I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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おかげさま。

私の尊敬するブログのお友達 「gundayuuさん」から、心のこもったお守りが届きました。

京都・六角堂の健康健脚お守りと、結びのお守り。 
私、素敵なラテン男性と出会えるかしら~、なんて!(*^^*)
2010-12-25 21:24:24
 
メキシコ行きを心配してくださるだけでも有難いことなのに、そのお心遣いに涙が出そうになりました。
gundayuuさん、まことにありがとうございます!


そして、こちらが同じくブログのお友達であり、すでにお姉さんのような存在である「うさぎの春子さん」より戴いたNZのTシャツ。
2010-12-25 21:33:45

描かれているのは、NZに生息している Tui という鳥。 
胸元に白いボンボンをつけた 茶目っけたっぷりな可愛い鳥です。^^
                   2010-12-25 21:34:06

TシャツとともにNZの風までが運ばれてきたようで、嬉しさと懐かしさで私の顔はますます皺くちゃになりました。^^
春子さん、改めましてありがとうございました!


このTシャツを着て、このお守りを持って、メキシコの地を闊歩してきたいと思います!!

*

「で、今度はプーチンじゃなくて、誰に呼ばれたの?」
メキシコ行きに対し、わが親友である きょんさんは半ば呆れた声で言いました。
「いやぁ~、誰に呼ばれたってわけじゃないけど~~~、もしかしたら、呼ばれてるのかもしれないけどさ~。^^;」

「で、また予防接種を打ったの?」
2002年に私がNZからペルーへ渡る時、クライストチャーチのホスピタルで3本(黄熱病・破傷風・A型肝炎)の予防接種を受けたことを、彼女は今も覚えているのです。
それは、ペルー旅行の後にNZへ再入国する為には必要不可欠だったから。
農業国であるNZは、日本などよりもずっと衛生的には厳しいんだな~と、その時 心底感じました。

「あの時 打った黄熱病の注射が10年効くからまだ大丈夫だよ。」と私。
「え~10年って、、、NZの注射って怪しいじゃん。」
「いやいや、日本よりNZの方がずっと信頼できるから~。」


彼女の相変わらずの毒舌ぶりに懐かしさを感じながら、話は本題へと移りました。

GWのモスクワ旅行の時は、出発前夜に関空入りをして、夜中の殆どをインターネットカフェ&ラウンジで過ごしました。
随分と前のことになりますが、それ以前にも二度ほど関空のベンチで夜を明かしたことがあります。(^^;

「もういい加減にちゃんとしたところに泊まりなさいよ~。」
そう何度も言われても、まだまだ私は若いから大丈夫よ~、、、なんて思ってたりして。
「違うでしょ! 女の子(???)だから言ってるんでしょ!!」  今にも彼女のお叱りが飛んできそうです。(笑)

今回は、29日夜に高松空港から羽田へと飛び、30日の午後一番の便で成田からアメリカはダラスへと向かいます。
そこで、私は今度は成田空港で一晩を過ごそうと思っていたのでした。

「え~、無理でしょう。 確か、成田って24時間開いてないんじゃない?
仕事で夜遅くに行った時も、ベンチで寝てる人なんて見たこともないよ。」
くぅぅ~!意地悪なんだから~!! でも、海外添乗員の彼女ならではの貴重なお言葉です。

私は成田空港に入っちゃえば もうこっちのものだと高をくくっていたのですが、彼女と会話しているうちに段々と心配になってきて、慌てて ホテルを予約した次第です。^^;

*

実は、当初の計画では、30日の朝に高松空港を出て、成田を出発するのが午後7時の予定でした。
その便でアメリカへ渡ると、メキシコのカンクン到着が30日の午後6時半になります。
(時差マイナス15時間)
そこからバスかタクシーでチチェン・イツァーに隣接するホテルへ向かうも、チェックインは深夜になってしまいます。

これを計画したのは8月のことなのですが、その時ではすでにその便にしか空席がありませんでした。
とは言っても、初めて訪れる場所、しかも治安もよろしくないということで、出発も目前になって、私は旅行会社のMさんに無理難題のメールを送りました。
「やっぱり早い便は満席なのでしょうか? 少々 料金がアップしても構わないので、可能ならば早い時間帯への変更をお願いします。」

すでに当初のEチケットが手元に届いた後でしたので、私がMさんなら適当な理由で「それは無理です。」と返答したと思うのです。
ところが、Mさんは何度も何度もアメリカン航空に問い合わせをし、何度も何度も航空会社から「ダメです。」という答えが返ってきたにもかかわらず、
最後には乗り換え時間の規定まで持ち出して、早い便への変更を可能にしてくれました。

ですから、当日の朝に高松を出発したのでは間に合わなくなったため、急きょ 東京で前泊することになったのです。

おかげさまで、これで出発前の大きな不安が一つ取り除かれました。


* * *


旅は、飛行機に乗った時から始まるのではなく、その旅を思い浮かべた時から、手配を始めた時から始まるものだと私は思います。

Mさんが手配してくださった海外旅行は、これで11度目となります。

彼女は、昨年のブダペスト行きでは、オーロラが見えますように~との思いで飛行機の席を決めてくださったり、
フィレンツェやルツェルンで年越しをした時など、旅先での新年のプレゼントをサプライズで用意してくださったこともありました。

過去にも何度かあった便の変更、急な行き先の変更にも嫌な顔ひとつせず、いつも最善を尽くしてサポートしてくださった Mさん。

あぁ、私の旅は彼女とともにつくりあげてきたんだな~と、これまでの旅を振り返りながら、今 しみじみ感じています。


そして、私の旅を心配してくださり いつも温かいお言葉とエールをくださるブログ友達の皆さん、
きょんさんをはじめとする沢山のお友達、
誰よりも心配しているものの いつも笑顔で送り出してくれる母。
そんな みんなの思いがあってこそ、私はいつも最高の旅を神様からプレゼントして戴けるのです。^^

すべてがみなさまのおかげ。 それしかありません。

改めまして、ありがとう!!!!!って、両手いっぱい広げて届けたいです。
そして、いい思い出とともに元気いっぱい帰国することが、みなさんへの一番のお土産なのだと思っています。



今年も一年、大変お世話になりました。
2010年の締めくくりと、新しい2011年がより素晴らしいものでありますように、古代マヤのピラミッドを仰ぎながら お祈り申し上げます。

至らない私ではありますが、来年も仲良くしてくださいね。^^
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ!

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メキシコ行きまで後10日!

実は、まだ全然 メキシコ行きの準備をしていない私。

元気になってきたといっても、まだまだすっきりしない母の体調に、行くかどうかの最終決定は12月に入ってからにしよう、と思っていました。

先日、いつもお世話になっている旅行会社のMさんから電話があり、

「乗り継ぎ先であるダラスからカンクンへの飛行機の出発時刻が早まり、ダラスでの乗り換え時間が1時間ということで、少しお急ぎ願います。」とのお話でした。

Mさんと会話を交わしながら、「あぁ、私はもうすぐメキシコへ行くのね。」って気付いたのです。(笑)
(Mさん、いつもありがとうございます!^^)


今回、日本で手配済みは航空券とホテルのみ。

チチェン・イツァー観光以外、全く計画を立てていません。
(これは毎度のことですが、、。苦笑)


カンクン到着日にそのまま古代マヤ遺跡「チチェン・イツァー」に隣接するホテルへ向かうのですが、その間 高速道路を使っておよそ3時間掛かります。

バスに乗るか、タクシーに乗るか、、、カンクン到着が19時ということでかなり不安だったりします。(^^;



その上、脱走好きな(?)お国柄。(笑)

今朝、「メキシコで麻薬服役囚ら141人が脱獄!」のニュースをBelgische_Pralinesさんが教えてくださり、慌てて調べてみると、

「今年7月にも服役囚が刑務所の看守と共謀し、刑務所を抜け出して殺人を犯した後、平然と所内に戻る事件が起きていたことが発覚した。」とあるではありませんか?!(><)

AFP通信によれば、「今回脱獄が起きたタマウリパス州では今年9月末までで既に推定約200人の服役囚が脱走するなど、刑務所をめぐる不祥事が後を絶たない。」とも。o(T□T)o

そういえば、9月にはワニが保護区から280匹(400匹とも…)脱走したことも話題になっていたのでした。(T^T)



密林を求め、野生を求め、開放感を求めてメキシコ行きを決めた私ですが、

思いの外 後を絶たない不安材料に、モスクワ以上に心臓がバクバクしております。

*

ですが、危険な場所ほど魅力的であることも事実です。^^

ちょうど昨日のTBS「日立世界ふしぎ発見」において、マヤ文明とチチェン・イツァーが取り上げられておりました。

ユカタン半島の地下には、「セノーテ」と呼ばれる天然の聖なる泉が広がっており、実はそれがマヤ文明繁栄の鍵を握っているとのこと。

古代マヤでは、地下にこそ神が住む黄泉の国があると信じられていたそうです。

また、地下は新しく生まれ変わる場所をも意味するのだとか。

インカのマチュピチュが天空都市なのに対し、マヤでは地下に浪漫が広がっているようです。



初めて中南米の地を踏んだのが、今から9年前。

あの独特の肌にまとわりつく空気と、遠い記憶を呼び起されるような匂い、木々を抜ける風の音。

たぶん、私と本当に肌が合うのは中南米のような気がします。


知識や視覚から来る感動ではなく、魂に呼応するそんな特別な場所。


ですから、どんなに不安が大きくなっても、それが理由でメキシコ行きを取りやめることは、きっと私はしないでしょう。


後10日で出発です!
そろそろ準備しなくちゃね。(汗)

幸せ運ぶマトリョーシカ!

昨日、年賀状を書き終えることができました。

筆不精でありメール不精(?)でもある私が、唯一 心を込めて仕上げるのが年賀状です。

デザインには毎年 悩まされるのですが、数年前から海外旅行の写真を使うのが常となりました。

2010年の年賀状には、オーストリアのハルシュタットの雪景色を選びました。
ただ、自分で撮った写真ではちょうどいいものが見つからず、ポストカードを切り取って、そこに私の立ち姿を貼り付けました。
私が実際に歩いた風景であることに違いはありませんので、あしからず。(笑)
そして、それに色紙で作った雪の結晶を貼って印刷しました。
それが、こちら。
2010-12-12 22:30:48


年によっては、新年早々 次のデザインが頭に浮かぶこともあります。(笑)

今年は華やかなブダペストのオペラ座で迎えましたので、2011年用にはそれを使おうと、早くから思い描いておりました。
ですが、私の2010年で忘れてはならないのが、なんといっても『ロシアの旅』です!!

ロシアで絵になるといえば、あのネギ坊主頭の教会!なのですが(^^)、
ここは色々な意味を込めて、『マトリョーシカ』に決めました。

マトリョーシカって、もともとは日本の入れ子人形が起源という説もあるようですね。^^

その可愛いお人形の胴体を上下に分けると、次々と小さなマトリョーシカが出て来る作りが、
子宝に恵まれるという意味に繋がっているようです。
そこから、子孫繁栄や家庭円満、はたまた開運へと広がっていくのですね~。


先日、昔からの友人であり 職場も同じY子ちゃんが、2人目の子供を妊娠したという嬉しい知らせを聞きました。
(改めまして、Y子ちゃん、おめでとう!!!(*^^*))

実は私、ロシアのお土産として、彼女にもマトリョーシカをプレゼントしていました。
きっと あのマトリョーシカが、彼女の上にも幸せを運んで来てくれたんだな~と、一人密かに喜んでおります。^^

そんな縁起のいいマトリョーシカを私の大切な人達みんなに送ろうと、
久しぶりに絵の具を取り出し、ペタペタとお絵かきしてみました。

デザインは、マトリョーシカの中から旅の思い出(写真)が溢れてる!って感じかな。

来年も笑顔いっぱいの年になりますように、そんな私の気持ちがみんなに届くといいな~。^^


2010-12-12 19:25:59
今回の年末年始旅行では出番のないミンクのロシア帽(暑い(?)メキシコですからね~。^^;)と、唯一 手元に残ったマトリョーシカです。

慎太郎とWikipediaの落とし穴。

先日、ブログのお友達であるタケさんから、「慎太郎(都知事ではないですよ(笑))の切手が発売
されたみたいですよ~。」と教えて戴きました。

調べてみると、高知県下の主な郵便局で11月10日から限定1200枚で販売とありました。
郵便局って土日休みじゃないの! しかも、通信販売を行いませんとのこと。(><)

まぁ、縁があれば、、、程度に思っていたのですが、安芸郡北川村の「中岡慎太郎館」でも販売されている情報を入手☆
(慎太郎館では通信販売も行っております。)

私も慎太郎切手をGETしました~♪
ほらっ!(笑)
2010-12-04 17:02:22
*タケさん、貴重な情報をありがとうございました。^^

*

中岡慎太郎の生家を訪れた3日後の11月3日、
紅葉狩りにはまだ早い滋賀県の百済寺(ひゃくさいじ)を訪れました。
紅葉の名所と名高い百済寺ではありますが、広い境内に生い茂る緑を堪能するにも素晴らしいお寺です。

その帰り道。 銀閣寺に立ち寄ろうと京都東ICで降り、そこで無性に私を呼ぶ声を感じました。
そこまで呼ぶなら(笑)と、混雑する京の道をすり抜けて、京都霊山護国神社へと向かったのです。


決して、神社を参拝した訳ではありません。 ここに眠る中岡慎太郎に会うが為!


案の定、大勢の龍馬ファンでごった返しており、幼い子供でさえも「龍馬さん!龍馬さん!」と騒いでおりました。(ここで少し白けて、)
そして 驚いたことに、龍馬と慎太郎のお墓へ行くには入場料を支払わなければなりません!
しかも300円☆ (ここでさらに興ざめ・・・。(笑))

また、龍馬と慎太郎のお墓だけがあると勝手に思い込んでいた私は、無数の墓石にたじろぎます。
この神社は、明治維新実現のために倒れた志士たちの霊を慰めるために、明治天皇の発案で創建されたものだそうで、ここに祀られている志士の数はなんと1043人だとか!
絶対に一人では来れない、夜には来れないと思いました。(><)

その昔、三重大学を受験した帰りに、一人で伏見の寺田屋に立ち寄るほど龍馬ファンだった若かりし頃を振り返り、その時 受験疲れで龍馬の墓参りを断念していて良かったと、そんなことまで思い出しました。
そう、高校時代の私は、大の龍馬ファンだったのです。


こんなに沢山のお墓の中から慎太郎を探し出すことはできるかしら、、、。

なんて不安もなんのその。
親切にも「坂本龍馬先生之墓」と道しるべを立てて下さっております。
それに、その他大勢の人達に続けば、自ずと龍馬の墓前に辿りつけます。
そして、慎太郎は龍馬と並んで祀られていますからね~。

龍馬のお墓に熱い視線を送る長い列をなす人々を横目に、しっかり慎太郎に手を合わせてきました。
もちろん、龍馬さんを嫌いになった訳ではありませんので、そちらのお参りも忘れはしません。^^

2010-12-04 17:03:16
(左が龍馬、右が慎太郎)

若い男女と年配の女性陣は、まず龍馬ファンと見て間違いなし?!
もちろん、ここに来る多くの人の中には慎太郎を慕って来られる方も沢山おられるとは思いますが、
僅か4日の間に、慎太郎の生家と墓地の両方を訪ねた者は私しかおりますまい。(爆!)

2010-12-04 17:03:57

もしも龍馬さんを好きだったあの頃にここへ来ていれば、きっと慎太郎には目もくれず。
今 訪れることができたのも、何かの縁なのかな~と思います。

*

と、慎太郎からお呼びが掛かるほど相思相愛の私達。(笑)

ある時、「中岡慎太郎」をWikipediaで調べていると、その孫である「中岡艮一(こんいち)」という人物が、1921年に当時の原敬首相を暗殺したと書かれているではありませんか!?

え"~~~?????????!
暗殺された慎太郎の子孫が、今度は暗殺する側に?????

と、その時はもの凄く驚きました。


ところが!

慎太郎とその妻・兼との間には子供がないことを「中岡慎太郎館」で知ります。

慎太郎の死後、綸旨(天皇の意を受けて発給する命令文書)を受けて姉の息子を養子にしたそうですが、その名は中岡照行といい、艮一の父・中岡精ではありません!!!
艮一の祖父の名は中岡正というそうです。

ただ、中岡正という人物が高知出身であったことは確かなようです。
それも誤解を招く一つになったのでしょうか?

事件後、中岡艮一の母は東京朝日新聞夕刊の中で、
「祖父 正が土佐で勤王の志士であったとは死んだ良人から薄々聞いてはゐますが、噂のやうに有名な慎太郎さまのやうな立派なものでは決してありません。」と語っているようですが、
それでも誤解は広まってしまったのですね~。(T_T)


Wikipediaって、
誰もが自由に編集に参加できるとあるだけに、こういう間違った情報があたかも真実のように記されて、それが事実として広まってしまう危険性が多々あるのですね。

ついつい その記述を100%信用してしまいがちですが、これからは参考程度にとどめておき、大切なことはきちんとした文献で調べることにしよう。
Wikipediaは手っとり早くて便利なのですが。。。


現在、Wikipediaの「中岡艮一の祖父は中岡慎太郎である」という間違った記述は削除されております。
けれど、広まった誤解を解くことはなかなか難しいようです。(><)

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