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I love Salzburg

ARCHIVE PAGE: 2009年06月

もう一つの「モネの庭」。

高知県北川村にある「モネの庭」マルモッタンを、私が訪れたのが一昨日のこと。ちょうど今朝の四国新聞に、その庭に咲くスイレンについての記事が掲載されていました。今年は例年の倍近いスイレンが水面を彩っている。原因は、「意外なことですが、記録的な少雨」だという。梅雨に入り、本来のように雨が続けば池に水没して 花芽が腐ってしまうところ、雨が降らないおかげ(?)で、その花芽が生き残っているためだとか。。。赤、黄...

第27番 神峯寺(こうのみねじ)

'09.06.28参詣 高知県安田町*゛お遍路さんになろう!"と思った当初、私はその道中の険しさについて何も知りませんでした。但し、88ヶ所を通して巡ると、およそ1230kmの距離になります。その道のりの長ささえ乗り越えれば、後はそれぞれのご本尊に手を合わすだけ、、、。私は車遍路(?)ですから、四国一周くらい簡単に回れるだろうと、安易に考えておりました。ところが、車なら車なりの険しさがあるということを、札所を巡る度に...

雨よ、来い !

 今も多くの人々に受け継がれている童謡、その数ある中でも、とりわけ親しみのある「春よ来い」・「雀の学校」・「鯉のぼり」・「靴が鳴る」などの名曲を生み出した作曲家が、高知県安芸市生まれの弘田龍太郎です。ノスタルジックな町のあちこちには、そんな彼の名曲を刻んだ曲碑が立っています。* * * * * * *今日は、久しぶりに四国霊場の札所をお詣りしました。行き先は、第27番「神峯寺」です。それは 高知県東部、室戸岬から...

涙で描いた鼠。

 それは水墨画の絵師で知られる禅僧・雪舟のお話。室町時代のこと。備中国赤浜(現・岡山県総社市)に生まれた雪舟は、幼少時代を宝福寺という禅寺で修行しました。絵が好きだった少年・雪舟は、修行もそこそこ、お経も読まずに絵ばかり描いていたそうです。そこで、禅師は雪舟を柱に縛り付け、反省するよう促しました。夕刻になり、雪舟の様子を見に来た禅師は、その足元で逃げようとする鼠を見つけたそうです。慌てて捕まえよう...

400年の眠りから覚めた蓮。

~備中高松城址公園にて~蓮の花を見たのは、これが初めてのことかもしれません。もちろん、大仏様の台座として描かれる蓮華は、例えば奈良の東大寺でも見ましたし、極楽浄土には蓮池があって、その周りをお釈迦様がぶらぶらとお歩きになられているということ(?)も、芥川龍之介の゛蜘蛛の糸"を読んで知っています。(笑)ですが お恥ずかしいことに、よく見かける睡蓮の花と勘違いしていたかもしれません。^^;*~池の中に咲いて...

これも怪談?!

何故にそれほど疲れたかと言いますと、、、それは備中国分寺からの帰り道でした。ガイドブックを片手に、私は「造山古墳」を目指すつもりでした。~昔の私は、、、小学6年生の頃、最も行きたい場所が仁徳天皇陵という一風変わった子供でした。(笑)中学時代には、夏休みの自由研究として地元の古墳群を調べ歩いたこともあります。そして大学4年生の春、奈良に一週間ほど滞在し、神武天皇陵、天武・持統天皇陵、そして石舞台古墳な...

僕たち、つまんない…。

先週末の備中国分寺行きで、いつも以上に疲れきってしまった私。仕事中もぼぉ~っとしているし、、、身体が思うように動かない。。。ならば 思い切って、寝ちゃいましょう!ということで、帰宅後 軽く夕食を取り、さっと汗を流した後、19:30に布団の中に入りました。^^さすがに すぐには寝つけず、寝ても1~2時間ごとに目を覚ます繰り返しでしたけど、少しは楽になったように思います。逆に寝過ぎで背中が痛い。^^;*ところで、あま...

美しい色鉛筆画。

帰宅した私の前に、一通の封筒が届いていました。それは遠く九州は佐世保から…。ブログ友達の「たけさん81565さん」は、九十九島を色鉛筆画で彩る絵描きさんです。先日も個展を開かれたばかりの忙しい中、そのポストカードを私にも送って下さいました。^^私はたけさんの塗る紫色が好き。穏やかに浮かぶ島々の、その一つ一つの表情も優しくて好き。私は九十九島という場所を、たけさんの絵で初めて知りました。その静けさは、私の慣...

父の日。

今日は゛父の日"ということで、父のたっての願いであった「備中国分寺」へ行きました。(これも、ETC 1000円のおかげです♪^^)備中国分寺は、岡山県総社市(そうじゃし)にあります。田園風景が広がる中、ひっそりと優しい面持ちで現れる五重塔は、吉備路を代表する景観として親しまれてきました。その立ち姿は、数ある五重塔の中でもひときわ上品で、女性らしく感じます。ただ、少し不便な場所にあるだけに、岡山の名所を殆ど渡り...

盗まれた世代とは。

久々にDVDを借りて来ました。『裸足の1500マイル』、2002年に制作された映画です。* 「え? この時期にエアーズ・ロックへ行くの?」'02年2月のある日、NZのクライストチャーチのバス停で、偶然一緒になった男性は私にそう言いました。その2日後に、私はオーストラリアへ向け出発することになっていたのです。「大陸の真ん中辺りは、真夏の今頃、日中の気温が40℃以上に上がるんだ。」実際、私が参加したcontikiツアーの行程も、暑い...

日本一の庭園。

米国の庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」(JOJG)において、6年連続日本一の庭園に選ばれた足立美術館の庭園。それは、庭そのものの質、建物との調和、利用者への対応などを総合的に判断した結果なのだとか。ちなみに、2~5位までのランキングは、2位 桂離宮(京都府)、3位 養浩館(福井県)、4位 山本亭(東京都)、5位 無鄰菴(京都府)                          以...

「いないいないばぁ」

大学1年生の夏休み、私は初めて「足立美術館」を訪れました。その時 買って帰ったポスターが、林義雄さんの『こんにちわ』(↑)です。あれから17年ほど経ちますが、今も玄関に飾ってあります。小さな男の子とつくしんぼ、そして小鳥や蝶々たちが楽しそうに笑い合う姿が、優しい色合いと溶け合って、なんとも可愛らしい作品でしょ~。^^*林義雄さんは、元々 日本画を学んでおられたそうです。彼の師である蔦谷龍岬氏の死後、童話作...

月照寺にて写真教室?!

あの おじさん、上手いこと いい場所を見つけるなぁ~。。。レンズを覗く度にイマイチな構図に頭を悩ませていた私は、少し先ゆく一人の男性に気が付きました。その人は、地面にしっかりと三脚を立てたり、そうかと思えば寝そべってみたりと、かなり本格的に撮っている様子です。あのおじさんの後を付けたら、もしかすると私にもいい写真が撮れるかも?! クフッ!(^m^*)横目でその男性の動きをチェックして、私は彼の立ち位置ばか...

山陰のあじさい寺。

島根県安来市にある足立美術館へと出向いた私は、そろそろ紫陽花が見頃を迎えるであろうと、松江市の月照寺にも足を伸ばしてみました。それは先々週にも訪れた、小泉八雲が愛した゛あの寺"です。(笑)(6/3日記)まだ少し早いようにも思われますが、それでも境内の殆どを覆い尽くすほど、様々な紫陽花が競う合うように咲き誇っておりました。少しでも、その雰囲気をお伝えできれば幸いです。                  ...

「月と駱駝」

結局、高松市美術館で開催されていた「加山又造展」へ、私は三度足を運びました。彼の得意とした迫力ある屏風絵に混じって、キリン・鹿・狼・烏など様々な動物たちを主題とした初期の作品も並んでいました。その姿は孤独で、色彩も暗く、一本一本の線も痛々しいほどに研ぎ澄まされているかのようでした。説明には、それら描かれた動物たちは、厳しい現実と不確かな未来を前に、なお日本画の可能性を信じて必死に模索続ける加山自身...

《ANUNA(アヌーナ)》

今週も後一日、、、。ホッとしながら帰宅した私の元に、兵庫県立芸術文化センターから毎月送られてくるコンサート案内が届いていました。次から次へとリーフレットをめくるうちに、そろそろ新しくコンサートの予約でもしようかなぁ~という気分になってきました。^^ある一枚のリーフレットを手にした私は、その神秘的な写真(↑)に時間が止まりました。それはアイルランドからの贈り物です♪そのグループの名は、『ANUNA(アヌーナ...

栗林公園に物申す。

「公園の向こうに見える高いビルが邪魔だよねぇ。」振り向くと、小学生くらいの男の子がアイスクリームを舐めながら、隣りに座るお祖母さんに話し掛けていました。子供でも気が付くんだ!!ちょうど その時、私も緑豊かなその景観を写真に撮ろうとしたのですが、、どう調整しても背後のビルが入ってしまい、何度もカメラを下ろしていました。角度を変えると、また別のマンションが顔を出すのです。。。(><)西側を向けば紫雲山が...

パラグアイのお土産。

今朝の四国新聞に、私の叔父(叔母の主人)が寄稿した文章が載っていました。゛語りたい旅"というシリーズで、題名は「南米の邦人と触れ合い」。叔父の妹は花嫁移民として、昭和43年に香川からパラグアイへ渡りました。そうはいっても、パラグアイ人に嫁いだ訳ではありません。 ご主人は日本人です。長年 日本で身に付けた洋裁の腕を生かしながら、現在 パラグアイの日本人婦人会長を務めています。叔父は念願であった その妹のも...

松江城のビューポイント。

こんな無作法な私ですが、、、(^^;NZへ旅立つ前のほんの僅かな期間、茶道を習っておりました。すでに着付けも習っていた私は、毎週のお稽古を和服姿で通っていました。゛わび・さび"の真髄までは理解できない私でも、あのピンと張り詰めた、無駄のない所作と美しい立ち振る舞いは、大和撫子としての憧れを感じます。そして その頃、もっとお茶の世界が知りたいと、片道4時間ほど列車に揺られて、しっとりと奥ゆかしい松江の町を...

ヨン・クリ、プリクラを撮る!!

「今日はヨンサマちゃんの予防接種でお越しですね~。^^」半年ぶりに訪れた動物病院。今日はヨンサマの年に一度の予防接種と、2匹のフィラリア・ノミ・ダニ予防の日でした。*6月から12月まで、ほぼ毎月のようにフィラリア予防や体重チェックでお世話になるH先生。実は先生とヨンサマの相性は最悪で、ヨンサマは一度、薬を飲ませようとした先生の指を噛んだことがあるほどです。気の強いヨンサマは、自分の嫌いなこと、特に顔の周り...

No image

小泉八雲とケルト文学。

あれから、小泉八雲について気になってきました。(笑)どうやら私は月照寺を訪れたことで、小泉八雲の摩訶不思議な世界へと迷い込んでしまったみたい。^^そこで彼について調べてみると、、、八雲の描くどこか現実離れした独特の空気感が、ケルト民族と深い繋がりがあることを知りました。*小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーンは、1850年、アイルランド人の父とギリシア人の母との間に生まれました。ファーストネームの...

小泉八雲が愛した寺。

江戸時代のこと。大亀が夜な夜な松江の町を徘徊し、暴れ回ったといいます。それは、亀を愛でていたという、今は亡き藩主を偲んで造られた石像です。その暴れように困り果てた寺の住職は、深夜、大亀に説法を施しました。すると大亀は、「私にもこの奇行を止めることはできません。あなたにお任せいたします」と、大粒の涙をポロリポロリと流しながら頼んだそうです。そこで、その藩主の功績を彫り込んだ石碑を大亀の背中に背負わせ...

紫陽花の…。

                                        (picchuko園にて)紫陽花の 藁で結いたる 垣ひくしこれは、私の(母方の)祖父が戦後間もない頃に詠んだ句です。祖父は戦前、俳句雑誌「ホトトギス」という同人会の一員でした。その中でも何度か金賞を戴くほどの実力者だったのですが、戦争が激しくなってからは、自作の句を世間に出すことはなくなりました。* * *私の中学時代のこと。自分で...