I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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私、変わった。。。

どんどん行こう!


近頃、地元ラブな私。(笑)

それは、一ヶ月ほど前に友達に教えてもらった喫茶店がきっかけになった気がする。

嬉しいことに、わが家から車で10分も掛からないその店は、見上げると葡萄畑が連なる山の麓、私の住む町の外れにある。

納屋を改造したという建物に、今の季節なら奥さま手作りの和風のれんが涼を呼ぶ。
出入口には大きな瓶の中で泳ぐ立派な出目金がお出迎え。

ひと手間もふた手間もかけ、その上にもう一つ手を加えて作られる心のこもった料理の数々は、これほど美味しいものはないと思わせてくれる。

そして あまりにも居心地良すぎて、気が付けば奥さまと大の仲良しになっていた。(笑)

帰り際には、「また遊びに来てちょうだいね。」
「帰りの運転、気を付けるのよ。」
まるで私を近所の子供のように可愛がってくれるのは、「うちの娘の性分とよく似てる」からだろう。

私にとって、今最高に寛げる場所だ。
そこへ、つい先日の土曜日、恩師と親しい友達の2人を案内した。

大好きな人がいる大好きな場所へ、大好きな人を連れて行く喜び。(笑)

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その日も贅沢な朝食を戴き話も弾んだ後、次に徳島は美馬市にある、これまた自慢のギャラリーカフェへとはしごした。

そちらも、見事な和の空間。 
昔から大事に大事に扱われてきた和箪笥の艶にもつい見惚れてしまう。

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ちなみに、その和カフェは徳島在住のブロ友・タケさんからの紹介だ。
教えてもらって以来、何人もの友達を連れていったし、そこで出会ったガラス彫刻家の東條裕志氏とも友達になった。

もちろん、カフェの超美人ママともすでに仲良し。(笑)


そこも居心地良すぎて、その日も気が付けば3時間を優に過ぎるほどお邪魔していた。

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はるばる険しい讃岐山脈を越え、わざわざ県外へそこだけの為に行く。

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だが、また道中も素晴らしいことを付けくわえておこう。

以前、世界を駆け巡る大阪の友達が、こんな嬉しいことを言ってくれた。
「四国には、神様がいっぱい居そう!」

そうなんだ! まさに、徳島はそんな場所。
秘境と呼ばれる山間部ではとりわけ思う。

それは、大仏様のような大きな神様が、偉そうにデンッとご鎮座遊ばされているのではなく、
道端のお地蔵さんのような、小さくて可愛い神様達がいっぱいいっぱい手を振ってくれている、そんな感じだ。


私は土佐生まれの讃岐人ではあるが、徳島の魅力なら永遠に語れそうだ。(笑)

いや、狭い四国。 香川も徳島もありゃしないだろう。
私にとって地元とは、四国全て、、、

いやいや、徳島と同じだけ気に入っている岡山も、大学時代を過ごした広島も、
よくドライブに出掛ける島根も兵庫も私の地元。(笑)


近頃、地元ラブラブなpicchukoなのである。

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え? 店の名前?
そんな貴重な情報、そう簡単に教えてあげるわけないじゃないか!(笑)

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前文お許しください。

昨夕、わが家の郵便受けに一通の封筒を見つけた。

宛名は私。
その流れるような達筆に、裏返して差出人を確認するまでもない。

家に入るのを待ちかねて封を切ると、中には一枚の葉書と新聞の切り抜きが入っていた。

ざっと走り読みをして、

また負けた! と思った。


それは、一昨日会ったばかりの、来月75歳を迎える恩師からのものだった。

その人は、テレビで美しい庭を見たからといっては その感動を、
道端で外国人のお遍路さんを車で拾ってホテルまで案内したといっては その喜びを、
日常の些細な、だが彼女にとってはスペシャルな出来事をさらさらと言葉に綴ってくる。

そんな方だから、私が彼女をどこそこへ連れて行ってあげる度に、常に即行の礼状を送ってくれる。

だが、本来お礼を言わねばならないのは私の方だ。

その時々に相応しく丁寧に導いてくれる そのご恩に比べたら、一日中彼女を車に乗せ、お気に入りの場所を案内するなんて特別でもなんでもない。

帰宅後すぐ、私は彼女が好きだと言った紫陽花の葉書にペンを走らせ、
翌朝、駅前のポストに投函した。

私の気持ちも昨日、彼女の元に届いただろう。


しかし、やっぱり私の負けなのである。


恩師から送られてきたのは、
坂出は瀬戸大橋のたもとにある県立東山魁夷美術館で先日まで行われていた特別展のポストカードと、同作品に関する四国新聞に掲載された学芸員の解説だった。

夏場になると、私は金曜日の夕方なんか仕事帰りに車を飛ばして、よくその美術館へ行ったものだ。
先日話したその内容を、彼女は覚えていてくれた。

さすがだと思った。 その細やかな心配り。


さらに憎いことに、切手は数年前に日本とオーストリアの交流を記念して発行されたもの。
デザインはザルツブルクとモーツアルトだ。


完敗だった。(笑)


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最近よく行くある喫茶店の奥さま宛てに、私も葉書を書いてみた。
その方も、私が大好きなおひとりである。
そして、こちらも劣らぬ素晴らしい方だ。

先日 恩師と訪ねた徳島のカフェで、古布を用いた美しくあでやかな作品展があった。

たぶん、あの奥さまならお好きだろう。
私はポストカードになった金魚の一枚を手に取った。


どうせなら、その葉書に似合う文章と文字を書いてみたい。

結びには、涼しい響きの「かしこ」を使おう。
じゃあ頭語には、、、「拝啓」じゃどこかよそよそしいし、「前略」じゃ味気ない。

それなら、「前文お許しください」から始めてみてはどうかしら。

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きっと喜んでくれること間違いないが、次回会った時 満面の笑みで迎えてくれたら、

私だけが勝手に思う、恩師との勝負(?)も引き分けくらいにはなれるかもしれない。(笑)


そして葉書左上に貼りつけたもの、
それは8年前にアユタヤで象に乗って撮った写真で作った、私だけのオリジナル切手。



写真は、古布絵作家・福島道恵さんの作品。

スーパー16夜?!

眠れなくて、外に出た。

一日遅れのスーパームーンパワーを身体中に浴びたくなって、外へ出た。


それまで黒い雲の隙間を恥ずかしそうに見え隠れしていたお月さま、すーっと姿を現わしてくれた。
寝静まる夜更け、まるで私だけの為のように。


瞼を閉じ、私は両手を広げた。


そういえば、昔ハウステンボスでよく当ると噂の占いをやった時、
「貴女は満月に近いほど体調も運気も上昇する」なんて結果が出たんだっけ。

あの時は、「私は狼女かっ!」と一笑して流したが、あれはまんざらハズレじゃなかったのかも。


ここ最近、嬉しいこと楽しいことでいっぱいだ。

あまりに嬉し過ぎてワクワクして、逆に尻ごみなんかしたりして、、、

だから、ブログなんか書くどころではなかった。(笑)


だが、なんたって、スーパー十六夜?! 

そして、これがスーパー十六夜日記というわけだ。         2013-06-25 AM1:30

恋しいバルト海。

ちょうど2ヶ月前、私はヘルシンキに居た。

凍ったバルト海を、ただ凍っているだけの海を1時間あまり眺めていた。

冷たい霧雨が港に佇む私を濡らす。 気温は2℃、寒いというより心地良かった。

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只今の時刻、午前2時。
あれから たった60日そこらで、今の私は熱帯夜にいる。

まだ6月半ばだというのに、扇風機ではもう我慢できなくなり、とうとうエアコンを入れてしまった。

だが、すっかり覚めてしまった目はそう簡単には閉じてくれない。

仕方なくパソコンを立ちあげ、冷蔵庫から取り出したチョコレートをひとつ口に放り込む。


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ヘルシンキで買ったFAZER社の「Geisha」チョコ。

行きの機内食に付いていた このチョコレート、「あら美味しい!」と帰りに買おうと旅先中 包み紙を持っていた。

しかし このネーミング、忘れる心配はなかったかな。

ゲイシャ? 芸者?


そう、どうやら本当に芸者らしい。(笑) 北欧のWEBマガジンに書いてあった。

FAZERのウェブサイトによると、最初にGeishaという名前の商品が作られたのは、1908年。
当時はキャラメルにつけられた名前だった。

それから時を経て、Geishaチョコが生まれたのが1962年。
それまで純粋なミルクチョコレートを製造してきた同社にとって、初めてクリスピーを組み合わせた同製品の発売は新しいチャレンジであった。

そこで、この商品の成功の願いをこめて、最高級品であったGeishaキャラメルと同じ名前をつけたという。
その後、Geishaキャラメルは「Tokyo」という名前に。

では、なぜGeishaなのかというと、国際的にその名を知られ、夢や楽しみを与えてくれる存在であるのが「芸者」だからというのがその答え。



さほど高級でもないヘーゼルナッツ入りのこのミルクチョコレート、私は素直に美味しいと思う。

日頃 チョコレートにこだわりのある人にこそ、意外とおススメなんじゃないだろうか。


ほら、有名なパティシエが作ったなめらかプリンばかり食べていると、たまに出会うグリコのプッチンプリンがいやに美味しく感じたりするじゃない?(笑)


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この調子じゃ、今夏は酷暑を余裕で超して獄暑だろうが、

凍えそうなバルト海の写真を眺めながら、冷たく冷やした「Geisha」チョコで、とりあえず今晩の暑さは乗り越えよう。

どれだけ いいもの見たら 気がすむの!

本に囲まれることが昔から好きだった。

あ、だからといって、本を読む子だったわけではない。
人生の半分を終えた今でさえ、真剣に読破した本はたぶん100冊にも満たないだろう。

自分で思うに、私はあらゆる分野の、自分の小さな脳みそでは永遠に得られない無限の知識が高く高く積み上げられた空間の、

その隙間を縫うように泳ぐ感覚が好きなのだ。

もちろん、空想の世界である。

そこでは、私はシェイクスピアにだってなれるし、エジソンにだってなれる。
限界がない。


こんな私が、思わず両手を広げて抱きしめたくなる場所が、チェコのプラハにあった。


プラハを訪れた方はご存知と思う。

旧市街からカレル橋を渡り、プラハ城へ続く登り坂をさらに上ると現れるストラホフ修道院、
その図書室である。

そこには中世からの13万冊もの分厚い本の数々が処狭しと所蔵されているのである。

本だけじゃない。
これまた宇宙へも誘(いざな)うかのような地球儀と天球儀、天井のフレスコ画は別世界、いや別次元への扉であろう。

まさに夢の場所。

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― 神学の間 ―
(写真はクリックで大きくなる)


日々 向こうから写真を送っていた友達も、これにはぶったまげたようだった。
「どれだけ いいもの見たら気がすむの!」
「そうでしょ!そうでしょ!」 私は心でほくそ笑む。


もしも私がプラハに住んだら、きっと毎日通うだろう。

魅力いっぱいのプラハの中で、ここが私のイチオシだ。


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― 哲学の間 ―
(写真はクリックで大きくなる)



ひとつだけ残念なことは、実はこの図書室内に入ることは許されず、入口から指を咥えて眺めるだけ。
まあ、空想の世界を泳ぐのに、そんな制限 関係ないか。


ちなみに、写真撮影は別料金。
これを見たら、誰しも自分のカメラにおさめたい衝動に駆られること間違いなし。


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南か西か。

旅に出る半月ほど前だった。

そろそろアウシュビッツ博物館を訪れる日にちくらいは決めておかねば、中谷さんにガイドを頼めない。
私は机に向かい、カレンダーをめくった。


ヘルシンキ経由でワルシャワin、チューリッヒout。
決めていたのは、直感で選んだ2つの都市とアウシュビッツ、それだけだった。

基本、欧州は鉄道で巡りたい。

ワルシャワからまっすぐ南へ下れば、アウシュビッツの最寄りとなるクラクフの町だ。


だが、

うーん、いきなりアウシュビッツはキツイかなあ。

私はゴロンとベッドに横たわり、天井の一点を見つめた。
地図は頭の中にある。

なぜか東へのルートは思わなかった。
アウシュビッツを見るのなら、ベルリンの壁にも立ち寄りたい、そう思ったからだった。

ベルリンはワルシャワから真西だ。

いつもなら旅に出るまで開かないガイドブックに手を伸ばしてみる。


西だ。


2秒で決まった。


そこに、ポーランドの大平原を突っ走るSLの姿があったからだった。

ワルシャワからベルリンを結ぶルート上の、ちょうど真ん中あたりにポズナンという町がある。
そこから一部区間のみ、毎日決まった時刻にSLが走るのだ。

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私が乗ったのは、ポズナン発、ウォルシュティン行き。


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汽笛の音も石炭の臭いも、時おり風景を隠す黒い煙も、どこか懐しかった。

実際に走るSLを見るのも乗るのも初めてなのに、不思議なものだ。


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真っ白な大地にたなびく機関車の影と煙の影。

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