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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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思い出した笑顔。

世界中に支援の輪が広がっている中、ブログを通じても、あらゆる場所からリアルタイムで沢山の思いが届けられています。

先日、カンボジアにお住まいの「Kuracchi1969さん」が、カンボジアの様子をご自身のブログに書かれておりました。

Kuracchiさんから「ブログにアップして構いませんよ。」と言って戴けましたので、私もここに紹介させて戴きます。

*

Mar 23, 2011

「東北地方太平洋沖地震に際する記帳」 在カンボジア日本大使館にて 曇り


朝10時から記帳受付開始だったので、大使館に10時20分頃出向いた。

入り口は多くのカンボジアの人々で混み合っていて、入場の手続きに10分ほど並ぶ。

記帳台が設置されている多目的ホールには、各国大使館やカンボジアの政府要人により顕花された大きな花輪で埋め尽くされていた。

記帳に訪れているカンボジアの方々は、その辺にいそうなふつうのおじさん、おばさん、学生、一般の社会人、テレビ局と共に現れた政府要人などなど、いろんな方々で、ざっと約百人程が列を成していた。

入り口では、募金の受付も行われていてほとんどの人々が募金していた。

聞くところによると、2万ドル(160万円)の寄付を持ってきた人もいらしたそうで、総額は2000万円を超えてるのではないかということでした。

記帳されている方々も、A4サイズの記帳用の本に、各人1ページづつびっしりと細かい字でそれぞれの被災者への思いを綴られてた。

ほとんど全てがカンボジア語で書かれた物で、私には内容がわからなかったが、熱い思いを込めて記帳してくださっているという思いが伝わってきた。

カンボジアの皆さん本当に有難うございます。


(私からもカンボジアの皆さんへ、本当にありがとうございます。
 あなた達が記帳してくださった沢山の温かい思いに、心から感謝致します。)

*

カンボジアを旅したことのある私は、例え世界情勢に疎いといえど、この金額がカンボジア人にとってどれほどのものかは分かるつもりです。


え? この国からも義援金が?
カンボジアだけでなく、今回 義援金を送ってくださった沢山の国の中に、正直 私にとって驚いてしまう国の名前を見つけることが多々ありました。

あなた達、自分の国だって大変でしょうに。 

その都度、胸が熱くなるのを感じます。



「日本はカンボジアにとって兄弟の国だから、当然のことだよ。」
Kuracchiさんの大家さんはそう言ってくれたそうです。


日本の被災者を思って、自分達の生活に無理が生じてさえも頑張って支援してくれた貴重なお金。

それは各国の人達の温かい思いの形であるとともに、これまで様々な国を支援してきた日本人の諸先輩方の姿の現れでもあると思いました。

その想いと行いが、今回 巡り巡って還ってきました。


次は、再び私達がその想いを廻していく番。


被災された方達に代わって、私達がどういう形ででも恩を送っていく番なのだと、改めて強く思いました。

 

* * *


カンボジア人といえば、私は旅のガイドをしてくれたサムナンくんという青年を思い出します。

私にとってカンボジアといえば、彼の笑顔が一番先に浮かびます。


彼はポル・ポト時代に幼少時代を過ごしました。
想像を絶する大殺戮を乗り越えて、あの屈託ない笑顔になるまで、彼はどれほど心に深い傷を負ってきたことでしょう。
どれほどの歳月を要したことでしょう。

なのに、出会って10年以上経っても私の中で色褪せることない笑顔をくれたサムナンくん。



今はどん底にある被災者の皆さんに、笑顔を取り戻せる日が一日も早く訪れますように。

どんなに辛く悲しく厳しい時も、時の流れが少しでも早く笑顔を運んでくれますように。



サムナンくんの笑顔を思い出しながら、人は誰しも必ず笑顔を取り戻す力を持っていると信じて祈り続けます。

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神戸の春の香りが届きました!

"神戸の春の香り くぎ煮 です。"


ブログのお友達「うさぎの春子さん」から、神戸の春の香りが届きました。

春子さんお手製の『いかなごのくぎ煮』です。


思わず一口摘んでみると、ぷ~んと甘辛い匂いが鼻をくすぐってくれました。

早速、お夕飯と一緒に戴きました。

実は、いつになくお昼を食べ過ぎてしまった私。
「夕飯はいらない」なんて言っていたのに、くぎ煮とともにご飯がすすむ、すすむ!
もう、どうにもとまらなくなってしまうのです。

どうやら神戸の春の香りは、舌も胃袋も刺激してくれるようです。(笑)


生姜が効いて、絶妙な味加減。

春子さんのお人柄が感じられる優しいお味に、ますます嬉しさが増してきました。



まるでお母さんの味。 

いかなごのくぎ煮は香川に住む私も時々口にするのですが、神戸や淡路島の郷土料理だとは初めて知りました。
だから、これは神戸のお母さんの味なのかな。  

そして、神戸の春の味。



春子さんの言葉です。
「春は来る」と、何があっても春が来るのだと。 真剣に生きていきたい。

春子さんの手紙を私も繰り返しました。
「春は来る」、何があっても必ず春はやって来る。



*春子さん、本当にありがとうございました。
とてもとてもとても美味しかったです!
春子さんの温かい思いも、しっかりお腹の中に入りました。^^

涙、出た。。。

私の職場の老人ホームでも、東日本大震災で被災された方々に、日本財団を通じて義援金を送ろうと、先日から募金箱を設置しました。

まだ2日半しか経っていないのですが、1万5千円ほど集まっています。

誰かが募金をしてくれる度に、すごく嬉しい気持ちになって。

みんなの思いが集まると、大きいなぁ~、心強いなぁ~って。


そんな時、ふと思い出したことがあります。

宮崎の方達は今どうされているのだろう。

日本中の意識が東北へと集中している今、霧島山・新燃岳の噴火で避難されていた方達のニュースがあまり入ってきていません。

彼らだって大変に違いない。
天災の規模は違っても、災害を受けた方 一個人の大変さ、そして心の傷に大小はつけられないと思ったのです。


そんな時、この記事を見つけました。


【つなごう希望:東日本大震災・宮崎から 新燃被害の高原町も支援】

新燃岳の噴火で降灰被害が続く高原町は18日、全国から届いた支援物資の一部を被災地へ発送した。

町はマスクや保存食など全国から支援物資を受け、旧高原中学体育館や7避難所に備蓄していたが、共助の精神に立ち、緊急に必要なものを発送することにした。

支援物資は、マスク約20万枚や缶詰のパン約1600個、軍手、簡易カイロなど。
陸自都城駐屯地の4トン車で福岡市に運び、空自基地から空輸される。

日高光浩町長は「1分、1秒でも早く届き、被災者の生活のご苦労が和らいでほしい」と述べた。



思わず、涙が出ました。

日本は大丈夫だ、そう思いました。

そして、宮崎への義援金もさせていただきたいな~と、微力ながら思っています。

一人でも多くの方が助かりますように。

東北地方太平洋沖地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

そして、救助されている自衛隊はじめ多くの皆様に感謝申し上げます。


まさか日本でも!というのがニュースを知った瞬間に思った事でした。

それでも、まさかこれほど大きな地震とはその時は思いもしませんでした。


クライストチャーチの地震では、自分のよく知る街ということで、変わり果てた街並みに大きなショックを受けたばかりではありますが、

今回は、まるで映画の中のような、現実に起こっていることのように思えないほど、
ただ、その恐ろしさだけが時間が経つとともに大きくなってきています。

二次災害も怖いです。



もう地球上のどこも 本当に安全という場所はないのだと思います。


今は無事な私達も 治に居て乱を忘れず、大事に備えておかなくてはなりません。

そして、できる人が出来る事で助け合っていきましょう。



どうか少しでも早く、一人でも多くの方が救出されますように。

360度、密林の世界!

そこは、見渡す限りが密林だった。

本当に360度、どこまでも果てしなく密林が続いている。


それは、ピラミッドから見た風景。

ピラミッドの眼下に広がる ありったけの風景。


深呼吸する私のお腹に、
綺麗なもの穢れたもの すべてごちゃ混ぜに、本来の地球そのままに、あらゆる生命力が入ってきた。


見降ろすと、やはり ただただ続く密林の海。


ここには この景色しか存在しないんだ。

2011-03-11 05:17:35


世界中はカラフルな個性でいっぱいなのに、ここには密林しか存在しない。


2011-03-08 13:14:44


ここは地球の真ん中なのか、端っこなのか、はたまた地球から置き去りにされた場所なのか。



分かることは ただひとつ。

1000年以上も密林に埋もれていたピラミッドの頂上に、私は今 立っている。

2011-03-11 05:49:51

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