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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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続、四国遍路。

珍しい5月台風の影響で風が強まる中、お寺詣りに出掛けてきた。
四国霊場第67番札所「大興寺」と、第68番「神恵院」、第69番「観音寺」の三ヶ寺へ。


大興寺.jpg


ちょっと恥ずかしい話。
せっかく四国で暮らしているのだからと2009年2月から始めたお遍路さんだが、八十八箇所どころか(バラバラで)三十六箇所を巡った後はずっとほったらかしにしていた。

お詣りに行ってもわざわざ納経所まで足を運ぶこともせず、という札所もいくつかあった。

当初はあんなに張り切って、「お詣りしたお寺をブログにもアップするので、私のブログを通して皆さんも一緒にお遍路しましょ!」、なーんて嬉しげに書いてた自分が本当に恥ずかしい。(苦笑)


このまま永遠に葬り去られそうになっていたが、トロトロしているうちに何人もの知人が結願を達成し高野山まで詣でているではないか。


大興寺3.jpg


そして、亡き父が一年ほど通っていたデイサービスの職員さんも2年半ほど前に歩き遍路で四国を巡っていた。

当時22歳の彼は、自分の将来に悩みを持ち、遍路することを決心した。
愛媛県の宇和島市で生まれ育った彼は、地元の人たちのお遍路さんへのお接待を幼い頃より身近で見てきた。
そういうことも、若いながらも人生の岐路で遍路することを思いついた理由だと思う。

そして、彼は第37番札所の岩本寺で、宮城から来ている一人のおばあさんと出会ったそうだ。
その方は東日本大震災で息子さんを亡くされ、心に深い傷を抱きながらも慰霊の気持ちで四国へ来られていたのだと思う。

「今頃、息子はハワイ辺りかの。」

夜、遍路宿でおばあさんが言ったそのひとことが彼の胸に突き刺さった。

おばあさんは八十八箇所の一部の寺を詣でたのち宮城へと帰ったそうだが、彼はそのおばあさんのことが忘れられなかった。

お遍路さんのほとんどは、結願後再び第1番札所である霊山寺にお礼詣りをするんだそうだが、彼は「平成のお遍路は東北だ!」とその足で宮城へと向かった。

仮設住宅まで訪ね、八十八箇所すべて埋め尽くされた納経帳を見せると、おばあさんは笑顔を見せてくれたんだそうだ。

「岩本寺で出会った時はおばあさんに何もしてあげることができなかった僕だけど、その時はおばあさんを笑顔にしてあげることができました。」


本当はその納経帳をおばあさんにあげるつもりだったらしいが、父の仏前で納経帳を手にそれらを話してくれた。

「これ、もらってください。」
宮城のおばあさんにもあげなかった納経帳を、私の父にくれるという。

「よく考えて持ってきました。どうか、もらってください。」


戸惑う私に、「僕はお寺に詣ること以上に、その道中が遍路だと思っています」とまっすぐな瞳でそう言った。

その言葉と瞳に心打たれた私は、感謝してそれを頂戴することにした。



それからも半年近くなるのだが、先日久しぶりに徳島県にある第23番札所の薬王寺をお詣りし、仕舞い込んでいた自分の納経帳を差し出した。

「記念スタンプも押しておきますね。」

薬王寺の納経.jpg


今年は高野山開創1200年でにぎわっているが、昨年の平成26年は四国霊場開創1200年の節年だった。
その記念に特別のスタンプと御影をくださるのだが、それが今年の5月末までという。

スタンプラリーのようなお詣りはあまり好きではないけれど、これを機に私も再び結願目指そうかという気になったのだ。

今日も三箇所巡りながら、「道中が遍路」という彼の言葉を思い出していた。


まだまだな私だが、せめて本堂と大師堂で手を合わす時くらいは思いを込めてお詣りしよう、そう強く心に留めた。




観音寺の蓮.jpg





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藤を見に、丹波の国へ。

私が人生の師と仰ぐ方が大の寂聴さん好きで、その影響か私も瀬戸内寂聴訳「源氏物語」を読んでいる。

色恋沙汰も面白いが、嫉妬や嫌がらせなどの人間臭いところが千年前も今も全く変わってないのが興味深い。

ストーリーは大和和紀さんの漫画「あさきゆめみし」を子供のころより何度も何度も繰り返し読んで頭に入っているのだが、文章として読むとまた違った新鮮さがあることに気が付いた。


美しい日本語と和歌の数々。
遠い時代の人々の繊細さに憧れる。


その源氏物語の世界に色艶を添える藤の花。


百毫寺の藤2.jpg


丹波にある白毫寺の九尺藤が見事だと聞いて訪ねてみた。


百毫寺の藤6.jpg

百毫寺の藤8.jpg


せっかく光源氏に負けぬ男前をと思ったが。(笑)

ウルスの藤.jpg

懐かしい切手。

ウイリアム皇子誕生切手.jpg



私は決して切手収集家じゃないんだけど、外国では綺麗だなと思う切手を手にすることがたまにある。


先日の英国プリンセス誕生のニュースに、そういえば・・・とごそごそ切手アルバムを引き出してみた。

2001年にクックアイランド(当時はNZ領)で買った切手の中に一枚、1982年の古い切手が混じっていた。
それは、その年のクリスマスにウイリアム王子誕生を記念して発行されたもの。

チャールズ皇太子は描かれていないけど、若いダイアナ元妃に抱かれたウイリアム王子が可愛い。
そのウィリアム王子が二児のパパ。

英国のみならず、英連邦の国々も祝賀ムードに沸いていることだろう。



さて、【シャーロット・エリザベス・ダイアナ】とおじいちゃん、ひいおばあちゃん、おばあちゃんの名前をぜーんぶもらっちゃったシャーロット王女。
次に女の子ができたらどう名付けるのだろう?

ミドルネームにヴィクトリア、、、とか?(笑)

ま、要らぬ心配なんだけど。





大塚国際美術館へ行って来た。

これで二度目。

徳島県の鳴門の渦潮のすぐ近くに、陶板で作られた原寸大の世界中の名画を一堂に会した美術館がある。
「ボンカレー」で有名な大塚グループによって平成10年に開館された大塚国際美術館で、そこには地下3Fから2Fまで1000点以上もの作品が展示されている。

車を1時間半飛ばし、その大塚美術館へ行って来た。

前回は2010年、5年ぶりの訪館だった。


大塚美術館6.jpg


美術館の駐車場には四国外からの車でいっぱい、館内でも遠方からの来館者でいっぱいだった。
なので、もうすっかり全国的にも知れ渡ったのかなと思っていたのだが、実はまだそうじゃないらしい。

それでも、修学旅行生らしき高校生も大勢来ていたのが印象的で、本物と出会うきっかけをここで見つけてくれたら嬉しいなと思った。

そう、大塚美術館に本物は一つもない。ぜ~んぶレプリカ。
なのに感動しちゃう圧倒的な美術館。


大塚美術館3.jpg


だが、本物にこだわる人は期待しすぎない方がいいかもしれない。
かく言う私も初めて訪れた際、ロシアのモナリザとも表現される「見知らぬ女(ひと)」の陶板画を前にがっかりした。
私にとって特別な絵で、モスクワまで追いかけて行ったほど好きな絵だ。
その絵が、そっくりだけど全然違う。
ま、同じなら本物の意味がないのかもしれないが、ということは、本物の価値を再確認できる場所でもあるということか。

大塚美術館19.jpg


確かに本物ではないのでそこに命を感じられはしないが、しかし昨今のように天災や戦争などの人災で本物が失われていく中、記録保存という点においても素晴らしい役割であると思う。

また、私が気に入っているところは空間が見事に表現されているところ。

バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画と壁画やスクロヴェーニ礼拝堂の壁画などはちょっとした驚きである。
そして、スクロヴェーニ礼拝堂内で感じた匂い。
気のせいかもしれないが、いつか欧州の古い教会で嗅いだ空気と同じ匂いのように感じた。


大塚美術館16.jpg

そして、陶板だからバンバン写真に撮れるし、触ることだってできる。
「モナリザ」や「真珠の耳飾の少女」と一緒に写れるのも人気のひとつ。

「モナリザ」と同じポーズで写真に納まる2人の男子高校生に、なんだか微笑ましいものを感じた。
気取って鑑賞するよりもうんと作品に近づける、そんな風に私は思う。
触ることができるというのも、芸術に接する上でとても貴重なことだと思う。

また、モネの「睡蓮」といえばオランジュリー美術館でも光にこだわった展示方法を工夫しているが、ここならモネが追い求め続けた天然光の下で見ることができる。
光に色あせないというのも陶板画の強みだ。

失われた遺産を復元できるところも凄いと思う。


大塚美術館18.jpg


あまりの広さと数の多さで半日以上滞在しても一部分しか見ることができなかったが、かなり楽しめた。
あとになって足の痛さと目の疲れ、どっとくる身体の重さに、意外と夢中になっていたんだと気付かされた。


それにしても、美術館で出会った高校生の礼儀正しさと絵画に対する造詣の深さには感心した。
エレベーターでは、すれ違い様に「失礼しました」と言われた時は思わず振り返って顔を見てしまった。


あらゆる意味でこの大塚国際美術館が今後も役立ってくれることを楽しみにしている。



大塚美術館10.jpg





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