I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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花道♪

近頃、月曜日が楽しみになりました。^^

これまでなら、「また長い一週間が始まるのか~」とすごくブルーな曜日だったはずなのに。


それは、毎週月曜日の夕方6:55から30分間、NHK教育で放送されている『テストの花道』のおかげです。(笑)

出演者は、顧問に所ジョージさん、部長にはTOKIOの城島茂さん。
その他に、美人マネージャーさんと十数人の高校生、そして的確なアドバイスをくれる現役大学生の皆さんです。

可愛い子が多いな~って思っていたら、すでにモデルや女優をやっている子も沢山いて…。(^^*


この番組、主に大学受験に向けての勉強方法をアドバイスしてくれるのですが、
「考える力」を身につけることが基本になっているので、どんなに贔屓目に見ても高校生はありえない私(笑)でも、とても参考になるのです。

昨年度から放送されているようですが、私が最初にこの番組を知ったのが今年の3月。

3月28日から始まった2011年度分は欠かさず見ています。(笑)

これまで、
1. 計画するチカラ
2. もっと疑問を持つチカラ
3. 情報を整理するチカラ
4. 暗記するチカラ

と進んできて、次回(5/2)は「文章を読むチカラ」がテーマです。

ただ受け身で学ぶのとは違う、考えることの楽しさ、自分で生み出すワクワク感を一緒に感じられるのが楽しいです。

そして、何よりやる気を起こさせてくれることがすごく嬉しい!!
自分にもできる! そう力強く思えます!



現在、私は介護福祉士の資格取得の前に、第一種衛生管理者の国家試験に向けて勉強中です。

最初、その試験内容の一つである労働生理から勉強をスタートさせたのですが、
こちらは昔 生物で習った体のしくみを学ぶということで、「なんだ~、余裕じゃ~ん!」と鼻歌交じりで進めていました。

ところが、世の中やっぱり甘くない!(><)
勉強も中盤になってきて、内容が有害作業管理に入ってくると、
これまで聞き慣れていない単位や用語の羅列に、すでに頭の中がこんがらがってきております。(泣)

そんな時、完璧に暗記するトレーニング方法をこの番組が伝授してくれたのでした☆


その内容は、それこそ大人からすれば当たり前のことばかりなのですが、
それでもちょっとしたコツであったり、面倒だからと避けてきた重要なポイントを再確認できたりと、実に参考になります。

もちろん、高校生や大人だけじゃなく、小学校の高学年ともなればこの番組の面白さを理解でき、中学受験や高校受験にも役立つのでは~と思います。

それに、「考える力」は一生ものですから。^^

しかし この番組、私が高校生の頃に出会いたかったな~。
ホント、いい番組だと思います。




先日、勉強用にと小さな机を買いました。
ここで毎晩、それなりに!勉強しております。(笑)
2011-04-25 20:26:22

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チチェン・イツァからトゥルムへ。

英国のウイリアム王子とキャサリン妃、ご成婚おめでとうございます。^^

久しぶりの明るいニュースに心が軽くなりました。

この慶びの日、エリザベス女王は黄色いお洋服をお召しになっていらっしゃいました。

9年前、クライストチャーチに来られた時も明るい黄色のお洋服とお帽子でした。
その時からずっと、私の中ではエリザベス女王のイメージカラーはイエローです。

ますますクイーンマムに似てこられて、可愛いおばあちゃまになっても、あの存在感は凄いな~と、
初々しいロイヤルカップルよりも、ついエリザベス女王ばかりに目が行ってしまう私です。^^


* * * * * * *

1月1日。

ククルカンのピラミッドを前に、少し体調の変化を感じました。

貧血とも違う、けれど頭の血が下がり、立っていることがすでにしんどくなってきて、
とても悔しいけれど、早めにチチェン・イツァを後にすることにしたのです。


たぶん、あの場所は大いなるパワーを発しているだけでなく、あらゆるパワーが集結する所なのかもしれません。



フラフラした足取りでホテルまで戻り、前日 お世話になった売店のおばさんに話しをしました。

「今日はこの後、カンクンへ戻る前にトゥルム遺跡へ行こうと思ってたんだけど、、、。」
行き先を迷いつつ、体調は悪くても もう一つくらいは観光したい。
まだこの時は、そう思うだけの余裕はありました。

ここからトゥルムまで、距離は200kmほどです。
チチェン・イツァのメインゲートからバスが運行されているのですが、元日のこの日は午前の便はお休みとのこと。

午後一番の便でトゥルムへ向かったのでは、遺跡観光するには到着の時間帯に厳しいものがあります。


「そんな体調だし、タクシーを呼んであげるよ。」

え"? タクシー?!
一昨日の、恐ろしい350ドルの記憶が蘇ってきました。

「大丈夫、大丈夫。」
私に任せてって感じの表情で、彼女は力強く頷きました。

私は足を引き摺りながらタクシーに乗り込みます。
実は、この時点で普通に座位を保つことも苦しくなっていました。

「行き先はトゥルム…。」
運転手は一瞬 耳を疑ったのか、「トゥルム?」と聞き返す為、私を振り返りました。

「そう、トゥルム。」

最初はその遠さに驚いた彼も、次に顔面蒼白の私の顔にびっくり。

料金は、行きのカンクンからチチェン・イツァまでの金額の数分の一ですみました。
正確な記憶はないけれど、「やっぱり空港は足元を見られるな~」とおぼろげに思ったことを覚えています。

ただ、車の綺麗さは比べ用もないほど差がありました。
ボロボロのシートに身体を鎮め、殆ど意識のない状態でチチェン・イツァを発ちました。


2時間ばかりのドライブで、覚えていることは ただ一つ。
途中のとある街で「セブン・イレブン」を見かけたことだけ。

「四国にはないのに、メキシコにあるってどういうことよ!」
かすかに開いた目で、橙・緑・赤色の三本線をうらめしく眺めました。

セブン・イレブンが米国発祥のコンビニで、だからメキシコにあっても不思議ではない。
例え気分が悪くとも、帰国後 わざわざ調べてみるほど、四国にないものがメキシコにあるっていうことに納得がいかなかったんですよね。(^^;
しかもジャングルの中なのに~。(><)

「なんで、メキシコにセブン・イレブンがあるのよ~!」
「セブン・イレブン・いい気ぶ~ん♪」
薄れゆく記憶の中、その二つだけが交互に頭の中をぐ~るぐる。(笑)



「セニョリータ、ほらトゥルムに着いたよ。」

殆ど捨てられるかのように降ろされた場所は、私の体調とは裏腹に、まさに常夏を思わせる眩しい陽射しで満ち満ちておりました。

         2011-04-30 04:39:46

再び、元日の朝。

マイナス8時間。
新年を迎えるにあたって、ここ数年の日本時間に対する私の体内時計はそう設定(?)されていました。

ですから、いつもなら夕方4時が近づくと、そろそろ除夜の鐘が響いてくる頃かな~、なんて一人思っていたのです。

ところが、今年はそれからさらにマイナス7時間。
31日の午前9時に、地球の裏側では「明けましておめでとうございます」なんて挨拶が交わされているわけです。

私の31日はこれからなのに、ちょっぴり不思議な感じがしました。^^


すでに記しておりますが、31日の観光はチチェン・イツァのククルカンのピラミッド(El Castillo)から始まりました。('11.01.15日記)
日本では、まさに元日を迎えたばかりの時間です。

私はツアー仲間の皆さんと一緒に、ピラミッドの前で三本締めをして(笑)、新年のお祝いを致しました。

*

そして遅ればせながら、メキシコにも2011年到来です!

早朝、やはり小鳥たちの綺麗な鳴き声で目を覚ましました。
2011-04-23 06:02:52

天気は晴れ。 
気持ちの良い新年のスタートです。

チチェン・イツァの開場は午前8時ですので、それまで今日も周辺をぶらぶら散策しましょう。^^
僅か2日の滞在なのに、すでにお決まりの散歩コースが出来上がっておりました。(笑)
2011-04-23 07:11:18

木洩れ日が眩しいのです。

半袖で過ごすお正月は二度目となりますが、夏のクライストチャーチよりも、冬(?)のチチェン・イツァの方が陽射しが強く感じられます。


こんな明るいお正月っていうのもいいものね。^^

気持ちもおおらかに、開放感に包まれながら、2011年の空気を思いっきり吸いこんでみました。
2011-04-23 06:02:11

う~んと背筋を伸ばしながら、ここでも体内時計に狂いが生じます。

あれれ? 日本でもまだ1月1日だわ。
(注:只今、メキシコ時間 午前7時、日本時間 午後10時です。)

昨日の午前中に「日本では元旦ね~」って話していたのに、一夜明けても日本はまだ1月1日~? 
ふふっ、やっぱり不思議な感じです。(*^^*)

時差8時間では感じることのなかった、「地球の裏側」にいる実感。

こういう些細なことが面白いねって自分に話し掛けながら、もう一度 大きく深呼吸しました。

*

午前8時きっかりにチチェン・イツァ入場。

通常、観光客はメインゲートから入るのですが、私は隣接するホテルからですので、裏側のサブゲートからの入場です。
2011-04-23 07:09:21


しかも、たった2日で三度目の入場。(笑)

日本の新年をここで迎え、メキシコでの大晦日の夜をここで過ごし、同じくメキシコの新年をここで祝う。
私ってよほどチチェン・イツァ好きなのね~、って自分でも可笑しくなってしまいました。^^


そんな私に、神様は特別な時間をご用意くださいました。

メインゲートから入場すると、民芸品売り場や世界遺産に認定されたことを示す石碑など、目を引く対象物がいくつもあり、つい足が止まってしまいます。
片やサブゲートから入った私は、ククルカンのピラミッドへと一直線!

メイン派(?)の1号さんよりも、私が一足先にピラミッドの正面に立つことができました。
私は思いっきり手を叩きます。

キュ~ン、キュ~ン。

鳴いた~!(*^^*) 
今年1番にククルカンを鳴かせたのは この私、picchukoですよ~!(笑)

キュ~ン、キュ~ン。
ククルカンは、「picchuちゃん、明けましておめでとう」って言ってくれているのかしら。(*^^*)

       2011-04-23 06:03:37

真っ青な空に映えるピラミッド。

「ククルちゃん(笑)、明けましておめでとう。^^」

Kia Kaha! ~強くあれ!

ニュージーランド航空からメールが届いていました。

「日本の皆様へ、私たちが今お伝えしたいこと。 Kia Kaha! 運動を始めました」と。

JAPAN & NEW ZEALAND

Kia Kaha(強くあれ)。

クライストチャーチに震災が起きたあの日から、私たちは、古くから伝わるこの先住民マオリの言葉に、どれだけの勇気や希望と、生きる力をもらったことでしょう。

今度はその力を、大切な友人である、日本の皆さんへ届けたい。

私たちは忘れません。

あの時、手を差し伸べてくれたことを。

私たちはそばにいます。 いつでもこの言葉とともに。

Kia Kaha!

今こそ強く、そして笑顔で。 いっしょにがんばりましょう。


*

クライストチャーチの市街地の3分の2の建物が壊されるという話を聞いて以来、私の心は沈んでいました。

街の中心、賑やかな通りだったコロンボストリートも殆ど更地のようになっていて。

クライストチャーチでもまだ大きな余震があるようで、日本では報道されなくなった現地の様子が気になって仕方がありませんでした。

すでに復興に向けて歩み出していることと思いますが、それも複雑です。

津波で流された東北の被災地に比べると、まだ街そのものは残っているといっても、
あの街が変わってしまうことに寂しさを覚えます。

東北もクライストチャーチも、今回の地震や津波で失われた街を 今度は災害に強い街へと大規模な計画がなされるのでしょうが、

あの素朴で懐かしい景色は二度と戻らない、面影さえも失われてしまうかもしれない。

そう思うと、以前は明るいイメージしかなかった「復興」や「再生」という言葉に対しても、素直に希望を見出すことができませんでした。



そんな時、クライストチャーチ在住のcantamamaさんがブログで嬉しい写真をアップしてくださいました。

つい先日、立ち入り禁止区域であったレッドゾーンが狭くなったそうで、
これまでレッドゾーンにあった、私が通っていた語学学校や通学路、放課後のアクティビティなどで行ったアートセンターを写してきてくださったのです。

私が心配しているだろうと思ってと、、、その優しいお心遣いに涙が出ました。
cantamamaさん、本当に本当にありがとうございます。


建物にはそれぞれ色紙が貼られていて、安全が保障される建物は緑の紙、危険な場所は赤色なのだとか。

語学学校には黄色の紙が貼られているそうで、今後 修復補強していくのか、建て直すことになるのか、それは全く分かりませんが、

それでも、あの地震に耐えてその姿を見せてくれたことに胸がいっぱいです。


きっと崩壊してしまっただろうと思っていた私たちの学校が、同じ姿で立っていた。


それだけで心から感謝することができました。

私たちの思い出は崩されていなかったのですもの!


クライストチャーチよ、日本よ、そして自分自身に、、、Kia Kaha!


* * *

最近、ボブ・ディランの名曲「Blowin' In The Wind(風に吹かれて)」をずっと流しています。

英国のクラシカル・ポップ・グループ「オール・エンジェルス」がカバーした この曲を聴いていると、訳もなくそのサウンドに、クライストチャーチの風の中に立つ自分を感じるのです。



何度見上げたら、空を見ることが出来るのだろう。

どれだけ耳を持っていたら、人々の叫びを聞くことが出来るのだろう。

どれだけの命が奪われたら、沢山の人が犠牲になっていることを知るのだろう。

友よ、答えは風の中にある。

答えは風に吹かれている。


友よ、答えは風に吹かれている。

答えは風に吹かれている。



How many times must a man look up, Before he can see the sky?

How many ears must one man have, Before he can hear people cry?

How many deaths will it take till he knows, That too many people have died?

The answer, my friend, is blowin' in the wind,

The answer is blowin' in the wind.


The answer, my friend, is blowin' in the wind,

The answer is blowin' in the wind.

UFOの正体見たり~

*ユニークなマヤ文字。^^



「古代マヤ遺跡に王様がUFOを操縦してる姿を描いたものが残ってるんだって!
そのレリーフもちゃんと見てくるんだよ!」

メキシコへの出発間近、数日前にマヤ文明についてのテレビ番組を見たと言って、行きつけの美容院のお兄さんが教えてくれました。

「メキシコって、世界で一番UFOが目撃されてる場所なんだってね~。」
お兄さんの目は、まるで子供のように爛爛と輝いていました。^^

すぐさま私も期待して調べてみました。
ですが、どうやらお兄さんが言っていたマヤ遺跡とは、残念ながら私が訪れる『チチェン・イツァ』の遺跡ではなく、もっとグアテマラに近い『パレンケ遺跡』を指していたようです。

「地球の歩き方」によると、
パレンケ遺跡には、最上部にマヤ文字で綴られた600以上もの碑文が刻まれた神殿があり、
その地下に眠る石棺の蓋に描かれたレリーフを横から見ると、さもマヤの神官が宇宙船を操縦しているように見えるのだとか。

おっ、お兄さんは嘘をついていなかった!(笑)


そして、それがマヤ文明は宇宙人が築いた証拠だと言われているそうです。

それではやはりマヤ人は宇宙人だったということか?


ところが、古代アメリカ学会員の遺跡研究家である土方美雄氏曰く、
それは、実は石棺の向きを縦から横に強引に回転させた時の印象であり、
正しい方向から見れば、世界の中心にある生命の樹と、その下に横たわる王の姿であることが分かるのだそうです。

ふ~む。。。 
だめだなぁ~、夢を壊しちゃ~。

自由に想像する余地があるからこそ浪漫は広がるわけで、答えを出してしまったら そこから先は理屈しか残らないではありませんか~。
それは つまらない!


* * * * * * *


その日の観光を終え、チチェン・イツァに隣接するホテルに戻ったのは、午後6過ぎだったと記憶しています。

毎晩19時(夏季は20時)から遺跡内ではナイトショーが行われますので、私はその足で再びチチェン・イツァへと向かいました。

辺りはすっかり暗くなってきました。
チチェン・イツァまで徒歩5分足らずといっても、その道中には照明はなく、ホテルの窓からカーテン越しに漏れてくる僅かな明かりだけが頼りです。


常に夜空と対話し続けた古代マヤ人。
今なら時空間を超えて、彼らと交信できるような気がしました。

私は彼らに想いを馳せて、深く吸い込まれそうな夜空を見上げました。


ナイトショーは、様々な色にライトアップさせて七変化するピラミッドと効果音とで、幻想的な雰囲気を醸し出してくれます。

ナレーションがスペイン語だったので内容は分かりませんでしたが、それは一つの壮大な歴史ロマンを表していたのでしょうか?

この貴重なシーンを一部だけでもと、私はデジカメのビデオに残すことにしました。


頭上には、遥か昔のマヤ人達を照らしたであろう星達が、同じように私達を見降ろしています。

そして目の前には、未知数に満ちたマヤ人の知力の結晶であるククルカンが降臨しています。
(というのも、春分と秋分を待たずとも、毎晩 この場所にククルカンは姿を現わしていたのでした、、、
ただし! ライトによる仕業ではありますが。(笑))

私の頭の中は効果音によって渦が巻き、手元がぶれていることに気付いていませんでした。


*

さて、ホテルに戻って再生してみると、、、んんん~?

そこには未確認飛行物体の存在が!?
いわゆるUFOたるものが、微妙な光を発しながら ふわふわ宙に浮かんでいるではありませんか!?

それは、2004年3月に麻薬密売の捜査の為に飛行していたメキシコ空軍の偵察機が出くわしたという、その有名なUFOほどUFOらしく(?)ありませんが、
手ブレによって生じた現象が、まさしく怪しい飛行物体として記録されておりました。


そうか! 実はピラミッドそのものが宇宙船だったのか!!!
ということは、石棺の蓋に彫り込まれていた絵は、ピラミッドを自由自在に操縦していた王の姿で間違いなかったということか!

ここで忘れてならないことは、ククルカンのピラミッドの内部には、もう一つ小さな神殿(ピラミッド)が内包されているということ!

私が何気なく撮ったものは、その隠れたピラミッドが宇宙へと飛び立つ瞬間をとらえたものだったのかもしれない???

やっぱりマヤ人は宇宙人だったんだ!

これは、これは世界を揺るがす世紀の大発見になるかもしれない!!!!!

手はブルブル、心臓はバクバク、、、な~んて、一瞬そんな空想を膨らませてみましたが、
やはり手ブレは手ブレですよね。(^^;



自分で撮った下手くそなビデオを何度も何度も繰り返し、一句したためて終わります。(笑)

UFOの 正体見たり ピラミッド~☆ (そのままやん!笑)

希望の島へ。

4月は私の愛犬ヨンサマの誕生月。

そこで、愛犬たちを連れて、淡路島にある「あわじ花さじき」へお花見に出掛けました。

今は菜の花と紫ハナナが真っ盛り。

道中は、車窓から桜や桃、鳴戸の渦潮も楽しめました。

気がつけば、すっかり春になっていたのですね。

2011-04-10 17:43:42

2011-04-10 17:46:01

2011-04-10 17:42:49

2011-04-10 17:40:39
外出先ではいつも人気を独占するクリス。

2011-04-10 17:40:08
ですが、今日はヨンサマばかりが特別に沢山の方達から可愛がってもらえ、あまりの引っ張りだこに少々疲れ気味の表情です。^^


2011-04-10 17:42:17



「あわじ花さじき」から車で15分ほど走ったところに、阪神淡路大震災で地表に露出した野島断層があります。

1995年1月17日、震源地となった淡路島も大きな被害を受けました。

「震災の島」は今、「花の島」として見事に再生を果たしています。


この島はまさに「希望の島」、今日も眩しいほど輝いていました。

それは、2010年最後の景色。

あのクライストチャーチの地震から46日。

東日本大震災からおよそ1ヶ月。

あまりにも衝撃的な映像の数々に、それまでの出来事全てが遠い記憶の彼方に追いやられてしまったような、

実は幻ではなかったか、、、そんな風に感じています。

けれど崩れたクライストチャーチ大聖堂の煉瓦を再び積み上げていくように、
私も薄れてしまった貴重な思い出を、改めて一つひとつ形に仕上げていきたいと思えるようになりました。


* * * * * * *

2010年最後の日。

ユカタン半島の密林に伸びる道路を抜け、
1200年もの間 ひっそりと深い木々の中に埋もれていたという『エクバラム遺跡』を訪ねました。

2011-04-09 07:15:51

2011-03-06 18:04:36

21世紀を目前にした1997年、盗掘に全く遭わない状態で7000点にも及ぶ副葬品と、美しい漆喰装飾が施された王の墓がその地で発見されました。

2011-03-06 18:02:30


この遺跡の魅力は、
マヤ考古学史上において20世紀最大と言われた その世紀の大発見を間近で感じられることと、
まだそれほど観光地化が進んでいないこと、

そして、チチェン・イツァでピラミッド登頂が禁じられてからしばらく、現在でもピラミッドに登ることが許されている数少ない場所であること、
おだてられればどこまでも登ってしまう私には、それが一番嬉しいことでした。(笑)


カナヅチの私でも、コンドルにでもなったような、見晴らしのいい高~い場所は大好きなのです。^^

まして、そのてっぺんから見下ろす景色が、一面ジャングルなのですから!

正直、世界遺産『チチェン・イツァ』よりも楽しみにしていた、今旅行クライマックスがこの場所だったのです。



「ジャングル! ジャングル!!」(わくわく!!)

「そんなにジャングルが見たいのはpicchukoさんだけですから~。(^^;」
ツアー友達・I川さんにそう呆れられてしまうほど興奮しきりの私でした。

せっかくガイドの岡さんが詳しく説明してくれているにもかかわらず、夢中な私は耳を傾けようともせず、、、。(笑)

何がそこまで私を興奮させるのか、それが早く知りたいと、高鳴る気持ちを抑えきれない状態でした。

傾斜は45度。 チチェン・イツァのピラミッドよりも高い106の石段。

       2011-03-06 18:05:24
       * 陽射しで装飾が傷まないように、茅葺きの屋根で覆っています。


「くれぐれもピラミッドから落ちないようにしてくださいよ~。」
数時間前に岡さんから言われた、(私向けの)一言が思い浮かびます。
「呼ばれたのかもしれない。」な~んて私が言ったものだから、ベテランの岡さんでも不安になったのかもしれません。(笑)

それでも最初は竦んだ足も、慣れてくれば まるで遠い昔にここを何度も登り下りしていたかのごとくになんのその!

2011-03-06 18:06:10

やはり私は古代マヤ人だった!! ここでもそう確信したのです☆(笑)

2011-03-06 18:07:21


「どうですか~? この場所のどこでも お好きなところをあげます、と言われたらどうします~?」
頂上から一面の密林を見降ろしながら、岡さんは私達にそう尋ねました。

「ジャングルしかない こんな不便な場所、普通ならいらないって思うでしょう。」
他のツアー仲間さんは、うんうんと頷きながら聞いていましたが、私はひとり、"この土地 欲しい!!!"と心の中で思っていました。^^

「不便な土地ということは、他から侵略されないということです。」

密林の海は、よほど土地勘のある者でさえ方角を見失うほどどこまでもどこまでも、、、

そう、どこまでも永遠に続いていました。



「picchukoさ~ん、降りますよ~!」 I川さんの声で我に帰りました。

「ピラミッドを降りたら、その先にある天文台にも登りましょう。」と岡さん。
さすがはこちらもマヤ遺跡、天文台は欠かせません。


いつまでもいつまでもこの場所に座っていたいな~。

せっかく出逢ったツアー仲間さん達との別れの時間も近づいて、淋しさにちょっぴり胸が痛みました。

2010年最後の夕陽を背に、今しがた確かに私も立っていた、そのピラミッドの頂上を眺めながら。

           2011-03-08 13:15:28

青い鳥。

「picchuちゃんは介護の仕事、向いてると思ったのにな。」
これは、10年近く前に特別養護老人ホームを退職した際、ある先輩の介護職員さんから言われた言葉です。

「いいえ、私は気分の斑が大きいし、すごく短気だから介護には向いていないと思います。」
その時、私はこう答えました。

ところが、半月後。
クライストチャーチのとある老人ホームにおいて、介護ボランティアをする私がいました。


もともと親の勧めで、嫌々 介護の仕事をすることになった私が、
その介護の仕事から解放されたはずなのに、、、解放されたばかりのはずなのに、、、

再び選んだ仕事(ボランティア)も介護だったとは。(苦笑)


*


「東日本大震災における介護職員の派遣をお願い致します。」

少し前のことになりますが、香川県でも各福祉施設に対して、被災地への介護職員の派遣を求める通知が流れました。

今日の新聞にも「介護の手が足りない…被災職員もケア必要」と介護職員の疲労の限界を訴える記事がありました。


震災が起こった時、まずレスキュー隊が救助を行い、次に医療・福祉スタッフが多く求められます。

物資やお金ももちろん必要ではありますが、
まずは人の手、とりわけプロの手が必要なのだと、今回改めて痛感しました。


*


小学5年生から高校2年生まで、私の夢は薬剤師でした。

ところが、高校2年の初夏のこと。
当時、私が大好きだった一つ年下の男の子が、友達を庇って先生に反抗し、それが原因で退学になるという事件が起こりました。

その先生が、忘れもしない 数学(微分積分)のF先生。
それから私は、F先生の授業は一切ボイコットすることにしたのです。
その上、独学でさえ微分積分だけは全く勉強する気になれず、理系に進んだにも関わらず1学期の中間試験で名誉(?)の零点!(爆!)
期末試験では15点!!!(爆!!!)

そんな単純なことで、あっさり薬剤師の夢も消え、、、。(笑)


そこから夢は次々と変わり、自分が本当にしたいことは何なのか、全然分からなくなってしまいました。

中学校の美術の先生を目指したこともあります。(笑)

大学を卒業したばかりの頃は、インドのマザー・テレサの下でボランティアをしたいと思ったり、
カンボジアを旅した後には、カンボジアに学校を建てたいと、香川の高松に本部を置くNPO団体「セカンドハンド」の集会に参加したこともあります。

いつからか世界に出たいという気持ちが強くなって、
ですが、では自分に何ができるのか、それを見つけられずに悶々とした日々が続きました。



上司のKさん(現・施設長)からは「青い鳥症候群」だと言われても、だからといって現実に満足することはなく。

ず~っと、ず~っと、この歳になるまで、「私のやるべきことは別にある」と探し続けてきました。


ですが結局のところ、童話のヒントのまま、『青い鳥』は自分に最も近いところにいるんですよね。


幸運にも、今の私には「介護福祉士」の受験資格だけはあります。

それは、これまで拒否し続けてきた、自分が一番認めたくなかった答えでした。

内容は違っても、福祉・医療の道に進みたいと思った、子供時分の思いが正解だったようです。



もっと早く気付いて、すでに「介護福祉士」の資格を持っていたなら、今回の大震災でもお役に立てたかもしれなかったのにと、それが唯一残念なのですが、、、。


その他にも、せっかく今は事務職(総務・経理・財務)をさせて戴いてますので、その関連の勉強も今後広げていくつもりです。



次回(あってはなりませんが!)は即現場に向かえる私であるように。

その時、介護の視点だけでなく、幅広い視野でフォローできるように。


『青い鳥』をもう二度と逃がすことのないように、ここに書き残すことにしました。



* 次の日記からは「メキシコ旅行記」を再開したいと思います。
写真は、マヤ遺跡のひとつ「トルゥム遺跡」で見かけた青い(黒かな?笑)鳥です。^^

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