I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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消えた60cm☆

「いつの日か、ザルツブルグへお嫁にいくぞ!」 という願掛けの為に、(爆)


お尻まで伸ばし続けた (放っておいた?) 長い髪を、


迷いもなしに、


本日 すっぱり切ってまいりました~!



消えた長さは60cm 、重さ 500g。 (もっと重いと思ったのにな…。)



首筋、完全に見えてます。(笑)

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中国から来た実習生。

今月上旬から私の働く老人ホームに、中国からの実習生が3人来ています。

二十歳そこそこの女の子で、スラッとして足の長い可愛い子ばかり。^^

今月はデイサービスで実習をし、来月は特養で、8月は社協にて介護を学んだ後、帰国する予定です。

将来、本国で介護を指導する立場になる、選ばれた6人の内の3人なのだそうですが、
どうして うちの施設が選ばれたかは謎~。(笑)

私は特養の事務員なので、朝夕の挨拶くらいしか接することはありませんが、
今時の日本人が失いつつある、大和撫子らしい慎ましさを持っているように感じます。


ただ、カタコトの日本語や習慣の違いの中で介護を学ぶことは大変で、
説明する側である相談員のN島氏もかなり苦戦している様子。

介護を指導するというよりも、なんだか日本語教師みたいで、端から見る私としては面白いです。
* N島氏よ、ごめん。(笑)



そんな彼女達の姿を見ていると、クライストチャーチの老人ホームでボランティアをしていた日々が懐かしく思い出されます。


市の中心部、大聖堂から自転車で20分くらいだったかな。
パパヌイという地区にある老人ホームで、日本でいうと特養ほどではなく養護老人ホームくらいのレベルだったと思います。

weekdayの、語学学校が終わってからの PM 5時~7時半のボランティアでしたので、
主に夕食のテーブルセッティングと配膳、その後はそれぞれの寝支度の手伝いが私の仕事でした。

私の担当は、102歳のミセス・ホワイトと少し認知症がかったミス・ミンゴ、そしてお喋り好きなミセス・チョークリンの3人。
ミセス・チョークリンの場合は入れ歯の片付けくらいでしたけど。(笑)

一月ほどして慣れてくると、夕食時には寝たきりのおばあさん・リタの食事介助も任せてもらいました。


私の場合、履歴書持参で面接を受け、それまでの日本での5年間の介護経験からボランティアの許可を戴いたのですが、

ですが、なんといっても幼稚園児以下の英語力!(爆)

職員の皆さんも、ミセス・ホワイト達も、私の知らないところで色々フォローしてくれていたんだろうな~と、
実習をしている中国の女の子達と彼女達を指導する職員達の姿を、自分のクライストチャーチ時代と重ね合わせながら、
今になって皆さんの苦労がほんの少し見えてきました。

なのに、いつも「My dear~.」と優しく頭を撫でてくれたミセス・ホワイト。
あれが一番嬉しかったんだな~。^^

あれから10年も経ったから、当時すでに100歳を超えていた彼女はもう生きてはいらっしゃらないでしょうが、彼女のか細い声はずっと耳に残っています。


今 私の施設に通っている中国の子達も、実習生という立場ではありますが、
私がミセス・ホワイトから戴いたような温かく優しい思い出を、ひとつでも多く持ち帰ってもらいたいな~。

そして私も、いつも優しい笑顔と明るい挨拶で接したいな~と思います。


慣れない日本語と日本の生活に負けないで、良きリーダーになれるよう頑張ってください!

雨でも元気です!

クリスです。

最近 よく雨が降りますね。

週末などは決まって雨で、うちのご主人さまは「遠出ができない!」とぶ~ぶ~文句を言っております。(笑)
「高速1000円終わるのに~!」とも。

そっか~、高速代が高くなるということは、四国に住むワンコとしても大問題かも!
なんたって本州へ渡る橋代が高いんだから、前みたいに お花畑を見にちょっくら淡路島へ~ってことも難しくなるのかな。


それはちょっと残念だけど、実はうちにも僕自慢のお庭があるんだ!

2011-06-19 18:16:53

今は紫陽花や百合が沢山咲き誇って、雨に濡れた姿なんか、ワンコの僕だって心洗われるんだよ。

2011-06-19 18:18:43

2011-06-19 18:17:20


僕のお兄ちゃん(血は繋がってないけどね)は、とりわけ立葵が大好きで~。
って、ヨン兄ちゃんは見る方じゃなくて、食べる方でね。(笑)
立葵の若葉ってとても柔らかくてすごく美味しいらしいんだ。
で、それが大きくなる前にぜ~んぶ食べてしまうので、よくご主人さまに叱られてるよ。

そんな時は、一目散に逃げてるけどね。 お兄ちゃん、逃げ足も速いんだ!
                       2011-06-19 18:16:15


今日、ご主人さまに紫陽花にも色んな種類があることを教えてもらったよ。

これが「城ヶ崎」。
2011-06-19 18:19:01

こっちは「隅田の花火」って言うんだそうだ。
ホントだね、ちょっと花火に似てるよね。
2011-06-19 18:17:39


そうそう、僕の町の花火大会は8月6日なんだって! 隅田川じゃなくて瀬戸内海だけどさ!
良かったら、見においでね~~~♪

え? どこの町かって?
あはは、それは教えられないな~。(笑)

思いよ、届け!

Celtic Woman のオリジナル曲 『0, America!』
アメリカを讃えるこの曲を、クライストチャーチに代えて届けます。

2010.09.04   4:35  M7.1
2011.02.22  12:51  M6.3
2011.06.13  13:00  M5.6 , 14:20  M6.3



O,Christchurch(CHCH) you're calling
I can hear you calling me :
You are calling me to be true to thee
True to thee... I will be

O,CHCH no weeping
Let me heal your wounded heart :
I will keep you in my keeping
Till there be... a new start

And I will answer you, and I will take your hand
And lead you... to the sun :
And I will stand by you... do all that I can do
And we will be... as one

O,CHCH I hear you
From your Canterbury to the sea
From your mountains grand
And all through this land
You are beautiful to me

And... O,CHCH you're calling
I can hear you calling me :
You are calling me to be true to thee
True to thee... I will be

And I will answer you, and I will take your hand
And lead you... to the sun :
And I will stand by you... do all that I can do
And we will be... as one

O,CHCH you're calling...
I will ever answer thee

いつでも私はあなたに答えます。

クライストチャーチ・ニュース

【クライストチャーチ大聖堂、解体の危機 NZ、二度被災】


2月の大地震に続き、今月13日の余震で大きな被害を受けたニュージーランド・クライストチャーチの大聖堂が、解体の危機に直面している。


1864年から建設が始まった大聖堂は、年間70万人以上が訪れる観光名所であるとともに、
多くの市民の憩いの場としても親しまれてきた。

今年2月末に多数の死傷者を出した地震では高さ63メートルの尖塔が倒壊し、屋根の一部が崩れるなどの被害を出したが、

パーカー市長が「復興のシンボル」として大聖堂の再建に言及するなど、修復・再建の計画が進んでいた。


ところが、今月13日に相次いで起こったM5.6とM6.3の余震で大聖堂はさらに被災。


ピーター・ベック首席司祭によると、聖堂正面にあったステンドグラスの円形の窓が崩れ、
聖堂の西側の壁も75%まで崩壊した。

倒壊を免れた部分も非常にもろい状態だ。

残った建物を生かしながらの再建とともに、すべて解体して作り直すことも検討されている。

結論が出るには数ヶ月必要としている。


また、現地では強い余震が続き、建物倒壊などの被害が広がった市中心部を、
地盤の安定した別の地域に移す案までも浮上。


大聖堂が今の市中心部から移転を迫られる可能性もある。


ベック首席司祭は、
「大聖堂は市民のシンボルとして、また、強く、持続可能な街づくりを進めるなかで、やはり市の中心部に再建したい」と話している。
                                  (asahi.com)

* * * * * * *


初めてクライストチャーチ大聖堂を訪れたのは、今から10年前の7月下旬。

多くの市民に混じって、日曜日の礼拝に参列したのが大聖堂との出会いだった。

その日は偶然にも司祭さまの誕生日で、礼拝の後にみんなで歌った「Happy Birthday to you!」を、まるで昨日のことのように覚えている。

まだその頃は友達もいなくて、日本が恋しくてたまらなかった。

季節は冬で、重い雲が立ち込めた空がますます私の心を沈ませていた。

そんな時だったから、余計に 大聖堂の、そしてクライストチャーチの人達の温かさに救われを感じたのだった。

*


地震によって大聖堂が崩壊した姿に大きなショックを受けたけれど、時間とともに少し気付いたことがある。

それは、大聖堂がクライストチャーチを守ってくれたんだということ。

あの緩い地盤で、あれだけの液状化で、震源の浅さゆえマグニチュード以上の揺れを感じたその中で、

確かに尊い命は何人も失われてしまったけれど、

それでも市中心部以外はそれほど被害が大きくならずに済んだのは、

大聖堂が体を張ってクライストチャーチを守ってくれたんだと、

痛ましい姿の大聖堂を見て、私は思った。

大聖堂は、揺るぎない永遠の「クライストチャーチのシンボル」になったんだ。

例え、姿は変わっても…。



God bless.

メキシコ旅行の反省と・・・。

あまりの無鉄砲さも考えものですが、旅に出るからには冒険をしたい。


「たぶん あなたは旅に出て、究極のストレスを自分に与えることで日常のストレスを発散しているんだと思うよ。」
以前、上司のKさんに言われたことを思い出しました。

        2011-06-05 12:55:11

旅は、とりわけ外国への旅は、自分の物差しでは計りきれないものでいっぱい。
何が正しいじゃなく、どう受け入れるのか。

優雅にクイーン・エリザベス号なんかに乗って世界一周っていうのも憧れるけれど、それにはまだ貫禄も足りないし(笑)、人生経験も足りない。

まずは自分の足で苦労することが若者の特権だと思っています。
それが今レベルの冒険だとも。


例えば、ニュージーランド。
来るはずのバスが来なくて、しかも町中ではなく一本の道路以外何もない場所で泣きそうになったり、

モスクワでは言葉が分からなくてたらい回しにされ、半べそかきつつ やっとこそさ切符を買えたりとか、

モンゴルの遊牧民と過ごした数日間はシャワーを浴びれないのは当たり前、用を足すのも青空トイレでしかなかったり(苦笑)、

振り返りると、笑い話になるどころか二度と同じ目には遭いたくない、そんなことばかりだったような気もするけれど、

そう言われてみれば、日常にはない究極のパニックを体験することで、普段抱いている不平不満が吹っ飛んでしまっているような気がします。

それで私の人生はいつもリセット。(笑)

        2011-06-05 12:54:41


なのに、今回のメキシコではそれがなかった!

選んだ場所は正解だったと思います!

念願のチチェン・イツァのパワーを存分に浴びれたし、
エクバラムのピラミッドから見下ろした一面のジャングルは絶景でした!
カリブ海の驚きの青さは瞼に残るエメラルド、これ以上美しい海は地球上にはないと思ったほどです!

そう、確かに魂は震えていた。


なのにリセットしきれていないことに、しばらく経ってから気がついたのです。

それは きっと、旅の過程に苦労 (刺激) が足りなかったのかも。

カンクンに到着してすぐ、他の方法に挑戦しようともせずタクシーを選んだ時点で守りに入っていたのかもしれない。

そのせいか、今回は現地の人達との接点も殆どありませんでした。


せっかく はるばる海を渡ったのに、凄~くもったいない旅をしてしまったな~。(´~`)

月日が経ち、改めて旅を見直すことで、次回に繋がる反省点が沢山出てきました。

よし! 次回は攻めで行こう☆(笑)

(と言っても、そこまで若過ぎることはないので分相応で。^^)


* * *


行きの成田からダラスに向かう飛行機で。

日本滞在3年という 隣りの席のアメリカ青年(マットくん)は、笑顔の可愛いパイロットさんでした。
日本語は殆どダメ、私の英語と同レベルくらいだったかな~。(笑)


それでも11時間もお隣りさんですから色んな話ができ、ダラス到着後のお別れは少し淋しいものがありました。

雰囲気は、IL DIVO のディビットに似てたかな。
日本好きのアメリカ青年って、みんなこんな感じなのかしら~って、嬉しくなりました。(*^^*)


最後に握手してさよならしましたが、またどこかでお会いしたい、爽やかで素敵な青年でした。

          2011-06-05 12:57:35

                                 メキシコ旅行記・完。

ダラスの奇跡☆

まだ終わっていないメキシコ旅行記。(笑)

      2011-06-05 12:53:14


2011年1月1日、正午過ぎ。

朝から全く食べ物を口にしていないことに気付き、屋台のハーゲンダッツに手を伸ばしました。
甘く冷たいアイスで少しだけ復活。
      

今のうちにホテルへ向かおう。
まだ余力があるうちにトゥルムを去り、カンクン入りすることを決めました。


到着後、チェックインをすませると、そのまま倒れ込むようにベッドへと。

常夏のリゾート地らしく、爽やかなブルーと眩しい白が印象的な明るく広い部屋の、テラスに面した扉は開けっ放しのまま。
浜辺で楽しむ人々の声を耳に、心地よい潮風。

2011-06-05 12:51:56
私は安堵とともにうつらうつら浅い眠りに入りました。

もう大丈夫だ・・・。

*

次の日は朝早く、飛行機はカンクンを6時に離陸します。


午前3時、真っ黒なカリブ海は、ざぶ~んざぶ~んと優しく波が打ち寄せていました。
頬を潮風が撫でていきます。

結局 今回のメキシコは、チチェン・イツァとエクバラムのピラミッドだけで終わってしまったな~。
マヤの入口を覗いただけで、もう日本へ帰らなくちゃならないんだ。

次に太陽が昇り、このカリブ海が再びマヤブルーに戻る頃、私はすでにメキシコにはいない。

物足りなさと寂しさを胸に、真っ暗なカンクンの街をタクシーで空港へと走りました。

*

乗客の殆どが居眠りをしている間に、そこはアメリカ、ダラス・フォートワース空港。
そこでメキシコよりも面倒な出国手続きを経て、搭乗口へと歩を速めました。

もう大丈夫だ・・・。


体調さえ崩さなければ、この旅行ほど安全で楽な旅はなかったと思います。
なのに、不思議と事あるごとに「大丈夫だ。」と胸を撫で下ろしている私がいました。

後は成田へ向かう飛行機に乗り込むだけ、周囲には沢山の日本人。

もう大丈夫だ・・・。

そこで、私は数独をしようと本を開きます。

あら?
その時 何を思ってか、ふと顔をあげました。

あら? あの人はもしかして?


少し躊躇いながらも声を掛けました。
「すみません。 もしかして chloeさんではないですか?」

「あっ!」
「あ、やっぱり! 私、picchuko です。(^^)」


なんと! 楽天ブログでいつも親しくして戴いている chloeさんとの奇跡の再会でした☆

というのも、2008年の夏、私は chloeさんの写真展の為に上京したことがあり、だからお顔に見覚えがあったのです。(*^_^*)


chloeさんがこの年末年始にボリビアへ旅されていることは知っていました。
ダラスを経由することも知っていました。

ですが、だからといって、同じ日に この広い広い空港で、まさかお会いできるとは!!!
偶然にも腰を下ろした場所が向かい合わせになるとは!!!


やっぱりこの旅行はツイていたんだわ~。^^
マヤパワーはサプライズにも効果ありなようです。(笑)

chloeさんとそのご主人、くろうさぎさんのおかげで最後の最後まで出会いに恵まれたいい旅になりました。


chloeさん、くろうさぎさん、
大変遅くなってしまいましたが、改めまして その節はまことにありがとうございました。


まさに、ダラスの奇跡☆


マヤの神様 ありがとう。(^^)

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