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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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国家試験を受けて来た!

今日はサンメッセ香川において、第25回介護福祉士国家試験(筆記)を受けてきた。

本当は昨年受験のつもりだったが、今年初めての挑戦となった。


現在、無職である私に勉強時間はいくらでもあったはず。

だから、「余裕でした~!」と報告できて当然!!!


なのだが、

時間というものは、あればあるだけ無駄にしてしまうのが凡人の常であろう。



12月、やっと重い腰を上げ、チェックドリルというものを一通りやってみた。

テキスト? そんな効き目の高い睡眠薬は初めから手を出さない。


その上、12月と今日までの間には、お正月という特別な期間が存在していた。

元日は勉強しなくても大丈夫よね、
三が日くらい勉強しなくてもなんとかなるよね、、、、そして、気が付けば一週間前になっていた。(苦笑)

年明けて三週間、一問すら問題を解いていなかった。

私は慌てて模擬問題集を買い、二回通りやってみた。



そして迎えた試験前日、、、昨日だ。 やっぱり勉強しなかった。



実は、、、、、
変なヤツだと思われるだろうが、前回の日記にも書いたアルジェリア人質事件が何故か頭から離れなかった。

試験前だからと友人達からの誘いを断り、極力外出も控え、
                で、テレビでアルジェリアに関するニュースばかり見ていた。(笑)

遺族の方達の言葉に涙し、会ったこともない犠牲者の写真にまた涙する。


運悪く、その時 ちょうど読んでいた本が「カティンの森」。
第二次世界大戦下、ソ連によって虐殺された数千人のポーランド人将校と、彼らの帰還を待ちわびる家族の話だ。

アルジェリアとカティンがだぶる。

そして、そんなたまらなく落ち込んでいる時に、ちょうどレンタル予約していたDVD(カティンの森)が届く。

すぐに見る必要もないのに、試験の前日である昨日、それを見ていた。

この上なく残酷な、直視できないシーンが次々と流れる。

そして、また ここでアルジェが頭に蘇る。


自分でも、何故にここまでアルジェリアの事件が頭から離れないのか分からないが、とにかく信じられないくらいショックだった。


国家試験のことなんて、私の中ではすっかり他人事のようになっていた、、、私は本物の馬鹿だ。



当日の今日は、朝7時前に家を出た。

さすがに今朝は、アルジェリアよりも試験のことが気になった。

電車で問題集を開く。

山をかけた。



この試験は午前に「人間と社会」・「介護」、午後に「こころとからだのしくみ」と、領域を分けて行われる。

問題は120問。

一問一点で、正解率60%以上、かつ10科目群全てに得点があった者が合格となる。


「過去問いっぱい解いたのに、今年は傾向が全然違うよね。」
昼休み、そんな会話があちこちに飛び交っていた。

過去問を解いてない私にはそれすら分からなかったが、かけた山はことごとく外れた。(苦笑)


*

結果、8割の正解。 10科目全てに得点はあった。


これだけ勉強もせず、アルジェリアにばかり気を取られていた私が8割取れた理由を考えてみた。


一つだけ言えることは、分からない問題でも、適当に答えを選んだものは一問もない。

もう10~15年も前になるが、現場で先輩方から教えていただいたこと、実際に行っていた介護を頭に浮かべながら、一つ一つ丁寧に解いていった。

それが今日の私を救ってくれたのだと思う。

当時、先輩方は厳しかった。 芯は優しく温かくても、指導はとても厳しかった。

改めて、あの頃 私を導いてくださった諸先輩方に深く感謝したい。


さあ、次は3月頭にある実技試験だ。

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地球号。

いきなりだが、私は北米大陸が好きである。

え? 南米じゃなくて北米?って思った方もいるだろう。

たぶん、これまで私のブログを読んでくださっていた方はそう思うだろうが、私は広大な赤土の大地がたまらなく好きなのである。

まあ、それはオーストラリア大陸でもいいのだが、
いつかは もっとスケールの大きな大陸を探検してみたいと思っている。


・・・あ、「北米大陸が」と書いたが、「北米大陸も」だな。
うん、地球という星そのものが好きだから、全て制覇したいのが本心である。(笑)

だが、その気持ちはしばらく忘れてしまってた。



そんな私に、今日 アメリカへの切符が届いた。

飛行機のチケットではない、ブロ友である悠々愛々さんの作品『モニュメント・バレーにて』が当選したのである。

それは、悠愛さんがJALのWINDSフォトコンテストに応募し、みごと最優秀作品賞に輝いた作品だ。

私はそれを、いつの日か必ず手にするアメリカへの切符なんだと思っている。


無限に広がる赤土と真っ青な空。

地球はやっぱり一つの天体だと思う。


もう10年ほど前になるが、オーストラリア大陸のキングスキャニオンで、まさに地球の魂を垣間見た!といっても過言でない迫力あるシーンに立ち会ったことがある。

たぶん、それ以上の感動がアメリカで私を待ってるんだろうな。

そして それが現実となった時、20代の私がオーストラリアのど真ん中で掲げた「世界は私のもの!ポーズ」を、アメリカでもキメて来る☆(爆)



悠々愛々さん、この度はまことに有難うございました。
早速、こんな風に飾ってみました。

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さて、その悠愛さんであるが、世界各国に駐在した経験を持ち、なんといっても冷戦後の激動の東欧を体感された方である。
イラクやシリアにだって赴いている。

だから、先週起きたアルジェリア人質事件も、余計に他人事とは思えなかったんじゃないだろうか。

私でもショックだった。 何故かめちゃくちゃショックだった。
みなさんそうだと思うが。


今まで何度かイスラムの歴史に興味を持ったことはあるが、あまりにもかけ離れた世界のようで、これまで真剣に知ろうとは思わなかった。

なので、ニュースの底辺がよお分からん。(笑)


分からんが、彼らも同じ地球上に住む人間だ。

宗教の違いの前に、人間として何か通じるものもあるはずだと信じたい。

テロとの戦いって、ただ軍事作戦で一時的にテロを抑えるだけでいいのだろうか。

憎むだけでいいのだろうか。

これまでテロによる犠牲となった多くの方々、その親族の方々の気持ちを思うと、やはりそれはたまらなく「憎い」と感じるのだが、

それだけでは永遠にテロとの戦いは終わらない、どれだけ強気でいったとしても。


無知だ、ぬるいだと言われそうだが、

それでも私ではどうしようもないことを色々と考えてしまう、それくらいショッキングな出来事だった。


で、本を読むことにした。

でも、難しい本や真面目な本は3行読めば寝てしまう私だ。
だから、まずはフィクションとノンフィクションを織り交ぜた、ミステリものから読むことにした。


あ、話はテロへと飛んでしまったが、そういえば、私が過去に一度だけアメリカを訪れたのが2003年2月のこと。

すっかり姿を変えてしまう前に、グラウンド・ゼロを見ておこうとニューヨークを訪れたのがそれだった。


今、悠愛さんの写真を眺めながら、一つの天体・地球号に思いを馳せている。

今日の日記。

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郵便受けを覗くと、一枚 私宛のポストカードが入っていた。

「ザルツブルグは、年末クリスマスシーズン予約満了で、シンガポールですごしました。」

達筆の文字を目で追いながら、S山さんって誰だろう?としばらく送り主の名前に頭をひねった。

ああ、去年 ザルツブルクのメンヒスベルクの丘であった彼女ね。
思い出すのに5分程度掛かったが、思い出せてすっきり。(笑)

ザルツブルクの代わりがシンガポールだなんてね。
独り言をつぶやいて、Singaporeの消印に、南の風を感じていた。

年末年始のザルツブルクは、一時マイナス20℃まで気温が下がったから、東南アジアを選んだ彼女は正しかったかもね。

もう一度、ポストカードの匂いを吸って、ジャンバーのポケットに押しこんだ。



今日は、いつもなら16時過ぎに出掛けるクリスの散歩を1時間早めてみた。

もう小春日和とは言わないだろうが、そんな春を思わせる陽気が足を外へ向けさせた。

家を出て、近くの小さな公園でクリスを遊ばせた後、私も通った小学校の周囲をぐるっと一巡する。
とはいっても、小学校と私の家との間に広がる工業高校の敷地のせいで、歩く距離はまあまあある。

毎日見かける高学年の子供達とは違い、ランドセルがまだ大きく感じられる小学1、2年生の下校時刻と重なった。


小さい子供は遠慮知らず。
「むっちゃ、かわいい。」 「撫でてもいい?」

10歩歩けばクリスを抱いて子供達と会話する、その繰り返しだ。

「この子、何歳?・・・ですか?」
見知らぬ私に対して、ちゃんと考えて喋る男の子もいた。


運動場には5年生だろうか、6年生だろうか、体育の授業でサッカーを楽しんでいる。

目の前の小枝に留まっていた一羽のメジロが飛び立ってはじめて、見上げたクリスの「早く行こうよ」という表情に気が付いた。(笑)

今日は鳥にもよく出会った。

小学校の傍を流れる川には、黒い水鳥が泳いでいた。
白鷺なら珍しくもないが、へえ、こんな鳥も遊びに来るのか、ちょっと嬉しかったりする。


そして、小学校の裏手には、私がお世話になった音楽の先生の家がある。

もう定年を迎えられてから15年以上になるが、時々漏れてくるピアノの音色に足が止まる。


「今日は全然前に進まないね。」 

「ホントに、もうっ。」 拗ねた時、クリスは感情がそのまま顔に出るんだな。


普段なら30分で終える散歩が1時間近く、、、ちょっとお疲れのクリスである。(笑)

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風化させない。

5時40分、私はテレビを点けた。

いつものように めざましテレビをかけ、身支度を整えていた。

5時45分、あれ? あと一分だよね。

私は慌ててチャンネルを変えた。

かろうじて、46分に間に合った。


黙祷。


あの阪神・淡路大震災から18年。

そっか、テレビではNHK以外は黙祷すら捧げなくなっていたとは。

18年、そんなものなのか。 

それだけ月日が経ったということか。

では いつか、3.11もそうなってしまうのか?

なんか胸が苦しくなった。

災害の全てに、その都度 黙祷を捧げられないことくらいは分かってる。

現に9月1日に関東大震災を思い出す人は、ほんの僅かでしかないだろう。


でも、1.17からは、まだ18年だ。 もう、じゃない。

私は今も鮮明にあの映像を覚えている。

私は被災者ではないけれど、あの日のことは忘れられない。

5年前の今日、ブログにも書いたが、私はもしかしたら震災に遭っていたかもしれなかった。

それが運良く広島にいて、運良く揺れさえも感じなかった。

大きな何かに守られてると思った。

だから余計に、あの日のこと、犠牲になった人達のこと、絶対に忘れちゃいけないと自分に言い聞かせている。

だから、風化させてはいけない、という淡路や神戸の人達の思い、私も確かに繋げていきたいと思う。


神戸では、14時46分、東日本大震災が発生した時刻にも黙祷を捧げるという。

私も同じく手を合わせようと思う。

『卵をめぐる祖父の戦争』は5つ★

今年3冊目の本がこれ、『卵をめぐる祖父の戦争』だ。

昨年、ブロ友である日向永遠さんのレビューを読んだ時、思わず「これだ!」と思った作品。(笑)


この小説、なかなかユニークな邦題だが、
時は1942年、舞台はナチス包囲下のレニングラード、そこでの僅か一週間足らずの出来事が描かれている。

歴史に明るい方なら、レニングラード包囲戦といえば、ああ、第二次世界大戦における独ソ戦か!とピンとくるだろう。
1941年から1944年にかけて、ドイツ軍は900日もの間、ソビエト連邦第二の都市・レニングラード(現・サンクトペテルブルク)を包囲した。


だが、私は歴史にも疎い。(苦笑)

そして、それは歴史に疎い私でさえ ぐいぐい引き込んでしまう、見事な作品だった。
特に後半戦、手が止まらない。


一人称で語られるその歴史は、あの戦争から70年以上経っていても、それは歴史ではなく現実として読者に迫ってくる。
時にうざいとさえ思うほどの細かい描写が、脳裏に小説をリアル化させる。

また、主役級の登場人物の一人、脱走兵のコーリャ(本人は脱走兵とは認めていない)のあっけらかんな態度といい、物言いといい、これが実に爽快である。
ちょっと根暗で悶々とした主人公レフとの掛け合いも非常に愉快だった。

ユーモアのあるリズミカルな文章に、らしさもきちんと描いている。

ロシアらしさ、ロシア人らしさ、ユダヤ人らしさ、それらをきちんと描き切ってる上に、
他愛無い、ちょぴり下品でさえあるユーモアで、あまりに残忍な内容さえも重くならず、それが逆に戦争の悲惨さや浅はかさ、愚かさをストレートに伝える辺り、作者の力量に脱帽した。


これは戦争物である上に、二人の青年の青春物語でもあったりする。

だから、飽きない。



あ、面白さのあまり、どんな内容かも書かないうちに、とりとめもなく記してしまったが、、、


17歳である主人公のレフは、作者ディビッドの祖父として描かれている。

夜間外出禁止令を破って捕まったレフと脱走兵のコーリャは、軍の大佐から大佐の娘の結婚式のために卵を一ダース手に入れるよう命じられる。

今日は土曜日、期限は木曜の夜明けまで、一週間もない。

だが、レニングラードには卵などどこにもない。

こんな飢餓の中、どこに卵があるというのか?

卵を求める二人の前には、信じられない残酷な場面が展開する。

が、そこはコーリャだ。
この愛すべきキャラクターのおかげで救われたのはレフだけでなく、一読者である私もだった。



それにしても、命令を下す大佐のこの言葉。

「娘は本物の結婚式を望んでる。 きちんとした結婚式をだ。
それはいいことだ。 人生は続くのだからな。
今、われわれは野蛮人と戦ってはいるが、だからといって、人間らしさを失っていいことにはならん。
ロシア人でありつづけなきゃならん。
だから、音楽もダンスもある結婚式になるだろう・・・・・それにケーキもある結婚式にな」

ナチスもナチスなら、こいつもこいつだな。(苦笑)


だが、戦争というものはそんなものなのかもしれない。

大義名分なんて、はなっから存在しないのだ。



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皮肉だが、この写真は、2010年5月4日にモスクワは赤の広場で行われていた、対独戦の戦勝記念パレードの予行演習。


* 


この文中に出て来るパルチザンは、独ソ戦時のソ連におけるナチスドイツ占領地域の抵抗活動。
赤軍パルチザンともいう。

もともと、パルチザンとは、外国占領軍への抵抗運動や内戦・革命戦争における非正規の軍事活動、またそれを行なう遊撃隊およびその構成員を指す。

チトー率いるユーゴスラビアだけじゃなかったんだな。

パルチザンといえば、漫画家・坂口尚さんの作品『石の花』も、ナチスドイツに侵攻されたユーゴスラビアを見事に描いていた。

そして、この『卵をめぐる祖父の戦争』。

せっかくなので、しばらく同時期を描いた作品に多く接していきたいと思う。

同時期ではあるが、国が異なれば違って見える戦争の姿を比べるのも面白そうだ。

今、手にしてるのは『カティンの森』。

三度目の一目惚れ☆

3日前の夜のことだ。

「今年のお正月は、白蛇を祀る神社に大勢の参拝客がみえたみたいね。」
と母が言った。

「柱に大きな白蛇の像が巻き付いた神社がテレビに映ってたよ。」

「ふ~ん。 じゃあ どうせなら、本物の白蛇を見に行く?」 
そんな私の何気ない一言で、その2日後 片道250kmもある山口は岩国市まで行くことになった。

白蛇だけのために。

岩国には昨年 白蛇神社も誕生し、その他 資料館などもあるらしいが、私の目的はご利益よりも白蛇を見たい好奇心だけなので、本当に白蛇しか見ていない。(笑)


だが、何度見ても優美で清楚な姿がそこにはあった。

ご存知、国の天然記念物『岩国のシロヘビ』は、岩国にしか生息していない。

さすがに私も蛇は苦手だが、岩国の白蛇だけは心の底から美しいと思うし、可愛いとさえ思う。

昨日も、思わず見惚れてしまってた。

そこで白蛇を見るのは二度目か三度目か、それさえ定かではないけれど、何度見ても一目惚れしてしまっている。(照)


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私がいつも訪れるのは、錦帯橋の近くにある横山白蛇観覧所だ。

そこには3匹の白蛇がいるのだが、今回 私が一番「べっぴんさん」だな~と思ったのがこの子。
名前はサキちゃん、昨年の夏に生まれたそうだ。
(写真はクリックで大きくなる)

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白蛇というだけでも有難いが、このサキちゃん、何気に黄金に輝いているように見えるのは私だけか?(笑)


白蛇は弁天様のお使いと言われ、特に金運にご利益があるとされているが、
その功徳は、五穀豊穣ばかりでなく、如意宝珠の力によって、希うことはことごとく叶い、福を得ることとなり、合わせて本来の能力である、音楽・学問・叡智までの力を授けてくださる万能の神様と認められているそうだ。
(白蛇神社・御由緒による)


本来、アオダイショウが突然変異して白化した白蛇は、丈夫でない上に天敵に狙われやすく、自然での生育が難しい。

それにも関わらず、岩国ではおよそ400年前から記録に現れ、錦川の綺麗な水、旧家などの蔵や石垣、水路などといった生息条件に恵まれて、
また、幸福を呼ぶ守り神として、昔の人々も大切に保護したことにより、その数を増やしていったとのこと。

当時の人達も、その珍しさだけでなく、この「めんこい」顔にも惚れてしまったんだろうな。(笑)


とにかく、特定の地域に集中的に生息しているのは世界でも例になく、非常に貴重だということだ。

巳年の今年、そんな有難い白蛇で、ますます縁起を担ぎたいと思っている。


皆さまにも幸運が訪れますように。

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<脱皮額『寿』>

クリスからもご挨拶。

クリスからも、ちょっとお行儀悪いけど、

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遅ればせながら、おめでとうございます。


今年は僕だけのお正月になってしまいました。

飼い主の姉さんは、「ヨンよりも可愛い子じゃなきゃ、もう飼わない!」って言ってるから、

たぶんこれからは、ずっと僕だけの挨拶になると思います。

だって、ヨン兄ちゃんよりも可愛い子なんて、世界中探してもいないってこと、僕 知ってるんだもん。

姉さんだって言葉にはしなかったけど、いつもヨン兄ちゃんばかり贔屓してたしさ。
それも、僕 知ってた。


僕とヨン兄ちゃんはすごく仲が良かったから、ここしばらく落ち込んでたけど、少しづつ僕も元気になってきました。

最近は、毎日2回のお散歩がとても楽しみで、みんなに声を掛けて貰うのが嬉しいです。
あ、めっちゃ人見知りするから固まっちゃうけどね。


でもね、実は僕、ヨン兄ちゃんに対しても少しは気を遣ってたんだ。

姉さんは「そんなことないでしょ」って言うけど、いくら仲良しだからって、目上を立てるのはワンコの世界では当然のことさ。

だから、ヨン兄ちゃんがいる間は、決してお腹を見せることをしなかった。

ほら、ワンコって安心しきってないとお腹みせないでしょ!

僕、これまで一度も上向きで寝たことなかったんだ。

だって、それはヨン兄ちゃんのおはこポーズだったから。

こんな僕でも遠慮してたんだよ。

でも、もうヨン兄ちゃんがいなくなったので、そろそろ僕もお腹を見せるようになりました。

まだ、姉さん以外の人には恥ずかし過ぎて見せられないんだけどね。

でも、新年ってことで特別に見せてあげるよ。

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あ、別に誘ってないからね!(笑) 



姉さんが僕用にとブランケットを準備してくれたので、日中は姉さんのベッドで寝転がってることが多いです。

こんな風に、今年は寝正月になりました。

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(隠してるけど、まだ黒電話を置いてあるって分かる?(笑))

ホント、僕だけでごめんね。


でも、2013年も僕、クリスの応援をよろしくね!

讃岐に大将なし。

なんてことは、昔からよく言われる。

それは、明治維新後の大日本帝国陸海軍において香川出身の大将がいなかったことから生まれた言葉らしいが、

それはさておき、確かに香川出身の偉人はきわめて少ない。


災害は少なく温暖な気候という、恵まれ過ぎた環境が裏目にでているのだ。
穏やかで海の幸 豊富な瀬戸内海、南は讃岐山脈と四国山地に守られて、平野が多いのも有難い。

同じ四国でも、険しい山々と厳しい太平洋、容赦なく直撃する台風に鍛え上げられた高知などは、ご存知の通り、坂本龍馬をはじめとするヒーローを何人も生み出している。


だが、そんなヒーロー達が束になってかかっても敵わない(?)ほどの偉人が香川から誕生しているのをお忘れか。

「讃岐に大将なし」なんて哀しいことは言わないで、「讃岐にスーパーマン」とでも言って欲しい。(笑)


ま、今じゃ、讃岐といえば偉人どころか人でもなく、「うどん」となっちゃう。
思わず、それしかないのか!と言いたくなるが、
ちなみに、「うどん県。それだけじゃない 香川県」がキャッチコピーであったりする。(笑)

*


せっかくの日本、しかも地元で迎えたお正月、私はそんなスーパーマン縁の地を訪れた。(笑)

スーパーマンとは、弘法大師、空海である。

今年三が日、私は毎日一つづつ、空海と縁の深いお寺を参詣した。


元日は、空海の母君・玉依姫の里、屏風ヶ浦・海岸寺(かいがんじ(四国霊場別格18番))の奥之院。
(香川県 多度津町)

二日は、空海が7歳から12歳まで学問に励んだ場所とされる四国霊場第71番・弥谷寺(いやだにじ)。
(香川県 三豊市)

三日は、空海の父君・佐伯善通卿の屋敷跡であり、空海誕生の地とされている四国霊場第75番・善通寺(ぜんつうじ)だ。
(香川県 善通寺市)

どれも、私の家から車で15分圏内にある。

あ、現在は善通寺となっている空海の生誕地だが、海岸寺と善通寺とが誕生寺をめぐった訴訟で一応 善通寺に軍配が上がったのは江戸時代のこと。
その真実は、玉依姫のみぞ知るということか。


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<海岸寺・奥之院 境内>


どれも私のお気に入りのお寺だが、とりわけ好きなのが、以前も紹介した弥谷山の弥谷寺。

そこは古来から霊山として信仰されてきた山で、独特の雰囲気があり、私はその肌にまとわりつくような霊気が好きだ。

あ、私はオカルト好きではない、念の為。(笑)

平安から鎌倉時代にかけて、岩壁や洞窟などに刻まれた磨崖仏も味がある。
臼杵磨崖仏のように綺麗に残っていないのがこれまたいい。(笑)
私は勝手に「四国のバーミヤン」と名付けている。

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弥谷寺は、空海生誕(774年)の50~100年前に創建されたもの。
そこにある獅子之岩屋で、幼い空海は儒教や文学などを学んだという。

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夜は岩屋の窓から見える星や月の光を使い、昼夜問わず学問に励んだという空海。

それから数年後、遣唐使とともに唐へ渡った空海が唐語の読み書きができたことはもちろん、仏教の原典を読む為にサンスクリット語も学んでいた。

その言葉の難しさは半端ではなく、他の日本の留学生は誰も学び終えたものはなく、
世界中から唐に集まった優秀な修行僧でも最低3年掛かると言われたものを、僅か3ヶ月でマスターしたという天才ぶり。

そんな「賢くなるぞ~!」という空気が、この岩屋のそこらじゅうに漂っている。(笑)
ま、それが気のせいだということは百も承知だが、ついそんな霊気に酔ってしまう。


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これは、本堂から見下ろした景色。

弥谷寺の本堂まで、石段は536段。

800段近くもあるこんぴらさんの石段を避けた割には、こちらも結構なものだった。(笑)

ダイヤモンドだね~♪

2013年、新年明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりありがとうございました。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。



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今年一番に目にした言葉は、『ダイヤモンドだね~』☆

最高にパワフルでチャーミングな友達からの挨拶でした!

ああ、2013年はダイヤモンドになる!って確信しましたよ。^^

きっとまだ原石だけど、それはこれから私が磨いていきます! 
最高の輝きを手に入れる為に。


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10年ぶり、日本で年越しということで、大晦日は日本人らしく「紅白歌合戦」を見ました。
プリプリが歌った『ダイヤモンドだね~』、今も頭の中でぐるぐる回っています。(笑)

そして、静寂に響き渡る除夜の鐘を厳かな気持ちで聞きながらの初詣。

お節とお雑煮を戴くのも10年ぶりだわ。
それは、讃岐ならではの白味噌と餡餅と言いたいところだけど、わが家は餡餅ではありません。


三が日は、どうしても行きたい三箇所のお寺があります。
どれも弘法大師さま縁のお寺。
それらは家から車で15分圏内ですが、お正月にお詣りするのは本当に久しぶり。

こういう新年の迎え方もなかなかいいものですね。

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といいつつ、写真はどれも私の大好きなオーストリアです。(笑)
あ、改めて、今年は日本でお正月を迎えていますので、写真を見てお間違えのないように。

一枚目は、私の愛するホーエンザルツブルク城塞。
二枚目は、ウィーン国立歌劇場近くのお花屋さん。
そして、三枚目はザルツブルクの街角で見つけた私の天使です。

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