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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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もう一つの「モネの庭」。

高知県北川村にある「モネの庭」マルモッタンを、私が訪れたのが一昨日のこと。

ちょうど今朝の四国新聞に、その庭に咲くスイレンについての記事が掲載されていました。


今年は例年の倍近いスイレンが水面を彩っている。
原因は、「意外なことですが、記録的な少雨」だという。

梅雨に入り、本来のように雨が続けば池に水没して 花芽が腐ってしまうところ、
雨が降らないおかげ(?)で、その花芽が生き残っているためだとか。。。

赤、黄、白に熱帯性の青いスイレンも加わって、今年は200輪程度の花が咲いており、彩りを増している。
                 2009-06-30 20:19:37

*

フランス・ジヴェルニーにある《モネの庭》。
それは、連作「睡蓮」の舞台として、モネが晩年最も情熱を注ぎ、自身の手で栽培をし、そして描き続けました。

創作以外の殆どの時間を庭仕事に充てていたというモネの想いが、南国の眩しい光に照らされながら、高知の北川村でもしっかりと受け継がれておりました。


この北川村の「モネの庭」マルモッタンでは、フランスの本家モネの庭・管理責任者であるジルベール・ヴァエ氏の指導を受けているそうです。

「日本庭園のように あまり手を入れ過ぎると、逆に注意されるんですよ。
自然に育つ美しさをそのまま大切にしています。」

「フランスのままそっくりモノマネするのではなく、我々は、モネの精神を受け継ぐ為に努力しています。^^」
この庭園を管理されている方でしょうか、、、沢山の見物客の前で説明して下さいました。


*

さて、庭園内で咲いているスイレンの殆どが、本場ジヴェルニーから株分けされたものです。


その中で、今、最も美しく咲いているのが「青いスイレン」。

気温の低い北フランス(ノルマンディー地方)では、熱帯性の青いスイレンを咲かすことはできませんでした。
それは、モネにとっても夢のスイレンだったのです。

そこで、北川村ではモネが苗を仕入れていた場所と同じ、南フランスの水性植物園より苗を持ち帰り、大切に育ててきました。

はい。 さすがは、南国高知です。(*^^*)
今では交流のシンボルとなっている「青いスイレン」は、ここ北川村で美しく花開きました。

2009-06-30 20:17:45

広い園内には見頃を終えた花も多く、雑草は生い茂り、ちょっと…(T_T)という思いを抱きましたが、このスイレンの池を前に、私は言葉を失いました。

私は本場の「モネの庭」を見たことはありません。
ですが、これが本物だとか モノマネだとか、そんなことは一切関係のないことでした。

所詮 ジヴェルニーの真似ごとだと高をくくっていた私ですが、
庭に対するその想いとこだわりに、この庭は そのままで一つのオリジナルなのだと感じることができたのです。


純粋に、私はこの北川村にある「モネの庭」マルモッタンが好きです。^^

  2009-06-30 20:18:20

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第27番 神峯寺(こうのみねじ)

'09.06.28参詣 高知県安田町

*


゛お遍路さんになろう!"と思った当初、私はその道中の険しさについて何も知りませんでした。

但し、88ヶ所を通して巡ると、およそ1230kmの距離になります。
その道のりの長ささえ乗り越えれば、後はそれぞれのご本尊に手を合わすだけ、、、。

私は車遍路(?)ですから、四国一周くらい簡単に回れるだろうと、安易に考えておりました。

ところが、車なら車なりの険しさがあるということを、札所を巡る度に痛感させられている 今日この頃です。(^^;



子供の頃から慣れ親しんでいる讃岐の札所は、そのほとんどが平野の真ん中に立つお寺。
まさか、山の奥深くまで霊場が存在しているなどと予想だにしていませんでした。

すでにお詣りを済ませた徳島県の鶴林寺(3/16日記)、高知県の金剛頂寺などでは、
これまで運転したこともない急勾配を登らざるを得ませんでした。

細く険しい山道で大型バスとすれ違った時など、神経がすり減るほどのヒヤヒヤ感を体験しましたし、そのおかげで随分と肝が据わってきたように思います。(笑)


* * *


それでも、昨日の「神峯寺」へと向かう坂道だけは泣きそうになりました。

大人3人を乗せ、小さな軽自動車で よくも最後まで登りつめたものだと、今でも不思議に思います。


それは、標高450mほどの山を約1000mで山頂を目指す、゛真っ縦"の坂。

カーブに次ぐカーブ、しかも45度近くありそうな急傾斜がひたすら続いているのです。(><)

さすがに、ここでは大型バスと出会うことはありませんでした。

それもそのはず、、、
大型バスならば、お尻がカーブを越えた時には 同時に頭が次のカーブを曲がっていなければならないほどの くねくね道、しかも油断すれば ずり落ちそうなほど急な坂。


知っていれば、山の麓でタクシーを拾ったことでしょうし、
もう二度と自分の運転で このお寺にだけは行きたくないと、記憶が鮮明な今の私はそう思います。

ホント、知らなかったから登れた場所です。(><)

*

帰り道、目の前を走るタクシーに、大きく書かれた「従業員募集」の文字を見つけました。

あの坂を越えられた私ですから、もしかするとタクシードライバーにだってなれるかも?!(笑)


自分の運転で 四国八十八ヶ所全てを回り終えた暁には、きっとかなりの運転技術を身に付けることができるでしょう。

まだまだ続く遍路路。 山奥に立つお寺は、まだいくつも残っています。

さぁ、覚悟を決めて、頑張ります☆


* * *

「神峯寺」へは、その急な山道を越えた後、仁王門から本堂までも150段の石段を歩いて登らなければなりません。

ですが、その石段脇の日本庭園に、ホッと一息つけました。^^
2009-06-29 20:11:24

雨よ、来い !

春よ来い.jpg 

今も多くの人々に受け継がれている童謡、
その数ある中でも、とりわけ親しみのある「春よ来い」・「雀の学校」・「鯉のぼり」・「靴が鳴る」などの名曲を生み出した作曲家が、高知県安芸市生まれの弘田龍太郎です。

ノスタルジックな町のあちこちには、そんな彼の名曲を刻んだ曲碑が立っています。

* * * * * * *


今日は、久しぶりに四国霊場の札所をお詣りしました。

行き先は、第27番「神峯寺」です。
それは 高知県東部、室戸岬から40kmほど手前(高知市側)にあります。


その神峯寺から足を伸ばして、睡蓮の咲く池が美しい北川村の゛モネの庭"へ、

その後、以前も室戸からの帰りに立ち寄った、安芸市・野良時計の隣りにある和カフェ゛高園茶屋"さん(3/26日記)でランチ、
といったコースでした。^^



天気予報では雨のち曇りの予報でしたので、少し遠出をするのにちょうどいいかなぁ~と思ったのです。
これからの季節、陽射しがキツいと体がバテてしまいますものね。

どちらかというと、雨の激しい高知県ですから、豪雨にならないかと心配しながらの出発でした。


ところが、、、天気予報は見事なまでに裏切られ、モクモクとした入道雲が見えるほど真っ青な夏空が広がります。
日焼け止めを怠っていた私は、思いの外 真っ黒になってしまいました。(><)

そして、香川県の水がめである早明浦ダム周辺でも、雨の降った形跡は全くみられませんでした。

このまま雨が降らなければ、この水不足はどうなるのでしょう、、、。
無事 この夏を乗り切ることができるのでしょうか、、、。(><)(><)(><)


雨よ来い、はやく来い! 

あぁ~、今も日焼けした肌が熱いです。(苦笑)


* * *


こちらは、

地元産のちりめんとシソをのせた柚子風味の、本日のランチ「ちりめん丼」と、
2009-06-28 19:48:13


まっすぐ青空に向かう「タチアオイ」の花(゛モネの庭"にて)です。^^
2009-06-28 19:48:47

涙で描いた鼠。

2009-06-27 21:02:49

 

それは水墨画の絵師で知られる禅僧・雪舟のお話。



室町時代のこと。
備中国赤浜(現・岡山県総社市)に生まれた雪舟は、幼少時代を宝福寺という禅寺で修行しました。

絵が好きだった少年・雪舟は、修行もそこそこ、お経も読まずに絵ばかり描いていたそうです。
そこで、禅師は雪舟を柱に縛り付け、反省するよう促しました。

夕刻になり、雪舟の様子を見に来た禅師は、その足元で逃げようとする鼠を見つけたそうです。

慌てて捕まえようとしましたが、その鼠は動かない。。。
よ~く目を凝らして見てみると、それは雪舟が流した涙を足の親指で描いたものだったという話。

*

その言い伝えが残る「井山宝福寺」が、備中国分寺より車で10分ほど北西に向かった処にあります。

2009-06-27 21:03:22

その「方丈」という建物の中で、雪舟は涙で鼠を描きました。
方丈とは、禅寺寺院の住職の居室であり、室町中期以降は仏像や祖師像が安置した本堂の役割を担う建物です。


残念ながら、天正3年(1575年)の゛備中の兵乱"の際にその方丈は焼失し、雪舟が縛られたという柱は現存しておりません。
その後、二度にわたって復興されたものが、現在の姿です。(↑)



このお寺の庭園も それはそれは美しく、隅々まで手入れが行き届いておりました。
朝一番の空気は清々しく、その落ち着いた佇まいに自ずと背筋も伸びてきます。

そして、至る所に植えられたモミジの木、、、きっと秋には色鮮やかな紅葉で見る者を楽しませてくれることでしょう。^^

*

この宝福寺と先月末訪れた高梁市の頼久寺。
どちらも細やかな心配りが感じられ、とても清楚で気持ちのいい空間でした。

岡山県って、歴史も古く、文化も高く、意外と見どころたっぷりなのですね。
ちょっぴり嬉しい発見です♪^^

                         2009-06-27 21:54:21
                         ~宝福寺・雪舟碑~

400年の眠りから覚めた蓮。

2009-06-24 21:39:24
~備中高松城址公園にて~


蓮の花を見たのは、これが初めてのことかもしれません。

もちろん、大仏様の台座として描かれる蓮華は、例えば奈良の東大寺でも見ましたし、
極楽浄土には蓮池があって、その周りをお釈迦様がぶらぶらとお歩きになられているということ(?)も、芥川龍之介の゛蜘蛛の糸"を読んで知っています。(笑)

ですが お恥ずかしいことに、よく見かける睡蓮の花と勘違いしていたかもしれません。^^;

*

~池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない好(よ)い匂(におい)が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。
極楽は丁度朝なのでございましょう。~

さすがは芥川龍之介。 その描写力に思わず拍手を送りたくなります。


私が見た蓮の花は どれも薄いピンク色の蕾を膨らませていましたが、僅かに咲く花の金色の蕊は陽の光を浴びて、とても神々しい姿を見せてくれました。

* * * * * * *


その場所は、高松城址公園。
羽柴(豊臣)秀吉が水攻めをし、そこで゛本能寺の変"を知ったという備中高松城の跡地です。

この高松城は沼地に囲まれた平城で、水面との比高が僅かしかなく、人馬の進み難い要害の城だったといわれます。

秀吉にとっては珍しく苦戦をし、数か月に及ぶ持久戦となりました。

そこで この城を堤防で囲い、梅雨による大水で見事に城を湖中に孤立させました。


本来ならば ここに招き入れるはずだった織田信長が6月2日の゛本能寺の変"で敗れ、これをかたく秘めた秀吉は毛利方と和議を結び、
城兵の命と引き換えに、城主である清水宗治は自刃に倒れました。(1582年6月4日)

*

城址には当時の面影は全くなく、綺麗に整備された公園は地元の方達の憩いの場となっていました。

そして、本丸と二の丸の間にあったという沼地には、一面に蓮の葉が広がっていました。

                   2009-06-27 05:33:15

これらの蓮は、当時のものが地下で眠っていたものです。 
沼が復元されて後、およそ400年の時を経て、再び芽を出したと言いますから驚きです!


近くには、清水宗治の辞世の句がありました。
「浮世をば 今こそ渡れ武士(もののふ)の 名を高松の苔に残して」



それを読み、改めてこの蓮を見下ろしてみると、なんだか胸がきゅんとしました。

その゛きゅん"を噛みしめながらの帰り道でした。。。 
                               合掌

これも怪談?!

何故にそれほど疲れたかと言いますと、、、


それは備中国分寺からの帰り道でした。

ガイドブックを片手に、私は「造山古墳」を目指すつもりでした。


~昔の私は、、、

小学6年生の頃、最も行きたい場所が仁徳天皇陵という一風変わった子供でした。(笑)

中学時代には、夏休みの自由研究として地元の古墳群を調べ歩いたこともあります。

そして大学4年生の春、奈良に一週間ほど滞在し、神武天皇陵、天武・持統天皇陵、そして石舞台古墳など、飛鳥の地をサイクリングしながら回りました。~


そんな古墳好き(?)な私ですから、備中国分寺をチェックした時から、全国でも第4位の大きさを誇る造山古墳が気になって仕方がなかったのです。^^

すっかり古墳熱が再発してしまった私は(笑)、国分寺近くにある「こうもり塚古墳」にも足を伸ばしてみようと計画を立てました。

*

ちょっと面倒な顔つきの両親も、駐車場から200メートルとの看板に、しぶしぶ同行を決めた様子。
綺麗に整備された道路を、何人もの観光客の後をついて歩きました。


なのに、ふと気が付くと、辺りには誰もいなくなり、私と両親の3人だけに、、、。
200メートルのはずなのに、行けども行けども古墳には辿り着きません。

辺りは段々と暗い雰囲気になってきました。
薄気味悪い小道が続きます。><

まだかな、まだかな~、、、と進むうち、小道の分岐点に「こうもり塚古墳まで300メートル」という看板が現れました。

????? ますます、遠くなるのはなぜぇ~?????


その時、ふと足元を見降ろしました。

出た~~~~~!!!(><) 一瞬、私は飛び上りました!

いえ、それは幽霊ではなく、、、ただの亀さんです。^^;


けれど、つい一週間ほど前にお目にかかった月照寺の「大亀」のリアルさが、まだまだ不気味で強烈に脳裏に残っていた為に、
あの亀がはるばる岡山まで私を追いかけてきたのかと、自分の目を疑いました。
(6/3日記に写真)

亀さんはじ~っとして動かない。。。 生きてるの? 死んでるの?

そぉ~っと近づいてみました。
あの大亀と同じように首を上に向けています。

普通、亀がこんな道の真ん中でいる~?

ここまで歩いてきたの? (返事なし)
私を道に迷わせたのは、おまえなの? (やはり、返事なし・笑)

お水を持ってきていたら良かったね、、、暑くて亀さんもバテてしまったのでしょうか。
全く動こうとはしませんでした。 


しばらく眺めておりましたが、、、

ちゃんと、松江に帰りなね。。。^^
亀さんに挨拶をして、私はそのまま古墳へと向かいました。

*

さて、遠回りしてクタクタになって辿り着いた「こうもり塚古墳」。

ガイドブックには、゛飛鳥の石舞台に匹敵する巨大な横穴式石室"とあるにもかかわらず、しっかりと鉄の柵で仕切られておりました。(T_T)


しかも あんなに迷わなくても、私の愛車の待つ駐車場とは目と鼻ほどの距離でした。
一体、どこを歩いていたんだか…。^^;

きっと、あの亀さんが呼んだのね。。。


ぐったりと疲れ果てた私達が、造山古墳へ行く気力がなかったことを、ここに付け足しておきましょう。(苦笑)
                         2009-06-26 21:32:56

僕たち、つまんない…。

先週末の備中国分寺行きで、いつも以上に疲れきってしまった私。

仕事中もぼぉ~っとしているし、、、身体が思うように動かない。。。


ならば 思い切って、寝ちゃいましょう!

ということで、帰宅後 軽く夕食を取り、さっと汗を流した後、19:30に布団の中に入りました。^^


さすがに すぐには寝つけず、寝ても1~2時間ごとに目を覚ます繰り返しでしたけど、少しは楽になったように思います。

逆に寝過ぎで背中が痛い。^^;

*

ところで、あまり相手にしてもらえない愛犬ヨンサマとクリスは、なんだかとってもつまらなさそう。

ごめんね。明日は思いっきり遊ぼうね。^^

    2009-06-26 07:16:51 2009-06-26 07:16:30

美しい色鉛筆画。

帰宅した私の前に、一通の封筒が届いていました。

それは遠く九州は佐世保から…。

ブログ友達の「たけさん81565さん」は、九十九島を色鉛筆画で彩る絵描きさんです。

先日も個展を開かれたばかりの忙しい中、そのポストカードを私にも送って下さいました。^^


私はたけさんの塗る紫色が好き。
穏やかに浮かぶ島々の、その一つ一つの表情も優しくて好き。


私は九十九島という場所を、たけさんの絵で初めて知りました。

その静けさは、私の慣れ親しむ瀬戸内の海にもどこか似ているように思えます。
たけさんの話では、佐世保湾に囲まれた九十九島ですから、だから内海に似ているのかもしれないねってこと。

調べてみると、
九十九島とは、長崎県佐世保市から平戸市にかけて広がるリアス式海岸の群島です。
その全域が西海国立公園に指定され、その深い入り江には大小208もの島々が浮かび、島の密度が日本一という場所なのだとか。


けれど、そう言葉で表現するよりも、
たけさんの絵を一目見れば、その場所がいかに美しく、穏やかで温かな情景か、心で魂で感じ取ることができるように思います。^^


残念ながら、今のところ長崎でしか個展を開かれていないそうです。
実物の絵を見ることができたなら、これ以上に疲れた心を慰めてくれるでしょうに。。。

http://plaza.rakuten.co.jp/arttake/

*

たけさん、次回は香川で個展を開いてみませんか?(^^)

美しく、優しい作品達をありがとうございました。
たけさんの深い心の中が、そのまま絵に表れているようです。

これからも、沢山の人達に癒しの時間をプレゼントしてくださいね。
                        2009-06-22 19:31:40

父の日。

今日は゛父の日"ということで、父のたっての願いであった「備中国分寺」へ行きました。
(これも、ETC 1000円のおかげです♪^^)


備中国分寺は、岡山県総社市(そうじゃし)にあります。

田園風景が広がる中、ひっそりと優しい面持ちで現れる五重塔は、吉備路を代表する景観として親しまれてきました。
その立ち姿は、数ある五重塔の中でもひときわ上品で、女性らしく感じます。

ただ、少し不便な場所にあるだけに、岡山の名所を殆ど渡り終えた父でさえも、未だそれを目にしたことがありませんでした。


私はというと、岡山に住む友人に一度だけ連れて来てもらったことがあります。
それは9月。一面に咲くコスモスに笑顔がこぼれました。^^

今回は、少し離れた場所に沢山の向日葵が明るく笑っておりました。^^
もうそんな季節なのね、、、と思いつつ、私の持つこの五重塔のイメージと大量の向日葵の花がミスマッチで、写真に撮ることは却下!(笑)

こんもりとした緑の中から顔を出す五重塔が、今も昔も変わらぬ懐かしい風景のように思えます。


*

そして、平山郁夫画伯が「備中国分寺五重塔(平成3年7月)」(↓)を描くために取材したという場所から、この五重塔を見上げてみました。^^
2009-06-21 20:17:38  平山郁夫・備中国分寺五重塔.jpg

* * * * * * *


その国分寺から車で2分。
昨年オープンしたばかりの小さな洋食屋「Kanata」さんでランチを戴きました。^^

私が選んだメニューは゛ハンバーグのかくれんぼ"。
(どこが゛かくれんぼ"なんだ!というツッコミはしないで下さいね。・笑)

地元の野菜や肉・魚を使っているらしく、味付けはあっさり気味、ちょっとしたドレッシングにさえも一工夫加わって、とても美味しく食べれました。(*^^*)

食後にコーヒーゼリーとお飲み物。

明るい雰囲気の店内と、清楚な感じの店員さんも好印象です。^^

                      2009-06-21 20:14:05

<Kanata>
岡山県総社市地頭片山7-2
0866-92-5478
11:00~22:00、火曜日が定休日です!

盗まれた世代とは。

裸足の1500マイル.jpg

久々にDVDを借りて来ました。

『裸足の1500マイル』、2002年に制作された映画です。

*

「え? この時期にエアーズ・ロックへ行くの?」
'02年2月のある日、NZのクライストチャーチのバス停で、偶然一緒になった男性は私にそう言いました。
その2日後に、私はオーストラリアへ向け出発することになっていたのです。

「大陸の真ん中辺りは、真夏の今頃、日中の気温が40℃以上に上がるんだ。」


実際、私が参加したcontikiツアーの行程も、暑い盛りの日中は冷房の効いたバスに乗って移動をし、夕方から砂漠や渓谷を探検するといった具合でした。

とにかく暑い。 それは、汗さえも蒸発しそうな焦げるほどの暑さです☆


あの容赦なしに突き刺さる陽射しの下、母親の待つ故郷へと2400kmの道のりを必死で歩き通した少女達の物語が画面いっぱいに広がっていました。

これは、今年の2月に日本でも公開された映画「オーストラリア」のような恋愛色はなく、゛盗まれた世代"を取り上げた実話でした。

* * * * * * *

1931年 西オーストラリア州。
100年の間 アボリジニは白人入植者に侵略された。
その後、アボリジニ保護法で彼らの生活は厳しく規制された。
アボリジニ保護局長ネビルは、西オーストラリア州の監督官として、混血アボリジニの子供を親から引き離し、収容する権限を持っていた。

*

主人公モリー・クレイグは、妹デイジーと従妹のグレイシー、そして彼女の母と祖母と一緒にギブソン砂漠の端にあるジガロングに生きる砂漠の民だった。

ところがある日、3人はアボリジニ保護局の人間に連れ去られ、パース近郊にあるムーア・リバー保護施設へ強制収容されることになる。
そこでは、粗末な環境の下、白人社会へ適応するための教育が行われていた。

たまりかねたモリーたちは脱走を決意。
そこから延々と続く1500マイルの過酷な旅が始まる。

しかし、そんな彼女たちをネビルと追跡人が追い掛ける。。。

*

私は白豪主義について、全く知識がありませんでした。
アボリジニに対する人種差別があることしか、知りませんでした。

昨年2月、オーストラリア政府が初めて゛盗まれた世代"に対して公式謝罪したことすら知りませんでした。

この映画によって、私がこれまで理解してきた人種差別とは、ほんの一部分、それらの表面しか見てこなかったことを教えられました。


ネビルは呟きます。
「原住民の問題は難しい状況にある。
特にアボリジニたちは、彼ら自身の野蛮な風習から守ってやらなければならない。
彼らに分かってほしい。
我々は、彼らのために努力しているのだということを…。」

大英帝国がオーストラリアを植民地化して以来、白人の入植者は原住民を迫害し続けました。
そして その根底には、「白人の文化は進んでいる」との思い込みがありました。

モリーたちは白人の父とアボリジニの母との混血でした。

人種交配が3代も続き、白人の血が代々濃くなることで、肌の黒さもアボリジニの人種的特徴も消滅してしまう。

彼らの中からアボリジニの血を消し去ろうというのです。
アボリジニの血そのものを一切否定したその政策ほど、ぞっとするものはないでしょう。
なんて、浅はかで勝手な考え方。。。

しかも、それは1970年まで続いていたということに改めて驚きました。

アイデンティティーの喪失に今も苦しむ゛盗まれた世代"、、、
この映画では、モリーたち3人の少女を通して、それらの現実と、アボリジニ人の逞しさと聡明さ、オーストラリア大陸の無情なほどの広さを知らされました。


モリーのまっすぐで力強い瞳に、白人たちの姿がとても薄っぺらく感じます。
原住民たちは、私たちでは到底理解しきれない霊力のようなものを持っているのではないか、、、そう思わせる場面が何度か出て来ました。

けれど、それほど霊格の高い民族である原住民たちへの差別が、きっと現在も形を変え、どこかに残っていることでしょう。
私達は進んでいる、、、そう思っているのは、今も自分勝手な先進国の人間だけかもしれません。。。(もちろん、私も含め…。^^;)

そして、ある時、気付くのかも…。
決して「先進」ではなかったことを…。

その時 逞しく生き残っていけるのは、自然の愛情も厳しさも知り尽くした彼らの方かもしれません。


現実をそのままに、さほど脚色もされていないこの映画、結構 私のお気に入りです。^^


こちらは、'02年2月のオーストラリア大陸。 独特の赤土が伝わりますでしょうか…。
2009-06-20 21:35:12

2009-06-20 21:34:48

日本一の庭園。

米国の庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」(JOJG)において、
6年連続日本一の庭園に選ばれた足立美術館の庭園。

それは、庭そのものの質、建物との調和、利用者への対応などを総合的に判断した結果なのだとか。

ちなみに、2~5位までのランキングは、
2位 桂離宮(京都府)、3位 養浩館(福井県)、4位 山本亭(東京都)、5位 無鄰菴(京都府)
                          以上、足立美術館HPより


*

その有無を言わさぬ景観美に、ここを訪れる人は思わず感嘆の声を洩らすことでしょう。

隅々まで行き届いた手入れ。
芝生の刈り込みも、松の手入れも、ツツジの剪定も、、、どれもこれも一つづつ丁寧に行われていきます。

その庭には無駄がない。。。
ここまで徹底した手の入れようは、よほどのお金と信念がなければ続かないでしょう。

ただ、自然との調和が美しい庭園ではありますが、あまりの完璧さゆえ、自然ならではの自由さはほんの少しおあずけです。^^


それでも、とにかく美しい。
生の日本画を鑑賞できる、格別 贅沢な時間がそこにはあります。^^

2009-06-17 20:13:13

            2009-06-17 20:18:51
            ~池庭~
                      2009-06-17 20:05:05
                      ~白砂青松庭(横山大観の「白沙青松」をイメージ)~

庭園の奥には、高さ15メートルの゛亀鶴の滝"が勢いよく流れ落ちています。
それは、足立美術館開館8周年を記念して、昭和53年に造られました。

その滝は枯山水庭と一体化して、まるで一つの絵巻物を見るような…。


澄んだ空気の中、遠くに響く滝の音に耳を傾けて下さい。^^

       2009-06-17 20:04:00

「庭園もまた 一幅の絵画である」…足立美術館創設者・足立全康氏。



*ごめんなさい。 私の写真では、この庭園の素晴らしさを全く伝えられておりません。^^;

「いないいないばぁ」

こんにちわ.jpg

大学1年生の夏休み、私は初めて「足立美術館」を訪れました。

その時 買って帰ったポスターが、林義雄さんの『こんにちわ』(↑)です。


あれから17年ほど経ちますが、今も玄関に飾ってあります。


小さな男の子とつくしんぼ、そして小鳥や蝶々たちが楽しそうに笑い合う姿が、優しい色合いと溶け合って、なんとも可愛らしい作品でしょ~。^^


*

林義雄さんは、元々 日本画を学んでおられたそうです。
彼の師である蔦谷龍岬氏の死後、童話作家の道に専念されたのだとか。


親しみやすい彼の絵は、たぶん誰しもご覧になったことがあるでしょう。



先日も、その陽気で愛らしい作品を前に、思わず立ち止まって 微笑んでしまいました。


作品名は、『いないいないばぁ』!(笑)
2009-06-16 18:30:02 2009-06-16 21:07:48 2009-06-16 20:51:41
今日もお疲れさまでした。^^

月照寺にて写真教室?!

あの おじさん、上手いこと いい場所を見つけるなぁ~。。。

レンズを覗く度にイマイチな構図に頭を悩ませていた私は、少し先ゆく一人の男性に気が付きました。

その人は、地面にしっかりと三脚を立てたり、そうかと思えば寝そべってみたりと、かなり本格的に撮っている様子です。


あのおじさんの後を付けたら、もしかすると私にもいい写真が撮れるかも?! クフッ!(^m^*)

横目でその男性の動きをチェックして、私は彼の立ち位置ばかりを付けて回りました。(笑)


おじさんも、そんな私に気が付いたのでしょう。

「灯篭越しに見える紫陽花を撮るのも面白いよ。」
撮影の邪魔になるはずの私に対して、笑顔でそう声を掛けてくれました。

「ちょっと時期が早かったかな。今日は天気も良すぎるし…。
こういう時は、あらかじめ水を撒いてから撮ると重みが出ていいんだけどね。」
「ふ~ん、なるほどねぇ~。^^」


「どちらから来られたのですか?」と私。
「僕は鳥取に住んでるんだけどね、このお寺は初めてです。
京都のお寺へは よく撮りに行くんだけどね。でも京都は人が多いからねぇ~。
やっぱり朝一番に行って、まだお客さんが来ない間に、お寺の人が竹箒で門前を掃く姿なんかを入れると絵になるんだよね。」
この おじさん、かなりお喋りが好きなよう。^^


「ちょっと、こっちから向こうを向いて歩いていってもらえるかな~。」
「え? 私も写真に写るんですか?」
「いやね、絵葉書のような景色だけの写真でもいいんだけどね、、、
誰でもいい後ろ姿の人をいれるとか、犬や猫を入れるだけでも写真にぬくもりが出てくるんだよ。」

そこで、私だってモデルになってあげたのだからと、こっそり そのおじさんの後ろ姿を入れて撮ってみました。
学んだら、即、実践!!(笑)
                         2009-06-15 19:09:04

「ほら、ここなんかいい場所だよね。
ちょうど古い井戸があって、向こうには石畳が見えて、手前には紫陽花。
ただ、この紫陽花が咲いてたら言うことなかったのになぁ~。」

気がつけば、即席の写真教室(?)に参加しておりました。 しかも、マンツーマン!(^^)/

そこで私も言われるまま一枚。
2009-06-15 19:08:33

「それは広すぎるんだよ~。
後ろの紫陽花も横の枝もいらないの。 これじゃぁ、何を撮りたいのかはっきりしないでしょ。」

「いい~、僕たちはこの紫陽花が撮りたいの!」
そっか、私は手前に垂れ下がった紫陽花の蕾が撮りたいのか、、、。
(自分でも、イマイチ何が撮りたいのか分かっていませんでした。^^;)

そこで、もう一度同じ場所から。
2009-06-15 19:07:07

「ほら、さっきよりも随分と良くなったでしょ?」 

*

「ありがとうございました。^^」
そういって別れたはずの そのおじさんと、又も書院のお茶席で一緒になりました。


「ごらん、ここから庭園を撮る時、畳を入れるのと入れないのではかなり違った趣きになるんだよ。」

「そうそう、障子もいいよね~。 この場合、フラッシュは焚かない方がいいからね。」

ということで、そのおじさんのアングルを真似して撮ったのが、この一枚(↓)です。
        2009-06-15 19:09:40

「まぁ、携帯のカメラだから、そんなもんでしょ!^^」とおじさん。(爆!)

*


本当は30分ほどで月照寺を後にする予定でした。
ですが、気が付けば1時間半近く、そのおじさんとお喋りをしていました。^^

どこの誰かということは聞きませんでしたけど、とても面白い出会いだったと思います。


紫陽花の見頃には一歩手前の昨日でしたけど、思い切って松江まで足を伸ばして正解でした。

また機会があれば、お会い致しましょう。(^^)

山陰のあじさい寺。

島根県安来市にある足立美術館へと出向いた私は、

そろそろ紫陽花が見頃を迎えるであろうと、松江市の月照寺にも足を伸ばしてみました。

それは先々週にも訪れた、小泉八雲が愛した゛あの寺"です。(笑)(6/3日記)


まだ少し早いようにも思われますが、
それでも境内の殆どを覆い尽くすほど、様々な紫陽花が競う合うように咲き誇っておりました。

少しでも、その雰囲気をお伝えできれば幸いです。
2009-06-14 17:59:00

                    2009-06-14 18:03:21

   2009-06-14 17:59:36

                 2009-06-14 18:02:55

               
 2009-06-14 18:02:24    2009-06-14 18:16:28
雨降りでしたら、もっと風情があったでしょうにね…。^^

「月と駱駝」

結局、高松市美術館で開催されていた「加山又造展」へ、私は三度足を運びました。



彼の得意とした迫力ある屏風絵に混じって、キリン・鹿・狼・烏など様々な動物たちを主題とした初期の作品も並んでいました。

その姿は孤独で、色彩も暗く、一本一本の線も痛々しいほどに研ぎ澄まされているかのようでした。

説明には、それら描かれた動物たちは、厳しい現実と不確かな未来を前に、なお日本画の可能性を信じて必死に模索続ける加山自身の姿でもあるようだ、、、とありました。

急激な西洋化の流れの中、日本画の存在意義そのものが危ぶまれた中で、それでも日本画にこだわり続けた加山画伯のもがき苦しんだ時代の表現です。

*


こちらは、その頃(1957年)に描かれたものであって、その中でも少し雰囲気が異なる作品。
今回の展覧会で、後期のみに展示された『月と駱駝』です。(新潟県立近代美術館蔵)


これは、夜の砂漠で丸く寄り添う駱駝の親子でしょうか…。 

遠くに浮かぶ丸いお月さまも、地上の駱駝と同じ形をしています。

それは、地上の駱駝が月の鏡に映ったもの?
それとも こちらが月面で、向こうに浮かぶ姿が蜃気楼?


この絵の意味するところは全く分かりませんが(^^;、
それでも、穏やかな駱駝の表情と、この絵に漂う静寂さが好きです。

まるで、この沈黙の世界を自由に浮遊するような感覚。
ううん、茶色の砂漠の向こうにある、闇の世界へ吸い込まれそうな感覚。
それとも、目を閉じた駱駝の夢の中に入っていくような感覚。


たぶん、私はこの絵のタッチが好きなのだと思います。

そして、この駱駝の顔も好みなのだと思います。(笑)



やっと、疲れた一週間から解放されました。
今晩の私は、展覧会で購入した加山画伯の図録を開き、しばし「月と駱駝」の世界に浸りたいと思います。

皆さんも、思い思いに「月と駱駝」を旅してみて下さいね。^^

《ANUNA(アヌーナ)》

今週も後一日、、、。
ホッとしながら帰宅した私の元に、兵庫県立芸術文化センターから毎月送られてくるコンサート案内が届いていました。


次から次へとリーフレットをめくるうちに、そろそろ新しくコンサートの予約でもしようかなぁ~という気分になってきました。^^


ある一枚のリーフレットを手にした私は、その神秘的な写真(↑)に時間が止まりました。

それはアイルランドからの贈り物です♪

そのグループの名は、『ANUNA(アヌーナ)』です。


* * *


ご存知の方も多いかもしれませんが、ここでアヌーナの紹介を。
(以下、リーフレットより)


古くは千年以上も前、失われつつある中世のケルト/アイルランド音楽を掘り起こし 現在に蘇らせるというコンセプトのもと、
ダブリンの作曲家マイケル・マクグリンによって1987年に結成されました。

それは、アイルランド中世の宗教曲や聖歌や伝統音楽を得意とする男女混声グループです。


~ 不思議に懐かしく、心の奥底の何かを揺さぶられるような情感、
そして、時にダンサブルでエネルギッシュなパワーを持ち合わせたケルト音楽を、
「アヌーナ」が、その魅力をあますところなく伝えてくれることでしょう。 ~


「ケルティック・ウーマン」のメイヴやリンもアヌーナの卒業生なのですね。^^

*

ケルト民族の言語であるゲール語は、イングランドの支配により一時徹底的に駆遂された哀しい歴史を持ちます。

しかし、ケルト末裔の人々の不屈の努力によって、長い年月をかけて取り戻されました。

現在アイルランドでは、第一言語としてのゲール語と英語の二つの母国語を維持していますが、それは決してたやすいことではありません。

このことからも、ケルトの人々が情熱と誇りを持って、自分達のルーツやアイデンティティーを大切にしていることがみてとれます。(You Tube)

*


<コンサートご案内>

・11/27(金) 名古屋 三井住友海上しらかわホール

・11/28(土) 兵庫県立芸術文化センター

・11/29(日) 長野 まつもと市民芸術館

・12/4(金)  横浜 港南区民文化センター ひまわりの郷

・12/5(土)  茨城 つくばカピオホール

・12/6(日)  静岡 焼津市文化センター

・12/10 (木) 銀座 王子ホール


曲目は、゛オー・ホーリー・ナイト"・゛きよしこの夜"・゛クリスマスの日"・゛エルサレム"ほか。


夏の暑さもこれからだというのに、クリスマスなんてまだまだ先のこと?!
それでも、今から冬の香りが待ち遠しくなる、そんな便りでした。^^


私? はい、もちろん行くつもりです!(o^―^o)/

栗林公園に物申す。

「公園の向こうに見える高いビルが邪魔だよねぇ。」

振り向くと、小学生くらいの男の子がアイスクリームを舐めながら、隣りに座るお祖母さんに話し掛けていました。


子供でも気が付くんだ!!

ちょうど その時、私も緑豊かなその景観を写真に撮ろうとしたのですが、、どう調整しても背後のビルが入ってしまい、何度もカメラを下ろしていました。
角度を変えると、また別のマンションが顔を出すのです。。。(><)

西側を向けば紫雲山がどっしり構えてくれていますので、確かにその景色は圧巻です。

ですが、、国道11号線が走る東側を望んだ時、たぶん ここを訪れる人の誰もが高層建築物に眉を顰めることでしょう。
小学生の子供ですら、それを指摘するのですから…。


その声が届いたのか、昨日行われた都市計画審議会において、
「栗林公園北部エリアで高さ18メートル(およそ6楷建て)を超える建造物の新築を原則禁止する」
という地区計画案が承認されたそうです。^^


今更…というのが本音で、しかも北部エリアに限定することにも納得がいかないのですが、、、
それでも、私もこの案に一応は賛成です。(^^;

*


栗林公園の一番の見どころといえば、飛来峰から見下ろす南湖の浮島と偃月橋でしょうか。
2009-06-07 20:28:04


そして歴代藩主のお気に入り、南湖に突き出た掬月亭という建物からの風景も、栗林公園を代表する景観と言えるでしょう。

ですから、その辺りに最も力を入れて整備しているのがよく分かります。


ですが、、、それ以外の場所の手入れが少し(かなり?)いい加減。
松をはじめとする草木の手入れすら、あまり人が通らない場所は手抜きをしているのが見てとれます。


足元には背の高い雑草たちが、風になびいてユ~ラユラ。(苦笑)

園内にある茶園では、茶の木よりも草の方が背が高い。(T_T)


*


そこで、提案☆

まずは、「香川県内の来園者は、一人一本の草を抜きましょう!」という運動を始めてみてはいかがでしょうか?

毎朝、ラジオ体操に沢山の地元の方が集まると聞きます。
ならば、その帰りに一本だけ抜いて帰る、、、それを毎日続けるだけで、随分と変わってくるのではないでしょうか…。



せっかく、県外からも大勢の観光客がお見えになります。

それは香川県を代表する観光名所ですし、

フランスのガイドブック、ミシュランの観光版(ギード・ベール)で最高評価の三つ星にも選ばれました。


県外から来られるお客様にとって、その一度の訪問が、最初で最後になる可能性だってあります。
その人達に、栗林公園の美しさだけを瞼に焼き付けてもらいたいなぁ~と思うのです。


ついでに、、、現在、県内在住の65歳以上の方や 教職員が引率する県内の小中学校の児童20人以上の場合などに免除される入園料ですが、、、

その「県内」という枠を外してみてはどうでしょう?

駐車場も、県外ナンバーの車は1~2時間無料とか…。


もっともっと県外からのお客様に喜んでもらえるように、
もっと沢山の人が香川県に来てくれるように、、、

定番の観光名所である栗林公園から始めれば、その他の施設も後に続くように思います。



本来なら、日本三大名園の偕楽園・兼六園・後楽園にも勝るとも劣らない栗林公園。

「天下の名勝」と謳われているのなら、それに堂々と応えなきゃ。



私も もっと手入れの行き届いた栗林公園をゆっくりと散策したいと思いました。
そして、県外の友達を丁寧に案内してあげたいと思います。^^

パラグアイのお土産。

今朝の四国新聞に、私の叔父(叔母の主人)が寄稿した文章が載っていました。

゛語りたい旅"というシリーズで、題名は「南米の邦人と触れ合い」。



叔父の妹は花嫁移民として、昭和43年に香川からパラグアイへ渡りました。
そうはいっても、パラグアイ人に嫁いだ訳ではありません。 ご主人は日本人です。

長年 日本で身に付けた洋裁の腕を生かしながら、現在 パラグアイの日本人婦人会長を務めています。


叔父は念願であった その妹のもとへ、昨年末から約3ヶ月、南米の旅へと出掛けたのでした。


そこで見たもの 感じたものを、そしてパラグアイで活躍する日本人のことを、

叔父の視点から見たパラグアイの日本人社会について、そこには短く書かれていました。


*


偶然にも、今日は父が叔父を訪問する日でした。
叔父は同じ県内の、東かがわ市に住んでいます。

「今朝の新聞、読んだで~。」 そこから、南米の話で盛り上がったそうです。^^


イグアスの滝、ナスカの地上絵、ブエノスアイレスでのタンゴショー、南緯50度のカラファテではアンデス山脈から流れ出る氷河を目の当たりにしたのだとか。
一口に南米と言っても、それは何千kmにも及ぶ途方もない大きさです。

どれもこれも感動したには違いありませんが、その中でも最も印象的だったのが やはりペルーのマチュ・ピチュだと言っていました。


「picchuちゃんと、いつかマチュ・ピチュについて語り合いたいよ。^^」
マチュ・ピチュへの想いなら、私だって負けません!(笑)


けれど、そんなことよりも、私としては妹さんの話をもっともっと聞いてみたい。

地球の裏側に、今のような自由に行き来できない時代に、何が彼女を駆り立てたのか…。
今の生活になるまでの、その苦労話もじっくり聞いてみたいのです。

それは、、、将来、私がザルツブルクへ移住するために…?!(笑)

*


今回のパラグアイのお土産は、テーブルに飾る織物でした。

以前、手の込んだ刺繍入りのTシャツや、革製のコースターなどを戴いたこともありますが、
パラグアイのお土産といえば、私の頭に真っ先に浮かぶのがこの飾りです。

確か 最初にもらったお土産が、このような孔雀の羽のような織物だったと記憶しています。^^


もともと陽気な性格だったという妹さん。
持ち前の好奇心と細やかな心配りで、今では日系人の間では「パラグアイのお母さん」と慕われているそうです。
写真で見る彼女は、極々平凡な女性なのにな…。


さぁ、私も頑張ろう!!?(^^)

松江城のビューポイント。

こんな無作法な私ですが、、、(^^;
NZへ旅立つ前のほんの僅かな期間、茶道を習っておりました。

すでに着付けも習っていた私は、毎週のお稽古を和服姿で通っていました。


゛わび・さび"の真髄までは理解できない私でも、あのピンと張り詰めた、無駄のない所作と美しい立ち振る舞いは、大和撫子としての憧れを感じます。


そして その頃、もっとお茶の世界が知りたいと、片道4時間ほど列車に揺られて、しっとりと奥ゆかしい松江の町を訪ねたことがありました。

その時 足を運んだ場所が、「田部美術館」と「明々庵」。

* * *


島根県松江市は、江戸時代の藩主・第7代松平不昧(ふまい)公によって茶の湯の文化が広められ、茶道を通して芸術文化の発達した町です。

不昧公は藩主としてだけでなく、茶道を究め、茶道具の研究も熱心に表し、不昧流茶道の祖となりました。


今でも城下町らしさを残す「塩見縄手」と呼ばれる通りには、茶道にかかわる書画、陶磁、漆器などを展示した「田部美術館」があり、
松江と茶道が切っても切れない関係であることを、私のような一観光客にも教えてくれます。


今回は田部美術館から数十メートル、ほんの少し高台にある不昧公ゆかりのお茶室「明々庵」へ行きました。

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10年ほど前に訪ねた時は真冬だったせいもあり、とても寂しい風情でした。

どんよりと雲の重さを感じる先週末も、決して明るい雰囲気ではありませんでしたが、
ぬけるような空の青さよりも、少し薄曇りの落ち着いた色合いの方が、古き松江の町には相応しいように思えます。

*

その明々庵に隣接する百草亭で抹茶を点てて戴きました。^^
膝の悪い父の為に、縁側にて一服。

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不昧公好みという銘菓゛増鏡"。
この落雁の円の中にある文字(?)は、第7代藩主治郷公がのちに隠居され、大圓庵不昧と号された際の花押の一つだそうです。

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「明歴々露堂々(みょうれきれきろどうどう)」の意味するところは、
遠くに求めなくても、真理は目の前に隠すことなく明らかに露呈されている。
それを正しく見る目、ありのままに感得する心を養わなければならない、、、とか。

*

この明々庵は、松江城のビューポイントとしてもおススメです。^^
(携帯のカメラで撮った為、画像が悪い上に小さな写真でごめんなさい。)

img20a3fa5dzikezj.jpg

ヨン・クリ、プリクラを撮る!!

「今日はヨンサマちゃんの予防接種でお越しですね~。^^」

半年ぶりに訪れた動物病院。
今日はヨンサマの年に一度の予防接種と、2匹のフィラリア・ノミ・ダニ予防の日でした。

*


6月から12月まで、ほぼ毎月のようにフィラリア予防や体重チェックでお世話になるH先生。

実は先生とヨンサマの相性は最悪で、
ヨンサマは一度、薬を飲ませようとした先生の指を噛んだことがあるほどです。


気の強いヨンサマは、自分の嫌いなこと、特に顔の周りを触られたりすると「キッ~!」と怒ってしまいます。。。><

あの事件から、先生もヨンサマが大の苦手な様子で、お互い敬遠しているのが見てとれます。(笑)

*

ところが、今日のヨンサマは違う!

昨年末に入ったばかりの新人助手の女の子が、「は~い♪ ヨンサマ~♪」と笑顔で出迎えてくれました。^^


いつになく しおらしいヨンサマは、診察台の上に可愛らしくちょこんと座ります。

むむむ、ヨンよ、、、いつもと違う???


「は~い、お写真撮りますからね~。 ヨンサマ~~~♪^^」

「あっ、うちのヨンはカメラを嫌がるんです。」と私。


え???

ところが 今日に限って、じ~っと大人しくカメラ目線をするヨンサマ?!


助手の女の子は、まだ二十歳そこそこの あどけなさが残る可愛い子。

ほっほぉ~、ヨンよ、、、おまえも若いお姉ちゃんの言うことなら聞くというのねぇ~。( ̄ー  ̄)


まぁ、そのおかげで、可愛いプリクラ写真が出来上がりましたけど。^^


このサービスは、予防接種に来たワンちゃんや猫ちゃんのみだそうですが、
せっかくだからとクリスも撮ってくれました。

でも、、、クリスはちょっと緊張しすぎかな~?(笑)

小泉八雲とケルト文学。

あれから、小泉八雲について気になってきました。(笑)

どうやら私は月照寺を訪れたことで、小泉八雲の摩訶不思議な世界へと迷い込んでしまったみたい。^^


そこで彼について調べてみると、、、
八雲の描くどこか現実離れした独特の空気感が、ケルト民族と深い繋がりがあることを知りました。

*


小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーンは、1850年、アイルランド人の父とギリシア人の母との間に生まれました。

ファーストネームの「パトリック」とは、アイルランドの守護聖人・聖パトリックに因んでいるのだとか。

ギリシアのレフカダ島で生まれた八雲ですが、その子供時分を父の故郷アイルランドのダブリンで暮らしました。
きっと そこで聞かされたであろうケルト神話や伝承などが、知らず知らずに彼の奥底に染みわたり、それがあの空気感を生み出していったのでしょうか。。。

*


もっと詳しく知りたい!
ケルト民族に興味があり、とりわけケルト音楽が好きな私です。

ちょうど今年のお正月に、ケルト人と深い関わりを持つオーストリアのハルシュタットを訪れたこともあって(1/26日記)、
この松江での小泉八雲との対面は、なんだか偶然ではないような気がしてきました。
(ちょっと大袈裟?!・笑)

*


今回、小泉八雲という人物を通して、ケルトについて検索してみました。

あるイギリスの情報サイトから、「小泉八雲とケルト文化」についての記事を見つけました。

そして、それに書かれたケルト文学の魅力がとても心に残ったので、ここに書き写すことにします。


【ケルト民族は文字を持ちませんでした。
したがって彼らの古い伝説や神話は、口承によって伝えられ、これらの物語はより深みを増したのです。
(その後6世紀ごろにオガム文字(オーム文字)を持ち始めました。これは現在すべて解読されています。)


現在でもアイルランドやイギリスではお話の語り部(Storyteller)が存在し、生活の中に語りが息づいています。
人が集まるところにストーリー・テリング(Storytelling)が始まるのです。

口承で伝えられてきた伝説や神話は、古代ケルトの人々の心の中のイメージを表します。

「読む」のではなく耳で「聴く」ことで、これらの物語は、人々の五感をより刺激し、想像力をかきたてます。
ファンタジーはここから生まれるのです。】


その世界にいた八雲だからこそ、
明治の日本人の自然観や美徳、神話など、日本の神秘的な部分に、故郷アイルランドと共通するものを感じ、深く理解できたのではないでしょうか、、、と締めくくっています。

*


ケルトといえば、昨年、ブログ友達のnanaco☆さんが紹介して下さった『アイルランド幻想(ピーター・トレメイン著)』が心に残ります。
*nanaco☆さん、いつもありがとう!!(^^)

あぁ~、そういえば、、、
その幻想の物語と八雲の描く幽玄の世界から、なにやら似たような匂いを感じてきました。


ケルトとは、まだまだ私の興味を引かずにはおられないようです。^^
そして、思いもよらない繋がりを発見した喜びは、もっともっとと深みにハマる予感をも匂わせています。(^^)

小泉八雲が愛した寺。

江戸時代のこと。
大亀が夜な夜な松江の町を徘徊し、暴れ回ったといいます。

それは、亀を愛でていたという、今は亡き藩主を偲んで造られた石像です。

その暴れように困り果てた寺の住職は、深夜、大亀に説法を施しました。
すると大亀は、「私にもこの奇行を止めることはできません。あなたにお任せいたします」と、大粒の涙をポロリポロリと流しながら頼んだそうです。

そこで、その藩主の功績を彫り込んだ石碑を大亀の背中に背負わせて、この地にしっかりと封じ込めたという話。。。


        
その大亀伝説は、松江をこよなく愛した小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの随筆『知られざる日本の面影』にも登場します。


*


松江藩主松平家の菩提寺である月照寺。

そこには、徳川家康の孫にあたる初代直政公から第9代斉斎公まで、ずら~っと歴代藩主のお墓が並びます。
それはそれはお見事です。


それぞれ軽く一軒家ほどの広さはあるでしょうか、、、その真ん中に大きな墓石。
廟所の空間はひっそりと、、、そして威厳を持った佇まいを見せていました。

その墓所と廟門は、当時のまま ほぼ完全な姿で残っているのだとか…。


そして、その第6代宗衍公の廟門の中で、この伝説の大亀を見ることができます。
     2009-06-03 19:58:13
     ~寿蔵碑~

その大亀の頭を撫でてやると、長生きできると言われていますよ。^^
かなり大きな亀ですので、女性なら めいいっぱい腕を伸ばさないと頭に届かない高さです。

*

境内は、私の背丈ほどの紫陽花の葉でうっそうと生い茂り、その薄暗さと肌にまとわりつく湿気の異様さで、独特の不気味さを漂わせていました。
               2009-06-03 19:44:21


薄曇りのせいか、また小雨までもが演出に思えるこの場所で、

小泉八雲はその風情を閑雅さと表現しましたが、感性の乏しい私は どうしてもそこから雅を感じ取ることができませんでした…。^^;

まぁ、人魂目撃談まであるこのお寺。
阿弥陀如来を祀る本堂さえも小さく見える、松平家代々の墓所なのですから、、、
それがどういう雰囲気か、容易に想像してもらえるでしょうか。(笑)


それでも、松江ならではの由緒正しい遺品や遺跡が多く残されています。

また これからの季節、「山陰のアジサイ寺」と呼ばれるに相応しい、無数の紫陽花が処狭しと咲き誇る景色は圧巻でしょう。^^
    
*

その月照寺を大変気に入り、足しげく通い、自分の墓所もここに定めたいとまで言った小泉八雲。


今晩は、そんな彼の『怪談』を読みながら寝ることにします。
(恐くてなって夜中に目が覚めるかな…?・笑)



             2009-06-03 19:48:40
             ~第7代藩主・松平不昧公のお墓~

紫陽花の…。

                    2009-06-02 20:36:46
                    (picchuko園にて)

紫陽花の 藁で結いたる 垣ひくし

これは、私の(母方の)祖父が戦後間もない頃に詠んだ句です。

祖父は戦前、俳句雑誌「ホトトギス」という同人会の一員でした。
その中でも何度か金賞を戴くほどの実力者だったのですが、戦争が激しくなってからは、自作の句を世間に出すことはなくなりました。

* * *


私の中学時代のこと。
自分で詠んだ俳句を色紙に書いて、それに似合うイラストを添えるようにと宿題が出されました。

残念ながら、全くもって俳句のセンスを受け継がなかった私は、悩みに悩み、困り果てた末に この(↑)句を少しばかり拝借することに致しました。^^

゛おじいちゃんの作品だから…。(^^)"という甘えがあったのでしょうね。
もちろん、この句を宿題に用いたことは、わが母も承知の上です。(笑)

*

ある国語の授業で、先生がその宿題の中から素晴らしい作品を詠みあげました。


「picchukoの句は実にいい。」

私は内心゛テヘッ!"と頭を掻きながら、笑顔を先生に向けました。^^
ここだけの話(?)、その頃、国語のM先生に密かな憧れを抱いていたのでした。(*^^*)


「それにしても、今の時代に゛藁"で紫陽花を結うっていうのは珍しいなぁ~。 
picchukoの家では今も藁を使っているのか?」

゛ドキッ~~~!"
「はい。」その後、二の句は出てきませんでした。 焦りで思考力も停止。

やはり、ウソはいきませんね~。
例えどんなに下手だとしても、自分の宿題は自分でするのが最も心臓に優しいということを、この時 改めて知りました。(^^;

゛盗作を先生に見破られたかな~?" 
一瞬そう思いましたが、各年度末に発行される学校内の文芸集にもちゃんと載せて下さってます。^^


* * *

『五・七・五』という、その僅かな字数の中で無限に広がる世界観。

四季折々の美しさを誇る日本の美を、いかにもその情景が瞼に浮かびそうな気の利いた表現で楽しませてくれます。

俳句って端的で奥ゆかしくて、正に日本の芸術だなぁ~と、最近になって 興味を持ち始めました。


手始めに、祖父が好んだという高浜虚子の句から広げてみたいと思います。
そのうちに、自分でも一句…、と詠んでみる気になるのでしょうか…。(^^)


* * * * * * *


松江にて。

見事なまでに紫陽花で埋め尽くされたお寺へと出掛けました。 その数、なんと3万本☆

あいにくのこと、一昨日はうっそうと茂った葉っぱばかりが目立っていました。
その見頃は、梅雨入りの6月中旬だということです。


紫陽花に囲まれながら、ふと懐かしい祖父の句が思い出されました。

こんな時、さらさら~っと一句したためることができれば素敵ですね!


明日は、そんな松江の名所「月照寺(げっしょうじ)」について記したいと思います。^^

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