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in 愛媛県

内子を旅する。

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子供の頃は同じ四国内と言っても遠い遠いところだと思っていた愛媛県の南予地方も、道が良くなった今では気軽に日帰りできるようになった。

最も南西部にある宇和島市へは3時間半、芝居小屋の内子座で有名な内子町へは高速に乗れば私の町から2時間で行ける。
それでもどこか縁遠くて、南楽園へ花菖蒲を見に行くほかは松山より向こうへ足を延ばすことはなかった。


ところが数ヶ月前、
「この前ね、テレビで内子の木蝋資料館上芳我邸(かみはがてい)が映ってて、なんかすごくいいところみたいだから、一度連れてってもらいたいわ」と、以前の勤め先の元施設長から電話があった。

「か、かみは? そのかみはなんとかって何ですか?」
無知な私は、読み名もわからなければ、上芳我邸という漢字なんて想像すら出来ない。

「昔、木蝋(もくろう)で財を成した豪商の大きなお屋敷よ。」
と言われても、「はあ、木蝋ですか、、、。」といった具合だった。

それから数日後、外出先に再び電話があり、
「さっき、うちにジパング倶楽部のパンフレットが届いたんだけど、そこに今度は下芳我邸っていうのが載ってるわ。」

「はあ、しもはがていですか。」
「前に言った上芳我邸と関係があるのかしらね。」
「はあ、、、。」


こうして、内子といえば内子座しか知らなかった私が内子町へ行くはめとなった。


内子町は、明治末期から大正にかけて、木蝋や生糸の生産で栄えた町。
とりわけ国内最大規模の製蝋業者であった本芳我家と、その分家であった上芳我家、中芳我家、下芳我家らによって一大繁栄を築いてきた。

今でも保存されている昔の町並みには立派な蔵構えがずらりと並ぶ。

そして、その有志らの出資によって地元の人々の娯楽の場として建てられた芝居小屋が内子座である。


2015-11-19 1.内子座


木蝋資料館である上芳我邸も、現在お蕎麦屋さんとして賑わっている下芳我邸も町を代表する名所であるが、内子といえば内子座と頭に刷り込まれている私たちが一番最初に訪れたのは、その内子座だった。


なぜか見物客が少ないといわれる木曜日、ぽつりぽつりとお客がいるだけで、思いのほか寛げる。

芝居小屋といえばわが香川県には日本最古の金丸座があるのだが、この内子座は金丸座よりこじんまりとしているものの、その佇まいは決して負けてはいない。
むしろ、客席と舞台は近く、花道と客席の段差が小さい内子座の方が、きっと贅沢に演者と向き合えるにちがいない。

2015-11-19 2.内子座

金丸座が故中村勘三郎さんの思い入れが特別強かった芝居小屋であったならば、内子座は人間国宝である坂東玉三郎さんが贔屓にされる芝居小屋。
内子座が金丸座に引けを取らないのも納得できる。


その場所で、地元の中学生たちにアンケートをお願いされた。
「どうして内子に来られたのですか? 内子座の良さはなんですか?」

その後も何人もの中学生に同じ質問をされたから、きっと校外学習の一環なのだろう。

玉三郎さん好きの上司は毎回丁寧に答えていた。
「それに、内子はノーベル賞を受賞された大江健三郎さんの故郷でもあるので、一度来てみたかったんですよ。」


たぶん、他にほとんど客のいなかった今日のアンケートは、みんなほぼ同じ答えになるんじゃないか。
真剣に答える上司と、少し難しい話になると目が泳ぐ中学生たちを交互に見ながら、そんなことを思って一人可笑しくなっていた。


その後は定番のコースを巡った私たちであったが、そう大きくない町でも一日では回り切れない見どころがある。


2015-11-19 6.中芳我邸



次回、そう遠くない先に訪れるのを楽しみに、そのときも下芳我邸ではお蕎麦を、上芳我邸ではお抹茶と愛媛の伝統和菓子「ゆずっ子」を戴きたいと思っている。


2015-11-19 4.下芳我邸

2015-11-19 8.上芳我邸
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