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I love Salzburg

ARCHIVE PAGE: 2015年02月

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まだまだ続く、栗林の美。

つい色鮮やかな梅の写真ばかりアップしてきたが、栗林公園といえば松。なによりも松。松の美しさ抜きに栗林公園は語れない。心の琴線に触れる美しさ。松の合間に折々の花鳥風月。まさに、『一歩一景』の美しさ。これほど栗林公園を褒めちぎる私でも、数年前は栗林公園に物申す?!(笑)...

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寛容さは悲劇を超えて。ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナは欧州の一角を占めるが、先祖代々のイスラム教徒であるボシュニャク人、200万人近くが住む国でもある。1990年代のボスニア内戦中、民族憎悪をあおった勢力の中には、自分たちを正当化するために宗教戦争の構図を持ち込む者がいた。例えば、セルビア人勢力の元最高指導者、ラドバン・カラジッチ被告(69)。ジェノサイド(集団殺害)などの罪で国際法廷に起訴され、判決を待つ身だ。「イスラム教原理主義...

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まだ続く、梅三昧。

讃岐には栗林公園ともう一つ、丸亀に中津万象園という大名庭園がある。琵琶湖を形どった池に近江八景になぞらえた島々は、その昔この地を治めた京極藩の殿様の先祖が近江出身であったためだそう。瀬戸内海に面した立地から、時間をかけて滞在すれば たぶん池の潮の満ち引きを楽しむこともできるんじゃないかな。「日本庭園を眺めながらお茶しない?」立春の日に栗林公園で梅見をして以来すっかり殿様気分になっている私は、突如友...

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イスラム信仰、自ら選んだ。ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナの映画監督アイダ・ベギッチさん(38)は10年前、自らの意思で、ある決断をした。彼女は民族的にはボスニアの主要3民族のうち、一番人口が多く5割弱を占めるとされるボシュニャク人だ。かつてモスレム人と呼ばれたこの民族は、ボスニアがオスマン・トルコに支配された時代にイスラム教に改宗したスラブ系の人々の子孫にあたる。だが、社会主義国ユーゴスラビアの一部だった時代は特に、無宗教と届けるボシ...

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軍は数少ない統合の象徴。ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナは、1995年末の内戦終了後もなお、国内社会の溝が残る。ただし、一つの国として統合が進んだ分野が皆無、というわけではない。その一つは皮肉なことに、国防だ。紛争終結当初、ボスニアには、一つの国家なのにまだ二つの軍があった。三つの民族主義勢力のうち、セルビア人勢力の軍は、「構成体」として認められた「セルビア人共和国」軍としてほぼそのまま存続。残りのボシュニャク、クロアチア人勢力の部...

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民族均衡優先、いびつな構造。ーサラエボ100年(朝日新聞)

サラエボに住むヤコブ・フィンチさん(71)は、自分の国、ボスニア・ヘルツェゴビナを語る時、時おり皮肉めいた口調が入り交じる。駐スイス大使など要職に就いたこともある人だが、彼の名はボスニアのいびつな現状を象徴する、ある裁判闘争の原告としての方が知られている。内戦終結から今年末で20年。ボスニアの政治は停滞する一方だ。内戦を引きずる政治体制が背景にある。憲法や、選挙などの仕組みは、内戦直後に決められた制度...

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身元確認こそ平和への出発点。ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦末期の1995年7月、ボスニア東部スレブレニツァで、セルビア人勢力がボシュニャク人の住民を連行、7千人以上を殺害した。この「スレブレニツァの虐殺」は、第二次世界大戦後の欧州で最悪の大量殺戮(さつりく)行為とされる。オランダ・ハーグにある国連の旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY)上訴部は今年1月30日、この事件でジェノサイド(集団殺害)などの罪に問われたセルビア人勢力の元軍幹...

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教科書、今も内戦に触れず。ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナの政治指導者たちは、内戦中に行われた非人道行為という「過去」となかなか向き合おうとしない。旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY)への理解を広める活動に携わるサラエボ現地事務所のアルミル・アリッチさん(44)は「若い世代の方が、ずっと理解してくれる」と話す。アリッチさんたちが力を入れているのが、高校への出張授業だ。実際に戦争犯罪の舞台となった地域の学校へ足を運び、話し合う。ボ...

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和解への障害は政治家たち。ーサラエボ100年(朝日新聞)

旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY)は「セルビア人に責任を転嫁する」場にすぎず、不当な裁きだ――。ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦当時のセルビア人勢力の政治指導者、ラドバン・カラジッチ被告(69)は、自らを裁く法廷をそう非難する。セルビア本国で権勢をふるい、ボスニア内戦でもセルビア人勢力に影響力を及ぼしたミロシェビッチ・元ユーゴ大統領も公判で、ICTYは「不法な偽物の法廷だ」、自分の裁判の目的は「NA...

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立春に。

木の芽春立つ日の今日、栗林公園で梅の花を愛でてきた。栗林公園は、明治43年に文部省から発行された『高等小学読本』巻一にあるように、「我ガ国ニテ風致ノ美ヲ以テ世ニ聞エタルハ、水戸ノ偕楽園、金沢ノ兼六園、岡山ノ後楽園ニシテ、之ヲ日本ノ三公園ト称ス。然レドモ高松ノ栗林公園ハ木石ノ雅趣却ツテ批ノ三公園ニ優レリ」日本三名園よりも優れているとの声もある。とはいっても、私が紫雲山を借景にしたその大名庭園の良さに気...

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内戦後の「失われた20年。」ーサラエボ100年(朝日新聞)

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。いま訪れると、一見、さほど特徴のないくすんだ欧州辺境の都市だ。だが、その日常を一皮めくると、歴史は単なる過去でなく、今も息づいていることがわかってくる。昨年は、この街を舞台に、オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻が暗殺され、第一次世界大戦の発端となった「サラエボ事件」から100年の節目だった。多民族国家ボスニアを主に構成する3民族、ボシュニャク人、セルビア人...