旅の未完成 (1)

私の旅は、永遠に未完成のままだ。絶対にカッコよく終わることはない。「でも、普通じゃ物足りないんでしょ? それが病みつきなんでしょ?^^」 帰りの飛行機で隣りになったご婦人にそう言われた。そうだ、それが病みつきだ。(笑)だから、これからも無駄と失敗ばかりの旅を続けるだろうし、ここで一旦 中欧の旅日記は終了するが、私の旅行記は永遠に終わらない気がする。*:*:*:*:* *:*:*:*:* *:*:*:*:* ・2012.09.05  ...

沢山の出会いに、ありがとう。

「君は僕の特別な友達だ!」ザルツブルク滞在中、私は暇があれば(暇ばかりだったが・笑)イゴールに会いにレジデンツ広場へ行っていた。イゴールは昨年10月に知りあった、モンテネグロ出身の絵描きである。ドゥブロヴニクで絵を学び、ユーゴ紛争前にザルツブルクへと移り住んだ。たぶん、彼はずっとここでザルツブルクの街並みを、そこで生きる人々を、行きずりの旅人達を見てきたのだろう。常にビールをラッパ飲みしながらも、彼...

picchuko イチオシ☆

そして、picchukoイチオシの場所はここ。ザルツブルクから車で40分ほど、ドイツはバイエルン州ベルヒテスガーデン郊外にあるケールシュタインハウス、かつてヒトラーの山荘があった場所だ。私はそれを、手塚治虫さんの漫画『アドルフに告ぐ』で知っていた。漫画で読んだだけなら気にもしなかったろうが、予言者としての顔も持つヒトラーが最もインスピレーションを受けた場所ということで興味を持った。ただ、友人などに話すと「え...

それは、宝石箱だった。

旅に出るからには、事前に見どころや地理的なものをあらかじめ下調べすべきである。だが、私はそれができない。なのに、人一倍小心者であるから出発直前になって不安に負け、適当に旅程を立て、これまた適当すぎるほど適当に宿を取った。で、スロベニアでは首都リュブリャーナでホステルを3泊予約した。そのついでに現地ツアーを申し込んだわけだが、その行き先も実は事前に知らなかった。知らせがなかったのではなく、英語のメー...

あなたもウルスのファンですね?(笑)

「あなたも Alpine Fairytale tour に参加されるのですか?」アールヌーヴォー調の格式高いグランド・ユニオンホテルのロビーで、私は一人の女性に声を掛けた。あまりに酷い安宿から一夜明けたばかりの私には、それは悔しいほど高級感漂うホテルであったが、その日に申し込んだ現地ツアーの集合場所がそこであった。「ええ、あなたもなのね? 私はカナダから来たの。 主人と一緒よ。」50歳から60歳代のご夫婦であろうか、気さくな...

ナイーブアートと丸亀市。

もう2年前になる。ブログで知り合って以来 様々な見聞で楽しませてくれる 虹の木313さんの日記の中で、「原田泰治」という画家の存在を知ったのは。それは、さだまさしさんの話から広がった。私が高校時代を過ごした香川県丸亀市の市制100周年記念事業として作られた、さださん作『城のある町』、私はてっきり、丸亀市がさださんにお願いして作詞作曲してもらったものと思っていた。だが そうではなく、彼の親友である画家・原田泰...

今日もドライブで。

今年は本当に紅葉が綺麗だと思う。それも普段 通っている道だとか、高速道路から見える山々だとか、そんな何気ない風景の中でハッとするほど美しい色づきに出会うことが多い。燃えるような紅葉もあれば、柔らかい ほっとできる赤色もあるし、山全体が黄金に輝くのを見つけた時は、思わず声をあげてしまう。そんな天然の美をくぐりながら、先ほど淡路島までドライブして来た。鳴門の渦潮は今日も洗濯機ほどの大きさであったが、鳴門...

優しい雨。

午前4時過ぎ、クリスの「お腹すいた~!」のごそごそで目を覚ました私は、窓の外の優しい雨音に気付きました。昨日 埋めたヨンの上にも しとしとと優しく降り注いでいました。まるで ヨンのためのように、優しく優しく。雨さん、どうもありがとう。これでヨンの喉も潤ったかな。そして、この優しい雨のおかげで、ヨンも土に馴染んでくれたものと思います。こうやって土に還っていくんだね、ヨン。ヨンがいなくなって どこか寂しそ...

ヨンとのお別れ。

少し気持ちが落ち着いている今、書いておこうと思います。昨日は温かいお言葉の数々、真にありがとうございました。本来ならおひとりおひとりに返事を書かなければならないところ、それぞれのコメントを読ませて戴くだけで涙があふれ、言葉になりません。ですが、皆さまの優しさに感謝でいっぱいです。皆さま、本当にありがとうございました。今日、母とクリスと一緒に、大好きなヨンサマとお別れをしました。先々週にも行った徳島...

ヨン、ありがとう。

先ほど 13:58 に、私の愛犬ヨンサマが天国へと旅立ちました。急なことで、私もまだ信じられません。後に残されたクリスも理解できず、これから しばらくヨンを探すんだろうな~と思うと、余計に涙を誘います。とても賢い子でした。犬とは思えないほど繊細な心の持ち主で、やんちゃだったけど とても思いやりのある子でした。今朝、少し元気がないかな~と病院へ連れていったのが、9時過ぎのこと。点滴と注射2本を打ってもらって、...

スプリットでも。

だから、旅先でついCDを買っちゃうのはよくある話。10回中、たぶん9.5回は買っている。(笑)こんな つい買ってしまったCDは、いつもドライブ中に流される。ブダペストはこれで2枚目。ま、収録曲が同じじゃないので構いはしないが、問題は曲のスピードだ。チャールダーシュに代表されるようなハンガリー音楽は、出だしこそゆっく~り哀愁漂う奏で方をしてくれるが、中盤からスピードが急速に変化する。ただ聴くだけなら手拍子でも...

ブダペストと「Gloomy Sunday」。

「一曲、リクエストある?」私の隣りに座るご夫婦は、ちょうどその日が奥さまの誕生日ということで "Happy birthday to you" をお願いしていた。「君は?」気が付けば、私の番だった。ぼおっとドナウ河の対岸に浮かび上がる国会議事堂に見惚れていた私は、とっさに言葉がでなかった。「グル、グルゥ、、、ええ~っとぉ、グルなんだったっけ? あのサンデーが好き。(笑)」「ああ、グルーミーサンデーだね。(笑)」笑顔で頷くと...

ドナウのように生きてゆく?

これは、ブダペスト行きの船が出るウィーンのライヒスブリュッケ船着場に貼ってあった地図だ。(写真はクリックで大きくなる)ドナウの全容をじっくり眺めたのは、この時が初めてかもしれない。『ドナウの旅人』を読んでたら、ドナウの旅人になりたくなった私は、ウィーン滞在2日目に、ウィーンからスロバキアの首都ブラチスラヴァへ、そして その次の日は、再び同じルートを通って、その先にあるハンガリーのブダペストまで船に乗...

天井桟敷。

「あいつの声は、ただの音だよ。オペラってものを知らないで、上手にさえ歌えばいいって思ってんだ。ああいうオペラ歌手に拍手を送る客が、最近増えたよ。昔は、贋物はすぐにばれたんだ。 観客の中には凄い耳の人がたくさんいた。」                                   ~宮本輝著 『ドナウの旅人』より~私はそんな、誰にでも拍手を送る客だ。(笑)ウィーンの国立歌劇場の横を通る度、ここ...

やっぱりウィーンは素敵だと思う瞬間。

今回の旅行記は、旅先で一瞬一瞬思ったことを記していくことが目標だった。だから、わざわざパソコンを開くのではなく、常に手の中にある携帯から更新していた。おかげで、9月分の電話料金は4万円近くも掛かってしまったが。(苦笑)だが、その時の言葉を逃したくなかった。せっかく長旅に出るチャンス、記録も自分の望む形で残したいと思った。では、帰国後の日記に意味がないのかというと、そうではない。瞬間の気持ちと、時間を...

そして誰もいなくなった。

ご存知、サラエボの銃声に倒れたオーストリア・ハンガリー帝国皇位継承者のフランツ・フェルデナント夫妻は貴賎結婚だった。妻ゾフィーは伯爵妃付き女官であったため、本来なら結婚は許されなかったのだが、すでに数少ない皇位継承者であった彼は、「王冠も欲しいが、恋も欲しい!」と意思を貫いた。しかし、ハプスブルク家の一員とは認められず、冷遇され続ける妻。あの時もそんな彼女を気づかって、皇太子は二人揃ってサラエボへ...

リベンジ☆ グーグルフプフ。

ここで、話はオーストリアへ飛ぶ。ザルツブルクからバスで1時間30分、そこはアルプスの山々と湖が眩しいザルツカンマーグートにある街のひとつ、バート・イシュルにやって来た。そこはスパリゾートでも有名だが、私にとって二度目となるこの訪問の目的は、前回と同じくカイザーヴィラという皇帝の別荘にあった。そこは今でもハプスブルクさん所有の建物なのだが、その宮殿の一室で合図が鳴った。サラエボ事件の続きである。ここで...

まさに引き金だった。

そして、「ここだよ、サラエボ事件があった場所」と、私はムラトさんに教えた。サラエボのどこもかしこも興味深いといった表情の彼は、一段と目を見開いて頷いた。それは、この橋のたもとで起こった。セルビア青年が引いたその拳銃の引き金は、まさに世界中を戦争に巻き込む引き金となってしまった。第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボの銃声だ。「picchuko、ほら。 犯人はここで拳銃を打ったんだ。」 ムラトさんは顎に手を...

picchuko&ムラト氏 おススメ、サラエボの教会。

「さぁ、案内してくれ。」朝食を終えて 荷持を車に詰めた後、ムラトさんは私に言った。「え? 私が案内すんの?」「さっき、一人で見て回ったんだろ? ガイドブックを持ってるのも君だし。」ということで、たった今見たばかりのサラエボ旧市街を、私は再び巡ることとなる。まぁ簡単な道なので もう地図は要らないが、私に任すという彼の度胸は感心だ。(笑)スタートはここ、カトリック大聖堂。この国は、旧ユーゴの中でも特に民...

増えるコレクション。

おっと、両替しとかなきゃ。サラエボも街中に両替所があるので困ることはない。とりあえず、私は50ユーロをマルカに替えた。 9月19日現在、1ユーロ = 1.9558マルカ。旧ユーゴスラビア圏において、通貨がユーロの国は、スロベニアとモンテネグロの2ヶ国のみ。コソボを一つの国とみなすのであれば、3ヶ国。あ、EUに加盟してないモンテネグロとコソボが何故ユーロなのかは、私は知らない。セルビアはディナール、クロアチアはクーナ...

ユーゴに惚れた!?(笑)

「昨日は12時間も運転したんだ~、もう少し寝かせてくれ。」朝食の時間が気にはなったが、まだしばらく寝かせておいてあげようと、私は音を立てずに身支度を済ませた。「ちょっと散歩してくるから。」 耳元に小声で告げる。「うん、気を付けて。 あ、ユーロからマルカに両替しといて。」 寝ぼけてるわりには しっかりしている。*ふふふ、これで写真が撮れる。(笑)翌19日の朝8時過ぎ、私はひとりサラエボの街へと飛び出した。...

いざ、サラエボへ。

不思議なことに、それから後はベオグラードに戻ってからも携帯の電波は届いていた。ムラトさんとのやり取りが続く。「とりあえず、少しでも早くセルビアを出ること!」「常にどこにいるかメールしてくるように!」彼はよほどセルビアを警戒しているらしい。その日の夜行でオーストリアへ向かうことを彼に伝え、残り僅かなセルビアでの時を過ごすことにした。* * *翌9月16日。 午後2時前にザルツブルクに到着した私は、ドイツのケ...

ノヴィ・サドで、晴れた気分。

ノヴィ・サド(セルビア)もドナウ河沿いに発展した街だ。市の中心部を挟んで突き出た対岸の陸地部分は、ベオグラードの旧市街と地形的によく似ている。そして、ここまた堅固な要塞に守られた街だ。ベオグラードと同じく、あらゆる民族が奪い合ってきたこの土地は、10~12世紀にはハンガリー王国の支配下となり、たぶん その時代 ハンガリーにとっての重要な戦略拠点であったと思われる。この時計、一体何時を示していると思う?そ...

2つの安堵。

携帯電話が繋がらない、というのもベオグラードでの私を一層落ち込ませた。知らずと自分の先入観が作り上げた緊張の中に、隔離されてしまったような気がした。助けを呼ぶ声は届かない。大袈裟ではなく、そこまで私を追い詰めたのだった。ノヴィ・サドへ行こう!張り詰めた空気にこらえきれなくなった私の心が、ベオグラードからの脱出を試みた。ベオグラードから鉄道を使うと、ノヴィ・サドへはブダペスト(ハンガリー)行きに乗る...

それを見ずには、

米原氏のソビエト学校時代、彼女の親友・ユーゴスラビア人(あえてそう呼ぶ)のヤスミンカは地理の授業で、ベオグラードは『白い都』という意味だと説明した。ベオグラードには二つの大河、ドナウ河とサヴァ河が流れ込んでおり、それらに挟まれた地区が旧市街であり、かつての城跡残るカレメグダン公園がある。そこには城壁の一部が残っており、今は市民が集う憩いの場所だ。そこに、14世紀、オスマン・トルコの軍勢が攻撃をかけた...

旅のスタイル、読書スタイル。

最近、やっと自分の読書スタイルが分かってきた気がする。一冊でも多く良書に接しようとする人、一冊を何度も何度も読み返して熟読する人、まぁ、読書家と呼ばれる人は、そのどちらもというのが多いだろうが、私は恐ろしいほど本を読まない。1行読んで止めた本は山ほどあるし、今でも その殆どが3行読んだら寝てしまっている。だから私の文章がこんな陳腐で幼稚なわけであるが、だが本は好きだ。この旅にも3冊の本を同行させた。そ...

今日は、秘境の秋。

小さい秋を集めている私は、今日は徳島県三好市の大歩危峡まで走ってみた。まさに山の麓の裾模様はこれからといったところ。だから欲張って、もう少し山奥の秘境と呼ばれる祖谷のかずら橋まで足を伸ばした。たぶん、今はかずら橋よりもその道中の紅葉が人を喜ばせる。深緑をバックに赤や黄色や黄緑色が錦を織り、時折 紅を差したような はっとする鮮やかな色に目が覚める。昨日までの小さい秋は、知らぬ間にここまで深まっていた。...

『Romeo & Juliette』 観て来ました♪

開かずのエレベーターで少しばかり皆さんをヒヤッとさせてしまったので、今日は話題を変え、一昨日 大阪で観て来たミュージカルについて書こうと思う。それはフランス版『ロミオとジュリエット』。たぶん、このチケットを取った時は、私とムラトさんがルンルンの頃だったから こんな演目を選んでしまったのだろう。(笑)確か、桜が咲き始めた季節だったと思う。それが木枯らしが舞う今となっては、チケットの存在すら忘れてしまい...

割れたマルコの携帯 (2)

ドンドンドンドンッ! だめだ、どうしよう。しばし茫然となった。だが、焦りながらも もう一人の冷静な私が判断した。試しにもう一度、1階まで降りてみようか。再び1階のボタンを押す。ぐい~~~ん。やはりのろいエレベーターだ。今度はうまくいった。 あれほど頑固だった扉がすっと開いたのだ。ちょっぴり拍子抜けをし、安堵で胸を撫で下ろした。あ、携帯! 我に返る。もうエレベーターはご免だ。私は階段で5階まで駆け上がる...

割れたマルコの携帯 (1)

予定では3泊することになっていた、セルビアはベオグラードの『12 Monkeys Hostel』。チェックアウト時間は10時だが、夜行に乗ると決めたのが2日目の夕方だったので、バタバタと慌ただしく帰り支度をすることとなった。「マルコ、今夜の列車は21:30発だから、余裕を持って ここを20:45に出るよ。」「分かった。何時にチェックアウトするかは君の自由だ。でも、その時 宿泊証明書に出発日を記入するから、それだけは覚えてて。」...