I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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これが、わたしの町。

こんなことをムラトさんに言われました。

「picchukoはどうして自分の家や町の写真を撮らないの?」

私がミュンヘンまで持って行った写真を眺めながら、彼はまじまじとそう言うのです。

それらの写真というのは、私がこれまで旅した様々な国の風景が写っていました。
その他にも、日本を代表する富士山と厳島神社、京都の古い町並みに立つ舞妓さんのポストカードをお土産に、きっとこれらを見て彼が喜ぶだろうと思い、準備したものばかりです。

「僕が見たいのは、君が毎日 見ている風景だよ。」


* * * * * * *


私は彼に、私の町の風景を毎日一枚づつメールで送ることにしました。

日が長いこの頃、仕事帰りに車を停めて、私を育ててくれた風景たちをカメラに収めていきます。

そうだった、ここでこんなことがあったっけ、、、
懐かしい記憶とともに、自分のふるさとの貴重な今を残すいい機会だな、とも思いました。

特徴もない、ただの田舎町の風景ですが、そこに日本の姿があり、そこから私自身も見えてくるのではないかな~、とも。


そして、せっかく写真を撮るのなら、一つの記録としてブログにも残していこうと、

これから時々、『わたしの町』シリーズでアップしていくつもりです。(笑)



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毎朝、通勤しながら眺める風景。
いつも帰りは違う道を通るのですが、今日は眩い夕陽とともに写してみました。

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5世紀末の円墳。
中学2年生の夏休み、自由研究に選んだ題材が古墳! 
この場所に立つと、今も友達と自転車に乗って、ミンミンと煩い蝉の鳴き声に追われている気分になります。(笑)

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再来年には建て替えられる私の中学校。
この赤い屋根が可愛くて好きだったんだけどな~。
25年前は一学年9クラス、全学年で1000人を超すマンモス校だったのに、今じゃ半分にも満たないのだとか。
卒業制作で造った日本庭園もすでに形を変え、ますます寂しくなります。

左手、遠くに見える小高い山は讃岐富士(飯野山)です。


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1889年、ここから四国鉄道が始まりました。このSLは大正時代のもの。
昔はここでよく遊んだけれど、今はアスベストの問題で中に入れません。(><)

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弘法大師・空海のお母様の里。
1000年もの月日で随分と変わってしまったであろう風景ではありますが、それでも遠い昔も目の前にこの景色が広がっていたんじゃないかな~って思わせてくれる、そんな場所です。


何気ない風景こそが美しい、そう感じられる気付きに感謝しています。
ムラトさん、ありがとう。

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オザールとアラン、、、そしてトラナガさん。

動物園の後、私達はスーパーでランチ用にとサンドウィッチを購入し、アウグスブルク市内から10kmほど離れた場所にある湖へと向かうことにしました。

「ちょっと待って、電話が掛かってきた。」
電話の主は、ムラトさんと同じくトルコ人のオザール。
時々従兄弟の助けを借りながら、一人で車の修理業を営んでいるというその彼は、27歳の青年です。

「オザールのヤツ、スーパーに停まっているこの車を見つけたんだって。
近くにいるんだから、ちょっと寄って行けってことらしい。」

そこで、私達は彼の作業場に少しだけ立ち寄ることにしました。

小柄で、顎髭が自慢だというオザール。
彼は気さくな表情で私達を出迎えてくれ、私達二人のことをまるで身内のように喜んでくれます。
そんなに喜ばれても、、、と、先ほどからずっと失くしたナザール・ボンジュウが気になって仕方のない私は、複雑な心境でその場に立っていました。

「picchukoは姉妹はいるの?」 作業をする手を休めて、オザールは私に話を振りました。
「うん、姉がいるけど、、、。」
「じゃぁ、今度はお姉さんを連れて来て! 僕も日本人が大好きだから!」
「え"~、でもうちの姉ちゃんは私よりも10歳以上も年上で、しかも孫がいるんだよ!(笑)」
こんな冗談じみた会話で、少し緊張気味の私の心をほぐしてくれたオザールは、すでに子持ちの愛妻家です。(笑)

おかげで気持ちが上向きになった私は、オザールと再会を約束し、再び車に乗り込みました。


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* * * * * * *


「オザールがpicchukoに宜しくって言ってたよ。^^」
帰国後も、ムラトさんとの会話にはオザールは頻繁に登場します。
彼が一番の親友だ!というだけあって、よほどオザールのことを信頼しているもよう。

最近、そのオザールの紹介でミュンヘン郊外に転職したムラトさんは、新しい職場においても人間関係に恵まれ、いい友達が増えている様子です。
ランチタイムに掛けてくる電話の向こうで、いつも私に手を振ってくれるのはベトナム人とポルトガル人の友達。

片道40km以上もある通勤距離も、親切な周りの人達のおかげで、随分と気持ち的に助けられているようで私も安心しています。


そして、新たに親友と呼べるほど親しくなったのがイラク人のアランで、先日もアランの家にいるんだと、ムラトさんは嬉しそうに声を弾ませていました。

「picchuko、ほら見て!」 彼が指さす先には、大きな刀が3本。
アランの家には(本物ではないと思いますが)立派な刀が飾られておりました。

「それって中国刀?」 ちょっと派手な色合いに、そう尋ねてみました。
「いいや、日本のだよ。」


そういえば、アランだけでなく、ムラトさんも結構 "SAMURAI"好き。
正確には、"SAMURAI"というより、"SYOGUN"好きかな。(笑)

トラナガという"SYOGUN"が相当気に入っている彼にとって、トラナガこそ日本を代表する人物なのです。

トラナガ?
トクガワの間違いじゃないの???
アシカガ? どちらにしても、一文字しか合っていないし。。。

「いい? 日本の歴史には、トラナガという将軍はいないんだよ。」
そう何度説明しても、笑いながら「トラナガ! トラナガ!」と繰り返すばかり。

誰? 変な日本史を彼らに教えたのは!
って、よ~く話を聞いていると、30年ほど前にトルコでトラナガという"SYOGUN"の映画を見たと言うのです。

そんな映画知らないし、、、。
と思って調べてみると、本当にあったんですね~。
しかも、三船敏郎さんがトラナガ役で出演しているし!@@

どうやらその映画、トルコだけでなく欧州でも人気があったようですが、
日本でも上映されたということも私は知りませんでした。

彼らが持つ日本人のイメージを知る為にも、今さらながら私も一度はその映画を見ておこうかな、とも思ったりして。(笑)


「picchuko! いつか、高松の蝋人形館にも連れて行ってよ。」
先週末に平家物語歴史館で撮った写真を送ると、彼は喜んで言いました。

たとえ映画や書籍から武士道や大和魂を感じとれたとしても、きっと平家物語の表す「無情」や「あはれ」は理解できないだろうな~。

そんなことを思いながら、電話の向こうで手を振るムラトさんとアランに応えました。


「いい! トラナガさんは架空の人物だからねっ!」

もう一度だけ、念を押しておきます。(笑)

今日は近場で。

松山ケンイチさんがとても気の毒になってきて(?)、今日は高松にある『平家物語歴史館』へ行ってきました。(笑)

とはいっても、今年の大河ドラマと直接関係しているイベントをやっているわけではなく、ただ、全12巻からなる平家物語の主な場面を蝋人形で再現しているというもの。

絵になる源平合戦の場面が一番印象的ですが、平家隆盛時代から滅亡後の建礼門院(清盛の娘・徳子)の姿、そして琵琶法師の語りまで。

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まさに、

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 

娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

おごれる人も久しからず 唯春の夜の夢のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ 偏に風の前の塵に同じ


                        をリアルに感じられる歴史館です。

私、結構ここ、好きかも。(笑)


この歴史館、屋島の古戦場から車で10分ほどのところにあります。

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これまでも何度か色んな友達と一緒に訪れたことがあるのですが、その都度 興味を持つシーンが変わってきて、


でも、行く度にいつかは『平家物語』を読んでみたいな~と思わされます。
(未だ読んでいませんが。笑)


とりわけ『青葉の笛』の歌で有名な平敦盛と熊谷直実の場面は涙を誘い、いつも立ち止まってしまう場所。

一の谷の  いくさ破れ   討たれし平家の  公達あわれ
あかつき寒き  須磨の嵐に    聞こえしはこれか  青葉の笛


そして、やはり自分の感性は日本人だな~と感じられる場面です。


子供の頃は平清盛が好きではなく、どちらかといえば源氏贔屓だった私ですが、
いつ頃からか、平家物語に雅と哀れを感じられるようになりました。

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だからかな、私は日本の歴史上では人気の幕末や戦国時代よりも源平の時代の方が好きで、
今年は珍しく大河ドラマを見ているのですが、、、


壇ノ浦に沈み滅亡した平家でも、一時期は「平家にあらずんば人にあらず」の時忠の言葉のとおり繁栄を極めた一族。

せめて一話でいいので、視聴率でも盛者になれることを願いつつ、歴史館を後にしました。(笑)

しかし土曜日というのに、私達以外に見学客はおらず、、、。

*

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ここ、最後の琵琶法師の場面でちょっとした遊び心がありまして、

高校時代の友達と最初に訪れた時、あまりの驚きに歴史館中に響くほどの大声で、「ぎゃぁ~~~~~!!!!!」と悲鳴をあげて逃げました。

もしも来られる機会のある方は、楽しみにお越しくださいませ。(笑)


蝋人形館といえば、四国にはここの他に高知県の『龍馬歴史館』がありますが、そちらはもっと不気味です。^^;

アブラカタブラ~

「メルハバ~!(こんにちは!)」

5月下旬のある日、
倉敷にあるトルコ雑貨のお店で働くトルコ人のお兄さんに、トルコ語で声を掛けてみたら、トルコ紅茶でもてなしてくれました。

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目的のナザール・ボンジュウではなく、ここではトルコランプを購入。

帰宅後、Skypeのビデオ通話で彼に見せると、いきなり呪文を唱え出す変なトルコ人。(爆)
「アブラカタブラ~、アブラカタブラ~・・・」

トルコ人はアラブ人ではないけれど、彫りの深い顔立ちの、中東の匂いプンプンの彼が唱えると、異様なほど似合うから笑えます!

"アラジンの魔法のランプ"ではありませんが、
「ランプの魔法でドイツと日本をひとっ飛びできるね。」って彼は言うけれど、、、

私は、その魔法で消えたナザール・ボンジュウを見つけたいというのが正直なところ。(汗)


* * * * * * *


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こんな時、腹立たしいほど広く感じる動物園。
平日(金曜日)にも関わらず、大勢の親子連れで賑わっています。

「picchuko、ほら写真撮って!^^」
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言えない、、、どうしても彼には言えない。

そのナザール・ボンジュウにはお母さんのどんな想いが込められているかを思うと、余計に彼には本当のことを言えなくなってしまいました。


彼の嬉しそうな笑顔が余計に私を無口にさせます。


おかしい、、、。
だって、ずっと左手首にその存在を感じていたのに。

確かに、私にとっては大きめなサイズだった そのブレスレット。
手首にとどまらず、手をあげると肘の辺りでブラブラ揺れていたのでした。

でも、ずっと感じていた、、、。

私はなるべくキョロキョロせずに、今来た道のりを引き返しました。

あ~、どこにもない。。。(T_T)

おかしいな、ずっと感じていたのに。

気付いた時は、確かに左手にはめていたブレスレットの姿はどこにもなく、代わりに(?)髪を束ねるゴムが私の左手首におさまっていたのです。

落としたというより、消えてしまったブレスレット。(><)
本当にどこを探してもないのです☆


あれが真実、お守りならば、それは何かを意味するということ?!

私はこのまま彼の前から消えようか、、、そう一瞬 思いました。

実際、あまりにもストレートな彼の愛情表現に、ちょっぴり気持ちがひいていた私。
あのナザール・ボンジュウはそれを感じとったに違いない。


どうしよう、私。

あまりに嬉しそうな彼を見ていると、罪悪感がより一層私の心を締め付け、私は泣き出したい気持ちを抑えるので精いっぱいでした。


「午後は近くの湖へ行こう!」

皮肉にも太陽が眩しいのか、彼の笑顔が眩しいのか、、、

この後も、どんどん私の気持ちは沈んでいきました。

彼には言えない2つのこと。

その日の夜、3年前の写真を二人で眺めながら、写真の私が手にしていたものを見つけて彼は言いました。

「これ、僕があげたんだったよね。」

「う、ん・・・。」
初対面だったあの日、私は彼から四つ葉のクローバーのキーホルダーを貰っていたのでした。

満足そうに写真を眺める彼を見ながら、チクッと良心が痛みます。

というのも、私の好みではなかったそのキーホルダー、一度も身に付けることなく、ずっとクローゼットの奥の奥に仕舞いこまれていたからです。

そして昨年暮れ、思いきって断捨離を試みたその時、
「もう会うこともない人だし、、、これも要らないよねっ☆」って、勢いよく捨ててしまっていたのでした。(爆)

チクッ、、、苦笑いしながら、私は慌てて話を逸らしました。

*


そして、それは あくる朝のこと。
「これを貰ってほしいんだ。」

彼の手の中には、少し変わったデザインのブレスレットがありました。

「これは昔からトルコで魔よけとされているもので、僕がドイツに出て来た時にお守りとして母から貰ったんだ。
良ければ、これを君に持っていて欲しい。」

トルコでは有名なそのデザイン、青い目玉が描かれた白い珠が連なったブレスレットが私の手のひらに置かれました。

うわぁ~、綺麗、、、。

四つ葉のクローバーは捨てちゃったけど、これは彼のお母さんからの贈り物だし、大切に大切に身につけておこう。
私は素直に思いました。

「ありがとう。^^」

「じゃぁ、そろそろ出掛けようか。^^」
彼が私のために考えてくれたスケジュール、第二日目の始まりです。

私は慌てて左手にそのブレスレットをはめ、小走りで彼に付いて行きました。


行き先はアウグスブルク郊外にある動物園。

正直、ドイツまで来て動物園~? 
正味たった2日間のドイツ滞在のうち、半日が動物園~? そう思ったのですが。(笑)

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入口をくぐるといきなり現れる真っ赤なお尻のお猿さん。

動物は嫌いじゃないけど、どちらかというと、私は人間の方が好き。子供の方が好き。

気が付けば、動物を指さしながらはしゃぐ彼を横目に、私は地元の可愛い子供達ばかりを写真に撮っておりました。(笑)

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この日は思いの外 晴天で、緑が眩しく、少し歩くと汗ばむ陽気です。

「picchuko、ほら見てみて! あの動物、珍しいよ!」 
彼は子供以上に子供らしく喜んでいました。

ドイツまで来て、アジアやオセアニアの動物を見てもね~。^^;
冷めた私は、それを無視して相変わらず子供観察です。(笑)

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そして、私は象の檻の前で気付きました。

な、い、、、。

ない、ない、ない!!!

左手のブレスレットが、、、彼のお母さんから貰ったお守りのブレスレットが、、、ないっ☆
(T0T)


「picchuko、インド象とアフリカ象の違いを知ってる?」
鼻が長けりゃ~インド象でもアフリカ象でも、そんなもの知ったこっちゃないわっ!
彼の言葉など耳にもせず、私は顔面蒼白で辺りを見回しました。

落ちてない、、、。(>_<)

私は焦りを表に出さないように、もう一度動物園を一巡しようと彼に頼みました。

「もう少し、珍しい動物たちを観たいの。(汗)」
なんて言っても動物などには目もくれず、私は広い敷地内をずっと俯きながら隅から隅まで探しました。


ないっ☆(T_T)

どうしよう!


この時以来、私の口数は一気に減っていきました。(T_T)


* * * * * * *


先日、倉敷にあるトルコ雑貨のお店を見つけました。
大原美術館からすぐ、美観地区の中に そのお店はありました。

私は探しました。

同じブレスレットがないか、必死で探しました。

青い目玉のデザインは、トルコ雑貨の代表格みたいなもの。
もしかしたら同じものがあるかもしれないと、、、。

けれど、甘い期待は見事に打ち砕かれ、、、

確かに、青い目玉は溢れるほど沢山あるけれど、彼のお母さんが選んだような綺麗でお洒落なデザインはどこにもありませんでした。

せめて、写真くらい撮っておけば良かった。(T_T)

あぁ、四つ葉のキーホルダーだけじゃなく、大切な大切なブレスレットまで、、、

この2つは絶対に言えない☆  
とりわけブレスレットについては、たとえバレそうになっても、一生隠し通さねば! 

すでに大きな十字架を背負ってしまったpicchukoです。(><)




*:*:* 青い目玉 ・ nazar boncuğu(ナザール・ボンジュウ) *:*:*

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↑ 倉敷のトルコ雑貨店のお兄さんからおまけで貰った飾りです。


ナザールとは嫉妬や羨望、もしくは悪意のあるまなざしを意味し、それが私達に災いをもたらすと考えられていました。

人目や外聞を気にするトルコ人らしい発想だなって思います。

そして古来から 青い目がそのナザールを跳ね除ける魔力を持っていると信じられており、
もしも身に付けているナザール・ボンジュウが割れた時は、まさに自分に災いがおよびそうになった時、
その災難をナザール・ボンジュウが防いでくれたというわけです。


そう、割れた場合ならば説明はつくけれど、、、

私のように失くした場合はどう解釈すれば良いのでしょうか???(><)

picchukoだって、「ダーリンは外国人!」(笑)

いきなりですが、トルコ人の彼を私は「ダーリン」と呼んでいます。(**)

彼は私のことを、トルコ版親しい人への呼び方で「picchukom」、もしくはダーリンを意味する「canim(ジャヌム)」と呼びます。

それでも、5月にミュンヘンで再会した頃はまだ、古き良き日本人のごとく「ムラトさん」、「picchukoさん」と呼び合っていました。(笑)


2012-05-13 09:12:19

「はい、これはムラトから特別にあなたへのプレゼントよ。」

デザートとして運ばれてきた 怪しき食べ物を私の目の前に置きながら、お店の女の子はニコっと微笑みました。

「ね~、ムラトさん。あの子、可愛いよね。」
「彼女はポーランドから働きに来てるんだ。マルタって名前だよ。」

むさくるしい男ばかりのレストランに、一輪だけぽっと咲いた花のような、そんな存在のマルタ。
私が彼だったら、こんなしなびた日本人(笑)より、絶対に彼女に声を掛けるな。(爆)

そんなマルタが運んでくれたデザートを、おそるおそる口の中に放り込みました。

どう見たって、お好み焼きでしょ☆と思いきや、、、、、

?????

「うっそ~?! 甘~い!!!!!」
口の中いっぱいに頬張りながら叫ぶ私を、彼もマルタも面白そうに眺めていました。

このお菓子は『Künefe(キュネフェ)』と呼ばれるもので、
細く刻まれた麺状の小麦粉生地を焼き、その上に甘~いシロップが掛けられていて、中にはチーズが入っています。

上に乗っているマヨネーズのようなものは、『Kaymak(カイマク)』という濃厚なクリーム。
ほんの少しヨーグルトも混ざっている感じでした。

とてつもなく甘いお菓子なのですが、
ザルツブルガーノッケルンのような掴みどころのない単調だけど強烈な甘さでもなく、
本場ザッハトルテのような頭痛のする甘さでもなく、

半端じゃない甘さが信じられないくらい美味しいのですっ☆(*Ü*)

これ、癖になりそう♪^^

大満足に頬張りながら、ふと時計を見上げると「午後11:30」!

あ"~、油と砂糖の塊のようなお菓子を食べるには、あまりにも恐ろしい時間帯です。(><)

「ムラトさんも食べなよ~。」私は彼に応援を頼みました。


「はい、最後はトルコ紅茶ね。」
「トルコ紅茶は普通、少し砂糖を入れて飲むんだよ。」
あ~、どこまでも親切で優しいマルタとムラトさん。。。(T_T)

                          2012-06-05 19:36:38

これから先、できるだけ糖分は控えよう、、、そうこっそり決意したpicchukoなのでありました。(苦笑)

                   
* * * * * * *


先日、彼とトルコ行きについてskypeのビデオ通話で会話していた時のこと。

「いいかい? 3日間は僕の母親の住むイズミール、そして4日間はイスタンブール。
少なくとも一週間はトルコに滞在するよ。」

内心、彼の出身地である首都アンカラと、奇岩や地下都市のあるカッパドキア、そしてトロイの遺跡だって観たいのに~と思いながら、

まぁ、トルコはこの先 何度も行く国になるであろうから~と、最初はイズミールとイスタンブールの二都市滞在のコースに決まりました。


そこで、


「イスタンブールといえばね、昔々、私が子供の頃に流行った歌があるんだよ。」

私は彼に、You Tubeで『飛んでイスタンブール』を教えてあげたのでした。

彼はそのメロディがとても気に入ったらしく、私に何度も何度も歌うようにせがみます。(笑)
You Tubeでも繰り返し繰り返し『飛んでイスタンブール』を流し、それはそれは上機嫌な様子でした。

なので、私はもう一つだけ教えてあげることにしました。


「ねぇ、ダーリン、いいこと教えてあげよっか! それ失恋の歌だから、、、。」
私は冷めた表情で言いました。

「おぅ!!!(><)」

その瞬間の彼の表情といったら☆(爆)

それ以来、「飛んでイスタンブ~ル~♪」のフレーズ以外は全て自作のトルコ語の歌詞で歌っております。

~♪ 飛んでイスタンブ~ル~ ジャヌム picchukom ベ~ニム~ ♪~ 
よく分からない歌声が、遠くドイツの空の下で今日も大きく響いています。(笑)

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