I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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手塚治虫記念館へ行って来ました♪

「で、宝塚歌劇場じゃないんなら、宝塚には何しに行ったん?」
お土産を分けている私に、同僚の I石氏が尋ねました。

「えぇ~とねぇ、手塚治虫記念館!」
「あはは、アトムを見に行ったんか~!?」

「いやいや、アトムが見たかったわけじゃなくて、、、とにかくいいところだから、一度 お子さん連れて行ってみなよ~。
私、10年くらい前にも行ったことがあって、これで2度目だったんよ。」

「ぷはっ! 2度目~?」と笑うI石氏。
ぷっ。 私とI石氏の会話を隣りで聞いていた A山氏も吹き出しました。

結局、話は高知の「アンパンマンミュージアム」に移ってしまいましたので、ここまで。

ですが、本当に本当に『手塚治虫記念館』は素晴らしいのです!!!

*

手塚先生の作品を初めて読んだのが10年ほど前。
それは、当時仲の良かったK君から無理やり押し付けられた漫画「アドルフに告ぐ」でした。

それこそ、手塚作品といえば「鉄腕アトム」と「ブラック・ジャック」しか知らなかった当時の私。
しかも中身は一度も読んだことはありません。アニメも見たことがありませんでした。

けれど、アドルフという3人の人物を要とし、ヒトラーがユダヤ人の血を引くという機密文書を巡っての歴史漫画の勢いに呑まれ、手塚治虫という人物が"漫画の神様"と呼ばれる理由がほんの少し理解できました。

そして、この秋。
偶然、書店で目にした「ブッダ」を手に取り、手塚先生の思想や宇宙観、圧倒的なスケールの大きさにひれ伏したい気分になりました。

そこで、急きょ 宝塚まで車を飛ばしたわけですが、やはり2度目でも大変素晴らしいものでした。

作品全てがそうですが、記念館の至るところで、自然への思いと命の尊さが込められた 先生のメッセージを感じることができるのです。
人間も動物も植物も、宇宙の中の地球の中の同じひとつの生命体だと、気付くことができるのです。

ホント、スケールが違うんですよね~。
改めて感動しまくりの私は、早速 先生の代表作「火の鳥」を購入しました。^^


記念館には大人も子供も大勢 来られていました。

2階に設けられたライブラリーでは、皆さん 夢中で手塚作品を読み漁っていました。
医学部時代の貴重なノートや中学時代の自画像、子供時代に写生した昆虫などなど、漫画家として大成する前の貴重な資料も見ることができます。

G階にはアニメ工房があり、実際に作品を作る体験をさせてくれたり、
こんな施設が近くにある子供達は幸せ者だぁ~って、目をキラキラさせている子供達を見ながら羨ましくも感じました。

ちょっとしたシアターでは、手塚先生にちなんだアニメが放映され、それだけでも心がじわ~って温かくなります。
そう! 先生の作品に囲まれていると、自然と温かい気持ちになれるんです!
先生ご自身が愛情に満ちた方だったのでしょうね~。^^

ここは何度訪れても感動する場所!!
今度、思いっきり笑ったI石氏とA山氏に、はっきりそう教えてあげようと思います。(笑)

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今も続くpicchukoのロシア熱っ。

私のアンテナは、今もロシアに向けて伸びているらしい?

先月11日、産経新聞の『トルストイ没後100年・「共訳」を手がけた日本人に脚光』という記事が目に飛び込んできました。

読み進めていくと、それは岡山県出身の人物だとあります。
そういえば、社会主義・マルクス主義に傾倒し、日本で最初の社会主義政党である社会民主党の結成に幸徳秋水らとともに加わった"片山潜"という人物も岡山の出身。
ここで、ピクピクっと私の鼻が、、(もとい!)アンテナが動いたのが分かりました。(笑)

早速 調べてみると、岡山県倉敷市において、その人物に関する展示があるということが分かりました。
しかも、瀬戸大橋を渡ってすぐ、倉敷市児島です。(有名な美観地区からは随分と距離があります。)
私の町から30kmばかり、同じ香川の高松市へ行くよりも近いのです。

そこで、、いざっ、児島へ!

*

その人物は、小西増太郎。
日本人で初めてトルストイと出会い、彼の葬儀にまで参列したという。
あまり耳にしない名前だけど、どういう人物だったのか。


記事には、
「備前国(岡山)に生まれた増太郎は、東京の神田ニコライ神学校でロシア語を学び、明治20年、26歳でロシアへ。
モスクワ大学で師事した教授の勧めで『老子』のロシア語訳を始めた際、同書に興味を持っていたトルストイと知り合い、共訳作業を5カ月ともにした。
ロシア文学者の中本信幸・神奈川大学名誉教授は、「あるがままに生きるべきだとする『無為』に代表される老子の思想が、晩年、富や名声を嫌って家出するトルストイに与えた影響は大きい。
共訳が、老子への理解を深めさせた側面はあるだろう」と指摘する。」とありました。

増太郎と出会う前から、すでに東洋思想を好んでいたトルストイではありますが、彼との共訳作業でより一層 傾斜が進んだのかも(?)しれません。
そして、その思想が家族に理解されず、ソフィア夫人との確執を生み、一人寂しく冬の鉄道駅で最期を迎えることとなったトルストイを思うと、何とも複雑ではありますが、
それでもトルストイの言葉から影響を受けた人物が、世界に広がっているのもまた事実。
小西増太郎は、その鍵(?)となる人物なのかもしれません。


増太郎の死後、ある一冊の聖書が発見されました。
徳富蘇峰に托してトルストイから増太郎に贈られたロシア語の四福音書。
それが、今回の展示のメインだったのです。

2010-11-28 05:04:12
「小西君、君が紹介せられた徳富という方が、統ヤスヤナを訪問し愉快に面談した。
同氏に托して、四福音書一冊を君に送った。
同書の中で重要だと思う節々には朱線を引いておいた。まずこの節々を学び、それで根本思想をつくったのち、青線を引いた節々をお読みなさい。
そしてどんな線も引いてないところは、大切ではないから学ぶに及ばぬ。」

2010-11-28 05:03:40
その経緯を、徳富蘇峰が箱に直筆で記しているのがこちらです。

おお! トルストイが手にした聖書が目の前にあるぅ~!!!

薄いガラスを一枚隔てただけの、こんな間近にトルストイによって丁寧に線が引れた聖書があるんだ~!!!

かなり嬉しいぞ~、picchuko☆(笑)

私の他に誰もいなかった展示会場。 しばし、貴重な空間を独占させていただきました。
倉敷らしく、蔵の中での展示です。^^
2010-11-28 05:05:34

*


今回、この展示会が開かれた場所が、国の重要文化財であり岡山県指定史跡の「野崎屋旧宅」。

2010-11-28 05:02:08

江戸時代後半、岡山の瀬戸内沿岸に広大な塩田開発を行い、「塩田王」となった野崎武左衛門の居宅です。

2010-11-28 05:06:49

2010-11-28 05:14:19

2010-11-28 05:14:21

                2010-11-28 05:14:22(扇面の石)

なぜこの場所なのかと申しますと、増太郎がロシアへ渡る前にこの野崎家に奉公していたからなのです。
ロシア正教(ハリスト修道会)の宣教師に出会い、その教えに感銘を受けた増太郎は、野崎家を飛び出し、東京のハリスト修道会の神学校を目指しました。
そんな増太郎を、主人であった野崎武吉郎は生涯支援し続けたそうです。


岡山には、世界最古の庶民の為の「閑谷学校」を開いた藩主・池田光政候といい、この野崎武吉郎といい、器の大きな"あしながおじさん(?)"が多かったのですね~。

白川郷を旅して。

高山市内で、八重歯の可愛らしい一人の青年と知り合いました。
青年といっても、30歳前後にはなるでしょうか。

「どうしても自然に還ろうとする働きがあるんですよ。」

私達が訪れた(11/13)5日前に初雪が降った話をしながら、彼はそう口にしました。

何気ない石段を指さし、長く厳しい冬を何年も何年も乗り越えているうちに、溶けた氷が石と石との間に染みわたり、その積み重ねが 一つ一つの石段すら持ち上げたり ずらしたり、
「放っておくと、どうしても自然に還ろうとする作用が働くんです。」

ここで暮らし始めて5年になるという その青年は、しみじみそう呟きました。


自然に還るかぁ~。


*

これまで何度も飛騨高山までは足を運んでいるものの、その一歩奥にある白川郷へ赴くことは、今回が初めてでした。

自然に還る。

彼の言葉がとても心に残った私は、
世界遺産に登録されている『白川郷合掌造り集落』もきっとそんな場所なのだろうと、素朴で懐かしい景色を想像しながら車を北へと走らせました。

遠くの山々を5日前に降ったという真っ白な雪がうっすらと覆います。

"国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。"
まるで、かの有名な小説に出てくるような、
白川郷IC手前には、つい そんな景色を期待してしまう11km近くにも及ぶ長~い長~いトンネルがありました。

ますます想像を膨らませながら、車はトンネルに吸い込まれるように進みました。

2010-11-21 17:11:42

2010-11-21 17:12:12

2010-11-21 17:13:02

「そこには、今なお600人を越える人の生活が息づいています。
互いに助け合って 家を建て田畑を耕し、雪と戦うなどして この貴重な遺産を守り継いできました。

今の時代にとっては、この合掌造りは住みにくさと維持費の多さを克服することが必要です。
この遺産を保存するためには、すばらしい風景を守るとともに、
ここに住む人が息が詰まって逃げ出したくならないような、快適に住める環境づくりが求められています。」

2010-11-21 17:14:04

白川郷合掌造り集落の説明書の1ページ目には、そう記されております。

                   2010-11-21 17:16:44

地球上のものは、例え人間の手が加えられたものであっても、放っておくと、月日とともに自然へ還ろう、自然へ還ろうとする働きがあります。
自然は人の心を和ませてくれるけれど、ただ自然に任せ、ただ自然に還らせたのでは、この美しく懐かしい風景を残していくことはできない、そう改めて気付きました。

まして、自然の厳しさと向き合っていかねばならないこの場所において、それを守り受け継いでいくことの大変さは、ただ観光に訪れた私達では簡単に理解できるものではありません。

2010-11-21 17:14:32

ただ、ちょっと欲を言えば、もう少し素朴さを残して欲しかったかな~。
世界遺産に登録されて、観光客の数もうんと増加したのでしょうね。

人の多さは我慢するとして、
昔ながらの合掌造りの家のかなりの数が、旅館であったり、茶処であったり、お土産物屋さんになったりと、ただの農家の佇まいからは遠ざかってしまっていました。

貴重な遺産を守り、ここで生活を続けて行く為には仕方がないこと、、、
そう頭では分かっていても、それがちょっぴり残念でした。
きっと私が期待し過ぎていたのでしょうね。^^

2010-11-21 17:15:06

さて、この白川郷の景観をより一層美しく見せる理由が、ほぼ規則的に屋根面を東西に向けて建てられているということ。

その理由は3つほどありまして、
一つが屋根の日照条件、2つには風に対する防御、3つ目には宗教上の点、とのこと。

13世紀中頃、親鸞の弟子によって この地に浄土真宗が布教され、今でも信仰の篤いこの地方では、どの家も仏壇を所有しているそうです。
しかも、その仏壇は火災の時などに建物の外部から壁を取り外して運び出せるように、南北のいずれかの壁際に配置されているのだそう。

そして、仏壇が据えらる方向とはまったくの反対側に便所が配置され、
それは隣りの家との関係においても同様で、仏壇と便所が決して向かい合わせにならないように、
隣りの家とも基本的に、仏壇と仏壇、便所と便所で向き合わせになっているのです。

この法則を実現するために、建物群の方向は一定の規則を守る必要があったそうです。

         2010-11-21 17:17:17

世界遺産・白川郷へ行って来ました♪

今、岐阜県は下呂温泉、わんこと泊まれる宿「わん泊亭(紅葉館・別館)」に宿泊しています。 (笑)

ヨンサマもクリスもいつになくお澄まし顔のいい子ちゃんで、初めてのお泊まりは大成功のようです。

今回、私にとって初の体験となった下呂の湯は、一見 さほど特徴を感じられるものではなかったものの、最近の悩みであった頑固に荒れたボロボロの手が、一度の湯で すべすべとなり、
流石は日本三名泉の一つだけあるなぁ~と感心しております。(*^^*)


*

さて、昨日は世界遺産である『白川郷』へ行って来ました!


かなりの親バカではありますが(笑)、
どこへ連れて行っても 「可愛い~☆」と囲まれる わが愛犬・クリスくん。
白川郷でも、他の多くのわんちゃん達を抑え、圧倒的な人気を勝ち取りました。(笑)


先月のお伊勢参りでもそうでした。

それは、帰りの桂川パーキングエリアでの出来事、
岐阜県の方だという ある優しそうなお姉さん。

クリスを一目見るや駆け寄って来て、 連れのご主人に無理矢理引き離されるまで、クリスの傍から離れられない様子。
クリスの方もまんざらでもない風で、大きなお目目を嬉しそうに細め、しな~と寄り掛かる姿は天下一品!

そのあまりの可愛いさで、
「良かったら これ、食べて下さい。 もし要らないのであれば、わんちゃんにあげて下さいね。」
と、メロンパンを2個買って下さりました。

もちろん本命はクリスでしょうが、
はい! 素朴で大きなそのメロンパンは、私と母とで次の日の朝食として、大変美味しく頂戴致しました。(爆)


これはこれは!(`▽´)
すっかり味をしめてしまった私です。
白川郷でも「クリス、頼むよぉ~。」としっかりはっぱを掛けておきました。(笑)
狙いは、ちょっぴり年配のお姉さん!?

けれど今回、「可愛いぃ~!」の言葉は十分過ぎるほど浴びさせて戴きましたが、 五平餠も みたらし団子も未だGETならず。。。 (-_-)

う~む。( ̄~ ̄)ξ
ではでは、帰りのサービスエリアで本領発揮と願いましょうか、、。(笑)


ちなみに、もう一匹のヨンサマは我関せず。
微笑みの貴公子となるはずが、人間には全く興味がないようです。( ̄▽ ̄)

10月23日、伊勢神宮(内宮)参拝。

一番、参拝したいと思っていた場所、それが伊勢の神宮でした。

平成8年のご鎮座2000年に参拝して以来、もう14年の月日が流れます。

ただ、香川から行くとなると、少しヨイショのいる距離です。
調べてみると、車で5時間ばかり掛かるとあります。

5時間ですか、、、。
休憩や渋滞を入れると、7時間は覚悟しなくては、、、ということです。
どうしようかなーと迷っている時、あの出雲大社での大渋滞を思い出しました。

あの時、8時間近く掛かったのだった。(4時間は渋滞の中)
ということは、7時間でいける伊勢神宮の方が楽かもしれない?(笑)

もちろん、常に日本中から参拝者が集うお伊勢さんですから、出雲大社以上の混雑も覚悟しなければなりません。

ということで、深夜1時にわが家を出発。
夜中に置き去りにするのは可哀想と、2匹の愛犬を連れての家族総出のお伊勢参りとなりました。
(ご神域は、ペットの連れ込み不可となっておりますので、お参りの間はお留守番です。)

午前8時に伊勢ICに到着。

お伊勢参りは外宮から内宮へ、というのが正式の順序ということは知っていましたが、なにせあの広大な敷地ですから、母の体調を考えて、内宮のみの参拝としました。

*

天照大神様が天の岩戸にお隠れになった際、八百万の神様が天安河原にお集まりになり、どうすれば外へ導くことができるかを相談しました。
そして、天の安河の川上にある堅い岩を取り、鉱山の鉄を採り、鏡を作らせました。

それが天の岩戸開きで有名な八咫鏡(やたのかがみ)です。

ご存知、伊勢神宮の内宮では、三種の神器のひとつである その神鏡を御神体として、天照大神様をお祀りしてあります。


鳥居をくぐり、宇治橋を渡り、五十鈴川のほとりで大きく深呼吸。
清流の澄んだ冷たい水に手を浸けると、もうそれだけで心身ともに清められる感じがします。
2010-11-06 23:50:04

朝靄が立ち込める中、足元には山草が生い茂り、杉やヒノキの大木に囲まれて、
その木立からこぼれる眩い光に手をかざし、心地よい蒸気を肌に感じながら、一歩一歩ご神域を進んでいきます。

朝の空気がより一層、神聖な雰囲気を盛り上げてくれるようです。
頑張って、高速を夜通し走って正解でした。^^

2010-11-06 23:53:13 2010-11-06 23:52:26
 
           2010-11-06 23:50:49
大木を抱きながら、逞しい生命力を分けてもらました。

      2010-11-06 23:55:10

そして、御正宮(ごしょうぐう)に手を合わし、続いて別宮の荒祭宮へと向かいました。

      2010-11-06 23:57:19

荒祭宮とは、天照大神様の荒御魂(あらみたま)をお祀りする場所。
神様が特別な働きをする状態、または神様が現れた状態が荒御魂なのだとか。

(天照大神様は日の神様。その荒御魂、、、あら、あら?、アラー???
確か、アラーの神様も太陽神じゃなかったっでしょうか?(笑))


御正宮ではただただ神恩に感謝をし、荒祭宮でお願い事をする方が良いと聞いたことがあったのですが、
私は神々しいこの場所に立つこと自体が勿体なく感じ、どちらにおいても お参りさせて頂けたことの感謝を述べることで精いっぱい。

その代わりと申しましょうか、帰りに神楽殿にて、御祈祷をお願い致しました。

おかげで気持ちもしゃんとして、まるで生まれ変わったような感じです。

お伊勢さんも平成25年のご遷座に向け、着々と新しく生まれ変わって(?)いらっしゃるご様子。(笑)
第62回式年遷宮御敷地にも手を合わせて帰りました。
2010-11-06 23:55:41

美しい緑にも心癒され、やっぱりここは日本人の魂の故郷、日本人の心そのものだな~と感じたお伊勢参りです。


それでは、そんな内宮の眩しい緑をほんの少しだけお届致します。^^
2010-11-06 23:58:19

2010-11-07 00:00:25

2010-11-06 23:59:48

2010-11-07 00:01:04

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