I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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慎太郎伝。

さわさわさゎ~。

気持ち良く風になびく竹の葉音を聞きながら、私はゴロリと寝ころびました。
             2010-10-31 17:54:05

『 捨身廻天 』
壁に掛けられたを見つめながら、私などでは到底理解し得ないその言葉の深い意味について、しばし思い耽っていました。

    2010-10-31 17:53:21

中岡慎太郎。
昨夏に訪れた彼の生家の居心地の良さをもう一度感じたくて、雨を含んだ重たい雲が空を覆う中、再び高知県は安芸郡北川村へ出掛けてきました。

どうしようもないほど田舎で辺鄙なこの場所に立つと、なぜか気持ちが澄んでいき、今日の天気とは裏腹に、心が晴れ渡っていくのを感じます。

『 捨身廻天 』 
その言葉のまま、身分を捨て、故郷を捨て、己を捨てて世直しに立ちあがった一人の幕末の志士。
彼の生まれたその場所には、彼の気骨の精神と深い懐を産み育てた何かが残っているような気がします。
そして、人情味溢れる慎太郎に相応しい居心地の良さに、あらゆる不安がすぅ~と解けていくような気がします。

*

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を私も時々見るのですが、
その中で、龍馬がよく口にする言葉、「わしがニッポンを変えちゃるき。」
この言葉を聞く度に、このドラマはあまりにも脚色し過ぎなんだろうな~って思います。

私は、龍馬は決して「わしが日本を変えちゃる。」とは言わなかったと思います。
自分の胸中には「日本を変える」という思いはあったでしょうが、仲間内では機運を高めるためにそう口にしたことがあったのかもしれませんが、

人間、そこに「わし」がある限り、小さな「我」があるうちは、決して大事を成すことはできないと思うのです。

大我を持ち、天を廻すほどの人間は真の無心だと思うのです。

ですから、「龍馬伝」の龍馬は、あくまでも大衆受けするカッコいい福山龍馬像でしか存在せず、
そこに本当の龍馬の姿はないのでは、、、といつも思ってしまいます。

慎太郎もしかり。
彼は自分の名を残すことなど一切考えなかったことでしょう。
ただ維新回天に命を燃やした一人の志士にしかすぎず、それに彼は満足しているように思います。

*

慎太郎の生家からほど近くに、彼が幼少の頃 勉学に励んだ松林寺というお寺がありました。
今は侘しい山門が残っているだけですが、そこに慎太郎の遺髪が納められた墓地があります。
決して目立つお墓ではないのですが、そこからはちょうど生家が見降ろされ、家族とともにひっそりと並んで立っています。

慎太郎は、龍馬とともに京都の霊山護国神社に埋葬されているそうですが、
例え訪れる人が少なくとも、彼によって栽培が広がった柚子香る北川村に、家族の元に慎太郎は帰ってきたいんじゃないかなーって、ふと思いました。

                       2010-10-31 17:54:28


なんて、少し真面目に(?)書きましたが、
慎太郎の遺髪墓地の前で、ちょっぴり胸が傷むことがありました。
それは、彼の隣りに「慎太郎の妻 兼」と書かれたお墓があったこと。

え"? 妻?
なんだぁ~、独り身じゃなかったのかぁ~。

じゃぁ、独身だったならどうするというのよ! 
チクっと傷む心に、自分で自分にツッコミを入れた10月最後の日曜日でした。(笑)

2010-10-31 17:52:45

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10月17日、おのころ島神社参拝。

「伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の二神は、天の沼矛(美しい玉飾りのついた矛)を指し下ろしてかきまわし、その矛の末(さき)から垂り落ちた塩水が積もり積もって島と成りました。
これが自凝島(おのころじま=自ずから凝り固まってできた島)であり、
二神はその島に降り、夫婦となって国生みをされました。」

と、『古事記』に登場するその島は、淡路島南端の沼島、又は島北部の絵島とも、紀淡海峡にある友ヶ島とも言われていますが、
南あわじ市にも古くからその地名が残る場所があります。

そんな日本の国生みの舞台となった、伊邪那岐、伊邪那美の二神を祭る『おのころ島神社』を、
一週間前の『出雲大社』に次いで、参拝致しました。

出雲大社、おのころ島神社、そしてもう一つお参りすることで厄祓いとしよう!
これが浅はかな私の考えであります。(笑)


『おのころ島神社』は、淡路島の四国寄りに位置し、高速道路からでも赤い大きな鳥居が見えてきます。

2010-10-26 18:36:55
こちら、高さが21.7メートルもあり、平安神宮と厳島神社と並んで、日本三大鳥居なのだとか。

私にとっては、13~4年前に大学時代の仲間と夜を徹してドライブをし、みんなで手を合わせた懐かしい場所。
これで二度目の参拝です。

当時はあまり有名でなかったのかもしれません。
ひっそりと佇むお社が厳かであるとともにどこか寂しそうに感じたものでしたが、
ある女優さんが、この神社にお参りをした後にお付き合いし出した男性と結婚したことが話題となって、
その名残りなのでしょうか、今では参拝者が入れ代わり立ち代わり、遠くは石川県からも来られていました。

実は、この神社も良縁や安産、夫婦和合をご神徳とし、それが若い人達にウケているのかもしれません。
ですが、私はもう一つのご神徳、健康長寿を祈願すべく、改めてこの地を訪ねました。

と言いつつ、な~んてことない、日本発祥の地という縁起担ぎという訳です。(笑)


そんなミーハーな参拝であるにも関わらず、
出雲大社参拝以来、目まぐるしく回復してきたわが母は、この おのころ島神社参拝でますます元気になりました。

私はと申しますと、以前よりもパワーアップし、
今では日本の国生み伝説にも興味が沸き、ちょっと研究を始めました。^^

というのも、私と縁の深いニュージーランドのマオリ族の神話とも関連するものがあるらしく、
夫婦の神の子供が島になったという伝説は、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアなどの南方の太平洋沿岸に共通して広がっているのだそう。

太古の昔から日本はそれらの島々と何かしら行き来があったのか、
そのような国生み伝説は島国ならではのものなのか、
では、同じ島国であるイングランドやアイルランドではどんな伝説が残っているのだろう、、、
と色々と想像が膨らんで、結構 楽しいものなのです。

淡路島の新たな楽しみ方、発見です!(笑)

切手のない贈り物。

~ 私からあなたへ この歌を届けよう
    広い世界にたった一人の 私の好きなあなたへ

   picchukoからあなたへ この景色を届けよう
     いつもの感謝の気持ち添えて 私の好きなあなたへ ~



今日、再び 「あわじ花さじき」へ行って来ました!

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(笑)

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10月10日、出雲大社参拝。

先週のことになりますが、
旧暦の神無月には まだ少し早いけれど、全国の神様方より一足お先に、出雲大社へ参拝させていただきました。

早朝6時半、我が家を出発。
少し体調が良くなった母を助手席に乗せ、「健康と縁を結べますように」との願いを込め、一路 山陰へと車を走らせました。

出雲大社といえば、誰もが知る 『 縁むすびの神様 』。
旧暦10月11~17日まで、出雲の地に 全国から八百万の神々が縁結びの相談をするために集まります。
2010-10-16 18:40:29
(十九社 :
 神在祭の間、集われた全国各地の神々の宿所となる社であり、通常は全国各地の神々の遙拝所です。)

ガイドブックの見出しにも、「お願い神様! 私の恋を叶えて!」と書かれてあります。(*^^*)
良縁を望む独り身の私にとって、最高神とも呼べる大国主神様ですが(爆)、男女の縁ばかりを取り上げた客引きの仕方はどうなの~?
って思うほど、若い男女のカップルで境内はごった返しておりました。。。(笑)

というのも、この御縁とは森羅万象の縁を指すもの。
「良い方と巡り合えますように。」「私の恋が叶いますように。」という祈りが切実なことも分かりますが、もっともっと奥の深い『 縁 』を指すのです。

私は今回で四度目の参拝でしたが、拝殿で手を合わす前に、霊止(ひと)としての縁に気づかせて戴けたことは、とても有難いことだったと改めて感謝しています。

正面鳥居をくぐり、祓橋を渡り、松並木の参道を進むと、右手に『 ムスビの御神像 』が見えてきます。
それは、両手を大きく広げた大国主神様が、「幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)」を戴いている印象的な像であり、私が出雲大社へお参りする時は つい足が向いてしまう場所。
2010-10-16 18:35:25

いつも通り、これを写真に収め、ふと説明文に目をやると、次のことが記されておりました。

【時に海を照して依り来る神あり 吾在るに由りての故に汝その国造りの大業を建つるを得たり 

  吾は汝が幸魂奇魂なり 大国主神これ吾が幸魂奇魂なりけりと知りぬ

  古事記また日本書紀に述べるところであります。
  出雲大社の御祭神大国主神はこの幸魂奇魂の"おかげ"をいただいて神性を養われ「ムスビの大神」となられました。
  生きとし生けるものすべてが幸福になる「縁」を結ぶ"えんむすびの神"と慕われるゆえんであります。

  およそ人が人であるということは幸魂奇魂というムスビの"みたま"をわが身にいただいて霊止すなわち人として生かされているからであります。
  大神からいただいたこの"いのち"を感謝して大切に正しくこれを生かしきりましょう。 以下、略。】

出雲大社のホームページによりますと、
「幸魂」とは、"花が咲く" "布を切り裂く" "物が割き分かれる"という言葉のように、物が分裂し、増加繁殖して栄える力を意味し、
「奇魂」とは、「櫛」「串」の言葉のように、"櫛で乱れた頭髪を解いて整える"、"串刺しにして、それぞれの物を統一する"というように、統一し調和する力を意味するのだとか。
つまり、「幸魂」によって分化繁殖したものを統一し、調和のとれたものとして、一層発展させてゆく力が「奇魂」なのだそうです。

ここでハッと目が覚めたように思いました。
まさに第三の目が開眼した感じ?(笑)

これまで浅はかで小さな縁ばかりにこだわっていた自分がなんとなく恥かしく、それしか感じ取れなかったこれまでの人生が勿体なく、少し真面目に本来の持つ縁の意味について考えさせられました。
ちょっとだけ悟れたのかな~。
それから、澄みきった秋空のように、清々しい気分で御仮殿へ向かうことができました。
* 現在、御本殿は修造中であり、平成25年5月まで、御神体は御仮殿へ遷されています。

(御仮殿と、修造中の御本殿)
2010-10-16 18:37:17

2010-10-16 18:36:21


* * * * * * *

さて、そんな有難い出雲大社参拝の現実は、、、。

到着予定時刻は11時過ぎのはずでした。

2010-10-16 18:41:16
宍道湖のサービスエリアで休憩をし、予定どおり11時頃に出雲ICを降りました。

遠くに日本一の大鳥居も見えてきて、到着予定時刻まで残り5分となりました。

ですが、3連休の中日であり、時候も良くなり、まさに行楽日和です。
ずら~っと並ぶ車の列に、私ももれなく入ってしまい、どうにもこうにも動けない状態に陥りました。

あ~、このままじゃ、12時を回っちゃうな。。。
近くのスーパーに車を停めようかな~とも思ったのですが、大社まで3km程ありましたから、渋滞が緩和されるまでしばらく待とうと思いました。

ところが、にっちもさっちも動かない。
もうちょっと、もうちょっと、、、と言い聞かせながら、12時のサイレンを悔しく車中で聞きました。

2010-10-16 18:41:45
途中、大勢の観光客が集まる場所を見つけました。 それは、<旧大社駅>。
すでに廃駅となっているものの、大正13年に造られた2代目の駅舎は、木造平屋で出雲大社を模した造りになっています。
その昔、多くの参詣者は、まずこの場所に降り立ったのでした。
帰りに時間があれば覗いてみようかな。
出雲大社まで約600m。 この時点で、ちょうど13時になりました。

<古代出雲歴史博物館>にも立ち寄ってみたいな。
先々に貼られたポスターを見ながら、もう大鳥居も間近だもの、直にお参りもできるでしょう、、、その時は安易にそう思ったのでした。
まだまだ続く車の列に、「いくらなんでも、15時には余裕でしょう。」なんて、冗談を言えたのもこの頃まででした。

2010-10-16 18:42:26
大鳥居に辿り着くや、実はその先がまだまだ長く、、、やっとのことで正面鳥居に到達したのが14時半。
その後も渋滞は永遠と続き、大社駐車場へ入ったのは15時を優に回ってからのことでした。
げぇ~!(><) 冗談が冗談では済まされない渋滞でした!

時間があれば、<日御碕>へも行きたかった、歌舞伎の創始者である出雲阿国(いずものおくに)ゆかりの場所も見たかった、、、。

それなのに~~~!!! たった3kmが4時間です☆(ToT)

「ここまで待ったのなら、最後まで待とう。」なんて、「短気な人には御利益はないわ。」なんて自分に言い聞かせたことが裏目に出て、
目の前には大鳥居が見えていたのに、本当なら家から3時間半で着く道のりが、なんと8時間半も掛ってしまいました。(号泣)

出雲へ出向いてから分かったことですが、翌11日には各大学による出雲駅伝が行われ、その準備もあったようです。

この日までではないにしろ、常に混雑が予想される出雲大社。
出雲大社へ自家用車で行かれる方は、少し遠いくらいで車を預け、徒歩で向かわれる方が宜しいかと思われます。
         2010-10-16 18:38:39

懐かしさと憧れと腰痛と。(笑)

続く時は続くものでして、
月曜日の朝、職場でいつものように清掃をしていた時のこと。
なんてことない 軽い紙切れを一枚、ゴミ箱に捨てようとして、グキ~☆と腰をやってしまいました。

先々月、戴きものの広島米 30kg を運んだ時も、2日後に腰が痛みだし(その時間差が悲しい。><)、実は接骨院に通っていたのでした。
「泣き面に蜂」とはこういうことでしょうか。。。


明けて火曜日。
ホント、続く時はどこまでも続くのです。(大泣)
「今日、姉ちゃんのところも大変だったのよ!」 帰宅早々の私に、興奮した母が喋ります。
「ゆうくん(私の甥)が胆嚢結石で救急車で運ばれてね、胆嚢の入り口に石がいっぱい詰まっていて、先ほどから胆嚢摘出の手術に入ったのよ!」
「え"ぇ~~~! @@」

私と12歳違いの甥は今、岡山市内で作業療法士として働いています。
早朝から夜遅くまで、休みも殆どなく頑張ってきたのが祟ったのか、一人暮らし故の食生活に問題があったのか、
これほどになるまで、本人はその痛みをずっと胃痛だと思っており、市販の胃薬で気を紛らわせていたのだとか。


「お祓いしたら~?」 同僚のK西君の言葉、ちょっと真剣に考えてみようかな~と思っております。(苦笑)

*

バタバタと慌ただしい毎日ですが、ふと 10月5日は、私が大学時代の一時期 片思いしていたY君の誕生日だということに気がつきました。

今年も「おめでとうメール」を送ってあげよう!^^
すると、すぐに返事をくれました。 そこには・・・
「いゃあ~久しぶりじゃね。 元気にしてますか? 俺は自転車でこけて鎖骨を骨折して、くっついたとこです。^^; ・・・・・・」とのこと! @@
災いがY君のところにまで飛び火してしまったようです。。。


そして、15年前のことを思い出しました。
それは、すでに私の気持ちも冷め、普通の友達に戻った後のことでしたが、それでも まだY君は私にとって心配すべき大切な人だった頃。

ある日、彼の親友のM君から、「picchuちゃん、Yを励ましてやってくれよな。 あいつのお父さん、今朝 亡くなったんだって。」と聞かされました。
私は悲しくて、彼の悲しさや心細さが伝わってきて、たまらなく苦しくなってきて、
「どうか、Y君の痛みを代わってあげられますように。 」 そう星空をみつめながら手を合わせました。
その数十分後、私の右腹に激痛が走り、私は夜間の救急外来へ運ばれることとなったのです。
原因は尿路結石☆
「痛い」の意味が違う~!!!と後になっては笑い話となりましたが、なんとなく私とY君の不思議な縁を感じて、胸がきゅんとしたのでした。(笑)

また重なってしまったね。^^
「単なる偶然だろ。」 彼のクールな表情が目に浮かぶようです。


そして、彼を好きだった頃によく聴いていたユーミンの音楽を思い出しました。
早速 昔のCDを引っ張り出し、今 再び ユーミンにハマっております。

知っていました? ユーミンの曲にメキシコが舞台になっているものがあるってこと!

< Holiday in Acapulco >  この曲、彼女の曲の中でも私の大のお気に入りです。
  (荒井由実時代から数えて18枚目のアルバム『ALARM à la mode』に収録されています。)

失恋の曲なのですが、さすがはユーミンですね。
軽快なサウンドで、まるで鼻歌でも歌うような、でもセンチメンタルなところはちゃんと感じさせて、、、。

ユーミン自身はアカプルコへ行ったことはなく、旅行雑誌を見ながら作詞したそうですけど、アカプルコを知らない私には、この曲とアカプルコはぴったりのように思えます。^^


~ どれくらい眠ったかしら 機内のアナウンスは陽気なスパニッシュ
    100萬$の夜景が ほら、海に浮かぶ アカプルコへ
  
  白いヴェランダ 熱い風 hum hum  石の噴水 エル・パティオ hum hum
    マリアッチのリズムを夜通しきかせて
  月明りで手紙書くの hum hum  ちょっと思い出したように hum hum
    あなたを忘れる途中 ホリデイは アカプルコ

  

  渚で手を握り合う ツアーの老夫婦はまるでハネムーン
    あなたと旅したかった いつかあんな風に でも もうだめね
      
  青いダリアの髪飾り hum hum  云い寄ってくる男たち hum hum
    どんなに誉めたってその手にゃ乗らない
  冷えたテキーラひと息に hum hum  夜のスコールかけ出せば hum hum
    プールサイドは虹色 憧れの アカプルコ

  
  ドアのキイを回して パタンと閉めた  散らかった荷物と ひとりの私

      
  観光馬車のお迎えに hum hum  ナイトクラブの舞踏会 hum hum
    マリアッチのリズムで教会の鐘が鳴る
  皮のサンダル ソンブレロ hum hum  安くされても いらないわ hum hum
    お土産買うあてもない ホリデイは アカプルコ ~


メキシコにはAcapulco(アカプルコ)の他に、私が行く予定のCancun(カンクン)、そしてカリフォルニア半島の先にある高級リゾート地Los Cabos(ロス・カボス)など、
太平洋側にもカリブ海側にも多くのリゾート地が立ち並んでいるのですね。

これまでサボテンとピラミッド、あとフリーダ・カーロのイメージしかなかったメキシコですが、想像以上に素晴らしい国のようです。^^

懐かしい恋心と、憧れのメキシコ、痛い腰を擦りながら、しばらく夢を見たいと思います。(笑)

「元気がカエル」

先月末の木曜日のこと。

宛先に『 JAPON 』と書かれた一枚のハガキが、わが家のポストに届きました。

それは、ブログのお友達、mimi ylangさんからの温かいお心が籠った絵ハガキでした。

Mimiさんは現在、フランスは海外県、インド洋に浮かぶレユニオン島(マダガスカル島から東へ800km)で生活されております。

そのレユニオン島から、はるばる可愛いカエルちゃんがピョンッとひとっ飛びして来てくれました。^^

Mimiさんの絵は、本当に温かい。
イキイキと輝いて、Mimiさんってきっとこんな方なのだろうな~って思わせてくれる、本当に素敵な絵を描かれます。

そして、表に書かれた文章からも、いかに愛情が深く、女性としても人間としても優しく大きな方だということがよく分かります。


「・・・  今日は、お母様のお元気が少しでも早く回復されたらいいなぁ、という気持ちを込めて、カエルちゃんを描いて送らせていただきました。
『元気がカエル』というか、カエルちゃんがピョンッと元気もレユニオン島から運んでくれますように!  ・・・」

Mimiさん! 届きましたよ!! 元気がカエって来ましたよ!!!
そのお気持ち、とても嬉しかったです。 ありがとうございます!!!!!


Mimiさんをはじめ、沢山の方々に母の心臓病への温かい励ましのお言葉を戴きました。
改めて、感謝の気持ちを込めてお礼を申し上げます。
真にありがとうございました。

おかげ様で、先生からも「意外と心臓そのものは丈夫なんだね。」と言ってもらえるくらい、術後の経過は順調にいっております。
ただ、心房細動の不整脈を持っていますので、血栓ができないよう血液をサラサラにさせるワーファリンをはじめ、一日に16錠も飲まなければならない薬のせいで、胃腸の調子がよくありません。
本調子になるまでは、まだまだ気長に病気と付き合っていかなければなりませんが、それでも前向きに、『元気がカエル』ことを信じて、明るく頑張っていきたいと思っています。

*

と、やっと今の生活が慣れてきた水曜日のこと。

職場の玄関のお花を生け終えた私に、母から電話が入りました。

「父さんが道端で転倒したの。 仕事中で悪いけど、ちょっと病院へ連れて行ってもらえない?」

え~! 転倒!!
もう! こんな忙しい時に!!!

どうも自転車を避け損ねて後ろ向きに転倒したようです。

車の後部スペースを空け、そこに父親を乗せたらいいよね。
そう思いながら、転倒したという 自宅からそう離れていない場所へと急ぎました。

「どうも簡単には動かせないから、今、救急車を呼んでるからね。」
体調の優れない母に代わって、近所の方が119番通報をして下さいました。

えぇ? 救急車って、、、、そんなに大事(おおごと)なの???

付き添いといえど、私にとっては生まれて初めての救急車。
父の心配よりも、そっちの方がドキドキしてしまって、病院までの道すがらについてはあまり覚えておりません。(笑)

「お城が見えてきたから、もうすぐですよ。」 消防団員の方が優しく声を掛けてくれたことだけ記憶にあります。
運ばれたのは、丸亀城からすぐ東。お堀を越えたらすぐ現れる香川労災病院です。

結局、骨盤を2箇所骨折しており、即入院と相成りました。

ですが、出血も殆どなく、手術の必要もなく、大難が小難で終わらせて戴きました。
しばらく寝たきり状態ではありますが、、、。


そんな時に、思いもかけないレユニオン島からのカエルちゃん。
余計に嬉しく心強く思いました。^^

*

「これだけ大変なことが続いたら、後は良いことが待ってるよ。」 職場の同僚Aさんの優しい言葉です。
私もそう思います。^^

不思議と以前よりも疲れが溜まらず、時間の使い方も上手になってきました。


色々なことを体験させて戴いてる今、これも勉強なのだと感謝しております。


そして、気持ちも明るく前向きで、本当にこれからは良いことだけが待っているような、そんな楽しみが沸々とお腹の底から湧きあがってくるのです。(笑)


私って、意外と逞しいのかも~?って、新たな自分を発見している毎日にも感謝です。

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