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I love Salzburg

ARCHIVE PAGE: 2014年11月

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しだいにお寂しく。

父が他界して20日足らず。院主さんの話にあった「しだいにお寂しゅうございます」の意味を噛みしめる毎日である。母方のおばあちゃんっ子であった私は、父と祖母の確執に次第と父への反発を抱きながら成長した。三姉妹の末っ子という甘えも人一倍あったのだと今ならわかる。だが、そんな我儘いっぱいの私に、父は最期を看取ることを許してくれた。そして入棺の際、足元でいた私に父は信じられないほど柔和で幸せそうな表情を見せて...

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人数だけの問題ではない。ーサラエボ100年(朝日新聞)

セルビア人勢力に包囲されたサラエボにあえてとどまったセルビア人たち。元サラエボ大学教授のリュボミル・ベルベロビッチさん(81)はその典型だったが、同じような境遇の人は、数千人はいたとされる。生活基盤が破壊され、必需品が枯渇した中での暮らしの大変さは、ボシュニャク人やクロアチア人と当然、何も変わらなかった。そればかりではない。セルビア人だというだけの理由で、投獄されたり処刑されたりする恐れもあったのだ...

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劇団四季ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』☆

劇団四季の『ジーザス・クライスト=スーパースター』。多くの人の「凄くいいよー!」って声にずーっと観たかったから、地方公演を行うと知って興奮気味にチケットを取った。四季の『ジーザス・クライスト=スーパースター』には、ジャポネスクバージョンとエルサレムバージョンとがあるが、今回はエルサレムバージョン。私は日本調にアレンジしたものではなく自然な表現を好んでいたので、その夢も叶った。そして その期待を胸に観...

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セルビア人は「悪」だったのか?ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦が続いている間、多くの報道はセルビア人だけを一方的に悪役として描きがちだった。特に、欧米メディアにはその傾向が強かった。セルビア人勢力によるサラエボ包囲の一方的な構図が実際にあったため、いわば判官びいきの感情が作用した。ボスニア政府が軍事面での不利をカバーしようと宣伝戦を仕掛け、包囲下の苦境をアピールしたことも手伝った。私が最初にボスニアで取材したのは、内戦終結2年後...

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市街地は包囲された。ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナが本格的な内戦に突入したのは1992年4月初め。ニハド・クルシェブリヤコビッチさん(41)はその月の半ば、サラエボ中心部で狙撃兵によって通行人が射殺されるのを初めて目の当たりにした。だがニハドさんは、前の月から吹き始めた暴力の嵐の中にあって、「人が死ぬ光景をみても、もう何も感じなくなっていた、」という。ボスニアはその年2月に実施した住民投票の結果を受け、連邦国家ユーゴスラビアから独...

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私のカフェ、私の珈琲。

いつだったか、親友のM子に「珈琲飲みにウィーンへ行って来る」と言って驚かれたことがあるが、ここ数年 私の海外旅行の一番の楽しみはカフェ巡りだった。カフェしか入らなかった街もある。遺跡や美術館なども魅力的だが、19世紀の宮殿を利用したカフェや原住民のアートが印象的なインテリアのカフェなど、その土地その土地の趣きある空間がたまらなく好きだ。最近は専らヨーロッパだが、中南米やオーストラリアの町外れなんかでも...

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岸惠子の『わりなき恋』。

心をぞわりなきものとおもひぬる 見るものからや恋しかるべき古今和歌集にある、清原深養父(きよはらのふかやぶ)という歌人の歌らしい。『わりなき恋』とは、理屈や分別を超えて、どうしようもない恋。「どうにもならない恋、苦しくて耐えがたい焔のような恋のことだと思う。笙子、覚悟ある?」パリ行きのファーストクラスで、69歳の女と58歳の男が偶然、隣り合わせとなったことがはじまり。女の名前は伊奈笙子、男の名前は九鬼...