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青酸連続殺害で裁判員8割辞退ー京都地裁、6人を選任。(京都新聞)

京都府向日市の男性らに青酸化合物を服用させたなどとされる連続殺人事件で、殺人罪3件と強盗殺人未遂罪の計4件で起訴された筧千佐子被告(70)の裁判員裁判の選任手続きが2日、京都地裁(中川綾子裁判長)であった。
過去最多となる920人の候補者から、裁判員6人と補充裁判員6人が選任された。
長期審理の影響などから、昨年の全国の辞退率64.7%を大きく上回る約8割が辞退した。

最高裁によると、これまで選定候補者数の最多は、広島県江田島市のカキ養殖加工会社で2013年に社長ら9人が殺傷された事件の裁判(広島地裁)が865人だった。

在任期間は、今月26日の初公判から11月7日の判決まで135日間。
裁判員裁判制度開始から3月末までで、2番目の長さで、開廷回数は計48回。
呼び出し状を送った人数は、過去最多の586人に上ったが、仕事や介護、病気などを理由に413人が事前に辞退していた。

選任手続きは午後1時20分に始まり、約3時間半で終了した。
出席した86人は事件の概要などについての説明を受けたほか、死刑求刑が予想される事件であることから、死刑制度に対する賛否や精神的負担を問う質問にも答えたという。

選ばれなかった京都市の会社員男性(20)は量刑判断などについて「もし選ばれていたら心理的負担はあったと思うが、裁判員を務めてみたかったので残念」と話した。

当日に辞退が認められた綾部市の事務員女性(41)は「地裁までの距離が遠く、通うのが負担だった」と話し、「職場の人員が少ないうえに夏休みにも重なるで参加は難しかった。選ばれず安心した」と胸をなで下ろしていた。

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阿蘇神社、参詣。

昨年の熊本地震でショックを受けたのが熊本城と阿蘇大橋、そして阿蘇神社倒壊の映像だった。
神社の楼門と拝殿の無残な姿には居たたまれない気持ちになった。
神様がいらっしゃる場所なのにどうして、とも思った。


7阿蘇神社

6阿蘇神社



別府港から高速で湯布院へ、そこから下道で2時間ばかり。
至るところで地震の爪痕を目にしながら走った。

阿蘇神社も復旧工事中で大きな囲いがされており、私はどうお詣りすればいいのか戸惑い、無料のボランティア案内を頼むことにした。

案内役の女性は気さくな人柄で、手水の手順から丁寧に説明してくださった。

9阿蘇神社

「ここは神武天皇の孫にあたる『健磐龍命(たけいわたつのみこと)』を中心に、その子孫を含め12の神様を祀ってあります。
なので、それぞれお得意の分野がございますので、どんな願い事でも叶えてくれますよ。」

そんな話から始まったと思う。

私は去年の地震で倒壊するまで、実はこの神社の存在すら知らなかった。

「もともと有名な神社だったんですねー。」
「結婚式で謡われる高砂の歌をご存知ですよね。」
「ああ、『たかさごや~この浦舟に帆を上げて~』ってやつですね。」母も熱心に聞いている。

「そうです。その高砂の歌に阿蘇神社の神主さんが出てくるんですよー。」

どうやらあの歌詞は、播磨の国・高砂の浦を訪れた阿蘇宮の神官が松の下を掃き清める老夫婦にその松の謂れを問うところから始まるらしい。
詳しいことは世阿弥作・能の演目『高砂』にゆだねるが、

「千歳飴の袋にお爺さんとお婆さんの絵が描かれてるんですが覚えてます?」
私と母はお互い顔を見合わせて首を傾げた。

「お爺さんとお婆さんが箒と熊手を持っているのですが、それぞれどちらを持ってると思います?」
「お婆さんの手に箒、お爺さんの手には熊手が描かれています。どの絵もそうなってるはずです。」

「ほらあ、『おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで』って言うじゃないですか。
『おまえ百(掃く)までわしゃくじゅうくまで(熊手)』、ね、分かります?
高砂の松の下を掃き清めていたお婆さんが箒を、お爺さんが熊手を持っていたそうです。機会があれば、また見ておいてくださいね。」

8阿蘇神社

「で、これが参道になるのですが、珍しい横参道なんですよ。」
「横参道?」
「普通、参道は拝殿に向かうように伸びているのですが、ここは神社に並行して参道があるんです。」
「昔から阿蘇山の中岳火口は神霊池と呼ばれ、その新宮と国造(こくぞう)神社を結んでいるのがこの参道です。」

2阿蘇神社

参道から一つ中に入ると修復中の楼門と拝殿の前に出た。

「楼門は国の重要文化財なので元々の材木を使って復元することになります。
なので実はこれ、まだ解体の途中なんです。」
「番号をふって、取り壊す方が大変ですものねー。」

「でも、ここの修復には伊勢神宮を受け持った宮大工さんが携わってくれてるんですよ。変な言い方ですけど、ここで技が引き継がれることは嬉しいです。」

母も私も一つ一つに「へえ~」と興味深く聞いていた。

「拝殿があった時は見ることが出来なかった神殿を今なら見ることができますので、ぜひお詣りなさってくださいね。」

「神殿は無事だったんですか?」
「損傷はありますが、楼門や拝殿のように倒壊はしなかったんです。」

3阿蘇神社

「大きな揺れだったのにこの辺りは被害が少なく済んで、みんな阿蘇神社が身代わりになってくれたと言ってます。
それまでも参拝される方に身代わりのお守りを勧めてたんですが、あれからここで身代わり御守りを買っていかれる方が多くなりました。」

5阿蘇神社

聞けば楼門は重要文化財なので国から費用が出るらしいが、拝殿などの修復費用の一切は神社負担となるらしい。
復旧には7年ほどを要するとのこと。
私たちは身代わり御守りを買った後、少しばかりの御奉賛をさせてもらうことにした。

偶然それに対応してくださって神官さんが地震当日当直だった方で、当時の話も聞かせてもらえた。


「全然想像もしてなかったけど、阿蘇神社にお詣りできて本当に良かった。」
母は今でもそう言ってくれる。



改めて、この地震でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りし、被災された皆様にお見舞い申し上げます。
そして、一日も早い復興を願っています。



帰ろうとする私たちを先ほどのボランティア女性が見つけて駆け寄ってきた。
「お母さんがくまモンをお好きだと聞いて。ちょうど今貰ったものなんですけど、お母さん、どうぞ。」

阿蘇神社でもらったストラップ



そのあと、阿蘇神社の北宮とも称される国造神社も参詣した。

大分で『とり天』を食す。

5月24日から一泊二日で大分と熊本を訪れた。

九州へはこの1年半で三度目の訪問となる。
それまで滅多に行くことはなかったし行く機会もなかったのだが、設備の整った清潔で環境のいいドッグラン付ホテルと出会ってからはお犬様孝行をするために度々足を運んでいる。笑

それは由布岳を真正面に仰ぐ場所にあり、いつもならその美しい姿を存分に眺めることができるのだが、その日は残念なことに深く雲に覆われていた。

けれどおかげで適度に芝生も湿っており、すでに真夏のようにギラギラした太陽を浴びることもなく、二日間好きなだけドッグランで遊べた彼らにとってはいい時間だったのではないかと思っている。

6湯布院ガーデンホテル

1湯布院ガーデンホテル


その他の観光はというと、福岡や佐賀などに足を延ばすことも考えたのだが、何故かいつも阿蘇方面へと走ってしまう。

今回は阿蘇と、大分県は杵築市にお邪魔した。


杵築は国東半島の南端にあり、その昔は3万2千石の小さな城下町。
今は和服の似合う町として大きくPRしているらしい。

8杵築・番所の坂


それは一言で云えば趣きある坂の町。
それもただ坂が続くのではなく、なかなか面白い創りをした町なのである。

市の観光協会の表現をそのまま借りると、日本でただ一つといわれる『サンドイッチ型城下町』。

杵築城を中心に据え、『塩屋の坂』と『酢屋の坂』というそれぞれの坂の上にある南北の高台に屋敷を構えた武士たちは、その谷あいで商いをする商人たちの町を挟むように暮らしていた。
二つの坂は、商人の住む谷町通りを挟み向かいあうように一直線に結ばれている。

10酢屋の坂

13杵築・北台

12杵築・藩校の門

高台に続く武家屋敷通りも当時の面影を色濃く残しており、確かに着物を着てそぞろ歩いてみたいと思わせてくれる。

15杵築・酢屋の坂

ここで昼食をとることにした。

前日、ホテルで見たテレビで「大分県民のソウルフードは『からあげ』か『とり天』か」みたいなのをやっていて、どちらを食べようかという話になった。
谷町通りで立ち寄った和菓子屋さんのおかみさんは「私は『とり天』の方が好きですかねぇ」と言う。
では、ランチは『とり天』にし、『からあげ』はテイクアウトにしようと決まった。
大分を車で走っていると、いたるところでからあげ屋さんを見かけるのだ。

14杵築・カフェ笑食(とり天)

入ったお店は笑食(わらべ)さん。
なかなかのボリュームだが、とても柔らかくて美味だった。

そして、これだけ食べたのだから満足する。
満足しすぎて、もうしばらく鶏はいいやということになり、からあげは次回までお預けとなった。



デザートは、和菓子屋さんで買ったイチゴの葛アイス。

16杵築・松山堂(いちご葛アイス)





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