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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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「黄金のアデーレ」を観る。

昨夜のレイトショーは、私を含め鑑賞者はたったの2人だった。

私的にはとても面白かったし、終わってからも色々考えさせられるいい映画なのに、勿体ない。
だが、おかげで映画に没頭できたのは有難かった。

この映画、香川では上映されないということで高速を飛ばし、ドライブがてら愛媛県新居浜市まで行ってきた。


12-15 映画「黄金のアデーレ」


たぶん、私がウィーンを初めて訪れた時、クリムトの名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I(黄金のアデーレ)」はまだベルヴェデーレにあったはず。

しかし残念なことに、その当時の私は「接吻」の強烈さに今回の映画のある意味主人公である「アデーレ」については覚えていない。

今はニューヨークのノイエ・ギャラリーに展示されているそうだが、そこに行きつくまでのアデーレの姪であるマリアとオーストリア政府との所有権争いがこの映画の主軸。
実話なんだそうだ。



*


それは1938年、ナチスがオーストリアを占拠した際、価値ある個人の財産をすべてナチスに奪われたことから始まる。
それが敗戦後、正当な持ち主に返されることなくそのままオーストリア政府の手に渡った。

ナチス侵攻前、アデーレ本人は自分を描いた作品についてはオーストリア・ギャラリーに寄贈するよう言い残していた。
だが、真の所有権はアデーレ自身ではなく、夫のフェルディナントにあった。
ユダヤ人であった彼は絵画を残して国外へと逃亡し、ユダヤ人排他の流れにあった国への寄贈を取りやめ、甥姪に相続させるという遺言を残していた。

マリア自身もこの年、アメリカへ亡命している。


結果は周知のとおり、この裁判でマリアは勝訴するのだが、結局この物語に本当の勝者はいないんじゃないか。

そして、国を追われるということに改めて考え込んでしまった。


もう3年も前、私がたった一ヶ月の欧州の旅を終え、帰国への列車に乗り込んだ時、「ああ、これでやっと日本に帰れる」と涙が出るほど安堵の気持ちでいっぱいになったことがある。

その旅行はちょっと色々あって、今でもきっとこれからも誰にも言えない心の傷が私の中にある。
しかし、その代わりに得たものもあって、その一つが「国」だった。

日本人に生まれて本当に良かったと思った。
日本にいるときは感じなくても、日本という国にいつも守られているんだと気が付いた。

それは日本だからというより、例えば平和が許されるならばどこの国でも構わない。
自分の祖国があり、いつでも帰れるふるさとがあり、そこを追われる心配のない私たち。
世界の歴史を見ても、現に今も、当たり前のようで決して当たり前じゃないその幸せを痛感した瞬間だった。


劇中で、マリアは老いた病身の父母をウィーンに残してアメリカへ渡るのだが、その別れは特別心に残るシーンだった。
「君の未来ある国の言葉で話そう」と、娘を思う気持ちと悲しみでくしゃくしゃな顔をして別れ間際に父が英語で言うところなど、本当なら誰が母国ではない国の言葉で別れの挨拶などしたいと思うだろうかと、胸がぎゅーと痛くなった。
いや、マリアだって決してアメリカへなど行きたくない。
もう二度と会えない大切な人をそのままに、生まれ育った国を好んで捨てる人などいるわけがない。

「アデーレ」もそうだと思った。

映画を終えて、あらゆることが脳裏に浮かんでは消えていき、そして今はやはりいつかはオーストリアで「アデーレ」に会いたいと思う。
オーストリアに帰ってきて欲しいと願う。

マリアが争った真の相手はオーストリア政府ではなかったと私は思う。
この物語の結末はこれでいいと思っているし、マリアへの「アデーレ」の返還は正しかったと思うけれど。

ラスト、この裁判を共に戦った新米弁護士ランディの胸で泣くマリアの涙がすべてだと思った。

私の涙は一滴も出なかったけど、胸の奥底を乾いた白い息が沈んでいくような痛みに泣いた映画。
だからといって重くもなく、テーマのわりに軽快なタッチで描かれている。
だから面白い。

主役のヘレン・ミレンはもちろんのこと、段々頼もしくなっていくランディ役のライアン・レイノルズも良かったじゃないかな。

それにしても、絵画一枚になんて色んなドラマがあるんだろうか。


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映画「母と暮せば」。

12-12 映画「母と暮せば」


近頃、土曜日は映画の日になっている。

今日は、「母と暮せば」。

舞台は長崎。
原爆で息子を失った母と、亡くなったはずの息子。
淡々と物語は進んでいくが、伝えたいことはしっかり胸に届いてくる。


詳しい内容は十分前宣伝をされているのでここに改めることはしないが、吉永さんと二宮くんの親子が本当に自然で、ありえない設定でもすっと物語に入っていけた。


私は3年前まで邦画は一切観たことがなかったので、今回初めて吉永小百合さんの映画を観たけれど、やはり美しい方ですね。

二宮くんの恋人役の黒木華さんもそうですけど、お二人とも所作も言葉遣いも美しくて。
最近は身近にも綺麗な方が増えてきたけど、物腰の柔らかい方となると、ね。

私がまだ25歳前の頃、行事の多い職場ゆえに失礼がないよう町の作法教室に通ったことがある。
その時習った食事の仕方、私も時々思い出しては意識するけど、実はできる方を見たことは一度もない。
それを、何気ないシーンで吉永さんはさらりとされていた。
そのちょっとした場面でも吉永さんの人となりを見たようで、さすがだなと思った。


そして、出演されたどの役者さんもそうだけど、後ろ姿がとても素晴らしかった。

映画の終わりにはうっすら涙が滲む、そんなふうに仕上がっていると私は思う。




怪しい電話、再び★

今日で3日目。

夜の7:30頃、社会保険事務所の職員と名乗る男から母宛てに電話があった。

まずその時間に社会保険事務所から電話があること自体おかしいが、日を増して段々しつこくなってきたので私が受話器を取ってみた。

私 : 「どちらの社会保険事務所ですか?」 
相手 : 「本局です。 東京からです。」

私 : 「掛け直しますから、そちらの電話番号と名前を教えてくれませんか?」
相手 : 「08××・・・」

私 : 「東京なら03ですよね。」
相手 : 「掛け直されるなら、もよりの社会保険事務所まで・・・」

私 : 「あなたに掛け直しますから、東京の電話番号を教えてください。」
相手 : 「前回、お伝えしましたよね。 紙に書いてるはずですが・・・」
もちろん、嘘である。

私 : 「紙を捨てたので、もう一度教えてください。」
相手 : 「08××・・・」
私 : 「いえ、03からお願いします。」

こんな同じやり取りがしばらく続いた後、

開き直った相手は「08××-××-××××まで連絡ください」と、うちの電話番号を答えるので、

「もう二度と掛けて来んな!!!」と、思いっきり受話器を叩きつけて切った。


だが、こういう卑怯な真似をする人間は、やはりしつこい。

その後も何度も何度も嫌がらせのように電話を鳴らしてきた。


母に聞くと、最初は「きちんと年金が入ってきていますか?」という程度のものだったらしい。

それが、次第に訳の分からないことをグダグダ言い出し、揚げ句に今日のやり取りまでになってしまった。


電話に出なくともしつこくリンリンなる電話がうるさくて、それよりも一人で思い出していると気分が悪いので、最寄りの交番へ電話した。

まあ、留守電にすればいいだけの話だが、近ごろ近所には独居のお年寄りが増えてきたし、もしも相手に住所が知られているならいい気はしない。


今回のことと、少し前にもあった裁判所を名乗る電話の話もした。

それは、「ある方からお宅の支払いが滞ってる連絡がありまして・・・」と電話があり、
その時は「こちらから折り返して電話するので名前と電話番号を教えてください」と答えるや否や切られてしまったもの。
たぶん、今回の犯人と同じ人物であろう。

対応してくれた交番のUさんは大変親身に話を聞いてくれ、こちらが考えた対応策にも協力してくれることになった。


「それは気分が悪いですよね。 他にこれまで怪しい電話などはありませんでしたか?」

思い出せば沢山ある。

その一つが3年近く前、新生ゴールドと名乗った明らかに詐欺の電話。

それ以来、変な葉書も時々届く。


「わかりました。 署内の職員全員に周知するようにします。」
「交番がうちの近くで良かったです。」
「通常はこの番号に電話してくださればいいですけど、急な時は110番してくださいね。 すぐ飛んで行きますから!」

ナンバーディスプレイなど電話だけの解決策ではなく、あらゆる対応策を話し合った。


「あ、そうそう、良ければ警察の電話をお貸ししましょうか?」
「え? そういうこともできるんですか?」
「ええ、できますよ。 まあ、最初に「この電話は詐欺防止のためすべて録音します」から始まるので、面倒なところもありますが。」

いやあ、どうせ録音するのなら、警察の電話というだけでとても心強いではないか。

「ぜひ、お願いします!」


詳しい出来事と時間をノートに記録
明日は職場のみんなにもこの話をし、色んな人の対応策案を聞こうと思う。

一人で抱え込まない。

嫌な思いも心配事も、あとに引き摺るのはやめにしよう。




スギハラ チウネ。

本日公開の映画「杉原千畝 スギハラチウネ」を観た。

私が彼とその「命のビザ」を知ったのは確か2000年、日本政府によって正式に杉原氏の名誉回復がされた時だった。
それ以来、リトアニアをはじめバルト三国を訪れたいという想いを募らせながら、未だ果たせず。

世界情勢の先が見えない今、シリアを主とする難民問題も前途多難な今、ある意味この映画はタイムリーだと思う。


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それまでリトアニア領事代理として、日本政府に背いてビザを発給したことしか知らなかった彼の人生の、当然ながらその前と後があることに気づく機会にもなった。
ビザを発給した当時、杉原千畝は40歳。

また、第二次世界大戦が描かれるとき、必ず登場するといってもいいシーンが省略されているのを不思議に思いながら観ていたら、逆に彼が救った命によって皮肉にも失われた命もあったことを、直接的な表現を避けてはいたが気付かされた。

もちろん、彼の判断は人道的であったと思うし、そこから先の各々の将来は全て人の力ではどうにもならない定めだったのだと私は思う。
それはいつの時代にもあったことだし、それが世の常なんだとも思う。



杉原氏の人生は壮大過ぎて、どうしても2時間半弱では描ききれない。

なので、映画そのものは私的には少し物足りなさを感じたのは否めない。
いくら唐沢さんの演技が素晴らしくても、杉原さんのバックグラウンドは半端じゃないし、スケールが違いすぎる。

でも、観て良かったと思う映画だった。


冒頭の雪に覆われた真っ白な大平原を蒸気機関車が走るシーンが、映画では満州となっているものの一目でポーランドとわかる景色に、それだけでも私にとっては東欧を懐かしむのに十分。


最後に、杉原千畝が書いたビザが6000人の命を救ったならば、それを受け入れた杉原氏の友人、ウラジオストク総領事代理の根井三郎も忘れないでおきたい。

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