I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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ミュンヘン行きの準備中。

ブログを開くのが とても久しぶりに感じられるのは、一日の中で「おはよう♪」と「おやすみ☆」を言うのが二度づつになったからかもしれません。

ドイツと日本という中途半端な時差のせいで、たった一週間 ブログを更新していないだけなのに、まるで数ヶ月もほったらかしにしている感じ。

それくらい一日が数日に感じる今日この頃です。

な~んてのろけているうちに(笑)、気が付けばミュンヘン行きまで後僅かとなってしまいました☆

いつもは簡単な荷造りも、今回は色々持って行きたいものが増えてしまって、まだ全然準備が整っておりません。



それでも、今日は以前からチケットを取って楽しみにしていた劇団四季ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』を観に大阪まで出掛けて来ました。

久々に母と二人きりでのお出掛け。

ミュンヘン行きの意味をすでに話してあっただけに、なんとなく今までとは違う二人の時間です。


『サウンド・オブ・ミュージック』は二人のお気に入りの映画でもあり、その舞台であるザルツブルクもまた、私だけでなく母にとっても親しみのある特別な場所。

ミュージカルですから、美しいザルツブルクの風景はお預けだったけれど、
それでも音楽が流れて来るだけで、瞼にはあの気高く美しいホーエンザルツブルク城が浮かび上がり、訳もなく涙が溢れて来る私でした。

楽しく美しい音楽に乗せて、今の私の心に響くメッセージが至る所に散りばめられていて、

チケットを取った時は想像もしていなかったけれど、
この舞台を、今、母と共に観ることに、何らかの意味があるように思えてくるから不思議です。

あ~、いつになく心が繊細になってるな~って、自分でも分かるほど。(笑)

そして、いつまでもいつまでも鳴りやまないカーテンコールは、この舞台をより思い出深いものにしてくれました。

あ~、やっぱりミュージカルはいい☆

*

せっかく関西まで出かけるということで、私にはもう一つの目的がありました。

それは、今回の旅行で被る帽子を探すこと!

ここで白状します。 
私、海外旅行へ出掛ける度に、一つづつ帽子のコレクションが増しています。(笑)

いつもは訪れる街の雰囲気に合わせてセレクトするのですが、今回だけは思いっきり女の子しちゃいました。(*^^*)

ウィンドウで見かけた一つの帽子に一目惚れしちゃったんです♪

それは、やはり私の行きつけ(?)の帽子専門店、さんちか一番街の『Kyoei』さんのウィンドウでした。

そう、帽子を買うためだけの為に、大阪の手前の神戸でバスを降りたのでした。

このお店、ちょっぴり高価なお帽子ばかりなのですが、デザインも被り心地も明らかに優れているものばかりを選ばれております。

しかも、私の好みを熟知してくださってる店長さんのベストなアドバイスにもつい惹かれ、どうしても このお店になっちゃうんですよね。

今回も、店長さんの「素敵なお帽子です。お似合いですよ。」の言葉に安心して、その一目惚れした帽子を購入致しました。

それは、やはりイタリアはフィレンツェ製の『Grevi』! 私の一番好きなブランドです。
今年の色合いとデザインは、いつもに増して私好みに仕上がっておりました!!!

もちろん、店長さんから被る時のちょっとした角度のアドバイスも戴いております。^^


ミュンヘンとはちょっとイメージが違うのですが、春ですし!お帽子だけでも可愛く演出したいと思います。

         2012-04-29 05:50:01  

では、5月3日に関空発です!

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握手の意味 ・・・ ドゥブロヴニク&モスタル旅行記、最終章☆

旧ユーゴスラビアの旅から3ヶ月半。

2012年のミラクルは、思えば ボスニア・ヘルツェゴビナ南部の町 モスタルでマルッシオと奇跡の再会を果たしたことから始まったように思います。

あり得ないことが起こるんだ!ってこと、

これまでは自分の意思で行動していたと思っていたことも、実は大きな宇宙の意思に動かされていたんだってこと、

そして、もうそろそろ そういう見えない引力に自然の流れで従ってもいい時期なんじゃないかな~って、

自分を呼んでくれる場所へ素直に行ってみるのもいいんじゃないかな~って、

この歳になって やっと気付きました。(笑)


*

「ドゥブロヴニクとモスタル、君はどっちが気に入った?」
時間を気にする私に、マルッシオは尋ねてきました。

二つの町を単純に比較することはできないけれど、たぶん普通なら、ドゥブロヴニクと答える人が多いと思います。

でも、私はどこか寂れた、悲しいほど美しいモスタルにより魅力を感じていました。
「そうだね、僕もモスタルの方が好きさ。」

そういえば、私達。
アドリア海の真珠と呼ばれるような輝く美しい街よりも、こんな土埃が混じったような空気の方がお似合いかもしれないわね。

そんなことを思いながら、私はマルッシオを見上げました。


「もうそろそろタクシーが来る時間?」 
「うん。・・・」


少しの沈黙を破ったのは、少し離れた場所から大きく手を振るタクシードライバーのお兄さんでした。
「ごめ~ん、待たせちゃったようだね。」
ドライバーのお兄さん、サングラスの似合う、なかなかのイケメンだったのです。(笑)

「全然大丈夫よ~!」私も彼に手をあげました。


「昨日と今日、本当にどうもありがとう。 あなたは本当に親切な方ね。」
私はもう一度 マルッシオを見上げ、そう言いました。

先ほどまでお喋りだったマルッシオ、、、この時だけは黙って、私の伸ばす手を握ってくれました。

その大きな手と握手を交わし、軽くおじぎをして、私はタクシーに乗り込みました。

マルッシオもその場から立ち去ります。
その後ろ姿が、なぜか小さく、少し寂しそうに見えて、ここで初めて 私の胸もきゅん・・・としたのでした。

だって、本当に彼の背中が小さく見えたから。。。

私の気持ちを察してか、タクシーがマルッシオの横を通り過ぎる時、ドライバーのお兄さんが一度だけクラクションを鳴らしてくれました。

見上げたマルッシオの顔は本当に寂しそう。 
あんなにお喋りだったのは、本当はものすご~いさびしがり屋さんだからなのかもしれないな。。。

私はタクシーの窓から大きく手を振りました。

「ありがとう!!!」 その思いを込めて、マルッシオが小さく見えなくなるまで、私はずっと手を振り続けました。


2012-01-13 22:19:03

ドゥブロヴニクへ戻った私は、旧港の船着き場に腰を降ろし、しばらくこの旅を振り返っていました。


ホント、最初から最後までマルッシオとの二人旅になっちゃったわ。

苦笑しながら、静かに打ち寄せる波の音に耳を傾けました。


私が旅に出るのは、世界中の人と繋がりたいって思うから。

私が旅先で握手を交わすのは、世界中の人達を繋げたいと思うから。

私の手を通して、私が出会った色んな国の人達が握手を交わしている、そんな風に思えるから。



やっぱり私は一人旅の方が好きだけど、たまにはこんな二人旅もいいもんだわって、

やっぱり苦笑しながら、黒くなったアドリア海の波音を静かに聴いていました。


たった2日間の旅日記を記すのに、こんなに時間を要することになろうとは全然思ってもいませんでした。
それにも関わらず、最後まで私のドゥブロヴニク&モスタル旅行記にお付き合いくださいまして、まことにありがとうございました。

これで、私とマルッシオの旅は終わりです。

たぶん、マルッシオとはもう二度と会えないことと思いますが、あの2日間はかけがえのない思い出になりました。
もう伝えようがありませんが、今は彼に感謝でいっぱいです。


* * * * * * *


◆12月30日(金)

16:10 ウィーン着
    
18:30 ザグレブ着 ・・・ picchukoサンタ、2011年・最後の使命を果たす☆

22:00 ドゥブロヴニク着

22:30 ホテル・RIXOS チェックイン


◆12月31日(土)

6:30 起床

8:30 ホテル出発

9:00 『フランシスコ会修道院』入口にてマルッシオと出会う
 
   ドゥブロヴニク旧市街観光
    ・フランシスコ会修道院、薬事博物館
    ・ルジャ広場
    ・聖レヴェリン要塞から城壁一周
    ・スポンザ宮殿
    ・大聖堂
    ・旧総督府
    
13:30 ランチ

14:00 セルビア正教会
    
     カフェにて食後のコーヒー
    
14:30 マルッシオと別れてスルジ山へ向かう

     スルジ山から旧市街を見下ろす

16:00~17:00 バニェビーチ

17:30~19:30 旧市街をぶらぶら散策&ショッピング

20:00 ホテル着


◆1月1日(日)

7:00 ホテルのベランダからアドリア海の初日の出を拝む

8:00 ホテル出発

8:30~9:30 ドゥブロヴニク旧市街観光
        ・プラツェ通り       
        ・ルジャ広場
        ・聖ヴラホ教会
        ・大聖堂
        ・聖イグナチオ教会
  
9:30~11:30  タクシーにてモスタルへ

11:30~14:00 モスタル観光
         ☆マルッシオと再会☆
         ・旧市街オールド・バザール
         ・スタリ・モスト
         ・コスキ・メフメッド・パシナ・ジャーミヤ(イスラムモスク)
         ・カラジョスベグ・ジャーミヤ(イスラムモスク)
         ・フランシスコ会修道院(カトリック教会)

14:00~16:00 ドゥブロヴニクへ

16:00~16:30 ドゥブロヴニク旧市街観光
          ・フランシスコ会修道院
          ・ドミニコ会修道院

16:30~17:30 カフェ・グラツカ・カヴァナ

17:30~18:30 旧港

18:30~19:00 ショッピング

19:00~20:00 シーフードレストラン・プロトにて夕食

20:30 ホテル着


◆1月2日(月)

4:30 ホテル チェックアウト

6:40 ドゥブロヴニク発

8:30 ザグレブ発

13:15 ウィーン発


2012-01-16 18:43:06
私をモスタルへ連れていった張本人(?)・笑

ブログの更新ができないほど・・・

この一週間、思い悩んでいることがあります。

まだ ここに書くまでには至らないのですが、すご~く悩んで何も手につかず、夜も寝れず、食欲もなく、おかげで したくもないダイエットも成功しつつあります。(笑)


ところで、

突然ですが、来月のGWはドイツのミュンヘンへ行って来ます。

本当はクライストチャーチへ行って、大聖堂を取り壊す前に できるだけ近くでお別れを言いたいと思っていたのですが、

どの航空会社もキャンセル待ち。

本命のシンガポール航空など、3月末時点で150人待ちという状態で、ほぼ不可能が決定しました。


それならば、連休は大人しく日本で~でも良かったのですが、

これって、やっぱり運命の悪戯なのかな~?


あることをきっかけにミュンヘン行きが決定☆

相変わらず弾丸な旅なのですが、これまでの旅とひとつだけ違う点があります。

それは、一人旅ではないってこと。

ドゥブロヴニク&モスタルの旅のように、一人旅のはずが何故か二人旅?っていうのとは違いますよ。(笑)


その頃には、今の迷いが吹っ切れていることを願いつつ、、、

あ~、今日も眠れない夜がやってきました。。。


追伸 * ミュンヘン行きまでに、ドゥブロヴニク&モスタルの旅行記は仕上げるつもりです。

Sebastien(IL DIVO)より嬉しいニュースです♪

Facebookより

God saved the Queen.

We have been chosen by the Queen to sing at the Queens Diamond Jubilee event in Windsor on May 13.
This is simply amazing.
I cannot wait.
My dream get this metal for arts from her and see all the rooms of the castle.
What an honour really.
We are so lucky. Don't miss it.

Vive la Grande Bretagne et la France xxx



こんな嬉しいニュースを読みながら、私もウィンザー城へ招待されることを夢見つつ(笑)、

David のこんなお茶目な写真を眺めています。(爆)


twitterより

Happy Easter eggs!
David.jpg

石の花。

さて、アルゼンチン人のマルッシオ君とpicchukoさんには モスタルでの残り僅かな時間を仲良く楽しんでもらうこととして(笑)、

まず、私が帰国後に出会った、バルカン半島を舞台とする優れた漫画をご紹介いたします。



それは、あの手塚治虫先生でさえ一目置いていた坂口尚さんの作品『石の花』。

時は第二次世界大戦時、ナチスドイツが旧ユーゴスラビアに侵攻するところから話が始まるわけですが、、、

これを読むだけで、後に続く内戦の火種を理解することもできるし、

当時 枢軸国に分割占領されたユーゴスラビアが、いかにナチスドイツに立ち向かい、その中で国をどう模索していったかを知るのに、非常に勉強になりました。

それも、政府ではなく民衆の力で。

もちろん、これは第二次世界大戦下のユーゴ対ドイツとして読むこともできるし、
これを世界の縮図として、人類共通の物語として読んでみても面白いのではないか、と私は思います。


坂口さん自身も、「なぜ、ユーゴを選んだのか?」という問いに、

民衆が抵抗に立ち上がったパルチザンに興味を引かれたことと、

5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字が存在する複雑な環境であることが、積極的な創作動機になったと答えています。

そして、その極限の時代を生き抜いた一人の少年と仲間を通して、人間の本性と平和の本質に迫るという大きな挑戦に挑んでいるわけです。


一見、戦争もの、歴史ものということで抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、

これ、本当に面白い! 中身が濃いぃ~!

最初はパルチザンって? チェトニクって~?っていう状態から読み始めた私です。

ですが、知らず知らずに もっとユーゴについて、その現代史について勉強したいと思わせる引力が並みではなくて…。

ちょっと私の中で、ユーゴスラビアブームが巻き起こっております。(笑)


* * * * * * *

2012-01-13 22:23:23


モスクの塔からも目に付いた、ネレトヴァ川対岸のカトリック教会の前に私達はいました。

「ほら~、ドゥブロヴニクにもあっただろう? 
クロアチア最古の薬局があった修道院と同じ、ここもフランシスコ会の修道院なんだ。」


「ここの鐘楼は、この辺りで一番高い建物なんだってさ。 登ってみる~?」

悪戯っぽく目をキラキラさせながら、マルッシオは私の顔を覗きこみました。

「ふんっ、いじわる~!><」
「あははは~。」

私達は教会の扉を引いてみました。 
けれど残念なことに、どの扉にも固く鍵がかけられており、私達は中に入ることができませんでした。

「もう時間だし、、、。」
私の腕時計は、すでに1時55分を示していました。

「じゃぁ、戻ろうか。」

「あ、でも最後にここだけは行った方がいいよ!」
マルッシオはますます早足で、私に付いて来るよう合図します。

「ほら、ドゥブロヴニクまでは遠いから、タクシーに乗る前にここだけは済ませておかなくちゃ。」

私は思わず笑ってしまいました。
「あはは、そうだね。ここだけは済ませておかなくちゃね。^^」

マルッシオが真顔で案内するもんだから、いったいどこへ連れていかれるかと思ったら~、

そうです、公衆トイレでした!(爆)


こんな細やかな気遣いまでできるマルッシオとのお別れまで、後10分です。

私も見つけたっ!ハートストーン☆ 四国最西端の旅!

お彼岸の頃のこと。

何を思ったか、急に何かを制覇したくなって、四国の最西端・愛媛県は佐田岬へ行って来ました。

四国の西の果てに細~く伸びた、あの半島です。

半島の先を少し伸ばせば、そこは九州・臼杵市です。


思い立ったのが午前10時半過ぎでしたので、寄り道もせず、ただひたすら走るだけ。


香川から高速で松山を抜け、伊予の小京都と呼ばれる大洲のICで降りるのですが、

そこからが意外と長くて、片道200kmほどなのに車で4時間以上掛かりました。

ですが、四国最南端の足摺岬と比べると、半島に伸びる道は整備され、ドライブコースとしては最適です。

2012-04-01 11:07:44

駐車場から灯台までは片道1.8km。

楽勝じゃ~んっ!と、椿の木に覆われた小道を歩くこと数分。


げ、これ下り坂じゃん! げっ、これを帰りは登るのか?(><)

せめてスニーカーで来ればよかった~!

車から灯台まで そんなに歩くこともないだろうと、この日の私はパンプス(フラットタイプですが)を履いていたのでした。(><)


強風の為、木々は傾いているし、、、。

と、なんやかんや言いながらも、それでもなんとか半分まで到達。

2012-04-02 21:42:55

ほんの少し、瀬戸内とは違う海の色が見えてきました。

それに励まされ、その先の坂も結構辛かったけれど、なんとか展望台まで辿り着きました。

2012-04-01 11:09:06


「おぉ~~~~~~~い!」
大分に住む、親友・Tomoyoに大きく手を振ってみました。

「おーい、ぴちゅこぉぉぉぉぉ~~~~~!」
なんだか、彼女の返事が聞こえてきそうな気がしませんか?(笑)


もう一度、手を振ろうとした時(爆)、誰かが展望台へ上って来たのでそそくさ退場。(^^;

急ぎ足でもと来た道を歩いていると、あ! 私も見つけた!


見つけたよっ! ハートストーン!!!


足元に敷き詰められた石の中に、かなりイビツではありますが、かろうじて(苦しいかな。笑)ハートの形をした石を見つけたのです☆

2012-04-01 11:08:27

え"~? ハートじゃないじゃん!なんて言わないで!(爆)


実は少し前、ブログのお友達・Belgische_Pralinesさんが長崎で見つけた可愛いハートストーンの写真をアップされていて、すご~く羨ましかったのです。(*^^*)


な~んか、幸せを見つけた気分じゃな~い!(*Ü*)

四国最西端も制覇したことだし!

上機嫌で再び車を飛ばし、私は帰路につきました。


*

その数日後、毎日新聞に佐田岬の広告が載っておりました。

お~お~、私が制覇したところだっ!

満足げに新聞を広げていると、、、、そこに書かれた小さな文字に絶句☆


日本一細長い佐田岬半島を西へ走り続けると、紺い海と青い空の中、目にも鮮やかな白亜の灯台。

夜間航行の船を安全に守り、人びとの無事を祈って、はるかかなたまでその灯をともす。

ここを踏んで佐田岬の旅と言われています。



あ"~~~、踏んでないじゃんっ!(T_T)

私ったら展望台で満足して、岬の先に立つ灯台まで行かずに帰ってしまったのでした。(爆)

これじゃ~佐田岬を、四国最西端を制覇したことにならないじゃんっ!(><)

あ~ん(><。)、出直しです。(苦笑)

香川は崇徳上皇ゆかりの地。

テレビは殆ど見ない私ですが、今年の大河ドラマ「平清盛」は崇徳院が登場することもあり、今のところ脱落せずに頑張って見ております。

地元・香川も崇徳院ゆかりの地として、うどん県とともにアピールしているようだし!(笑)


その、第75代崇徳天皇・・・

崇徳院が保元の乱に敗れ、讃岐の地に流されたのは1156年のこと。

その時、崇徳院のお供として都から下った者の中に、私の父方の先祖がいました。
もちろん、私はその時代に生きてはいませんので真実は知りませんけど。(笑)


私はその配流地である坂出市の鴨川で暮したことはありませんが、二人の姉はそこで育ち、
私自身、昔から崇徳院のお話を聞いて育っていましたので、125人の天皇の中で最も身近で親しみを感じておりました。


ですから、実は怨霊伝説のある方だとは、つい昨年までつゆ知らず・・・。

権力争いに敗れた悲運の人、、、そういう方は歴史上には数えきれないほどいますし、
身分の高い人が流刑になるのだって珍しい話ではありません。

それなのに、後世まで恐れられる存在になってしまったのは何故?

それには数々の伝説が残されているそうですが、
私の持つ崇徳院のイメージからあまりにもかけ離れているために、どうしても納得がいきません。

地元の方達からは「天皇さん」と呼ばれ、親しまれていたようですし、、、。



昨年は二度ほど崇徳院の菩提を弔うために建てられた、坂出市にある白峯寺の頓証寺殿へ足を運びました。

これも縁なのか、その白峯寺のお嬢様であった方が後の私の小学時代の先生で、しかもご近所さんということもあり、今でも出来の悪い私を気に掛けてくださっています。

ですから、白峯寺にも昔から馴染みがあり、
そのせいか そこにある崇徳天皇陵の遥拝所で手を合わせた時も、怨念のイメージを抱くことはありませんでした。

2012-04-01 11:06:09

思ひやれ 都はるかに 沖つ波  立ちへだてたる 心細さを

崇徳院の御歌です。

都を思い、帰りたいと切望する思いが切ないほど伝わってきます。


私はもっと院の近くへ、御陵に近い場所へ行きたいと思いました。


そこで探してみると、白峯寺の山門の脇に「西行法師の道」という場所があることに気付きます。

方角は御陵に向かっています。

2012-04-01 16:45:26

私は一段、一段、落ちた藪椿を踏みしめながら、階段を下っていきました。


2012-04-01 11:05:38

2012-04-01 11:06:35

深い緑に囲まれて、静寂の向こうに御陵はありました。

どこからか鶯の鳴き声が聞こえてきます。

川のせせらぎも心地よく耳に届きます。


今度は見上げる階段を、また一段、一段上っていきました。

2012-04-01 11:07:13

古くから親交のあった崇徳院と西行法師。

院の死後、高齢であったにも関わらず、西行法師は院の慰霊の為にはるばるこの地を訪れています。

院の墓前で髪を振り乱し、青白い炎の中で荒れ狂う上皇の怨霊と向かい合うという話が「雨月物語」に記されているようですが、


私は哀れこそあれ、崇徳院の恨みの念はこの白峯の地に荼毘に付された時からすでに鎮まっていたのではと感じました。

穏やかで静かで、イキイキとした緑に覆われて、、、また来ようという気持ちさえ湧いてきて。

院のお人柄を偲ぶ場所に相応しいと感じました。


後の方達によって、あらぬイメージを植え付けられてしまった(そう私は思っています)崇徳院ではありますが、
私にとっては昔と変わらず、親しみやすい上皇様であらせられます。

  
              2012-04-01 16:45:03



香川県→うどん県、JR高松駅→さぬき高松うどん駅、、、、、
                  崇徳院(讃岐院)→うどん院、、、まさかねぇ。(笑)

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