ドゥブロヴニクを見ずして天国を語るなかれ。

  『ドゥブロヴニクを見ずして天国を語るなかれ』数々の名言を残し、ノーベル文学賞を受賞したアイルランド出身の劇作家ジョージ・バーナード・ショーは、1929年にドゥブロヴニクを訪れ、そう言葉にしました。「街の風景は絵画のようで、女性は映画スターのようだ。」毒舌家のショーがここまで褒め称えた美しさは、旧市街を取り囲む、厚く堅固な城壁に登るとよく分かります。映画スターのような女性を見たい方は、街中を散策する...

どこかで聞いた喋り方。

    少しづつ観光客が行ききし出したプラツァ通りを、次はどこへという会話もなく、二人並んで歩きました。旧市街のメインストリートである僅か300メートルばかりのプラツァ通りを抜けると、旧港に突き当たります。その手前で左手の路地に入ると、見えて来るのがドミニコ会修道院。ロマネスク、ゴシック、ルネッサンスと各様式が混在した、どっしりと構えた大きな教会です。たぶん、アルゼンチンの彼はまずここを見たかったの...

サラエボの花。

   知らなかったから、感じられたのかもしれません。アドリア海に沿ってドゥブロヴニクを北上し、ある地点で川に沿うように方向を転換させて進んで行くと、確かに空気が変わったと感じる場所があります。それは国境を越えたとか、地形が変わったとか、それだけではなくて、感覚として異なる空気を肌が覚えるといった感じ。後で思うに、その時、自分のいる場所を知らなかったからこそ、逆にその感覚に偽りはなかったと思えるので...

じゃぁ、次で、、、って?!

    実は、フランシスコ会修道院での写真は一枚しかありません。アルゼンチン人の彼と撮ったツーショット一枚だけ・・・。14世紀に造られたというその修道院の回廊は、細かい装飾が施されたアーチ状の美しい天井と柱が美しく、まるで中世にタイムスリップしたかのような錯覚をさせてくれます。この街は過去の内戦と震災で二度打撃を受けた場所なので、再建修復した後の姿ではありますが、映画のワンシーンにでも使えそうなその場...

クロアチアはCROATIAであって、CROATIAであらず?!

       大使命を担ってクロアチアの地に降り立ったpicchukoサンタ!果たして、Y郎くんの夢は守られるのでしょうか?*10日の午後、学校から帰宅したY郎くんがポストを覗くと、そこにはサンタクロースからのエアメールが届いていました。彼はすぐさま、近くに住むおばあちゃんの元へ!「ばあちゃん! サンタから返事が来た!!」これは、サンタクロースを信じる小学4年生の男の子にとっては一大事です☆その時のおばあちゃんの...

クロアチアの旅は、旧ユーゴへの旅。

                    今から12年前に出版された『そうだったのか!現代史』のあとがきに、池上彰さんはこう記していらっしゃいます。「第二次世界大戦後の歴史を振り返ると、イデオロギーの対立と、自国の利益だけしか考えない大国の身勝手な行動に彩られています。また、理想を追求したはずが、いつしか同志や人民を虐殺してしまうという、冷酷な現実も見えてきます。歴史を学ばない者は、同じ過ちをくり返す...

EUの行方が気になるこの頃・・・。

アドリア海に面したドゥブロヴニクは、温暖な気候で晴れの日が多い街。天候に関しての不安は一切ありませんでした。ところが12月30日の深夜、ドゥブロヴニクに降り立った私を出迎えたものは、空から降ってくる冷たい雨でした。こんなお天気じゃ、遠路はるばる訪ねて来たのに゛アドリア海の真珠゛と呼ばれる絶景はお預けかしら…。空を見上げ、心配そうな顔をした私に、ドライバーさんはニコっと笑って言いました。「大丈夫! この...

天然picchukoに乾杯?!

一日の観光が終わった夜、いつものように、ホテルのベッドに寝転びながら、私はパラパラとガイドブックをめくっていました。 ドゥブロブニクから少し足を伸ばしてみようかな。 変な冒険心が頭を出すのもいつものこと。(笑) ドゥブロブニクからはアドリア海沿いにある小さな町へ行くのも便利ですし、 クロアチア最南端に位置するため、隣国のモンテネグロもそう遠くはありません。 モンテネグロね~。これまで意識したことのない国...

後8時間、残っていますが、、、。

明けまして おめでとうございます。 私はまだ2011年を生きていますが(笑)、 たった今、日本が2012年を迎えた瞬間、 アドリア海に向かって、大声で「明けましておめでとう!」と叫んでみました。(爆) ちゃんと届きましたでしょうか?(*^_^*)私は今、夕暮れのアドリア海のざぶ~ん、ざぶ~んと押し寄せる波の音を聞いています。ドゥブロブニクの大晦日は風はキツイものの、気持ちがいいほどの快晴です。 では、2011年の私から、今年...