I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
MENU

トンネルを抜けると、、、。

県境の長いトンネルを抜けると常春であった。。。(笑)


3日ほど前、一足先に高知の桜が満開だとのニュースを聞き、急に思い立って高知へ出掛けて参りました。

高知市内は混雑しそうな予感がしたので、その手前にある南国市の土佐国分寺へ!
まさに南国です。


私の家からおよそ90km、車で1時間15分ほどの距離です。

ですが、四国山地の長いトンネルを抜けるだけで陽射しさえも全く違ってしまうのですから、不思議。
山々に咲く桜は、すでに葉桜のものもありました。

え~、香川はまだ蕾なのに~。

同じ四国とは思えない景色でした。
さすが南国です。


染みる陽射しに目を擦りながら、国分寺の垂れ桜は散っていませんように~と祈りつつ車を走らせます。


2012-03-31 21:34:48

おぉ~、間に合ったぁ~♪

すでに散り始めではありましたが、強風に吹かれながらも可憐な花達はしっかりと枝を染めておりました。


土佐国分寺は四国霊場第29番ということもあり、境内にはお遍路さんの持つ鈴の音が響きます。

桜を背景に白装束のお遍路さん、四国ならではの春の到来を感じさせる風景です。


2012-03-31 21:35:33

まるで、かんざしみたい。(*^^*)

2012-03-31 21:35:08


*


高知県南国市といえば、紀貫之。 
国分寺のすぐ近くに、「土佐日記」でお馴染みの紀貫之邸跡が残されています。


「 土佐日記  懐にあり  散る桜 」

これは高浜虚子が詠んだ歌。


以前、その場所で「土佐日記」を土佐銘菓「土佐日記」にかけて虚子とpicchukoの合作を発表したことがあるのですが(笑)、

今日も懲りずに詠んでみました。(^^ゞ


この為に(?)、松山銘菓「坊っちゃん団子」をサービスエリアで購入済みです。(爆!)

やっぱり花より団子ですもの☆


では、、、こほんっと咳払いして・・・


「 桜咲く  坊っちゃん団子  腹にあり 」  御免っ!

*蛇足ではありますが、実際に南国市にはJR御免(ごめん)駅があります。(笑)

スポンサーサイト

スタリ・モスト

IMG_0872.jpg

橋を守る人を意味するモスタルという街は、その名の通り橋とともに歴史を歩んできました。

ネレトヴァ川に架かる長さ約30メートル、高さ約20メートルのアーチ形の石橋『スタリ・モスト』は、橋脚を持たない頑丈な一本橋。
それは、セメントを一切使わず、組み合わせた石を鉄の鉤で補強して造られたオスマン建築の傑作です。


もともとモスタルは、15世紀~19世紀にかけてこの地を支配したオスマン帝国と、その後のオーストリア・ハンガリー帝国統治時代の建築物が巧く共存している美しい街ではありましたが、

1992年3月に旧ユーゴスラビアからの独立を巡り勃発した、ボスニア紛争の激化を逃れることができませんでした。

それは、正教徒のセルビア人、キリスト教徒のクロアチア人、イスラム教徒のボスニア人による民族的、宗教的対立とも重なり、

美しい街は戦火に巻き込まれ、街の象徴である『スタリ・モスト』も爆破されてしまったのです。


内戦は1995年に終結。
紛争後はEUによる監視の下に政治的統制が行われ、ユネスコなどの支援によって破壊された『スタリ・モスト』と周辺の歴史建造物の再建が行われました。

橋の修復には、川から回収した破壊された石材をも利用したのだとか。

1999年に開始されたその修復も2004年には完成し、その7月、石橋の修復記念式典が行われたそうです。

昔日の姿を取り戻した『スタリ・モスト』は、その歴史的価値だけでなく、国際協力と人々の団結、多民族・多文化の共生や和解の象徴として、2005年に世界遺産に登録されました。

IMG_0876.jpg

「それでも、街中に砲撃の痕がある建物が残っているよね。」

紛争から15年以上経つ今も、旧市街の至るところに破壊された建物がそのままの状態で存在していました。

「ドゥブロヴニクでも紛争は激しかったけど、あの街と比べると ここはとても貧しいからね~。」
マルッシオも目を細めながら、銃弾の痕を見上げました。

当然のことでしょうが、住民は内戦の傷痕には目もくれず、街を往来していきます。
その痛々しい傷痕も、街の景観のひとつになりきっていました。
すでに違和感がないほど、その銃弾の痕は街の景色に同化しているのです。

あ、だから街に着いた当初はそれに気付かなかったんだ!

「それでも酷いよね。」

一見、昔の姿を取り戻しているように見えても、それは上辺だけ。
街の姿でさえそうなのですから、ここで暮らす人々の見えない心の傷はどれだけ深いことでしょう。

さすがの私も、その傷痕にカメラを向けることはできませんでした。

橋から眺める緑色したネレトヴァ川。 今日も静かに街を見守っています。

IMG_0873.jpg


私のモスタル滞在も残すところ30分をきりました。

「タクシーとの待ち合わせ時間は?」
「14時だよ。」
「あんまり時間がないね。ちょっと急ごうか。 で、どこで待ち合わせしてるの?」

私は旧市街でゆっくりしたかったのですが、マルッシオはその先にあるカトリックの教会へ私を案内したいらしく歩を速めます。

最後の最後までマルッシオペースだな。(笑)


その時、足元に子犬が駆けよってきました。
思わず「可愛い~~~☆」と日本語で私。^^

「犬好きなの? 飼ってるの?」
「うん、ポメラニアンを2匹飼ってるの~。^^」

「へぇ、なんて名前?」
「クリス。」
「もう一匹は?」

え?
咄嗟に言葉が詰まりました。

というのも、私のもう一匹の愛犬の名前は「ヨンサマ」。
決してペ・ヨンジュン氏のファンではないのですが、当時の流行に合わせて付けた名前です。(笑)
それも月日の経過に伴って、
今では動物病院で「どうぞ、お次はヨンサマ~。」って大声で呼ばれる度、赤面してしまいます。^^;

あぅ~、マルッシオにバカにされるぅ~。(><)
「え~と、え~~~~と、ヨンサマって言うの。^^;」

「へぇ、ヨンサマか~。 それって日本名?」

あ、そっか!
日本ではお馴染みのヨンサマではありますが、そりゃマルッシオは知らないよね☆
つい日本にいる感覚で話していました。(笑)

「そうそう、そう日本名よ!」 
これって、日本名かな~? 日本名でいいんだよね? と自問自答しながら、、、。(*^^*)


ここまで来て、ヨンサマ話題(?)になろうとは!

一匹の子犬のおかげで、先ほどまでの重い気分が随分と楽になった私達。

銃弾の痕を縫いながら、ネレトヴァ川より西側のカトリック圏へと入って行きました。

モスクでのひとこま。

2012-01-13 22:22:40

う…。

ここを降りるのか、、、。

あ~、どうか誰も登ってきませんように。(><)

というのも、先ほど登っている最中に男女二人が降りて来て、私は壁に張り付くように、相手は柱にしがみつくように、お互い命がけですれ違ったのでした。(苦笑)

相手の女の子は「怖い、助けて~」って動けなくなるほど怯えていたし、、、。
確かに足が竦むよね、ここ。


あ~、どうか何事もなく日本へ帰れますように。
今回の旅、危険なことは一切なかったけれど、ここに来て 初めて「無事」を祈ったのでした。(笑)

ずりずり、ずりずり、、、。

こんな狭い階段、一体誰が設計したんだよっ!って、最後は16世紀のトルコ人設計者にまで文句を言う始末。


「はぁ~、もうへとへとだよ~。><」

なんとか下界に降りた私は、モスクのおじさんとマルッシオに大きなジェスチャーで、その大変さを伝えました。

「ははは。」 二人とも、なんだか楽しそうに笑っています。

「ははは、ご苦労さま。^^」 
もぅ! この大変さを知ってたんなら、初めから教えてよねっ☆(怒)

*

モスクを出て、立ち去ろうとする私達をおじさんは呼び止めました。
「ちょっと庭も案内してあげるよ。^^」

私が必死で塔に登っている間、二人はかなり仲良くなっていたのでしょう。
そう、私をダシにしてっ☆(怒)

前庭には泉があり、裏手には墓地がありました。

「平らな墓石が女性で、男性の墓石はとんがってる方だよ。」
マルッシオは指さしながら、私に説明を始めました。

「そうそう、君はよく知ってるね。」おじさんは感心した表情でマルッシオに言いました。

クロアチアもそうだけど、ボスニア・ヘルツェゴビナでも英語が普通に通用するんだ~。
言葉の垣根がないっていいことだなって、二人の会話を耳にしながら、つくづくそう感じました。
そう改めて思うほど、二人の仲がいい感じだったのです。

だから、そんな雰囲気を写真に撮りたくて、私はおじさんに頼みました。

「彼女、写真を撮るのが好きなんだよ。 良かったら写ってやってよ。^^」とマルッシオ。

くぅ~、私が写真を撮るのはね~、ブログに載せる為なんだよっ☆(怒)
で、なんやかんやケチつけながらも、意外とマルッシオって私の写真に写ってるよね。(笑)


「じゃぁ、撮るよ~。」

すると二人ったら、私は何も頼んでいないのに、仲良く「ピース!」ってVサインをしてくれました。

2012-01-13 22:22:12

大の大人が、それもいい年した二人の男性が、何やってんだか!(笑)


なんかこの雰囲気いいな~。^^

モスタルに滞在できる限られた時間、タイムリミットが刻々と近づくこの時になって、この出会いに終わりが来ることが非常に残念になってきました。


胸の中に寂しさが広がっていくのを微かに感じながら、

おじさんに大きく手を振り、マルッシオと私はカラジョズ・ベグのモスクを後にしました。

モスタルの風景。

第二次世界大戦で大きな被害を受け、後に修復されて今に至る カラジョズ・ベグのモスクは、
1557年にオスマン朝の宮廷建築家(トルコ人)によって設計され、ドゥブロヴニクの石工たちによって建造された、ヘルツェゴビナ地方で最も重要なモスクなのだとか。

それは、モスタルの目抜き通りであるチトー通りに面して建っていました。


「ここは中を見学できるはずだから・・・。」
マルッシオは先ほど訪ねた このモスクへ、再び私を案内するために引き返してくれました。

前日に知り合ったばかりなのに、私は彼にすっかり甘えて、それが当然のように彼の後に付いていきました。

「ちょうど先ほど礼拝が終わったばかりなんだそうだ。」
そう言いながら、マルッシオは中から出て来たおじさんに軽く手をあげました。

すでにマルッシオとは顔見知りになっていた そのおじさんに入場料を支払い、生まれて初めてモスク入場です。

IMG_0883.jpg

テレビなどで見るイスラム寺院のモスクって、大抵 大勢の信者さんが処狭しと並び、深々と下げた頭を床につけてるイメージが強くて、モスクそのものの内部や装飾を意識的に見たことって、私はこれまでなかったように思います。


へぇ~、本当に清潔なんだ~。
もっと臭いイメージだっただけに(笑)、予想外の明るさと美しさに感動してしまいました。

床には色とりどりの絨毯が美しく敷き詰められています。


この場所で、低く穏やかに流れるコーランを聴いていたら、きっとすごく癒されるんだろうな~。
ほんの少し、イスラムに傾倒していく人達の気持ちが分かったような気がしました。(笑)


決して大きく華やかなモスクではないけれど、地元の人達とともに歩んできた歴史を感じられる温かい場所。

この狭さが逆に安心感を与えてくれるようにも思いました。


「女性は二階席なんだ。」
おじさんは扉を開け、私に階段を登るように言いました。

「塔にも登る?」
「あぁ、彼女は高いところが好きだから。」 私が返事するまでもなく、マルッシオが答えます。

「ね、登るよね? 僕にはこの螺旋階段は狭すぎるから、塔には一人で登っておいで。」
ちょっぴり悪戯な表情で、マルッシオは笑っています。

「じゃぁ、行って来るよ!」
高いところが大好きなpicchukoです!(笑) 元気いっぱい手を振って、階段へと向かいました。


う・・・。

2012-01-13 22:25:20

狭い、、、狭すぎる。。。

半端じゃない狭さだ。。。

膝を擦りながら這うようにしなければ登れない狭さです。


綺麗な格好で来なくて良かったかも・・・。

ずり、、、ずり、、、。
膝だけでなく、体中を塔の壁に擦りながらでないと登れない狭さです。

ここ、閉所恐怖症の人には無理かも・・・。


トホホ。
新年早々、しかもこんなに遠くまで来て、私は何をやってるのか・・・。

マルッシオめ~、この狭さをすでに知っていたのかも・・・?
もしや、昨日 大聖堂へ行かなかった私への復讐とか?!(笑)


ずり、ずり、ずり、、、。

確か、このモスクの塔は他のものよりも一段と高かったはず。
その高さがこのモスクを一層美しく、バランス良くさせているんだけどさ~。

うぅ~、マルッシオめ~。(><)

マルッシオへの文句をぶちぶち呟きながら(笑)、ずりずり、ぐるぐる、ぜいぜい、やっとのことで登りつめることができました。


う・・・。

2012-01-13 22:24:28

身を乗り出せば、簡単に落下しそう。(><。)。。

ここ、高所恐怖症の人にも無理かも・・・。

そりゃ、これだけ細く高い塔だものね。 



私は恐るおそる顔を上げ、街を見渡してみました。


IMG_0884.jpg

IMG_0885.jpg

ふふふ。

ここ、なかなか いいんじゃな~い?(笑)


IMG_0886.jpg

街を一望できるだけでなく、

モスタルのどこか漂うもの寂しさとか、褪せた色合いとか、バルカン半島独特の山の姿とか、何故かものすごく身近に感じられるのでした。


街と自分が一体となる感じ。

しかも、他の人が入るスペースのない狭さなので、誰にも邪魔されることはありません。

真下を見ると怖いけど、なんだか鳥になった気分じゃな~い?(o^ー^o)

先ほどの文句をよそに(笑)、私はここがいっぺんに好きになってしまいました。



た、だ、し、、、

再び狭い螺旋階段を降りなければならないことに気付くまでは・・・。(苦笑)

不思議な縁と不思議な一日。

IMG_0882.jpg

「昨日、僕と別れた後、君はどうしたのさ?」
「スルジ山へ登って~、、、(汗)」
「そんなことは知ってるよ。で、その後、どうして大聖堂に来なかったのさ!」
あうぅ~、あなたの話をちゃんと聞いていませんでした、、、
                        な~んて、言えるわけないじゃない!!!(><)

「ええっと~、え~と」 必死で答えを探す私。(笑)
「え~と、ものすごく疲れちゃって、早くホテルに戻って休んだの。」
「OK、OK~、僕も疲れてたし、昨日の夜は早めに寝たよ。」


「あ、あなたの名前、聞いてなかったよね。」 これ以上突っ込まれては困る私は、慌てて話を変えました。
「そうだったね~、僕たち、自分の名前もまだ名乗ってなかったよね。(笑) 僕はマルッシオっていうんだ。君は?」
「私はpicchukoです。」

マルッシオかぁ~。
外国の、しかも男性の名前って、いつもなら聞いてもすぐに忘れてしまう私ですが、
偶然にも、クライストチャーチの語学学校で仲の良かった事務員さんがブラジル人のマルッシオで、だから すぐに覚えることができました。

マルッシオね、ふふふ。(*^^*)
私、そのブラジル人のマルッシオのこと、結構お気に入りだったんだよね。(笑)

だからでしょうか、アルゼンチン人のマルッシオとも、この時 一気に距離が縮まったような、前日よりもリラックスして接することができたと思います。

それに右も左も分からない街で、知り合い(一応)と出会えた安堵感は何物にも代えられませんでした。

IMG_0878.jpg

「イスラムのモスクは初めて?」と彼。

おぉ? 早速、再び難解な説明が始まるのか?
前日に比べると、私もかなり余裕がでてきました。(笑)

「ちょっと覗いてみるといいよ。」

どうやら、このモスクも閉まっているようです。

2012-01-13 22:26:42

耳元では、今日も怒涛のごとく彼の英語が続きます。
イスラムについての貴重な講義ではありますが、ちんぷんかんぷんの私には、もう頭の中で好き勝手にイメージするしかありません。(笑)

時折、私がちゃんと理解しているか顔を覗きこんで確認する彼。
そんな時は、ニコッて笑って、「ちっとも分かりません」って心の中で返事しました。(笑)
だって、キリスト教やルネサンス絵画ならまだしも、イスラム教なんて これまで全くもって関わっていないんですもの・・・。

初めて見るモスクの内部は、明るく清潔で、思ったよりも怪しくない!(笑)
格子におでこを当てて、私は一生懸命 中を覗きました。

そんな私をじっと見ていた彼は、「さっき、僕が行ったモスクは開いてたんだよ。 今からそこへ行ってみよう!」
そう言って、先を歩き出しました。


私はこっそり手持ちのガイドブックを開いてみました。
そこには、モスタルの二つのモスクについての記述が小さく載っていました。

その一つが最初に訪れた川沿いのモスク。
そして、もう一つがヘルツェゴビナ地方のイスラム建築で最も重要といわれる『カラジョスベグ・ジャーミヤ』というモスクです。

実は私、この時 自分が居る場所が、『カラジョスベグ・ジャーミヤ』なのだと思っていました。
ですが それは私の間違いで、この後 彼が案内してくれたモスクこそがそれだったのでした。

それを知ってか知らずか、彼は先を進みます。


あ~、彼との再会は、ここモスタルでも私が自分の思い通りに行動できていれば、絶対にあり得ないものだったんだ~。

間違いの連続が、この再会を生んだことに気付きました。


縁ってこういうものなのかな?


不思議な縁と、不思議な縁に恵まれそうなこれからの一年を感じながら、、、

不思議とこの日も彼と一緒に、モスタルの街を巡ることになったのでした。

picchuko、ボスニア・ヘルツェゴビナで腰抜かす☆

こちらは、先ほど(AM 4:05)twitterでのカルロスの言葉です。(*^^*)
【 Thank you very much Japan it has been absolutely amazing you are all in our heart we love you  xx  many kisses  Carlos 】

IL DIVO の殿方へ
また日本へ来て下さいね♪ 素敵な思い出をありがとう。(*Ü*)

*

愛するIL DIVO のおかげで、この一週間は興奮したり切なくなったりと、気分的に浮き沈みの激しい毎日でした。

そろそろ現実に戻って旅行記の続きを書こうとPCの前に座ったのですが~、先週の土曜日以前の記憶がかなり飛んでいる!(爆)

でも少しづつ思い出していきますので、もうしばらくクロアチア&ボスニア・ヘルツェゴビナ旅行記にお付き合いくださいませ☆


* * * * * * *


元日の朝、ドゥブロヴニク旧市街の主だった教会を巡った後、私はタクシーを拾いました。

それは、クロアチア最南端に位置するドゥブロヴニクから60kmばかり南にある、モンテネグロのコトルという街へ行く為に。

とはいっても、ドゥブロヴニクにもまだ見どころが沢山残っていましたので、わざわざ遠出することもないかな~って、この時は少し迷いもありました。

タクシーを拾えたら行こうかな。
そんな軽い気持ちで、プロチェ門を出てすぐにあるタクシー乗り場へ向かったのです。

それから後のことは、('12.01.02日記)に記したとおり。(笑)

ボスニア・ヘルツェゴビナの見えない引力に導かれ、気が付けば そこは内戦の痛々しい傷痕が未だ残る、美しくも切なく胸を締め付ける場所に立っていました。


モスタル・・・

ボスニア・ヘルツェゴビナ南部のこの街は、ネレトヴァ川を挟んで、カトリック圏とイスラム圏に分かれています。

タクシードライバーのお兄さんは、ネレトヴァ川に架かる この街の象徴とも呼べる橋『スタリ・モスト』のたもとで私を降ろしました。

「この街の見どころは、川より東にあるイスラム圏側だよ。それじゃぁ、14時にこの場所に戻って来るんだよ!」

地図を持たない私は、何も分からないまま この街に降り立ちました。


2012-01-13 22:29:24

一瞬、土埃の混じった風を感じました。

え?

私は今、一体どこにいるのだろう。

この時には、私はすでにここがモスタルだと知ってはいたものの、その街に関する予備知識を全く持っていませんでした。

2012-01-13 22:29:04

ここはヨーロッパ?

先ほどまで居たドゥブロヴニクの煌めきとは大違い。
まるで中東のとある街角に迷いこんだかのような、でもどこか懐かしい匂いのする景色が目の前に広がっていました。

ここ、ヨーロッパだよね?

2012-01-13 22:27:45

いいえ、ヨーロッパじゃない!

IMG_0874.jpg

どこからか、かすかにアラーの神を讃えるコーランのような響きが聞こえてきました。

私はそれに従うように、イスラム寺院のモスクへと向かいました。


イスラム圏へ足を踏み入れるのは初めてです。
正直、過激派の印象が強くて、これまでは少し怖いイメージを持っていました。

なのに、耳にする低いアラビア語の響きは心地よく、懐かしさに近いものすら感じます。


地図がないので、モスクに聳える高い塔だけが頼りです。

私はふらふら~っと、ネレトヴァ川沿いにあるモスクを訪れました。


IMG_0880.jpg

閉まってる・・・。

では、あの声はどこから聞こえてきたんだろう。

私は自分の勘だけを頼りに、そこから数十メートル先に見えている別のモスクの尖塔を目指しました。




ごくり。

目の前に、無数の白い墓標が現れました。

これは、、、、、

何も語らずとも、刻まれた日付を見れば、ボスニア紛争の犠牲者達だということだけは、無知な私でも分かります。

何とも言えず苦しい気持ちに、まるで時間が止まったかのような錯覚で立ちつくす私。
もう言葉は出ません。。。


その時でした☆

「また会ったね~。^^」

え? 振り向くと、あ、あ、あ゛~~~~~!!!!!!

黒装束のあの人が、
昨日 ドゥブロヴニクを共に歩いたアルゼンチン人のあの人が、、、
眩しいほどの満面の笑顔で立っているではありませんかぁ~!!!!!


「どうして昨日、大聖堂に来なかったんだよ! ずっと待ってたのに~。」

私は瞬時に自分の体を調べました。(笑)

私がまだ数年若かったら、きっとこれは運命だと、そう信じたことでしょう。
でも、運命を夢見る年頃はすでに今は昔です。

咄嗟に私は、自分の体に探知機が付けられていないかを確認したのでした。(笑)


あ、あ、あ゛~~~~~。
彼を指さし、私は言葉にならない驚きの声を洩らしました。


だって、ここはドゥブロヴニクじゃないよね~?><

ここはドゥブロブニクから130kmほど離れた、しかもクロアチアじゃなくてボスニア・ヘルツェゴビナなんだよね~?><


なんで、なんで、あなたがここにいるの~???

叫びたくても、あまりの驚きにそれ以上 声も出ず。。。

ボスニア・ヘルツェゴビナの真ん中で、新年早々、生まれて初めて『腰を抜かす』体験をしたpicchukoなのでありました。(苦笑)


なんで~???
なんで、あなたがここにいるのぉ~~~!?><

FURUSATO ・・・

IL DIVO


セバスチャンのこの言葉が、今回の来日公演の意味を最も表しているように思います。

「今から1年前に日本で悲しい出来事がありました。
僕たち4人にとって日本は大切な国なので、まるで自分たちの身に起きたように悲しみを感じました。
しかし、驚いたのは日本の皆さんの強い精神力です。
大変な状況でも前に向かって進んでいくことを僕たちは日本の方から多くのことを学びました。」

コンサートも中盤を過ぎ、声のトーンを抑えて語り始めたセバスチャンの一つ一つの言葉から、日本に対する愛情がひしひしと伝わってきました。


「そして、今夜は日本の皆さまに敬意を表して特別な曲をお送りしたいと思います。」

そう言って、歌い始めたのが日本の唱歌『ふるさと』です。

たぶん、誰もが彼らの歌声に心が震え、涙し、強く励まされたことと思います。

ミート&グリートで舞いあがっていた私でさえ、この時だけは胸の奥深く、じ~んと染みてくるものがありました。

日本語が完璧だとか、ハーモニーが素晴らしいとか、それ以上に彼らの心が嬉しかった。
彼らの想いが会場全体に響き渡って、日本人の心の琴線に触れる歌声でした。

私は拍手も忘れ、ただただ泣けてきて、

彼らが今 日本にいることの意味を知り、だから ますます泣けてきて、、、

でも、彼らのその想いを受けとめたいと、遠い客席からではありますが、4人に向けて大きく手を振りました。


*

ディビッドは言います。

「僕たちの音楽は、ポップスでもなくて~、オペラでもなくて~、

僕たちの音楽は、皆さまの心の中にあります。


ありがとう、本当にその通りだね。


私にとって3度目となる今回の公演、実は母も一緒に連れて行きました。

2月の母の誕生日プレゼントとして、ちょっと遅いプレゼントだけど、彼らのコンサートチケットを用意したのです。

それにぴったりの曲『 MAMA 』も披露され、どの曲も大好きには変わりないけれど、

『 ふるさと 』と『 MAMA 』の2曲が特別に思い出に残るものとなりました。

今度、もし再び彼らに会える日があるならば、
その時は落ち着いて(笑)、彼ら一人一人に心の底からの「ありがとう」を伝えたいです。



最後に、Facebook より、セバスチャンのメッセージを書き写しておきます。

【 Dear All,

Just would like us to have a minute of silence all of us in your timing for all the Japanese people who have suffered from this horrible trajedy and all the souls who are missing now.
It was a year ago and i remember.
As i say what i do admire is how Japonese do not let themselves drown they remember but the move foward in the lives and this is simply admirable.
May all our thoughts wherever we are spread enough energy to hope this will never happen again.

With all our love. Il Divo 】


今は彼らを思って、ただただ切ないpicchukoです。



You Tube より、『 FURUSATO 』

神さまからもらった奇跡の一分☆

3月8日、ブログのお友達・nanaco☆さんとこんなコメント交換をしていました。^^

picchuko   : 私は明後日、IL DIVOのライヴに広島へ行ってきま~す♪ウルスに伝言ないですか?(爆)

nanaco☆さん : えぇぇっっ!!IL DIVOのライヴですか!! うわぁ、めちゃめちゃ羨ましいです~~~(≧∇≦)
        えっと、えっと……じゃあウルスに「いつか自分の子供が生まれたらウルスと名付けます」と(笑)
        ウルス…雨流洲…?なんだかジトッとしてそうな名前だわ。。。
        楽しんできて下さいね~♪ライヴレポ、楽しみにしてますヽ(*^▽^*)ノ

この返事に、私は大爆笑でした!
そして、そうだ!伝言を預かったということは、きちんとウルスに伝えなくちゃ!と思ったわけです。(笑)

ちなみに、この時のnanaco☆さんは、私が彼らと実際に会うなんてこと、全くもって知りません。


* * * * * * *


IMG_0891.jpg


3月10日、午後5時から広島サンプラザホールにて開催された IL DIVO の広島公演。

その前に、彼らとのミート&グリートに私picchukoも参加させて戴きました♪(*^^*)ゞ
そう、IL DIVOの4人のメンバーと実際に会って来たのです!!!!!

もう緊張しましたよ~!
正直言うと、直前までは嫌に冷静だったのに、彼らを前にして思いっきりテンパってしまいました。(爆)

だって、本物の彼らが目の前にいるんですものね~。

大好きで大好きで夢にまで出て来た彼らが、世界で活躍している彼らが、自分の前に立っているんですものね~。

そして、その一瞬だけでも私と向き合う。
彼らの人生と私の人生が、その瞬間に交差するのですから~、冷静でなんていられるものですか!(笑)


この日の彼らの立ち位置は、手前からDavid、Sebastien、Carlos、Ursの順。
David から赤いバラをもらい、彼ら一人一人と握手を交わし、そして写真を撮って終了という、僅か1分ほどの時間でした。

そのあっという間の中で、自分の想いを伝えることがこれほど大変で緊張することだなんて~、生まれて初めての体験でした。
どれほどの緊張だったかと言いますと、何故か今頃、身体中が筋肉痛です。(笑)


さて、その模様についてですが~(*^^*)

自分の番になった時、もう頭の中は真っ白で、赤いバラを一輪差し出したDavidのことしか目に入っていませんでした。

「こんにちは。」と日本語でDavid。

上の空で「こんにちは」と答えつつ、、、
「ずっと応援しています。いつも応援しています。」って伝えなくちゃって、ですが なかなか言葉にならない私の英語。(笑)

David とバラを持ち合ったまま、じっと David の顔を見つめ、
「あ~、アイ、I'll ビィ~~~ always your Biiiiiiiiiiiiiiiig faaaaaaan !!!」

あ~、なんとか言えた~!と思いきや、背後からスタッフの方に「バラを受け取ってください。」と冷めた響きで言われてしまいました!(爆)

もうそこで自分を失う、失う!(爆)(爆)(爆)

David の隣りに立つ Sebastien が優しく手を差し出しているにも関わらず、私は Seb を飛ばして Carlos の手を握っていました。(^^*ゞ

え?って顔で私を見つめる Sebastien。 

あわわわわ~~~~!
慌てて Carlos の手を振りほどき(笑)、Seb と握手する私。
本命のウルスなんぞ、全くもって視界に入っておりません。(爆)

あ~、早くnanaco☆ちゃんのコメントを言わなくちゃ~~~!
あ~、でもここには4人いるぅ~。

もうどうにも止まらない私は、目の前の Carlos を一心に見つめ、
「いつか、、、いつか4人の男の子が生まれたら、ウルス、カルロス、セバスチャン、ディビッド・・・・」

「早くしてください。」ここで、背後からまたもスタッフの注意が~。(恥)

でも最後まで言わなくちゃ、、、ともう一度、今度はメンバーひとりひとりを指さしながら、「ウルス、カルロス、セバスチャン、ディビッドと名付けますぅ~><」

もう完全に舞いあがっています。(笑)
すでに、nanaco☆ちゃんからの伝言ではなく、主語は「私」になってるし。(爆)

そんな私の言葉を真剣なまなざしで聞いてくれた Sebastien と Carlos が「おぉ~~~!!!」と声をあげました。
あ、その時の David と Urs の様子は全く覚えておりません、はい。。。

あ~、4人も子供なんて、しかも4人とも男の子なんて、今の私で間に合うのか???
な~んてパニックになりつつも、頭の中で自分にツッコミを入れる私に、Urs が眩しく微笑んで冷静に手を差し伸べてくれていました。

あ~、この瞬間をどれほど待ちわびていたことか・・・。(*^^*)
Urs との握手に浸っているその時、「はい、ここに立ってください。」

もう待ちきれないといった感じで、スタッフの方にとうとう指示されてしまいました。(苦笑)

そして、5人並んで「ハイ、チーズ!」
もう一枚撮るよ~と、再び「ハイ、チーズ!」

撮りながら、「いい感じだよ~!」と声を掛けてもらったものの、完全に固まっていた私は、笑顔どころかバラを持つ手も自分の意思で動かすことが出来ない状態でした。

「はい、終わりました。」の言葉で我に返り、もう一度、今度は自分から Urs に手を伸ばす私。

Urs、白いな~。
彫刻のように美しいその顔に、その優しい笑顔に見惚れながら、最後の握手の感覚だけはしっかりと覚えています。

それでも、まだまだ自分を取り戻していない私。
次の人の順番だと、そそくさ退場しようとした私を Carlos と Seb が呼び止め、そして振り向くと、、、

Sebastien が温かいまなざしで、しかも日本語で「ありがとう」と言ってくれたじゃありませんかぁ~~~~!
Carlos も言ってくれたように思うのですが、それはきちんと覚えておりません。

ただその時の Seb のまなざしがあまりにも印象的だったことが忘れられません。
恋に落ちる、、、という感覚、しかも一瞬にして恋に落ちるという感覚、この瞬間がたまらなく好きです。(*^^*)

もう一人だけだなんて選べませんね!
私、IL DIVO の殿方はみ~んな同じくらい愛しています。
もうたまらなく好き☆

そして、この貴重な1分間のおかげで、これまで天上人だった彼らの存在が、地上に舞い降りてくれた王子さまに変わっていました。
すごく尊い存在だけど、なんだか不思議と身近な存在。

ステージに立つ彼らと私との間の垣根が掃われたような気がして来ました。


Carlos、Urs、Sebastien、David、本当にどうもありがとう。
そして、これまでの人生の中で最高に嬉しかったこの瞬間を、私の好きな広島で迎えることができたことに感謝します。

IL DIVO ミート&グリート

いつか また会う日まで!(*^^*)


* コンサートについては後日、、、未だ興奮冷めやらぬ記事でごめんなさい。^^ゞ

思い出は消えない。

ロイター通信。

【クライストチャーチ大聖堂が取り壊しへ、NZ地震で被害大きく】


昨年2月にニュージーランドのクライストチャーチを襲った地震により被害を受けた大聖堂が取り壊されることが決まり、その131年の歴史に幕を閉じることとなった。

同大聖堂が2日、発表した。


同市中心部にあり、観光名所にもなっていたクライストチャーチ大聖堂は、死者185人を出したマグニチュード(M)6.3の地震で一部倒壊するなど、大きな被害を受けた。

その後も続いた強い余震で被害はさらに拡大していた。


同大聖堂のビクトリア・マシューズ主教は「(取り壊しの)決定は、一番に安全性を考慮し、熟考を重ねた結果」だとし、

歴史的な特徴を損なわないように2、3メートルの高さまで慎重に取り壊すと説明した。

ブルドーザーや鉄球は使わないとしている。


パーカー市長はこの決定を「胸が張り裂けるようだ」とコメントし、クライストチャーチ大聖堂の取り壊しを残念がった。


* * * * * * *


覚悟はしていましたが、この決定には パーカー市長と同じで、私も「胸が張り裂けそう」です。

大聖堂側としても、本当に辛い決断だったと思います。

ですが、これが新しいクライストチャーチへの第一歩になるのなら、受け入れるしかないのですね。




imageCA5JGW95.jpg


クライストチャーチ大聖堂へ、これまでありがとう。

もう一度だけ、会いたかったな。

でも、みんなの思い出の真ん中に、これからも大聖堂は存在し続けるよね、きっと。


(写真は借り物です。)

もう少し、ドゥブロヴニク。

この日、モンテネグロのコトルへ行こうと決めていたものの、もう少しだけドゥブロヴニク旧市街の教会を巡ることにしました。

遠出しようか、それとも もう一日 この街で過ごすか、まだはっきりとは決めかねていたのです。


ドゥブルヴニクの旧市街は、周囲2キロの箱庭ほどの小さな街です。

ですが、そこを歩けば至る所に見どころがあり、
教会好きな私にはとりわけ嬉しくなるような建物が狭い範囲に集まっています。

例えば、

         2012-01-13 22:33:54
          
主な教会だけでも、前述の大聖堂、聖ヴラホ教会、ドミニコ会修道院、
今回の私の旅を 一人旅から二人旅へと変えるきっかけとなった(笑)、ヨーロッパで3番目に古い薬局を持つフランシスコ会修道院、

         2012-01-13 22:30:35

そして、イコンを持つセルビア正教会に、
教会に近いものとして、現役のシナゴークとしても利用されているユダヤ博物館など。


そんな数々の見どころの中で、印象に最も残ったものが、大聖堂から西側へ少し石段を登った場所に建つ、聖イグナチオ教会でした。


この教会の名前であるイグナチオは、カトリック教会において聖人の地位にあげられた人。
イエズス会を創立した一人であり、その初代総長なのだとか。

日本でもおなじみのフランシスコ・ザビエルはイグナチオの同志です。

IMG_0861.jpg

ガイドブックには、この教会はローマにあるイグナチオ教会をモデルに1725年に建てられたとあり、

調べてみると、あらホント! 正面から見上げると、ローマの教会と非常によく似ているのに驚きました。

だからかな~?
この教会へと続く石段も、まるでローマのスペイン階段を思わせるような趣きがあり、
ここでジェラートを手にしたら、(リトル)アン王女の気分を味わえそうな感じです。(笑)


内部はローマほど広くないのですが、それでも祭壇とドームに描かれたフレスコ画に感嘆の息が漏れてしまいます。

2012-01-13 22:32:41

2012-01-13 22:33:03

ちょうど私がこの教会を訪れた時、そこには誰の姿もなく、その空間と大理石の祭壇を独り占めすることができたのですが、、、

IMG_0864.jpg

あまりの静けさにちょっぴり怖くて、中世にタイムスリップしたようで、ぞくぞくしました。
この薄暗さが、余計にぞくぞくさせるのです。(笑)

背後から魔女にさらわれて、一瞬にして暗黒の世界へ消されても、別に不思議じゃない空間。

その後に誰かがやって来ても、何もなかったような顔して、この祭壇は黙ってそこにあるんだろうな~。


もしかしたら私、、、本当はまだこの場所から戻っていないのかもしれません・・・。(*^m^*)

該当の記事は見つかりませんでした。