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シリア難民と日本。(難民支援協会)

難民をめぐる悲痛なニュースが相次いでいる。
8月27日、ハンガリー国境付近で保冷車からシリアなどからの難民とみられる71人の遺体が発見された。
9月に入ってからは欧州に逃れようと家族で乗り込んだ船が遭難、トルコの海岸に漂着したシリア人男児、3歳のアイラン君の遺体写真が世界に大きな衝撃を与えた。

この報道を受けて、さらなる受け入れには消極的だったイギリスのキャメロン首相が一転してシリア難民受け入れを表明したほか、オーストラリア、ニュージーランドなども同様の意向を示した。
増加する難民への政策を当初から講じていたドイツ、オーストリアでは市民による支援活動が活発化しているとの報道もある。

冒頭の事件はあまりにも衝撃的だったため日本でも大きく報じられたが、言うまでもなく氷山のごく一角にすぎない。
中東・アフリカ地域から欧州をめざす難民の船の事故だけでも、2015年は既に2000人以上が命を落としている。
命がけの手段と知りながら、それを選択せざるえない人々の苦境は察するに余りある。

日本では「欧州の難民問題」のように報じられることが多いが、果たして実状はどうなのだろう。
この人道の危機にあって、日本および日本人は、対岸の火事ですませてしまってよいのか。
ここでは特に、出身国別で世界最多となったシリア難民の状況を見ていきたい。

シリア内戦がはじまって4年半、戦乱を逃れて国内外に避難したシリア人は全国民(2240万人)の実に半数以上にのぼる。

逃れる手段がないために国内にとどまる人(国内避難民)は760万人。
国外に避難した人(難民)は408万9千人だが、9割以上はトルコ、レバノン、ヨルダンなどの周辺国にあって、大多数が難民キャンプに入ることもできず劣悪な環境で困窮を極めている。

シリア難民のうち欧州にたどり着いたのはわずか36万人、全体の6%に過ぎない。
周辺国とUNHCRは、欧州をはじめとする各国政府に受け入れを増やすよう要請している。
(数字は2015年8月末現在、国連高等弁務官事務所〔UNHCR〕の統計)

とはいえ、2011年4月~2015年7月末までに欧州各国に入ったシリア人は、ドイツ9万8千人、スウェーデン6万4千人、オーストリア1万8千人、イギリス7千人と、その数は決して少なくない。
入国後の処遇を見ると、ドイツは87%以上、イギリスは91%以上を難民として認定し、保護している。
(2015年6月18日現在、UNHCRの統計)
シリア内戦が終結する見込みが当面ないことから、スウェーデンでは難民認定したシリア人全員に永住権を与え、すぐに家族を呼び寄せられる特別な措置を講じている。

自力でたどり着くシリア人に加えて、難民キャンプなどから直接受け入れる「第三国定住」による受け入れも、ドイツ、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどが名乗りをあげた。
28か国が計10万人以上の受け入れを表明しており、先のアイラン君の報道に接して、受け入れ数は拡大の方向にある。
しかし、安全な場所を求めるシリア人の数に遠く及ばないのが実状だ。

市民の反応はどうだろう。
既にシリア難民9万8千人がたどり着き、さらに3万人を受け入れる予定のドイツでは、反発の声も少なくないが、ドイツ公共放送が2015年7月末に行った世論調査では、「少なくするべきだ」との声も38%あるものの、「これまで通り」34%、「もっと多くすべきだ」23%という結果になった。
(「朝日新聞」2015年8月12日)
つまり6割近い人々が難民受け入れに協力的なのだ。
最近ではミュンヘン駅に到着した難民を市民が拍手で迎える光景も報道された。
難民排斥の動きに抗する、ドイツ市民のひとつの回答にも見える。


日本はシリアから遠く離れ、無関係に思えるかもしれないが、国内に400人以上のシリア人が暮らし、そのうち約60人が難民申請中である。
ビジネスや留学などで以前から日本に滞在していた人、安全を求めて国内外を転々とするなかでたまたま縁もゆかりもない日本にたどり着いた人など事情は様々だが、現在のシリアの国内状況では帰国ができないのは明らか。
にもかかわらず日本政府が難民として認定したのは現在までにわずか3人。
申請の結果が出た38人には人道的配慮による在留の一時許可が付与されたものの、欧米諸国の状況に比べて極めて冷淡な対応だ。

難民認定が得られていないひとり、ジュディさんを紹介したい。

シリアの裕福な家庭に生まれたジュディさんは、罪のない子供が殺される光景を目の当たりにしたのをきっかけに反政府デモに参加するようになった。
地元の有力者だったため影響が大きいと政府に狙われ、一刻を争う状況のなか、たまたま手配できたのが日本の査証。
身の危険の迫るジュディさんは、2012年、家族を残して取り急ぎ単身で日本に逃れることとなる。

日本に到着してすぐ難民支援協会(JAR)につながったが、ジュディさんの難民申請は日本政府に却下されてしまう。
理由は「反政府デモの参加者には皆危険が生じるわけで、ジュディさん固有の危険ではない、」といった趣旨のシリアの国情を無視した、理解に苦しむものだった。

人道的配慮による在留の一時許可は付与されたが、不安定な立場であり、就労するための公的支援等も受けられない。
なかでもジュディさんにとって最大の問題は、家族の呼び寄せが許されないことだった。
当時妊娠中の妻と娘は、ジュディさんの出国後さらに状況が悪化したシリアを離れ、隣国イラクの難民キャンプでテント生活を送っていた。
「家族を思うと不安で夜も眠れない、」と訴えていたジュディさん。
JARが日本政府など関係機関に働きかけ、特別措置による家族呼び寄せがようやくかなったのは約2年半後の今年1月。
シリア出国時、妻のおなかにいた息子は2歳になっていた。

ジュディさんの場合は特例で呼び寄せが実現したが、「家族と一緒に暮らしたい」というごく当たり前の願いさえ阻んでしまう日本の難民制度。
昨年の難民申請者総数5千人のうち認定されたのはわずか11人。
この背景には、本来「保護」の対象である難民を「管理」の対象として処遇しているなど、国際社会の常識に照らして真っ当とは言い難い状況がある。
シリア難民に関して言えば、UNHCRは難民条約上の難民にあてはまる可能性が高いとして、日本を含む批准国に保護の責任を呼びかけているが、先述の通り、日本の現実はそこからはほど遠い。

シリアに平和がもたらされることが最良の解決策であるのは言うまでもないが、化学兵器の使用が報告されるなど事態が悪化するなか、安全を求めて逃れた人々が受け入れられ、生活を再建する場所は必須である。
経済力のある国々が数万・数千単位での受け入れを議論するなか、日本は見て見ぬふりですませるのか。

現在、ジュディさん一家は埼玉県内で暮らしている。
妻は安全な日本に来られたことを心から喜んでいるが、難民認定ではないため、定住のための日本語学習や就労支援など公的支援が受けられず、ジュディさんは安定した仕事が見つけづらい状況だ。
「難民」とひと括りにされるが、ジュディさんをはじめ母国では家や仕事を持ち、ごく普通の日常を営んでいた人たちだ。
その意味でも、彼ら「難民」は永遠に支援を必要とする人ではない。
適切な支援が受けられれば、早期に自立を果たし、日本の市民社会に大いに貢献する可能性をもった人たちである。
事実、JARで支援した人のなかには企業に就職、あるいは起業するなどして就労し、納税者となり、地域社会で生活を送っている人も多くいる。
東日本大震災に際しては、お世話になった日本に恩返しがしたいと難民による支援グループが立ち上がった。
彼らは日本社会の負担などではなく、財産だ。

JARでは、シリア難民をはじめ正当な理由で逃れてきた人々が適正な難民認定を得られるよう、日本で安定した生活を確立できるよう、引き続きサポートしていく。

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