I love Salzburg

旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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新緑の候。

私の祖母は90歳手前で寝たきりになるまで、毎朝5時に起きて町内にある小高い丘を一周歩くのが日課だった。

雨の日も冬の寒い季節もほとんど休まず通ったと思う。
歩き仲間も何人もいて、それは祖母にとっての愉しみであり生きる励みでもあった。

その丘は県下でも指折りの桜の名所であり、県立公園として整備されている。

私も幼い頃はよく遊びに行ったし、隣町の高校2年生の時は遠足で訪れたこともある。
以前の職場では、藤の花の下で上司や同僚たちとバーベキューをするのも恒例だった。


そんな祖母が好きだった場所、私の思い出もいっぱいの場所。

そういえば、しばらく足が遠のいてるなと先日ふと思い立った。

桜は終わったがツツジは咲いているだろうか。
今朝、犬の散歩も兼ねて登ってみることにした。



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緑の合間からツツジの紅色にハッとしたり、木漏れ日がキラキラ眩しく映ったり、
ホント、緑の綺麗な季節になったなぁと、歩くのがとても楽しかった。

愛犬たちもタンポポの綿毛を散らしたり、草むらを歩くのがとにかく嬉しい様子。

ホント、気持ちのいい季節になった。
自然と心が弾んでくる。



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鯉のぼり。

毎年この季節、徳島県の大歩危峡まで鯉のぼりの川渡しを見に出掛ける私だが、

でも、一番好きな鯉のぼりはやっぱりこの景色。


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四万十川が発祥の川渡しは、いつのまにか数を競って町おこしの一環になってるみたいだけど、

鯉のぼりはやっぱり一軒一軒の庭先で、甍の波の上を家族揃って泳いでもらいたい。


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気持ちよさそうにたなびく鯉のぼりをあちこち眺めながら、今日は徳島の美馬市にあるギャラリーカフェを訪れた。

今回は、「トラビス・フリンクガラス展」。
最終日の今日は作家のトラビスさんも来店されていた。

トラビスさんは、アメリカはコロラド州出身で現在は徳島在住の38歳。
どこか原住民のアートともつながるような作品から、着物のデザインにもなりそうな古風な日本を表した作品、オーロラをイメージして作られたものまでと、幅広く楽しめた展覧会だった。

一枚、オーロラの花器を写真に撮らせてもらった。
和室に牡丹とガラス製の花器の面白い組み合わせ。

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最後は藤見で一服し、再び家々を泳ぐ鯉のぼりを眺めながら帰路についた。


やっぱり鯉のぼりは屋根より高い景色がいい。






マーガレットの花畑。

この時期、大好きな音楽を流しながら海岸線をドライブするのが楽しみ。

昨日は少し季節を先取りして、BGMはTUBEにしてみた。 
大学時代、よく聴いたなぁ。。。(笑)

お気に入りの海岸線は香川県西部に伸びる荘内半島で、ここを走るだけで心に平静が戻る。
いや、春や夏はわけもなくウキウキしてくる、そんな場所。


その半島の途中に「うらしまフラワーパーク」という花畑があって、4月下旬から5月中旬にかけてマーガレットが満開を迎える。
マーガレットの季節に訪ねたのは去年が初めてなのだが、どうやら20年前から花畑として手入れされてるんだとか。

もうそろそろ今年も見ごろだろうか。


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愛犬2匹も気持ちよさそう。
鶯も競い合って美声を披露してくれた。





難民密航船事故:「海で死ぬか、内戦か」・命がけでイタリア上陸、ドイツへ。(毎日新聞)

リビア沖の地中海上で18日に起きた密航船転覆事故は、中東・アフリカの紛争地から欧州に逃れる難民・移民の窮状を浮き彫りにした。
シリアやソマリア、エリトリアなどから命がけの渡航の末、イタリアに上陸した難民は、ドイツなど欧州でもより豊かな「北」を目指す。
イタリア北部の商業・文化都市ミラノは、難民にとっての中継地点となっている。

国際博覧会(ミラノ万博)の開幕を5月1日に控え、活気あふれるミラノ中央駅。
ベンチに身体を休める一団がいた。
内戦下のシリアから、地中海を渡って来た難民約20人だ。

元教師のアブサフワン・マスリさん(48)はシリア中部の主要都市ホムスの出身。
アサド政権軍と反体制派の激戦を逃れて陸路トルコに渡り、地中海の港湾都市アンタルヤから約100人乗りの小さなボートでイタリアに向かった。
仲介業者に支払った密航料は4000ドル(約48万円)。

転覆事故は人ごとではない。
マスリさんらの乗ったボートは事故当日の18日、地中海上にいた。
その後、シチリア島沖160キロで航行不能になり、救助された。
「トルコに残っている友人が心配して『お前は大丈夫か』と電話をかけてきた。」

駅では非営利組織(NPO)「SOSミラノ難民救援」のメンバーが難民に軽食や飲み物を提供する。
「彼らにとっては戦争での死か、海上での死か、の選択だ」。ボランティアのフルビア・ティツィアーニさん(51)が解説する。

多くの難民にとって、債務危機の影響が尾を引き、失業率が高止まりしているイタリアは経由地に過ぎない。
「私はカネがないが、イタリアもカネがない」とマスリさん。
「ドイツに行きたい。美しく、豊かだ。仕事を見つけ、シリアに残る家族に仕送りしたい。いずれ呼び寄せられるかもしれない」と夢を膨らませている。

だが、欧州側は難民の受け入れ拡大には消極的だ。
欧州諸国が難民認定申請を受け付けたシリア難民は全体(約400万人)の約5%。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、密航仲介業者の取り締まり強化だけでなく、難民受け入れを増やすよう求めている。

取材の最後、難民の親子連れに写真撮影の許可を求めたが「静かにしておいてほしい」と断られた。
笑顔だったシリア人青年も「顔が分からないようにしてほしい。国境で足止めを食うのはご免だから」と言った。
欧州という「新天地」に着いたものの、彼らは不確かな将来への不安を抱えている。


  ◇


中東、アフリカの紛争や貧困に伴い近年、欧州の「玄関口」にあたるイタリアに渡る難民・移民が急増。
地中海を渡航中に死亡した難民・移民は一昨年に推定約600人だったが、昨年は約3500人に増えた。
今月18日にリビア沖で起きた密航船転覆事故では、過去最悪の800人以上が死亡したとみられている。




(福島良典)

おしおき? では、ありません。

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別にアヒルを飼い始めたわけでもありません。(笑)

わが家の愛犬ウルスは、私の父が亡くなってからワガママがひどくなり、慣れた人に甘噛みをするようになりました。
甘噛みでも、尖った犬歯は狂暴になりかねず。

特に母ともう一匹の愛犬クリスを噛むようになり、その時は甘噛みを超えるくらいキツく感じます。

叱ると、亡き父が座っていた椅子の下に潜り込んで拗ねるのです。
たぶん、寂しさの裏返しの行動なのでしょう。

そして、父の代わりに自分がしっかりしなくちゃと、ボスにでもなった感じです。(笑)

可愛くて愛おしいそんなウルスですが、今日は久しぶりにカットの日。
いつもお世話になってる美容師さんにまで噛みつきそうになったので、仕方なく口輪をすることにしました。

といっても、美容院でのわずかな時間だけなので、家では変わらず元気いっぱい噛んでます。

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記念写真を数枚。
モノクロにしたら、まるでアヒルさんですよね。(笑)


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丸亀城。

母を歯医者まで送った後、終わるまでの僅かな待ち時間に丸亀城を訪ねてみた。


3月下旬に姫路城へ行って以降、続けて高知城と彦根城を巡ってみて、最近になって実は私は城好きなのだと気付いたのだった。

とりわけ丸亀城はいつも身近に存在し、母校の校歌にだって登場する。
あまりに普通の景色であるから意識したことすら殆どなかったが、改めて城の持つ威厳というか、雄々しい姿に魅かれて、機会を見つけては日本の城跡めぐりをするのも悪くないかと思った。

そこで、早速「日本百名城」という本を購入。
百名城すべて制覇する気はさらさらないが、なんだか楽しい。

そして、やはり私にとっての1号は『丸亀城』だろうということで、本日スタート。


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さてその丸亀城、大手門側から登ろうとすると、天守までには見返り坂という心臓破りの急な坂がある。
体力に自信のない私は裏手の石段から登ることにした。
そういえば、最近は年配の方達に交じっていつも裏側から登っている気がする。

だが、裏といっても城ができた当初は現在と反対側に大手門があったんだそうだ。

ということは、天守閣も表裏が逆だったんだろうか? ちょっと疑問。

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私は丸亀城の天守閣のくるりとカールさせた髭(ではないが)が好き。(笑)

そして常に大手門側からのこの表情を見慣れている私は、たまに天守閣まで登ると反対側の顔(?)にしっくりこない。


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丸亀城といえば日本一の石垣で有名だが、その石垣と小さな天守とのバランスが私は最高に美しいと思う。

現存12天守の中で最小であるが、高く積み上げられた石垣が丸亀城に他の城に勝るとも劣らない威厳を与えてくれているのだろう。

二の丸の櫓跡から望む讃岐富士も美しい。
天守が小さいからか、富士山までも可愛らしいんだな。(笑)

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ずっと変わらずにいてほしい。

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25年前のある夏の日、畦道を高校時代の先輩と歩いていた。
何処までものどかで優しい道の辺が続き、少し離れてお寺の鐘が響いてくる。

茂った木々から顔を出す三重塔を眺めながら、「いつまでもここで暮らしたい、」確か先輩はそんなことを口にした。
私も同じ景色を見つめながら、この風景はずっと変わらないで欲しいと思った。


先輩の家は私と同じ町内であるが、東西に離れていて4kmばかり距離がある。
どちらかと言えば私は町の子で、先輩の住む辺りは田んぼや葡萄畑に囲まれた、近くには小さな古墳群のある田舎だった。

しかし、私はその田舎の美しさがうらやましかった。
もちろん、わが家からだって自転車を20分も漕げば辿り着く場所なのだが、先輩はこの景色の中に住んでいる。
その時はそれがとても羨ましかった。



あれから先輩はどうしたのだろう。
たまに思い出すことがある。
近くでは道路を高架にする工事が気長に行われ、周辺の田んぼも気が付けば所々住宅地へと整備が進んでる。

それでもやはりこの眺めは安心できて好きだ。


今日も車で通りがかった。
緑のグラデーションと淡いピンク色がなんとも言えず優しかった。

思わず車を脇に停め、スマホを取り出す。
手前にある電線を避けて拡大して撮ってみたら、ピントがぼけて、なんだか描かれた絵のような写真になってしまった。(笑)

でも、この方がよく雰囲気が出てるかも。

時代の流れにどうしても変わっていかなければならないこともあるだろうが、できればどうかこのままに。




彦根城の桜は格別でした。

夜中1時に出発。(笑)

今年の桜は『彦根城』と決めていたので、毎日ネットで開花情報をチェックしていた。
数年前にブロ友さんがアップされてた写真に衝撃を受けてから、ずっと彦根城の満開の桜を狙っていたと言っても過言じゃない。


一昨日の夕方、とうとう開花状況が満開となった。

天気は少し前の週間予報では曇り時々雨であったのに、曇り時々晴れに変わっている。
それ以降はまたも続く雨、曇り。
土曜日なら高速も安い。

帰宅後とっとと片付けを済ませ、急きょ彦根行きを決行した。

道中二、三度休憩をし、朝7時半に到着。
少しづつ人出が増してきていたが、お堀の周りをきっと毎日そうしているであろう人達が普段通り散歩やランニングを楽しんでいた。


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もう何と言っていいんだろうね。
あまりの見事さに言葉を失うやら、我を忘れるやら。

こんなにも素晴らしい桜の景色は、どう思い出しても生まれて此の方観たことがない。

彦根城の桜は日本のどこにでもあるソメイヨシノなんだろうが、土や水もいいのかな。
樹齢80年生が優等生なんだろうか。
もともと城には桜が似合うし、お堀と桜、石垣と桜は定番と言えるほど調和するけど、彦根城が国宝だから桜も国宝級といった感じかも。(笑)

とにかく、桜一本一本からして別格だった。
桜にも格があるんだと、大袈裟ではなくそう思った。



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「今日はちょうど名古屋城も見頃だったんだけど、やっぱりこっちを選んじゃいましたね」と話すのは、名古屋からのカメラマン。
今年は満開時にあいにくの天気とあって、悩んだあげくの選択だったようだ。

「私の花見は毎年ここ。」 宝塚から来た可愛い愛犬連れの女性もいた。


四国では滋賀県の知名度が低いからか、これまで彦根城の桜について聞いたこともなかったが、これほどだもの、有名なはずだ。
朝一で来て良かったと思った。


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城好きの人は今年は姫路城へ足が向くかなと単純に思ったが、どうだろう、彦根城には桜にも天守閣にも独特の趣きと魅力がある。
固定ファンも多いだろうな。

琵琶湖も遠く望める。


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ちょうど青空も眩しくなって、これ以上にない花見日和となってくれた。


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そして、一番観たかったのが外堀の桜。
溢れんばかりに盛り上がった一面の桜に、「この桜を観るまでは死ねない!」とずっと憧れ続けてきた。

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なので、もう思い残すことはない、、、


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というくらい満足できた彦根城の桜と、お城のすぐ目の前にある『たねや』のお菓子。(笑)




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