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旅先の大切な思い出を綴っています  since Sep. 1, 2007
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富士への思い。

「私にとって、富士山はいつもそこにある景色なの。」

もう25年以上前のことだが、東海地方の某大学の2次試験を受けた際、静岡県は三島出身だという女の子と出会い、受験日の1日を共に過ごした。

「逆に、富士山のない景色の方がフシギなぐらい。」
その時、彼女の台詞で一番印象に残ったのがそれだった。

そして、当然ながらよく目にする富士山の写真は常に堂々と鎮座ましまし、だからといってはなんだが、私は静岡県や山梨県に行けばその景色を当たり前のごとく見れるものだと思い込んでいた。
もちろん天気の悪い日は地元の低い山々でさえ姿を消すが、どこか富士山は特別のような、そう信じたいところがあったのだと思う。

ところが初めて山梨県を訪れた今年4月は深く雲をまとっており、すっきりと姿を現すことは決してなかった。
山頂周辺は風が速く、頭を隠す雲たちはあっという間に遠く流れていきそうなのに、次から次へと新たな雲が生まれては富士の御山から離れない。
裾野の広さに感動したものの、やはり富士山も他の名峰と同じくそう簡単には全貌を見せてくれないのだ。
期待が大きかっただけに、がっかりという気持ちがなかったといえばウソになる。

いつもそこにある富士山、富士山のない景色の方がフシギと言った三島の彼女の言葉が逆に私を寂しくさせた。
確かに、いつも富士の全貌が見れるとは彼女は言ってない、しかし。


この8月25日も、新東名高速の新富士ICを降りた時には重い雲があちこちにただよい、今回も無理だなと諦めのような思いが胸に広がった。
どっと疲れが私を襲う。

そして、悲しかった。


どうしてそこまで富士の全貌にこだわるのかというと、それは綺麗なみ姿を母に見せてあげたいという気持ちの他にもうひとつ。
以前ブログにも書いた昨年9月に亡くなった私の尊敬するある女性が山梨出身であったから。
その方の面影と重なる富士の優美さを見ることで、私はどこか慰められたかったのだろう。

23富士山


だからその姿が全て現れた時、心の底から嬉しかった。
尊いなと思った。
美しいと感じた。


今度は雪を被った気高い姿を見せてくださいね。
そっと富士の御山に手を合わせる。


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