地を有し、バッティングなどの設備も早くから整っていました。
けれどいつも負けて帰ってくる弱いチーム、、、それが子供の頃からの印象でした。

その高校が県大会ではありますが、この春はどんどんと勝ち進み、
準々決勝では14回もの延長戦を制し、優勝こそできませんでしたが、準優勝という快挙を成し遂げてくれました。^^


練習前に学校周辺を何周もジョギングする彼ら。
「こんばんは~!」
監督が代わったのかな、、、数年前より道端で会う近所の人に元気よく挨拶をしてくれるようになりました。

「こんばんは~!」「こんばんは~!」「こんばんは~!」
大勢の部員全員が、すれ違う度に大きな声で声を掛けてくれます。
こちらも馴染みができてきて、
父などは「頑張ってるね~。」「今日の試合はどうだったんや~?」と声を返すようになりました。

最近、○○高校の野球部の子達、礼儀正しくなったよね。
そう話していたところでした。

夏のハードルはもっと険しく高いでしょうが、それでもこれに自信をつけて、一試合一試合勝ち進んでいってほしいものです。^^

* * *

古い話になりますが、
私が高校一年の夏、TVに流れる甲子園を何気なく眺めておりました。
キャッチャーの合図に何度も何度も首を横に振る徳島県池田高校の投手(桜間選手)の顔が印象的で、いつの間にか大ファンになってしまった私。

池田高校 vs 静岡の浜松商業。

もう昔の勢いはすっかりなくなっていましたが、゛やまびこ打線"で一時代を築いた蔦監督、そして池田高校の名前はまだまだ全国的に有名でした。

それは1988年(昭和63年)8月、監督の最後の甲子園となりました。
浜松商業に負けてしまったので、甲子園における最後の試合でもあったわけです。


試合の内容こそは全く覚えていませんが(笑)、
どうしても桜間くんに会いたかった私は、9月頭に池田高校まで友達と一緒に訪ねてみました。
3年生の桜間くんは、甲子園を最後に引退したのでしょう。
彼の姿はありませんでした。

ですが、諦めきれません!(><)

池田高校のある徳島県池田町(現在は三好市)、そこに本家のある私は、大叔父が蔦監督と大親友であることを思い出しました。
部員の宿舎を建てる時も相談に乗ったのだと、大叔父はいつか自慢気に話してましたっけ。

ふっ、ふっ、ふっ。 私はただでは帰らない。( ̄ー+ ̄)

急いで大叔父に電話をし、蔦監督の家まで連れていってもらったのです。(o^―^o)

非常に残念なことに、桜間くんと蔦監督に会うことこそできませんでしたが、その時奥さまからもらった監督直筆の色紙は今も大切に保管してあります。^^


『山あいの町の子供たちに一度でいいから大海を見せてやりたかったんじゃ』

これは、夏の甲子園に初出場した時の言葉だそうですが、
この言葉に監督の思いが凝縮されているようで、今改めて読んでもじ~んとします。

*

「こんばんは~!」 今日もいつもの元気な声が聞こえます。
あなた達にも、いつか大海を見れる日がやって来るといいですね。(^^)

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土佐の高知のはりまや橋で…。

「たとい何年かかりても連れに行き申すべく候」
あぁ~、こんな台詞を(ウルスから)言われてみたい!(笑)

* 

さて、昨日 紹介した竹林寺ですが、
その昔、このお寺の僧であった゛純信"と、五台山ふもとの鋳掛屋の娘゛お馬"が恋仲になってしまいました。

そんな純信がお馬の喜ぶ顔見たさに、はりまや橋の小間物屋でかんざしを買い、彼女に贈ったという話。^^

♪~おかしなことよな はりまや橋で  坊さん かんざし 買いよった~♪
よさこい節で有名な「土佐の高知のはりまや橋で~」という歌詞は、当時はこう歌われていたそうです。

この有名なお話、高知に縁の深い私も子供時分から少々は知っていたのですが、、、。

                           2009-04-02 13:24:32
                           ~竹林寺 境内~

* * *

それは高校時代。
高知出身の友達がお土産にと、高知で有名な゛浜幸"さんの銘菓「かんざし」を買ってきてくれました。

ホイルの中を開いてみると、柚子の香りがほのかに漂い、可愛いかんざしの絵が描かれたお菓子が現れました。
今でこそ、マドレーヌ生地のホイル焼きは至る所で見かけるようになりましたけど、
この銘菓「かんざし」こそが、その始まりなのだそうですよ。^^

お菓子に添えられた、やまもも味(だったかな?)の何気ない かんざし飴も雰囲気をよく表していて…。(*^^)


その美味なお菓子に、私は虜になりました!(笑)
高知へ行けば、必ず浜幸さんのお店に立ち寄りました。

もちろん、゛土佐日記"と同様に、お土産売り場では必ず見かける土佐銘菓です。
ですが、浜幸さんのお菓子は「かんざし」に限らず、どれも上品で美味しくて迷ってしまうほど♪
素朴なクッキーや飴玉さえ、ちょっぴり美味しさが違うんだなぁ~。(o^ー^o)


銘菓「かんざし」を生んだ「純信とお馬」の恋物語、

「かんざし」が詰められた箱には仲睦まじい純信とお馬の絵と、二人の話が書かれてあります。^^                 

*

当時、純信は37歳、お馬17歳。
二人の仲はあっという間に知れわたり、純信は謹慎、お馬は寺への出入りを禁止されました。

ますます恋しさ募る二人は、1855年5月19日になんと駆け落ちをしてしまいます。(@@;

うまくいけば、四国を離れ、二人仲良く暮らせたかもしれません。。。
ところが、香川の金毘羅さんに辿り着いたところを 追ってきた役人に捕らえられてしまいました。(>_<)

二人はさらし者にされたあげく、純信は伊予(愛媛県)へ、お馬も市内から離れた場所へ追放の身となりました。


それからしばらくして後、
それでもお馬を忘れられない純信は、行商人に身をやつして お馬のところへ忍んでいきます。

ですが、たちまちにばれてしまい、二人はまたも引き離されてしまうのです。(><。。)

たとえどれほどかかろうとも、いつの日かお馬と一緒になりたい、、、
その純信の気持ちを託した恋文が、頭で紹介した一文です。

けれど、その想いはお馬に届かなかったのですよね。
お馬は後に別の人と結婚をし、二男二女を得て平穏に暮らしたといいます。

純信は、、、、、。


昔では考えられない激しい恋愛ですよね~。
悲しくも、、、ですが、それほどにも想える相手に巡り合えたということは羨ましいくらいです。^^

第31番 竹林寺(ちくりんじ)

'09.03.29参詣  高知県高知市


一言、大変素晴らしいお寺です。

縁起もさることながら、そこに納められている宝物も、名勝の指定を受けた庭園も、
それはお四国さんの札所というよりも、古都京都や奈良にも繋がる風情です。


それもそのはず。
その昔、聖武天皇は゛文殊菩薩の霊場として名高い唐の五台山(ごだいさん)に登り、文殊菩薩から教えを授かる"という夢をご覧になりました。

そこで天皇は、行基に日本国中よりその唐の五台山に似た霊地を探し、寺を建てるよう命じたのです。
それにより土佐のこの地が選ばれ、行基自らが文殊菩薩像を刻んで本尊としたのが始まりです。

このお寺の本尊は、京都・切戸、奈良・安倍の文殊とともに「日本三文殊」のひとつに数えられています。
そして、そのお姿は四体の待者像とともに行基の作と伝えられ、日本に現存する文殊五尊像の最古のものと伝えられています。


ふ~ん、だからなのかな…。^^

「○○大学に合格しますように」
他のどの札所よりも、学業に関する願い事が記された絵馬を多く目にしました。
きっと今頃、彼らも喜びの春を迎えていることでしょう。

゛サクラ咲く"、、、この霊場は、桜の名所としても有名です。(*^^*)

*

「大変ですね~。ご苦労様です。」
このお寺の方でしょうね、 客殿の廊下を丁寧に水拭きされているおばあさんにお会いしました。

「数年前に国の名勝に指定されてから、逆に修理がしにくくなったんですよ~。
廊下などは雨漏りもしますしねぇ…。」
それはそれで歴史を感じる趣きがあります。

「障子の張り替えも、昔は私達の手で何ヶ月にも亘ってしてたんですがね、
天候の都合もありますから、今では専門の業者さんにお願いしてるんですよ。」

「高知は雨が多いですものね。」


その客殿を囲むように広がる庭園は、
鎌倉時代の禅僧・夢窓礎石によって、中国の廬山などを模して造られた池泉観賞式の見事なもの。


また このお庭に限らず、その境内の足元には美しい苔が敷き詰められ、その緑がまぶしいです。

四季折々の表情で、きっと参詣する人々の心を癒してくれることでしょう。
お遍路さんの白装束も絵になります。^^

2009-04-01 03:42:27

                    2009-04-01 03:27:19

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